第2節 テロ対策

1 欧米諸国のテロ対策

 これまでに数々の重大凶悪なテロ事件に直面してきた欧米諸国においては、テロ対策を専門に所掌する組織体制やテロ対策法制を整備するなど、テロ行為を防止し、又はこれに対処するための諸施策を講じている。
(1) アメリカ合衆国
 アメリカ合衆国では、テロ事件捜査を担当する組織として、司法省連邦捜査局(FBI)国家安全部に国際テロ捜査課及び国内テロ捜査・テロ対策企画課が設置されており、米国民又は米国権益に対するテロ事件の捜査及びテロ活動に関する情報収集、分析等を行っている。また、国外のテロ情報の収集、分析は、中央情報局(CIA)を中心に行っている。
 国務省には、国際テロ対策に関する外交政策立案等を行うテロ対策調整官室及び在外公館警備、外国に対するテロ対策支援、テロ懸賞金関連事務等を行う外交警備局が置かれている。
 このほか国防総省においても、特殊作戦・低規模紛争局にテロ対策課が設置されているほか、国防関係情報機関によって、独自のテロ関連情報の収集、分析等が行われている。
 一方、各軍には、それぞれ独自の特殊作戦部隊が設置されており、なかでも陸軍の特殊部隊「デルタ・フォース(DELTA FORCE)」は、主に国外におけるテロ事件に対応している。
 国内の凶悪事件については、第一次的には、警察の治安部隊が対応することになっており、FBIには「人質救出部隊(HRT)」が、主要自治体警察には「特殊武装戦術部隊(SWAT)」がそれぞれ設置されている。
 また、テロ対策法制の整備も進んでおり、テロ対策のための国際協力の推進等を内容とする「国際テロ対策法」(1984年)、在外公館の警備強化、核物質を使用するテロへの対策、テロ被害者への補償等を内容とする「外交官等の防護及び反テロ法」(1986年)が制定されているほか、1996年(平成8年)4月には、国務長官の指定したテロ組織のアメリカ合衆国内での資金調達の禁止、テロリストの国外追放措置の改善等を内容とする「反テロ及び効果的死刑法」が制定されている。
(2) 英国
 英国では、内務省組織犯罪・国際犯罪局テロ警護部が、法制を含むテロ対策に関する政策の企画、立案及びテロ対策に関する国際協力等を担当している。また、保安庁(SS)は、内務省の監督の下、英国本土におけるテロに関するあらゆる情報の収集、分析、評価及びその効果的な活用について責任を有している。
 警察は、テロ活動の予防と捜査について中心的な役割を果たすこととされている。各地方警察の公安部(SPECIAL BRANCH)は、テロ活動その他の脅威に関する情報収集を行っており、ロンドン警視庁テロ対策部は、テロ事件捜査を国家レべルで調整する権限を有している。
 なお、北アイルランド地域におけるテロ対策に関しては、北アイルランド省がその企画、立案を担当しており、北アイルランド警察(RUC)が、テロ活動に関する情報収集、予防、捜査について主導的役割を果たしている。
 秘密情報庁(SIS)は、外務省の監督の下、テロ活動に関するものを含め、国外において国家安全保障の観点から必要となるあらゆる情報の収集を行っている。
 このほか、軍には「陸軍特殊任務部隊(SAS)」等の特殊部隊が設置されており、ハイジャックや人質立てこもり事件等の発生時においては、テロ制圧等の対応に当たる場合がある。
