第6章 公安の維持

 平成10年は、年初からイラクの国連査察拒否をめぐって緊張が続き、12月には米国等が武力行使に及ぶ事態に至った。また、米国は、8月にケニア及びタンザニア両国の米国大使館前において発生した爆弾テロ事件にイスラム原理主義過激派が関与したとして関係施設をミサイル攻撃したが、これにより全世界の米国権益に対する報復テロの脅威が一気に高まった。
 また、北朝鮮は、8月にミサイルの発射を行ったほか、さらに「地下核施設」疑惑が浮上するなど極東における緊張が高まった。
 一方、国内では、革マル派が、対立する諸団体や個人等に対し、住居侵入、窃盗、電話盗聴等の非合法手段による調査活動等を組織的に行っていたほか、警察無線を長期にわたって傍受していたことが捜査により判明した。さらに、中核派や革労協狭間派は、失業問題や合理化問題等を課題として労働運動に積極的に介入するなどして組織の拡大に取り組む一方で、成田空港問題をめぐって凶悪なテロ、ゲリラ事件を引き起こした。また、オウム真理教が、破壊活動防止法に基づく解散指定処分の請求の棄却後再び活動を活発化させ、教団関連企業の業務拡大等により、組織の再建を図った。右翼は、時局問題や領土問題、歴史認識をめぐる問題等をとらえ、政府等に対する批判活動を活発に展開した。日本共産党は、7月の参議院議員通常選挙で議席を伸ばしたことを踏まえ、「日米安保条約廃棄の方針を凍結する」と表明するなど柔軟路線をアピールした。
 こうした情勢の中、2月の長野オリンピック冬季競技大会をはじめ、4月にエリツィン・ロシア大統領、10月に金大中・韓国大統領、11月にクリントン・米国大統領及び江沢民・中国国家主席が来日するなど大規模警備が相次いだ。
 警察では、これらの情勢に対処すべく、各種テロ対策を最重点に諸対策を推進し、公安の維持に努めている。

