第6章 公安の維持 

第6章 公安の維持

国際テロ情勢と警察の対応

(1)国際テロ情勢

1)イスラム過激派
○米国における同時多発テロ事件とイスラム過激派対策
 米国における同時多発テロ事件(2001年(平成13年)9月11日)は3,000人を超える犠牲者を出し,世界に衝撃を与えた。この事件を契機に,イスラム諸国を含む多くの国々が,「アル・カーイダ」を始めとするイスラム過激派によるテロの脅威を改めて認識,テロの根絶に向けた対策が世界規模で進められている。
 これまでに「アル・カーイダ」の最高幹部の一人であり,同時多発テロ事件の計画立案者とされるハリド・シェイク・モハメドを始め,多くの「アル・カーイダ」メンバーが身柄を拘束され,世界に広がったネットワークの一端が明らかにされるなど,一定の効果を上げている。
○国際テロの脅威
 米国等によるアフガニスタン攻撃(2001年(13年)10月8日(日本時間))以降,「アル・カーイダ」メンバーは,世界中に分散し,
 ・ チュニジアにおけるシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)爆破事件(2002年(14年)4月)
 ・ パキスタンにおける米国総領事館爆破事件(6月)
 ・ イエメン沖における仏タンカー爆破事件(10月)
等,世界各地でテロ事件を行った。
 依然として所在不明であるオサマ・ビンラディンを含む「アル・カーイダ」幹部は,2002年(14年)から2003年(15年)にかけ,マスコミを通じて今後も米国とその同盟国に対するテロを継続する旨のメッセージを流しており,イスラム過激派による国際テロの脅威は依然として高い状況にある。
 2002年(14年)10月に発生したインドネシア・バリ島における爆弾テロ事件は,大規模・無差別テロの脅威が我が国と地理的に近い東南アジアにまで及んでいることを示しており,我が国の権益や在外邦人へのテロの脅威も高まっている。

事例1
 2002年(14年)6月5日,インドネシアで逮捕された「アル・カーイダ」の東南アジア地区責任者とされるオマール・アルファルクは,同時多発テロ事件から1年後に当たる9月11日前後に東南アジア各地の米国在外公館をトラック爆弾でねらうという同時多発テロ計画が実行段階にあることを供述した。そのため,米国は警戒レベルを一段階引き上げるとともに,標的にされている可能性の高い在外公館を一時閉鎖した。

事例2
 2002年(14年)10月12日,インドネシア・バリ島において,バー及びディスコが連続爆破され邦人2人を含む202人が死亡,300人以上が負傷した。インドネシア当局は,主犯格を含む容疑者複数を逮捕,東南アジアを拠点とし,「アル・カーイダ」とも関連を有するとされるイスラム過激派「ジェマア・イスラミア」が関与していたと発表した。犠牲者の多くはオーストラリア人ら外国人観光客であった。

○米国等によるイラクに対する武力行使(2003年(15年)3月)
 「アル・カーイダ」は,攻撃開始から声明を発表して,すべてのイスラム教徒に米国及び米同盟国へのジハード(聖戦)を呼び掛けていたことから,攻撃開始後のテロ事件の多発が懸念されていたが,戦闘終了後の5月12日,サウジアラビア・リヤドで外国人居住区に対する連続爆弾テロ事件が発生したのに続き,5月16日には,モロッコ・カサブランカにおいても連続爆弾テロ事件が発生した。
 また,5月12日「アル・カーイダ」の最高幹部,アイマン・アルザワヒリとされる者が,カタールの衛星放送「アル・ジャジーラ」を通じ,イラク戦争で米国を支持協力したアラブ諸国及び米,英,オーストラリア,ノルウェーを名指しで非難し,攻撃を呼び掛けた。
 このような状況から,国際テロの脅威は依然として高い状況にある。

事例
 2003年(15年)5月12日(日本時間13日),サウジアラビア・リヤドにおいて,外国人居住区3か所に大量の爆発物を積んだ車両が突入し,自爆,34人が死亡,邦人を含む194人が負傷した。サウジアラビア当局は,「事件の実行犯は15人で,サウジアラビア人が関与している」と発表した。米国は,同事件が「アル・カーイダ」によるものである疑いが強いと指摘した。

 
インドネシア・バリ島における爆弾テロ事件(オーストラリア連邦警察提供)

インドネシア・バリ島における爆弾テロ事件(オーストラリア連邦警察提供)

