第6節 薬物乱用の現状と対策

1 我が国の薬物乱用の現況

(1) 覚せい剤事犯
ア 急増した覚せい剤事犯
 平成7年の覚せい剤事犯の検挙件数は2万3,382件(前年比3,652件(18.5%増)、検挙人員は1万7,101人(2,446人(16.7%)増)で、前年に比べ、それぞれ急増しており、人員は、平成に入って初めて1万7,000人を超えるなど、依然として高い水準で推移している。
 また、覚せい剤の押収量は85.1キログラムであり、前年に比べ228.2キログラム(72.8%)減少したが、密輸入の現場である水際以外の各地で大量押収事例(一度に1キログラム以上を押収した事例をいう。)が相次いだ。過去10年間の覚せい剤事犯の検挙状況は、図2-18のとおりである。
〔事例1〕 3月、情報に基づき、コインロッカーに紙袋を入れようとした中国人から覚せい剤約5キログラムを発見、押収するとともに、同人を検挙(警視庁)
〔事例2〕 8月、情報に基づき捜査を進めた結果、捜索した暴力団事務所等から覚せい剤約2.5キログラムを発見、押収するとともに、組長以下6人を検挙(佐賀、福岡)
イ 不正取引に深くかかわる暴力団
 7年に覚せい剤事犯で検挙された暴力団勢力は7,377人で、覚せい剤事犯の総検挙人員の43.1%(前年比0.1ポイント減)を占めており、7年中の覚せい剤の大量押収事例13件、48.9キログラム(総押収量の60.4

図2-18 覚せい剤事犯の検挙状況(昭和61~平成7年)

%)のうち、暴力団の関与したものは6件、29.1キログラムで、依然として暴力団が覚せい剤の不正取引に深く関与していることがうかがわれる。また、暴力団による密売手口をみると、転送電話や携帯電話を悪用して、薬物を求める乱用者と顔を会わせることなく行うなど、巧妙化が顕著である。過去10年間の暴力団による覚せい剤事犯の検挙状況は、図2-19のとおりである。
〔事例1〕 2月、情報に基づき、税関の協力を得て、輸入貨物の「タルカムパウダー」内に隠匿した覚せい剤13.1キログラムを発見、押収し、密輸入した暴力団幹部等4人を検挙するとともに、組長1人を指名手配(神奈川・京都)
ウ 来日外国人による覚せい剤事犯の増加

図2-19 暴力団による覚せい剤事犯の検挙状況(昭和61~平成7年)

 7年に覚せい剤事犯で検挙された来日外国人は、485人で、前年に比べ147人(43.5%)増加した。
 国籍別検挙状況は、フィリピンが285人(58.8%)で最も多く、次いでイラン120人(24.7%)、韓国25人(5.2%)、アメリカ合衆国8人(1.6%)等の順となっている。特に、フィリピン人及びイラン人の増加が顕著であり、前年に比べ110人(62.9%)、35人(41.2%)それぞれ増加した。
〔事例〕 2月、密売の情報から、その拠点を突き止め捜索した結果、覚せい剤約1キログラムのほか、多量のコカイン、大麻樹脂、乾燥大麻を発見、押収するとともに、イラン人女性を検挙(富山)
エ 少年への乱用の浸透
 7年に覚せい剤事犯で検挙された少年の人員は、1,079人(前年比252人(30.5%)増)で、少年への乱用の浸透がうかがわれる。特に18歳未満の検挙人員は312人(前年比75人(31.6%)増)である。さらに中・高校生による乱用の急増が非常に顕著であり、中学生の検挙者は19人(前年比6人(46.2%増))、高校生の検挙者は92人(前年比51人(124.4%増))にも上り、極めて憂慮すべき状況にある。
〔事例〕 11月、情報に基づき、覚せい剤をジュースに混ぜて飲んでいた17歳の高校生等3人を検挙した。男子高校生は、「試験勉強の際、覚せい剤を飲んだら眠気が取れて集中力が出た」などと供述(神奈川)
(2) 大麻事犯
 平成7年の大麻事犯の検挙件数は2247件(前年比331件(12.8%)減)、検挙人員は1,481人(前年比522人(26.1%)減)である。また、7年の大麻の押収量は、乾燥大麻が204.8キログラム(前年比111.0キログラム(118.3%)増)、大麻樹脂が125.0キログラム(29.7キログラム(31.1%)増)で、それぞれ大幅に増加した。過去10年間の大麻事犯の検挙状況は、図2-20のとおりである。
ア 増加を続ける大麻樹脂の押収
 大麻樹脂は、薬理成分が乾燥大麻に比べて5から10倍に濃縮されているものであるが、その押収量は、史上最高であった前年を更に上回り、初めて100キログラムの大台を超えるなど、増加が非常に顕著であり、憂慮される状況にある。
〔事例〕 4月、新潟県内の自己居住アパート内において、ステレオアンプ等電気器具類内に大麻樹脂を隠匿したイギリス人会社員を検挙、大麻樹脂4.9キログラムを押収。その後の捜査から当該大麻樹脂はタイから密輸入されたものと判明(新潟)
イ 青少年への乱用の浸透
 7年に大麻事犯で検挙された30歳未満の青少年の検挙人員は1,011人

