第4節 被害者対策の推進

1 被害者の現状と警察の基本方針

 犯罪の被害者(遺族を含む。以下同じ。)は、犯罪による直接的な被害だけではなく、事件に遭ったことによる精神的ショックのほか、その後の刑事手続の過程で精神的負担や時間的負担を感じたり、被害に遭った側でありながら周囲や報道機関から不利益・不快な取扱いを受けるなど、多くの二次的被害を受けている。
 近年、いわゆる地下鉄サリン事件等を契機として、被害者の受ける様々な被害、とりわけ精神的被害の深刻な実態について、社会的関心が高まっている。また、欧米諸国においては、被害者支援のための様々な取組みが進められており、社会全体で被害者の救援を図っていこうとする動きは、国際的な潮流ともなっている。
 警察は、被害の届出、被疑者の検挙、被害の回復・軽減、再発防止等の面で被害者と密接な関係を有しており、これを保護する役割を担う機関として、被害者の視点に立った、被害者のための各種施策の推進に努めている。
 警察庁では、平成8年2月、被害者対策に関する基本方針を取りまとめた「被害者対策要綱」を制定し、これを受けた各都道府県警察では、組織を挙げて被害者対策に取り組んでいる。さらに、警察庁では、同年5月、長官官房給与厚生課に犯罪被害者対策室を設置し、各種施策の企画・調査のほか、被害者対策全般の取りまとめを行っている。また、11年6月、犯罪捜査規範を改正し、被害者に対する配慮及び情報提供、被害者の保護等に関する規定を整備した。
 なお、10年には、科学警察研究所において、いわゆる地下鉄サリン事件の被害者を対象とした被害実態調査を実施し、その結果を施策に反映させている。

2 警察における被害者対策

(1) 基本的な施策の推進
ア 被害者に対する情報提供
(ア) 「被害者の手引」の作成・配布
 被害者は、刑事手続、法律上の救済制度等についてなじみが薄いことから、各都道府県警察では、殺人、傷害、強姦、ひき逃げ事件、交通死亡事故等の被害者を対象に、必要な情報を取りまとめたパンフレット「被害者の手引」を作成し、配布している。さらに、外国人被害者用として、英語をはじめとする各種外国語の手引も各都道府県警察の実情に応じて作成

している。
(イ) 被害者連絡制度
 被害者の多くは、捜査の進行状況や被疑者が受けた処分等について非常に高い関心を持っていることから、警察では、被害者連絡制度を導入し、身体犯、ひき逃げ事件、交通死亡事故の被害者に対し、事件に関する情報を連絡している(注)。
(注) 交通警察分野においては、従来、ひき逃げ事件の被害者を対象に被害者連絡を行っていたところ、平成10年9月、連絡対象者を交通死亡事故の遺族にも拡大した。
 被害者連絡は、原則として、被害者から事情聴取を行った捜査官等が行う。連絡を行うのは、具体的には、捜査の進行状況のほか、被疑者を検挙した場合には、その旨及び被疑者の氏名・年齢、送致先検察庁等(被疑者を逮捕した場合には、さらに、起訴、不起訴等の処分結果、起訴された裁判所等)に関する事項である。
 被害者が少年の場合には、原則として、その保護者に連絡を行う。このほか、被疑者が少年の場合においては、原則として成人事件と同様の方法により連絡を行うが、当該少年の健全育成を期する観点から、十分な配慮をした上で連絡を行っている。
 また、被害者が再び被害に遭うことを予防するとともに、その不安感を解消することを目的として、被害者の要望に基づき、交番等の地域警察官による被害者訪問・連絡活動を実施している。
 なお、事件のことを思い出したくないため情報提供を望まない被害者もいることから、被害者連絡は、あくまで被害者の意向を酌んで行っている。
イ 相談・カウンセリング体制の整備
 警察では、住民からの各種要望及び相談に応じる窓口として、警察本部に警察総合相談室を設置している。また、電話による相談についても全国統一番号の相談専用電話「#(シャープ)9110番」を設置しており、警察総合相談室につながるようになっている。また、このような総合的な相談に加え、性犯罪相談、少年相談、消費者被害相談等については、被害者のニーズに応じて、個別の相談窓口を設けている(なお、これらについては、(2)参照)。
 こうした中で、犯罪により大きな精神的被害を受けた被害者に対しては、心理学的立場からの専門的なカウンセリングが必要となることがある。また、事件の発生直後に被害者に対して適切な心理的ケアを行うことは、結果として被害者の精神的被害を軽減させるのに非常に効果的であるといわれている。そこで、心理学等の専門的知識やカウンセリング技術を有する心理カウンセラーを警察部内に配置したり、精神科医や民間のカウンセラーと連携するなどして、被害者の相談・カウンセリング体制の整備を進めている。
 ウ 犯罪被害給付制度
 犯罪被害給付制度とは、通り魔殺人等の故意の犯罪行為により、不慮の死を遂げた被害者の遺族又は身体に重大な障害を負わされた被害者に対して、社会の連帯共助の精神に基づき、国が遺族給付金又は障害給付金を支給し、その精神的、経済的打撃の緩和を図ろうとするものであり、昭和56年1月1日に施行された「犯罪被害者等給付金支給法」に基づいて実施されている。本制度の発足以来の運用状況は、表8-4のとおりである。

