第8章 警察活動の国際化と国際協力

 近年の交通、通信手段等の飛躍的発展に従って、我が国と諸外国との交流はますます活発化している。
 これに伴い、我が国における来日外国人による犯罪が多発しているほか、海外からの薬物、けん銃等の流入、日本人の国外における犯罪及び我が国において犯罪を犯した者が国外へ逃亡する事案の増加傾向がみられる。不法就労を目的とする不法滞在外国人については、関係機関との合同摘発等の対策をとった結果、不法残留者の増加傾向に歯止めが掛かったものの、約30万人という大量の不法滞在者(警察庁推計)が存在し、それらの者による犯罪の発生、不法就労や不法入国を手引きするブローカーの存在、住民とのトラブルの発生等の社会問題が生じている。これらの問題に対して、警察は、国際捜査力、国際捜査協力を強化するとともに、不法滞在の防止及び取締りに努めるなどして対応している。
 また、治安維持に関する協力は、我が国が積極的に国際貢献を行い得る分野の一つである。警察では、各種セミナーの開催や技術専門家の諸外国への派遣等を通じて、開発途上国における捜査能力の向上等に協力している。

1 警察事象の国際化

(1) 来日外国人犯罪
 昭和60年に約230万人であった外国人入国者総数は、平成6年には約1.7倍の383万1,367人となっており、これを反映して、来日外国人(注)による犯罪も増加している。
(注) 来日外国人とは、我が国にいる外国人から、定着居住者(永住者等)、在日米軍関係者及び在留資格不明の者を除いた者をいう。
ア 検挙人員全体に占める来日外国人構成比の高さ
 日本の総人口(満14歳以上)に占める来日外国人人口の構成比は約0.9%であるとみられるが、6年の刑法犯検挙人員全体に占める来日外国人検挙人員の構成比は2.3%である。このように人口構成比との比較で見た場合、検挙人員全体に占める来日外国人検挙人員の構成比の高いことは、来日外国人の多くが20歳代から40歳代に集中していることを考慮しても、国際化がもたらす治安上の問題として注目する必要がある。
イ 来日外国人による刑法犯
 6年における来日外国人による刑法犯検挙状況をみると、検挙件数は13,321件(前年比550件(4.3%)増)、検挙人員は6,989人(287人(3.9%)減)である(図8-1)。
(ア) 国際的職業犯罪グループ等による犯罪
 5年に多発した韓国人グループによる暴力すり事件は、6年の検挙件数が127件(前年比256件(66.8%)減)、検挙人員が13人(25人(65.8%)減)で、大幅に減少した。また、ナイジェリア人等グループによる盗難・偽造クレジットカード使用詐欺事件も大幅に減少している。
 他方、香港爆窃団によると思われる広域集団窃盗事件は、6年中に86件発生しており、前年と同数の発生状況となっている。
〔事例〕 4月23日、香港人の男(36)は、時計店に侵入し、指輪等87点(時価合計572万円相当)を窃取した。同日検挙(群馬)
(イ) 凶悪事件の多発
 来日外国人犯罪の検挙件数を包括罪種別にみると表8-1のとおりで、凶悪犯の検挙件数は、221件(前年比3件(1.4%)増)で依然として高い水準にある。

図8-1 外国人入国者数及び来日外国人刑法犯検挙状況(昭和60~平成6年)

 内容的には、日本人を犯行対象とするナイフなどの凶器を使用した強盗事件が増加しているほか、外国人同士の金銭をめぐるトラブルを原因とする殺人や強盗事件も依然として多発している。
〔事例〕 7月、中国系マレイシア人の男15人は、対立関係にあった同国人グループを襲撃する目的で、彼らのたまり場となっていたスナックに押し入ったが、相手がいなかったことから、店舗を破壊し、青竜刀様の物で同国人男性店員(21)の頸(けい)部を切り付け殺害した。9月、5人を検挙(警視庁)

表8-1 来日外国人刑法犯の包括罪種別検挙状況(昭和60~平成6年)

(ウ) 不法残留の来日外国人の絡む身代金目的誘拐事件の多発
 不法残留の来日外国人の絡む身代金目的誘拐事件は、3年、4年に、それぞれ1件発生したが、6年中は5件発生し、19人が検挙された。特に、数人の来日外国人グループが、蓄財をしている同国人等を誘拐する事例が目立った。
(エ) 特異手口窃盗事件の多発
 5年に初めて発生したセロハンテープで細工した切り継ぎ千円札の連続使用による自動販売機荒らし事件で6年中に検挙された来日外国人は、203人で、5年に比べ170人増加している。検挙された外国人の国籍別で

