第3章 犯罪情勢と捜査活動

 平成5年においては、刑法犯認知件数は180万件を超え、戦後最高を記録し、犯罪の特徴としては、重要凶悪犯罪の多発とともに、都道府県の境界を越えた犯罪、来日外国人による犯罪の増加等犯罪のボーダーレス化(とりわけ広域化、国際化)が挙げられる。
 このような情勢に対応するため、警察では、広域捜査力及び国際捜査力の強化、国民協力の確保、捜査官の育成と捜査力の集中運用、捜査活動の科学化の推進といった諸施策を講じ、「事件に強い警察」の確立を図っている。

1 平成5年の犯罪の特徴

(1) 重要犯罪及び重要窃盗犯の認知及び検挙の状況
ア 重要犯罪
 平成5年の重要犯罪(注)の認知件数は1万903件(前年比789件(7.8%)増)、検挙件数は9,701件(1,719件(21.5%)増)、検挙人員は6,646人(522件(8.5%)増)である。
 なお、昭和59年から平成5年までの重要犯罪の罪種別検挙率の推移は、図3-1のとおりである。
(注) 「重要犯罪」とは、殺人、強盗、放火、強姦の凶悪犯並びに略取・誘拐及び強制猥褻(わいせつ)事件をいう。
 5年は、捜査本部設置事件(殺人、強盗殺人等殺人の絡む事件のうち捜査本部を設置した事件をいう。)が多発するとともに、強盗(とりわ

図3-1 重要犯罪罪種別検挙率の推移(昭和59~平成5年)

け金融機関や深夜スーパーマーケットを対象とした強盗)等の重要犯罪の増加が目立った。
(ア) 捜査本部設置事件の多発
 5年中の捜査本部設置事件は136件で、前年に比べ4件減少したものの、依然として高い水準である(表3-1)。
 これらの捜査本部設置事件の内容をみると、殺害後死体を川中や土中に遺棄したり焼燬(き)したりして隠ぺいを図る事件、外国人が関連した事件、

表3-1 捜査本部設置事件解決の状況(平成元~5年)

表3-2 捜査本部設置事件の特徴的内容(平成5年)

独居者が被害者となった事件、交通事故を偽装した事件等が目立っている(表3-2)。
〔事例〕 3月3日、無職の女(59)は、生命保険金目当てに、別居中の夫(59)を知人に殺害させた上、交通事故を偽装するため、死体を夫が使用していた原付バイクとともに付近の川に遺棄した。23日逮捕(福島)
(イ) 略取・誘拐
 戦後発生した身代金目的誘拐事件181件のうち、未解決事件は6件、被害者が殺害された事件は32件ある。5年中は4件発生し、すべて解決している。
〔事例〕 8月10日、自動車販売会社勤務の男(38)は、新聞社の取材を装い、信用金庫の女性職員(19)を呼び出して誘拐し、同信用金庫に現金4,500万円を要求した。17日、静岡県内の富士川において、被害者の死体が発見された。24日検挙(山梨)
(ウ) 増加する強盗事件
 強盗事件の認知件数は2年以降増加傾向にあり、5年は2,466件で、前年に比べ277件(12.7%)増加した。
 5年の金融機関対象強盗事件の認知件数は140件(前年比25件(21.7%)

表3-3 金融機関対象強盗事件の認知、検挙状況の推移(平成元~5年)

増)、検挙件数は98件(前年比30件(44.1%)増)である(表3-3)。
 5年の金融機関対象強盗事件の対象機関別認知件数は、前年に比べ、銀行、郵便局、農協等を対象としたものが増加し、信金等を対象としたものが減少している(表3-4)。

表3-4 金融機関対象強盗事件の対象別認知、検挙状況(平成4、5年)

 被害額は、総額で約2億1,000万円、1件当たりの平均被害額は約150万円となっている。
〔事例〕 4月8日、無職の男(43)は、銀行の支店に押し入り、けん銃様のものとダイナマイト様のものを行員に突き付けて脅し、現金1,300万円を強奪した。5月20日逮捕(福岡)
イ 重要窃盗犯
 5年中の重要窃盗犯(注)の認知件数は33万6,235件で、前年に比べ2万6,795件(8.7%)増加した。増加分のうち、侵入盗が2万826件(77.7%)

