第4章 公安の維持と災害対策 

第4章 公安の維持と災害対策

1 国際テロ情勢

(1)イスラム過激派等

〔1〕 「アル・カーイダ」の影響とホームグローン・テロリスト
 2001年(平成13年)9月11日の米国における同時多発テロ事件以降、各国政府がテロ対策を強化しているにもかかわらず、イスラム過激派によるテロの脅威は依然として高い状況にある。特に、「アル・カーイダ」は米国に対するジハード(聖戦)の象徴的存在として、世界のイスラム過激派を惹き付けている。
 「アル・カーイダ」は、イラク及びアフガニスタンをテロの主戦場として位置付けるとともに、米国のみならず、米国と共にイラクに対して実際に武力行使した英国、両国の武力行使を支持した国々や親米アラブ諸国等をも非難し、これらの国々に対するジハードを呼び掛けている。さらに、パレスチナ、スーダン等におけるイスラム勢力の関係する紛争、預言者ムハンマドの風刺画事案(注1)やローマ法王によるムハンマドの侮辱ともされた発言(注2)等によりイスラム教徒の欧米等に対する反感が高まった機会をとらえて、ジハードを煽るメッセージを世界に発信し続けている。これらの影響を受け、「アル・カーイダ」の中核(指導部)と直接の関係を有しない各種テロ組織が、テロの敢行を企図する傾向が世界各地でみられる。
 また、非イスラム教諸国で生まれ又は育ちながら、何らかの影響を受けて過激化し、自らが居住する国やイスラム過激派が標的とする諸国の権益をねらってテロを敢行する、いわゆるホームグローン・テロリスト(国内育ちのテロリスト)の危険性が各国で認識されている。ホームグローン・テロリストによって引き起こされたテロ事件の例として、2005年(17年)7月の英国・ロンドンにおける同時多発テロ事件が挙げられる。

注1:2005年(17年)9月、デンマークの日刊紙がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載したことに対し、イスラム教徒が、預言者に対する冒であるなどとして反発した事案
 2:2006年(18年)9月、ローマ法王ベネディクトゥス16世は、ドイツの大学で行った講義において、14世紀の東ローマ帝国皇帝の預言者ムハンマドに関する言葉を引用した上で、「暴力は神の本性と相いれない」と言及した。これに対し、イスラム教徒は、ジハードを批判する発言であると反発した。


〔2〕 主な国際テロ事件
 2006年(18年)中には、治安回復が進まないイラクでテロが相次いだほか、インドのムンバイでは大規模な同時多発列車爆破テロにより186人が死亡した。また、英国では航空機の同時多発爆破テロ計画が実行直前に検挙されるなど、表4-1のとおり、世界各地で国際テロ事件が多発している。
 
 インド・ムンバイにおける同時多発列車爆破テロ事件(時事)
インド・ムンバイにおける同時多発列車爆破テロ事件(時事)
 
 表4-1 2006年(18年)に発生した主な国際テロ事件
表4-1 2006年(18年)に発生した主な国際テロ事件

(2)我が国に対するテロの脅威

 我が国は「アル・カーイダ」からテロの標的として名指しされ、過去に「アル・カーイダ」の関係者が不法に入出国していたことが確認されるなどしており、我が国は、国内における大規模・無差別テロ、海外における我が国の権益や邦人に対するテロの深刻な脅威に直面している。
 
 図4-1 我が国に対するテロの脅威
図4-1 我が国に対するテロの脅威

(3)日本赤軍と「よど号」グループ

〔1〕 日本赤軍
 1995年(平成7年)以降、世界各地で構成員が相次いで検挙され、12年11月には、最高幹部の重信房子が逮捕された。18年2月、重信は、ハーグ事件(注1)等により東京地方裁判所で懲役20年の判決を受けたが、同年3月、弁護側、検察側双方が東京高等裁判所に控訴した。
 13年4月、重信は、獄中から日本赤軍の解散を宣言し、日本赤軍もこれを追認した。しかし、この解散宣言では、テルアビブ・ロッド空港事件(注2)を依然として評価しており、同年12月には日本赤軍の継承組織も活動を開始するなど、テロ組織としての危険性に変化はない。
 警察は、現在も、国内外の関係機関との連携を強化し、逃亡中の7人の構成員の検挙及び組織の活動実態の解明に向けた取組みを推進している。

注1:1974年(昭和49年)9月、奥平純三ら3人が、オランダ・ハーグ所在のフランス大使館を占拠し、大使ら11人を人質として監禁した事件
 2:1972年(47年)5月30日、イスラエル・テルアビブのロッド空港(現ベングリオン国際空港)で岡本公三ら3人によって引き起こされた乱射事件。この乱射で24人が死亡、76人が重軽傷を負った。

