第4章 犯罪情勢と捜査活動等

 平成9年の刑法犯認知件数は189万件を超え、戦後最高を記録した。このような情勢において特に際立ったのは、少年を被疑者又は被害者とする殺人事件や現金輸送車対象強盗事件等の重要凶悪事件の相次ぐ発生や、昨年に引き続いての、金融・不良債権関連事犯等の不正事案の顕在化であった。
 このような情勢に的確に対応するため、警察では、広域捜査力、専門捜査力、科学捜査力、国際捜査力のそれぞれの強化や、国民協力の確保等の諸施策を講じ、捜査力の充実強化を推進している。
 なお、ハイテク犯罪については、第1章を参照。

1 平成9年の犯罪の特徴

(1) 重要凶悪事件
ア 凶悪な手口の殺人事件の多発
 平成9年中の捜査本部設置事件(殺人、強盗殺人等殺人の絡む事件のうち捜査本部を設置

図4-1 捜査本部設置事件解決状況の推移(平成5~9年)

した事件をいう。)は144件で、前年に比べ24件増加した(図4-1)。殺人事件の特徴としては、中学生が小学生を殺害し、遺体の頭部を切断して遺棄したり(第3章第2節1(2)ア参照)、女子児童、生徒が被疑者の自宅や車両に連れ込まれて殺害されたりするなど、少年を被疑者又は被害者とする凶悪な手口の事件が目立っている。
[事例1] 5月、無職の男(25)は、女子中学生を自動車ではね、路上に転倒したところを車内に押し込んで、ビニールテープで緊縛した上、三重県上野市の雑木林内において、頭部に石塊を数回投げ付けて殺害した。7月、未成年者略取罪で検挙(奈良)
[事例2] 8月、無職の男(24)は、通学中の小学生の女児を自宅前路上から自宅へ連れ込んで殺害し、山林内に遺体を遺棄した。8月、殺人罪、未成年者略取罪等で検挙(福岡)
イ 増加する強盗事件
 9年の強盗事件の認知件数は、2,809件で、前年に比べ346件(14.0%)増加した。このうち、けん銃使用による現金輸送車襲撃事件等銃器発砲を伴う強盗事件は17件を認知した。
[事例] 7月、無職の男(29)ら2人(うち1人は米国人)は、練馬区内のスーパー敷地内において、集金中の警備員らにけん銃を突き付けて現金を強取しようとして、けん銃

表4-1 銃器発砲を伴う強盗事件の対象別認知件数の推移(平成5~9年)

表4-2 現金輸送車対象強盗事件の認知・検挙状況の推移(平成5~9年)

2発を発射し、うち1人に全治2箇月の重傷を負わせた。さらに、同月、横浜市の配送センター敷地内において、警備員2人に対し、けん銃3発を発射し、うち1人に全治6箇月の重傷を負わせた上、カバンを強取した。8月、強盗致傷罪で検挙(警視庁、神奈川)
 手口別では、路上強盗事件が1,034件発生し、前年に比べ208件(25.2%)増加している。路上強盗の検挙人員では、少年が1,178人で、前年に比べ387人(49.9%)増加しており、全体の78.7%を占めている(表4-3)。

表4-3 路上強盗事件の推移(平成5~9年)

ウ 性犯罪の増加
 9年中の強姦事件の認知件数は1,657件、検挙件数は1,472件、検挙人員は1,448人で、前年に比べ、認知件数で174件(11.7%)、検挙件数で155件(11.8%)、検挙人員で331人(29.6%)それぞれ増加している。
 また、強制わいせつ事件の認知件数は4,398件、検挙件数は3,786件、検挙人員は1,854人で、前年に比べ、認知件数で373件(9.3%)、検挙件数で348件(10.1%)、検挙人員で179人(10.7%)それぞれ増加している。
 警察では、犯罪被害者対策の一環として、性犯罪の被害者がしゅう恥心等から警察に対する被害申告をしゅん巡する傾向が強いことを踏まえ、性犯罪捜査指導官及び性犯罪捜査指導係等の設置、女性の警察官による事情聴取の拡大等の施策を推進している(第2章第2節3(1)参照)。
エ 来日外国人による犯罪の増加
 諸外国との交流が活発化するに従い、来日外国人による犯罪が依然として増加を続けている。詳細については、第9章1参照。
(2) 金融・不良債権関連事犯
 バブル経済崩壊後の長引く不況の影響を受け、多額の不良債権を抱えた金融機関の経営破綻(たん)が相次ぐ中、平成9年における金融・不良債権関連事犯の検挙件数は、住宅金融専門会社(以下「住専」という。)関連事犯を含め172件(79件(注))で、前年に比べ65件(24件)増加した。内訳をみると、融資過程における詐欺、背任事件等の検挙が1件(2件)、債権回収過程において民事執行を妨害するなどした競売入札妨害、公正証書原本不実記載事件等の検挙が87件(77件)であり、その他の金融機関役職員による詐欺、横領事件等の検挙が64件となっている(図4-2)。
 このような情勢に対応して、警察においては、捜査体制を強化する一方、破綻金融機関の債権回収等に当たる預金保険機構、整理回収銀行、住宅金融債権管理機構からの告訴・告発、相談、保護要請等に対する的確な対応を行っており、刑罰法令に触れる行為に厳正に対処するとともに、民事執行の妨害行為の排除等の債権回収の支援に努めている。
(注) ( )内は暴力団等(暴力団、暴力団員、準構成員、総会屋等及び社会運動等標ぽうゴロをいう。)に係る金融・不良債権関連事犯の件数を示す。

