第3節 銃器・薬物問題の現状と対策

 1 銃器犯罪の現状と対策
 (1) 平成11年の銃器情勢
 ア 銃器発砲事件の発生状況
 過去10年間の銃器発砲件数と死者数・負傷者数の推移は,図2-8のとおりである。
 11年中の銃器発砲件数は162件(前年比8件増)であり,10年に引き続きやや増加した。
 最近の銃器発砲事件の発生状況をみると,8年を底に増加傾向にあり,社会に相当数の違法銃器が潜在していることが推測される。
 イ 銃器発砲による死者・負傷者数
 11年中の銃器発砲による死者数は28人(前年比9人増),負傷者数は24人(11人減)であった。このうち,暴力団員以外の一般の死者数は10人(前年比2人増),負傷者数は7人(6人減)であった。
 ウ けん銃を使用した凶悪事件の発生状況
 11年中のけん銃(けん銃様のものを含む。)を使用した凶悪事件は170件であり,10年と比べて増加(12件(7.6%))し,過去10年間で最悪となった。内訳では,殺人が40件(前年比9件減),強盗が108件(16件増),傷害,恐喝が合わせて22件(5件増)であった。また,けん銃発砲を伴う強盗事件は7件(前年比3件減),そのうち,けん銃の発砲により被害者が負傷した事件は1件(3件減)であり,それぞれ前年に比べて減少したものの,依然として不安の残る状況にある。
 [事例1] 11年9月,世田谷区内の寺院内において,同寺院の警備をしていた警備員が右翼団体構成員(51)らにけん銃で撃たれ死亡した。同月,殺人罪及び銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)違反で検挙した(警視庁)。
 [事例2] 11年7月,大阪市内の銀行支店の駐車場で,警備員等が現金輸送車に現金を積み込んでいたところ,黒色マスクをした男がけん銃を発砲し,現金4,500万円入りのジュラルミンケースを奪って逃走した。12年7月末現在捜査中である(大阪)。
 (2) 銃器摘発の現状
 ア 銃器の押収状況
 (ア) けん銃の押収状況
 平成11年中のけん銃の押収丁数は1,001丁であり,前年に比べ103丁(9.3%)減少した。このうち,暴力団からの押収丁数は580丁で,前年に比べ4丁(0.7%)増加した。押収したけん銃のうち真正けん銃は837丁(83.6%)であり,トカレフ型けん銃とS&W社製けん銃が共に98丁と最も多く押収されている。
 なお,過去10年間のけん銃押収丁数の推移については,図2-9のとおりである。
 (イ) けん銃以外の銃器の押収状況
 11年中のけん銃以外の銃器の押収状況は,小銃,機関銃及び砲が合わせて14丁(前年比15丁(51.7%)減)であった。また,ライフル銃が20丁(前年比7丁(25.9%)減),散弾銃が138丁(11丁(7.4%)減),その他の装薬銃砲が41丁(2丁(5.1%)増),空気銃が51丁(12丁(19.0%)減)であった。
 (ウ) 違法古式銃砲の押収状況
 登録後の改造,すり替え等により,登録証は交付されているが銃砲刀剣類登録規則に定める鑑定の基準に合わず,かつ現代の実包を発射することができる違法な古式銃砲の押収丁数は20丁(前年比55丁(73.3%)減)であった。
 イ 武器庫の摘発状況
 11年中の暴力団の武器庫(組織管理の下に3丁以上のけん銃が隠匿されている場所)の摘発は18件,92丁であった。最近摘発した暴力団の武器庫の実態をみると,特に8年以降,人の居住していない場所を武器庫とする事件の摘発が目立っている。11年中に摘発した武器庫のうち,人の居住していない場所の占める割合は58.6%に達した。
 [事例] 11年10月,暴力団事務所等を捜索した結果,関係者方からけん銃14丁,実包1,638個,手りゅう弾1個を押収し,関係者2人を銃刀法違反で検挙した(警視庁,千葉)。
 ウ 暴力団員以外の者によるけん銃所持事件等の摘発状況
 11年中の暴力団員以外の者からのけん銃の押収は421丁であり,前年に比べ107丁(20.3%)減少した。押収けん銃の内訳は,真正けん銃が345丁(81.9%),改造けん銃が76丁(18.1%)であり,真正けん銃のうち137丁は旧日本軍の軍用けん銃であった。