図3-2 重要窃盗犯手口別検挙率の推移(昭和59~平成5年)

を占めており、特に、空き巣ねらい、忍び込み等住宅対象の侵入盗の増加が目立っている。また、検挙件数は22万4,499件(前年比5万697件(29.2%)増)、検挙人員は2万7,114人(964人(3.7%)増)、検挙率は66.8%(10.6ポイント増)である(図3-2)。
(注) 「重要窃盗犯」とは、屋内強盗に発展しやすい侵入盗、路上強盗に発展しやすいすり、ひったくり及び被害品が金融機関強盗等に用いられやすい自動車盗をいう。
ウ 都道府県の境界を越えた犯罪
 自動車の普及、交通手段の発達等により、人々の生活範囲が拡大し、人、物の交流がますます広域化、活発化している状況の中で、犯罪についても、都道府県の境界を越えて広域的に発生する事件や、事件の発生は広域にわたらなくとも犯人の割り出し、裏付け捜査等の捜査活動を都道府県の境界を越えて広域的に実施する必要のある事件が増加している。
(ア) 広域にわたる重要凶悪事件
 5年は、殺害後死体を他府県に遺棄する事件等都道府県の境界を越えた重要凶悪事件が多発し、複数の都道府県警察において共(合)同捜査本部を設置して犯人を検挙した事例も多くみられた。
〔事例〕 1月28日、建設作業員の男(44)は、他1名と共謀の上、親密な関係にあった宮崎県在住の印鑑鑑定士の女性(52)とともに偽造手形を騙し取ったが、警察に発覚するのを恐れ、福岡県内の海岸において、同女の首を絞めて失神させた上、砂浜に埋めて殺害した。10月逮捕(福岡・宮崎)
(イ) 共(合)同捜査を必要とする重要な窃盗犯事件
 近年、都道府県の境界を越えて広域的、連続的に発生する重要な窃盗犯事件が増加していることに伴い、複数の都道府県警察が実施する共(合)同捜査も重要になっている。5年中に実施した窃盗犯の共(合)同捜査は84件(前年比4件(4.5%)減)で、広域にわたる金庫破り事件、空き巣ねらい事件、忍び込み事件等70件を検挙している(表3-5)。

表3-5 窃盗犯の共(合)同捜査実施事件数の推移(平成元~5年)

〔事例〕 無職の少年(19)ら12名のグループは、4年2月から5年4月までの間、5県下において、給油所等を対象とした金庫破り事件417件(被害総額1億8,000万円相当)を敢行した。5年4月までに全員検挙(愛知、三重、奈良、静岡)
(2) 「政治とカネ」をめぐる不正事案
ア 選挙違反の取締状況
 「政治とカネ」をめぐる不正事案に対する国民の批判の声が一段と高まる中で実施された第40回衆議院議員総選挙(平成5年7月4日公示、18日施行)の違反取締りにおいて、前回(2年)を大幅に上回る地方議会議員が検挙された。
(ア) 第40回衆議院議員総選挙違反取締状況
 第40回衆議院議員総選挙の違反取締りにおける公職選挙法違反による検挙状況(投票日後90日現在)は、件数が3,021件、人員が5,835人(うち被逮捕者622人)で、前回に比べ、件数は813件(21.2%)、人員は1,788人(うち被逮捕者226人)(23.5%(うち被逮捕者26.7%))それぞれ減少している(表3-6)。


表3-6 衆議院議員総選挙における違反検挙状況

 しかし、地方議会議員の被逮捕者は166人であり、前回に比べ57人(52.3%)増加している(表3-7)。

表3-7 衆議院議員総選挙における地方議会議員の逮捕状況

(イ) 一般地方選挙に伴う違反取締り状況
〔事例1〕 町長選挙(4年12月施行)に際し、町長(60)は、選挙運動資金として町議会議員(36)、後援会代表者(70)にそれぞれ数百万円ずつ供与し、さらに、町議会議員、後援会代表者は、出納責任者らとともに、選挙人40数人に合計数百万円を供与した。1月検挙(千葉)
〔事例2〕 県議会議員補欠選挙(9月26日施行)に際し、候補者(45)は、選挙運動資金として町議会議員(63)らに現金合計数百万円を供与した。10月検挙(徳島)
(ウ) 公職選挙法の寄附禁止違反事件
 5年中の公職選挙法の寄附禁止違反事件の検挙事件数は14事件(前年比3事件減)である(表3-8)。