図4-2 金融・不良債権関連事犯の検挙状況の推移(平成5~9年)

[事例1] 信用組合代表理事(72)らは、共謀の上、5年11月ころ、自己や融資先会社等の利益を図る目的をもって、同社の運転資金に充てるためのう回融資を行うことを企て、十分な担保を取らずに1億円の融資を行い、同組合に対し、同額相当の財産上の損害を与えた。9年2月、背任罪で検挙(大阪)
[事例2] 元地方銀行頭取(70)らは、共謀の上、4年11月、自己や暴力団組長の利益を図る目的をもって、回収できない可能性が極めて高かったにもかかわらず、暴力団組長の関与する不動産会社に対し2億3,000万円の融資を行い、同銀行に対し、同額相当の財産上の損害を与えた。9年11月、特別背任罪で検挙(和歌山)
[事例3] 住専から土地を担保に融資を受けていた会社役員(48)らは、土地売却代金全額を返済しないままに抵当権を抹消させることを企て、7年8月に土地の一部を売却した際、売買契約書を偽造するなどして売却代金を偽り、売却代金の一部を返済金に充当しないままに住専をして抵当権を抹消させ、不法に200万円の利益を得た。9年2月、詐欺罪で検挙(京都)
[事例4] 地方銀行支店長(46)は、顧客から預かり保管中の小切手を現金に換金するなどして、約2億円を着服横領し、同銀行に対し、同額相当の財産上の損害を与えた。2月、業務上横領罪で検挙(徳島)

2 犯罪情勢及び捜査活動の現況

(1) 全刑法犯の認知及び検挙の状況
ア 認知状況
 平成9年中の刑法犯の認知件数(注)は189万9,564件(前年比8万7,445件(4.8%)増)であった(図4-3)。
 9年の刑法犯認知件数の包括罪種別構成比をみると、窃盗犯が166万5,543件で、全体の87.7%を占めている(図4-4)。
 過去20年間の刑法犯包括罪種別認知件数の推移をみると、粗暴犯が減少傾向にあるのに対し、窃盗犯は増加傾向にある(図4-5)。なお、9年はすべての罪種で認知件数が増加している。
イ 検挙状況
 9年の刑法犯検挙件数は75万9,609件(前年比2万3,728件(3.2%)増)、検挙人員(注)は31万3,573人(1万7,989人(6.1%)増)であった(図4-6)。
(注) 検挙人員には、触法少年を含まない。

図4-3 刑法犯認知件数と犯罪率の推移(昭和22~平成9年)

図4-4 刑法犯認知件数の包括罪種別構成比(平成9年)

(2) 犯罪による被害者の状況
ア 生命、身体の被害
 平成9年中に認知した刑法犯により死亡し、又は負傷した被害者の数は、死者が1,296人(前年比47人(3.8%)増)、負傷者が2万5,689人(1,859人(7.8%)増)であった(表4-4

図4-5 刑法犯包括罪種別認知件数の推移(昭和53~平成9年)

図4-6 刑法犯検挙件数、検挙人員の推移(昭和22~平成9年)

表4-4 刑法犯による死者数と負傷者数の推移(平成5~9年)

イ 財産犯による被害
 9年に認知した財産犯(強盗、恐喝、窃盗、詐欺、横領、占有離脱物横領をいう。)による財産被害の総額は約2,659億円(前年比約245億4,756万円(10.2%)増)であり、このうち、現金の被害は約1,040億円(約194億9,581万円(23.1%)増)であった(表4-5)。

表4-5 財産犯による財産の被害額の推移(平成5~9年)

