第5章 公安の維持

 平成11年は,世界各地で宗教問題や民族問題等を背景としたテロが多発した。なかでも,中央アジアやロシアにおいてイスラム原理主義過激派がテロ活動を激化させ,キルギスでは,8月にJICA資源開発調査計画に従事していた日本人等を誘拐する事件を引き起こすなど,国際テロの脅威が世界各地に拡散する傾向がうかがわれた。また,北朝鮮がミサイル発射施設の整備・拡張工事を行うなどミサイル発射に向けた動向を示していることが報じられ,国際的緊張が高まったほか,3月には2隻の北朝鮮工作船による領海侵犯事案が発生するなど,北朝鮮の対日有害活動が目に見える脅威となって現れた。
 一方,国内では,オウム真理教が,9月に「休眠宣言」を,12月に地下鉄サリン事件等一連のオウム真理教関係事件に対する謝罪と被害者への補償を内容とする会見を行い,さらには教団の最高幹部の出所後に教団名を「アレフ」と改称するなど,教団の危険性を否定するための活動を行ったものの,教祖を連れ去る事件等を引き起こすなど教団の反社会的な本質が変わっていないことが示され,12年2月,無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(以下「団体規制法」という。)の適用に至った。極左暴力集団は,成田空港建設問題が進展したことに危機感を強め,テロ,ゲリラ事件を引き起こした。さらに,九州・沖縄サミットに対しては,「戦後史を画する大決戦」として反対闘争に取り組む方針を打ち出すとともに,反基地運動への介入を強めた。また,革マル派は,警察による一連の非公然アジトの摘発や非公然活動家の検挙等に対し,非公然部門の再編,強化を図るとともに,引き続き基幹産業に対する浸透を図っている。日本共産党は,統一地方選において,道府県議選における当選者が過去最多となった。右翼は,時局問題に敏感に反応して政府等に対する批判活動に活発に取り組んだ。
 警察では,これらの情勢に対処すべく,各種テロ対策を最重点に諸対策を推進し,公安の維持に努めている。
 1 オウム真理教の動向と対策
 (1) オウム真理教の動向
 ア 平成11年の動向の概観
 オウム真理教(以下「教団」という。)は,破壊活動防止法に基づく解散指定処分の請求の棄却(平成9年1月)後,コンピュータ関連企業による資金獲得活動等を徐々に活発化させ,組織の再建を図っており,11年4月には,東京都内の繁華街でパフォーマンスを繰り広げ,「復活」をアピールした。このような動きに対し,報道機関等による批判的論評や進出先地域住民による活発な「オウム進出阻止運動」の展開がみられ,教団に対する批判の気運及び警戒感が社会全体に広がった。このような中,関係省庁は,連絡会議を設置して対応策を協議し,関係地方公共団体は個々に行政権限に基づく実態調査を行ったほか,連絡協議会を設置するなど様々な対策が講じられた。また,警察は,教団施設周辺における警戒警備を強化するとともに,信者の違法行為に対する事件捜査を行った。
 教団は,9月末,「オウム真理教の名称使用を停止する」,「対外的な宗教活動を全面的に休止する」との「休眠宣言」を行い,12月には,地下鉄サリン事件等一連のオウム真理教関係事件に対する謝罪と被害者への補償を内容とする会見を行った。さらに,12月末,刑期を満了して出所した最高幹部は,教団の最高意思決定機関「長老部」メンバーよりも上位であった教団内の「地位の返上」を表明した。これらの動向は,教団が再び危険な方向に向かうとの社会の批判をかわし,12月3日に成立した団体規制法の適用を免れるための対策とみられる。
 また,教団は,12年1月に,「「オウム真理教」を「アレフ」に改称する」と発表するとともに,「あらゆる法令を遵守する」と表明した。さらに,団体規制法に基づく公安審査委員会による意見聴取(1月20日)においては,教団がいまだ地下鉄サリン事件等無差別大量殺人行為を行った当時と同様,麻原彰晃こと松本智津夫の影響を受け,危険な要素を保持しているとの公安調査庁の観察処分請求理由を否定する意見陳述を行った。
 しかし,その前後において,松本智津夫の子女を含む信者の集団が教団施設に押し掛け,他の信者に暴行を加えた上,松本智津夫の7歳の長男(教祖)を連れ去る事件や,財政担当の幹部が暴力行為で逮捕される事件が発生し,教団の本質が変わっていないことが示された。
 イ 組織運営,教団施設等
 教団の組織運営は,6人の「正悟師」と呼ばれる幹部と松本智津夫の子女で構成する最高意思決定機関「長老部」による集団指導体制で行われている。11年末現在,16都道府県に34か所の活動拠点・施設(枢要施設22か所,支部・道場12か所)及び全国約100か所の分散居住施設を有し,信者数は約2,100人(出家約900人,在家約1,200人)とみられる。
 教団の教義の根幹は,松本智津夫が確立した殺人をも肯定する極めて反社会的な教義「タントラ・ヴァジラヤーナ(秘密金剛乗)」であり,対外的には「封印した」と釈明しながら,教団はこれを堅持している。そして,多数の信者が,松本智津夫に対する絶対的帰依を表明し,その教えを繰り返し学習しており,教団の本質は何ら変わっていない。
 また,教義に従いサリンの生成,銃器製造に携わり,松本サリン事件,銃器密造事件,地下鉄サリン事件等に関与して逮捕された信者は,その多くが収監中であるが,逮捕後,釈放となった者(11年末現在,425人)のうち約半数が教団に復帰しており,教団は,科学技術,コンピュータ技術等専門的技能・知識を持つ信者をいまだ多数有している。
 そのほか,脱会を表明していながら,依然として松本智津夫に対して強い帰依心を有している者が多数存在する。
 ウ 関連企業の活動
 教団の関連企業は,全国に約40社あり,業種は,コンピュータ関連,出版,建設,食品製造等多岐にわたる。その中には,株式会社,有限会社の形態をとりながら,実質は集団指導体制の下で組織運営を担う部署で,専ら在家信者の管理,教団関連刑事被告人の支援,教団宣伝物の印刷,信者向けの食品製造,販売をするものがある。また,教団が地方に進出する際に,関連企業名義で不動産物件を取得する場合もあった。
 関連企業の約半数はコンピュータ関連企業であり,教団との関係を否定しながらコンピュータ部品を輸入し,パソコンを組み立て,一般向けに店舗販売及び通信販売を行っていた。パソコン等の売上げは教団の資金源の中で突出しており,東京都内の3店舗だけで年間60億円近い売上げが確認されている。これらのコンピュータ関連企業は,違法な法人登記を行ったことにより警察の捜索を受けるなどしたため,12年1月末までに全店舗が閉店し,表面的な活動を休止した。しかし,その後教団は,コンピュータ関連企業活動を再開し,教団関係事件の被害補償の原資にすることを表明している。