 また、「暫定アイルランド共和軍(PIRA)」の一方的停戦破棄後、再び激化するテロ情勢にかんがみ、1996年(平成8年)、「テロ防止法」の改正が行われた。これにより、一定以上の階級にある警察官に対して、48時間以内に内務大臣の同意を得ることを条件に、地域と時間を限定した上で、歩行者を制止し、所持品検査を行うことを認める権限が与えられたほか、警察官がテロ行為を防止するために適切であると思料する場所で、駐車禁止や車両撤去の措置を採ることが認められるなど、警察官の権限が強化された。
(3) フランス
 フランスでは、内務省国家警察総局(DGPN)の国土監視局(DST)にテロ対策課が置かれ、国際テロに関する情報収集及び事件捜査に当たっているほか、国内テロについては、同総局の総合情報部(RG)が情報収集に、同総局の司法警察局(PJ)が捜査に当たっている。また、国防省に所属する国家憲兵隊(ジャンダルムリ)(注)も国家警察と並ぶ一般警察としてテロ事件に対し捜査権限を有している。
 このほか、国防省対外治安総局(DGSE)において、国外におけるテロ関連情報の収集と在外フランス政府関連機関に対する工作活動の防止に当たっている。
 これら各部門を調整する機関として、内務大臣が主宰するテロ対策省庁間会議(CILAT)が設置され、随時開催されている。内務省国家警察総局長直属のテロ対策調整室(UCLAT)が同会議の事務局を務めている。
 一方、テロ対策を担う特殊部隊として、国防省の国家憲兵隊に「憲兵隊治安介入部隊(GIGN)」、内務省国家警察総局に「国家警察特別介入部隊(RAID)」が置かれている。GIGNは、人質救出部隊としての任務のほか、原子力施設等の重要施設の警備等も行っており、これまで、1976年(昭和51年)の「ジブティ共和国バス乗っ取り事件」、1994年(平成6年)の「エールフランス機ハイジャック事件」等に出動した。RAIDは、実働部隊としての任務を有するほか、テロリスト、凶悪犯人等の尾行、視察、要人に対する警護活動等を行っている。
 テロ対策法制については、1996年(平成8年)、イスラム原理主義過激派による一連のテロ事件を受け、刑法及び刑事訴訟法の改正を行い、テロ行為として刑が加重される犯罪の範囲を拡大するとともに、テロ事件の捜査について夜間の捜索・差押えを可能とした。 (注) フランスの国家憲兵隊(ジャンダルムリ)は、軍の警察という憲兵本来の任務に加えて、国家警察とともに、一般の司法、行政警察事務にも携わっている。
(4) ドイツ
 ドイツでは、連邦内務省警察局及び同省公安局にそれぞれテロ対策担当課が設置されており、前者は警察のテロ対策一般、後者は情報分野におけるテロ対策について、それぞれ企画、立案を行っている。同省の監督の下、連邦刑事庁(BKA)に置かれた国家保安局は、テロ犯罪の捜査に当たっており、また、連邦憲法擁護庁(BfV)の担当部局が、国内におけるテロ関係情報の収集に当たっている。このほか、首相府直轄の連邦情報庁(BND)においても、国外におけるテロ関係の情報収集を行っている。
 一方、ハイジャック等の特殊テロ事件において犯人の逮捕、制圧を行うため、連邦内務省の国境警備隊(BGS)西部方面本部に「第9国境警備隊(GSG9)」が置かれており、同隊は、1977年(昭和52年)の「ルフトハンザ航空機ハイジャック事件」等に出動した。また、ドイツ国防軍陸軍に特殊任務部隊が置かれており、国外の紛争地域等における自国民救出活動のほか、大規模テロ事案の鎮圧に当たることとされている。