(3) 重要犯罪及び重要窃盗犯の認知及び検挙の状況
 警察では、刑法犯のうち個人の生命、身体及び財産を侵害する度合いが高く、国民の脅威となっている重要犯罪、重要窃盗犯の検挙に重点を置いた捜査活動を行っている。
ア 重要犯罪
 平成9年中の重要犯罪(殺人、強盗、放火、強姦の凶悪犯に略取・誘拐、強制わいせつを加えたものをいう。)の認知件数は1万2,366件(前年比1,080件(9.6%)増)、検挙件数は1万798件(873件(8.8%)増)、検挙人員は8,654人(1,331人(18.2%)増)であった。
 なお、昭和63年から平成9年までの重要犯罪の罪種別検挙率の推移は、図4-7のとおりである。

図4-7 重要犯罪罪種別検挙率の推移(昭和63~平成9年)

イ 重要窃盗犯
(ア) 重要窃盗犯の認知及び検挙の状況
 9年中の重要窃盗犯(侵入盗、自動車盗、ひったくり、すりをいう。)の認知件数は、30万5,328件(前年比4,018件(1.3%)増)、検挙件数は20万8,847件(7,947件(3.7%)減)、検挙人員は2万4,213人(190人(0.8%)増)であった。
 なお、昭和63年から平成9年までの重要窃盗犯手口別検挙率の推移は、図4-8のとおりである。

図4-8 重要窃盗犯手口別検挙率の推移(昭和63~平成9年)

(イ) 組織窃盗事件
 近年、来日外国人グループや資金源に窮した暴力団員らによる、自動車盗、金庫破り、貴金属店や高級衣料品店等を対象とした出店荒しといった組織的な広域窃盗事件が急増している。なかでも、犯罪場所・逃走経路等の下見、窃盗の実行、盗品の運搬・処分等をあらかじめ分担して引き起こされるものが多発しており、組織化、巧妙化、大規模化する傾向が顕著にうかがわれる。
[事例1] 貿易商の男(60)らは、暴力団幹部らと共謀して盗んだ高級自動車をロシアに輸出することを計画し、暴力団員が盗んだ車を福岡、富山、鳥取県下の港からロシア船に積み込んで輸出していた。 10年5月までに、1都2府16県下において1,114件、被害総額32億8,770万円相当の犯行を確認し、関連被疑者60人を窃盗罪等で検挙(福岡、大分、富山、鳥取、京都、奈良、滋賀、大阪、兵庫)
[事例2] ミャンマー人の男(23)は、盗んだ高級自動車をミャンマー、バングラデシュ等に輸出することを計画して貿易会社を設立した上、自動車盗の実行、盗品の運搬、譲受け、輸出をミャンマー人、パキスタン人、スリ・ランカ人、日本人等にそれぞれ分担させ、組織的に窃盗を引き起こしていた。10年5月までに、375台の自動車が輸出されていることを確認し、関連被疑者24人を窃盗罪等で検挙(愛知、神奈川、千葉)
[事例3] 台湾人の男(40)らは、短期ビザで出入国を繰り返し、中国人留学生に拠点となる滞在先を確保させ、日本人を犯行現場への案内役として運転手に雇うなどして犯行の準備を整えた上で、首都圏を中心に1都7県下において主要幹線道路沿いの工業団地内の大規模会社を対象に金庫破り等189件、被害総額2億123万円相当の犯行を引き起こしていた。関連被疑者7人を窃盗罪等で検挙(埼玉、千葉、神奈川)
(4) 政治・行政とカネをめぐる不正事案
 ここ数年来、行政改革が国政の最大の焦点の一つとされる中、政治参画意識や行政監視への関心の高まりとともに、政治・行政とカネをめぐる構造的不正の追及を求める国民の声がかつてない高まりを見せているところである。このため、警察においては、この種事犯に対する捜査体制の整備・充実を図るとともに、専門的知識・技能を有する捜査員の育成強化に努め、こうした不正事案の解明を進めている。
ア 贈収賄事件の増加
 平成9年中の贈収賄事件の検挙事件数は89件、検挙人員は292人で、検挙状況は図4-9のとおりであった。検挙人員のうち、首長、地方議会議員の検挙人員は、それぞれ10人、52

図4-9 贈収賄検挙事件数、検挙人員の推移(昭和62~平成9年)