 (2) 「オウム進出阻止」に向けた住民運動
 教団が全国に有している活動拠点・施設及び分散居住施設のうち約90%は賃貸物件であり,次々と契約期限を迎えているが,物件所有者は,地域住民からの申入れ等により,契約更新を拒む傾向にある。このため,教団は,各地で信者個人や関連企業名義での新たな物件確保を図っている。
 教団の進出が明らかとなった地元住民の拒否反応は大きく,平成11年中は,長野(北御牧村),山梨(高根町),栃木(大田原市),群馬(藤岡市),東京(足立区,豊島区)等各地で「オウム進出阻止」に向けた住民運動が大きな盛り上がりをみせた。
 進出先地域住民等が組織する対策協議会は11年末までに全国で約280に上り,「オウム反対」の立看板の掲出,監視小屋等を設置しての監視活動,国,地方公共団体に対し教団への対策を求める陳情(地方公共団体に対し施設の買取りを求める請願・陳情もみられた。),教団の撤退を求める集会,デモ行進等,活発な住民運動が展開された。このほか,教団に立ち退きを求める民事訴訟も提起されている。
 (3) オウム真理教対策の推進
 ア 警察による警戒警備・事件捜査
 警察は,地下鉄サリン事件以降,信者の違法行為に対しては,刑法のみならず20以上の特別法を適用して,平成11年末までに信者486人を検挙(このうち,指名手配被疑者については109人中105人を検挙)するとともに,警察庁長官狙撃事件と教団との関連を解明するためにも,依然として逃走中の平田信を始めとする警察庁指定特別手配被疑者等の早期発見・検挙に全力を尽くしている。
 11年中は,18件の強制捜査を行い,20人(うち信者16人)を検挙するとともに,18都道府県で延べ144か所に対する捜索を実施し,パソコン,関係書類等約1万3,000点を押収した。これらの事件捜査は,違法な手段による不動産取得活動,宣伝活動,資金調達活動(関連企業活動)等に対するものであった。
 こうした捜査に加え,社会的批判の高まり等により,教団は,施設確保,正当性の宣伝,資金獲得等の各種活動に相当の打撃を受けた。この結果,最盛時約1万人とみられた信者が約2,100人にまで減少した。
 また,警察は,教団の施設周辺に臨時交番を設置(埼玉,茨城,群馬,栃木)するなど,パトロール,監視活動及び検問を強化して24時間体制で施設周辺地域の警戒を行い,トラブルを防止するとともに住民の不安感の除去に努めている。
 なお,12月3日,団体規制法及び特定破産法人の破産財団に属すべき財産の回復に関する特別措置法(被害者救済法)が成立し,12月27日に施行され,即日,団体規制法に基づく教団に対する観察処分の請求が行われた。団体規制法には,警察庁長官の公安調査庁長官に対する意見陳述や,再発防止処分の請求に関する意見陳述のために必要があるときは,警察庁長官は,関係都道府県警察に調査を指示することができることが定められている。
 イ 関係省庁・地方公共団体との連携
 警察庁は,5月,内閣官房に設置された「オウム真理教対策関係省庁連絡会議」(警察庁,公安調査庁,国税庁,自治省等9省庁で構成)等を通じて関係省庁と緊密な連携を図り,信者の社会復帰対策についても,対応を協議している。
 警察庁は,教団の現状等に関する情報を関係省庁に提供して教団に対する共通認識を持つよう努めており,また,関係省庁からは,関連する情報の提供や所管法令についての説明を受け,教団関係者による違法行為の取締りに生かしている。
 ウ 関係地方公共団体の対応
 教団関連施設を抱える地方公共団体は,4月,「オウム真理教対策関係市町村連絡会」を結成した。11年末現在,30以上の地方公共団体等が加盟している。
 同連絡会は,各地方公共団体が抱えるトラブルの現状報告や対応策の協議等を行い,進出阻止活動を協力して進めている。7月には,東京都内で総決起大会を開き,教団の取締り強化と解散のための法令整備を国に求めることなどを決議し,約67万人の署名を携え,国や関係省庁に陳情を行った。
 また,各地方公共団体でも,地域住民の不安感を考慮して,個別に諸対策を講じており,関連施設への立入調査や生活実態のない信者の住民登録の抹消等を決定したところもあった。
 警察は,地方公共団体に対しても必要な説明を行い,行政権限で立入調査を実施する場合に警戒警備を実施するなどの支援を行っている。
 2 対日有害活動の現状
 (1) 北朝鮮による対日諸工作
 北朝鮮は,1999年(平成11年)5月までの新たな「日米防衛協力のための指針」(以下「新ガイドライン」という。)関連法(注)の審議及び成立をとらえて,「日本の戦争法案の採択は,我が方に対する交戦宣言である」,「日本反動らが再侵略の導火線に火を放つなら,百倍,千倍の報復攻撃によって無慈悲に粉砕する」等と対日批判を行った。さらに,北朝鮮が再びミサイルの発射に向けた動きを示していることが報じられ,国際的緊張が高まったが,日本,米国及び韓国の3か国が連携しながら働き掛けを続けた結果,北朝鮮は,9月にベルリンで開催された米朝高官協議を経て,「米朝協議が行われている間はミサイルを発射しない」と発表した。
 (注) 新ガイドライン関連法とは,
○ 周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律
○ 自衛隊法の一部を改正する法律
○ 日本国の自衛隊とアメリカ合衆国軍隊との間における後方支援,物品又は役務の相互の提供に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定を改正する協定
 をいう。
 また,北朝鮮は,8月,我が国に対するものとしては初めての政府声明を発表し,その中で「我が方は,日本が過去の清算を通じた善隣関係の樹立の方向へと進むなら喜んで応じる」と表明するなど,過去の補償問題の解決を前提とする姿勢を維持しながら,これまでの対日姿勢を軟化させる兆候を示した。その後も同趣旨の表明を繰り返し,12月には,村山富市元首相を団長とする超党派の国会議員で構成された「日本国政党代表訪朝団」を受け入れた。