表8-4 犯罪被害給付制度の運用状況(制度発足~平成10年)

エ 捜査過程における被害者の負担の軽減
(ア) 捜査一般
 犯罪の捜査においては、被害者からの綿密な事情聴取等が不可欠な場合が多く、時として被害者が話したくない事柄についてあえて聞かざるを得ないことがある。このような捜査活動における警察官の言動や捜査の方法が被害者の心理に及ぼす影響は大きいことから、できる限りその心情に配慮した対応を行う必要がある。
 そこで、被害届の受理に当たっては、被害者に余分な精神的負担を与えないよう被害者の心情に配意した事情聴取を行っているほか、被害を認知し、被害者の自宅等に急行する場合においても、捜査に支障のない限り、必要により私服の警察官が一般車両と見分けのつきにくい車両で赴くようにしている。
 また、性犯罪、少年が被害者となる犯罪等については、捜査段階において被害者、被害内容等が公にならないように特に留意するなど、被害者のプライバシーに配意した捜査を行っている。交通死亡事故捜査においては、遺族調書の作成時期について遺族の意向を酌み、適正な時期に作成するなど、遺族感情に特に配意するよう努めている。
[事例] 野方警察署においては、「被害者援助班」を設置し、身体犯等の事件が発生した際、早期に捜査員とともに現場に赴き、必要に応じて、病院への付添い、心配ごとの相談への対応、刑事手続の説明等被害者への支援活動に当たっているほか、被害者のための事情聴取室等を整備し、被害者の精神的負担等の軽減を図っている(警視庁)。
(イ) 施設の改善
 被害者の事情聴取に当たっては、被疑者用の取調室を使うのでは二次的被害につながるおそれがあることから、その心情に配意し、被害者の立場にふさわしい施設で行うことが望ましい。このため、警察では、応接セットを備えたり、照明や内装を改善したりするなどして、被害者が安心して事情聴取に応じられるよう、施設の改善に努めている。
オ 被害者の安全の確保
 警察では、被害者が加害者から再被害を受けることを防止するための施策を講じてきたが、平成9年、刑務所から出所したばかりの加害者の「お礼参り」により被害者が殺害されるという凶悪事件が発生したことなどから、被害者の再被害防止のための取組みを更に強化している。
 具体的には、殺人予備、殺人未遂、性犯罪等の凶悪事件の検挙の都度、その発生経緯等を分析して再被害のおそれについて総合的に検討を加えた上、緊密な被害者連絡、関係警察署の連携による防犯指導、警戒活動等の措置を継続的かつ組織的に実施している。このため、特に非常時の被害者の安全を確保するための緊急通報装置等の整備にも努めている。
(2) 被害者の特性に応じた施策の推進
ア 性犯罪の被害者
 強姦、強制わいせつ等の性犯罪は、被害者の尊厳を踏みにじり、身体的のみならず精神的にも極めて重い被害を与える犯罪である。このため、警察では、従来から殺人、強盗等と並んで強姦及び強制わいせつを重要犯罪としてとらえ、その捜査に力を入れてきた。
 しかし、性犯罪の被害者は精神的なショック、しゅう恥心等から、警察に対する被害申告をためらうことも多く、そのことが被害を潜在化させる大きな要因となっている。
 そこで、警察では、性犯罪被害者の立場に立った適切な対応により、被害者の精神的負担の軽減を図るとともに、従来以上に適正かつ強力な性犯罪捜査を推進するため、各都道府県警察本部に「性犯罪捜査指導官」及び「性犯罪捜査指導係」を設置し、性犯罪の捜査の指導・調整、発生状況等の集約、専門捜査官の育成等を行っているほか、性犯罪が発生した場合に捜査に当たる性犯罪捜査員として女性の警察官を指定している。
 また、性犯罪に係る相談を受け付ける「性犯罪被害110番」等の相談電話や相談室を設置しているほか、被害者に負担をかけずに証拠採取を行うために必要な用具や被害者の衣類を預かる際の着替え等をまとめた「性犯罪捜査証拠採取セット」の整備、事件発生時における迅速かつ適切な診断・治療及び証拠採取や女性の医師による診断等を行うための産婦人科医等との連携の強化等各種施策を推進している。
 このほか、痴漢等の性犯罪の被害の届出や相談を行いやすいよう、「女性相談交番」の指定や鉄道警察隊における「女性被害相談所」等の設置を行い、女性の警察官が届出の受理に当たるなどの対策を推進している。
イ 被害少年
 人格形成の途上にある少年が犯罪、いじめ、児童虐待等により被害を受けた場合、その心身に極めて有害な影響を与え、その後の健全育成に障害を及ぼすおそれが大きい。
 このため、警察では、犯罪等により被害を受けた少年(以下「被害少年」という。)の精神的負担を軽減し、その立ち直りを支援するための施策を積極的に推進している。