1 50年の歩み

 戦後50年は、東西冷戦構造の下で活動した日本共産党や街頭武装闘争等を展開した極左暴力集団等左翼諸勢力を基軸に警備情勢が推移した。とりわけ、「60年安保闘争」は、昭和34年4月から35年10月までの約1年7ヶ月、延べ464万人を動員して23次に及ぶ全国統一行動を展開するという我が国大衆運動史上かつてない大規模で長期的闘争となり、日本共産党の党勢拡大や極左暴力集団各派の離合集散を生じさせたほか、右翼の危機感を煽(あお)り要人テロ等の直接行動を誘発させるなど各方面にわたって大きな影響を及ぼした。
 また、経済、雇用情勢を背景に労働運動も高揚し、「三井三池争議」(35年)や「日教組4.11地公法違反事件」(49年)等労働争議をめぐって各種の不法事案が発生した。
 一方、ソ連(当時)や北朝鮮等による諜報活動等対日有害活動も活発に行われてきた。東西冷戦構造崩壊後は、国連や米国を中心とする新たな世界秩序が形成されつつあるものの、宗教問題、民族問題を背景としたテロ等の新たな脅威が生じている。
(1) 情勢の推移
ア 「51年綱領」に基づき武装闘争を繰り広げた日本共産党
 昭和20年に合法化された日本共産党は、敗戦後の国民生活の窮乏と社会不安を背景に運動の発展と党勢の拡大に努めた。さらに、26年には、第5回全国協議会を開催して、「日本の解放と民主的変革を平和的な手段によって達成し得ると考えるのは間違いである」とする「51年綱領」を採択し、「白鳥警部射殺事件」等の個人テロや、「大須騒擾(じょう)事件」等の暴動事件を引き起こすなど、暴力的破壊活動を展開した。しかし、武装闘争戦術の行き詰まりなどから、同党は、30年の第6回全国協議会において、「51年綱領」は正しかったが「極左冒険主義」という「戦術上」の誤りを犯したと自己批判した。その後、「60年安保闘争」において社会党・日本労働組合総評議会(総評)との共闘を進めるとともに、労働者の間に次第に影響力を強めながら党勢を拡大し、第8回党大会(36年)で二段階革命方式による現綱領を採択した。こうした同党の路線転換は、31年のフルシチョフ・ソ連共産党書記長によるスターリン批判とあいまって、左翼諸勢力の混乱を引き起こし、その結果として数多くの極左暴力集団を生み出すこととなった。
 なお、現在の同党の勢力は約37万人とみられる。
イ 安保等をとらえ集団武装闘争やテロ、ゲリラを展開した極左暴力集団
 極左暴力集団は、次第に学生運動の中に勢力を拡大し、35年の日米安全保障条約改定を「本格的軍事同盟への改変」ととらえて各種反対闘争に強力に取り組み、「全学連国会構内乱入事件」等を引き起こした。40年代に入り、ベトナム戦争等をきっかけとした反戦、反米気運や学園紛争の中から生じた反体制ムードの高まりを背景に、45年の安保改定に照準を合わせた長期にわたる過激な「70年闘争」を展開した。その過程において、42年10月、首相のベトナム訪問阻止をねらった「第1次羽田事件」、43年10月、新宿駅を占拠し、街頭で火炎びんを使用するなどした「新宿騒擾事件」等を引き起こした。また、学園紛争を革命の一環と位置付け、43年から44年にかけて東大安田講堂を占拠した事件をはじめとした学園紛争を主導した。45年6月、安保条約が自動継続となった以降、極左暴力集団は、三里塚芝山連合空港反対同盟との共闘を契機に42年から取り組んでいた「成田闘争」を闘争の中心に据え、46年9月の「代執行阻止闘争」では警察官3人を殺害した「東峰十字路事件」を引き起こすなど、その活動は次第に尖(せん)鋭化していった。また、一部セクトは海外に出国して、日本赤軍等を結成した(キ参照)。しかし、極左暴力集団は、47年2月の連合赤軍による「あさま山荘事件」や49年8月の東アジア反日武装戦線による「三菱重工ビル爆破事件」をはじめとする一連の企業爆破事件にみられた際限なくエスカレートする武装闘争への危惧(ぐ)、あるいは繰り返される内部抗争への失望等から、これまで極左暴力集団に同調してきた学生や労働者の支持を急速に失い、社会的に孤立していった。
 しかし、その後も、極左暴力集団は、集団武装闘争路線を堅持して種々の違法行為を敢行し、53年3月の「新東京国際空港開港阻止闘争」では、管制塔を占拠・破壊し開港を一時延期させるなどの事件を起こした。また、極左暴力集団は、こうした集団武装闘争を行う一方で、46年ころから、テロ、ゲリラ、内ゲバ等を専門に行うための非公然・軍事組織の建設に着手し、61年5月の「東京サミット反対闘争」では「迎賓館に向けた爆発物発射事件」等を引き起こした。とりわけ、昭和天皇の崩御に伴う大喪の礼及び即位の礼・大嘗祭に対しては「90年天皇決戦」を標ぼうして、平成2年には143件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。最近でも、「成田闘争」等で爆弾や時限式発火装置を使用した凶悪な事件を引き起こしている。
 これら極左暴力集団の現在の勢力は約2万7,000人とみられる。
ウ 経済情勢等と共に変遷した労働運動
 昭和20年代前半の労働運動は、経済情勢等が混乱する中、日本共産党系の全日本産業別労働組合会議(産別会議)の主導で展開され、「2.1ゼネスト」が計画されるなど高揚した。その後、同党の労働運動支配に反発して25年に発足した総評は、31年に官民労組一体による「春闘」を開始し、統一闘争を展開していった。35年には、総評等労働組合は、折からの石炭産業斜陽化の波を受けて発生した「三井三池争議」で総資本対総労働の戦いととらえ闘争を展開し、その過程で集団乱闘事件等が発生した。また、49年春闘では、官公労を中心に「スト権奪還」等をスローガンに波状的な闘争が展開され、「日教組4.11地公法違反事件」のような官公労働者の違法スト、業務妨害等が多発した。その後、現実路線を模索した労働戦線再編のうねりの中、労働争議やこれに伴う不法事案は減少した。62年の国鉄分割・民営化に伴い国鉄内労組も大きく再編されたほか、平成元年には総評が解散して、官民合同の日本労働組合総連合会(連合)が発足した。他方、同年、総評等の動きを批判して共産党系の全国労働組合総連合(全労連)も発足した。
エ 左翼対決に軸足を置きながらも反権力姿勢を強めた右翼
 戦後の追放解除(昭和26年)により組織を再編した右翼は、34年以降の左翼諸勢力の闘争の高揚に危機感を深め、直接行動により局面を打開しようとし、35年の「浅沼社会党委員長殺人事件」等を引き起こした。また、一部右翼の中で「民族正当防衛論」や「クーデター合理論」が主張されるようになり、36年には、中央公論嶋中社長(当時)宅に侵入して家人を殺傷した、「嶋中事件」や戦後初のクーデター計画である「三無(さんゆう)事件」が発生した。また、極左暴力集団等による「70年闘争」が盛り上がりをみせた40年代には、左翼対決姿勢を一段と強め、日中国交正常化阻止、北方領土返還等に向けた抗議、要請行動に積極的に取り組んだ。この過程で、45年には、自衛隊にクーデター決起を訴えた「三島事件」が発生した。本事件は、反米・反体制を主張する新右翼を生み出す契機となった。50年代には、反体制姿勢を一段と強めた右翼が政府、財界等に対する批判活動を強化するようになり、「経団連会館侵入事件」(52年)、「本島長崎市長殺人未遂事件」(平成2年)、「金丸自民党副総裁殺人未遂事件」(4年)等けん銃を使用した凶悪なテロ事件を引き起こしている。
 これら右翼で街頭宣伝活動等の表見的活動を行っているものは、現在約900団体約1万人とみられる。
オ 国際情勢を反映して活発に展開された対日有害活動
 戦後の対日有害活動は、東西冷戦中、ソ連や北朝鮮等により、政治、軍事、科学技術情報収集を重点に展開され、在日ソ連代表部員が多数の日本人を利用して情報収集を行っていた「ラストボロフ事件」(昭和29年)、在日ソ連大使館員から工作を受けた元自衛隊幹部が軍事情報をソ連側に提供していた「コズロフ事件」(55年)、在日ソ連大使館員や中国公司関係者等による働き掛けを受けたグループが在日米軍資料をソ連及び中国側に売却していた「横田基地中ソスパイ事件」(62年)や工作員の獲得等をねらった「第1~4次北朝鮮スパイ事件」(25年、28年、30年、33年)等が引き起こされた。また、ら致された疑いが極めて強い「李恩恵」を含めて少なくとも7件、北朝鮮による日本人のら致容疑事案が発生し、10人が行方不明になっている。冷戦終結後も、我が国内における北朝鮮による対韓、対日諸工作が活発化しているほか、「ロシア通商代表部員等による先端科学技術情報不正入手事件」(平成9年)のようにロシア等各国情報機関による諜報活動等が展開されている。
カ 新たな形態のテロの脅威を顕在化させたオウム真理教事件
 オウム真理教による「松本サリン事件」(6年)や「地下鉄サリン事件」(7年)等の一連の事件は、化学物質等を使用した新たな形態のテロを現実の脅威として認識させ、早急な対応を迫られるに至った。
キ 重大テロ事件等を展開した日本赤軍その他の国際テロ組織
 国際テロ関係では、国内での闘争に行き詰まった極左暴力集団の一派が、日本革命を達成するための「国際根拠地建設」構想に基づき、昭和45年、「よど号ハイジャック事件」を起こして北朝鮮に向かい、以来、対日有害活動等を続けており、また、日本赤軍が、中東のパレスチナ過激派等と連携して、47年の「テルアビブ・ロッド空港事件」を皮切りに52年の「ダッカ事件」等のハイジャック事件、さらに61年以降もサミット等をターゲットとした迫撃弾や爆弾事件等を引き起こした。他方、61年のフィリピン新人民軍等による「三井物産マニラ支店長誘拐事件」、平成6年のイスラム原理主義過激派による「フィリピン航空機内爆発事件」、8年のトゥパク・アマル革命運動(MRTA)による「在ペルー日本国大使公邸占拠事件」等、我が国の権益や在外邦人に対するテロの脅威がますます高まっている。
(2) 警察の対応
 警察は、各時代の警備情勢を踏まえて、組織機構の整備、技術・装備の開発人員の増強等体制の整備・強化を図るとともに、戦後の激動期から現在に至るまで、一貫して国民の理解と協力を得ながら「いかなる立場からするものであれ違法行為は看過しない」との基本方針の下に、事態の沈静化と効果的な取締りの実施に努め、公安維持の任に当たってきた。とりわけ、サミット(昭和54年、61年、平成5年)等の国際会議や夏季(昭和39年)・冬季(47年、平成10年)オリンピック等の開催に際しては総力を挙げて警備諸対策に取り組み、国内外要人の安全と行事の円滑な進行を確保した。
 警察は、日本共産党の武装闘争や安保闘争等における極左暴力集団の集団武装闘争に対し、昭和27年には20都道府県に機動隊を創設し、その後37年までに全都道府県警察に設置、さらに44年には道府県警察の警備力の広域運用を図る管区機動隊等を設置して集団的違法行為の早期鎮圧と検挙活動に努めた。あわせて、個人装備品(出動服、ヘルメット、防護衣、防護盾等)や部隊装備品(検問及び警戒用資機材、各種警備活動用車両等)の整備充実を図った。また、「よど号ハイジャック事件」を契機として航空機の強取等の処罰に関する法律(45年)や「渋谷暴動」(46年)で警察官が火炎びんにより焼殺されるという事件を契機として火炎びんの使用等の処罰に関する法律(47年)が制定されるなど法的規制も強化された。53年には、新東京国際空港の安全確保を図るために千葉県警察に空港警備隊を設置した。63年には、右翼による拡声機騒音が社会的、国際的問題となり、これを契機に、国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律が制定され、各都府県においてもいわゆる暴騒音規制条例が制定された。平成7年には、「地下鉄サリン事件」を踏まえて、サリン等による人身被害の防止に関する法律が制定された。
 他方、国際化社会の進展と国際テロの脅威が高まる中、警察は、諸外国関係機関との連携強化を図るとともに、「ダッカ事件」を契機として警視庁、大阪府警察に特殊部隊を設置した。その後、近年の深刻さを増すテロ情勢、銃器情勢等に的確に対応するため、平成8年4月、新に5道県警察にも特殊部隊(SAT:Special Assault Team)を設置した。