 日本人ら致容疑問題については,12月に開催された日朝赤十字会談において,北朝鮮側は,日本側より調査依頼を受けた行方不明者について,しっかりとした調査を行うため関係機関に依頼するとの態度を表明した。
 一方,3月には,2隻の不審船が能登半島沖の我が国領海内で発見され,これに対し,海上保安庁及び海上警備行動の発令を受けた海上自衛隊は,停船命令,警告射撃等を行ったが,これを無視して2隻の不審船は高速で逃走した。これらの不審船は,既に漁船原簿から抹消された日本漁船名や別の海域で操業中の日本漁船名を使用するなど,巧妙に日本漁船に偽装したものであり,逃走後北朝鮮北部の港湾に到達したとされ,このような状況の総合的な分析から,北朝鮮の工作船であったと判断された。警察では,本事案の発生に伴い,関連情報の収集,沿岸における警戒,重要施設の警戒等の必要な措置をとった。
 本事案により,北朝鮮の対日工作活動が目に見える脅威として国民の間で強く認識される結果となり,こうした脅威への対応,さらには我が国の安全保障に関する議論が,国会を始めとする各種の場で活発に行われ,政府においても今後同様の事案が発生した際の対応策等が検討されている。
 また,韓国では,5月及び8月に,インターネットを利用し,韓国内の政治,経済,社会,軍事動向等を北朝鮮に提供していた韓国人が検挙された。このうち,8月の事案では,朝鮮労働党「対外連絡部」に所属する工作員が,中国系マレーシア人に身分を偽変して妻と共に韓国に入国し,韓国人を抱き込み,韓国内の情報をインターネットカフェを利用して北朝鮮に送らせ続けていたことが,韓国当局の捜査により判明した。また,同工作員は,1998年(平成10年)12月,北朝鮮に帰還するため半潜水艇に乗船したが,その船が,韓国南岸で韓国軍に発見され,韓国軍の砲撃を受けて沈没したとされている。
 このように,北朝鮮は,積極的に我が国及び韓国に対する工作活動を展開するとともに,専門的な工作機関を依然として維持し,潜入・脱出手段や通信手段等の巧妙化,高度化を図っていることがうかがわれた。
 (2) ロシアによる対日諸工作
 ロシアでは,ソ連邦崩壊後も対外情報庁(SVR),連邦保安庁(FSB)等の旧KGBの流れをくむ各種機関が存続しているが,近年,これら情報機関出身者の登用が目立っている。例えば,プリマコフSVR元長官,ステパーシンFSB元長官,旧KGB出身のプーチンFSB前長官と,立て続けに情報機関出身者が首相に任命されている。また,対外諜報活動に関しては,1998年(平成10年)における欧州各国でのロシア外交官によるスパイ活動の摘発に引き続き,1999年(11年)中にもドイツ(7月),米国(12月)においてロシアによる諜報活動が摘発されるなど,諸外国での活動が依然として活発に行われていることが明らかになった。
 我が国においては,ロシアの在日公館員等による,高度科学技術を有する研究機関に対する共同研究の働き掛けや,防衛関連情報等の収集及び自国に有利な国際環境づくりを目指した各界各層への活発な接近がみられた。
 (3) 中国による対日諸工作
 中国では,1999年(平成11年)3月に開催された第9期全国人民代表大会第2回会議における政府活動報告において,科学により国家振興を図ることが極めて重要な任務であるとし,ハイテク産業化を促進するとしたほか,国防に関する科学技術の研究や軍需工業のハイテク化を促進し科学技術によって軍事力を強化する方針が示された。
 他方,米国においては,議会の特別委員会が中国による軍事技術スパイ疑惑等に関する調査結果報告書(いわゆるコックス・レポート)を5月に公表し,中国が長期にわたり米国の国立研究所から軍事関連機密情報を窃取していた旨のほか,多数の人的・組織的ネットワークを活用して多様な手段により技術獲得や情報収集を図っている旨指摘した。
 中国は,我が国に対して,多数の学者,技術者,留学生,代表団等を派遣し技術の修得に当たらせているほか,来日中国人や在日公館員等を介して活発な情報収集活動を行うとともに,先端企業関係者等に対する幅広い働き掛けを強め,我が国からの技術移転等の拡大を図っている。
 (4) 多様化する情報収集活動
 東西冷戦の終結後,自国の利益を擁護するため,友好国に対しても諜報活動を行うなど,各国の情報収集活動には多様化が認められる。また,従来の政治情報,軍事情報に加え,経済情報の収集活動に力を入れるなど,諜報活動の対象とする情報についてもその見直しが図られている。
 米連邦捜査局(FBI)のフリー長官は,1999年(平成11年)2月に行った講演の中で,米国企業が保有する経済情報を対象とした諜報活動が,国家レベルで行われていることを指摘している。
 一方,1998年(平成10年)9月に,欧州議会の調査総局が,米国の情報機関である国家安全保障局(NSA)が欧州において非軍事部門の情報入手のため民間企業の業務通信等に対し通信傍受を行っているとの報告書を議会に提出したのに続き,1999年(11年)6月,NSAの通信傍受の技術的実態を明らかにした報告書を発表した。また,2000年(12年)7月,欧州議会本会議において,本件に関する臨時委員会設置決議が可決された。
 このように各国において多様化した活発な情報収集活動がみられることから,我が国においても,今後,経済情報,科学技術情報その他の重要な情報の漏えいや,情報収集活動に伴う違法事案等の発生が懸念され,その動向に注目していく必要がある。
 (5) 大量破壊兵器関連物資等の不正輸出
 インドとパキスタンは,1998年(平成10年)5月の核実験に続き,1999年(11年)4月に相次いでミサイル発射実験を実施した。また,北朝鮮については,ミサイル発射施設の整備・拡張工事を行うなど,1998年(10年)8月に発射されたものよりも長い射程距離を持つミサイルの発射に向けた動きがあることが報じられた。このような情勢の中,1999年(11年)6月のケルン・サミットでは,共同宣言に「不拡散,軍備管理及び軍縮の促進」を盛り込み,核関連兵器の拡散防止,軍備管理等の分野における広範な国際的パートナーシップの構築,核物質管理のためのアレンジメント等の確立,ミサイル関連機材・技術輸出規制(MTCR)における各国の責務の再確認等を掲げるとともに,これらの広範な目的を達成するために不可欠な輸出管理メカニズムを強化する方法を引き続き検討すると表明している。