表3-8 公職選挙法の寄附禁止違反事件検挙事件数の推移(平成元~5年)

イ 政治資金規正法違反事件
 政治資金規正法違反事件の検挙事件数は9事件(前年比4事件増)で、このうち、政治公務員(注)本人又は政治公務員に係る政治団体の代表者等が関与する不正事犯の検挙事件数は8事件(7事件増)である(表3-9)。

表3-9 政治資金規正法違反事件検挙事件数の推移(平成元~5年)

(注) 政治公務員とは、就任について公選(住民による直接選挙)によることを必要とする公務員をいう。
〔事例〕 前市議会議員(48)らは、所得税法上の特定寄附金控除制度を利用して不正に還付金を受け取る目的で、寄附があったかのように虚偽の記入をした収支報告書、偽造領収書を選挙管理委員会に提出して確定申告用書類を受け取り、同書類を寄附名義人に税務署に提出させて所得税の還付を受けさせるとともに、その一部を受け取った。1月検挙(神奈川)
ウ 地方自治体の首長、議会議員らによる贈収賄事件
 5年の贈収賄事件に関係した地方自治体の首長、議会議員の検挙人員は56人である(表3-10、表3-11)。また、県議会議員の絡む事件を3事件検挙した。

表3-10 収賄被疑者中、地方自治体の首長の検挙人員の推移(平成元~5年)

表3-11 収賄被疑者中、地方議会議員の検挙人員の推移(平成元~5年)

〔事例1〕 県議会議員(52)は、同僚議員(64)から県議会議長選挙(4年3月実施)における同議員への投票の依頼の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金数百万円を収賄した。5月検挙(埼玉)
〔事例2〕 県議会議員(68)は、同僚議員(59)から、県議会副議長選挙(3月実施)における同議員への投票の依頼の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金100万円を収賄するとともに、同時に実施される議長選挙に関して、同様の趣旨で、同僚議員に対して、現金合計数十万円の賄賂の申込みをした。6月検挙(鹿児島)
〔事例3〕 県議会議員(54)は、無許可で産業廃棄物処理を行っていた

図3-3 贈収賄検挙事件数、検挙人員の推移(昭和59~平成5年)

業者(50)から、県議会における一般質問を取りやめる謝礼として現金100万円を収賄した。10月検挙(岐阜)
 なお、5年の贈収賄事件全体の検挙状況をみると、検挙事件数が67事件(前年比3事件(4.3%)減)、検挙人員が219人(55人(20.1%)減)である(図3-3)。
(3) 来日外国人犯罪における特徴的傾向
 5年の来日外国人刑法犯の検挙状況は、件数、人員とも過去最高を記録した。
 近年の来日外国人刑法犯の主な特徴としては、次の点が挙げられる。
○ 外国に本拠を有する国際的職業犯罪グループ等の構成員が犯罪を敢行するケースの顕著化
○ 日本人を被害者とする凶悪犯の増加
○ 被疑者の国籍の多様化
○ 発生地の地方都市への拡散
 なお、来日外国人の刑法犯については、第2章1(1)イ参照。

2 犯罪情勢及び捜査活動の現況

(1) 全刑法犯の認知及び検挙の状況
ア 認知状況
 平成5年の刑法犯認知件数(注)は180万1,150件で、戦後最高を記録した(図3-4)。
(注) 罪種別認知件数は、資料編統計3-3参照
 5年の刑法犯認知件数の包括罪種別構成比をみると、窃盗犯が158万3,993件で、全体の87.9%を占めている(図3-5)。
 過去20年間の刑法犯包括罪種別認知件数の推移をみると、粗暴犯、風

図3-4 刑法犯認知件数と犯罪率の推移(昭和22~平成5年)

図3-5 刑法犯認知件数の包括罪種別構成比(平成5年)

俗犯が減少傾向にあるのに対し、凶悪犯、窃盗犯は増加傾向にある(図3-6)。

図3-6 刑法犯包括罪種別認知件数の推移(昭和49~平成5年)