 まず、各都道府県警察の少年警察部門に配置されている少年補導職員、少年相談専門職員等により、個々の被害少年の特質を踏まえたカウンセリング等の心理的な手法の活用、保護者等と連携した家庭等の環境調整等の継続的な支援を行っている。
 少年補導職員等が被害少年の要望に的確に対応できるようにするため、その増員や拠点警察署を中心とした集中運用、被害少年対策係の設置といった体制の整備に努めるとともに、被害少年や不良行為少年に対する支援を行うための専門組織としての「少年サポートセンター」の構築を進めている。また、少年補導職員等の能力向上を図るため、各種の部内教育、部外研修を積極的に受講させている。
 都道府県警察では、大学の研究者、精神科医、臨床心理士等を「被害少年カウンセリングアドバイザー」として委嘱して、必要な助言を受けるとともに、民間ボランティアを「被害少年サポーター」として委嘱し、少年補導職員等と一体となって、家庭や地域と連携した相談、環境調整等の支援活動を推進しており、平成11年4月現在、12都道府県警察をモデル県に指定している。
 このほか、少年相談は、警察に助けを求める被害少年やその保護者等にとって重要な窓口であることから、被害少年等が気軽に相談できるよう、専用の相談窓口等を設けるとともに、相談室の充実、整備等を図っている(第2章第3節3(5)参照)。
ウ 悪質商法の被害者
 各都道府県警察では、警察本部に悪質商法の被害者相談を受け付ける「悪質商法110番」等の専用相談電話や相談窓口を設置し、被害者等からの相談に応じている。
 相談を受け付けた場合は、関係機関と連携の上、被害防止対策の指導や、被害回復方法等について教示を行うとともに、消費者被害の実態を早期に把握し、捜査活動に反映させて悪質な事件を多数検挙している。
[事例] 10月、消費者(66)から、「8月に業者のうまい話に乗せられ約500万円もする磁気治療器を購入したが、高額であり解約したい。」との相談を受理、業者は訪問販売により販売していたにもかかわらず、法定の契約書面を交付していないことが判明したことから、業者(37)ら2人を訪問販売等に関する法律違反(書面不交付)で検挙するとともに、消費者生活センターと連携の上、被害回復を図った(山口)。
エ 暴力団犯罪等の被害者
 暴力団犯罪等の被害者は、暴力団の組織の威力に不安を感じ、警察等に相談することによって暴力団員から「お礼参り」や嫌がらせを受けるのではないかとの不安を抱いている場合が少なくない。
 警察では、こうした被害者からの積極的な被害の申告を促すため、専用電話を開設するなどして暴力団関係相談の受理体制を整備し、相談者の不安感が払しょくされるよう適切な助言を行うとともに、事件検挙、暴力団対策法の規定に基づく中止命令等の発出、警告等の措置を講じているほか、都道府県暴力追放運動推進センター(第4章5(1)参照)等とも連携しつつ、事案の内容に応じて適切な解決がなされるよう努めている。
 また、暴力団犯罪等の被害者からの申出に基づいて、当該暴力団員の連絡先の教示、被害回復交渉を行う場所としての警察施設の供用等の援助を行っており、これにより暴力団犯罪等の被害者の被害の回復が図られている。
 さらに、これらの暴力団犯罪等の被害者や参考人の安全を確保するため、被害者等との連絡を密にし、状況に応じて自宅や勤務先における身辺警戒やパトロールを強化するなどして、危害を未然に防止するよう努めている。
オ 交通事故の被害者
 都道府県警察では、警察本部及び警察署において交通課員が被害者をはじめとする交通事故の当事者から相談を受けた場合は、調停、訴訟等による解決のための基本的な制度、手続等の一般的な事項について教示を行っている。
 また、9年の道路交通法の一部改正により、10年4月、都道府県道路使用適正化センターが、都道府県交通安全活動推進センターに改組され、交通事故に関する相談に応ずること等が、その事業に加えられた。同センターは、交通事故に係る保険請求、損害賠償請求、示談等の経済的な被害の回復に関する相談、交通事故による精神的な被害の回復に関する相談に応じ、必要な助言を行っている。
 これらの事故相談においては、交通事故の被害者やその遺族の要望にできる限りこたえるために、関係機関とも緊密な連携を図っている。
カ 「ドメスティック・バイオレンス(DV)」の被害者
 近年、「ドメスティック・バイオレンス(DV)」に対する社会的な関心が高まっているが、このうち、10年中の夫から妻(内縁関係にある者を含む。)への暴力についてみると、殺人、傷害及び暴行の検挙件数は435件となっている。
 この種の事案は家庭内の問題とされて表面化しにくいため、警察においては、各都道府県警察の相談窓口の利便性を向上させるなどして、被害者が相談しやすい環境の整備を図っている。また、事件の処理に当たっては、被害者の意思を十分尊重しつつ、厳正かつ適切な措置に努めている。