 一方,我が国では,2月に,通商産業大臣の許可が必要な核関連貨物である測定装置を,中国向けを韓国向けであると偽って不正輸出した外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」という。)違反及び関税法違反の容疑で,光学機器専門商社及び同商社元代表取締役等を検挙した。
 また,2000年(平成12年)1月には,通商産業大臣の許可が必要な対戦車ロケット砲専用光学照準器の部分品をイラン向けに通商産業大臣の許可を受けずに不正輸出した外為法違反の容疑で,光学機器専門商社元代表取締役を検挙した。
 国際的に,大量破壊兵器等の拡散を防止するための実効的な輸出管理体制の確立が安全保障にとって極めて重要であることが改めて認識されており,こうした中で,我が国が自らの輸出管理を徹底することは,国際的な責務を果たすと同時に我が国の安全保障上も重要である。警察では,我が国から技術,物資等が不正に輸出されることがないよう,関係機関と連携の上,取締りを引き続き積極的に推進していくこととしている。
 3 国際テロの現状と対策
 (1) 厳しさを増す国際テロ情勢
 近年,世界各地で国内問題,民族・宗教問題等を背景としたテロが頻発し,イスラム原理主義過激派や分離独立主義過激派は,依然として世界各地で大規模・無差別爆弾テロや自爆テロを引き起こしており,多数の市民が犠牲になっている(表5-1)。1999年(平成11年)は,中央アジアやロシアにおいてイスラム原理主義過激派がテロ活動を激化させるなど,国際テロの脅威が世界各地に拡散する傾向がうかがわれた。こうした傾向は,民族・宗教をよりどころとする国境を越えた国際テロのネットワークの存在が大きな要因になっているものとみられる。
 中央アジアのキルギスでは,8月に,JICA資源開発調査計画に従事していた日本人4人を含む7人が誘拐された(日本人の人質は10月に解放)。犯人は,「ウズベキスタン・イスラム運動(IMU)」のメンバーであるとみられる。IMUについては,イスラム原理主義過激派の黒幕的存在とされるオサマ・ビン・ラーディンとの関係も取りざたされており,イスラム原理主義過激派のネットワークの拡大が懸念されている。
 欧州では,2月,トルコからの分離独立を主張する「クルド労働者党(PKK)」の指導者オジャランが逮捕されたが,同人の逮捕にギリシャが関係していたとして,欧州を中心として世界各国で同時多発的にギリシャ大使館等が占拠されるなど,クルド人による過激な抗議行動が発生した。日本でもクルド人数十人がギリシャ大使館前で座り込みを行うなどの抗議活動がみられた。これらの行動によって,世界各国におけるPKK支持者のネットワークが広範かつ強固であることが示された。
 中東では,9月,PLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長とイスラエルのバラク首相が,実施が凍結されていたイスラエル軍のヨルダン川西岸地区からの追加撤退日程やエルサレムをめぐる最終地位交渉の期限を盛り込んだ合意文書(ワイ・リバー修正合意)に調印した。一方,シリアとイスラエルは,12月に米国の仲介により,約4年ぶりに和平交渉を再開したが,ゴラン高原返還問題をめぐり両国間の主張が終始平行線をたどった。
 アジアでは,日本人が爆弾テロやハイジャック事件等の被害に遭う事案が発生した。タイにおいては,10月に,「強健なビルマ人学生戦士」を名のるミャンマーの反政府集団が,ミャンマー大使館で日本人1人を含む多数の者を人質に取り,立てこもる事件を引き起こした。なお,同事件で逃亡した犯行メンバーの一部は,ミャンマーの少数民族である武装グループ「神の軍隊」と共に,2000年(平成12年)1月,国立病院占拠事件を引き起こしたとされている。1999年(11年)12月には,スリランカで,大統領選挙の集会において爆弾テロ事件が発生し,取材中の日本人記者1人が巻き込まれて負傷した。同事件は,「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」の犯行とみられている。さらには,同月,インド上空で,日本人女性が搭乗したインディアン航空機がハイジャックされる事件が発生した。同事件は,カシミール過激派「ハルクトゥル・ムジャヒディーン」による犯行の可能性が高いとみられている。
 (2) 日本赤軍,「よど号」犯人グループの動向
 ア 日本赤軍の動向
 1995年(平成7年)3月以降,世界各地で相次いでメンバーが検挙されたことにより,日本赤軍が中東以外の地域に新たな拠点の構築を図り,世界各地に分散,潜伏している事実が改めて浮き彫りにされた。その一方で,1997年(9年)2月,レバノンにおいてメンバー5人(岡本公三,足立正生,山本萬里子,和光晴生及び戸平和夫)が一斉検挙され,日本赤軍はレバノンという最重要拠点を喪失するに至った。
 2000年(平成12年)3月には,レバノン政府は,同国で服役していたメンバー5人のうち,岡本公三を除く4人を国外退去処分としたため(岡本公三については,レバノンへの政治亡命が認められた),警察は,4人が日本に帰国した直後に足立正生,山本萬里子及び和光晴生を逮捕し,また,「クアラルンプール事件」の際に超実定法的措置で釈放された戸平和夫を拘置所に収容した。
 日本赤軍は,当面,組織の建て直し及び新たな拠点の構築を最優先課題として取り組むものとみられるが,武装闘争を放棄しておらず,また,岡本公三のほか,重信房子以下7人のメンバーが逃亡中であることから,今後とも,何らかのテロを引き起こす危険性を否定できない。警察としては,逃亡中のメンバー全員の早期発見,逮捕を目指して,関係機関や各国との連携を強化している。
 イ 「よど号」犯人グループの動向
 「よど号」犯人グループは,依然として北朝鮮を拠点として活動を続けている。現在,北朝鮮にとどまっているメンバーは5人とみられ,このうち,岡本武(及びその「妻」)は死亡したと伝えられているが,現在まで確認されていない。
 「よど号」犯人グループのメンバーである田中義三は,1996年(平成8年)3月,タイにおいて偽造外国紙幣(米ドル)使用目的所持等容疑で逮捕されたが,その後,1999年(11年)6月,無罪判決を受けた。我が国政府は,タイ政府に対し,同人の身柄引渡しを要請していたが,2000年(12年)5月,タイの裁判所は,同人の身柄を日本に引き渡すとの判決を出した。警察は,6月,この判決に基づき,同人の引渡しを受け,「よど号」ハイジャック事件における強盗致傷等の容疑で同人を逮捕した。