イ 検挙状況
 5年の刑法犯検挙件数(注1)は72万3,610件(前年比8万7,320件(13.7%)増)、検挙人員(注2)は29万7,725人(1万2,817人(4.5%)増)である(図3-7)。
(注1) 罪種別検挙件数は、資料編統計3-4参照。
(注2) 罪種別検挙人員は、資料編統計3-5参照。
 なお、検挙人員には、触法少年を含まない。
 過去20年間の年齢層別犯罪者率の推移をみると、近年では、14歳から19歳までの層の犯罪者率が著しく高くなっている(図3-8)。

図3-7 刑法犯検挙件数、検挙人員の推移(昭和22~平成5年)

図3-8 刑法犯の年齢層別犯罪者率の推移(昭和49~平成5年)

(2) 犯罪による被害の状況
ア 生命、身体の被害
 5年に認知した刑法犯により死亡し、又は負傷した被害者の数は、死者が1,321人(前年比3人(0.2%)減)、負傷者が2万4,225人(前年比577人(2.3%)減)である。(表3-12)。死者数を罪種別にみると、殺人による死者が715人で最も多く、全体の54.1%を占めている。

表3-12 刑法犯による死者数と負傷者数の推移(平成元~5年)

イ 財産犯による被害
 5年に認知した財産犯(強盗、恐喝、窃盗、詐欺、横領、占有離脱物横領をいう。)による財産の被害総額は約2,890億円(前年比約314億円(9.8%)減)であり、このうち、現金の被害は約1,259億円(約383億円(23.3%)減)である(表3-13)。

表3-13 財産犯による財産の被害額の推移(平成元~5年)

(3) 現場設定を伴う企業恐喝事件(注)
 企業恐喝事件については、警察庁指定第114号事件(グリコ・森永事件)以来多発していた類似の事件が、近年は減少傾向にあったものの、平成5年になって再び増加している。
 被害対象については、食品関係及び大型小売店等を対象に「商品に毒物や異物を混入する」などと脅迫文書を郵送するものが多く、5年では被害対象の70.0%を占めている。
 企業恐喝事件は、初犯者によるものが多く、最近5年間の検挙人員に占める初犯者の割合は64.0%である。また、同一犯人が同時期に同一業種の複数の会社等を脅迫する事件の発生が多い。
(注) 現場設定を伴う企業恐喝事件とは、犯人は正体を現さず、脅迫文を郵送するなどして企業を畏(い)怖させ、現金等を要求し、現金受渡し場所や方法を電話、手紙等によって指示する形態の企業恐喝事件のことをいう。
〔事例〕 3月6日、無職の男(46)は、借金の返済に窮し、大手ゲ-ム機メーカーに対して2億円を要求する脅迫状を郵送し、「要求に応じなければ、東京や近郊の幼児を一人ずつ誘拐し、危害を加える」と脅迫した。18日検挙(警視庁)
(4) コンピュータ犯罪、カード犯罪
ア コンピュータ犯罪
 現在、コンピュータは社会の様々な分野で必要不可欠なものとなっているが、他方、最近のコンピュータ・システムの特性を利用した新しいタイプの犯罪が問題となっている。5年におけるコンピュータ犯罪(注)の認知件数は92件であり(表3-14)、その特徴としては、コンピュータ端末機を操作して、電磁的記録を不正に作出し、多額の現金を横領する事件、事情を知らない係官に電磁的記録である公正証書の原本に不実の記載をさせる事件等が多発していることが挙げられる。
 こうした犯罪や事故等からコンピュータ・システムを防護する必要性が高まっていることから、警察庁では、部外の学識経験者を加えたコンピュータ・システム安全対策研究会が発表した「情報システム安全対策指針」、「コンピュータ・ウィルス等不正プログラム対策指針」に基づき安全対策の指導を行うなど、総合的なコンピュータ・セキュリティの確保に取り組んでいる。

表3-14 コンピュータ犯罪の認知状況(平成5年)