図2-20 大麻事犯の検挙状況(昭和61~平成7年)

で、全検挙人員の68.3%を占めており、依然として大麻事犯の青少年層への深い浸透がうかがわれる。
〔事例〕 2月、サーファーによるマリファナパーティー事犯の情報を入手し、一斉捜索を実施した結果、乾燥大麻約230グラムを発見、押収するとともに、サーファー(27)等大麻密売者、乱用者合計8人を検挙(宮城)
ウ 来日外国人による密輸入事犯の多発
 7年に大麻事犯で検挙された来日外国人は、178人(前年比80人(31.0%)減)で、国籍別検挙状況は、イランが69人(38.8%)で最も多く、次いでアメリカ合衆国12人(6.7%)、フィリピン9人(5.1%)、タイ8人(4.5%)等の順となっており、前年同様イラン人による大麻事犯が顕著である。
 また、大麻樹脂の大量押収事例24件すべてが来日外国人によるもので、押収量は90.6キログラムに上り、大麻樹脂押収量全体の76.6%を占めている。
〔事例〕 5月、シンガポールからスーツケースの二重底に大麻樹脂を隠匿し、密輸入したドイツ人及びシンガポール人両名を検挙、大麻樹脂合計10.3キログラムを押収(千葉)
エ 密輸入の状況
 7年の密輸入に係る大麻の大量押収事例は28件(前年比4件(16.7%)増)であり、仕出地別では、インド及び東南アジアからの密輸入が大半を占めている。
 また、嚥(えん)下したり、身体に巻きつけて隠匿するなど、密輸手段もますます巧妙化している。
〔事例1〕 5月、税関の協力を得て、港に接岸したフィリピン国籍の貨物船から、深夜ひそかに陸揚げされた大量の乾燥大麻を荷受けした暴力団員等3人及び同貨物船のフィリピン人船員2人を検挙す

るとともに、レンガ状に圧縮された乾燥大麻約34キログラムを押収(神奈川)

(3) 麻薬等事犯
 平成7年の麻薬等事犯(麻薬及び向精神薬取締法違反及びあへん法違反をいう。)の検挙件数は739件(前年比12件(1.6%)減)、検挙人員は444人(前年比73人(14.1%)減)である。過去10年間の麻薬等事犯の検挙状況及び最近5年間の麻薬等の種類別押収状況は、それぞれ図2-21、表2-42のとおりである。

図2-21 麻薬等事犯の検挙状況(昭和61~平成7年)

ア コカイン事犯
 7年のコカイン事犯の検挙件数は202件(前年比13件(6.0%)減)、検挙人員は111人(19人(14.6%)減)で、押収量は36.0キログラム(前

表2-42 麻薬等の種類別押収状況(平成3~7年)