 「よど号」犯人グループは,依然として北朝鮮を本拠地とし,執筆活動や貿易会社の経営を中心とした経済活動を行っている。帰国問題に関しては,「よど号」犯人グループは,日本政府と話し合い,無罪の合意を得た上で帰国する「無罪合意帰国」を,支援者は,日本政府の人道的な高い見地からの解決を前面に押し出した「無罪人道帰国」をそれぞれ主張し,無罪での帰国実現に向け,インターネット等を活用し,活発な宣伝活動を行っている。
 (3) 我が国の国際テロ対策
 ア 情報収集と分析の強化
 1999年(平成11年)8月にキルギスで発生した誘拐事件等にみられるように,近年,海外において日本人がテロの標的となったり,巻き込まれるケースが発生していることから,警察は,平素から職員を海外に派遣して,各国治安機関との情報交換を行うなど情報収集活動を行い,国際テロ組織の動向把握に努めている。
 イ 事案対処能力の強化
 警察は,「在ペルー日本国大使公邸占拠事件」と類似の事案が発生した場合にも迅速に対処できるよう,特殊部隊(SAT)の装備資機材の充実強化を進めている。また,国際テロ事件発生時には現地に緊急派遣され,現地治安当局との連携,迅速かつ的確な情報収集,各国捜査機関への捜査支援活動等に当たる「国際テロ緊急展開チーム(TRT:Terrorism Response Team)」も,平素から,国際テロ事件の捜査手法等の研究,各国人質交渉専門家との訓練等を行い,事案対処能力の向上を図っている。
 ウ 国際協力の促進に向けた取組み
 国際テロ対策は,国際社会全体が直面する重要かつ喫緊の課題であり,効果的な国際テロ対策には,世界各国の連携,協力が必要であることから,サミットや国連の場において活発な討議がなされている。特に,テロリストの資金源対策については,6月に開催されたケルン・サミットにおいて,「テロリストに対する資金提供に関する国連条約についての交渉のより迅速な促進」が要請され,12月の国連総会で同条約が採択されるなど,国際的に積極的な取組みがなされている。
 警察も,関係省庁と連携を図り,国際協力の促進に向けた取組みを強化している。その一環として,12月,アジア及び中近東地域のテロ対策担当者を招へいし,東京において「アジア・中近東地域テロ対策協議」を開催し,テロ情勢,テロ対策に関する協力強化等について討議した。また,テロ事件の捜査技術に関するノウハウの提供を積極的に行うため,平成7年度以降,国際協力事業団(JICA)との共催により,開発途上国のテロ対策実務担当者を招致し,「国際テロ事件捜査セミナー」を開催している。
 4 全日空機ハイジャック事件への対応
 平成11年7月23日,羽田空港発新千歳空港行き全日空61便(乗客503人,乗員14人)が離陸直後,包丁を所持した男にハイジャックされ,乗客に負傷者はなかったものの,操縦中の機長がコックピット内で被疑者に刺されて死亡するという凶悪な事件が発生した。犯人は,機内で乗務員等に取り押さえられ,羽田空港着陸後,警視庁の捜査員により身柄を確保された。
 警視庁では,警視総監を長とする「最高警備本部」を設置し,指揮体制を確立するとともに,警察官を空港及びその周辺に配置するなどの初動措置を講じた。
 警察庁では,事件後,空港を管轄する各都道府県警察に対して,受託手荷物受取場から出発ロビーへの逆行防止対策,空港の保安検査及び施設構造等の実態調査,国内線受託手荷物検査の実施への協力等の徹底を指示するとともに,運輸省等に対して,ハイジャック防止対策上必要な要請を行った。
 5 極左暴力集団の動向と対策
 (1) 極左暴力集団の動向
 ア 革マル派の非合法活動
 (ア) 非公然部門の再編,強化
 革マル派は,平成10年の一連の非公然アジトの摘発,非公然活動家の検挙,指名手配に対して,非公然アジトの移動や活動家の入替え,指名手配被疑者の防衛等,非公然部門の再編,強化を図った。
 これに対して,警察は,革マル派対策を強力に推進した結果,11年中,2か所の非公然アジトを摘発するとともに,非公然活動家17人を含む29人を検挙した。
 1月には,東京都荒川区に設定された「荒川アジト」を摘発し,偽造ナンバープレート,鉄パイプ,まきびし,携帯電話妨害用機材等を押収するとともに,指名手配中の1人を含む非公然活動家4人を検挙した。同アジトは,10年中に革マル派の非公然アジトが多数摘発されたことから,新たに非公然部門の資料・凶器の保管及び非公然活動家の居住のためのアジトとして設定されたものとみられる。
 11年10月には,札幌市に設定された「札幌豊平アジト」を摘発し,携帯電話,カセットテープ,文書類等を押収するとともに,非公然活動家1人を検挙した。同アジトは,労働運動等に関する大量の文書類があったことなどから,北海道において同派の活動を指導するための非公然アジトとみられる。また,同アジトの押収資料の分析から,4月と9月に「日本警察研究学会」等の名称で国会議員や報道機関,警察等に郵送され,警察庁発行の「焦点」をまねた小冊子「告発ニッポン警察の犯罪」は,同派が作成したものと判明した。
 (イ) 基幹産業への潜入,浸透
 革マル派は,党派性を隠してJRや電気通信等基幹産業の労働組合に潜入するなど,各界各層での影響力拡大を図っている。
 警察は,同派が8年11月に,JR連合傘下のJR西労組の内部資料等を不正に写し取る目的で兵庫県尼崎市内の同労組役員宅に侵入した事件を解明し,11年7月,同派非公然活動家1人を検挙,2人を指名手配した。
 また,同月,同派が9年2月から3月にかけてJR総連関係者らが出席して東京都内で開催された会合に関する調査の目的で同会場に侵入した事件等の捜査のため,同派の活動拠点である解放社や印刷工場である東京工芸社等の捜索を実施した。
 さらに,同派が対立セクトの幹部活動家の動向等を調査することを目的に,9年12月にNTTドコモ及びNTTの顧客データを窃取した事件を解明し,11年11月,これらの会社の社員である同派活動家2人を検挙した。2人は,いずれも昭和62年の国鉄分割民営化に伴い,国鉄を退職しNTTに再雇用された者であった。
 (ウ) 大衆運動への介入
 革マル派は,これまで大衆運動の分野では独自の取組みに終始してきたが,平成11年は,中核派が市民団体等を巻き込んだ大衆運動を活発化させていることに触発され,超党派が主催するいわゆる組織的犯罪対策三法(以下「組対法」という。)に対する反対集会への参加申入れや新社会党系の住民団体が主催する反戦集会への押し掛け参加,セクト色を秘匿して呼び掛け人及び賛同人を募り結成した実行委員会による組対法反対集会の開催,沖縄県反基地団体主催の県民大会への参加等,新たな大衆運動への取組みを模索した。
