第6章 公安の維持

 平成3年は、国際情勢において大きな変動がみられた一方で、国内においても国際情勢を反映した様々な動きがみられた年であった。
 国内では、湾岸危機、立太子の礼、ゴルバチョフ・ソ連大統領来日、天皇皇后両陛下東南アジア三国御訪問等に伴う重要警備が相次いだ。
 極左暴力集団は、闘争課題として、「反戦」を前面に掲げ、大衆運動の盛り上げを図るとともに、これに「皇室」、「成田」を連動させて凶悪なテロ、ゲリラ事件を引き起こした。戦術的には、自宅等をねらう個人テロ志向を一層強め、攻撃対象も闘争課題とは直接関係のない者にまで拡大させ、家族の巻き添えを容認するなど凶悪化が目立ち、「外務省審議官実父宅放火殺人事件」では、2年に引き続き再び犠牲者を出すに至った。また、成田空港問題の話合い解決を目指した「公開シンポジウム」に反対するとともに、闘争手段として個人テロをも辞さないことを公然と宣言した。警察は、秘密アジトの摘発により多数のゲリラ計画書を押収して事件を未然に防止したほか、襲撃事件の現場で秘密部隊員を検挙するなど、効果的な極左対策を推進した。
 右翼は、「反体制国家革新」を目指して政府等に対する反発を強める中、目的達成の手段をテロ等直接行動に求める傾向を強め、証券・金融不祥事や政府の外交姿勢等をとらえて、人質立てこもり事件、けん銃発砲事件、火炎びん投てき事件等の悪質な事件を引き起こした。また、右翼の拡声機を用いた街頭宣伝活動による騒音が、大きな社会問題となっていることを受けて、群馬県及び宮城県で、いわゆる暴騒音規制条例が制定された。
 日本共産党は、ソ連共産党の解体により困難な情勢に直面したが、指導部は従来の路線を堅持することを明確にし、3年10月、7年半ぶりに第2回全国協議会を開催して党内の意思統一を図った。また、党員と「赤旗」発行部数は減少したが、統一地方選やその後の地方選では議席を維持した。
 国外では、第二次世界大戦後の世界の基本的な枠組みであった米ソ両国を中心とした東西両陣営による冷戦構造の崩壊が顕著になる一方で、湾岸危機等の新たなかく乱要因も生じてきた。また、湾岸危機や各種の民族紛争等を背景とした国際テロ事件が多発するとともに、中南米では、我が国から派遣された技術専門員3人が殺害された事件等邦人や日系人を直接ねらったものも目立った。一方、日本赤軍は、国際情勢の推移を米国の「一元的支配」ととらえて、「米軍基地一掃の闘い」を呼び掛けた。
 このような国際情勢の下、在東京ソ連通商代表部員が高度科学技術等を入手しようとした事案にみられるように、ソ連は諜報活動を継続し、ロシア連邦はロシア対外情報局の創設を決定した。北朝鮮は、国交正常化に向け対日諸工作を推進する一方、依然として我が国に対するスパイ活動を展開した。こうした中で、警察は、大韓航空機爆破事件の犯人である金賢姫の日本人化教育を担当した「李恩恵」と呼ばれる女性の身元を特定した。また、戦略物資の不正輸出等が国際社会の新たな不安定要因となる中で、イラン向けミサイル部分品不正輸出事件を検挙した。
 また、我が国に就労目的で入国する外国人の増加に伴い、出入国、在留にかかわる犯罪が顕著になるとともに、不法入国者、不法残留者の存在が大きな社会問題となった。

