第5章 暴力団総合対策の推進

 暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴力団対策法」という。)の施行を契機とした暴力団排除機運の高揚と取締りの一層の強化により、暴力団は社会から孤立しつつあるが、暴力団の資金獲得活動は、金融・不良債権関連事犯を多数引き起こすなど、社会経済情勢の変化に対応して巧妙化、多様化してきている。また、覚せい剤等の薬物事犯やけん銃を使用した凶悪な犯罪を多数引き起こすなど、暴力団は依然として市民社会にとって大きな脅威となっている。
 このような情勢の下、警察は、暴力団を解散、壊滅に追い込むため、総力を挙げて、暴力団犯罪の取締りの強化、暴力団対策法の効果的な運用及び暴力団排除活動の推進を3本の柱とした暴力団総合対策を強力に推進している。さらに、最近における暴力団をめぐる情勢にかんがみ、指定暴力団等の業務等に関し行われる暴力的要求行為の防止、準暴力的要求行為の規制等を図るため、平成9年5月、暴力団対策法の一部改正が行われた。

1 暴力団情勢

(1) 暴力団勢力の状況
 暴力団勢力(注)は、平成8年末現在、約7万9,900人で、7年に比べ約600人(0.8%)増加し、うち構成員は約4万6,000人で、7年に比べ約600人(1.3%)減少した。また、山口組、稲川会及び住吉会の3団体の構成員は約3万900人で、前年に比べ約100人(0.3%)減少した。
(注) 暴力団勢力については、第3章第3節1(1)ウの(注)参照。
(2) 組織の解散、壊滅の状況
 平成8年中に解散し又は壊滅した組織は218組織(構成員数約1,590人)で、このうち、山口組、稲川会及び住吉会の3団体の傘下組織の解散・壊滅数は153組織(構成員数約1,210人)であり、全体の70.2%(全構成員数の76.5%)を占めている。
 暴力団組織の解散、壊滅数は、2年から増加し、5年以降毎年220前後の組織を解散、壊滅に追い込んでいる。

2 暴力団犯罪の検挙状況

(1) 暴力団の資金獲得活動に対する取締り
ア 暴力団等に係る金融・不良債権関連事犯の捜査
 バブル崩壊後の経済情勢を背景として、債権回収等に暴力団等が関与する犯罪が目立っており、平成8年は、警察庁に設置した「金融・不良債権関連事犯対策室」(詳細については、第4章第1節1(3)参照)の指導・調整の下に、各都道府県警察において金融・不良債権関連事犯の捜査を強力に推進した結果、暴力団等に係るこの種の犯罪の検挙件数は55件に上り、7年に比べ大幅に増加した(図5-1)。
〔事例1〕 極東会傘下組織組長(53)らは、住宅金融専門会社の申立てにより競売開始決定がなされた佐久市内の競売物件について、現況調査を担当した裁判所執行官に対し、6年10月、内容虚偽の建物賃貸借契約書の写しを提出するなどして競売を妨害した。8年9月に検挙した(長野)。
〔事例2〕 稲川会傘下組織組長(44)らは、静岡市内の競売物件について、8年8月から9月まで同組員を居住させて占拠するとともに、建物の窓に稲川会の代紋を貼(ちょう)付するな

図5-1 暴力団等に係る金融・不良債権関連事犯検挙状況(平成5~8年)

どして競売を妨害した。同年9月に検挙した(静岡)。
イ 企業活動を利用した犯罪の取締り
 暴力団は、資金獲得を図るため、企業活動を利用して様々な犯罪を引き起こしている。
 8年中の暴力団フロント企業(注)に係る犯罪の検挙件数は206件で、7年に比べ1件増加し、これらの事件に関与した企業は251企業であった。このうち山口組系の暴力団フロント企業に係る犯罪の検挙件数は142件、関与企業数は177企業で、それぞれ全体の約7割を占めている。
 検挙した206件の適用罪種別内訳は、恐喝が27件と最も多く、次いで詐欺が18件、競売入札妨害、廃棄物処理法違反がそれぞれ14件となっている(表5-1)。

表5-1 暴力団フロント企業に係る犯罪検挙件数の適用罪種別内訳(平成8年)

表5-2 検挙に係る暴力団フロント企業の業種別内訳(平成8年)