 州レべルでも同様の体制が整えられており、州内務省の監督の下、州刑事庁と州憲法擁護庁がテロ対策に当たっているほか、州警察内に「特殊部隊(SEK)」が置かれている。
 また、連邦と州とのテロ対策を調整するため、連邦(連邦刑事庁、連邦憲法擁護庁)、州(州刑事庁、州憲法擁護庁)及び連邦検察庁の代表者から成るテロ対策調整グループが設けられている。
 テロ対策法制については、1970年(昭和45年)ころから「西独赤軍派(RAF)」によるテロ事件が頻発したことを受けて、1974年(昭和49年)から1978年(昭和53年)にかけて、刑法、刑事訴訟法等の改正が相次いで行われた。その後も、1994年(平成6年)に、右翼犯罪対策のための民衆扇動罪等が規定された「刑法、刑事訴訟法その他の法律改正のための法律」が制定されるなど、順次法制が整備されている。
(5) イタリア
 イタリアでは、内務省国家警察総局公安局(DCPP)にテロ対策部が、国家警察の地方機関である各県警察本部に公安部(DIGOS)が置かれており、情報収集、事件捜査等テロ対策全般に当たっているほか、軍警察(カラビニエーリ)(注)に置かれた「特殊作戦部隊(ROS)」においても、テロ事件捜査等を行っている。これらの機関の調整は、捜査活動に関しては検察庁が、予防活動に関しては内務大臣及び各県警察本部長が、それぞれ行っている。
 また、テロに関する情報収集は、国内では内務省情報局(SISDE)テロ対策部が、国外では国防省情報局(SISMI)テロ対策部が、それぞれ当たっており、首相府情報局(CESIS)が調整を行っている。
 一方、テロ対策を担う特殊部隊として、内務省国家警察総局公安局に「治安作戦中央部隊(NOCS)」が、軍警察に「特殊介入部隊(GIS)」がそれぞれ置かれている。NOCSは、その前身が1975年(昭和50年)に設置されていたが、1978年(昭和53年)のテロ組織「赤い旅団(BR)」による「モーロ元首相誘拐殺人事件」を契機に、内務省公安局長直轄の特殊部隊として再編強化され、人質救出やテロリスト検挙に大きな成果を挙げている。同部隊は、外国政府の要請に基づいて、国外での要人警護活動、テロ等重要犯罪人の移送等にも従事している。
 テロ対策法制については、1975年(昭和50年)に、警察官の武器使用権限の拡大等を内容とする「公共秩序維持法」、1978年(昭和53年)に、テロ事件容疑者に対する取調べ権限の強化、電話傍受要件の緩和等を内容とする「重大犯罪防止法」、1980年(昭和55年)に、テロ犯罪に対する刑罰の加重、協力者に対する刑の減軽等を内容とする「治安維持緊急措置法」がそれぞれ制定されている。また、「重大犯罪防止法」においては、建物の所有権の譲渡、賃借等による新規使用について、使用に同意した者等に対し、新規使用者の概要や契約の内容等の警察への届出を義務付けており、宿泊提供者の宿泊者の身元に関する通報義務を定めた1926年(昭和元年)の「公安統一法典」の規定とともに、テロ対策に大きく寄与している。こうしたテロ対策を推進し、強力な取締りを実施した結果、イタリアにおけるテロ事件は激減した。
(注) イタリアの軍警察(カラビニエーリ)は、軍の警察という本来の任務に加え、国家警察とともに、一般警察活動にも従事している。