 [事例] 11年4月,模型店経営者(36)方を捜索し,改造けん銃3丁を押収するとともに,同人を取り調べたところ,ガンマニアグループのメンバーの1人であるグラフィックデザイナー(51)に改造けん銃1丁を譲り渡したことが判明し,捜索の結果,同デザイナー方等から改造けん銃合計7丁を押収し,両人を銃刀法違反で検挙した(警視庁)。
 エ 密輸入事件の摘発状況
 11年中は,元アニメプロデューサーによるけん銃等密輸入事件等15件(けん銃密輸入10件,けん銃部品密輸入1件,けん銃実包のみの密輸入4件)を検挙し,けん銃19丁,けん銃部品(銃身)1個,けん銃実包809個(うちけん銃実包のみの密輸入は131個)を押収したほか,自動小銃4丁等を押収した。
 押収したけん銃の仕出国は,従来のフィリピン,米国に加え,トルコ,ブラジル等があり多様化している。
 また,11年中に摘発したけん銃密輸入事件の手口をみると,貨物船を利用したものが4件,航空機持込みによるものが3件,国際航空小包郵便を利用したものが2件,自己船舶によるものが1件となっており,様々な方法により密輸入されている状況がうかがわれた。
 なお,過去10年間のけん銃密輸入事件の推移については,図2-10のとおりである。
 [事例] 11年10月,トルコからの国際航空小包郵便物内をX線検査した結果,小包内の紳士用靴底部にけん銃1丁分の部品とけん銃実包25個が隠匿されているのを確認した。直ちに,クリーン・コントロールド・デリバリー捜査を実施し,名あて人であるフィリピン人女性(31)が受取人であることを特定した上で銃刀法違反で検挙するとともに,受取りを依頼したトルコ人(33)も同法違反で検挙した(愛知)。
 (3) 猟銃等の所持許可状況
 けん銃等(けん銃,小銃,機関銃及び砲)は,本来的に対人殺傷の目的に使用されるものであり,警察官,自衛官等を除き一般の所持は禁止されているが,猟銃(ライフル銃及び散弾銃),空気銃,産業用銃等については,その社会的有用性から都道府県公安委員会の許可を受けて所持することが認められている。
 警察は,銃刀法等に基づき,猟銃等の所持や使用に必要な規制を加え,銃器による犯罪や事故の防止を図っている。
 平成11年末における都道府県公安委員会の所持許可を受けた銃砲の数は45万3,666丁であり,このうち猟銃及び空気銃が40万8,201丁と全体の90.0%を占めている。
 (4) 総合的な銃器対策の推進
 ア 政府における諸対策の推進
 厳しい銃器情勢に対処するため,平成7年9月,内閣官房長官を本部長とする「銃器対策推進本部」(内閣官房,警察庁,環境庁,法務省,外務省,大蔵省,水産庁,通商産業省,運輸省,海上保安庁,郵政省及び自治省で構成)が,閣議決定により設置された。同年12月に同本部において決定された「銃器対策推進要綱」に基づき,各省庁においては毎年度「銃器対策推進計画」を策定し,相互に緊密な連携を図りながらその諸対策を推進している。
 イ 銃器摘発の推進
 (ア) 取締りの徹底強化
 警察は,発砲事件の検挙に全力を挙げることはもとより,組織犯罪としての性格を強めつつある暴力団等によるけん銃密輸・密売事件や武器庫等の摘発を重点とした取締りを行っている。このため,情報収集活動の強化,捜査手法の高度化,銃器捜査専門捜査員の育成,高性能捜査資機材の整備,活用等に努めている。
 また,4年以降,「けん銃取締り特別強化月間」を設けて全国一斉のけん銃特別取締りを実施しており,11年は5月と10月に実施し,期間中にけん銃不法所持事件等225件,245人を検挙するとともに,暴力団の武器庫を摘発するなどして,けん銃344丁を押収した。
 (イ) 水際対策の強化
 警察では,水際での銃器の取締りを強化するため,税関,海上保安庁等との共同捜査や合同訓練の実施,連絡協議会の開催等関係機関との連携を推進している。11年中は税関及び海上保安庁との共同捜査により,けん銃等密輸入事件10件,14人を検挙し,けん銃等18丁,実包824個及びけん銃部品1個を押収した。
 ウ 国際的な銃器対策の推進
 (ア) 国際会議の開催