人となっており、引き続き高い水準で推移している。
[事例] 国立大学医学部教授(57)は、7年1月ころから8年6月ころまでの間、同大学医学部附属病院等の診療に使用する医療機器を選定・購入するに際し、有利な取り計らいを受けたいとの趣旨の下に供与されるものであることを知りながら、医療機器販売会社役員(58)から、数回にわたり現金を含む合計数百万円相当の金品を収受した。9年9月、収賄罪で検挙(愛知)
イ 談合・競売入札妨害事件
 贈収賄等の不正事案に深く結び付く談合や競売入札妨害事件については、検挙件数は29件で、前年と同数であり、検挙人員は248人で、前年に比べ6人増加している。
[事例] 滋賀県議会議員(64)らは、7年2月ころ、滋賀県発注の公共工事の指名競争入札に際し、特定の建設会社に落札させることを企て、同県職員から入札予定価格を聞き出して同社等に内報し、よって同社に同工事を落札させ、偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした。9年5月、競売入札妨害罪で検挙。なお、同年6月、同議員をあっせん収賄罪で検挙(滋賀)
ウ 選挙違反の取締り
 9年には、地方選挙の違反取締りにおいて、首長、地方議会議員を検挙している。
[事例] 龍ヶ崎市長(66)は、8年6月ころ、自己の当選を得る目的で、龍ヶ崎市長選挙の立候補予定者に現金数百万円を供与し、立候補を断念させた。9年11月、公職選挙法違反で検挙(茨城)
(5) その他の事件・事故
ア 特異な事故
 平成9年には、負傷者多数を伴う列車事故や核燃料再処理施設における火災・爆発事故が発生している。
[事例] 10月、JR中央線大月駅構内において、同駅を通過中の特急列車に回送列車が衝突し、乗客62人が負傷するという事故が発生した。停止信号を見誤って入替え作業を行っていた回送電車の運転士(24)を12月、業務上過失傷害、業務上過失往来危険罪で検挙(山梨)
イ カード犯罪
 9年中のカード犯罪(注)の認知件数は1万1,714件(前年比5,318件(83.1%)増)、検挙件数は1万1,368件(5,782件(103.5%)増)、検挙人員は1,433人(379人(36.0%)増)であった(図4-10)。
(注) クレジットカード、キャッシュカード及び消費者金融カードを悪用した犯罪をいう。
 検挙件数を態様別にみると、購入したカードを使用したもの(盗難、拾得等されたカード

図4-10 カード犯罪の認知、検挙状況(平成5~9年)

を購入して使用する場合を指す。)が5,247件(全体の46.2%)で最も多く、次いで窃取したカードを使用したものが1,818件(全体の16.0%)、他人名義で不正取得したカードを使用したものが1,324件(全体の11.6%)の順となっている。
[事例] 無職の男(28)は、7年4月から9年2月までの間、テレフォンクラブ等で知り合った女性等からクレジットカードを買い取り、商品の買回り役には別人を使って、ゲーム機、高級衣料品等をだまし取り、盗品買取り業者を利用して処分するなどして、詐欺を約4,700件(被害総額約1億1,805万円)引き起こしていた。2月、詐欺罪で検挙(京都、愛知)