2 テロに対する国際的取組み

(1) 国家間協力の推進
 厳しさを増す国際テロ情勢を背景として、テロ対策については、自国のみでは限界があるとの観点から、近年、サミットや国際連合等の場において活発な討議がなされ、国家間の協力が積極的に進められている。
 1978年(昭和53年)に開催されたボン・サミットにおいては、日本赤軍によって引き起こされた「ダッカ事件」(1977年)等、世界各地におけるテロの脅威の高まりを背景に、我が国の提言によって、サミット史上初めてのテロ関連の声明である「航空機のハイジャックに関する声明」が採択された。それ以後、サミットではほぼ毎回、テロ問題が重要議題の一つとして取り上げられ、声明等が発表されている(表1-7)。
 また、国連においても、世界各地でテロ事件が頻発していることを受けて、1972年(昭和

表1-7 サミットで発表された国際テロに関する声明等


47年)の第27回総会において「国際テロリズム防止措置及びその根源の検討」が議題として採択された。以後、テロ問題に関しては、主に国連総会第6委員会において討議されており、1994年(平成6年)の第49回総会では、「国際テロリズム廃絶措置宣言」が採択された。現在、同委員会においては、爆弾等によって引き起こされたテロ行為を、条約上の犯罪とし、裁判権の設定等について規定した「爆弾テロ条約」の策定作業が行われている。
 このように、国際テロ対策の分野では、「テロ行為はその形態がいかなるものであれ、またいかなる理由によっても正当化されず、断固非難されるべきもの」(「G7/P8テロ対策閣僚級会合(パリ)」における25項目の実践的措置の前文)との国際的コンセンサスを基調とし、開発途上国をも含めた各国の地球規模での協力の下、幅広くかつ具体的な諸対策が講じられつつある。
(2) サミット・テロ対策閣僚級会合(オタワ)
 1995年(平成7年)12月、同年のハリファクス・サミットでの決定を受け、カナダの首都オタワにおいて、サミット参加国等の治安担当相、外相らが出席して「サミット・テロ対策閣僚級会合(オタワ)」が開催された。同会合では、テロ対策は、地球規模で取り組むべき緊急課題であるとの認識に立ち、サミット参加国がリーダーシップを発揮する必要があるとして、「テロ対策に関するオタワ閣僚宣言」が採択された。同宣言は、「あらゆる形態のテロと闘うため国際社会と共に行動することを一致して決意する」として、「国際的及び国内的な法的枠組み」、「テロ行為を防止するための専門的技術と情報の交換」、「大量破壊兵器に関連する新たな脅威」等13項目から成っている。また、「すべての国に対し、既存のテロ関連条約を2000年までに締結すべく努力するよう求める」、「法的相互援助と犯人引渡しを促進する」などの10項目の行動指針を含んでいる。
 また、同会合では、サリンが実際に用いられた「地下鉄サリン事件」に関心が集まり、我が国の国家公安委員会委員長がオウム真理教関連事件に関する捜査状況等を説明し、「閣僚宣言」の中にも、生物・化学テロに対する我が国の提言が盛り込まれた。
 なお、この提言に基づき、1996年(平成8年)、生物・化学テロ対策に関する専門家会合がパリで開催された。
(3) 平和創設者サミット
 1996年(平成8年)3月、イスラム原理主義過激派「ハマス」による連続自爆テロ事件が発生し、中東情勢の緊張が高まったことを受けて、ムバラク・エジプト大統領とクリントン米国大統領の呼び掛けにより、中東各国、サミット参加国等29箇国と国際機関が参加して、「平和創設者サミット(Sharm-el-Sheikh Summit)」が開催され、我が国からは外務大臣が出席した。同サミットでは、中東和平の一層の推進に向けて、各国が一層協力することに加え、テロ活動の阻止と支援の根絶のために努力していく各国の決意が議長声明として発表された。我が国も、テロに対して断固として対応すべきこと、和平プロセスの後退があってはならないこと、和平プロセスの継続のためには経済社会的環境の改善が重要であることなどを強調し、中東和平に対する追加支援を表明するなど積極的な役割を果たした。また、同月、同会議のフォローアップ会合として、ワシントンにおいて、専門家会合が開かれ、我が国は、パレスチナ警察に対する積極的な支援等を提言した。
(4) G7/P8テロ対策閣僚級会合(パリ)
 1996年(平成8年)6月、リヨン・サミットが開催されたが、同サミットでは、開催直前、サウディ・アラビアにおいて、湾岸諸国への米軍駐留に反発するイスラム原理主義過激派の犯行とも取りざたされている「ダーラン米軍関係施設爆破事件」が発生したことを受け、米国をはじめとするサミット参加国の強い意向を反映し、「今日のすべての社会及び国家にとってテロが重大な挑戦であるとの信念を一層強めた。我々は、改めて、その犯人又は動機