 また、事件に関与していた251企業の業種別内訳では、建設業が76企業と最も多く、次いで不動産業30企業、飲食業29企業の順となっている(表5-2)。
(注) 暴力団フロント企業については、第3章第3節1(2)ア(ア)の(注)参照。
〔事例〕 國粹会傘下組織組長(43)らは、同組長が実質的経営者となっている有限会社について、5年3月、同社の経営業務の管理責任者及び専任技術者に関し、虚偽の事実を記載した証明書を添付して同社の建設業許可申請書を県知事あてに提出し、県知事から不正に建設業の許可を受けるとともに、地方公共団体において、競争入札に付することとした公共工事に関し、同社が落札することを企て、同年8月、落札を希望していた他の指名業者に対して談合に応ずるよう脅迫し、入札を妨害した。8年1月に検挙した(埼玉)。
ウ 伝統的な資金獲得犯罪に対する取締り
 8年に検挙した暴力団勢力3万3,270人のうち、伝統的な資金獲得犯罪である覚せい剤取締法違反、恐喝、賭(と)博及び公営競技関係4法違反(ノミ行為等)の4罪種に係る検挙人員は1万5,993人で、全体の48.1%を占めている。
〔事例〕 住吉会傘下組織組長(52)らは、7年12月、草加市内の暴力団事務所において、賭博を開帳して俗に「バッタ撒(ま)き」と称する花札賭博をさせ、その際、寺銭名下に金銭を徴収して利益を図った。8年1月に検挙した(埼玉)。
(2) 企業対象暴力に対する取締り
 平成8年中は、大手百貨店役員らによる商法第497条違反(株主の権利の行使に関する利益 供与の罪)事件等、依然として、水面下において、企業と暴力団等との関係が継続している例がみられた。
 8年中の総会屋等及び社会運動等標ぼうゴロの検挙件数、検挙人員は509件、719人で、7年に比べ、検挙件数が30件(6.3%)増加し、検挙人員は同数であった(表5-3)。また、10月には、6年2月に発生した大手フィルム会社専務刺殺事件で警察庁指定特別手配被疑者であった元暴力団幹部を検挙した。
〔事例1〕 大手百貨店役員(67)らは、5年11月下旬から7年4月上旬までの間、8回にわたり、東京都内等において、6年5月及び7年5月開催の同社の株主総会に関し、同社の株主らをして、その株主権の行使に関し、議事が円滑に進行するよう協力せしめることなどへの謝礼として、暴力団組長(67)らに対し、同社の計算において、現金合計1億6,000万円を供与した。8年6月に検挙した(大阪)。
〔事例2〕 総会屋(34)は、3月から4月にかけて、3回にわたり銀行に電話を架け、その職員に対し、自己が総会屋である旨名のった上、脅迫した。6月に検挙した(警視庁)。
(3) 暴力団に係る銃器犯罪の発生・取締り
ア 銃器発砲事件の発生状況
 平成8年中の暴力団によるとみられる銃器発砲事件の発生回数は108回であり、7年に比べ20回(15.6%)減少している。これらの銃器発砲事件に伴い14人が死亡、27人が負傷した(

表5-3 総会屋等及び社会運動等標ぼうゴロの罪種別検挙状況(平成7、8年)

図5-2 銃器発砲事件、対立抗争事件の発生状況(昭和62~平成8年)5-2)。

5-2)。
〔事例〕 山口組傘下組織幹部(29)らは、8月、大阪駅付近の路上において、歩行中の元山口組傘下組織組長に対し、けん銃を発射し殺害した。9月に検挙した(大阪)。
イ 対立抗争事件の発生状況
 8年中の暴力団対立抗争の発生事件数は9件、発生回数は29回で、その8割以上にけん銃が使用されている。7年に比べ発生事件数は5件、発生回数は1回それぞれ増加している。
〔事例〕 会津小鉄傘下組織組長(44)らは、対立する山口組直系組長らをけん銃で射殺しようと企て、7月、八幡市内の理髪店前路上付近において、同店で理髪中の同人らに対し、けん銃を発射するなどしたが、いずれも命中せず、同人とともに現場にいた山口組傘下組織組長らから迎撃されるなどしたため殺害の目的を遂げなかった(京都)。
ウ けん銃の押収状況
 7年の銃刀法改正や警察の取締りの徹底等により、暴力団は、けん銃を分散保管するなどその隠匿方法をより巧妙化させており、8年中の暴力団勢力からのけん銃押収丁数は1,035丁で、7年に比べ361丁(25.9%)減少している(図5-3)。
〔事例〕 山口組傘下組織組員(24)らは、10月、倉敷市内の被服製造販売業者(34)方において、けん銃20丁、実包1,080個を隠匿所持していた。同月に検挙し、押収した(岡山)。
(4) 暴力団員の大量反復検挙
 警察は、暴力団組織の中枢にあって、その運営を支配している首領、幹部をはじめとする暴力団員の大量反復検挙を徹底するとともに、犯行の組織性、常習性、悪質性を解明することなどにより、検挙した暴力団員について適正な科刑がなされ、社会から長期にわたって隔離されるように努めている。
ア 暴力団員の検挙状況
 平成8年の暴力団勢力の検挙人員は3万3,270人で、7年に比べ259人(0.8%)増加している。このうち、構成員の検挙人員は1万1,808人であり、7年に比べ109人(0.9%)増加している(図5-4,図5-5)。
 8年の山口組の勢力の検挙人員は1万4,512人、うち構成員の検挙人員は5,314人(直系組長8人を含む。)で、それぞれ総検挙人員の4割を超えており、事件の内容をみても、その悪質性は際立っている。
〔事例1〕 山口組傘下組織組長(37)らは、自治体が発注を予定していた下水道工事等に