1 相次いだ重要警備

(1) 湾岸危機への対応
 湾岸危機をめぐり、いわゆる多国籍軍による武力行使が開始された1月17日以降、極左暴力集団、労組、大衆団体及び右翼は、集会、デモ、街頭宣伝活動等を活発に展開した。警察では、これに関し、極左暴力集団や右翼の構成員25人を検挙した。
 警察庁では、多国籍軍による武力行使の開始後直ちに「警察庁湾岸危機対策室」を、また、都道府県警察でも湾岸危機対策本部(室)を設置して、国際テロの未然防止等の諸対策を推進し、関係国の大使等の安全の確保、在日外国公館等関係施設の防護、ハイジャックの防止等に万全を期した。
 また、国際移住機構の要請に基づいて行われた我が国の民間航空機による避難民輸送に当たっては、輸送機に警察官を同乗させてハイジャック等のテロ行為の未然防止を図った。
(2) 立太子の礼に伴う警備
 立太子の礼は、2月23日、皇居において、「立太子宣明の儀」が国内要人及び外交使節団の長等の参列の下に挙行され、その後、皇太子殿下は、伊勢神宮(三重)、神武天皇山陵(奈良)及び昭和天皇山陵(東京)に御参拝され、28日には一連の立太子の礼関係儀式が終了した。
 立太子の礼をめぐり、極左暴力集団は、「立太子の礼粉砕」を主張し、立太子宣明の儀当日の早朝には、府中市の自衛隊施設、横浜市の米軍施設及び新東京国際空港に対して迫撃弾を発射するなどのゲリラ事件を引き起こしたほか、全国各地において反対集会、デモを行った。
 警察では、所要の体制を確立して諸対策を推進し、天皇皇后両陛下、皇太子殿下及び皇族並びに国内外要人の御身辺の安全と関係行事の円滑な進行の確保に努めた。
(3) ゴルバチョフ・ソ連大統領来日警備
 ゴルバチョフ・ソ連大統領は、4月16日から19日の間、国賓として来日し、東京をはじめ、京都、大阪、長崎を訪問した。
 同大統領の来日をめぐり、右翼は、行先地をはじめ各地で北方領土返還等を訴える街頭宣伝活動を活発に展開し、また、極左暴力集団も、来日反対の集会、デモを行った。警察では、右翼や極左暴力集団の構成員等4人を検挙したほか、同大統領に接近を図った右翼41人を発見し、不法行為を未然に防止した。
 警察では、警護警備対策委員会等を設置して諸対策を推進し、大統領一行の安全と関係諸行事の円滑な進行の確保に努めた。

(4) 天皇皇后両陛下東南アジア三国御訪問等に伴う警備
 天皇皇后両陛下は、9月26日から10月6日にかけて、タイ、マレーシア、インドネシアの3箇国を公式訪問された。
 御訪問をめぐり、極左暴力集団は、「天皇アセアン訪問阻止」を主張し、東南アジア関連企業や外務省審議官宅を攻撃目標としたゲリラ事件を引き起こしたほか、全国各地で集会、デモを行った。この間、都内で行われた集会、デモにおいて、公務執行妨害で2人を現行犯逮捕した。
 警察では、警衛警備対策委員会等を設置して諸対策を推進し、天皇皇后両陛下の御身辺の安全と関係諸行事の円滑な進行の確保に努めた。

2 「反戦」闘争を前面に掲げ、個人テロ志向を強めた極左暴力集団

(1) 「反戦」、「反皇室」を一連の闘争として展開
 極左暴力集団は、平成3年初頭「90年天皇・三里塚決戦」路線を引き継ぐことを宣言していたが、1月17日のイラクに対する多国籍軍による武力行使の開始や避難民輸送のための航空自衛隊輸送機の中東派遣問題を受けて、「反戦」を基調とした主張を展開した。
 イラクの国連決議受入れにより停戦が実現した後も、海上自衛隊掃海艇のペルシャ湾への派遣、国連平和維持活動(PKO)への自衛隊の参加をめぐる論議の高まりといった動きが続いた。極左暴力集団は、2年に組織の総力を挙げて軍事路線に走り、財政的にも構成員に無理な負担を強いた影響が現れ、組織内に様々な問題を抱えていたため、「反戦」問題を組織の建て直しと拡大のための絶好のテーマととらえ、これを前面に掲げて闘争に取り組んだ。
 特に、中核派は、労働組合、市民を結集した「反戦共同行動委員会」を結成して、大衆闘争を展開したほか、闘争の節目に「防衛庁に向けた迫撃弾事件」等、「反戦」闘争に絡めて14件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。

 また、極左暴力集団は、「反戦」闘争に取り組む一方、立太子の礼、京都植樹祭、天皇皇后両陛下の東南アジア三国御訪問等を、「皇室闘争」の主要テーマとして取り上げるとともに、「天皇制反革命攻撃によって参戦と侵略体制を進めようとするもの」、「PKO派兵法案、小選挙区制攻撃、三里塚攻撃と一体の新たな『大東亜共栄圏』づくりの大攻撃」等ととらえ、「反戦」、「成田」と連動させて闘争に取り組んだ。また、その過程で「全国植樹祭準備室長宅放火事件」(中核派)等のテロ、ゲリラ事件を引き起こし、「外務省審議官実父宅放火殺人事件」(中核派)では2年に引

図6-1 テロ、ゲリラ事件の発生状況(昭和57~平成3年)