表1-8 テロ関連条約等



を問わずあらゆる形態及び主張のテロを無条件に非難する」ことを内容とする「テロリズムに関する宣言」が採択された。
 この宣言に基づき、7月、パリにおいて「G7/P8テロ対策閣僚級会合(パリ)」が開催され、各国から治安担当相、外相等が出席し、我が国からは、国家公安委員会委員長及び外務大臣が出席した。同会合では、テロ対策としての国境管理、文書偽造防止等を内容とする「テロ防止のための国内的措置の採用」及びテロ関連条約の締結の促進、テロリストの資金調達の防止等を内容とする「テロと闘うための国際協力の強化」を柱とする25項目の実践的措置が採択された。
 なお、テロ関連条約等については、表1-8のとおりである。
(5) デンヴァー・サミット
 1997年(平成9年)6月20日から22日までの間、アメリカ合衆国コロラド州において、G7にロシアを加えた8箇国によるデンヴァー・サミットが開催され、主要議題の一つとしてテロ対策が取り上げられた。同会議の席上、内閣総理大臣は、「在ぺルー日本国大使公邸占拠事件」の経験を踏まえ、今後とも、「テロに屈しないとの信念の下に国際社会とともにテロと闘っていく決意」を改めて表明し、また、サミット参加国間の協力強化の必要性、テロ対策における地域協力の重要性を訴え、我が国と東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国とのテロ対策会議を年内に開催する予定であることを明らかにした。また、人質事件に重点を置いたテロ対策を主要議題とするテロ対策専門家会合を開催すべきとの提案を行い、各国の賛同が得られた。
 22日には、8箇国の共同による「コミュニケ」が採択され、その中で、「あらゆる形態のテロ行為と闘う決意」が再確認されるとともに、「2000年までにすべての国がテロ対策国際条約の締約国となるよう求める」ことが表明された。「コミュニケ」では、我が国の提案を踏まえ、「人質交渉専門家及びテロ対応部隊の能力を強化すること」が明記されたほか、「テロ活動における大量破壊物質使用やコンピュータ・システムへのテロ攻撃の抑止に向けた対策」等が、各国が採るべき措置として盛り込まれた。

3 我が国のテロ対策の現状

 警察では、現在及び将来の治安という観点から、現下の最大の課題として組織犯罪対策に取り組んでおり、その中核であるテロ対策については、下記の諸対策を強力に推進しているところである。
(1) テロリストの検挙及びテロ行為の未然防止に向けた取組み
 警察は、各種テロ対策の徹底を図るため、従来から、職員を海外に派遣し、各国治安機関との情報交換や情報収集活動等を積極的に行うなどして、日本赤軍等の国際テロ組織の動向把握に努めている。
 各国でテロ事件を引き起こした日本人テロリスト等に対しては、ICPOを通じて加盟各国に対する国際手配を行っているほか、国際テロリストの動向その他テロ関連情報を加盟国間で交換するなど、情報の共有化に努めている。
 また、国際テロリストの我が国への潜入防止対策のほか、武器、化学物質等テロの手段となり得るものの不正な輸入を防止するため、海空港において、関係機関との協力の下、水際対策等を積極的に推進している。
 こうした中、1995年(平成7年)3月のルーマニアにおける日本赤軍メンバー浴田由紀子の発見、逮捕に続き、1996年(平成8年)6月のぺルーにおける日本赤軍メンバーCの発見、逮捕、1996年(平成8年)9月のネパールにおける日本赤軍メンバー城崎勉の発見、逮捕、また、1996年(平成8年)3月のカンボディアにおける「よど号」犯人グループの一員である田中義三の発見、逮捕等、世界各地において、国際手配しているテロリストの発見、逮捕が相次いだ。さらに、1997年(平成9年)2月中旬、レバノン国内において潜伏中の日本赤軍メンバー5人が発見され、レバノン当局に身柄を拘束された。
 これらは、我が国が国内外の関係機関との連携の下に講じている諸対策が功を奏したことに加え、国際的な規模でテロ対策が進む中、かつてのテロ支援国家の方針転換や各国の積極的なテロ対策等により、国際テロリストの活動領域が狭められ、追い詰められていることを示すものといえよう。
(2) 特殊部隊(SAT)の設置
 警察では、1977年(昭和52年)9月28日に発生した日本赤軍による「ダッカ事件」を契機として、警視庁、大阪府警察に特殊部隊を設置した。昭和54年1月26日に発生した「三菱銀行北畠支店における人質立てこもり事件」においては、大阪府警察の特殊部隊が、平成7年6月21日に発生した「全日空機ハイジャック事件」においては、北海道警察とともに、現地に派遣された警視庁の特殊部隊がそれぞれ事件解決に貢献した。
 こうした中で、近年の深刻さを増すテロ情勢、銃器情勢等に的確に対応するため、8年4