 警察庁では,銃器取締りに関する国際協力の円滑化を図るとともに,関係国における適切な銃器規制の推進に寄与するため,ODA事業の一環として,6月にアジア太平洋諸国14か国の法執行機関及び外務省の実務担当者を東京に招き,「銃器管理セミナー」を外務省と共催で開催した。
 (イ) 国際連合等における取組み
 警察庁は,国際連合において,銃器議定書の起草作業を進めている国連国際組織犯罪条約特別委員会の開催の都度,担当者を派遣してその起草作業に積極的に協力している。我が国は,この委員会に対して48万ドルの資金拠出を行うなどの貢献を続けている。
 また,G8サミット諸国が設置しているG8国際組織犯罪対策上級専門家会合(リヨン・グループ)においても,我が国は銃器の不正取引問題を検討するサブグループの議長を務め,国連における銃器議定書の起草作業を進展させるために主導的な役割を果たしている。
 エ 違法銃器の根絶に向けた国民等の理解と協力の確保
 違法銃器の根絶のためには,銃器問題に対する国民一人一人の理解と協力が必要不可欠である。11年には,違法銃器に関する積極的な情報提供を促すため,全国の警察本部に設置している「けん銃110番」の周知に努めたほか,銃器犯罪根絶に向けた広報用ビデオの作成,税関,海上保安庁等関係機関との合同キャンペーンの実施等,違法銃器根絶に向けた広報啓発活動を積極的に推進した。警察庁は,7年から銃器犯罪の根絶を呼び掛ける集いを各地で開催しているが,12年2月には,福岡県で「銃器犯罪根絶の集い・福岡大会」を開催した。今回は,銃器問題をテーマとした同県内の高校生による研究発表等を行い,銃器に対する拒絶感が希薄な青少年を主たる対象として,銃器犯罪のない社会を築くことの重要性を訴えた。
 各都道府県においても,知事を本部長とする「銃器対策推進本部」の設置が進められており,11年中は新たに6県で同本部が設置され,全国で38道府県となった。
 また,猟銃等の盗難が増加し,猟銃を使用した犯罪や第三者を巻き込んだ猟銃事故が多発する中,猟銃・射撃競技の関係団体と協力し,11年4月の全国銃砲一斉検査や関係団体の会合等の際に,猟銃等の所有者に対し,猟銃等の盗難及び事故防止を図るよう指導した。
 2 薬物犯罪の現状と対策
 (1) 深刻な覚せい剤情勢
 ア 依然として「第三次覚せい剤乱用期」の深刻な情勢が継続
 平成11年中の覚せい剤の押収量は1,975.9キログラムで,最近5年間の総押収量を大幅に超える過去最高の大量押収となった。また,覚せい剤事犯の検挙人員は1万8,285人で,前年に比べ1,397人(8.3%)増加した。
 「第三次覚せい剤乱用期」の特徴である少年及び初犯者(初めて覚せい剤取締法違反により検挙された者)の検挙人員に占める割合は減少傾向にあるものの,覚せい剤の押収量が激増するとともに,「第三次覚せい剤乱用期」に突入後,10年に一旦減少傾向にあった検挙人員が再び増加に転じるなど,依然として深刻な情勢が継続しているとみられる(図2-11)。
 イ 過去最高となる覚せい剤の大量押収
 11年中に検挙した覚せい剤の大量押収事件(一度に100キログラム以上押収した事件をいう。)は8事件で,過去最大級の覚せい剤密輸入事件の摘発が相次いだ。特に,10月に検挙した鹿児島県黒瀬海岸における大量覚せい剤密輸入事件における押収量は564.6キログラムで,一度の押収量では過去最高となるなど,個々の密輸入事件が大型化している。
 また,我が国で乱用されている薬物のほとんどは,国際的な薬物犯罪組織の関与の下に海外から密輸入されているが,最近では台湾,香港等に本拠を置く国際的な薬物犯罪組織が,海外から我が国に向けて薬物を送り出すだけでなく,組織の構成員等である来日外国人が国内で薬物の「荷受け役」として暗躍する事件が目立った。さらに,密輸の方法は,船舶を使用して警戒の薄い地方港や海岸への陸揚げを企てた事件が多く,その手口も機関室の消火器,二重に改造したコンテナの天井部,家電製品の輸入貨物品等の中に隠匿するなどの方法が目立っている。
 [事例] 11年10月,鹿児島県黒瀬海岸沖に停泊した台湾船籍の漁船からゴムボートを使用して覚せい剤を陸揚げした台湾人(48)ら12人を覚せい剤取締法違反等で検挙するとともに,覚せい剤約564.6キログラムを押収した(福岡,熊本,鹿児島,警視庁)。