 また,同派は,6月に発生した国会議員の被害に係る電話盗聴事件に関して,機関紙で「警察権力の犯行」とか,「CIAやNSAの可能性もある」等と主張したほか,10年に引き続き,神戸小学生殺害等事件を「警察権力による事件の捏造」等とする権力謀略論を主張した。
 イ 組織拡大を図る中核派
 中核派は,新ガイドライン問題,成田空港問題,JR労組問題等をとらえて,大衆運動や労働運動に積極的に介入し,市民や労働者の獲得を図るなど,組織拡大に取り組んだ。
 大衆運動では,9年から取り組んでいる「日米新安保ガイドラインと有事立法に反対する百万人署名運動」(以下「百万人署名運動」という。)を主導して全国で新ガイドライン反対運動を展開し,超党派による大規模集会へ参加したり,大衆団体及び労組と共闘して集会及びデモに取り組むなど,新ガイドライン関連法に反対する幅広い勢力への浸透を図った。その後,百万人署名運動の名称を「とめよう戦争への道!百万人署名運動」に変更し,11年9月,東京都内において,旗揚げ集会を開催した。
 また,労働運動では,引き続きJR労組問題に介入し,「国鉄決戦」を掲げて国労組合員等の獲得に取り組み,なかでも,3月の国労第64回臨時全国大会や8月の国労第65回定期全国大会には,延べ約300人の活動家を動員し,参加者に対し「国労中央執行部の総辞職」,「国鉄改革法承認撤回」等を訴えた。警察は,国労の大会をめぐる闘争で,中核派活動家3人を公務執行妨害罪で検挙した。
 ウ 事実上分裂した革労協狭間派
 革労協狭間派は,5月に狭間嘉明を中心とするグループ(以下「主流派」という。)と山田茂樹を中心とするグループ(以下「反主流派」という。)に分裂した。
 両派は,その後,双方が切り崩しや引き戻しをねらった主導権争いを展開する中で,11年中,5件の内ゲバ事件を引き起こし,活動家3人が死亡,1人が重傷を負った。12年に入っても,両派は機関紙等で攻撃主張を強め,12年2月には3件の内ゲバ事件を相次いで引き起こし,活動家2人が死亡,2人が負傷した。
 警察は,11年7月,主流派活動家37人が,竹ざお,鉄片等の凶器を所持して反主流派の拠点である都内の私立大学校舎に侵入したことから,全員を建造物侵入罪等で検挙し,このうち36人が,建造物侵入罪及び凶器準備集合罪で起訴された。
 エ 成田空港問題をめぐる動向
 運輸省及び新東京国際空港公団は,5月,新東京国際空港の平行滑走路建設に関して,「2000年度平行滑走路完成」の目標達成を断念し,新たに滑走路の位置を北側にずらして,暫定平行滑走路を建設する計画を公表した。12月には暫定平行滑走路の建設が開始されるなど,成田空港問題は新たな展開を迎えた。
 こうした動きに対して,極左暴力集団は,危機感と反発を強め,11年中,中核派が「11.9新東京国際空港公団旅客ターミナル部次長宅放火事件」等計5件,革労協狭間派が「4.27新東京国際空港に向けた飛翔弾発射容疑事件」のほか同派反主流派による「12.26京成本線成田空港駅電車放火事件」等3件の計4件のテロ,ゲリラ事件をそれぞれ引き起こした(表5-2)。
 オ 九州・沖縄サミットをめぐる動向
 極左暴力集団は,2000年サミットが九州・沖縄で開催されることが決定した11年4月以降,九州・沖縄サミット反対闘争を「戦後史を画する大決戦」として取り組む方針を打ち出した。
 こうした中,極左暴力集団は,「普天間基地の名護移設反対」等を訴え,街頭宣伝活動やビラ配布を行ったほか,沖縄県内の反基地団体が開催した集会に積極的に参加するなど,反基地団体との共闘関係の構築に向けた取組みを強化した。
 (2) 極左対策の推進
 警察は,各種法令を適用し,極左暴力集団の潜在的違法事案を掘り起こすなど事件捜査の徹底を図るとともに,アパート,マンション等に対するローラー作戦を継続的に実施するなど極左暴力集団の非公然部門を摘発し,組織力を減殺するための諸対策を強力に推進した。
 これらの対策を推進した結果,警察は,平成11年中,非公然アジト5か所(革マル派2か所,中核派2か所,革労協狭間派1か所)を摘発し,非公然活動家29人を含む113人の極左活動家を検挙した。
 6 大衆運動の動向
 (1) 「新ガイドライン関連法」,「組対法」,「国旗・国歌法」をめぐる動向
 第145回通常国会で成立した新ガイドライン関連法,組対法,国旗及び国歌に関する法律(以下「国旗・国歌法」という。)をめぐって,これに反対する労組,極左暴力集団等は,平成11年1月から8月の法案成立までの間に,全国47都道府県で,延べ約18万7,000人を動員して,集会,デモ等に取り組んだ。
 極左暴力集団は,10年に引き続き新ガイドライン反対闘争を最重要課題に掲げ,国会審議の動きに合わせて,集会,デモ等に取り組んだ。
 なかでも中核派は,新ガイドライン関連法案の審議が山場を迎えた11年4月から5月に,延べ約5,500人を動員して全国規模の集会を開催したほか,衆・参両議院の採決時には,国会周辺において抗議行動を展開した。
 また,組対法及び国旗・国歌法案に対しても「新ガイドラインと一体の超反動法」等ととらえ,中核派,革マル派等が,連日国会周辺において抗議行動に取り組んだ。この間,警察は,中核派活動家等7人を道路交通法違反等で検挙した。
 (2) 「反原発」運動をめぐる動向
 「反原発」団体は,平成12年からの実施が予定されていた福井県,福島県でのプルサーマル計画に対し,抗議集会,議会要請行動,原発事業者への申入れ等の反対運動に取り組んだ。
 11年7月には,プルサーマル計画で使われるMOX燃料の輸送船2隻が,英国及びフランスから日本に向けて出発したことから,日本国内の「反原発」団体や環境保護団体グリーンピース・インターナショナルが反対行動に取り組んだ。輸送船は,9月27日に福島県,10月1日に福井県に到着し,国内の「反原発」団体は現地での抗議集会,原発事業者への申入れ等を行った。グリーンピース・インターナショナルは,ゴムボートによる海上抗議行動等に取り組んだ。しかし,MOX燃料のデータねつ造が発覚したことから,燃料の作り直しや安全性の再確認のため,プルサーマル計画は延期されることとなった。