月1日、警視庁、大阪府警察に加えて5道県警察に特殊部隊(SAT)を設置した。
 特殊部隊(SAT)は、ハイジャック事件や人質立てこもり事件等の突発重大事案に的確に対処するため、被害関係者の安全を確保しつつ、被疑者を検挙することを主たる任務とした高練度の専門部隊であり、全国で計約200人の部隊員から成っている。
(3) テロ対策に関する国際支援
 警察庁では、我が国の政府開発援助(ODA)事業の一環として、平成5年以降、開発途上国を中心とした各国のテロ対策実務担当者を招致して、「国際テロセミナー」を開催している。同セミナーでは、我が国において講じているテロ対策、テロ対策装備資機材の活用状況等を紹介するとともに、国際テロ対策についての研究、討議等を通じて、情報、資料の整理、分析、偽造旅券の識別方法等のノウハウの技術移転を積極的に行っている。
 また、テロ事件の捜査技術に関するノウハウの提供を積極的に行うため、7年度以降、各国捜査機関に呼び掛けて、国際協力事業団(JICA)の事業の一環として「国際テロ事件捜査セミナー」を開催している。
 さらに、「G7/P8テロ対策閣僚級会合(パリ)」において、我が国が「テロ対策の観点からは開発途上国を加えた各国の協力が極めて重要」との認識を示したことを受け、1996年(平成8年)12月、警察庁は、外務省とともに、東京において「アジア・太平洋地域テロ対策国際協力セミナー」を開催し、この地域での協力関係の推進を図っている。
(4) 海外における安全対策
 近年、我が国企業の海外拠点や駐在員等がテロ事件等の被害を受けており、海外安全対策に対する関係機関への期待が高まっている。こうした情勢の中、(財)公共政策調査会等は、1993年(平成5年)以降、関係機関の協力を得て、バンコク(1993年)、マニラ(1994年)、香港(1995年)において、海外安全対策会議を開催している。1996年(平成8年)7月には、在インドネシア安全対策連絡協議会、在マレイシア安全対策連絡協議会等とともに、インドネシア及びマレイシアに拠点を持つ我が国の企業を対象にした「第4回海外安全対策会議」(「ジャカルタセミナー」及び「クアラルンプールセミナー」)を開催し、警察庁も、在インドネシア日本国大使館及び在マレイシア日本国大使館等とともに、講師を派遣するなどの協力を行った。

