はじめに

 平成5年は、内外の社会情勢の様々な変化に対応した警察運営の展開を迫られた年であった。
 国際社会は、冷戦終えん後の新たな国際秩序の確立を模索しつつ、構造的変化の過程にあり、こうした情勢の下で、旧ユーゴースラヴィア地域、ソマリア等における地域紛争の継続、北朝鮮の核兵器開発疑惑等、依然として多くの課題が残された。
 世界経済は、力強い成長の兆しはまだみられず、地域別に明暗分かれる展開となっている。
 国内では、政治改革関連法案の取扱いをめぐり国会が紛糾し、6月には、宮沢内閣の不信任決議案が可決され、衆議院の解散、総選挙の結果、8月には、非自民、非共産8党派による細川内閣が誕生した。
 国内経済は、総じて低迷が続いており、政府は、4月に総合経済対策を、9月に緊急経済対策を決定し、その実施を図った。
 国内の犯罪情勢は、刑法犯認知件数が180万件を超え、戦後最高を記録した。犯罪の特徴としては、重要凶悪犯罪の多発のほか、都道府県の境界を越えた犯罪、来日外国人による犯罪の増加等犯罪のボーダーレス化が挙げられる。
 暴力団については、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴力団対策法)施行後2年を経過し、警察による暴力団犯罪の取締りの徹底、国民の暴力団排除機運の高揚等により、構成員の組織離脱傾向の顕在化等組織の動揺がうかがわれる。
 少年非行については、刑法犯検挙人員の半数近くを少年が占め、凶悪な事件も多発した。また、暴力団が少年を組織活動に利用している実態、 少年の薬物乱用、性や暴力に関する情報の氾(はん)濫、新たな形態の性産業の増加等の問題が目立った。
 銃器については、不法所持等により押収されるけん銃が更に増加する一方、暴力団以外の者からの押収の割合が高くなっており、けん銃の拡散傾向が引き続きみられる。
 薬物乱用については、薬物事犯の増加、多様化の傾向が顕著となり、大麻事犯の拡大、来日外国人による薬物事犯の急増、覚せい剤等薬物に起因する事件、事故の激増、暴力団の関与等がみられる。
 生活経済事犯については、依然として若者をねらったマルチ商法が多発し、被害が大型化している一方、産業廃棄物の不法処分事犯の増加等が目立った。また、金融関係業、廃棄物処理業、不動産業等の経済活動へ暴力団が介在する傾向がますます強まっている。
 交通事故については、発生件数、負傷者数は前年を上回っており、死者数は、昭和63年以降6年連続して1万人を超える深刻な事態となっている。一方、大都市を中心とした違法駐車問題は、重点的な指導取締り、違法駐車防止条例の制定促進等の総合的な対策の強化により若干の改善がみられたものの、依然として大きな社会問題となっている。
 警備情勢では、国内では、沖縄における全国植樹祭、皇太子殿下の御婚儀、東京サミット開催等に伴う重要警備が相次いだ。極左暴力集団は、これらの行事を最大の闘争課題として掲げ、個人テロを主流に29件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。右翼は、反体制、反権力傾向を一段と強め、7件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。国外では、国際テロが宗教、民族色をより強め、イスラム原理主義過激派や分離主義過激派によるテロが多発した。
 このような治安情勢を踏まえ、警察としては、当面、次のような施策を重点的に推進することとしている。
○ 暴力団総合対策の推進
 企業対象暴力事案が多発するなど、暴力団が市民生活に対する重大な脅威となっている情勢に対処し、暴力団を壊滅させるため、暴力団犯罪の徹底検挙、暴力団対策法の効果的運用、暴力団排除活動の積極的推進を3本の柱として暴力団総合対策を展開する。
○ 重要犯罪、重要窃盗犯の検挙向上
 国民に強い不安感をもたらす重要犯罪及び重要窃盗犯の検挙をより一層推進するため、広域捜査力及び国際捜査力の強化、捜査活動の科学化、捜査官の育成、捜査に対する国民協力の確保等を図る。
