はじめに

 昨年12月に総理府が実施した「社会意識に関する世論調査」によれば、日本の国や国民について誇りに思うこととして「治安の良さ」を挙げた者は33.0%で前年に比べて10ポイント近く減少し、それまでの第1位から「美しい自然」、「長い歴史と伝統」、「国民の勤勉さ、才能」に次ぐ第4位に転落した。
 オウム真理教関連事件、16年ぶりのハイジャック事件、一般人を対象とした銃器使用の凶悪事件等の重大事件や阪神・淡路大震災という大規模災害等により国民が社会全体に対して不安を感じるようになったことが、「治安の良さ」を日本の誇りと考えるものの大幅な減少につながったものと思われる。
 また、交通情勢をみると、交通事故死者数は、8年6月15日に、昭和21年に統計を取り始めてからの累計が50万人に達し、さらに、単年の死者数も8年連続して1万人を突破するなど、非常に厳しい状況にあるといえる。
 このほかにも、金融・不良債権関連事犯、来日外国人犯罪、覚せい剤事犯等の薬物事犯、国際組織犯罪等従来から存在する問題に加え、近年はネットワーク・セキュリティをめぐる問題等パソコンの普及を背景とした新しい問題を抱えるなど警察が直面する重要課題は、多岐にわたっている。
 さらに、近年、凶悪犯罪の被害者やその遺族への救済が十分でないことについて、社会的な関心が高まっており、とりわけ、性犯罪被害者等の身体犯の被害者が負う精神的な被害については、その深刻な窮状は広く認識されるところとなっている。
 このような情勢を踏まえ、警察としては、当面、次のような施策を重点的に推進することとしている。
○ オウム真理教関連事件の全容解明
 平成7年には、いわゆる地下鉄サリン事件等、一連のオウム真理教関連事件が発生し、おびただしい人身被害と著しい社会不安を生ぜしめたが、警察は、懸命の捜査により、多くの事件の被疑者を検挙し、治安に対する国民の信頼の回復に努めている。しかし、現在のところ、いまだ7人の警察庁指定特別手配被疑者が検挙に至っておらず、引き続き全国警察を挙げて徹底的に捜査を行い、事件の全容解明に努める。
○ 新しい組織犯罪等への対応
 地下鉄サリン事件、VX使用殺人事件のような高度の科学技術を悪用する新型犯罪への対応は、良好な治安を維持するための喫緊の課題である。このような犯罪に的確に対応するために、専門的知識・技能を有する捜査官の育成や高度な鑑識・鑑定技術の整備等を行うとともに、捜査部門と鑑識部門との連携を一層強めることにより、科学捜査力の充実強化を図る。
 また、数々の残虐な事件を引き起こしたオウム真理教のほか、将来テロ行為を行うなど公共の安全を害するおそれのある集団の動向の的確な把握に努め、凶悪なテロの再発防止等についての総合的な対策を推進する。国際テロ対策についても、「サミット・テロ対策閣僚級会合」を踏まえた国際協力について積極的に取り組む。
○ 銃器・薬物対策の推進
 銃器対策については、けん銃等の密輸・密売ルートの壊滅と暴力団等の組織管理に係るけん銃等の摘発を重点とし、体制の整備、捜査手法の高度化、銃器対策推進本部を中心とした政府を挙げての取組みの強化、内外の関係機関との連携の緊密化等を図りつつ、取締りを強化するとともに国民の理解と協力を得るための広報啓発活動等を積極的に実施する。
 薬物対策については、国内外の関係機関等との連携強化による密輸・密売ルートの遮断、不法収益対策の強化、末端乱用者の徹底検挙及び広報啓発活動の強化等並びに少年による薬物乱用防止の諸対策を推進する。
 また、銃器・薬物問題が、世界各国に共通する問題であることから、銃器規制や薬物対策の在り方について、国際的協議を積極的に推進する。
○ 金融・不良債権関連事犯対策の強化
 いわゆるバブル経済の崩壊後、多額の不良債権を抱えた金融機関の破綻が相次いでいる。金融機関をめぐる不正事案では、融資過程や債権回収過程において背任や競売妨害等の違法行為が行われており、金融機関の役職員、暴力団、総会屋、右翼、これら組織の周辺者等の関与する事案が多数検挙されている。
 警察では、刑罰法令に触れる行為が認められれば、貸し手、借り手を問わず厳正に対処するという基本姿勢の下、これら金融・不良債権関連事犯の捜査を徹底的に行い、不正事案の摘発に努める。
○ 来日外国人犯罪対策