 同会議には、現地の日本企業関係者を中心に、それぞれ百数十人が参加したが、両セミナーとも各企業の社長又は支店長級の幹部が出席者の過半数を占めるなど、安全対策への関心の高さがうかがわれた。
 警察庁からは、国際テロ対策担当官が「国際テロ情勢について」をテーマに、世界のテロ情勢、アジアにおけるイスラム原理主義過激派、日本赤軍の動向のほか、テロ防止策等について講演を行った。
 同会議では、各国のテロ情勢、緊急時の連絡体制等について、活発な質疑応答が行われるなど、日本企業の海外展開が広がりをみせる中、在外邦人を対象とした海外安全対策の必要性が改めて確認された。
(5) 国際会議等への積極的な参加
 国際テロ対策に関しては、先に述べたとおり、国連やサミット等において、従来検討されてきた国際協力の内容から大きく踏み込み、具体的かつ幅広い諸対策が検討されるに至っている。また、国際協力の主体についても、サミット参加国のほか、開発途上国をも含んだ、地球規模での協力が進められている。我が国警察も、政府の一員として、国際協力の促進に積極的かつ強力に取り組んでいる。
 1996年(平成8年)には、我が国の提言に基づき、生物・化学テロ対策に関する専門家会合がパリにおいて開催された。同会合では、我が国からオウム真理教関連事件の捜査状況等につき発表が行われ、参加各国からもこれに対する意見、質問が相次ぎ、生物・化学テロに対する高い関心がうかがわれた。
 また、7月30日、パリで開催された「G7/P8テロ対策閣僚級会合(パリ)」において、国家公安委員会委員長は、各国が「地下鉄サリン事件」に高い関心を寄せていることにかんがみ、オウム真理教関連事件の捜査状況等を説明するとともに、我が国警察の対策として、科学捜査力の強化やテロ活動に関する情報収集の強化等について報告した。また、日本赤軍メンバ-の検挙の際の各国との連携に言及した上で、テロ行為に対する対決意識の共有及びテロ対策における各国間の情報交換の重要性を指摘し、我が国警察も今後二国間及び多国間の情報交換を推進していく旨の発言を行った。
 テロ関連条約のうち、「可塑性爆薬の探知のための識別措置に関する条約」については、1997年(平成9年)6月、国会において、その締結について承認され、現在、国内関連法令の整備作業が行われている。また、「G7/P8テロ対策閣僚級会合(パリ)」で採択された25項目の実践的措置に盛り込まれた海上交通保安等の具体的措置については、実質的な協議の場として、各分野の専門家によるフォローアップのための会議が逐次開催されているが、そのいずれにも我が国警察は積極的に参加している。
(6) 法令の整備
ア サリン等による人身被害の防止に関する法律
 オウム真理教による一連の事件を契機に、平成7年4月、サリン等(サリン及びサリン以上の又はサリンに準ずる強い毒性を有する物質)による人の生命及び身体の被害の防止並びに公共の安全の確保を図ることを目的として、その製造、所持等を禁止するとともに、これを発散させる行為についての罰則及びその発散による被害が発生した場合の措置等を定めたサリン等による人身被害の防止に関する法律が制定され、施行された。
イ 警察法の一部改正
 大規模かつ複雑な組織犯罪を処理するための警察の態勢を整備する観点からは、全国の都道府県警察が迅速に管轄区域外に権限を及ぼし得ることとする必要がある。また、この種の事案を処理するために全国の都道府県警察が全体としてどのような態勢をとるべきかを判断することは、個々の都道府県警察では困難であり、国が一定のイニシアティブをとる必要がある。
 そこで、8年6月、警察法の一部が改正され、都道府県警察は、広域組織犯罪等を処理するため、その固有の判断と責任の下に管轄区域外においてその権限を行使することができるようになり、また、警察庁長官が都道府県警察の役割分担等について指示を行うことにより、広域組織犯罪等(注)に対処するための警察の態勢を迅速かつ的確に整備することが可能となっている。
(注) 広域組織犯罪等とは、全国の広範な区域において個人の生命・身体及び財産並びに公共の安全と秩序を害し、又は害するおそれのある広域組織犯罪その他の事案をいう。

