はじめに

 平成4年は、流動的な内外の情勢を背景に、社会のボーダーレス化が一層進展するなど、治安の根幹にかかわる問題への新たな対応を迫られた年であった。
 国際情勢は、冷戦後の世界秩序を模索しつつ、新たな時代を迎えようとしている。アジアにおいては、中国が韓国との国交を樹立するなど、新たな国家間関係構築への取組みがみられ、東西の冷戦構造が崩壊した中で、民族問題や宗教問題等を背景とする新たな紛争対立要因が顕在化している。また、ソ連に代わって国際社会に登場したロシアについては、その政権基盤等に不安定な要因が多く、新たな懸念材料となりつつある。
 世界経済は、先進国において総じて景気の基調が弱く、その本格的回復を図ることが大きな課題となっている。
 国内では、6月には、第123回国会において、国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律が成立し、10月までに国際平和協力隊員等がカンボディアへ派遣された。 7月には、第16回参議院議員通常選挙が行われ、自民党が改選議席の過半数を獲得し、前回選挙の惨敗から一転して勝利を収めたのに対し、野党各党は公明党を除き、低迷が目立った。また、東京佐川急便事件においては、政界と右翼、暴力団との関係が取りざたされ、政治倫理が厳しく問われた。
 国内経済は、前年後半からの低迷が続き、政府においては3月には緊急経済対策を、8月に総合経済対策をそれぞれ決定したほか、日本銀行においては年2回にわたって公定歩合の引下げを行った。
 国内の犯罪情勢は、刑法犯認知件数が174万件を超え、戦後最高を記録 した。犯罪の特徴としては、捜査本部設置事件等の重要凶悪犯罪の多発のほか、ボーダーレス時代を反映した都道府県の境界を越えた犯罪、来日外国人による犯罪の増加等が挙げられる。
 暴力団については、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴力団対策法)が施行され、暴力団総合対策を推進したことにより、民事介入暴力事案における被害の未然防止が図られるとともに、暴力団の対立抗争事件が暴力団対策法成立以前に比べて、約3分の1に減少するなどの成果を挙げたほか、暴力団員の組織からの離脱化傾向等がみられた。
 少年非行については、刑法犯少年が前年に比べて減少したものの、依然として成人を含めた刑法犯総検挙人員の半数近くを少年が占めた。また、少年に与える影響が懸念される漫画等のはん濫や、少年の福祉を害する犯罪への暴力団の関与等の問題が目立った。
 銃器については、不法所持等により押収されるけん銃が増加し、暴力団以外の者によるけん銃を使用した凶悪事件が多発するなど、けん銃の拡散傾向が顕著となっている。
 薬物事犯については、覚せい剤、シンナーの乱用が依然として高水準で推移したほか、コカイン、ヘロイン、大麻、向精神薬の乱用が増加するなど、薬物の多様化が顕著となっている。
 生活経済事犯については、金融関係業、廃棄物処理業、不動産業等の経済活動へ暴力団が介在する傾向がますます強まっている。また、若者をターゲットとしたマルチ商法事犯の急増、処理場の不足等を背景とする産業廃棄物の不法処分事犯の続発等が目立った。
 交通事故については、発生件数、死者数、負傷者数ともに前年を上回り、特に死者数は、4年連続して1万1,000人を超える深刻な事態となった。一方、大都市を中心とした違法駐車問題は、重点的な指導取締り、 違法駐車防止条例の制定促進等の総合的な対策の強化により若干の改善がみられたものの、依然として大きな社会問題となっている。
 警備情勢では、ブッシュ米国大統領来日警備、江沢民・中国共産党総書記来日警備、天皇皇后両陛下中国御訪問に伴う警備、廬泰愚・大韓民国大統領来日警備等の重要警備が相次いだ。極左暴力集団は、「PKO」、「天皇訪中」、「成田」を闘争課題として、個人テロを主流に、前年を大きく上回る計46件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。右翼は、政府、自民党に対する攻撃姿勢を強め、金丸自民党副総裁に対するけん銃発砲事件をはじめとする重大事件を引き起こしたほか、「天皇訪中」問題をめぐって活発な運動を展開し、テロ、ゲリラ事件15件を含む185件の事件を引き起こした。国外では、イスラム原理主義過激派組織、バスク祖国と自由(ETA)、暫定アイルランド共和国軍(PIRA)等によるテロの頻発をはじめとして、世界各地において民族、宗教色の強いテロが多発し、国際テロの多様化が顕著となった。