3 捜査力の充実強化のための施策

 近年の情報通信システムや科学技術の高度化、交通手段の発達、外国人入国者数の増加等の社会情勢の変化に伴い、犯罪も多様化の度合いを強めており、かつては予測もできなかった新しい形態の犯罪が発生している。さらに、犯罪の質をみても、広域化、スピード化、国際化が一層進み、犯行の手口も悪質化、巧妙化が著しい。
 一方、都市部においては、一般的に自分に直接かかわりのないことには無関心、非協力的な態度をとる者が多いことから、聞き込み捜査等の「人からの捜査」が困難になってきている。さらに、大量生産、大量流通が著しく進展したことから、遺留品等、事件と関係ある物から被疑者を割り出す「物からの捜査」も難しくなってきている。このように捜査活動はますます困難になってきている。
 こうした情勢にかんがみ、警察では捜査力の充実強化のため、広域捜査力の強化、専門捜査力の強化、科学捜査力の強化、国際捜査力の強化、犯罪捜査に対する国民協力の確保を柱とした施策を積極的に推進している。
(1) 広域捜査力の強化
 社会のボーダレス化に伴い、犯罪についてもその広域化が顕著であることから、これら広域事件に的確に対応するために次の施策等を行っている。
ア 合同・共同捜査
 広域重要犯罪の発生時に、指揮系統を一元化し、関係都道府県警察が一体となって捜査を行う「合同捜査」、指揮系統の一元化までは行わないが、捜査事項の分担やその他捜査方針の調整を図りつつ捜査を行う「共同捜査」を積極的に推進している。
[事例] 平成8年6月に佐賀県在住の会社員が所在不明となる事案が発生したのに次いで、同年11月、福岡県在住の工務店社長が所在不明となる事案が発生した。
 これらの事案においては、福岡県在住の不動産ブローカー(46)ら2人が深く関わっていることが判明したたため、福岡県警察及び佐賀県警察は、福岡県警察を拠点とする合同捜査を実施し、迅速かつ効率的に捜査を進めた。9年2月、殺人罪及び死体遺棄罪で検挙(福岡、佐賀)
 なお、6年の警察法の一部改正により、合同捜査に関し、警視総監又は警察本部長の協定により関係都道府県警察の指揮権の一元化を行うことが可能となり、オウム真理教関連事件の捜査においても、この改正規定を有効に活用し、合同捜査本部を迅速に設置するなどして適切な捜査が進められた。
 さらに、8年の警察法の一部改正により、都道府県警察は、広域組織犯罪等を処理するため、その固有の判断と責任の下に管轄区域外においてその権限を行使することができるようになり、また、警察庁長官が都道府県警察の役割分担等について指示を行うことにより、広域組織犯罪等に対処するための態勢を迅速かつ的確に整備することが可能となった。
イ 広域捜査隊の設置
 地理的条件、交通網の状況等から、地域の一体性の強い都府県境付近の区域において発生した犯罪に即応するために、都府県警察の単位を越え、広域的に捜査訓練等を行う広城搜査隊の整備を進め、初動捜査強化のための体制づくりに努めている。広域捜査隊については、6年の警察法の一部改正により、法律上の明確な根拠が与えられたところであり、現在、全国で11区域に設置され、殺人、強盗等の凶悪事件や、特に迅速な対応を要する特異な窃盗事件等の初動捜査を行っている。
[事例] 1月、無職の男(24)は、主婦が一人で留守居中の民家に来訪者を装って侵入し、現金を奪い逃走した。
 同事案は、愛知県、岐阜県及び三重県の県境付近において発生したことから、愛知、岐阜及び三重の3県警察は、西東海広域捜査隊を編成して逃走車両の捜査を実施し、被疑者を発見した。同月、強盗罪で検挙(愛知、岐阜、三重)
ウ 広域機動捜査班の設置
 各都道府県警察の機動捜査隊に、身の代金目的誘拐事件や人質立てこもり事件等に対する専門的捜査技術と広域的な機動捜査力を有する広域機動捜査班を設置し、広域捜査の中核として運用している。
[事例] 8月、会社員(27)は、同僚2人と共謀の上、熊本市内において、帰宅途中の女子大生を誘拐してワゴン車に監禁し、その母親に身の代金を要求した。
 熊本県警察は、広域機動捜査班を中心とした捕捉体制を確立し、徹底した捜査を行ったところ、同会社員の同僚が運転するワゴン車内から同女子大生を発見し、救出した。同月、身の代金目的略取罪等で検挙(熊本)
エ 広域的な捜査情報の共有
 広域重要事件においては、警察庁や関係都道府県警察が捜査情報を共有し、組織的な捜査活動を展開することが不可欠であることから、警察庁では、捜査過程で収集された情報等を一元的に管理するとともに、関係都道府県警察の間で必要な情報を伝達することを目的とする「捜査情報総合伝達システム」の整備を推進している。
(2) 専門捜査力の強化
ア 捜査官の育成
 犯罪の質的変化、捜査環境の悪化等に適切に対応し、国民の信頼にこたえるち密な捜査を推進するには、捜査技術の向上を図るとともに各種の専門的知識を備えた捜査官を育成するなど刑事警察のプロ化を総合的に推進していく必要がある。
 このため、警察大学校等において、国際犯罪捜査、広域特殊事件捜査等に関する研究や研修を行うとともに、都道府県警察において、若手の捜査官に対し、経験豊富な捜査官がマンツーマンで実践的な教育訓練を行うことにより、新しい捜査手法や技術の研究・開発、長期的視野に立った捜査官の育成、捜査幹部の指揮能力の向上に努めている。
 また、警察庁、管区警察局及び都道府県警察において、捜査上得られた教訓及び効果的な捜査手法等を他の捜査幹部に模擬的に体験させるための研修を行うなどして捜査技術の向上に努めている。
[事例] 5月、近畿管区警察局及び中国管区警察局は、京都府から兵庫県、岡山県に被疑者が移動することを想定した身の代金目的誘拐事件の捜査訓練を実施した。同訓練により、広域捜査活動における府県警察間の連携強化、捜査員の知識と技能の向上が図られた。
 なお、財務解析、科学捜査、国際犯罪捜査、ハイテク犯罪捜査等専門的知識や特別な技術を必要とする分野においては、公認会計士や海外経験豊富な者等専門的知識を有する者を積極的に中途採用するなどして、捜査力の向上に努めている。