 ウ 不正取引に深くかかわる暴力団
 11年中に覚せい剤事犯で検挙された暴力団員は7,944人(前年比740人(10.3%)増)で,総検挙人員に占める割合は43.4%(0.7ポイント増)であった(表2-12)。
 暴力団は,覚せい剤の密輸・密売の中核的な存在として,最近,台湾,香港等に本拠を置く国際的な薬物犯罪組織と結託して国内に密輸入している。一方,国内での密売取締りから逃れるため,身元確認が不要な通話料前払い方式(プリペイド方式)の携帯電話等を使用して,購入者と直接面接せず間接的に密売するなど,その手口が一段と巧妙化している。
 また,11年中に国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)第5条違反(注)で検挙した18事件のうち,8事件が暴力団による組織的かつ継続的な密売事件で,依然として暴力団は覚せい剤の不正な取引に深くかかわっている。
 (注) 麻薬特例法第5条は,組織的かつ継続的に行われる薬物の不正取引を効果的に取り締まるため,薬物の密輸・密売等を「業として」行った者を重く処罰する規定である。
 エ イラン人密売組織による薬物密売の潜在化・巧妙化
 来日イラン人による薬物事犯の検挙人員は,9年に300人を超えたのをピークに減少傾向にあり,11年中の検挙人員は190人で,前年に比べ99人(34.3%)減少した。これを薬物の種類別にみると,覚せい剤の検挙人員が最も多く,全体の80.6%に当たる137人となっている(表2-13)。また,国籍別にみると,来日外国人による覚せい剤事犯の営利犯(営利目的所持及び営利目的譲渡)の検挙人員85人のうち37人がイラン人で,依然として薬物の密売に関与している割合が高い。
 密売方法は,取締りを逃れるための組織の防衛工作が一段と進み,密売担当者,密売場所,使用車両等を頻繁に変え,携帯電話,メモ等を使用して隠密に犯行を行うなど,潜在化・巧妙化の傾向を強めている。また,組織的かつ継続的な薬物密売によってばくだいな犯罪収益を得ており,依然としてイラン人密売組織による薬物密売は活発である。
 (2) 社会を汚染し続ける薬物乱用
 ア 大麻事犯
 平成11年中の大麻事犯の検挙件数は1,670件,検挙人員は1,124人で,前年に比べ件数で351件(17.4%),人員で112人(9.1%)それぞれ減少した(図2-12)。
 押収量は,乾燥大麻が552.1キログラム,大麻樹脂は199.9キログラムで,前年に比べ乾燥大麻は452.9キログラム大幅に増加し,大麻樹脂は5.9キログラム減少したが,それぞれ過去第2位の押収量であり,大量押収事件(一度に1キログラム以上押収した事件をいう。)49事件のうち,43事件が来日外国人による密輸入事件であった。
 イ 麻薬等事犯
 11年中の麻薬等事犯(麻薬及び向精神薬取締法違反及びあへん法違反をいう。)の検挙件数は632件(前年比70件(10.0%)減),検挙人員は355人(20人(5.3%)減)であった(図2-12)。
 (ア) コカイン事犯
 11年中のコカイン事犯の検挙件数は160件(前年比40件(20.0%)減),検挙人員は71人(22人(23.7%)減),押収量は10.3キログラム(10.1キログラム(49.5%)減)であった。全検挙人員のうち来日外国人は29人で,国籍別にみるとイラン人が9人と,その31.0%を占めている。また,大量押収事件(一度に500グラム以上押収した事件をいう。)は3件で,うち2件はコカインを身体に巻き付けて隠匿し,旅客航空機を利用して南米から密輸入したものであった。
 (イ) ヘロイン事犯
 11年中のヘロイン事犯の検挙件数は83件(前年比27件(24.5%)減),検挙人員は52人(9人(14.8%)減),押収量は2.0キログラム(1.6キログラム(44.4%)減)であった。全検挙人員のうち来日外国人は28人と半数に上り,国籍別にみるとベトナム人が19人で,その67.9%を占めている。
 (ウ) 向精神薬事犯