表8-2 来日外国人刑法犯の国、地域別検挙状況(平成元~6年)

は、中国人が136人と最も多く、次いでマレイシア人、台湾人、タイ人、その他となっており、アジアの外国人による犯行が著しく多い。
ウ 来日外国人犯罪の国籍別検挙状況
 6年の来日外国人犯罪の国、地域別検挙状況は表8-2のとおりであり、アジア地域が9,873件(全体の74.1%)、5,427人(同77.7%)で、依然として高い割合を占めており、特に中国、パキスタンの増加が目立った。
エ 大都市圏以外の地域への拡散
 来日外国人刑法犯の地域別検挙状況をみると、東京、神奈川、大阪等の大都市において多発しているが、その一方で、図8-2のとおり、地方へ拡散しつつある状況がうかがわれる。

図8-2 都道府県別来日外国人刑法犯検挙件数の推移(平成元、6年)

(2) 不法滞在者問題
ア 大量の不法滞在者の存在
 近年、我が国と周辺諸国との経済格差を背景として、就労等を目的とした外国人の入国が急増している。法務省の推計によれば、不法残留者は、平成2年7月1日現在10万6,497人であったものが、5年5月1日現在では29万8,646人にまで増加した。その後、不法残留者は、6年11月1日現在で28万8,092人となり、その増加傾向に歯止めが掛かったものの、依然として我が国国内には約29万人もの不法残留者が存在している(表8-3)。

表8-3 国籍、地域別不法残留者数の推移(平成3~6年)

 約30万人という大量の不法滞在者(注1)の大部分はこれら不法残留者で構成されており、そのほとんどは不法就労者(注2)であるとみられる。このような不法滞在者は、外国人労働者(約60万人。労働省推計)の約半数を占めているとみられる。また、来日外国人凶悪犯の半数以上が不法滞在者によるものであるなど、大量の不法滞在者の存在は、治安上重要な問題となっている。
(注1) 不法滞在者とは、出入国管理及び難民認定法第3条違反の不法入国者、同法第9条違反の不法上陸者及び適法に入国した後在留期間を経過して残留している不法残留者をいう。
(注2) 不法就労者とは、就労している不法滞在者及び無許可で資格外活動を行っている者をいう。
イ 不法就労を助長する犯罪
(ア) 身分事項等を偽るための文書偽造事件
 6年は、旅券を偽造するなど、身分事項等を偽るための文書偽造事件が多発した。検挙件数は、5年に26件であったが、6年には32件に増加(1.2倍)しており、偽造ブローカーによる事件の検挙件数も、5年に8件であったが、6年には11件に上った。
 また、偽造文書を使用して合法滞在に見せ掛けていた外国人の検挙は、42人に上り、国籍別に見るとペルー人30人、韓国人5人、中国人3人の順となっている。

 このほか、在留延長及び不法就労を目的とした偽装結婚事件、不正出入国を目的とした日本人旅券不正取得事件、他人名義の旅券又は偽造査証を押印した旅券で入国してくる事件も継続して発生している。
〔事例〕 2月、ペルー人の旅券に偽造証印を押印していたペルー人偽造ブローカー3人を有印公文書偽造・同行使で逮捕し、偽造証印、スタンプ朱肉等を押収(奈良)
(イ) 不法就労を目的とした集団密航事件
 6年中に検挙した集団密航事件は、熊本(1月)、和歌山(2月、3月)、長崎(5月)、島根(5月)、福岡(5月)、静岡(9月)の7件282人(海上保安庁扱いを含めると13件467人)であり(表8-4)、5年の6件133人(海上保安庁扱いを含めると7件335人)に比べ、件数では1件増であるが、人員は約2倍となっており、事件の大型化がみられる。さらに、我が国で密航者を待ち受ける出迎者等として密航請負人組織の「蛇頭」や暴力団の組織的介在が認められるほか、島根、福岡といった日本海沿岸部で初めて中国人密航事犯の発生がみられた。いずれの事件においても、密航者は、我が国における就労を目的としているとみられる。なお、検挙人員のうち90.3%を中国人が占めている。
〔事例〕 5月18日、密航請負人組織の「蛇頭」や日本人暴力団員らは、