○ 地域社会における安全の確保
 魅力ある地域社会づくりが求められている今日、市民の生活に焦点を当てた、身近な犯罪、事故、災害に対する安全対策が求められていることから、地域住民、自治体、関係団体との連携により、地域の特性に応じた防犯対策の推進、民間防犯組織の支援、交番及び駐在所の「生活安全センター」としての機能の強化等を図る。
○ 来日外国人に係る犯罪等に対する総合的な対策の推進
 来日外国人犯罪の急増と大量の不法滞在者の存在は、治安上重要な影響をもたらしている。これに対応するため、来日外国人犯罪の確実な検挙と不法滞在を助長する犯罪の取締りを推進するとともに、来日外国人に対する防犯保護活動及び雇用主に対する来日外国人の適正雇用の要請を行う。
○ 薬物乱用防止対策の推進
 深刻化する薬物事犯に対処するため、薬物の供給の遮断と乱用の根絶を重点として、外国捜査機関との連携による密輸ルートの壊滅、密売組織や末端乱用者に対する取締り、関係機関、団体との連携による広報啓発活動、相談業務等の推進を図る。
○ 銃器対策の推進
 全国警察を挙げて徹底したけん銃摘発を進めるとともに、関係機関との連携を強化し、関係各国との情報交換及び捜査共助体制を強化することにより、国内におけるけん銃不法所持の根絶と国外からの供給の遮断を図る。
○ 少年の非行防止と健全育成活動の推進
 少年の非行を防止し、その健全な育成を図るため、非行少年等の補導、少年相談、少年の福祉を害する犯罪の取締りのほか、関係機関、団体、地域住民等と連携して、少年を暴力団から守る活動、少年の薬物乱用防止対策、有害環境の浄化活動等を推進する。
○ 消費者被害防止等対策の推進
 国民の被害実態に対応して、悪質商法事犯や廃棄物事犯に対する積極的な取締りを推進するとともに、暴力団が介在する生活経済事犯について優先的かつ徹底した取締りを推進する。また、悪質商法に係る被害の未然防止及び拡大防止を図るため、広報啓発活動や消費者保護機関との連携を強化する。
○ 安全で円滑なくるま社会の実現
 安全で円滑なくるま社会を実現するため、交通の実態と国民のニーズを踏まえ、総合的、計画的な駐車対策の推進、交通安全施設や交通情報収集提供施設等の整備、合理的な交通規制による快適な交通環境の確保、体系的な交通安全教育ときめ細かな運転者行政による交通モラルの向上、総合的な交通事故調査分析の整備充実、危険性、迷惑性の高い悪質な違反の重点的取締り等の諸施策を総合的に推進する。
○ 極左暴力集団、右翼のテロ、ゲリラ活動の防圧
 極左暴力集団による凶悪なテロ、ゲリラ事件の防圧、検挙のため、国民の理解と協力の下にあらゆる法的手段を駆使した一層の取締りの 強化を図る。また、右翼によるテロ等重大事件の未然防止を図るため、銃器摘発を強化するとともに、法令を多角的に運用して、悪質な資金源活動等に対する徹底的な取締りを推進する。
○ 警察力強化のための総合的取組み
 増員の抑制及び週40時間勤務制の完全定着という状況の下、複雑困難化する警察事象に的確に対応するため、第一線の警察力を強化する視点から、デスク組織のフラット化をはじめとする人員の効率的運用、業務の合理化を推進していくとともに、個々の警察職員の能力向上、多様な人材の確保、婦人警察職員の職域拡大、人材の広域活用等を図る。
 また、職員のおう盛な士気を維持するとともに、今後の警察を担う人材を確保するため、警察署、交番等の勤務環境の改善、職員住宅や独身寮の整備充実、給与の改善、海外研修制度の拡充、休暇制度の活用等による魅力ある職場づくりを積極的に推進する。

 安全で住みよい地域社会の実現のためには、地域において犯罪、事故、災害の被害を未然に防止する活動-地域安全活動-を推進していく必要がある。
 この白書では、第1章において「地域の安全確保と警察活動」と題する特集を組み、警察及びボランティアによる地域安全活動の現状等についてまとめることとした。


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