 
サウジアラビア・リヤドにおける爆弾テロ事件

サウジアラビア・リヤドにおける爆弾テロ事件

2)北朝鮮
○日本人拉致容疑事案
 ・捜査状況
 警察では,14年に入って,欧州において日本人女性1人と日本人男性2人が消息を絶った事案及び新潟県において日本人母娘が消息を絶った事案について,新たに北朝鮮による拉致容疑事案と判断した。これを含めて,北朝鮮による日本人拉致容疑事案は,15年7月時点で,10件発生し15人が拉致されたものと判断している(表6-1)が,このほかにも,北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案があることから,所要の捜査や調査を行っている。

 
表6-1 「北朝鮮による日本人拉致容疑事案」の概要

表6-1 「北朝鮮による日本人拉致容疑事案」の概要
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 ・拉致の目的
 北朝鮮による日本人拉致容疑事案について,その目的は必ずしも明らかではないが,諸情報を総合すると,北朝鮮工作員が日本人のごとく振る舞えるようにするための教育を行わせることや,北朝鮮工作員が日本に潜入して,拉致した者になりすまして活動できるようにすることなどが,その主要な目的とみられる。
 ・北朝鮮の対応
 14年9月17日に開催された日朝首脳会談の席上,金正日総書記は,拉致問題について,「(北朝鮮の)特殊機関の一部の妄動主義者らが英雄主義に走ってかかる行為を行ってきたと考えている」との認識を示し,謝罪した。しかし,北朝鮮側は「(拉致問題は)本質上すべて解決した問題」としているほか,日本に帰国した5人の被害者について,「日本政府は一時帰国した5人の一方的な永住帰国を決めた」などとして日本を非難しており,問題の全面的な解決に向けた積極姿勢はみせていない。
○北朝鮮による過去の主なテロ事件
 北朝鮮は,朝鮮戦争以降,南北軍事境界線を挟んで韓国と軍事的対峙(じ)関係にあり,韓国に対するテロ活動の一環として,様々な国際テロ事件を引き起こしている(表6-2)。

 
表6-2 北朝鮮による主なテロ事件

表6-2 北朝鮮による主なテロ事件
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3)日本赤軍及び「よど号」グループ
○日本赤軍
 13年4月,最高幹部重信房子(12年11月逮捕)は獄中から日本赤軍の解散を宣言,日本赤軍も「5.30声明」(注1)で組織として追認した。


(注1)1972年(昭和47年)5月30日の「テルアビブ・ロッド空港事件」を記念して毎年5月30日前後に出している声明。

 しかし,重信房子の出した解散宣言は,「テルアビブ・ロッド空港事件」を依然として評価しているなど,テロ組織としての日本赤軍の危険性に変化はない。
 警察は,引き続き逃亡中の7人のメンバーの早期発見,逮捕に向け,関係機関や外国との連携を強化している。

 
依然逃走中の日本赤軍メンバー

依然逃走中の日本赤軍メンバー

○「よど号」グループ
 昭和45年3月31日,極左暴力集団「共産同赤軍派」のメンバー9人が,「国際根拠地建設」構想(注2)に基づき,東京発福岡行き日本航空351便,通称「よど号」をハイジャックし,北朝鮮に入国した。


(注2)日本革命を達成させるため,社会主義国に国際根拠地を建設し,赤軍派の活動家を送り込んで軍事訓練を受けさせ,再び日本に上陸して武装蜂起を決行するという構想。

 警察は,「よど号」犯人を国際手配し,既に田中義三ほか1人を逮捕した。このほか,2人が既に死亡しており,現在も北朝鮮に留まっている犯人は5人とみられる(うち1人は死亡したとされているが未確認)。
 63年,欧州で北朝鮮工作員と接触していた日本人女性6人に対し,外務大臣が旅券返納命令を発出したが,6人が全員「よど号」犯人の妻(1人は元妻)であることが判明した。元妻を除く5人が返納命令に違反したため,旅券法違反で国際手配を実施し,平成13年9月に赤木恵美子を,14年9月には小西タカ子をそれぞれ逮捕した。
 また,15年5月には魚本民子について,偽名で銀行口座を開設したとして,有印私文書偽造・同行使の容疑で逮捕状を取得,国際手配を実施した。
 14年3月,警察は,「金日成・北朝鮮主席(当時)の教示(指示)に基づき,日本人の獲得工作に従事していた」旨の「よど号」犯人の元妻の供述を含め,これまでの捜査結果を総合的に検討した結果,欧州における日本人女性拉致容疑事案について,「よど号」グループ及び北朝鮮による拉致の疑いがあると判断した。
 14年9月,有本恵子さんに対する結婚目的誘拐容疑で,魚本(旧姓安部)公博に対し,逮捕状を取得,10月には国際手配を実施した。

 
依然逃走中の「よど号」グループ

依然逃走中の「よど号」グループ

 

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