[事例] 学校法人理事長(64)は、その任務に背き、自己が経営する会社の資金繰りに充てるため、5年11月から6年5月までの間、4回にわたり学校法人の所有する合計1億1,700万円を仮払金名目で自己に貸し付け、もって同法人に財産上の損害を与えた。
 同事案においては、同人が関与する複数の法人間でなされた資金移動の状況及び各法人の財務状況を解明する必要があったが、財務捜査官による的確な捜査及び指導により、それらを迅速かつ詳細に掌握することができ、事件全容の早期解明に至った。7月、背任罪で検挙(静岡、岩手)
イ 専門捜査員制度
 航空機事故、列車事故のように、発生頻度が低いために事件捜査の経験を有する捜査員が少ない事案や、複雑・特異な証券・金融犯罪のように、高度な専門的知識を持つ捜査員を多数必要とする事案等、一の都道府県警察においては捜査に必要な知識を有する捜査員を確保することが困難な場合があり、このような場合は他の都道府県警察からの応援派遣が有効である。そこで、都道府県公安委員会等が相互に協定を結び、一定の事案の捜査に必要な知識、技能、経験を有する捜査員を専門捜査員として応援派遣できる制度を確立し、その円滑な実施を推進している。また、サリン等の毒性物質を使用した新たな態様の犯罪に的確に対処するため、専門捜査員の分野を細分化し、化学事故・事件専門捜査員を登録して全国的な運用を図っている。
 さらに、発生頻度の低い航空機事故、列車事故、爆発事故等の大規模事件事故に関して、事件捜査の経験を有する捜査員を多く育成するために、事案が発生した際にあらかじめ指定された捜査員を現場に臨場させて研修を行う指定臨場官制度を併せて運用している。
ウ 警察庁指定広域技能指導官制度
 警察庁指定広域技能指導官制度とは、極めて卓越した専門的技能又は知識を有する警察職員を指定することにより、これらの者の名誉をたたえるとともに、警察全体の財産として都道府県の枠にとらわれず広域活用する制度である。6年度から運用が開始され、10年5月現在、火災犯捜査、すり犯捜査等に卓越した能力を有する22人を指定している。
エ 組織窃盗対策官・組織窃盗捜査班の整備
 警察では、来日外国人や暴力団員等による組織窃盗事件に対する捜査体制を強化するため、全国の警察本部等に組織窃盗対策官、組織窃盗捜査班を設置し、組織の実態と盗品の処分ルートの解明や組織壊滅に向けた検挙の徹底を主眼とした総合的な諸対策を推進している。
[事例] ロシアへの盗難車両輸出事件(2(3)イ(イ)の[事例1]参照)においては、組織窃盗対策官、組織窃盗捜査班が中心となって捜査を進めることによって、犯罪組織の実態及びロシアへの盗品処分ルートを明らかにし、窃盗事件の全容解明に至った(福岡、大分、富山、鳥取、京都、奈良、滋賀、大阪、兵庫)。
オ 財務解析センターの設置
 金融機関等から押収した膨大な量の財務関係書類を迅速かつ精緻(ち)に分析するため、金融機関の本支店、これらの大口融資先等が集中する地域を管轄する警視庁と大阪府警察に、財務捜査のための総合施設としての財務解析センターを設置するとともに、都道府県警察に高度な機能を備えた財務解析機器を配備して、増加する金融・不良債権関連事犯等企業犯罪に対応している。
[事例] 企業グループのオーナー(60)は、4年8月、自己が経営する会社に対する10億円の融資を受け、ホテル建物を担保とする根抵当権設定契約を信用金庫と締結した。しかし、同人はその登記設定に協力する任務を誠実に履行せず、逆に他のグループ会社に対する融資を受けるため、5年3月、同一建物を担保とする根抵当権設定契約を信用組合と締結して登記を完了し、同信用金庫に財産上の損害を与えた。
 同事案においては、融資を受けた企業のみならず、グループ全社の財務状況を分析することが不可欠であった。以前であれば財務分析に長期間を要していたが、財務解析センターにおいて迅速かつ詳細に行ったことにより、事件の早期解決を図ることができた。9月、背任罪で検挙(警視庁)
(3) 科学捜査力の強化
ア 捜査支援システムの活用
(ア) 自動車ナンバー自動読取システム
 自動車利用犯罪や自動車盗の捜査のために自動車検問を実施する場合、実際に検問が開始されるまでに時間を要すること、徹底した検問を行えば交通渋滞を引き起こすおそれがあることなどの問題がある。
 警察庁では、これらの問題を解決するために、走行中の自動車のナンバーを自動的に読み取り、手配車両のナンバーと照合する自動車ナンバー自動読取システムを開発し、整備を進めている。
(イ) 指紋自動識別システム
 指紋は万人不同、終生不変であり、個人識別の最も確実な資料である。警察庁では、コンピュータによるパターン認識の技術を応用して指紋自動識別システムを開発し、犯行現場に遺留された指紋から犯人を特定する遺留指紋照合業務や、逮捕した被疑者の身元と余罪の確認、犯罪の被害者や災害、事故等により死亡した者の身元確認等に活用している。
 さらに、平成9年度からは、指紋を光学的に短時間で採取できるライブスキャナの警察署への設置や、遺留指紋照会端末装置の各警察本部への設置をそれぞれ進めるとともに、衛星通信回線等を利用したネットワークを構築し、同システムの高度化を図っている。
(ウ) 被疑者写真検索システム
 警察庁では、都道府県警察で撮影した被疑者写真を一元的に管理、運用し、犯罪の広域化、スピード化に対応した効率的な活用を図ることを目的として、コンピュータによる被疑者写真検索システムを全国に整備した。このシステムの導入により、全国の警察署において被疑者写真を迅速に入手することが可能となった。
[事例] 11月、無職の男(40)は、スーパーマーケットにおいて女性警備員に万引きの現場を目撃されたため、同警備員の顔面を殴打するなどの暴行を加えた上、逃走した。
 同事案においては、被害者等の目撃情報から作成した似顔絵を基に被疑者写真検索システムを活用し、該当する被疑者写真を特定したことなどにより、事件の早期解決を図ることができた。12月、強盗致傷罪で検挙(大分)

