はじめに

 我が国の治安は、諸外国に比べ、良好であるといわれてきた。昨年12月5日から18日にかけて総理府が実施した「社会意識に関する世論調査」においても、日本の国や国民について誇りに思うこととして「治安の良さ」を挙げた者は39.9%で、前年に比べて7ポイント近く増加し、前年度の第4位から再び第1位に返り咲いた。
 しかしながら、これは、平成5年12月に行われた同調査の結果に比べると、なお約12ポイントも低く、国民の治安に対する信頼という観点からは依然として厳しい局面が続いている。
 このような中で、昨年12月17日(日本時間18日)には、「在ペルー日本国大使公邸占拠事件」が発生し、国民に大きな衝撃を与えるとともに、国際テロ情勢の厳しい現実を改めて認識させた。一方、国内の犯罪情勢についても、犯罪の凶悪化、組織化、広域化が一層深刻化しており、多くの国民に多大な不安を与えている。
 また、交通情勢についても、昨年、交通事故死者数は、9年振りに1万人を下回ったものの、昭和21年以降の累計が50万人に達し、さらに、交通事故件数は史上最高を記録するなど、依然として厳しい状況にある。
 さらに、外国人犯罪組織の浸透、金融・不良債権関連事犯の顕在化、少年非行の凶悪化等の問題が一層深刻化しているほか、コンピュータ・ネットワークを手段とする新たな形態の犯罪等の発生が問題となっている。
 このほかにも、近年、凶悪犯罪等の被害者やその遺族への救済方策等について社会的な関心が高まっており、各種被害者対策の組織的な推進が求められている。
 このような状況を踏まえ、警察としては当面、次のような施策を重点的に推進していくこととしている。
○ 各種テロ対策の強化
 我が国の権益や在外邦人を対象とした国際テロの脅威の高まり、生物・化学物質等を使用した新たな形態のテロの発生の危険性等、我が国を取り巻く国内外のテロ情勢は極めて厳しい局面を迎えている。
 警察では、「在ペルー日本国大使公邸占拠事件」の教訓を踏まえ、より専門的、総合的な情報収集、分析の推進、特殊部隊(SAT)の充実強化、テロ防止・捜査体制の強化等各種テロ対策を一層強力に推進するとともに、テロ対策に関する国際協力の促進に積極的に取り組む。
○ 安全で快適な「くるま社会」の実現
 交通事故死者の減少を図るため、交通の安全と円滑に資する民間の組織活動を促進するなど、地域社会と連携した総合的な交通安全対策の推進に努めるほか、社会の高齢化に対応して、高齢者に優しい交通社会の実現を図るための施策を推進する。また、交通渋滞や交通公害が大きな問題となっていることにかんがみ、高度情報通信技術を活用した交通管理システムの高度化を推進するなど、安全で快適な「くるま社会」を実現するための諸施策を推進する。
○ 銃器・薬物対策の推進
 銃器・薬物対策については、「銃器対策推進本部」及び「薬物乱用対策推進本部」を中心とした政府を挙げての取組みの強化、国際的な取組みの積極的推進等を図る。
 特に、銃器対策については、けん銃等の密輸・密売ルートの壊滅と暴力団等の組織管理に係るけん銃等の摘発を重点とした取締りを推進するとともに、広報啓発活動等を積極的に実施する。
 また、薬物対策については、薬物の供給の遮断と需要の根絶を図るため、国内外の関係機関等との連携強化による供給ルートの解明と薬物犯罪組織の壊滅、麻薬特例法を活用した不法収益対策の強化、末端乱用者の徹底検挙、広報啓発活動等総合的な対策を推進する。
○ 市民生活の安全と平穏の確保
 住民ボランティアへの支援を含めた地域安全活動の推進、交番及び駐在所の「生活安全センター」としての機能の強化等を図る。
 また、少年の薬物乱用の拡大、凶悪・粗暴な非行及び性の逸脱行為の多発等深刻化する少年非行情勢に対処するため、補導活動、有害環境の浄化、福祉犯の取締り等の諸対策を総合的に推進するとともに、関係機関との連携等を図る。
 さらに、風俗営業の健全化の推進、悪質な生活経済事犯等の取締り等を推進する。
○ 捜査力の充実強化