3 関係機関・団体等との連携

(1) 各都道府県における被害者支援連絡協議会の設立及び活動
 被害者のニーズは、生活上の支援をはじめ、医療、公判に関すること等極めて多岐にわたっている。したがって、警察においてそのすべてに対応することはできず、総合的な被害者支援を行うためには、司法、行政、医療、報道機関等の被害者対策に関係する機関・団体等が相互に連携していくことが不可欠である。
 こうした考え方に基づき、警察のほか、検察庁、知事部局や市の担当部、弁護士会、医師会、臨床心理士会、県や市の相談機関等による「被害者支援連絡協議会」の設立が、全国各地で進められ、平成11年2月末までに、全都道府県に設立されるに至った。この連絡協議会の下、各機関・団体相互の連携を強化し、被害者の必要に応じて相互に適切な機関等を紹介するなどにより、被害者のニーズにこたえる活動を行っている。さらに、いくつかの都道府県においては、警察署の管轄区域を単位とした連絡協議会の設立が進められている。
[事例] 7月に発生した和歌山市園部における毒物混入事件に際し、「和歌山県被害者対策連絡協議会(9年5月設立)」に参画している17団体の代表者が出席して臨時総会を開催し、被害者対策に関する各団体の取組み状況について情報交換を行ったほか、今後の相互の協力確保と連携強化について申し合わせた(和歌山)。
(2) 民間の被害者援助団体との連携
 現在、犯罪被害者を対象とし、警察等の関係機関との連携を図りながら、被害者の精神的被害の回復のためのカウンセリング等を行っている民間の被害者援助団体は、表8-5のとおりで、全国で12団体あり、電話相談、面接相談をはじめ、ボランティア相談員の養成及び研修、被害者自助グループ(遺族の会等)への支援、被害者支援のための広報啓発等の活動を行っている。また、警察署の窓口等にこうした広報啓発のためのリーフレットが置かれるなど、警察との連携も進んできている。
 さらに、これらの団体は、相互の連携を強化し、我が国における被害者支援活動を一層充実させることを目的に、平成10年5月、「全国被害者支援ネットワーク」を構築した。これにより、今後、更に被害者支援活動の輪が全国的に広がって行くことが期待されている。

表8-5 民間の被害者援助団体(全国被害者支援ネットワーク)

[事例]11月、(財)犯罪被害救援基金、日本被害者学会及び全国被害者支援ネットワークの共催で、「第3回犯罪被害者支援フォーラム」が東京において開催され、被害者、被害者問題に関する有識者、警察、司法関係者等のほか、被害者対策の先進国である米国、英国の被害者援助組織の担当者を交え、被害者への早期支援やネットワークの構築の必要性等について活発な意見交換が行われた。


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