 来日外国人による犯罪は年々増加の一途をたどっており、その中でも、強盗、身の代金目的誘拐等の凶悪犯や有価証券偽造、集団密航等等、来日外国人犯罪組織等による計画的かつ組織的犯行が治安上重要な問題となっている。警察では、これら来日外国人犯罪を確実に検挙できるよう捜査体制を強化する。
○ 安全で円滑なくるま社会の実現
 安全で円滑なくるま社会を実現するため、交通の実態と国民のニーズを踏まえ、総合的、計画的な駐車対策の推進、交通安全施設や交通情報収集提供施設等の整備、合理的な交通規制による快適な交通環境の確保、 体系的な交通安全教育ときめ細かな運転者行政による交通モラルの向上、社会の高齢化に備えた総合的な高齢者安全対策の推進、総合的な交通事故調査分析の整備充実、危険性、迷惑性の高い悪質な違反の重点的取締り等の諸施策を総合的に推進する。
○ 市民生活の安全と平穏の確保
 地域住民、自治体、関係団体等との連携により、地域の特性に応じた地域安全対策の推進、地域安全活動を行う住民ボランティアの支援、高齢者、障害者等の保護及び支援、交番及び駐在所の「生活安全センター」としての機能の強化等を図る。
 また、良好な社会生活環境の形成を図るため、少年の非行防止と健全育成のための活動の推進、風俗営業の健全化の推進、ピンクチラシの取締り等による環境浄化の推進、悪質な生活経済事犯等の取締り、消費者を保護するための積極的な広報啓発活動の実施等の諸対策を総合的に推進する。
○ 暴力団総合対策の推進
 暴力団が市民生活に対する重大な脅威となっている情勢に対処し、暴力団を壊滅させるため、暴力団犯罪の徹底的な取締り、暴力団対策法の効果的な運用及び暴力団排除活動の積極的な推進を3本の柱として暴力団総合対策を強力に推進する。
○ テロ、ゲリラ事件の防圧
 極左暴力集団による凶悪なテロ、ゲリラ.事件の防圧、検挙のため、国民の理解と協力の下に徹底した取締りを行う。また、右翼によるテロ等重大事件の未然防止を図るため、銃器の摘発を強化するとともに、悪質な資金源活動等に対する徹底的な取締りを推進する。
○ 有事即応態勢の確立
 大規模災害、無差別テロ等による凶悪事件、ハイジャック事件等市民生活の安全と平穏を大きく脅かす事案の発生に迅速かつ的確に対処するため、警察庁及び各都道府県警察間の連絡体制の強化、6月に発足した広域緊急援助隊及び全国7都道府県警察の機動隊に設置されている警察特殊部隊(SAT)の練度の向上に努めるなど有事に即応できる態勢の確立を図る。
○ 被害者対策の推進
 犯罪の被害者は、その直接的な被害だけでなく、その結果として生ずる精神的被害等多くの深刻な被害を受けていることが広く認識されるところとなり、被害者の視点に立った施策が求められている。警察では、被害者の救援、捜査過程における被害者の二次的被害の防止・軽減、被害者等の安全の確保、被害者対策推進体制の整備等、総合的な被害者対策を推進する。
○ 警察の情報通信システムの充実及び効果的な活用の推進
 阪神・淡路大震災、オウム真理教関連事件等における教訓をもとにして、犯罪・災害等に警察各部門が迅速かつ的確に対応することができるよう、衛星通信システム、WIDE通信システム等の充実を図るとともに、効果的な活用を推進する。
○ 警察力強化のための総合的な取組み
 週40時間勤務制の完全定着という状況の下、複雑困難化する警察事象に的確に対応するため、組織、人員の効率的運用、職員の資質の向上、業務処理方法の見直し、装備資機材の近代化等を更に積極的に推進するとともに、多様な人材の確保、女性警察職員の職域拡大等を図る。
 また、職員の高い士気を維持するとともに、今後の警察を担う優秀な人材を確保するため、勤務環境の改善職員住宅や独身寮の整備充実、給与の改善、海外研修制度の拡充等を積極的に推進する。
○ ネットワーク・セキュリティ対策の推進
 コンピュータ・ネットワークの急速な普及発達等により、社会経済活動の効率化が著しく向上する一方で、コンピュータ・ネットワークの特性を悪用したハッキング事案やわいせつ画像提供事案等の発生が問題となっている。警察では、このような状況に対処するため、捜査体制を強化するとともに、ガイドラインの提示等も含めた総合的なネットワーク・セキュリティ対策を推進する。特に、インターネットの普及等により、国境を越えた対応が必要となっていることから、外国の警察機関等との国際的な連携を図る。


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