 11年中の向精神薬事犯の検挙件数は68件(前年比22件(47.8%)増),検挙人員は49人(18人(58.1%)増),押収量は4万5,021錠(1万7,989錠(66.5%)増)であった。11年中には,病院から看護婦が窃取して譲り渡した事件,インターネットを利用した密売事件等があった。
 (エ) あへん事犯
 11年中のあへん事犯の検挙件数は159件(前年比21件(11.7%)減),検挙人員は119人(13人(9.8%)減),押収量は7.4キログラム(3.6キログラム(32.7%)減)であった。全検挙人員のうち来日外国人は30人で,国籍別にみるとイラン人が23人と,その76.7%を占めている。
 ウ シンナー等有機溶剤事犯
 11年中のシンナー等有機溶剤の乱用者(摂取し,若しくは吸入し,又はその目的の所持により毒物及び劇物取締法違反で検挙された者をいう。)の検挙人員は5,999人で,このうち少年が4,184人と69.7%を占めている。
 (3) 薬物乱用に起因する事件,事故
 覚せい剤,シンナー等の薬物の乱用は,急性中毒により死亡することがあるほか,幻覚,妄想等により,殺人,放火等の凶悪事件や重大な交通事故等を引き起こすことがあるなど乱用者自身の精神,身体をむしばむばかりでなく,社会の安全を脅かすものである。また,最近では,薬物の購入代金欲しさに強盗,窃盗等の事件を起こす事例が目立っている。
 平成11年中の薬物乱用に起因する事件の検挙人員は,表2-14のとおりであり,うち凶悪犯の検挙人員は22人で,前年に比べ,1人減少したものの,殺人は4人(80.0%),強姦は2人(100.0%)それぞれ増加した。また,薬物乱用に起因する事故は,乱用による中毒死が29人(前年比11人(61.1%)増),自殺及び自傷が12人(2人(20.0%)増),交通事故が30人(8人(36.4%)増)であった。
 (4) 薬物対策の推進
 ア 政府の薬物対策
 平成10年に内閣総理大臣を本部長とする「薬物乱用対策推進本部」が策定した「薬物乱用防止五か年戦略(以下「五か年戦略」という。)」に基づき,関係省庁が協力して「第三次覚せい剤乱用期」の早期終息等に向けた薬物対策を強力に推進している。
 11年11月,総理府が実施した「薬物乱用に関する世論調査」によれば,薬物の密輸入の増加,薬物の入手の容易等を理由に薬物犯罪の情勢が悪化していると答えた人の割合が85.7%に上り,最近の薬物情勢が国民に脅威と不安を与えていることを示している。また,政府に力を入れてほしい薬物対策は,暴力団や不良外国人等の密売人及び薬物密輸入に対する取締りの強化が上位を占め,薬物犯罪組織の密輸・密売事件の取締りによる供給の遮断を望む世論の声が高かった(図2-13)。
 イ 警察の薬物対策
 警察では,政府の薬物対策の中枢を担う機関として,薬物問題を治安の根幹にかかわる重要な問題ととらえ,薬物の供給の遮断及び需要の根絶の両面から総合的な薬物対策を推進している。
 (ア) 供給の遮断
 我が国で乱用されている薬物のほとんどが海外から流入していることから,これを水際で阻止するため,海上保安庁,麻薬取締官事務所,入国管理局,税関等の関係機関及び外国の取締り当局等との連携を強化し,約2トンに迫る覚せい剤の拡散を阻止するとともに,薬物の供給源や供給ルートの解明,壊滅に努めている。
 薬物犯罪組織は,ばくだいな薬物犯罪収益によって組織の存立・拡大を図るため,その犯行手口が一段と巧妙化している。警察では,薬物犯罪組織の壊滅を図るため,コントロールド・デリバリー等の効果的な捜査手法を積極的に活用した捜査を行っており,11年中には19件のコントロールド・デリバリーを実施した。
 また,薬物犯罪収益のはく奪による資金面からの打撃を与えるため,麻薬特例法による犯罪収益の隠匿,収受及び仮装(マネー・ローンダリング)の事件化,犯罪収益の没収・追徴・保全の徹底等薬物犯罪収益対策を強化しており(表2-15),11年には,麻薬特例法を適用して,イラン人の密売組織が薬物の密売によって得た犯罪収益約1億4,000万円を第三者名義の口座に隠匿していた事件で,この預金債権を没収・保全した上,麻薬特例法違反で検挙した。
 (イ) 需要の根絶