 9月30日に発生した茨城県に所在するウラン加工施設での臨界事故に対しては,「反原発」団体が43都道府県で延べ約1万200人を動員して,集会,街頭宣伝活動,関係機関への申入れ等の抗議行動に取り組んだ。
 7 日本共産党の動向
 (1) 党活動の動向
 ア 各種選挙での議席増加と新ガイドライン関連法成立阻止等の大衆運動への取組み
 日本共産党は,平成11年4月に行われた統一地方選において,道府県議選で前回を54議席上回る過去最多の152議席を獲得した。地方議員数はその後の中間地方選を含め,11年末現在で4,452人となっている。
 共産党は,新ガイドライン関連法案や犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(以下「通信傍受法」という。)案をめぐって大衆運動に取り組むとともに,他政党との共闘の実現に力を入れた。新ガイドライン関連法案に対しては,「新ガイドライン法=戦争法」と位置付け,通信傍受法案に対しては,「通信傍受法=盗聴法」との批判を強め,反対集会及びデモに取り組んだ。しかし,このような動きも中央集会での単発的な取組みにとどまり,全国的,組織的な共闘には至らなかった。
 また,共産党は,従来から柔軟路線をアピールしてきたが,11年も,「国旗・国歌の法制化を提唱」(2月,「しんぶん赤旗」),「党綱領には『天皇制打倒』の方針は掲げていない」(3月,不破委員長の著書)等と柔軟な姿勢を示した。しかし,6月,国会に提出された国旗・国歌法案に対して,日の丸・君が代を国旗・国歌とすることには強く反対し,「天皇陛下御在位10年記念式典」に対しても,中止を要求した。
 一方,国際関係では,9月,不破委員長を団長とする代表団がマレーシア,シンガポール,ベトナム及び香港を訪問した。ベトナムでは,15年振りに日本共産党とベトナム共産党の首脳会談が行われた。マレーシア,シンガポールでは,共産党としては初めて共産主義政権以外の政府関係者との交流を行った。
 イ 機関紙の減少傾向の中で「大運動」を提起
 共産党は,各種選挙では好調さを維持したものの,党員と機関紙読者の拡大については,低迷を続けた。
 そのため,共産党は,6月に開催した第4回中央委員会総会で,12月末を期限とする「総選挙をめざす党躍進の大運動」に取り組むことを決定した。
 しかし,党員,機関紙とも十分な成果は上がらず,12年1月の第5回中央委員会総会で,1万人近い新入党員があったものの,機関紙は,大運動期間中,減少したことを明らかにした。
 党員数と機関紙読者数については,9年の第21回党大会で,「党員約37万人,機関紙読者230万人を超える」と発表されており,その時点からみて,党員は横ばい,機関紙読者は,やや減少しているものとみられる。
 (2) 全労連の動向
 日本共産党の指導,援助により結成された全国労働組合総連合(全労連)は,過去2回にわたる「組織拡大強化3ヵ年計画」に取り組んだ結果,平成11年7月の第18回定期大会において,組織人員が「153万人に到達した」と発表した。しかし,目標の200万人には届かなかったため,同大会において,11年から3年間を期限とする「組織拡大強化第3次3ヵ年計画」を決定し,引き続き組織の拡大強化を図ることとした。
 8 右翼の動向と対策
 (1) 右翼の動向
 ア 社会問題等をとらえた動向
 右翼は,時局問題に敏感に反応して,政府等に対する批判活動に活発に取り組んだ。特に,平成10年8月のミサイル発射事件以降,北朝鮮問題で右翼を刺激する事案が連続して発生したことから,北朝鮮・朝鮮総聯や政府・外務省を批判する街頭宣伝活動等に取り組んだほか,領土問題等をとらえ,政府を批判する街頭宣伝活動等を展開した。
 時局問題では,卒業式での日の丸・君が代の取扱いをめぐり,11年2月,広島県の県立高校校長の自殺をきっかけとして国旗・国歌の法制化に向けた政府の動きが活発化したことを追い風ととらえ,約590団体,約2,490人が街頭宣伝車約620台を動員して,全国各地で,法制化推進の立場から積極的な街頭宣伝活動等に取り組んだ。これに関連して,6月,大阪において,一部の右翼が,「中学校校長に対する果物ナイフ使用殺人未遂事件」を引き起こした。
 北朝鮮問題では,2月,東京都内において一部の右翼が,北朝鮮に対する政治姿勢を批判し,国会議員の事務所に車両を突入させる事件を引き起こした。また,3月に発生した日本海での北朝鮮工作船による領海侵犯事件に対しては,約840団体,約4,320人が街頭宣伝車約1,370台を動員して,全国各地で,「日本人は団結して北朝鮮に正義の剣を振り上げろ,政府は法的整備,装備的拡充を図れ」等と,北朝鮮・朝鮮総聯批判や,政府・外務省批判の街頭宣伝活動に取り組んだ。北朝鮮の貨客船「万景峰92号」の入港をとらえても活発な批判活動に取り組み,特に,9月の敦賀港入港に対しては,約220団体,約1,100人が街頭宣伝車約330台を動員して,入港阻止を主張する街頭宣伝活動等に取り組んだ。
 さらに,3月,岡山刑務所へ面会に訪れた政治団体幹部が,同所で公務執行妨害の現行犯として逮捕された際に死亡した事件をとらえて,約410団体,約1,880人が街頭宣伝車約610台を動員して,「事件の真相究明と岡山刑務所関係者の責任追及」等を主張して,岡山刑務所や法務省批判の街頭宣伝活動等に取り組み,一部の右翼が,4月,「岡山刑務所に対する火炎ビン投てき事件」,6月に「法務省に対する街頭宣伝車突入事件」等を引き起こした。
 領土問題をめぐっては,尖閣諸島周辺での中国の海洋調査船による領海侵犯等をとらえて,約300団体,約1,630人が街頭宣伝車約390台を動員して,全国各地で,「政府は尖閣列島の中国による領海侵犯を取り締まれ」等と主張する街頭宣伝活動に取り組んだほか,東京都内の政治団体が,9月に尖閣諸島魚釣島へ渡島した。また,竹島問題に関しては,約330団体,約1,800人が街頭宣伝車約430台を動員して,全国各地で,「金大統領は英断を持って日本に竹島を返還せよ」等と主張する街頭宣伝活動に取り組んだ。
 イ 資金獲得活動
 長引く不況の影響や,企業等が右翼の発行する機関紙等の購読や賛助金の拠出を打ち切ったことで,資金的に苦しい右翼も多い中,一部の右翼は,悪質かつ巧妙な手口で資金源を模索している。特に,最近では,環境問題に対する世間の関心の高まりを逆手にとって,産業廃棄物業者に対し,その違法行為をとらえて恐喝する事件が顕著となっている。また,商取引や競売等に絡む違法行為により,企業等から利益を得ようとする動きも後を絶たない。