 平成8年の犯罪情勢をみると、刑法犯の認知件数が戦後最高を記録しただけでなく、犯罪の広域化、スピード化、国際化や、その手口の悪質化、巧妙化が著しい。また、社会情勢の変化により「人からの捜査」や「物からの捜査」は一層困難化している。
 こうした情勢に対処し、国民に強い不安をもたらす犯罪をはじめとする各種犯罪の検挙向上を推進するため、広域捜査力の強化、専門捜査力の強化、国際捜査力の強化、科学捜査力の強化、国民協力の確保等を図る。
○ 金融・不良債権関連事犯対策
 刑罰法令に触れる行為には厳正に対処するという基本姿勢の下、融資過程又は債権回収過程における詐欺、背任、競売入札妨害等の金融・不良債権関連事犯の捜査を徹底的に行い、不正事案の摘発に努める。
○ ネットワーク・セキュリティ対策の推進
 ハッキング(クラッキング)によるものをはじめ、わいせつ画像の提供等コンピュータ・ネットワークを手段とする新たな形態の犯罪の発生が問題となっている。そこで、これらの犯罪を防止するとともに、捜査力を維持強化するため、今後の電子商取引をめぐる動向等を視野に入れつつ、制度的課題への対処も含めた総合的なネットワーク・セキュリティ対策を推進する。
○ 暴力団総合対策の推進
 暴力団が市民生活に対する重大な脅威となっている情勢に対処し、暴力団を壊滅させるため、暴力団犯罪の徹底的な取締り、本年5月に改正された暴力団対策法の効果的な運用及び暴力団排除活動の積極的な推進を3本の柱として暴力団総合対策を強力に推進する。
○ オウム真理教関連事件の全容解明等
 オウム真理教による組織的違法事案の全容解明と再発防止を図り、また、警察庁長官狙撃事件と教団との関連を解明するためにも、依然逃走中の教団関係指名手配被疑者の早期発見、検挙に全力を尽くすとともに、教団の動向把握にも積極的に取り組む。
○ テロ、ゲリラ事件の防圧、検挙
 極左暴力集団による凶悪なテロ、ゲリラ事件の防圧、検挙及び組織力の減殺を図るため、国民の理解と協力の下に徹底した取締りを行う。また、右翼によるテロ等重大事件の未然防止を図るため、銃器の摘発を一層強化するとともに、悪質な資金源活動等に対する徹底的な取締りを推進する。
○ 来日外国人犯罪・外国人犯罪組織対策
 来日外国人による犯罪は年々増加の一途をたどっているのみならず、その中でも、広域多額窃盗、身の代金目的誘拐、有価証券偽変造等が悪質化、巧妙化している傾向にある。
 また、急増している集団密航事件の多くに国際的密航請負組織「蛇頭」が介在しているなど、外国人犯罪組織が我が国の治安に対する脅威となっていることから、その実態把握や摘発等組織自体に着目した諸対策を一層推進する。
○ 被害者対策の推進
 犯罪の被害者は、その直接的な被害だけでなく、その結果として生ずる精神的被害等多くの深刻な被害を受けていることが今日広く認識されており、被害者の視点に立った施策が求められている。
 そこで、被害者に対する情報提供や相談・カウンセリング体制の整備等による被害者への対応の改善、性犯罪・暴力団犯罪等の被害者に対する被害の特性に応じたきめ細やかな施策の推進、関係機関・団体等との連携の強化等、総合的な被害者対策の一層の強化に取り組む。
○ 警察の情報通信システムの充実及び効果的な活用の推進
 事件、事故及び災害に警察活動が迅速かつ的確に対応することができるよう、警察統合情報通信ネットワーク、衛星通信システム、WIDE通信システム等の充実を図るとともに、効果的な活用を推進する。
○ 警察力強化のための総合的な取組み
 組織、人員の効率的運用、職員の資質の向上、業務処理方法の見直し、装備資機材の高度化等を更に積極的に推進するとともに、多様な人材の確保、女性警察職員の職域拡大等を図る。
 また、職員の高い士気を維持するとともに、今後の警察を担う優秀な人材を確保するため、中途採用等の採用の複線化を行うほか、勤務環境の改善、職員住宅や独身寮の整備充実、給与の改善、海外研修制度の拡充等を積極的に推進する。


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