表6-1 主な警備事件等

2 各種重要警備

(1) 長野オリンピック冬季競技大会等警備
 長野オリンピック冬季競技大会は、平成10年2月7日から22日までの16日間、また、長野パラリンピック冬季競技大会は、3月5日から14日までの10日間にわたり、長野市等において開催された。両大会には、天皇皇后両陛下が3回行幸啓になり、皇太子同妃両殿下が4回行啓になったほか、多数の国内外要人が長野入りした。
 過去のオリンピックでは、しばしば国際テロ等の重大事件等が発生しており、今回も、開催直前になってイラク情勢が悪化するなど、テロの発生が懸念される極めて厳しい情勢となった。
 このような厳しい情勢の中、警察では、全国警察の総力を挙げて警備諸対策を推進し、特に、長野県警察では、オリンピックでは最大時約6,000人、パラリンピックでは最大時約3,200人の警察官を動員して警備に取り組んだ。
 これらの諸対策を講じた結果、国内外要人等の安全と式典・競技の円滑な進行を確保した。
(2) エリツィン・ロシア大統領来日に伴う警備
 エリツィン・ロシア大統領夫妻は、平成10年4月18日、来日し、静岡県伊東市での首脳会談等の日程を滞りなく終え、同月19日、離日した。
 同大統領の来日をめぐり、右翼は、「北方領土問題」をとらえ、訪問先の静岡県のほか、東京都、兵庫県、香川県、福岡県及び長崎県において、ロシアを批判する街頭宣伝活動等を行った。警察は、この過程で、暴騒音規制条例違反で3人を検挙した(静岡)。
 また、極左暴力集団等は、「エリツィン来日反対」等を訴え、北海道、東京都及び大阪府において、集会、デモ、抗議行動に取り組んだ。
 このような厳しい情勢の中、警察では、警備対策委員会等を設置して諸対策を推進し、特に、静岡県警察では、最大時約4,300人の警察官を動員して警備に取り組んだ。
 これらの諸対策を講じた結果、同大統領一行の安全と関係諸行事の円滑な進行を確保した。
(3) 「国賓」金大中・韓国大統領来日に伴う警備
 金大中・韓国大統領夫妻は、国賓として、平成10年10月7日、来日し、天皇皇后両陛下御会見、宮中晩餐(さん)、首脳会談、大阪府訪問等の日程を滞りなく終え、同月10日、離日した。
 同大統領の来日に際しては、8月の北朝鮮のミサイル発射以降、日朝関係が悪化するという情勢のほか、右翼は、「天皇陛下の御訪韓問題」等をとらえ、東京都、大阪府、栃木県、神奈川県及び福岡県において、韓国を批判する街頭宣伝活動等を行った。
 また、極左暴力集団等は、「金大中来日反対-天皇会談粉砕」等を訴え、東京都及び大阪府において、集会、デモ、ビラ配布等に取り組んだ。
 さらに、一部の在日韓国反体制派が東京都、愛知県、京都府、大阪府及び兵庫県において、ビラ配布等を行った。
 このような厳しい情勢の中、警察では、警備対策委員会等を設置して諸対策を推進し、特に、警視庁では、最大時約1万6,000人、大阪府警察では、最大時約1万人の警察官を動員して警備に取り組んだ。
 これらの諸対策を講じた結果、同大統領一行の安全と関係諸行事の円滑な進行を確保した。
(4) クリントン・米国大統領来日に伴う警備
 クリントン・米国大統領は、平成10年11月19日、来日し、天皇皇后両陛下御会見、首脳会談等の日程を滞りなく終え、同月20日、離日した。
 同大統領の来日に際しては、イスラム原理主義過激派が、米国のアフガニスタン、スーダン両国へのミサイル攻撃に対する対米報復テロ宣言をしていたほか、来日直前になって、イラクが大量破壊兵器査察に対する協力を全面的に拒否したことにより、米国によるイラクへの武力行使の可能性が高まり、テロの発生等が懸念される厳しい警備情勢となった。
 また、極左暴力集団等は、「クリントン来日阻止」等を訴え、東京都及び大阪府において、集会、デモ、抗議行動等に取り組んだ。
 さらに、右翼は、経済問題等をとらえ、東京都において、米国を批判する街頭宣伝活動等を行った。

 このような厳しい情勢の中、警察では、警備対策委員会等を設置して諸対策を推進し、特に、警視庁では、最大時約1万6,000人の警察官を動員して警備に取り組んだ。
 これらの諸対策を講じた結果、同大統領一行の安全と関係諸行事の円滑な進行を確保した。
(5) 「国賓」江沢民・中国国家主席来日に伴う警備
 江沢民・中国国家主席夫妻は、国賓として、平成10年11月25日、来日し、天皇皇后両陛下御会見、宮中晩餐、首脳会談、宮城県及び北海道訪問等の日程を滞りなく終え、同月30日、離日した。
 同国家主席の来日をめぐり、右翼は、「江沢民は日本に対する謝罪要求をやめよ」等と訴え、東京都、宮城県、神奈川県、福井県、大阪府、兵庫県及び福岡県で街頭宣伝活動等を行った。警察は、この過程で、不退去罪等で4人を検挙した(警視庁、宮城)。
 また、極左暴力集団は、革マル派系全学連が、同国家主席の都内私立大学訪問に際して、同大学構内で来日反対集会、デモ、ビラ配布に取り組んだ。さらに、活動家3人が同大学での記念講演会を妨害したため、警察は、同人らを威力業務妨害罪等で検挙した。
 一方、在日中国反体制組織は、「中国の民主化」等を求め、東京都において、抗議行動、街頭宣伝活動等を行った。
 このような厳しい情勢の中、警察では、警備対策委員会等を設置して諸対策を推進し、特に、警視庁では、最大時約1万人、宮城県警察では、最大時約3,600人、北海道警察では、最大時約4,000人の警察官を動員して警備に取り組んだ。
 これらの諸対策を講じた結果、同国家主席一行の安全と関係諸行事の円滑な進行を確保した。
(6) 警衛・警護
ア 警衛
 平成10年中、天皇皇后両陛下は、長野オリンピック冬季競技大会開・閉会式(2月)御臨席をはじめ、長野パラリンピック冬季競技大会(3月)御観戦、全国植樹祭(5月、群馬県)、国民体育大会秋季大会(10月、神奈川県)及び全国豊かな海づくり大会(11月、徳島県)への御臨席及び地方事情御視察等のため行幸啓になった。
 皇太子同妃両殿下は、国民体育大会冬季大会(2月、岩手県)をはじめ、各種の行事・式典への御臨席等のため行啓になった。
 また、天皇皇后両陛下が英国及びデンマークを御訪問(5~6月)になったほか、各皇族方が計9回、外国を御訪問になった。
 これに対し、極左暴力集団等は、「天皇制反対」等と主張し、各種反対集会、デモや街頭宣伝活動等に取り組んだ。特に、国民体育大会秋季大会においては、天皇制に反対する統一共産同盟の活動家2人が、銃剣道競技大会会場で開始式を妨害しようとしてペンキをまき散らしたため、警察は、この2人を建造物侵入罪等で検挙した。
 このような情勢の中で、警察は皇室と国民との親和に配意したスマートな警衛警備を実施し、御身辺の安全確保と歓送迎者の雑踏事故防止等を図った。
イ 警護
 10年は、7月の参議院議員通常選挙等に伴い、首相をはじめ国内要人の全国的な往来が活発に行われた。
 また、ロシア、韓国、米国及び中国の首脳のほか、スカルファロ・イタリア大統領(4月)、キリエンコ・ロシア首相(7月)等の警護警備を要する外国要人が多数来日した。
 警察は、厳しい情勢が続く中、銃器、爆発物等を使用したテロへの対応を念頭に置いた警護警備諸対策を徹底し、要人の身辺の安全確保に努めた。

3 極左暴力集団の動向と対策

(1) 革マル派の非合法活動
ア 非合法活動の実態
 警察は、平成10年中、革マル派の非公然アジト5箇所を摘発した。1月、東京都内に設定されていた「豊玉アジト」を摘発し、指名手配中の非公然活動家(47)ら2人を検挙するとともに、偽造した警察手帳や公安調査官証票のほか、約1万4,000本の鍵、約400本の印鑑、大量の工具類や文書類、フロッピーディスク、室内の様子を録画したビデオテープ及び電話の会話を録音したとみられるカセットテープ等を押収した。
 また、同月、石川県内、福井県内においてそれぞれ設定されていた「津幡アジト」、「福

井アジト」を摘発し、非公然活動家(50)を検挙するとともに、機関紙、フロッピーディスク等を押収した。
 「豊玉アジト」からの押収資料をもとに、警察は、同派が、9年5月に発覚した神戸市須磨区における小学生殺人及び死体遺棄事件(以下「神戸小学生殺害等事件」という。)の検事調書を保管していた兵庫県内の病院に侵入して検事調書等を盗んだ事件、神戸小学生殺害等事件の被疑少年の両親宅に盗聴器の設置を目的に侵入した事件、同被疑少年が入院している医療少年院に侵入した事件等を解明し、同派の非公然活動家17人を指名手配した。11年2月までに、このうち3人を検挙した。
 4月には、千葉県内に設定されていた「浦安アジト」を摘発したが、同アジトには警察無線を傍受するための無線機12台、再生機(暗号解読機)11台、録音機20台が設置されていたほか、無線の内容を録音したカセットテープ約5,000本等が隠匿されていた。
 また、7月、東京都内において、電磁的公正証書原本不実記録罪等で指名手配していた同派非公然活動家(47)を検挙したが、その際、同人が運転していた車両の荷台には、工事用ヘルメットや各種工具類等電話工事業者が使用する道具をはじめ、電話盗聴器設置機材多数が積載されていた。
 これらの捜査を通じ、同派が、対立する諸団体幹部等の個人の居宅等に侵入して、発信機を仕掛け、日常会話を盗聴するなどの非合法調査活動や、長期にわたる警察無線の傍受を組織的に行っていたことが明らかとなった。
 さらに、11月、神奈川県内に設定されていた「厚木アジト」を摘発したが、同アジトには、旋盤機等の大型工作機械、鉄パイプ、鉄棒入り竹刀、なた、サバイバルナイフ等が隠匿されており、同派は、同アジトで内ゲバ等に使用する凶器の製造、保管を行っていたものとみられる。