図5-3 暴力団勢力からのけん銃押収数の推移(昭和62~平成8年)

図5-4 暴力団勢力の検挙人員(昭和62~平成8年)

図5-5 暴力団構成員の検挙人員(昭和62~平成8年)

関し、建設会社役員に下請の仕事を回すように依頼していたにもかかわらず、これを断られたことに立腹し、8月、堺市内の路上に停車中の自動車内において、同役員の顔面を殴打し、引き続き、同市内の埠(ふ)頭において、その顔面を数回殴打し、その腹部を数回 足で蹴り、さらに同人を同所から海中に突き落とすなどの暴行を加え、傷害を負わせた。9月に検挙した(大阪)。
〔事例2〕 山口組傘下組織組長(50)は、電力会社発注に係る工事に関し、地元建設業者等により構成される協同組合が元請人会社等に対して行っていた下請契約受注の営業活動を断念させようと企て、8月、神戸市内にある元山口組組長の長男方応接室において、同組合理事長らを脅迫した。10月に検挙した(徳島)。
イ 暴力団犯罪の傾向
 8年の暴力団勢力の検挙人員を刑法犯、特別法犯の別にみると、刑法犯は1万8,779人、特別法犯は1万4,491人であり、7年に比べ、刑法犯は117人(0.6%)減少し、特別法犯は376人(2.7%)増加している。また、罪種別では、覚せい剤取締法違反が7,883人(構成比23.7%)で最も多く、次いで傷害4,581人(同13.8%)、恐喝2,666人(同8.0%)、賭博2,482人(同7.5%)の順となっている。

3 暴力団対策法の施行状況

(1) 指定状況
ア 再度の指定の状況
 平成8年末現在、24団体が指定暴力団として指定されているが、これらのうち、8年は、二代目侠道会(広島)、三代目太州会(福岡)(いずれも2月26日。ただし、効力発生は3月4日)をはじめ、6団体を再度指定した(表5-4)。
イ 指定をめぐる争訟の状況
 指定暴力団の指定をめぐっては、四代目会津小鉄から、前回の指定及び再度の指定に対し、それぞれの取消しを求める2件の行政事件訴訟が提起されている。このうち、前回の指定の取消しを求める訴訟については、7年9月29日に請求棄却の判決が、8年7月17日には控訴を却下する判決が出されたが、四代目会津小鉄は同判決を不服として最高裁判所に上告している。また、再度の指定に係る訴訟については、8年末現在、京都地方裁判所で係争中である。
(2) 中止命令等の発出状況
 平成8年は、1,456件の中止命令を発出しており(表5-5)、暴力団対策法の施行以降発出した中止命令の総件数は、8年末現在、4,685件に上っている。
 8年の中止命令を形態別にみると、資金獲得活動である暴力的要求行為(9条)に対するものが893件(61.3%)、加入強要及び脱退妨害(16条)に対するものが473件(32.5%)となっている。また、暴力的要求行為のうち、伝統的な資金獲得活動であるみかじめ料、用心棒料

表5-4 指定暴力団の指定の状況(平成8年12月31日現在)

等要求行為に対するものは394件(27.1%)となっている。
 団体別にみると、山口組に対するものが577件(39.6%)、次いで稲川会に対するものが268件(18.4%)、住吉会に対するものが244件(16.8%)の順であり、これら3団体に対する中止命令件数が、全体の74.8%を占めている。
 このほか、8年は、43件の再発防止命令を発出している。
〔事例1〕 山口組傘下組織組員(49)は、自己が占有しているマンションの一室を競売により買い受けた不動産会社の社員に対し、同社員が拒絶しているにもかかわらず、明渡し料名目で金品等を要求した。2月に中止命令を発出した(警視庁)。

