はじめに

 戦後,日本国憲法が施行され,我が国の諸制度の改革が進められることとなったが,警察制度についても,戦前の国家警察制度が改められ,警察の民主的管理と地方分権を基本理念とする旧警察法が,昭和23年3月,施行された。また,刑事訴訟法も全面改正され,現行の刑事訴訟法が24年1月に施行された。これら旧警察法と現行の刑事訴訟法により,警察は,独立した第一次捜査権を担うこととなった。以来,50年余りが経過したが,戦後の刑事警察の歩みは,犯罪との闘いの歴史であり,刑事警察は,その時々の犯罪情勢に対し,不断に捜査力の充実強化に努めてきた。
 終戦直後の一時期を除き,刑法犯認知件数は減少傾向にあったが,48年を境に増加に転じ,近年,その増加が顕著となり,平成11年には,約217万件と戦後最高を記録している。その内容も,路上強盗やひったくりといった路上犯罪が増加し,安全な空間の確保が求められている。また,組織的な犯罪が深刻化しており,暴力団は,依然として対立抗争に伴う銃器発砲事件を敢行するなど市民生活に対する重大な脅威であるほか,国際犯罪組織が我が国に進出し,凶悪な強盗事件や組織窃盗事件等を敢行するようになった。さらに,情報通信技術の発達は,生活の利便性を向上させたが,ハイテク犯罪のような新たな形態の犯罪が発生するようになった。一方,凶悪犯等の犯罪も,その犯行手口が悪質・巧妙化するとともに,生活圏の拡大,交通通信網の整備等を背景に,広域化・スピード化の傾向を強めている。また,国民に最も身近な犯罪である窃盗犯の増加は看過できない状況にあり,知能犯罪もいわゆるバブル経済の崩壊により金融・不良債権関連事犯が増加し,大企業の経営陣による経済取引の健全性,公正性を大きく侵害する不正事犯が顕在化している。
 捜査を取り巻く環境もまた,社会情勢や国民意識の変化とともに,変化している。都市化の進展や人と人とのつながりの希薄化を背景に,聞き込み捜査等の「人からの捜査」は困難化し,大量生産・大量流通の進展は「物からの捜査」に影響をもたらした。さらに,国境を越えた人の移動の増加,社会経済構造の複雑化,社会の匿名性の増大等は捜査に大きな影響を与えている。また,精密かつ厳格な審理を行う裁判実務と活発な刑事弁護活動に対応し,より一層ち密な捜査を推進することが求められている。
 一方,犯人検挙や被害者から感謝されることに刑事の魅力,やりがいを感じ,日夜,犯罪捜査に当たる捜査官の姿に,今も昔も変わりはない。しかし,質的・量的に厳しさを増す犯罪情勢,捜査を取り巻く環境の変化にとまどい,負担の増大を感じている捜査官が多いことも事実である。
 警察の責務は,個人の生命,身体及び財産を保護し,公共の安全と秩序を維持することにあり,刑事警察が担う犯罪捜査は,この責務を遂行するための警察活動の原点である。21世紀を目前にし,国内外の政治・経済・社会情勢は,従来にも増してダイナミックに変動しており,犯罪情勢も刻々と変化している。このような情勢の下,新しい形態の犯罪や国民の意識の変化に的確に対応し,国民の期待にこたえる捜査を遂行していくことが,今,刑事警察に求められている。



目次