表8-4 集団密航事犯の検挙状況(平成2~6年)

中国人約140人を福岡県博多港に不法に上陸させた。不審な中国人らしい人がいるとの通報を受け、中国人女性1人を旅券不携帯で現行犯逮捕。その後海上保安庁と合同の捜査により、倉庫内に潜伏していた密航者138人をはじめ、出迎え役の日本人暴力団員等12人の合計150人を逮捕(福岡)
(ウ) 雇用関係事犯
a ブローカーによる不法就労あっせん事犯
 不法就労者を含めた外国人労働者が急増した背景には、我が国と開発途上国との間の経済格差のほか、就労あっせんブローカーや外国人労働者を雇用しようとする者の存在がある。就労あっせんブローカーは、外国人労働者と雇用主との間に介在して不当な利益を得ており、また、雇用主の中にも、外国人労働者を低賃金で酷使するなど悪質な者がみられるなど、不法滞在の助長という観点からだけでなく、外国人労働者の保護という観点からも問題となっている。
 そのため、警察では、職業安定法、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(労働者派遣法)、労働基準法等の雇用関係法令の規定や入管法の不法就労助長罪の規定を適用して、ブローカーや悪質な雇用主等の取締りを推進している。最近5年間の外国人労働者に係る雇用関係事犯の法令別検挙状況は表8-5のとおりで、これに関係した外国人の国、地域別状況は表8-6のとおりである。
 6年中に検挙したブローカーは88人となっている。その中で、最近は外国人ブローカーの検挙が目立っているが、その出身国、地域は表8-7にみられるとおり多数に及び、日本人ブローカーと結託して外国人労働者をあっせんするケースも多い。また、ブローカーは、以前は関東地

表8-5 外国人労働者に係る雇用関係事犯の法令別検挙状況(平成2~6年)

表8-6 雇用関係事犯に関与した外国人の国、地域別状況(平成2~6年)

表8-7 外国人ブローカーの国、地域別検挙状況(平成5、6年)

方を中心に暗躍していたが、最近は地方都市でも多数検挙されており、その活動が全国に広がっているものと認められる。
〔事例〕 6月、人材派遣会社がブラジルの現地のブローカーから受け入れた日系ブラジル人約250人を、7府県の35企業に対し、いわゆる単純労働者として派遣し、約9億円の不法の利益を挙げていた事件で、当該会社の経営者ら8人を労働者派遣法違反で検挙(大阪)
b 暴力団関与事犯
 外国人労働者に係る雇用関係事犯には暴力団が関与するケースが多く、6年中に暴力団員24人を検挙している。暴力団は、以前から外国人女性を売春婦等として飲食店等にあっせんすることが多かったが、最近では外国人男性を建設現場、工場等の単純労働者としてあっせんしたり、自己が経営する建設会社等で低賃金で雇用したりすることも多くなっている。また、暴力団フロント企業が外国人労働者の人材派遣を手掛ける傾向がみられる。これら暴力団及び暴力団フロント企業が外国人労働者のあっせん等によって得る利益は、暴力団の大きな資金源とみられる。
〔事例〕 8月、不法滞在の外国人労働者を住宅用のフェンス等を製造する会社に派遣し、派遣料として1億4,000万円の利益を得ていた事件で、人材派遣業を営む暴力団幹部(50)ら2人及び派遣された外国人労働者を使用していた会社の常務取締役(32)ら2人を入管法違反(不法就労助長罪)で、タイ人ら外国人労働者25人を入管法違反(不法残留等)で検挙(長野)
(エ) 風俗関係事犯
 近年、短期滞在、興行等の在留資格で入国し、風俗関係事犯に関与する外国人女性が増加している。これら外国人女性は、深夜飲食店等における接待行為、さらに売春、わいせつ事犯等にまで関与しており、地域的にも大都市から地方都市まで広がりを見せている。
 これらの中には、多額の借金を背負わされて売春を強要されたり、無報酬で働かされたり、賃金をピンハネされたりするなど劣悪な条件下で不法就労しているものも認められる。
 一方、2年ごろから新宿地区、池袋地区において外国人による街娼(しょう)型の売春が目立ち始めたが、現在では、横浜市、大阪市等にまで広がりをみせ、売春防止法違反(勧誘等)による検挙が多くみられるほか、経営者等として検挙される外国人も目立っている。
 このような事犯の背後には、現地ブローカーと結託した日本のブローカーの存在や暴力団の関与等も認められるため、警察では、これら背後組織の摘発を重点に取締りを強化している。
 6年中に風俗関係事犯に関与した外国人女性は2,380人である。国、地域別では、タイ人が1,407人と最も多くなっているなど、依然として東南アジア諸国の女性が多くなっている(表8-8)。