イ 「権力謀略論」の主張
 革マル派は、10年も、神戸小学生殺害等事件を「危機管理体制強化のための国家権力の謀略」とする宣伝活動を展開した。その一環として、同派が、自ら同事件の被疑少年の精神鑑定を行った医師が勤務する兵庫県内の病院に侵入して検事調書等を盗み出し、そのコピーを複数の報道機関に送付していた事実等があったことが警察の捜査から判明した。
 警察の「豊玉アジト」の摘発後も、同派は、同事件を取り上げ、5月に、学者、文化人等を呼び掛け人・賛同人とした集会を開催するなど、引き続き「権力謀略論」を繰り広げた。
 さらに同派は、7月に和歌山市園部で発生した毒物混入事件に対しても、「神戸小学生殺害等事件を強行したCIA主導の謀略グループによる新たな犯罪」と主張した。
ウ 組織拡大工作の実態
 革マル派は、組織建設、理論学習に重点を置き、組織の維持、拡大に向けた活動を行っており、党派性を隠して労働組合や報道機関等に潜入工作を推し進め、各界各層での影響力拡大を図っている。なかでも、JR労組内における影響力拡大をもくろみ、その過程で違法行為を敢行している事実が判明した。警察は、10月、同派が国労本部役員宅に侵入する事件を8年8月に引き起こしていた事実を解明し、同派非公然活動家(46)を住居侵入容疑で指名手配した。この事件は、当時同派が、機関紙「解放」において「JR採用差別問題」等をめぐって国労を批判する記事を掲載していた最中に発生したものであった。
 また、活動家や活動資金の獲得を図るため、「神戸事件の真相を究明する会」や「神戸事件と報道を考える会」等の名称を使用して、大学教授や評論家、報道機関関係者等に接近する一方、同派が勢力を有する大学において自治会活動や学園祭運営に介入している。
 なお、同派の拠点校の一つである都内私立大学では、同派が主導する学園祭実行委員会が以前からプログラムの広告収入を同派系のサークルに横流しするなどの疑惑が持たれていたため、大学当局は、学園祭の運営を健全なものとするための改革に乗り出し、9年に引き続き10年の学園祭も中止した。
 こうした状況下で、同派が9年8月から10月にかけて、当時、学生部長として学園祭を担当していた同大学教授宅の電話を盗聴していた事実が、警察の捜査で判明した。
(2) その他の極左暴力集団の動向
ア 組織の維持、拡大を図る極左暴力集団
 極左暴力集団は、現下の情勢を「大失業時代」、「資本主義世界経済の危機」等と認識し、労働者を取り込む絶好の機会ととらえ、失業問題や合理化問題、労働基準法改正問題等を課題として労働運動に積極的に介入して労働者の獲得を図るなど、組織拡大に取り組んだ。
 中核派は、平成10年5月、武装闘争を発展させるために党建設及び大衆闘争路線に重点を置くという方針を推進する中で、これまで空白のままとなっていた議長職に、同派最高幹部の一人であり昭和46年以降公然の集会に姿を見せていない清水丈夫を選任したことなどを公表した。また、組織拡大のため、労働者組織である全国労組交流センターを中心に未組織労働者の組織化を図る一方、新たな「日米防衛協力のための指針」(以下「新ガイドライン」という。)関連法案の立法化阻止を目的として平成9年から取り組んでいる「日米新安保ガイドラインと有事立法に反対する百万人署名運動」を通じて、協力の得られた労働団体、労働者に対しても獲得工作を行った。
 とりわけ、労働運動の基軸ととらえる「国鉄闘争」では、国労組合員の獲得をねらって、国労中央批判を展開したほか、10年8月に開催された国労第63回定期全国大会に延べ約300人の活動家を動員して、大会代議員に国労の「路線転換反対」を訴えた。
イ 成田空港問題をめぐる動向
 成田空港問題をめぐっては、1月の新東京国際空港公団総裁の「2000年度平行滑走路完成」に向けた発言、7月の平行滑走路整備の具体的手順や空港周辺における地域整備の在り方等をまとめた共生大綱の提示等、平行滑走路の建設に向けた動きがみられた。
 また、空港建設予定地内居住者の転出や土地の売却が相次ぎ、新たに3戸の農民と新東京国際空港公団との間で売買契約が結ばれたほか、芝山鉄道建設工事が着工されるなど、空港用地問題の解決や空港周辺整備事業について進展がみられた。

表6-2 極左暴力集団によるテロ、ゲリラ事件の発生状況(平成元~10年)



 極左暴力集団は、こうした一連の動きを「二期工事着工宣言」ととらえて危機感と反発を強め、「10.28自民党千葉県議会議員宅車両等放火事件」等8件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした(表6-2)。
 その手口は、依然として関係者を攻撃対象とする個人テロ的色彩の強いものが中心であるが、革労協狭間派が約3年ぶりに新東京国際空港を、中核派が約6年ぶりに成田空港関連企業を攻撃するなど対象が関係施設にも及んだ。
(3) 極左対策の推進
 警察は、各種法令を適用し、極左暴力集団の潜在的違法事案を掘り起こすなど事件捜査の徹底を図るとともに、アパート、マンション等に対するローラー作戦を継続的に実施するなど極左暴力集団の非公然部門を摘発し、組織力を減殺するための諸対策を強力に推進した。
 これらの対策を推進した結果、警察は、平成10年中、非公然アジト5箇所を摘発し、非公然活動家15人を含む66人の極左活動家を検挙した。

4 オウム真理教の動向

(1) オウム真理教の現状
 教団は、破壊活動防止法に基づく解散指定処分の請求の棄却(平成9年1月31日)後、各般の分野で再び活動を活発化させ、引き続き、新しい信者の獲得や脱会した信者の復帰工作を図るほか、関連企業の業務拡大や布施集め等により財政基盤の充実強化に努めるなど、組織の再建を図っている。
ア 教団運営
 教団の運営は、複数の幹部による集団指導体制がとられているが、麻原彰晃こと松本智津夫が、依然として絶対的な存在であり、同人の確立した教義に沿った教団運営が行われている。
イ 信者
 教団は、一連の取締り、破産手続の進行等により打撃を受け、信者数も大幅に減少しているが、脱会を表明していながら、再び教団に復帰した者や、依然として松本智津夫に対して強い帰依心を有しており本当に脱会したのかどうか明らかでない者も多い。また、一連の事件による逮捕後に釈放された信者のうち半数以上は、教団に復帰している。
 教団内では、ほとんどの信者が松本智津夫に対する絶対的帰依を表明しており、各種説法会、セミナー(「集中修行」)等への積極的な参加のほか、新しい信者獲得に向けた勧誘等を行うなど、献身的に活動している。
 また、現在、松本智津夫が拘置されている拘置所周辺には多数の信者が居住している。
ウ 教団施設等
 教団は、全国のアパート、マンション等に以前の支部・道場等の機能を移しているが、教団に対する社会の目は厳しく、恒常的な拠点の確保は困難であるため、関連企業や不動産ブローカー等を介在させ、差押物件の賃借権の取得等により施設の確保に努めている。
エ 資金獲得活動
 教団は、関連企業によるコンピュータ、食品、修行用具の販売等の資金獲得活動を活発に行っている。特にコンピュータ販売は業績好調であり、相当の売上げ、収益を上げているものとみられる。そのほか、布施集めや高額なセミナー(「集中修行」)参加費の徴収を行っている。
(2) オウム真理教対策
 教団は、殺人さえも教団のいう救済活動として“善業”となる場合があるとする「タントラ・ヴァジラヤーナ(秘密金剛乗)」等の教義を堅持しており、その反社会的な本質は変わっていない。
 教団は、今後とも松本智津夫の確立した教義に沿った教団運営を行い、人的、物的、財政的な組織基盤の再建強化を図っていくものとみられる。
 警察は、教団による組織的違法事案の全容解明を図り、また、警察庁長官狙(そ)撃事件と教団との関連を解明するためにも、依然として逃走中の平田信をはじめとする特別指名手配被疑者等の早期発見、検挙に全力を尽くすとともに、教団の動向把握に取り組んでいる。
(3) その他の特殊組織犯罪
 平成8年5月に警察庁警備局公安第一課に設置した特殊組織犯罪対策室においては、オウム真理教対策とともに、将来テロ行為を行うなど公共の安全を害するおそれのある集団を早期に発見し、把握するための情報収集、分析を推進した。