表5-5 暴力団対策法に基づく中止命令及び再発防止命令件数(平成5~8年)

〔事例2〕 山口組傘下組織組長(44)は、配下の組員に対し、自己の縄張内で営業を営む飲食店等に対して付き合い名目で正月用盆栽等を売り付けることを命じた。5月に再発防止命令を発出した(大阪)。
 また、8年における命令違反事件の検挙件数は38件で、暴力団対策法施行後の命令違反事件の累計は8年末現在、40件となっている。
(3) 暴力団員の離脱促進、社会復帰対策の状況
 警察及び都道府県暴力追放運動推進センター(以下「都道府県センター」という。)が相談活動を通じて離脱意思を有することを認知し、又は離脱することを説得し、かつ、その者に対する援護の措置等を行うことにより暴力団から離脱させた暴力団員は、平成8年中は約480人であり、暴力団対策法の施行後約3,150人に上っている。また、関係行政機関や民間団体と連携を図り全国に設立された社会復帰対策協議会を通じて就業に成功した元暴力団員は、同法施行後8年末までに約430人に上っている。さらに、社会復帰対策を効果的に推進するため、暴力団から離脱し、就業した者について、社会復帰アドバイザーが、本人、その家族、雇用事業者等を訪問するなど、アフターケアの充実にも努めているところである。
〔事例〕 山口組傘下組織からの離脱を決意した暴力団員が同傘下組織組長に脱退を申し入れたところ、これを妨害されたため、当該妨害行為を行った同組長に対して、5月に中止命令を発出した。この結果、暴力団員は当該組織からの離脱に成功し、社会復帰対策協議会を通じて建設会社に就業し、社会復帰を果たした(北海道)。
(4) 暴力団対策法の一部改正
 暴力団対策法が施行されてから平成9年3月で5年が経過したが、近年、みかじめ料徴収等指定暴力団員の一定の業務に関し不当な要求行為が繰り返し行われる例や指定暴力団員と一定の関係を有する者が指定暴力団の威力を背景とした不当な要求行為を行う例等が認められる状況となっていた。
 こうしたことから、9年5月、暴力団対策法の一部が改正され、指定暴力団等の業務等に関し行われる暴力的要求行為の防止、準暴力的要求行為(注)の規制、指定暴力団員の集団相互間の対立抗争時における事務所の使用制限等に関する規定が整備されるとともに、一定の不当な態様によって債権を取り立てる行為が暴力的要求行為の一類型として新たに追加されることとなった。
(注) 準暴力的要求行為とは、ある指定暴力団等の暴力団員以外の者が当該指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等の威力を示して特定の不当な要求行為をすることをいう。

4 暴力団排除活動の現状

(1) 暴力追放運動推進センターを中心とした暴力団排除活動
 都道府県センターは、暴力団排除活動の中核として、暴力団員による不当な行為に関する相談事業をはじめ、少年を暴力団から守る活動、民間の暴力団排除活動に対する援助、暴力団事務所撤去活動の支援、暴力団員による不当な行為の被害者に対する見舞金の支給、民事訴訟の支援等の事業を行い、警察その他の関係機関、団体との連携の下に暴力団排除活動を

表5-6 相談種別暴力団関係相談件数(平成8年)