年比16.0キログラム(80.0%)増)であり、件数、人員ともに減少したが、押収量が大幅に増加した。また、検挙人員のうち、来日外国人は40人(前年比27人(40.3%)減)で、4年まではみられなかったイランが17人(42.5%)で最も多く、次いでコロンビア12人、ペルー4人等の順である。
 我が国に密輸入されるコカインの仕出し地は、そのほとんどが中南米であり、南米のコカイン・カルテルの活発な活動がうかがわれる。
〔事例1〕 4月、航空会社からの「ペルーから搭乗したコロンビア人女性がアメリカ上空で急死した」旨の情報に基づき、嚥下及びスーツケース二重底に隠匿されたコカイン約10キログラムを発見、押収した。同女の同行者であるコロンビア人等3人を検挙するとともに、さらに、関連ホテルにおいて、不審なコロンビア人2人から、嚥下したコカイン約2キログラムを発見、押収するとともに、両名を検挙(千葉)
イ ヘロイン事犯
 7年のヘロイン事犯の検挙件数は116件(前年比1件(0.9%)減)、検挙人員は71人(1人(1.4%)減)で、押収量は7.6キログラム(前年比2.6キログラム(25.5%)減)である。また、来日外国人の検挙人員は51人(前年比9人(21.4%)増)で、総検挙人員の72.7%と、その大半を占めている。
〔事例〕 6月、情報に基づきベトナム人19人及びイラン人1人をへロイン所持で検挙し、ヘロイン約25グラムのほか、コカイン、大麻樹脂、乾燥大麻を押収(神奈川)
ウ 向精神薬事犯
 7年の向精神薬事犯の検挙件数は95件(前年比21件(18.1%)減)、検挙人員は63人(14人(18.2%)減)で、押収量は鎮静剤59,339錠(78,477錠(56.9%)減)であり、タイからの大量密輸入事犯が多発している。また、向精神薬入手のための病院荒らしや処方せん偽造といった特異な手口の事犯が相次いで発生した。
〔事例〕 4月、以前勤務していた病院内でハルシオン等向精神薬等575錠を窃取した上、友人に無償で譲り渡していた元看護婦を検挙(大分)
エ あへん事犯
 7年のあへん事犯の検挙件数は218件(前年比29件(11.7%)減)、検挙人員は159人(55人(25.7%)減)で、けし(けしがら)5,452本(3,203本(37.0%)減)、生あへん32.8キログラム(2.2キログラム(7.2%)増)を押収した。
 また、来日外国人の検挙人員は52人(前年比26人(33.3%減)で、そのうちイラン人が42人で80.8%を占めている。
〔事例〕 11月、情報に基づき、スーツケースにあへんを隠匿し、マレイシアから密輸入したシンガポール人男性を検挙、あへん3.5キログラムを押収(愛知)
(4) シンナー等有機溶剤の乱用
 平成7年のシンナー等有機溶剤事犯の検挙人員は1万318人(前年比 2,629人(20.3%)減)で、このうち、乱用者(摂取又は使用目的の所持で検挙された者をいう。)の検挙人員は8,014人である。乱用の中心は少年で、5,456人と全体の68.1%を占めており、シンナー等有機溶剤の乱用から覚せい剤、大麻等他の薬物に移行するケースも多く、シンナー等有機溶剤が若者の薬物乱用への入口となっていることがうかがわれる。また、暴力団が資金源として組織的にシンナーやトルエンを密売しているなど、依然として憂慮すべき状況にある。最近5年間のシンナー等有機溶剤乱用者の検挙人員の推移は、表2-43のとおりである。

表2-43 シンナー等有機溶剤乱用者の検挙人員の推移(平成3~7年)

〔事例〕 11月、トルエンを吸入していた女子高校生等の補導を端緒に、トルエンを密売していた暴力団員等21人を検挙するとともに、トルエンの貯蔵、小分け作業用倉庫を割り出し、トルエン約464リットルを押収(埼玉)
(5) 薬物乱用に起因する事件、事故
 覚せい剤、大麻等の薬物は、幻覚、妄想等の精神障害をもたらすとともに、使用をやめた後も、少量の再使用や疲労をきっかけに乱用時と同様の精神障害を突然起こすことがあり(フラッシュバック現象)、悲惨な事件、事故を引き起こすことが少なくない。
 平成7年の薬物の乱用に起因する事件、事故の認知状況は表2-44のとおりである。
〔事例〕 6月、ガソリンスタンドで代金を支払わずに逃走、交差点において追跡中のパトカーに時速約100キロメートルのスピードで衝突した22歳の無職の男性を検挙。これにより、パトカー乗務の警察官2人が殉職した。同人の尿からは覚せい剤が検出されたほか、ズボンポケット内に覚せい剤を所持していた(茨城)

表2-44 薬物に係る事件、事故の認知状況(平成7年)