5 右翼の動向と対策

(1) 右翼の動向
ア 社会問題等をとらえた動向
 右翼は、平成10年中、時局問題をはじめ、領土問題、歴史認識をめぐる問題等をとらえ、活発な活動を展開した。
 時局問題をめぐっては、大蔵省の金融検査をめぐる汚職事件等をとらえて、約330団体、約680人が街頭宣伝車約160台を動員して、「今日の経済崩壊は大蔵省の腐敗が原因」等と、政府・大蔵省を批判する街頭宣伝活動等を実施した。これと関連して、1月、東京都において、一部の右翼が、日本版ビッグバンに抗議するとして、「東京証券取引所内けん銃発砲人質立てこもり事件」を引き起こした。また、8月の北朝鮮のミサイル発射に対しては、延べ約820団体、約3,820人が街頭宣伝車約990台を動員して、「ミサイル発射は北朝鮮の暴挙、日本は国防を強化せよ」等と、北朝鮮と朝鮮総聯(れん)を強く批判する街頭宣伝活動等に取り組むとともに、政府に強い外交姿勢を取ることや防衛力の強化を求める街頭宣伝活動等を実施したが、この過程で、12月、新潟県において、一部の右翼が、北朝鮮貨客船「万景峰号」の入港を阻止するためとして、「新潟県知事に対する凶器使用傷害事件」を引き起こした。
 領土問題をめぐっては、「竹島問題」に関し、韓国政府による竹島におけるヘリポート、接岸施設の建設等をとらえ、全国各地で、延べ約270団体、約1,040人が街頭宣伝車約300台を動員して、「韓国は速やかに竹島から撤退せよ」等と訴える街頭宣伝活動等に取り組んだ。また、「尖閣問題」に関しては、全国各地で、延べ約180団体、約700人が街頭宣伝車約200台を動員して、「尖閣諸島は日本固有の領土であり、政府・外務省はき然たる態度を示せ」等と訴える街頭宣伝活動等に取り組んだ。
 歴史認識に関する問題をめぐっては、全国各地で1937年(昭和12年)のいわゆる南京事件をテーマとした映画が上映されたことや、東京都が進めている平和祈念館建設計画に対して、延べ約180団体、約970人が街頭宣伝車約310台を動員して、「自治体が自虐的な内容の映画や展示に関与することは許されない」等と、関係自治体を批判する街頭宣伝活動等を実施した。この過程で、一部の右翼が、同映画の上映を阻止するためとして、6月、神奈川県において、同映画上映中にスクリーンをカッターナイフで切り裂くという事件を引き起こした。
 また、ロシア、韓国及び中国の首脳来日時においては、相手国や我が国政府を批判する大規模な街頭宣伝活動等を展開し、特に、「天皇陛下の御訪韓問題」に対して、「一方的な謝罪に終始してきた卑屈な姿勢のまま、御訪韓を実現すれば陛下の尊厳をおとしめることは明らか」等として反発を強めた。
イ 資金獲得活動
 大手企業に係る総会屋への利益供与事件が相次いで摘発されたことを受け、企業等が右翼の発行する機関誌の購読や賛助金拠出の打ち切りも進めたことに、右翼は、大きな影響を受けた。機関誌購読料や賛助金に依存してきた右翼は、機関誌の発行停止や事務所の閉鎖、あるいは組織の縮小、解散を余儀なくされた。
 しかし、一部の右翼は企業等に対し団体の威力を示して、あるいは不祥事を糾弾する旨の街頭宣伝活動をほのめかして賛助金等を要求するなど、悪質、巧妙な手口で利権、利益を獲得する動きをみせ、約190社に上る企業等に対し、これを糾弾する街頭宣伝活動等に、約1,300回にわたり取り組んだ。
 また、暴力団と連携して不良債権の処理問題に介入し、団体の威力を示して担保物件の競売を妨害したり、債権者と債務者の間に介入した違法な仲介により報酬を得るなど、様々な手口で資金源を確保する動きもみせた。
[事例1] 9年5月、右翼団体幹部(54)は、競売開始決定がなされた土地建物の所有者と共謀して入札希望者を排除することを企て、虚偽の賃借権設定仮登記を行うとともに、現況調査に当たった裁判所執行官を誤信させ、その旨を現況調査報告書に記載させた。10年5月、競売等妨害罪で検挙した(福井)。
[事例2] 10年5月、右翼団体幹部(53)は、建設会社工事部長が元請け会社と共謀して工事代金を山分けしたとして因縁を付け、街頭宣伝車を用いて会社周辺で街頭宣伝活動を行い、「穏便に済ませるにはどうしたらいいか考えろ。1,000万円の他に3億円分の仕事をよこせ」等と執拗(よう)に脅迫した。9月、恐喝未遂罪で検挙した(警視庁)。
 他方、企業等が、民事保全法に基づき、企業等に向けられた街頭宣伝活動を制限する仮処分命令を裁判所に申請して右翼に対抗することが定着し、10年中に決定された42件の仮処分命令のうち33件で、右翼は、仮処分命令に従い、企業等に対する街頭宣伝活動を中止するなどしており、「憤りを感じるが法には勝てない」との反応を示すなど、仮処分命令が有効な対抗手段として機能している状況が認められた。
(2) 右翼対策の推進
ア 違法行為の防圧、検挙
 警察は、右翼によるテロ等重大事件を未然防圧するとともに、資金獲得活動等に伴う違法行為に対する徹底した取締りに努めた。
 この結果、平成10年中、ゲリラ事件4件(4人)、資金獲得目的の事件307件(502人)を含む計936件(1,239人)の事件を検挙した(表6-3)。

表6-3 右翼テロ、ゲリラ事件の検挙状況(平成6~10年)

 また、銃器を使用したテロ事件を未然防圧するため、銃器の取締りを推進した結果、右翼及びその周辺者から銃器82丁を押収した(図6-1)。
 右翼及びその周辺者からの年間銃器押収は最近5年間の平均で106丁に上るなど、依然として右翼の間に銃器が拡散している実態がうかがわれた。銃器の入手経路については必ずしも明らかでないが、10年中に右翼等から押収した銃器のうち、暴力団と関係を有する右翼等

図6-1 右翼及びその周辺者からのけん銃押収状況(平成6~10年)

から押収したものが約9割を占めていることなどから、大半は暴力団から入手しているものと推察される。
 右翼は、暴力団との連携を深める中で、企業等を標的とした資金獲得活動をより巧妙に展開するとともに、政府・政党要人に対する銃器を使用したテロ等重大事件を敢行するおそれがある。
 警察は、今後とも、各種法令を駆使して、テロ等重大事件の未然防圧に努めるとともに、各種違法事案に対する徹底した取締りを推進することとしている。
イ 拡声機騒音対策の推進
 10年中、国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律による静穏を保持すべき地域として、全国において延べ46箇所が指定された。
 警察では、右翼による拡声機騒音対策として、各種法令を駆使した取締りを行った結果、1月に群馬県で開催された全日本教職員組合1997年度教育研究全国集会において、右翼10人を暴騒音規制条例で検挙したのをはじめとして、10年中に右翼25人を暴騒音規制条例、公害防止条例、軽犯罪法違反で検挙した。また、暴騒音規制条例を制定している都府県においては、同条例に基づく停止命令(中止命令)253件、勧告341件、立入り202件を行った。