活発に展開している。
 平成8年中に警察及び都道府県センターに寄せられた相談を相談種別にみると、表5-6のとおりである。
 また、暴力団対策法に基づき、警察及び都道府県センターは、暴力団員による不当要求の被害を受けやすい金融・保険業、建設・不動産業、ぱちんこ営業等を中心に、各事業所の不当要求防止責任者に対する講習(以下「責任者講習」という。)を実施しており、7年4月から8年3月までに約5万4,800人が受講した。この責任者講習においては、教本、視聴覚教材 等が用いられているほか、暴力団員への応対方法について模擬訓練形式の実習も行われている。
〔事例〕 稲川会傘下組織幹部らが、知人の交通事故に関し、自動車修理会社が提示した修理代金の見積金額について因縁を付け、同社から金員を喝取しようとした事案において、同社の不当要求防止責任者が責任者講習で習得した対応要領に基づいて適切に対処し、警察において、7月に同幹部らを恐喝未遂罪により検挙した結果、被害の未然防止が図られた(千葉)。
(2) 暴力団等の公共事業からの排除
 国や地方公共団体等の発注する公共事業の請負業者から暴力団、暴力団利用者等の不良業者が排除されるなど、公共団体における暴力団排除活動が積極的に推進されている。
 警察としても、暴力団の資金源を遮断するため、暴力団犯罪の検挙にとどまらず、捜査の結果判明した事実を基に、税務当局に対する課税通報を行っているほか、関係機関と連携して、暴力団、暴力団フロント企業及び暴力団利用者を公共事業から排除するなど、積極的な暴力団排除活動を推進している。
〔事例〕 國粹会傘下組織組長らを競売入札妨害罪により検挙した際(2(1)イ〔事例〕を参照)、同組長が実質的経営者となっている有限会社が建設業の許可を受ける際に、虚偽の事実を記載した書類が申請書類に添付されていた事実が判明したため、1月に同組長の妻らを建設業法違反により検挙し、その旨を関係地方公共団体に通報した結果、同社は9箇月の指名停止処分を受け、さらに建設業の許可も取り消された(埼玉)。
(3) 暴力団を相手取った民事訴訟の動向
 全国各地で、暴力団事務所の明渡しや使用差止めの請求訴訟、暴力団員の違法、不当な行為による被害に係る損害賠償請求訴訟等、暴力団員を相手方とした民事訴訟が提起されている。これは、国民が民事訴訟という法的手段により、暴力団の被害から自らの権利や生活を守り、又は被害の回復を図ろうとする活動として注目される。警察は、関係者に対する危害防止の観点から保護対策を徹底するとともに、都道府県センターにおいても、訴訟費用の貸付け等の支援を積極的に行っている。
 平成8年中は、暴力団事務所について、民事執行法第55条又は第77条により、売却のための保全処分又は買受人のための保全処分の申立てが積極的に活用され、その明渡しがなされた事例等が見受けられたほか、みかじめ料の支払拒否を原因とする建造物等損壊事件や、対立抗争中に暴力団員により高校生が射殺された事件において、実行行為者の所属する暴力団の組長等について、民法第715条に基づき使用者責任の成立を認め、損害賠償を命ずる画期的な判決が出されるなど、暴力団員を相手取った民事訴訟に新たな展開がみられた。また、8年末現在、大阪、沖縄等においても暴力団組長等の使用者責任を争点とする損害賠償請求訴 訟が提起されており、今後の動向が注目される。
〔事例1〕 飲食店経営者が融資を受けて購入した建物について、道仁会傘下組織幹部への所有権移転登記及び同傘下組織組員を賃借権者とする仮登記がなされ、同傘下組織の事務所として使用されていたことから、抵当権者が福岡地方裁判所大牟田支部に民事執行法第55条に基づき保全処分の申立てを行い、1月に同幹部に対して同傘下組織組長らを退去させるべき旨の決定が出された結果、事務所としての使用が中止された(福岡)。
〔事例2〕 稲川会傘下組織の事務所として使用されていた建物について競売開始決定がなされ、その買受人が静岡地方裁判所沼津支部に民事執行法第77条により保全処分の申立てを行い、同傘下組織組長らの占有を解いて執行官保管を命ずる旨の決定が9月に出された結果、当該事務所の明渡しがなされた(静岡)。
〔事例3〕 5年、住吉会傘下組織組員が、縄張内のぱちんこ店の経営者にみかじめ料の支払を拒否されたため、同店に乗用車を激突させるなどして、店舗及び店舗内のぱちんこ遊技機等を損壊したことから、同年から翌6年にかけて、ぱちんこ店経営者等が同組員に対し民法第709条に基づき、また、同傘下組織組長に対し民法第715条に基づき損害賠償請求訴訟を提起していたところ、8年1月23日、宇都宮地方裁判所栃木支部は、同組員の不法行為責任及び同組長の使用者責任を認め、同組長らに対し損害賠償として約770万円の支払を命じた。なお、同組長らは同判決を不服として控訴していたが、同年4月、和解が成立した(栃木)。
〔事例4〕 2年9月に発生した三代目旭琉会と沖縄旭琉会との抗争中、沖縄旭琉会傘下組織組員らが三代目旭琉会傘下組織事務所でフェンスの取付作業のアルバイトをしていた高校生を三代目旭琉会組員と誤信してけん銃を発射し殺害したことから、その両親が3年9月、同組員らに対し民法第709条に基づき、また、沖縄旭琉会会長及び同傘下組織組長に対し民法第715条に基づき損害賠償請求訴訟を提起していたところ、8年10月23日、那覇地方裁判所は、同組員の不法行為責任及び沖縄旭琉会会長らの使用者責任の成立を認め、同会長らに対して損害賠償として約5,800万円の支払を命じた。
 なお、同会長らは同判決を不服として福岡高等裁判所那覇支部に控訴した(沖縄)。


目次