 このような治安情勢を踏まえ、警察としては、当面、次のような施策を重点的に推進することにしている。
○ 暴力団総合対策の推進
 暴力団が、市民生活に対する重大な脅威となっている情勢に対処し、暴力団を壊滅させるため、暴力団犯罪の徹底検挙、暴力団対策法の適正かつ効果的な運用及び暴力団排除活動の展開を3本の柱として推進するとともに、暴力団被害者等の安全確保の徹底を図る。
○ 変貌(ぼう)する地域社会に即した地域警察活動の促進
 地域における自主防犯機能が低下するなど伝統的な地域社会が変貌(ぼう)していく中、交番、駐在所等について、ハイテク交番や交番相談員制度の導入等により、機能の強化を図るとともに、地域の生活安全センターとして位置付けて幅広い活動を展開し、地域住民の生活の安全を 確保する。
○ 外国人労働者問題対策の推進
 就労を目的とした不法滞在者の急増や来日外国人犯罪の増加等の問題に対処するため、不法滞在者を呼び込む要因となるブローカー等に重点を置いた取締りと不法就労防止に向けた事業者等への指導を推進するとともに、外国人保護のための地域防犯対策を積極的に推進する。
○ 薬物乱用防止対策の推進
 深刻化する薬物事犯に対処するため、薬物の供給ルートの遮断と乱用の根絶を重点として、密輸、密売組織や末端乱用者に対する取締りの徹底、国際捜査協力の強化、関係機関、団体との連携による広報啓発活動等の推進を図る。
○ 銃器対策の推進
 けん銃事犯の根絶を図るため、密輸入事犯の取締りに努め、国外からのけん銃流入の水際での阻止を推進する一方、改正銃刀法の活用により、国内で不法に所持されるけん銃の一掃を図る。
○ 少年の非行防止と健全育成活動の推進
 少年の非行を防止し、その健全な育成を図るため、非行少年等の補導、少年相談、少年の福祉を害する犯罪の取締りのほか、関係機関、団体、地域社会等と緊密に連携して、少年を取り巻く有害な社会環境の浄化や少年に対する暴力団の影響の排除等を積極的に推進する。
○ 消費者被害防止等対策の推進
 暴力団が介在する生活経済事犯について、優先的かつ徹底した取締りを推進するとともに、社会情勢の変化を的確に踏まえ、悪質商法事犯や廃棄物事犯に対する積極的な取締りを推進する。また、悪質商法事犯については、消費者の自衛意識を高めるための広報啓発活動や消費者保護機関との連携を強化し、被害の未然防止及び拡大防止を図る。
○ 安全で円滑なくるま社会の実現
 安全で円滑なくるま社会を実現するため、交通の実態と国民のニーズを踏まえ、総合的、計画的な駐車対策の推進、交通安全施設や交通情報提供施設等の整備、合理的な交通規制による快適な交通環境の確保、体系的な交通安全教育ときめ細かな運転者行政による交通モラルの向上、総合的な交通事故調査分析の整備充実、危険性、迷惑性の高い悪質な違反の重点的取締り等の諸施策を総合的に推進する。
○ 極左暴力集団、右翼によるテロ、ゲリラ事件の防圧
 極左暴力集団による凶悪なテロ、ゲリラ事件に対処するため、国民の理解と協力の下、あらゆる法的手段を駆使した徹底した取締りを行う。また、右翼によるテロ等重大事件の未然防止を図るため、銃器摘発の徹底を期するなどの諸対策を推進する。
○ 現場第一主義に基づく効率的組織運営と魅力ある職場づくりの推進
 増員の抑制、週40時間勤務制の完全定着という状況の下、複雑困難化する警察事象に的確に対応するため、警察組織の専門性を高め、組織のプロフェッショナル化を推進していくとともに、第一線の警察力を強化する観点から、既存の組織体制、人員配置等について見直しを行う。
 また、職員のおう盛な士気を維持するとともに、今後の警察を担う人材を確保するため、警察署、交番等の勤務環境の改善、職員住宅や独身寮の整備充実、給与の改善、海外研修制度の拡充、休暇制度の活用等による魅力ある職場づくりを積極的に推進する。

 暴力団対策法の成立、施行を契機として、暴力団をめぐる情勢には、大きな変化が生じている。
 この白書では、第1章において、「暴力団情勢と対策の現状・課題」と 題する特集を組み、暴力団対策法施行後1年を振り返って、暴力団の実態、これに対する警察の施策等についてまとめることにした。


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