6 日本共産党の動向

(1) 党活動の動向
ア 各種選挙における議席数の増加
 日本共産党は、平成10年7月の参議院議員通常選挙において、比例代表、選挙区ともこれ までの国政選挙で過去最高の票数を得て、前回を7上回る15議席を獲得した。
 地方選挙では、地方議員数が12月末現在で4,118人となり、前年に比べて53人増加した。また、東大阪市等4自治体で共産党員の候補者が首長に当選し、党員が首長の自治体は全国で8自治体となった。
 一方、党員と機関紙「しんぶん赤旗」の拡大活動については、党員は、9年9月の第21回党大会で発表した約37万人から2,800人の増加(10年9月、第3回中央委員会総会発表)にとどまった。機関紙は、同大会時発表の「230万を超える」から漸減傾向にあることが明らかにされており、数万部減少したものとみられる。
イ 次回総選挙に向けた柔軟路線の演出
 共産党は、参院選の結果を踏まえ、次回総選挙では自民党が過半数を維持できないとの判断から、野党による「暫定政権」の考え方を明らかにし、その中で「暫定政権としては、日米安保条約廃棄の方針を凍結する」と表明した。また、「天皇制を容認する」と述べ、こうした問題で柔軟路線をアピールした。
 しかし、日米安保条約については、その後共産党が「党としては、廃棄の方針を凍結するつもりはない」と党綱領が規定する安保廃棄の方針に変化がないことを明らかにした。「天皇制の容認」については、既に昭和48年当時に「民主連合政府」の政策として明らかにしているものであって、党綱領上は、「民主連合政府」の次の段階に成立する政府と位置付けられている「民族民主統一戦線政府」の段階で「君主制を廃止」することを明確に規定している。
 他野党との関係においても、平成10年7月、参院選後の首相指名選挙で、38年振りに第1回投票から他党党首に投票するなど、野党共闘を推進し、柔軟姿勢を示した。
 また、9年から、中国共産党との関係改善に取り組み、32年振りに関係を正常化して、7月、不破委員長を団長とする代表団が訪中して、江沢民総書記と会談した。韓国との関係では、10月の金大中大統領の来日に際し、不破委員長が総理主催晩餐会に初めて出席した。
(2) 全労連の動向
 日本共産党の指導、援助により結成された全国労働組合総連合(全労連)は、裁量労働制の導入を柱とする労働基準法の改正に反対し、他労組、未組織労働者等に共同行動を呼び掛け、集会、デモ等に取り組みながら、組織拡大に取り組んだ。組織人員は、前年の定期大会で「150万人を超えた」と明らかにした以降、発表はなかった。

7 大衆運動の動向

(1) 「反安保」運動をめぐる動向
 新ガイドラインに反対する労組、極左暴力集団等は、平成10年4月28日の新ガイドライン 関連法案の閣議決定以降、全国47都道府県で延べ379回約9万8,300人を動員して、引き続き集会、デモ等に取り組んだ。
 極左暴力集団は、新ガイドライン反対闘争を10年の最重要課題に掲げ、法案の国会上程等の節目をとらえて、集会、デモや国会への要請行動を展開したほか、「安保・沖縄問題」やクリントン訪日、日米首脳会談等について新ガイドラインと一体のものとして反対闘争に取り組んだ。
 なかでも、中核派は、国会開会中に3回、全国から最大約1,700人を動員して集会、デモを開催した。この間、警察は、同派活動家1人を公務執行妨害罪で検挙した。
(2) 「反原発」運動をめぐる動向
 平成9年中に相次いで発生した原発事故等を背景として、10年も活発な「反原発」運動が展開された。「反原発」団体は、9年2月に閣議了解されたプルサーマル計画の導入に危機感を抱き、各地で抗議集会を開催し、反対署名運動、議会要請行動、事業者への申入れ等の取組みを強化した。
 青森県六ヶ所村への使用済核燃料の搬入問題に関しては、10年7月に青森県、六ヶ所村及び事業者の3者が、安全協定に調印し、試験搬入の実施が決まった。同協定の調印をめぐっては、報道関係者を装った搬入反対派の活動家1人が調印式場に侵入して協定書にスプレー塗料を吹き付ける事件を引き起こした。さらに、搬入反対派は、10月の第1回試験用使用済核燃料の六ヶ所村搬入に際し、延べ約400人を動員して現地抗議集会を開催した。