き続き再び犠牲者を出すに至った。
 過去10年間の極左暴力集団によるテロ、ゲリラ事件の発生状況は、図6-1のとおりである。
(2) 話合い解決をめぐり緊迫した成田闘争
 成田空港問題では、その話合い解決を図るため、学識経験者が、空港反対派、運輸省、空港公団等の当事者並びに千葉県、空港周辺自治体、空港利用者及び民間団体の代表から意見を聴取して、空港問題が紛糾した原因を究明し、打開策を提言していくという「成田空港問題シンポジウム」(公開シンポジウム)が開催された。
 これに対し、中核派等の極左暴力集団は、公開シンポジウム開催により、近い将来必ず千葉県収用委員会が再建され、北原グループ農家や団結小屋等の土地が強制収用されるとして、開催日に合わせて「公開シンポジウム粉砕現地闘争」等の連続闘争に取り組んだ。
 この過程で中核派及び革労協狭間派は、「空港公団幹部宅放火事件」(中核派)等18件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。特に中核派は、機関紙等で、「公開シンポジウムに協力した全反動分子は必ず総せん滅する。88.9.21を忘れるな」などと、同派が引き起こした「千葉県収用委員会会長襲撃事件」を取り上げ、公開シンポジウム関係者に対する個人テロを公然と宣言するなど、「成田」をめぐっては一段と緊迫した情勢を迎えるに至った。
(3) 拡大、凶悪化した個人テロ攻撃
 極左暴力集団は、「成田」、「皇室」、「PKO」等の闘争課題に関連して28件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした。
 戦術的には、個人の自宅等をねらう個人テロ志向を一層強め、攻撃対象も「自民党千葉県議宅放火事件」(中核派)にみられるように闘争課題とは直接関係のない個人にまで及んだ。
 また、「自民党千葉県議宅放火事件」では、敷地内にある6棟の建物のうち、出入口に近い4棟にそれぞれ時限式発火装置を仕掛け、逃げ道をふさぐ形で全焼させるなど明らかに家族の殺傷をねらい、「外務省審議官実父宅放火殺人事件」では、老夫婦が居住する家屋の最も燃えやすい場所に時限式発火装置を仕掛け、しかも、発火装置の下にタオルやぼろ布を敷くなどの手口で燃焼効果を高めて家屋の完全焼燬(しょうき)をねらい、これにより老夫婦が大火傷を負い、死亡するなど、犯行手口は一層凶悪化した。
 家族が死亡したことに対し、犯行を自認した中核派の最高幹部は、「罪を問われる人の自宅を攻撃対象にする以上、すれすれの問題だから仕方がない。家族にも半ば責任はある」などと公言するなど、家族の殺傷をも容認する同派の卑劣さがより鮮明となった。

(4) 極左対策の推進
 極左暴力集団は、警察の目を逃れるため、逮捕歴や活動歴のないシンパにマンション等を借り上げさせ、アジトとして同居潜伏するなど、引 き続き非公然化の傾向を強めている。また、テロ、ゲリラを引き起こす場合には、発見されにくいよう小型化し、又は偽装した武器の使用を続けているほか、複数の時限式発火装置を仕掛け、確実な建物焼燬(しょうき)と対人殺傷をねらうなど、凶悪な手口を用いて犯行に及んでいる。
 これに対し、警察は、事件捜査を徹底するとともに、全国的にアパートローラー、「地下工場」ローラー等の秘密アジト発見活動を徹底するなどあらゆる極左対策を積極的に推進した。
 この結果、平成3年中には、滋賀県内の中核派秘密アジトを摘発し、実行間近なテロ、ゲリラ計画を押収したのをはじめ、秘密アジト8箇所を摘発し、襲撃事件の被疑者を含む秘密部隊員16人をはじめ合計82人の極左活動家を検挙した。
〔事例1〕 襲撃犯人の検挙
 5月、茨城県で発生した中核派による「JR東日本労組水戸地本組織部長襲撃事件」に際し、犯人のうち1人を殺人未遂等で現行犯逮捕した。
〔事例2〕 調査活動中の秘密部隊員の検挙
 9月、千葉県内にある公開シンポジウム運営委員宅に対しテロ、ゲリラを行うための事前調査をしていた中核派秘密部隊員を建造物侵入等で逮捕した。
〔事例3〕 「滋賀アジト」の摘発
 9月、滋賀県内の中核派秘密アジトを摘発し、同所にいた関西革命軍最高幹部を公務執行妨害で逮捕するとともに、約1,500枚に上る水溶紙メモ等多数の資料を押収した。これらの水溶紙メモには、実行間近な生駒神社(奈良)、乃木神社(京都)に対する放火ゲリラ計画や天皇皇后両陛下御臨席の「第11回全国豊かな海づくり大会」会場に対する迫撃弾ゲリラ計画、掃海艇帰還時に合わせた自衛隊施設に対するゲリラ計画、その他国会議員宅や関西国際空港株式会社関係者宅に対するゲリラ計画等約30件に及ぶゲリラ計画のほか、対立セクトの活動家に関する調査メモ等が記載されていた。本件摘発により、中核派関西革命軍の動きを封じ、そのテロ、ゲリラ計画を未然に防止するとともに、同派に大きな打撃を与えることができた。
 警察では、極左暴力集団による個人テロをはじめとした無法な行為を根絶するため、引き続き、秘密部隊員の検挙、秘密アジトの摘発等徹底的な取締りを行うとともに、あらゆる法的手段を尽くして極左暴力集団の組織そのものの壊滅に向け努力していくこととしている。