表8-8 風俗関係事犯に関与した外国人女性の国、地域別状況(平成2~6年)

〔事例〕 4月、不法残留していたタイ人女性を検挙し、5月、同女等に売春をさせていたスナック経営者(48)ら2人を売春防止法で検挙した。さらに、スナック経営者等の捜査から、6月、タイ人女性を売春婦としてあっせんしていた暴力団幹部(48)ら3人を入管法違反(不法就労助長罪)で検挙(奈良)
ウ 不法滞在者による犯罪
 6年中に検挙された来日外国人による凶悪犯は230人で、5年に比べ16人減少したが、依然として高い水準を維持した。このうち不法滞在者は147人(63.9%)で、5年に比べ17人(13.1%)増加している。また、6年中に検挙された来日外国人による薬物事犯は804人で、5年に比べ67人増加し、その中に占める不法滞在者も383人(47.6%)と5年に比べ78人(25.6%)増加した(表8-9)。不法滞在者の来日外国人に占める割合は約30%であるとみられるので、それとの比較で考えると、我が国の治

表8-9 凶悪犯、薬物事犯における不法滞在者検挙人員構成比(平成5、6年)

安に大きな影響を与える凶悪犯や薬物事犯において、不法滞在者検挙人員の構成比の高いことが注目される。
(3) 薬物の流入
 平成6年に薬物事犯で検挙された来日外国人は977件、804人で、5年に比べ、件数は91件(10.3%)、人員は67人(9.1%)それぞれ増加し、史上最高となった。罪種別にみると、覚せい剤事犯が421件、338人、大麻事犯が288件、258人、麻薬等事犯(麻薬及び向精神薬取締法違反及びあへん法違反をいう。)が268件、208人、大麻事犯が288件、258人となっており、いずれも増加する傾向にある。特に、コカイン事犯、あへん事犯の検挙人員は、それぞれ5年の39.6%、25.8%増であった。
 なお、我が国における薬物乱用の現状と対策については、第2章第5節参照。
(4) 日本人の国外における犯罪
 平成6年中の日本人の出国者総数は1,357万8,934人(前年比13.8%増)であった。
 日本人が外国においてその国の法令に触れる行為をした場合、我が国の警察がICPOや外務省等を通じて通報を受けることがある。このようにして把握された日本人の国外犯罪者数は、ここ数年横ばい状態であるが、最近の日本人の出国者数の急激な伸びから考えると、通報を受けていない日本人の国外における犯罪が増加していることが懸念される。
(5) 被疑者の国外逃亡事案
 平成6年末現在の国外逃亡被疑数者は308人(うち日本人77人)である(表8-10)。これらの者の逃亡先は、台湾、フィリピン、韓国が多いものとみられる。

表8-10 国外逃亡中の被疑者数の推移(昭和60~平成6年)

 6年末現在の国外逃亡被疑者のうち、出国年月日の判明している151人について、その犯行から出国までの期間をみると、犯行当日に出国した者が8人(5.3%)、翌日に出国した者が18人(11.9%)であり、犯行から10日以内に68人(45.0%)が出国しており、犯行後短期間のうちに出国する計画的な事案が多い。
 警察では、被疑者が国外に逃亡するおそれがある場合は、港や空港に手配するなどしてその出国前の検挙に努めており、出国した場合でも、関係国捜査機関等の協力を得ながら、被疑者の所在確認に努めている。また、ICPOに対し、国際手配書の発行を請求することもある。
 逃亡被疑者が発見されたときは、逃亡犯罪人引渡しに関する条約、外交交渉に基づく被疑者所在国の国内法上の手続、国外退去処分等により、被疑者の身柄の引取りを行っている。
〔事例〕 日本においてコカイン約5キログラムの不法所持容疑で逮捕状が出ており国外逃亡していた男(32)がブラジルにおいて発見された旨の連絡を受けたことから、外交ルートを通じて仮拘禁請求及び身柄引渡請求を行い、7月、サンパウロ国際空港においてブラジル連邦警察より同人の引渡しを受けた(静岡)。