2 世界の薬物情勢

 コカイン、ヘロイン、大麻、覚せい剤等の薬物の乱用は多くの国々で拡大しており、薬物問題は、世界のほとんどの国や地域で悪化の一途をたどっている。世界の主な薬物別の情勢は、次のとおりである。
(1) コカイン
 世界最大のコカイン製造国であるコロンビアには巨大な薬物密売組織(いわゆるコカイン・カルテル)があり、新たな市場を求めて我が国を含めた世界各国に進出を図っている。コカインが乱用されている主な地域は、北米とヨーロッパであるが、特にアメリカ合衆国は最大の乱用国である。
(2) ヘロイン
 ヘロインの原料となるけしの主な不正栽培地は、タイ、ミャンマー及びラオスにまたがる「黄金の三角地帯」、アフガニスタン、パキスタン及びイランにまたがる「黄金の三日月地帯」並びに中南米の三地域である。「黄金の三角地帯」からは、中国、香港等を中継地として、世界のヘロイン市場へ密輸されている。
(3) 大麻
 乾燥大麻や大麻樹脂の原料となる大麻草は、世界各地で栽培されているほか、繁殖力が強く世界の至る所に自生しており、大麻は、世界で最も多く乱用されている薬物である。
(4) 覚せい剤
 覚せい剤は、最近ではヨーロッパにおいては東ヨーロッパにまで、アメリカ合衆国においては西海岸やハワイまでその乱用が拡大している。一方、アジアでは、日本のみならず、韓国、台湾、フィリピン、タイ等で乱用が拡大しており、アジアにおける主要な覚せい剤密造地域は中国東部とみられている。

3 総合的な薬物乱用防止対策の推進

 警察では、薬物対策を平穏な社会生活や治安の根幹にかかわる重要な課題ととらえ、薬物の供給ルートの遮断と乱用の根絶を主な柱に、総合的な対策を推進している。
(1) 供給ルートの遮断
 我が国で乱用されている薬物のほとんどは海外から密輸入されたものであることから、警察では、これを水際で阻止するため、税関、入国管理局、海上保安庁等の関係機関及び薬物の生産国や密輸入中継国の取締当局等との連携を強化し、薬物の供給源や供給ルートの解明、壊滅に努めている。
 また、コントロールド・デリバリー(注)等の効果的な捜査手法を積極的に活用することにより、暴力団等による組織的な薬物犯罪に対する取締りを行っている。平成7年には、24件のコントロールド・デリバリーを実施している。
 さらに、薬物の密売による莫大な不法収益が、犯罪の誘因となり、かつ、暴力団等の主要な活動資金にもなっていることから、麻薬特例法を積極的に適用し、資金面からの取締りに努めるとともに、関係機関と協力して、不法収益対策を推進している。
(注) コントロール・デリバリーとは、捜査機関が規制薬物等の禁制品を発見しても、その場で直ちに検挙することなく、十分な監視の下にその運搬を継続させ、関連被疑者に到達させて検挙する捜査手法をいう。
(2) 乱用の根絶
 警察では、薬物乱用の根絶を図るため、末端乱用者の検挙を徹底するとともに、乱用がもたらす様々な害悪についての広報啓発活動を活発に展開し、薬物乱用を根絶する社会環境づくりに努めている。平成7年には、啓発用資料「ドラッグ」を作成し、全国の職場、学校等に配布したほか、薬物乱用相談や薬物乱用防止教育を実施した。また、近年では、青少年を中心に大麻の乱用が拡大していることから、関係省庁と協力の下、9月11日から9月20日までの10日間を「大麻乱用防止強化旬間」とし、広く大麻に関する広報啓発を行ったほか、学校等において大麻乱用防止教育を実施した。
(3) 国際協力の推進
 薬物の不正取引は、国際的な薬物犯罪組織により国境を越えて敢行されており、一国のみでは解決することができないことから、警察では、各種国際会議等における情報交換や関係国との捜査員の相互派遣等による国際捜査協力の推進を図っている。3月には、アジア太平洋地域各国及びヨーロッパ諸国(19箇国1地域)並びに2国際機関(ICPO(国際刑事警察機構)、UNDCP(国際連合薬物統制計画))の参加を得

て、警察庁主催による「第1回アジア・太平洋薬物取締会議」を開催し、各国の薬物情勢、法制度や捜査手法に関する相互理解と協力関係を一層強化した。
 また、生産国等における薬物問題への取組みを支援することを目的として、セミナーの開催、途上国への技術援助のための調査を行っている。


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