8 対日有害活動

(1) 北朝鮮及び朝鮮総聯による対日諸工作
 北朝鮮は、1998年(平成10年)6月、日本人ら致容疑問題に関し、日本人行方不明者10人は探し出せなかったとする調査結果を発表した。そして、「北朝鮮在住の日本人配偶者の故郷訪問問題」では、在朝日本人女性らが自ら日本故郷訪問申請を取り消したとして、第3回目の故郷訪問事業の中止を示唆した。また、ミサイル発射に伴う我が国政府の対抗措置や北朝鮮に対する国民世論の悪化に対して、「日朝関係は冷却や悪化の水準を超え、戦争の瀬戸際に立っている」と非難した。
 さらに、1999年(平成11年)3月には、2隻の不審船が能登半島沖の我が国領海内で発見され、海上保安庁及び海上自衛隊による停船命令に応じず、警告射撃等を無視して逃走する事案が発生した。警察では、同事案の発生に伴い、関連情報の収集、沿岸における警戒、重要施設の警戒等の必要な措置をとった。その後、2隻の不審船は北朝鮮の工作船であったと判断されるに至り、政府において今後同様の事案が発生した際の対応策等が検討されている。
 他方で、北朝鮮は、食糧支援の獲得や「日朝国交正常化交渉」の再開に向けて、我が国の政財界に対する様々な活動を行った。1998年(平成10年)2月から10月の間、国会議員や県議会議員等を招請して日朝関係改善や食糧不足等を訴えるなどしたほか、7月には、朝鮮対外経済協力推進委員会の林太徳・委員長代理が来日して、鳥取県で開催された「第8回北東アジア経済フォーラム米子会議」に出席し、「羅津・先鋒経済貿易地帯」への経済投資を呼び掛けた。
 また、朝鮮総聯は、北朝鮮がミサイルを開発・輸出していることの正当性や「日朝国交正常化交渉」の早期再開の実現を国会議員に対して訴えたほか、ミサイル発射に伴う「日朝国交正常化交渉」及び食糧支援の凍結等の北朝鮮に対する措置を直ちに撤回するよう要求するなど、北朝鮮の意向に従った活動を展開した。
 一方、韓国では、6月、韓国の領海内に国籍不明の潜水艇が侵入し漂流しているのが発見された。韓国当局がこの潜水艇を調査したところ、9人の遺体、自動小銃等が発見され、北朝鮮のものと判明した。韓国側は、「北朝鮮の潜水艇の領海侵犯と侵入作戦は明白な休戦協定と南北合意書違反であり、黙過できない」と主張したが、北朝鮮側は、潜水艇の侵入を「訓練中の遭難」と主張した上、韓国側が乗組員を救助せず、生命を失わせたとして強く非難した。また、7月には、韓国東海岸に軽機関銃等で武装した北朝鮮工作員の死体が漂着し、さらに、12月には、北朝鮮の工作船(半潜水艇)が韓国南部の領海内に侵入したところを発見され、追跡した韓国軍に日本領海近くの公海上で砲撃を受け沈没するという事件が発生した。
 このほか、8月、朝鮮総聯関係者に工作を受け、韓国内の軍事情報等を収集し同人に報告していた韓国人男性が検挙されたほか、9月には、オーストリアで北朝鮮工作員に工作を受けて韓国内で機密情報等を収集し、北朝鮮に報告していた韓国人男女が検挙されるなど、北朝鮮による諜報・謀略活動が依然として活発に行われていることが明らかになった。
(2) ロシアによる対日諸工作
 ロシアでは、1998年(平成10年)9月にSVR(対外情報庁)元長官のプリマコフが首相に就任したほか、前国境警備庁長官のボルジュージャ安全保障会議書記が12月に大統領府長官の兼務を命じられるなど、情報機関出身者が要職に登用され、エリツィン政権の情報機関重視の姿勢がうかがわれた。
 対外諜報活動に関しては、ノルウェー(3月)や、スイス(6月)、フィンランド(9月)においてNATOやEU関連情報等を入手していたロシア外交官がスパイ活動容疑で国外追放処分にされるなど、諸外国での活動が依然として活発に継続されていることが明らかになった。
 こうした中、警視庁は、2月までに在日ロシア連邦(旧ソビエト連邦)通商代表部員等4 人による日本人を通じた先端科学技術情報不正入手事件を摘発し、その工作実態を解明した。同通商代表部員等は、いずれもSVR等に所属する情報機関員とみられ、昭和62年ころから平成6年ころまでの7年間にわたって、日本人翻訳家を通じ同人が翻訳を請け負った先端科学技術関係の書類を入手していた。このほか、我が国においては、日ロ間で平和条約締結に向けた交渉が進展する中で、在日ロシア公館員等が情報収集活動を活発化させたほか、経済交流の拡大を目指して各界各層へ接近する動きがみられた。
(3) 中国による対日諸工作
 軍の近代化を目指す中国は、1998年(平成10年)3月に開催された第9期全国人民代表大会第1回会議における政府活動報告において、国防と軍隊の強化は「国家の安全と現代化建設の重要な保障」であると位置付け、国防科学技術研究を重視するとともに、現代科学技術に基づき武器装備を改善し、軍の能力向上を図る方針を打ち出した。また、自国の経済発展のために、科学技術の研究、先端技術による既存の産業の改造等を積極的に推し進める旨宣言した。
 中国は、こうした軍の近代化等のためには、我が国からの技術移転等が必要不可欠との認識に立ち、多数の学者、技術者、留学生及び代表団等を我が国に派遣し、技術の習得等に当たらせている。また、これらの来日中国人や在日公館員等を介して多面的かつ活発な情報収集活動を行うとともに、政財界要人のほか、先端企業関係者等に対する幅広い働き掛けを強め、我が国からの技術移転等の拡大を図っている。
(4) 多様化する情報収集活動
 東西冷戦の終結後、自国の利益を擁護するため、友好国に対しても諜報活動を行うなど、各国の情報収集活動の多様化が認められる。とりわけ経済的利益を擁護するために、従来の政治、軍事情報に加え、経済情報の収集活動に力を入れるなど、諜報活動の対象とする情報についてもその見直しが図られている。
 1998年(平成10年)9月に欧州議会の調査総局によりまとめられ、議会に提出された報告書によれば、米国の情報機関である国家安全保障局(NSA)が、主に欧州において民間企業の業務通信等非軍事部門の情報入手のため、日常的に通信の傍受活動を行っており、集めた情報は分析され、国際商戦等で利用されているとされる。
 このように各国情報機関の水面下での活発な活動がみられることから、我が国においても、今後、経済情報その他の重要な情報の漏えいや、情報収集活動に伴う違法事案等の発生が懸念される。
(5) 国際的な輸出管理体制
 1998年(平成10年)5月にインド、パキスタンが相次いで核実験を行ったことにより、世界の核不拡散体制の空洞化が懸念されたことから、核拡散防止の強化が国連総会等で議論された。また8月の北朝鮮のミサイル発射は、日本を含むアジアの安全保障体制に大きな脅威をもたらした。
 安全保障に関する輸出管理の国際的な枠組みは、従来のココム規制に代わり、通常兵器等の輸出規制を目的とする「ワッセナー・アレンジメント」が1996年(平成8年)7月に発足し、一方、インド等による核兵器開発問題、イラン・イラク戦争での化学兵器使用あるいはミサイルの開発活発化と拡散の動きを契機として、核兵器、化学兵器、生物兵器等の大量破壊兵器及びその運搬手段としてのミサイルの拡散を防止する国際合意が次々となされ、不拡散型の輸出規制が形成されてきた。8月の北朝鮮のミサイルの発射に対しては、ミサイル関連機材・技術輸出規制(MTCR)総会において、安全と平和に対する深い憂慮と北朝鮮のミサイル開発に資するミサイル関連物資・技術の輸出管理の堅持を内容とする異例の議長声明が発表された。
 日本の平和と安全を維持するためにも、我が国から技術・物資が不正に輸出されることがないよう、取締りを積極的に推進していく必要がある。

9 国際テロ情勢の現状と対策

(1) 厳しさを増す国際テロ情勢
 1998年(平成10年)は、世界各地で国内問題、宗教・民族問題等を背景としたテロが頻発し、特に、イスラム原理主義過激派は、一般市民を巻き込んだ自爆テロ、破壊力の大きい爆弾による大量無差別テロ等を相次いで敢行した(表6-4)。
 8月、ケニア及びタンザニア両国の米国大使館前において、合わせて死者約250人、負傷者約5,000人を出す爆弾テロ事件が発生した。本件発生以前の2月、国際テロリストの黒幕ともいわれるオサマ・ビン・ラーディンは、米国権益に対するテロの敢行は宗教的義務である旨の声明等を発表していた。また、事件発生直後には、報道機関等に対して、「イスラム聖域解放軍」、「聖地解放イスラム軍」を名乗る犯行声明が届けられた。このような情勢下、米国が、本件にラーディンが関与していると断定し、更なるテロ行為を未然に防止するためとして、アフガニスタン及びスーダンにおける同人に関連するとみられる施設に対してミサイル攻撃を行ったことから、対米報復テロの脅威は一気に高まった。それまでケニア及びタンザニア両国では大規模なテロ事件の発生はなく、イスラム原理主義過激派の脅威も低いとみられていただけに、同派の世界的なネットワークの脅威、テロ事件の予測の困難さ、さらには今後世界各国でテロが発生する可能性が改めて示されることとなった。
 12月には、イラクが「大量破壊兵器廃棄のための国連特別委員会(UNSCOM)」の無条件査察を拒否したことから、米英両国は、イラクの大量破壊兵器関連施設や軍事施設に対する攻撃を実施した。イラクをめぐる情勢の先行きは依然として不透明であり、今後、反米・親イラクテロリストによる報復テロの発生が懸念される。
 中東和平をめぐっては、10月、米国のワイ・リバーにおける会談で、イスラエルの占領地からの更なる再展開等の内容が合意されたが、これに反対するイスラエル、パレスチナ双方の強硬派の活動が活発化し、イスラム原理主義過激派の「ハマス」や「パレスチナ・イスラミック・ジハード(PIJ)」による爆弾テロ事件等が発生した。
 一方、欧州では、北アイルランドにおける宗教対立を背景とする「北アイルランド問題」に関する和平交渉が進展する一方で、8月には、北アイルランドのベルファストにおいて爆弾テロが発生し(死者28人、負傷者220人)、和平交渉に大きな衝撃を与えた。本件については、カトリック系武装過激派「暫定アイルランド共和軍(PIRA)」の分派「真のIRA」が犯行を認め、テロ活動を即時停止する声明を発表した。
 アジアにおいては、民族独立問題をめぐる活動が依然として活発であり、スリ・ランカでは、「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」の犯行とみられる爆弾テロが、1月(死者16人、負傷者23人)及び3月(死者32人、負傷者257人)に発生した。
 一方、日本人及び日本企業の海外展開が広がりをみせる中、日本人が無差別・大規模な爆弾テロに巻き込まれたり、誘拐等の被害に遭う事案が発生した。
 7月、タジキスタンの首都ドゥシャンべの東方の山岳地帯で、日本人男性を含む4人の国連タジキスタン監視団要員が射殺された。タジキスタンでは、共産党出身でロシアに支持されたラフモノフ大統領が、アフガニスタン・ゲリラと連携した国内イスラム勢力等と激しく対立しており、本件は反政府メンバーの犯行とみられる。
 また、8月に発生した「ケニア及びタンザニアにおける爆弾テロ事件」においては、ケニアで日本人女性1人が巻き込まれ負傷した。
 このほか、9月にはコロンビアにおいて、日本人男性が誘拐される事案が発生した(1999年(平成11年)2月、被害者は無事解放)。犯行は「コロンビア革命武装軍(FARC)」によるものとみられている。