(注) コンピュータ犯罪とは、コンピュータ・システムの機能を阻害し、又はこれを不正に使用する犯罪(過失、事故等を含む。)をいう。
〔事例〕 銀行の支店長(49)は、共犯者(49)が計画推進中のリゾート開発事業を支援するため、懇意会社に一億円の融資を行い、同社から共犯者へ貸し出すこととした。しかし、共犯者が返済期日に至っても返済の資金繰りがつかなくなったため、事情を知らない行員を使って同銀行のコンピュータ・システムを操作させ、共犯者の口座から懇意会社の口座へ虚偽の振込送金情報を与えることによって、借入金の期日返済を免れさすとともに、共犯者に対し財産上の不法利益を与えた。5年1月検挙(鳥取)
イ カード犯罪
 5年のカード犯罪(注)の認知件数は8,585件(前年比2,460件(22.3%)減)、検挙件数は8,268件(3,271件(28.3%)減)、検挙人員は1,294人(49人(3.6%)減)である(図3-9)。
(注) カード犯罪とは、キャッシュカード、クレジットカード及びサラ金カードのシステムを利用した犯罪で、コンピュータ犯罪以外のものをいう。
 態様別にみると、窃取したカードを使用したものが3,296件(39.9%)で最も多く、次いで他人名義で不正取得したカードを使用したものが1,689件(20.4%)、拾得したカードを使用したものが1,612件(20.4%)の順となっている。
 警察では、クレジットカードを悪用した犯罪の増加に対処するため、主要都道府県警察本部とカード会社との間で連絡協議会を設置し、カード犯罪の実態把握と被害防止のための対策を協議することとしている。

図3-9 カード犯罪の認知、検挙状況(平成元~5年)

(5) その他の特異な事件
 平成5年は、新幹線に対する列車妨害事件が4件発生した。
〔事例〕 6月10日、岐阜県不破郡関ヶ原町の東海道新幹線上り線において、シャックルという金具がワイヤロープでレール上に固定され、車両に轢(れき)断されているのが発見された。さらに、8月28日、滋賀県彦根市小野町の東海道新幹線下り線において、シャックルがチェーンでレール上に固定されているのが発見された。捜査本部を設置して捜査中(岐阜、滋賀)

3 「事件に強い警察」確立のための施策

 近年の情報化の進展や交通手段、科学技術の発達等の社会情勢の変化に伴い、報道機関を意識し又はこれを利用して国民に広く不安を与える犯罪、犯行の動機を量り難い犯罪等、かつては予測もできなかった新しい形態の犯罪が発生するとともに、犯行の悪質化、巧妙化、広域化、スピード化が一層進むなど、犯罪は質的な変化をみせている。特に盗難車両を利用した犯罪が多発しており、平成5年に検挙された刑法犯のうち10.2%(7万4,012件)を占めるに至っている。
 また、都市部においては、犯行にいわゆる都会の死角を利用することが常態化していることや、一般的には、自分に直接かかわりのないことには無関心、非協力的な態度をとる者も多くなってきていることなどから、聞き込み捜査等の「人からの捜査」が困難になってきている。さらに、大量生産、大量流通の一般化が著しいことから、遺留品等事件と関係のある物から被疑者を割り出す「物からの捜査」も難しくなってきている。このように捜査活動はますます困難になってきており、捜査期間は長期化する傾向にある(図3-10)。
 このような情勢にかんがみ、警察では「事件に強い警察」確立のため、重要凶悪事件等への的確な対応、捜査力の向上、重要性の高い犯罪への捜査力の重点配分、国民の理解と協力の確保を柱とした施策を積極的に推進している。
 なお、コンピュータ及び通信の活用については、第10章5参照。

図3-10 刑法犯発生から検挙までの期間別検挙状況(昭和59~平成5年)

