はじめに

   平成11年中の治安情勢は,複数の死者を伴う通り魔殺人事件,全日空機ハイジャック事件,茨城県所在のウラン加工施設における臨界事故,少年による凶悪事件の相次ぐ発生を始め,数々の重要事件,事故及び災害が発生し,また,交通死亡事故の多発,北朝鮮工作船による領海侵犯事案の発生等,極めて厳しい状況であった。
 特に,侵入盗を始め,路上強盗,ひったくり等の犯罪が増加し,刑法犯認知件数は約217万件と戦後最高を記録している。また,来日外国人や暴力団等による組織的な犯罪が深刻化し,犯罪情勢は厳しさを増している。こうした中,社会経済構造の複雑化,国境を越えた人の移動の増加,社会の匿名性の増大等が一層進んでおり,警察には,ハイテク犯罪等の新しい形態の犯罪や国民の意識の変化に的確に対応し,国民の期待にこたえる捜査を遂行していくことが求められている。
 また,平成11年9月以降,神奈川県警察を始めとする全国警察で不祥事案が相次いで発生・発覚し,これにより大きく損なわれた国民の信頼の回復が急務となっている。このような情勢の下,警察としては当面,次のような施策を重点的に推進していくこととしている。
  国民の信頼の回復を目指して
 全国警察で発生・発覚した不祥事案により大きく損なわれた国民の信頼を回復するため,警察では,不祥事案の再発防止に向けた諸対策を推進するとともに,個人の権利と自由を保護し,公共の安全と秩序を維持するという任務の遂行に全力を挙げて取り組んでいるところである(序章参照)。
○ 国民の期待にこたえる刑事警察に向けて
 厳しい犯罪情勢に対応し,我が国の治安を維持するため,国民の身近な犯罪に的確に対処するとともに,捜査官の育成,捜査基盤の整備,国際捜査,財務捜査等の専門捜査力の強化,科学捜査力の強化等の諸施策を推進し,捜査力の充実強化を図っていく(第1章参照)。
○ 金融・不良債権関連事犯対策
 融資過程又は債権回収過程における詐欺,背任,競売入札妨害等の金融・不良債権関連事犯の捜査を徹底的に行い,不正事案の摘発及び防圧に努める(第1章参照)。
○ 総合的な情報セキュリティ対策の推進
 平成12年2月に策定した「警察庁情報セキュリティ政策大系」に沿って,ハイテク犯罪対策,電子政府実現に向けたサイバーテロ対策及び産業界との連携強化を軸とした総合的な施策を推進していく。特に,サイバーテロ対策については,電子政府の実現のため,監視・緊急対処体制の整備,人材の育成等の諸施策を推進していく(第1章参照)。
○ 市民の安全と平穏の確保
 ストーカー対策の推進,相談体制の整備・充実,地域安全活動の推進,交番等の「生活安全センター」としての機能の強化等を図る。
 また,深刻化する少年非行情勢に対しては,関係機関等と連携しつつ,「強くやさしい」少年警察運営を基本方針として総合的な対策を推進する。
 さらに,風営適正化法の適切な施行,悪質な生活経済事犯等の取締り等を推進する(第2章参照)。
○ 銃器・薬物対策の推進
 銃器・薬物対策については,「銃器対策推進本部」と「薬物乱用対策推進本部」を中心に関係機関が連携の上,政府を挙げて総合的に推進している。警察では,銃器対策については,暴力団等の組織管理に係るけん銃の押収とけん銃等の密輸・密売事件の摘発を重点とした取締り等を積極的に推進し,薬物対策については,薬物犯罪組織の壊滅に向けた薬物の密輸入・密売事件の摘発,薬物犯罪対策の強化,末端乱用者の徹底検挙等を積極的に推進する(第2章参照)。
○ 環境犯罪対策の推進
 環境問題がますます重要となり,我が国においても社会問題化している情勢を踏まえ,産業廃棄物事犯等を「環境犯罪」ととらえて,広域にわたる産業廃棄物の不法投棄事犯等に対する取締りを強化するなどの対策を一層推進する(第2章参照)。
○ 暴力団総合対策の推進
 暴力団が市民生活に対する重大な脅威となっている情勢に対処し,暴力団を壊滅させるため,暴力団犯罪の徹底検挙,暴力団対策法の適正かつ効果的な運用及び暴力団排除活動の積極的推進を三本の柱として暴力団総合対策を強力に推進する(第3章参照)。
○ 安全で快適な交通の確保
 交通安全教育指針に基づく段階的かつ体系的な交通安全教育の推進や,悪質・危険性,迷惑性の高い違反に対する取締りの強化等,交通事故を防止し,その被害軽減を図るための施策を総合的に展開する。また,交通渋滞や交通公害,地球温暖化が大きな社会問題となっていることから,ITS(高度道路交通システム)の推進を図るなど,快適な交通の確保のための諸施策を推進する(第4章参照)。
○ オウム真理教(「アレフ」に改称)の実態解明と事件捜査
 オウム真理教は,その反社会的な本質に変わりはない。警察は,オウム真理教に対する情報収集体制を強化し,その実態解明を推進するとともに,教団施設周辺における警戒警備活動とオウム真理教信者の違法行為について厳正な捜査活動を行っていく。また,警察庁長官そ狙撃事件と教団との関連を解明するためにも,依然逃走中の警察庁指定特別手配被疑者等の早期検挙に全力を尽くす(第5章参照)。
○ 各種テロ対策の強化及び各種違法事案の未然防圧,徹底検挙
 極左暴力集団による凶悪なテロ,ゲリラ事件及び各種違法事案の未然防圧と徹底した取締りを推進する。また,右翼によるテロ等重大事件の未然防圧及び銃器摘発の強化や悪質な資金源活動等の取締りを推進する。さらに,国際テロの脅威の拡散傾向もあり,これら国内外の厳しい情勢を踏まえ,各種情報の収集及び分析の強化,特殊部隊(SAT)の強化,サイバーテロやNBCテロ対策の検討,国際協力の促進等について積極的に推進する(第5章参照)。
○ 国境を越える犯罪への対応
 国境を越える犯罪へ対応するため,捜査能力と語学能力の双方を兼ね備えた捜査員の養成,通訳体制の整備等国際捜査力を強化するとともに,関係行政機関や外国捜査機関等との連携を強化するほか,国際社会における国際捜査協力の枠組みづくりに積極的に取り組み,国際犯罪組織の実態解明と検挙を推進する(第7章参照)。
○ 警察力強化のための総合的な取組み
 組織,人員の効率的運用,職員の資質の向上,業務処理方法の見直し,装備資機材の高度化等を更に積極的に推進するとともに,多様な人材の確保,女性警察職員の職域拡大等を図る。
 また,職員の高い士気を維持するとともに,今後の警察を担う優秀な人材を確保するため,中途採用等の採用の複線化を図るとともに,勤務環境の改善,職員住宅や独身寮の整備充実,給与の改善,海外研修制度の拡充等を積極的に推進する(第8章参照)。
○ 警察の情報通信システムの充実及び事案に即応する体制の強化
 事件,事故及び災害に迅速かつ的確に対応するため,各種情報通信システムの充実強化を図るとともに,機動警察通信隊の体制強化に努める(第8章参照)。
○ 被害者対策の推進
 被害者への支援をより充実させるため,指定被害者支援要員制度の効果的運用,関係機関・民間被害者援助団体等との連携強化を始め,被害者に対する情報提供,相談・カウンセリング体制の整備,捜査過程における被害者の負担の軽減等の各種施策の一層の推進を図る(第8章参照)。


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