表6-4 最近6年間の国際テロ件数

(2) 日本赤軍、「よど号」犯人グループの動向
ア 日本赤軍
 1995年(平成7年)3月以降、世界各地で相次いでメンバーが検挙されたことにより、日本赤軍が中東以外の地域に新たな拠点の構築を図り、世界各地に分散、潜伏している事実が改めて浮き彫りにされた。その一方で、1997年(平成9年)2月、レバノンにおいてメンバー5人(岡本公三、足立正生、和光晴生、戸平和夫及び山本萬里子)が一斉検挙され、日本赤軍はレバノンという最重要拠点を喪失するに至った。
 1998年(平成10年)6月、レバノン破棄院(最高裁に相当)は、上告中のメンバー5人に対し、上告を棄却し、原審(全員に対して禁錮3年、足立、戸平及び山本の3人に対しては罰金60万レバノン・ポンドを併科)を支持する旨の決定を下した。我が国は、レバノンにおける刑期が終了次第、5人の身柄の引渡しが速やかに行われるよう求めている。
 日本赤軍は、当面、組織の立て直し及び新たな活動拠点の構築を最優先課題として取り組むものとみられるが、武装闘争を放棄しておらず、また、依然として、重信房子以下7人のメンバーが逃亡中である。
 このように今後とも、何らかのテロを引き起こす危険性も否定できないことから、逃亡中の7人の早期発見、逮捕を目指して、関係機関や各国との連携を強化する必要がある。
イ 「よど号」犯人グループ
 「よど号」犯人グループは、依然として北朝鮮を拠点として活動を続けている。現在、北朝鮮に留まっているメンバーは5人とみられ、このうち、岡本武はその「妻」と共に死亡したと伝えられているが、現在まで確認されていない。
 一方、1996年(平成8年)3月に、カンボディア国内に潜伏していたところを当局に身柄拘束され、タイに移送後、偽造外国紙幣(米ドル札)使用目的所持等容疑で逮捕、起訴された田中義三については、1999年(平成11年)6月、チョンブリ地方裁判所において無罪の判決が言い渡された。我が国は、タイにおける司法手続が終了次第、田中の身柄の引渡しが速やかに行われるよう求めている。
 「よど号」犯人グループは、北朝鮮当局との密接な関係を基盤として、執筆活動や貿易会社の運営を中心とした経済活動を行っている。1998年(平成10年)9月の米朝テロ協議の場において、米国側が「よど号」犯人グループの日本への送還を要求したことに対して、「よど号」犯人グループは、米国による共和国の社会主義体制に対する瓦解策動であると非難した。また、帰国問題に関して、「よど号」犯人グループは、日本政府と話し合い、無罪の合意を得た上で帰国する「無罪合意帰国」を、支援者は、「高い人道的見地で解決して行こう」とする「無罪人道帰国」をそれぞれ主張し、帰国実現に向け、インターネット等を活用し、活発な宣伝活動を行っている。
 犯人グループのメンバーには、それぞれ日本人女性の「妻」及び子女がいることが確認されているが、そのうち子女の帰国を最優先課題として取り組んでいるものの、11年6月現在、具体的なめどは立っていない。
(3) 我が国のテロ対策
 警察においては、我が国を取り巻く厳しいテロ情勢にかんがみ、以下のようなテロ対策を推進している。
ア 情報収集と分析の強化
 近年、海外において日本人がテロの標的となったり、巻き込まれるケースが顕著であることから、平素から職員を海外に派遣して、各国治安機関と情報交換を行うなど情報収集活動を積極的に行い、テロを敢行するおそれのある組織の動向を把握し、専門的、総合的な分析による的確な脅威評価を行うこととしている。
イ 事案対処能力の強化
 「在ペルー日本国大使公邸占拠事件」と類似の事案が発生した場合にも迅速に対処できるよう、特殊部隊(SAT)の装備資機材の充実強化を進めるとともに、平成10年4月に、警察庁警備局外事課に「国際テロ緊急展開チーム(TRT:Terrorism Response Team)」を設置した。本チームは、国際テロ事件発生時には現地に緊急派遣され、現地治安当局との連携、迅速かつ的確な情報収集、各国捜査機関への捜査支援活動等に当たることとしている。また、平素から、国際テロ事件の捜査手法等の研究、各国人質交渉専門家との訓練等を行い、事案対処能力の向上を図っている。
ウ 国際協力の促進に向けた取組み
 国際テロ対策については、サミットや国連の場において、国際社会全体が直面する重要かつ喫緊の課題として活発な討議がなされている。
 5月、バーミンガム・サミットに先立って行われたG8外相会合では、「その動機のいかんにかかわらずあらゆる形態のテロリズムと闘い、テロリストの要求に対するいかなる譲歩にも反対し、この悪に対して協調した国際的な行動を推進する決意」が再確認された。
 警察も、我が国政府の一員として、国際協力の促進に向けた取組みを強化している。その一環として、10月、アジア及び中南米諸国のテロ対策担当者を招へいし、東京において「アジア・中南米地域テロ対策協議」を開催し、参加各国との間で、テロ対策の姿勢の明確化、情報収集及び事件発生時における協力体制の強化等を確認した。また、テロ事件の捜査技術に関するノウハウの提供を積極的に行うため、7年度以降、国際協力事業団(JICA)との共催により、開発途上国のテロ対策実務担当者を招致し、「国際テロ事件捜査セミナー」を開催している。

10 新たな情勢への対応

(1) 内閣機能の強化と警察の取組み
 近年、阪神・淡路大震災、「地下鉄サリン事件」、「在ペルー日本国大使公邸占拠事件」等、我が国治安の根幹を揺るがす事案が続発し、政府の危機管理の在り方に対する国民の関心が高まったことなどを背景に、政府は、平成10年4月、内閣危機管理監を設置し、10月には内閣情報会議(注)を設置するなど、内閣の危機管理機能及び情報機能の強化を図った。
(注) 内閣官房長官を議長、内閣官房副長官、内閣危機管理監及び関係省庁の事務次官等を委員として構成される会議で、警察庁長官が委員に指定されている。内閣情報会議には、内閣官房副長官(事務)を議長とする合同情報会議が設置されており、警察庁警備局長がメンバーとなっている。
 警察では、特殊部隊(SAT)の充実強化等事案対処能力の強化を図り、政府の危機管理機能強化にも寄与するほか、複雑化する治安情勢に対応して警備情報の総合的な分析を行い、もって政府における「情報コミュニティ」の一員としての役割を果たすため、4月、警察庁警備局警備企画課に総合情報分析官を設置した。
(2) 新たな形態のテロへの対応
 冷戦構造崩壊に伴う国際情勢の変化、科学技術の急速な発達、高度情報化社会の進展等を背景として、核、生物、化学物質を使用したNBCテロやサイバーテロ等新たな形態のテロの脅威が高まっている。我が国における「地下鉄サリン事件」等オウム真理教による一連の事件、米国における国防関係のコンピュータ・システムに対する大規模な不正アクセス事案の発生等は、その脅威を現実のものとして我々に認識させることとなった。
 警察では、テロ組織の動向に関する情報収集、分析等に努め、NBCテロやサイバーテロ等の未然防止に全力を尽くしているところであるが、このようなテロについては、その対処に専門的な知識や新たな手法等が必要であることに加え、現実に発生した際の被害が大規模かつ広範囲となることが予想されることから、事案発生に備えた体制の整備等新たな形態のテロに的確に対処するための諸対策を推進している。


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