(1) 広域捜査力の強化
ア 複数の都道府県にまたがる事件への対応
 複数の都道府県にまたがる広域事件においては、広域的な視点に立ち、広域的な連携を保った捜査を行うことが困難であることが多い。こうした問題を解決するため、広域重要事件が発生した際は、警察庁から派遣した広域捜査指導官を現地に駐留させ、捜査の指導、調整を行わせることとしている。また、都道府県警察には、高度な捜査技術と機動力を備えた、広域捜査の中核となる広域機動捜査班が置かれている。さらに、広域事件の犯罪捜査では、各都道府県警察間の積極的な共(合)同捜査の推進に努めている。
イ 各都道府県警察間の常時連携活動の推進~管区広域捜査隊の設置
 経済的、社会的な一体性の強い都府県境付近の地域において発生した犯罪に即応するため、都道府県警察の単位を越え、広域的に捜査、訓練等を行う管区広域捜査隊の整備を進め、初動捜査強化のための体制づくりに努めている。
 現在、茨城、栃木、群馬、埼玉の各県警察による北関東広域捜査隊、愛知、岐阜、三重の各県警察による西東海広域捜査隊が設置されている。また、警視庁と神奈川、京都と大阪、大阪と兵庫の各都府県警察の間で重要事件発生時に迅速かつ一体的な広域初動捜査活動を行うための協定が締結されている。
ウ 専門捜査員の広域派遣運用
 航空機事故、列車事故、爆発事故等の大規模事件事故の迅速、的確な処理を図ることを目的として、これらの対象事件が発生した際に、都道府県の枠を越えて、あらかじめ指定しておいた捜査幹部を現場に臨場させて研修を行う(指定臨場官制度)とともに、対象事件捜査に必要な知識経験を有する者を集中的に運用している(指定捜査員制度)。知能犯捜査においても、専門的技能を有する捜査官を管区警察局に登録して広域的に運用している。
〔事例〕 4月18日、花巻空港で旅客機が着陸時に滑走路に激しく接地した事故においては、4都県警察の4名の指定捜査官を20日間、岩手県警察へ応援派遣した(青森、宮城、秋田、警視庁)
エ 警察庁指定広域技能指導官
 平成6年度から、警察庁指定広域技能指導官制度の運用が開始された。これは、極めて卓越した専門的な技能又は知識を有する警察職員を警察庁指定広域技能指導官として指定することにより、これらの者の名誉を称えるとともに、警察全体の財産として都道府県警察の枠組みにとらわれずに広域活用を図るものであり、現在、すり捜査や指紋鑑定等に優れた警察職員が指定され、広域的に活用されている。
オ 広域的な捜査情報の共有
 広域重要事件においては、警察庁や関係都道府県警察が捜査情報を共有し、組織的な捜査活動を展開することが不可欠であることから、警察庁では、捜査の過程で収集された情報等を一元的に管理するとともに、関係都道府県警察の間で必要な情報を伝達することを目的とする大型コンピュータを利用した「捜査情報総合伝達システム」の整備を推進している。また、今後は、個々の捜査情報を単に管理し、伝達するだけでなく、それぞれの情報の関連等を体系的に整理し、総合された情報として活用することが不可欠となることから、情報形式の標準化、情報の総合化システムの開発等の措置を計画している。
(2) 国際捜査力の強化
 急増する来日外国人犯罪等の国際犯罪に対応するため、警察では、国際捜査官の育成、組織体制の整備、通訳体制の強化及び外国捜査機関等との積極的な連携を図っている。
 なお、国際犯罪への対応については、第2章2(1)参照。
(3) 犯罪捜査に対する国民協力の確保
 犯人検挙、事件解決のためには、国民の犯罪捜査に対する理解と協力が不可欠である。
 警察では、国民に犯罪捜査に対する協力を呼び掛ける方法の一つとして公開捜査を行っており、新聞、テレビ、ラジオ等の報道機関に協力を要請するとともに、人の出入りの多い場所でポスター、チラシ等を掲示、配布するなどの方策を講じている。
 平成5年11月には、全国において「捜査活動等に対する市民協力確保及び指名手配被疑者捜査強化月間」を実施し、ポスター、チラシ等を掲示、配布したほか、都道府県警察の捜査担当課長等がテレビ等に出演するなどして、事件発生時における速やかな通報、聞き込み捜査に対する協力、事件に関する情報の提供等を呼び掛けた。また、警察庁指定被疑者31人、都道府県警察指定被疑者42人について公開捜査を行い、国民の協力を得て、警察庁指定重要指名手配被疑者3人をはじめ1,989人の指名手配被疑者を検挙した。
(4) 捜査官の育成