2 国際化社会への対応

(1) 来日外国人問題に対する施策の総合的な推進
ア 不法滞在を助長する犯罪の徹底的な取締り
 不法滞在者を減少に導くためには、不法滞在を助長する犯罪、すなわち集団密航事犯、雇用関係事犯、旅券の偽造事犯等の犯罪を徹底的に取り締まる必要がある。特に、雇用関係事犯の背後で、不法滞在者等から利益を得ている日本人ブローカー等を中心にして検挙を進めていくとともに、不法滞在事犯そのものについても悪質なものを重点に取り締っていく必要がある。このため、法務省、外務省等の関係機関と緊密に連携して、不法滞在者の合同摘発、入国審査の厳格化、査証免除の停止措置等の施策を推進している。
イ 我が国の治安を直接脅かす犯罪の確実な検挙
 平成6年中の来日外国人に係る凶悪犯の検挙人員は、5年に比べ、やや減少したものの依然高い数値を示している。また、薬物事犯の検挙人員は、5年に比べ約9%増加しており、日本人を含む全検挙人員が減少しているのとは対照的である。
 さらに、韓国人すりグループや香港爆窃団といった国際的職業犯罪グループによる犯罪も多発し、我が国の治安に深刻な影響を与えている。警察としては、こうした我が国の治安を直接脅かす犯罪を確実に検挙していくことが重要であると考えている。
ウ 来日外国人の生活の安全を確保するための活動の推進
 来日外国人の数が増加するに伴い、来日外国人が犯罪、事故等の被害に遭う機会も増加しており、来日外国人を犯罪、事故等の被害に遭いやすい弱者としてとらえていく必要が高まっている。
 こうした観点から、警察は、来日外国人に対する地域安全活動を推進し、犯罪や事故等への不安感の除去に努めるほか、各種の懇談会や相談会を開催し、来日外国人の警察に対する要望や相談を積極的に把握するとともに、パンフレットの活用等により安全上の心得や警察への通報要領等について指導を進めるなど、来日外国人の生活の安全を確保するための活動を推進している。
エ 地域住民との連携及び関係行政機関との情報交換の推進、
 来日外国人問題は、警察だけの活動では解決困難であり、地域住民との連携、入国管理局、労働基準局、地方公共団体等との情報交換や連携を推進している。
(2) 国際犯罪への対応
ア 国際捜査力の強化
(ア) 国際捜査官の育成
 来日外国人犯罪等の国際犯罪の捜査には、国際条約のほか、出入国管理、国際捜査共助、刑事手続等に関する内外の法制、言語、習慣を異にする外国人の取扱い、出入国手配、ICPO、外務省等を通じた外国捜査機関への協力要請等の極めて幅広い分野に関する特別の知識、手法が要求される。
 そこで、警察では、警察大学校の附置機関である国際捜査研修所において国際捜査に関する実務研修等を行っており、都道府県警察においても、国際捜査実務能力を備え、国際的なものの見方、感覚をもった捜査官を養成するための各種の研修を行っている。
 また、従来から、警察職員に対する英語、中国語、韓国語等の教養、海外研修等を実施してきたが(表8-11)、アジア地域出身の来日外国人が被疑者や被害者として犯罪にかかわる事案が増加しており、タガログ語(フィリピン)、タイ語、ウルドゥー語(パキスタン)等アジア系

表8-11 警察職員を派遺した主な海外研修(平成6年)