 
日本赤軍の手配写真

〔2〕 「よど号」グループ
 1970年(昭和45年)3月31日、田宮高麿ら9人が、東京発福岡行き日本航空351便、通称「よど号」をハイジャックし、北朝鮮に入境した。警察は、これまでに、ハイジャックに関与した被疑者のうち田中義三(平成19年1月死亡)外1人を逮捕した。逮捕されていない7人のうち2人が死亡しているが、5人の被疑者は現在も北朝鮮にとどまっているとみられている(注3)
 また、1983年(昭和58年)に有本恵子さんが欧州で誘拐された事件について、「よど号」グループと北朝鮮による犯行の疑いがあると判断されたことから、警察は、平成14年9月、「よど号」犯人の魚本(旧姓・安部)公博の逮捕状を得て、同年10月、国際手配を行った。
 なお、「よど号」犯人の妻らについては、これまでに帰国した5人を逮捕し、いずれも有罪が確定している。また、その子女については、19年5月までに19人が帰国している。
 警察は、「よど号」犯人らを国際手配し、外務省を通じて北朝鮮に対して身柄の引渡し要求を行うとともに、「よど号」グループの活動実態の全容解明に努めている。

注3:北朝鮮にとどまっている5人のうち1人は死亡したとされているが、真偽は確認できていない。

 
「よど号」グループの手配写真

(4)北朝鮮

〔1〕 北朝鮮による拉致容疑事案
 ア 拉致容疑事案の捜査状況等
 警察では、これまでに北朝鮮による拉致容疑事案と判断してきた事案以外にも、拉致の可能性を排除できない事案があるとの認識の下、所要の捜査や調査を進めており、平成18年11月には、昭和52年10月に鳥取県米子市内で女性が失踪した事案を、平成19年4月には、昭和49年6月に福井県小浜市の海岸から、姉弟が北朝鮮に連れ出された事案を新たに拉致容疑事案と判断し、その旨を公表した。平成19年6月現在、警察が北朝鮮による拉致容疑事案と判断しているものは、表4-2のとおりとなっている。
 
 表4-2 北朝鮮による拉致容疑事案(13件19人)
表4-2 北朝鮮による拉致容疑事案(13件19人)

 警察では、18年、福井県におけるアベック拉致容疑事案の実行犯として北朝鮮工作員の辛光洙を、新潟県におけるアベック拉致容疑事案の実行犯として北朝鮮工作員の通称チェ・スンチョルを、母娘拉致容疑事案の実行犯として北朝鮮工作員の通称キム・ミョンスクを特定し、それぞれ逮捕状の発付を得るとともに、国際手配を行った。また、辛光洙事件に関して、新たに、原敕晁さん拉致の実行犯として北朝鮮工作員の辛光洙及び金吉旭の逮捕状の発付を得るとともに、国際手配を行った。さらに、19年2月、新潟県におけるアベック拉致容疑事案の実行犯である通称チェ・スンチョルの共犯者として、当時の朝鮮労働党対外情報調査部指導員の自称韓明一こと通称ハン・クムニョン及び通称キム・ナムジンを、同年4月、姉弟拉致容疑事案の主犯として洪寿惠こと木下陽子を特定し、それぞれ逮捕状の発付を得るとともに、国際手配を行った。同年6月には、欧州における日本人男性拉致容疑事案の実行犯として「よど号」犯人の妻である森順子及び若林(旧姓・黒田)佐喜子を特定し、逮捕状の発付を得るなど、警察の総合力を発揮して捜査等を推進している。
 警察庁では、18年4月、北朝鮮による拉致容疑事案の捜査等について、各都道府県警察に対する指導及び関係機関・団体との調整を目的として拉致問題対策室を設置し、拉致容疑事案の全容解明に向けた体制を強化している。また、9月、全閣僚から構成される拉致問題対策本部が新たに内閣に設置され、政府一体となって拉致問題に関する総合的な対策を推進することとされたことから、同本部での議論に積極的に参画している。
 
 図4-2 国際手配被疑者(拉致容疑事案関係)
図4-2 国際手配被疑者(拉致容疑事案関係)

 イ 日朝包括並行協議及びその後の動向
 2006年(18年)2月4日から8日にかけて、北京で日朝包括並行協議(注1)が開催された。この協議において、我が国は、生存する拉致被害者の早期帰国、真相究明及び容疑者の引渡しを改めて強く求めたが、北朝鮮から拉致被害者に関する新たな情報の提供はなく、具体的な進展はみられなかった。
 また、我が国との直接会談の場である2007年(19年)の六者会合や日朝国交正常化のための作業部会(注2)においても、問題解決に向けた前向きな姿勢は示されなかった。
 このような北朝鮮の姿勢に対し、我が国は、「拉致問題の解決なくして国交正常化はない」という基本方針の下、拉致問題を含む日朝関係の進展のために、北朝鮮の前向きな対応を引き続き求めていくこととしている。

注1:拉致問題等の懸案事項に関する協議、核問題、ミサイル問題等の安全保障に関する協議及び国交正常化交渉の三つを並行して行うもの
 2:第5回六者会合第3セッションで採択された「共同声明の実施のための初期段階の措置」に基づき設置されたもの

 
 記者団の質問に答える宋日昊日朝国交正常化担当大使(時事)
記者団の質問に答える宋日昊日朝国交正常化担当大使(時事)
 
 図4-3 北朝鮮による主なテロ事件
図4-3 北朝鮮による主なテロ事件

〔2〕 北朝鮮による主なテロ事件
 北朝鮮は、朝鮮戦争以降、南北軍事境界線を挟んで韓国と軍事的に対峙しており、これまで、韓国に対するテロ活動の一環として、工作員等によるテロ事件を世界各地で引き起こしている。このため、米国務省では、キューバ、イラン、スーダン、シリアと共に、1988年(昭和63年)から北朝鮮をテロ支援国家に指定している。

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