 犯罪の質的変化、捜査環境の悪化等に適切に対応し、国民の信頼にこたえるち密な捜査を推進するためには、常に捜査技術の向上を図るとともに、各種の専門的知識を備えた優れた捜査官を育成するなど、刑事警察のプロフェッショナル化を総合的に推進していく必要がある。
 このため、警察大学校等において国際犯罪捜査、広域特殊事件捜査等に関する研究や研修を行うとともに、都道府県警察において、若手の捜査官に対し、経験豊富な捜査官がマンツーマンで実践的な教育訓練を行うことにより、新しい捜査手法や技術の研究、開発、長期的視野に立った捜査官の育成、捜査幹部の指揮能力の向上に努めている。
 また、警察庁、管区警察局及び都道府県警察において、捜査上得られた教訓及び手法等を他の捜査幹部に模擬的に体験させるための研修を行うなどして捜査技術の向上に努めている。
 なお、財務解析、国際犯罪捜査等専門知識や特別な技能を必要とする分野においては、即戦力として、公認会計士や海外経験の豊富な者を積極的に中途採用し、捜査力の向上に努めている。
(5) 捜査活動の科学化の推進
ア コンピュータの活用
(ア) 自動車ナンバー自動読取システム
 自動車利用犯罪の捜査においては、緊急配備による検問を実施する場合、実際に検問が開始されるまでに時間を要すること、徹底した検問を行えば交通渋滞を引き起こすおそれがあることなどの問題がある。
 警察庁では、これらの問題を解決するため、走行中の自動車ナンバーを自動的に読み取り、手配車両のナンバーと照合する自動車ナンバー自動読取システムを開発し、整備を進めている。
(イ) 指紋自動識別システム
 指紋には、万人不同、終生不変という特性があり、個人識別の最も確実な資料として有効に活用されている。
 警察庁では、コンピュータによる精度の高いパターン認識の技術を指紋鑑識に応用した指紋自動識別システムを開発し、犯罪現場に遺留された指紋から犯人を特定する遺留指紋照合業務や、逮捕した被疑者の身元と余罪の確認、犯罪の被害者や災害、事故による身元不明死体の指紋から身元を確認することなどに活用している。
 このシステムは、大量の指紋資料を迅速に処理することができるものであり、犯罪捜査に大きく貢献している。
(ウ) 被疑者写真検索システム
 警察庁では、都道府県警察で撮影した被疑者写真を一元的に管理、運用し、犯罪の広域化、スピード化に対応した効率的な活用を図ることを目的としたコンピュータによる被疑者写真検索システムを平成4年度までに全国に整備した。このシステムの導入により、全国のどこの警察署等からでも被疑者写真を迅速に入手することができるようになり、犯罪捜査に大いに役立っている。
イ 現場鑑識活動の強化
 警察では、科学技術の発達に即応した鑑識資機材の研究開発やその整備を推進するとともに、現場鑑識活動の中核である機動鑑識隊(班)や現場科学検査班等の強化を図り、効果的に運用している。
 さらに、犯罪現場等に遺留されている微量、微細な資料を漏らさずに採取して、犯人との結び付きを明らかにする「ミクロの鑑識活動(微物鑑識活動)」を積極的に推進している。
ウ 鑑識資料センターの運用
 警察庁では、微物鑑識活動を推進するために鑑識資料センターを設置し、その強化を図っている。
 同センターでは、あらかじめ繊維、土砂、ガラス等の各種資料を収集、分析し、製造業者等の付加情報を加えたデータベースを作り、都道府県警察が犯罪現場等から採取した微量、微細な資料の分析データと比較照合することによって、その物の性質や製造業者等を迅速に割り出すなど、捜査に役立てている。

エ 鑑定の高度化
 鑑識活動によって採取した資料の分析や鑑定結果は、捜査の手掛かりや証拠として活用されているが、鑑定物件の多様化等に伴い、鑑定内容も複雑多岐にわたり、高度な専門的知識、技術を必要とするものが多くなってきている。
 このような情勢に対処し、各種の鑑定を一段と信頼性の高いものにするため、警察庁科学警察研究所や都道府県警察の科学捜査研究所(室)に最新鋭の鑑定機材を計画的に整備するとともに、都道府県警察の鑑定技術職員に対し、科学警察研究所に附置された法科学研修所において、法医学、化学、工学、指紋、足痕跡、写真等の各専門分野に関する組織的、体系的な技術研修を実施している。
 また、新しい科学技術を取り入れた鑑定法として、ヒトの身体組織の細胞内に存在するDNAを分析して個人識別を行うDNA型鑑定法が実用化され、これによって、今までは解決できなかった事件を解決できるようになるなど、殺人や強姦(かん)等の凶悪事件の捜査に大きく貢献している。警察庁では、DNA型鑑定法を、5年度までに警視庁等の19都府県警察に導入し、7年度までに全国整備を図ることとしている。


目次