(エ) 現場こん跡画像検索システム
 犯罪現場等に遺留された足跡やタイヤこん、工具こん等は、そこから種類、名称、製造メーカーを割り出すことができ、犯人の検挙や犯行の裏付け、余罪の確認等の犯罪捜査に活用し得る極めて有力な資料である。
 警察庁では、9年度から、足跡や自動車タイヤのトレッドパターン、ウィンカーレンズ等の自動車部品のデバイス記号についてデータべースを充実させ、コンピュータを活用した画像の比較対照により、ひき逃げ事件等の容疑車両の車種割り出しにも応用できる現場こん跡画像検索システムという新システムの整備を行っている。
イ 鑑識・鑑定の強化
(ア) 鑑識活動の強化
 警察では、科学技術の発達に即応した鑑識資機材の研究開発や整備を推進するとともに、機動鑑識隊(班)や現場科学検査班等の強化を図ることにより、現場鑑識活動の強化に努めている。
 また、警察庁の鑑識資料センターでは、あらかじめ繊維、土砂、ガラス等の各種資料を収集、分析し、これらの情報のデータベースを作り、都道府県警察が採取した微量、微細な資料と比較照合することによって、その物の性質や製造業者等を迅速に割り出し、犯罪捜査に役立てている。
(イ) 鑑定の高度化
 近年、鑑定対象物の多様化に伴い、鑑定の内容も複雑になり、高度な専門的知識・技術が必要とされている。
 このような情勢に対処し、各種の鑑定を一段と信頼性の高いものにするため、警察庁科学警察研究所や都道府県警察の科学捜査研究所に最新鋭の鑑定機材を計画的に配備している。また、都道府県警察の鑑定技術職員については、科学警察研究所に附置されている法科学研修所に入所させ、法医学、化学、工学、指紋、足こん跡、写真等の各専門分野に関する組織的、体系的な技術研修を実施するとともに、日本鑑識科学技術学会等各種学会への参加を奨励し、鑑識科学分野における先端技術の積極的な応用を推進している。
(ウ) DNA型鑑定
 DNA型鑑定は、ヒトの身体組織の細胞内に存在するDNAの塩基配列の多型性に着目し、これを分析することによって、個人識別を行う鑑定方法である。従来から実施しているMCT118型及びHLADQα型と、8年度から新たに導入を開始したTHO1型及びPM検査の4種類がある。これらはいずれも、微量な現場資料等からでも鑑定が可能な方法であり、特にTHO1型とPM検査では、より古い資料からの鑑定も可能である。
 DNA型鑑定は、型分類が豊富なことから個人識別能力に優れ、ABO式血液型鑑定とこれら4つの鑑定法を併せて実施することにより、同一の型が現れる割合は、最も出現頻度が高いものでもおおよそ日本人数万人に1人となることから、殺人、強姦事件等の犯罪の現場で犯人のものと判断し採取した血液、精液等のDNA型と、聞き込み等の捜査から浮上した容疑者のDNA型が一致した場合、その容疑者が犯人である可能性は極めて高く、逆に、DNA型が一致しない場合は、その容疑者を捜査対象から除外することができる。
 このように、DNA型鑑定は、血液、精液等の現場資料が残されやすい殺人、強姦事件等の凶悪事件の捜査における極めて有効な鑑定手法である。
ウ 科学技術の新しい展開
 多様化する犯罪に対処するために、警察では、最先端の科学技術を導入し、鑑識技術の向上を図り、そのための新しい鑑定法や検査法の研究開発を行っている。
(ア) 法医学・血清学分野における研究
 DNA型分析による個人識別法の開発に関する研究のほか、頭蓋(がい)と顔貌(ぼう)との解剖学的相関、ポリグラフ等の捜査心理学等の研究を行っている。
[研究例] DNA型分析による個人識別法の開発に関する研究
 極めて古い斑こん資料、腐敗が進んだ組織資料や毛髪資料からのDNA型検出を可能にすべく、新たな短鎖DNA型検査法の導入とミトコンドリアDNA多型の検査法の開発と実用化を継続的に行っている。
(イ) 工学分野等における研究