 薬物の需要の根絶を図るためには,社会全体に薬物を拒絶する規範意識が堅持されていることが極めて重要である。このため,警察では,末端乱用者の検挙を徹底するとともに,広報啓発活動を活発に展開して,薬物の危険性・有害性についての正しい知識の周知を図り,薬物乱用を拒絶する意識の醸成,維持に努めている。
 11年には,「五か年戦略」に基づき,関係機関等と連携して,薬物乱用相談,薬物乱用防止教室等を積極的に実施したほか,啓発用ポスターを全国で掲示したり,啓発用資料「DRUG」を様々な会合,キャンペーン等に活用するなど,広報啓発活動を強力に推進した。
 ウ 薬物対策における国際協力の推進
 (ア) 薬物対策に関する国際協力の枠組み
 薬物の不正取引は,国際的な薬物犯罪組織により国境を越えて行われ,一国のみでは解決できない問題であることから,サミット,国際連合等の国際的枠組みの中でも,地球規模の重大な問題として,その解決に向けた取組みがなされている。
 a 国際連合における枠組み
 国際連合においては,経済社会理事会に麻薬委員会が置かれており,その下で国連薬物統制計画(UNDCP)が薬物問題全般にわたって幅広い活動を行っている。UNDCPは,薬物の供給源対策の一環として,我が国の薬物対策上重要な地域であるミャンマー,タイ,ラオス,カンボジア,ベトナム,中国という「黄金の三角地帯」及びその周辺国に対する各種プロジェクトを推進している。
 1999年(平成11年)3月には,オーストリアのウィーンで約100か国が参加し,1998年(10年)6月の「国連総会麻薬特別会期」後初めての国連麻薬委員会が開催され,同会期で採択された各種施策を実施するための具体的な方策が示された。
 また,1999年(11年)12月には,タイのバンコクにおいて,UNDCPの主催で「第23回アジア・太平洋薬物取締機関長会議」が開催され,26か国1地域5国際機関の長が参加して,覚せい剤の不正製造・取引,郵便利用の密輸等について協議を行った。
 b サミットにおける取組み
 1985年(昭和60年)のボン・サミット以来,経済宣言,政治宣言及び議長声明において,薬物対策に関する国際協力の強化が取り上げられている。
 1998年(平成10年)6月,ニューヨークの国連本部において,「国連総会麻薬特別会期」が開催され,覚せい剤対策に関する行動計画等,今後の世界の薬物対策の指針となる七つの文書が採択された。1999年(11年)5月に開催されたケルン・サミットでは,これらの文書に示された対策が積極的に実施されるよう再確認された。また,2000年(12年)7月に開催された九州・沖縄サミットでも,同様の再確認がなされたほか,覚せい剤問題への取組み,専門家会合の開催,原料物質の規制等について,G8間で協力を強化していくことが合意された。
 (イ) 国際協力の推進
 警察では,薬物捜査に関する技術支援,関係国との捜査員の相互派遣,各種国際会議への参加等を通じた情報交換等,国際捜査協力を積極的に推進している。
 1999年(平成11年)2月に外務省との共催により開催した「1999アジア薬物対策東京会議(ADLEC Tokyo)」において,東アジアにおける国境地域の取締り協力を発展させるためのUNDCPの新規支援プロジェクトに対する我が国からの財政的・技術的支援が表明された。警察では,この会議の結果を受けて,薬物鑑定・鑑識及び薬物分析の専門家をタイに長期派遣し,同国及び周辺国の取締り能力の向上を図っている。このほか,生産国等における薬物問題への取組みを支援することを目的として,「薬物犯罪取締セミナー」等の開催,途上国への技術支援のための調査等を行っている。
 また,平成12年1月には,覚せい剤の不正取引対策,薬物犯罪組織の動向と国際協力等について討議,意見交換を行うため,アジア・太平洋地域30か国1地域2国際機関の参加を得て「第5回アジア・太平洋薬物取締会議」を開催した。
 なお,本会議を含め,関係省庁・国際機関が開催する会議等が「2000年薬物対策東京会合」として同時期に開催された。


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