言語への対応の必要性が高まっていることから、これらの言語についても、部外の語学研修機関に委託し、語学教養を推進している。このほか、都道府県警察において、国際捜査に従事する捜査員に対する英語専科教養や、通訳担当者も参加しての実務的な語学研修等が実施されている。
 また、国際捜査課(室)、国際犯罪捜査係等専門組織の設置、拡充、専務員の配置、増強を図るとともに、語学に堪能な者を国際捜査官として中途採用するなどの措置がとられている。
(イ) 通訳体制の整備
 来日外国人の関与する犯罪の捜査に当たって、最も問題になるのが言語の壁である。来日外国人被疑者の人権に十分配慮した適正な捜査を推進するためには、被疑者の供述をニュアンスまで正確に把握することはもとより、我が国の刑事手続の流れを理解させ、権利の告知を確実に行うことが不可欠である。都道府県警察においては、高い語学能力を備えた者を警察職員として採用し、取調べにおける通訳等に当たらせている。また、これら通訳専門職員の語学力を維持、向上させるための海外実務研修を実施した。
 しかし、近年、少数言語の通訳の需要が急激に増加しており、警察部内でそのすべてに対応することが極めて困難であるため、部外の通訳人に対し、捜査業務の補助として、取調べにおける通訳を依頼している。警察では、被疑者の人権の保護等のためにできる限り優秀な通訳を確保する必要があること、夜間等に突発的に発生する事件等に迅速に対応する必要があることなどにかんがみ、謝金を充実させるなど、部外通訳人の確保等に努めるとともに、都道府県警察内及び管区警察局内において通訳センターを設置し(管区警察局においてはすべて設置済み)、通訳人相互派遣制度等の通訳運用制度の整備に努めている。
 また、外国人被疑者等関係者の権利を守り、適正な手続を保障するため、国際捜査研修所や各都道府県警察において、捜査官及び通訳人のための捜査関係用語集等の各種執務資料を作成している。部外通訳人に対しては、通訳に当たって理解しておくべき我が国の刑事手続等について説明した「通訳ハンドブック」を配布したり、刑事手続等に関する研修会を開催したりするなど、そのレベルアップに努めている。
〔事例〕 山形県警察本部では「通訳員の手引 -警察の要請に基づき通訳にあたる方のために-」を作成し、部外の通訳人に配布している。
イ 国際捜査協力の強化
(ア) 情報、資料の交換
 国際犯罪の増加に伴い、個々の事件捜査における各種照会や証拠資料の収集の依頼等、外国捜査機関との国際協力が一層重要になっている。捜査に必要な情報、資料の交換を外国捜査機関と行うためには、ICPOルート、外交ルート等があるが、ICPOルートは、外国捜査機関との国際捜査協力において、簡便、迅速な手段として重要な役割を果たしている。過去10年間に警察庁が行った国際犯罪に関する情報の発信、受信の総数は、表8-12のとおりである。
(イ) 外国捜査機関との協力
 国際捜査共助法に基づき、外国からの協力要請に対し、警察が調査を実施した事案の件数は、表8-13のとおりで、平成6年にはICPOルートによるものが687件、外交ルートによるものが9件となっている。

表8-12 国際犯罪に関する情報の発信、受信状況(昭和60~平成6年)

表8-13 外国からの依頼に基づき捜査共助を実施した件数(昭和60~平成6年)

ウ 国際刑事警察機構(ICPO)との協力
(ア) 我が国の警察とICPO
 ICPOは、国際犯罪捜査に関する情報交換、犯人の逮捕と引渡しに関する円滑な協力の確保等国際的な捜査協力を迅速、的確に行うための、各国の警察機関を構成員とする国際機関であり、その前身である国際刑事警察委員会(ICPC)の発展的解消により、昭和31年に創設され、平成6年末現在、176箇国(地域を含む。)が加盟している。ICPOの活動は、国際犯罪に関する情報の収集や交換のほか、逃亡犯罪人の所在確認や身柄の確保を求める国際手配書の発行、各種の国際会議の開催等多岐にわたっている。
 我が国は、昭和27年にICPCに加盟して以来、警察庁を国家中央事務局として、国際的な捜査協力を積極的に実施している。また、ICPOの執行委員1名のほか事務総局に4名の警察職員を派遣しているとともに、分担金の拠出、ICPO情報通信ネットワークの近代化のための技術提供等、ICPOの機能強化のために多大な貢献をしている。
 外国捜査機関との捜査協力のほとんどがICPOを介して行われており、我が国の警察にとって、ICPOは、極めて重要な存在となっている。今後とも、ICPOの発展のため、できる限り貢献するとともに、国際犯罪を防止するため、ICPOのより積極的な活用を図り、外国捜査機関との捜査協力を推進していく必要がある。
(イ) ICPO通信網
 ICPOには、加盟国間の国際捜査協力及び国際手配を迅速に実施するために専用の通信網があり、これは、事務総局に設置された中央局、世界の9つの地域に設置された地域局及び加盟各国に設置された国家局から構成されている。
 我が国では、アジア地域の地域局と国家局を兼ねるICPO東京局が警察庁に設置されており、電子メール、テレテックス、無線テレタイプ、ファクシミリ等により、大量の国際警察電報を送受信している。ICPO東京局には、国際手配書等の即時照会が可能な自動検索システムも導入されている。
 また、ICPO通信網の近代化を支援するため、昭和61年から事務総局に技術職員を派遣している。
(3) 海外における安全対策
 近年、我が国企業の海外拠点が、テロ事件や暴力団の海外進出による被害を受けており、海外安全対策に対する関係機関への期待が高まっている。こうした情勢の下、財団法人公共政策調査会、全国暴力追放運動推進センター及び在フィリピン安全対策連絡協議会は、フィリピンに拠点をもつ我が国企業を対象に第2回海外安全対策会議(マニラセミナー)を開催した。これに対して警察庁は、在フィリピン日本国大使館等とともに、講師を派遣するなどの協力を行った(平成6年6月、マニラ)。