4 我が国の今後のテロ対策

 「在ぺルー日本国大使公邸占拠事件」の発生は、我が国の権益や在外邦人がテロの標的とされているという厳しい現実を我々に突き付けるとともに、同種の事態が発生した場合の対応について多くの教訓を残した。各国で事件を引き起こしている国際テロ組織の脅威が我が国にも波及しており、新たな形態のテロの発生等と相まって、我が国を取り巻くテロ情勢は極めて深刻な局面を迎えているといえる。
 また、1997年(平成9年)6月に開催されたデンヴァー・サミットにおいても、各国が採るべき措置として「人質交渉専門家及びテロ対応部隊の能力の強化、大量破壊物質の使用やコンピュータ・システムへのテロ攻撃の抑止に向けた対策」等が求められている。
 こうした現状にかんがみ、警察では、今後、以下のような、各種テロ対策を推進することとしている。
(1) 情報収集、分析の強化
 警察では、これまでも国内外の国際テロリスト等に関する情報の収集活動を推進しているところであるが、将来テロ行為を行うおそれのある集団の早期発見・把握に一層努めるとともに、より専門的、総合的な情報収集、分析を推進していくこととしている。
 また、在外公館については、その情報収集体制、警備体制の強化が迫られているところ、警察においても、警備官の派遣等を通じ、現地治安機関との連携の強化、体制の充実等により、在外公館の情報収集体制、警備体制の確立に寄与することが求められている。
(2) 特殊部隊(SAT)の充実強化
 「在ぺルー日本国大使公邸占拠事件」の教訓を踏まえ、同種事案が発生した場合にも対処できるよう、特殊部隊(SAT)の体制を充実強化することが焦眉(び)の急となっている。
 特に、テロリストが強力な武器等を備えていることをも想定しつつ、政府関係施設その他の建造物や航空機、車両の占拠等様々な状況に対応し、部隊が的確な状況把握に基づき人質救出のための有効な作戦行動をとることができるよう、実戦的な訓練の徹底等により事案対処能力の向上を図ることや、全国7箇所に設置されている特殊部隊(SAT)の有事即応体制の強化等が緊急の課題となっている。
(3) テロ防止・捜査体制の強化
 国外におけるテロ等突発事態に備え、事態発生時に、テロ対策の専門家から成るチームをより迅速に派遣し、現地における我が国対策本部の中核として、現地治安当局との連携、迅速かつ的確な情報収集、各国捜査機関への捜査支援活動等に当たることが求められている。また、このチームについては、平素から、関係各機関と情報交換等を行いつつ国際テロ事件の捜査手法や人質事件における交渉方法及び防止方策に関する調査、研究を行い、事案発生に備える必要がある。
 また、近年、NBCテロ、サイバーテロ等の新しい形態のテロ事件発生の危険性が高まっていることから、この種テロ事件の防止、捜査体制について早急に検討する必要がある。
 さらに、我が国周辺において、緊急事態発生の際のテロ防止等の観点から、関係機関と連携しつつ、沿岸監視体制の見直しを図ることも急務となっている。
(4) 国際協力の促進に向けた取組み
 テロ対策においては、国際会議の開催や関係機関の連携を通じた国際協力が極めて重要であり、警察は、我が国政府の一員として、その促進に向け、取組みを一層強化することとしている。デンヴァー・サミットにおいても、我が国が、人質事件に重点を置いたテロ対策を主要議題とするテロ対策専門家会合について提案し、1997年(平成9年)秋にもその開催が予定されているところであるが、こうした国際会議に、今後とも積極的に参加することとしている。
 また、特に、アジア・太平洋地域を中心とした諸外国関係機関との一層の連携強化を図るため、アメリ力合衆国、韓国等の担当者との情報交換、ASEANとの協力体制の強化等に努めるほか、「在ぺルー日本国大使公邸占拠事件」で注目された中南米諸国や国際テロ組織と長年にわたって闘ってきた経験を有する西欧諸国、日本赤軍が拠点として活動してきた中東諸国等とも、情報交換や過去の経験の共有を通じて、一層緊密な協力関係を構築していくこととしている。
(5) テロ対策のための法制度の研究
 テロ組織等による組織犯罪への対策としては、その資金面に対する規制が効果的であり、1996年(平成8年)7月の「G7/P8テロ対策閣僚級会合(パリ)」で採択された25項目の実践的措置の中でも、各国に対し、テロリスト及びテロ組織への資金提供を阻止するための措置、テロ活動に関する国際的な資金移動についての情報交換の強化や規制措置の採用の検討が求められている。こうした点を踏まえ、警察では、組織犯罪対策の一環として、不正に得られた収益のはく奪に関する法制度及び収益のはく奪を逃れようとする行為の規制を効果的に行うための法制度その他のテロ対策法制について、諸外国の制度等も勘案しつつ、更に調査研究を進めることとしている。


 テロ活動は、すべての国家と社会に対する重大な挑戦であり、全力を傾注してその未然防止に努めるとともに、テロ事件の発生に際して対応し得る万全の体制を整えることは、国民の安全確保及び国家の危機管理の観点からも、国際社会のテロ対策の一翼を担うという観点からも、国家として果たすべき義務といえる。
 警察においては、これまで述べてきたような現下の緊迫した諸情勢を踏まえ、国際社会の動きとも歩調を合わせつつ、国内外における各種テロ対策を一層強力に推進することとしている。


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