 [事例1] 11年4月,右翼団体幹部(51)は,一般廃棄物収集業者が,運搬を委託された廃棄物を会社敷地に不法投棄していたことをとらえて,同団体名の記載のある名刺を示し,「産廃の許可が取り消されるぞ」,「住民に知られてもいいのか。賛助金と思って金を出してくれ」等と脅迫し,金員の交付を要求した。7月,恐喝未遂罪で検挙した(福岡)。
 [事例2] 11年4月,右翼団体幹部(30)は,自己の経営するフロント企業が不渡り事故を発生させたことを原因として,同社のメインバンクが,実母と長男の銀行口座を一時支払停止処分としたところ,これに因縁を付け,街頭宣伝車を用いた銀行周辺での糾弾活動で威圧しつつ,執拗に「家族が崩壊したのだから,500万円で解決だ」等と脅迫し,現金350万円を脅し取った。7月,恐喝罪で検挙した(山形)。
 [事例3] 10年9月,右翼団体幹部(55)は,競売開始の決定がなされた知人所有の土地,建物について,競売から入札希望者を排除することを企て,同土地,建物を団体事務所に仕立てるとともに,裁判所執行官に対し,内容虚偽の土地建物賃貸借契約書を送付した。11年3月,競売入札妨害罪で検挙した(群馬)。
 企業等への糾弾活動は,多くは資金獲得目的とみられ,11年中は,約220社の企業を糾弾する街頭宣伝活動を行った。これに対し,企業等が民事保全法に基づき,街頭宣伝活動を制限する仮処分命令を裁判所に申請して右翼に対抗することが定着し,11年中は54件の仮処分命令が発出された。そのうち,48件が仮処分命令に従い街頭宣伝活動を中止するなどしていることから,仮処分命令が企業等にとって有効な対抗手段となっている状況が認められるが,一方で,仮処分命令を無視するなどの動きもみられた。
 (2) 右翼対策の推進
 ア 違法行為の防圧,検挙
 警察は,右翼によるテロ等重大事件を未然防圧するとともに,資金獲得活動等に伴う違法行為の徹底した取締りに努めた。
 この結果,平成11年中,テロ,ゲリラ事件9件(10人),資金獲得目的犯罪298件(521人)を含む計1,012件(1,348人)を検挙した(表5-3)。
 また,銃器使用テロ事件を未然防圧するため,銃器の取締りを推進した結果,右翼及びその周辺者から銃器79丁を押収した(図5-1)。
 銃器の入手経路については必ずしも明らかではないが,11年中に右翼等から押収した銃器のうち,暴力団と関係を有する右翼等からの押収が約8割を占めていることなどから,大半は暴力団から入手しているものと推察される。
 警察は,今後とも,各種法令を駆使して,テロ等重大事件の未然防圧に努めるとともに,各種違法事案に対する徹底した取締りを推進することとしている。
 イ 拡声機騒音対策の推進
 11年中,国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律(以下「静穏保持法」という。)による静穏を保持すべき地域として,全国において延べ33か所が指定された。
 警察では,右翼による拡声機騒音対策として,各種法令を駆使した取締りを行った結果,1月に滋賀県で開催された「全日本教職員組合1998年度教育研究全国集会」において,右翼5人を暴騒音規制条例で検挙したのを始めとして,11年中に右翼18人を静穏保持法,暴騒音規制条例及び公害防止条例違反で検挙した。また,暴騒音規制条例を制定している都府県においては,同条例に基づく停止命令(中止命令)224件,勧告422件,立入り235件を行った。
 9 各種重要警備
 (1) 天皇陛下御在位10年慶祝行事等に伴う警備
 天皇陛下が御即位10年をお迎えになられたことに伴い,平成11年11月12日,東京都内において,内閣主催の「天皇陛下御在位十年記念式典」が挙行されるとともに,皇居において,「一般参賀(記帳)」が行われたほか,皇居外苑地区において,超党派の奉祝国会議員連盟等が主催する「天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典」が開催された。
 また,天皇皇后両陛下は,11月,天皇陵御参拝,京都御所での茶会御臨席等のため,大阪府及び京都府へ行幸啓になった。
 同記念式典等の開催をめぐり,極左暴力集団等は,「天皇制こそ侵略と戦争の元凶」等と主張し,東京都,長野県,京都府及び大阪府において,集会,デモ等に取り組んだ。
 また,慶祝行事に反対する労組,市民グループ等は,「天皇在位10年記念式典と日の丸の押しつけに反対する」等と主張し,3道県において,集会,デモに取り組んだ。
 一方,右翼は,国民祭典の参観や一般参賀(記帳)を行ったほか,全国11都道府県において,奉祝の街頭宣伝活動等に取り組んだ。
 このような情勢の中で,警察は,警備対策委員会を設置するなど諸対策を推進し,天皇皇后両陛下及び国内要人の御身辺の安全確保,関係諸行事の円滑な進行の確保,雑踏事故防止並びに交通の安全と円滑の確保を図った。
 (2) 警衛・警護
 ア 警衛
 平成11年中,天皇皇后両陛下は,世界室内陸上競技選手権大会(3月,群馬県),全国植樹祭(5月,静岡県),全国豊かな海づくり大会(10月,福島県),国民体育大会秋季大会(10月,熊本県)への御臨席,震災復興状況(8月,北海道),自然災害復興状況(9月,福島県・栃木県)の御視察を始め,12道府県に行幸啓になった。
 皇太子同妃両殿下は,献血運動推進全国大会(7月,富山県)を始め,各種の行事・式典への御臨席等のため行啓になった。
 また,皇太子同妃両殿下が故フセイン・ヨルダン国王の葬儀参列のため同国を御訪問(2月)になったほか,各皇族方が計15回,外国を御訪問になった。
 これに対し,極左暴力集団等は,「天皇制反対」等と主張し,天皇陛下及び皇族が御臨席される行事等をとらえて,来県等に反対する集会,デモ及び街頭宣伝活動に取り組んだ。
 このような情勢の中で,警察は皇室と国民との親和に配意した警衛警備を実施し,御身辺の安全確保と歓送迎者の雑踏事故防止等を図った。
 イ 警護
 11年は,4月の第14回統一地方選挙等に伴い,首相を始め国内要人の地方日程が増加した。
 また,ジャン・ルクセンブルク大公(4月),クレスティル・オーストリア大統領(6月),アブドッラー・ヨルダン国王(12月)等の外国要人が多数来日した。
 警察は,厳しい情勢の下,銃器,爆発物等を使用したテロへの対応を念頭に置いた警護警備諸対策を徹底し,要人の身辺の安全を確保した。


目次