 音声による個人識別方法や、火災や事故等の原因分析方法等工学分野における広い範囲の研究開発を行っている。
[研究例1] 短い会話から話者を識別する方法に関する研究
 短い会話や、雑音の重なった音声からは、話者を識別するために必要な音声資料を得ることが困難となるため、現在、単文中の5種類の同じ母音を組み合わせて、その周波数構造を定量的に比較することにより、個人を識別する方法について研究を行っている。
[研究例2] 線間短絡時における可燃性物質の最小着火エネルギーに関する研究
 電線等の短絡(ショート)で発生したと考えられる火災や爆発事故については、着火の状況を判断する必要がある。短絡箇所での放電エネルギーと可燃性物質の最小着火エネルギーとの関係を明らかにするため、電線の種類、短絡電流値、接触圧力を変えながら、放電エネルギーからみた可燃性物質の最小着火エネルギーを測定し、最小着火基準を検討している。
[研究例3] フォント検索システムの研究
 犯罪に用いられる脅迫文書、偽造文書等においてもワードプロセッサーが使用される傾向にあることから、警察では、集積されたワードプロセッサーのフォント(文字の字体)のデータベースから使用されたワードプロセッサーを割り出す技術の研究開発を行っている。
(ウ) 化学分野における研究
 低年齢層にまで拡大している覚せい剤等の薬物事犯、農薬による事件・事故、異臭事犯、交通事故等で持ち込まれる微細物件等の鑑定法の研究開発を行っている。
[研究例] 潜在指紋の顕在化に関する研究
 物体に付着しているものの肉眼では判別することができない潜在指紋を検出することは、犯罪捜査にとって不可欠である。現在では紙等に付着した潜在指紋の検出にニンヒドリンを用いているが、指紋検出の際に用いられるフロン溶剤が国際条約によって禁止されるため、その代替となる溶剤の検討、ニンヒドリンの化学構造を若干変更した化合物の検討等により、高感度の試薬を開発するほか、亜鉛、金の同時真空蒸着法を用いる新たな検出法の研究も行っている。
(4) 国際捜査力の強化
 組織化傾向の著しい来日外国人犯罪、国外における日本人犯罪等の国際犯罪に対応するため、警察では、国際捜査官の育成、組織体制の整備、通訳体制の強化及び外国捜査機関との積極的な連携を図っている。
 なお、国際犯罪への対応については、第9章参照。
(5) 犯罪捜査に対する国民協力の確保
 犯人検挙、事件解決のためには、犯罪捜査に対する国民の理解と協力が不可欠である。
 警察では、国民に犯罪捜査に対する協力を呼び掛ける方法の一つとして公開捜査を行っており、新聞、テレビ、ラジオ等の報道機関に協力を要請するとともに、人の出入りの多い場所でポスター、チラシ等を掲示、配布するなどの方策を講じている。
 11月には、全国において「指名手配被疑者捜査強化及び捜査活動に対する市民協力確保月間」を実施し、ポスター、チラシ等を掲示、配布したほか、都道府県警察の捜査担当課長等がテレビ等に出演するなどして、事件発生時における速やかな通報、聞き込み捜査に対する協力、事件に関する情報の提供等を広く国民に呼び掛け、1,488人の指名手配被疑者を検挙した。
 また、オウム真理教関連事件の解明のため、5月にオウム真理教関係警察庁指定特別手配被疑者3人の公開ポスターを作成、配布し、11月には同被疑者らのビデオ映像を公開し、情報提供を呼び掛けた。さらに、7年に設置した、市民からの情報を24時間受け付けるフリーダイヤルサービス「オウム24時間」を継続するとともに、警察庁が開設したインターネットのホームページでも協力を呼び掛けるなどしたほか、都道府県警察においても、オウム真理教関係指名手配被疑者検挙に向けた積極的な各種広報活動等を行うなど、国民協力確保のための諸活動を推進した。
 なお、被害者等の立場に立った捜査の推進については、第2章参照。


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