3 国際協力の推進

(1) 警察活動に関するセミナー等の実施
 開発途上国からは我が国の警察が有する捜査手法等に対して高い関心が寄せられており、その技術移転の要望が強い。警察ではODA事業として、犯罪捜査手法、警察運営、科学技術等を積極的に紹介することによって、これらの国々の要望にこたえている。平成6年中に、警察が独自に又は国際協力事業団(JICA)の協力を得て実施した主なセミナー等は、表8-14のとおりである。

表8-14 警察が開催した主な国際セミナー、研修(平成6年)

(2) 海外からの研修要望への対応
 平成6年中は約1,500人の諸外国の警察幹部、政府関係者、研究者等が我が国警察を訪問した。警察では、各種研修を実施したり、都道府県警察施設の視察等に便宜を図った。
 また、メキシコ政府からの要請により、警察庁から講師を派遣し、メキシコの警察、検察関係の幹部に対して、日本警察の全般にわたるテーマについて講義を実施した(5月)。

(3) 専門家の派遣
 開発途上国に対する協力の実施に当たっては、相手国の担当者を我が国に招請して指導を行うだけでなく、現地において指導を行うことも重要である。平成6年中は、通信専門家をマレイシア、タイ等に派遣しICPO通信技術を指導するとともに、鑑識専門家をタイに派遣し鑑識技術を指導した。
 また、開発途上国に対する技術協力を実施するには、現地の治安状況、相手国警察の技術水準等を把握することにより技術移転可能性を調査することが必要である。警察では南米、アフリカの各国に調査団を派遣し、具体的協力の実施に向けた調査を行った(表8-15)。

表8-15 警察が実施した主な専門家の派遣(平成6年)

(4) 国際会議への参加と開催
 近年、犯罪等の警察事象について、一国だけでは解決できない問題が増加しつつある。したがって、犯罪の防止、捜査、検挙のためには、国際的な対策の実施、関係国間の情報、資料の交換、国際的な捜査のノウハウ等の交換等が不可欠である。警察では、国際連合等の国際機関等が主催する会議に積極的に参加するとともに(表8-16)、アジア地域警察協力会議、銃器対策国際会議等の国際会議を我が国で開催し、犯罪の

表8-16 警察職員が参加した主な国際会議等(平成6年)

防止に向けて関係諸国との協議を実施した。
(5) 都道府県警察の国際交流
 都道府県警察においては、警察職員を外国警察機関や外国の語学学校に派遣したり、また、外国警察機関から警察職員を受け入れたりして、職員の国際感覚の醸成、外国語能力の向上に努めている。
〔事例〕 山形県警察、埼玉県警察、富山県警察では、県の姉妹都市交流の一環として、米国の市、州警察と警察官の相互派遣(派遣期間3箇月~1年間)を行った。
(6) 国際警察緊急援助隊の活動
 警察では、国際緊急援助隊の派遣に関する法律に基づき、海外の地域、特に開発途上にある海外の地域等における大規模な災害の発生に際し、迅速かつ効果的な救助活動を行うため、国際警察緊急援助隊(救助チーム)の充実に努め、携行資機材の整備と習熟訓練、救出及び救護訓練、リーダー研修等を実施している。


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