3 内外情勢に敏感に反応し、悪質事件を引き起こした右翼

(1) 証券・金融不祥事等をめぐり人質立てこもり事件等の悪質な事件が増加
 最近の右翼運動は、「反体制、国家革新」を目指して政府等に対する反発を強める中、目的達成の手段をテロ等直接行動に求める傾向が顕著になってきており、けん銃を使用し人質を取る事件を引き起こすなど、一段と悪質、先鋭化している。
 平成3年は、証券・金融不祥事や政府の外交姿勢等をとらえ、証券会社でけん銃を発砲し人質を取って立てこもった事件(8月、東京)や自民党本部内でけん銃を発砲した事件(4月、東京)、さらに、金丸元副総理邸に対して火炎びんを投てきした事件(11月、東京)等17件のテロ、ゲリラ事件を引き起こした(表6-1)。

表6-1 右翼によるテロ、ゲリラ事件の検挙状況(昭和62~平成3年)

(2) ソ連情勢等に敏感に反応し、多様な活動を展開
 右翼は、ゴルバチョフ・ソ連大統領来日、ソ連政変、証券・金融不祥事、湾岸危機等に敏感に反応し、車両による街頭宣伝活動、徒歩デモ、政府、自民党及び在日大使館等関係先に対する抗議、要請行動、湾岸地域に対する物資支援等の多様な活動を展開した。
 とりわけ、4月のゴルバチョフ・ソ連大統領の来日をめぐっては、来日期間中、335団体、3,522人、272台が北方領土返還を訴える啓蒙活動等を展開したが、このうち、4分の3に当たる2,650人が徒歩デモを行うなど、従来みられた街頭宣伝車両中心の活動から、領土返還論議の高まりを背景として市民の共鳴を得ようとする新たな動きを示した。
 また、ソ連政変をめぐっては、「共産党は解体したが、共産主義を捨てたわけではない、引き続き反ソ活動に取り組む」、「ソ連は攻撃対象に値しない存在となった」などと、様々な評価を示した。
(3) 右翼対策の推進
ア 違法行為の防圧検挙
 平成3年においては、テロ、ゲリラ事件17件を含む127件の右翼事件について、186人を検挙した。
 警察では、今後とも悪質化する右翼のテロ、ゲリラ事件の未然防止を図るため、視察活動や警戒警備を強化するとともに、各種法令を駆使して徹底した取締りを行っていくこととしている。
イ 右翼の拡声機騒音対策
 近年、右翼が拡声機を使用して常軌を逸する高音量で街頭宣伝活動を行い、住民等から警察に対して騒音に関する苦情が寄せられるという事例が跡を絶たない。これに対して、警察では、軽犯罪法等を適用するなどして所要の取締りを行ってきたが、現行法令による取締りには限界があり、国民の期待に沿う成果を挙げることができないことが多かった。
 昭和63年に、国会の審議権の確保と良好な国際関係の維持に資することを目的として、「国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静隠

の保持に関する法律(昭和63年法律第90号)」が制定され、平成3年には、同法に基づき静隠を保持すべき地域として、11都道府県で延べ98箇所が指定され、警察において、必要な措置を採った。
 一方、各県においても、法令の不備を補う必要性から、2年までに6県においていわゆる暴騒音規制条例が制定され、福島県では、3年6月のソ連漁船の小名浜寄港に反対する右翼の拡声機騒音に対して、「拡声機による暴騒音の規制に関する条例」を適用して右翼1人を現行犯逮捕するなどの規制を行った。その結果、同条例が制定されていなかった前回(昭和62年)のソ連漁船寄港時と比較して、右翼による拡声機騒音の程度が著しく低くなり、同条例の効果を評価する県民の反応、報道機関の論調が多くみられた。
 また、平成3年中には、群馬県で、2月定例県議会において「拡声機による暴騒音規制に関する条例」が、宮城県で、11月定例県議会において「拡声機の使用による暴騒音規制に関する条例」が新たに制定され、暴騒音規制条例の制定の動きが全国的な広がりをみせた。
 言論、表現の自由が尊重されるべきことはいうまでもないが、住民の平隠な生活を脅かすような暴騒音が許されるものではなく、今後とも、右翼の拡声機騒音について、様々な対策を講じていく必要がある。

4 変化の様相を示す国際テロ

(1) 世界各地で多発した国際テロ
 国際テロ情勢は、東欧諸国での社会主議体制の崩壊に続き、ソ連が解体する中で、従来のテロ組織に加え、各国からの分離、独立を求める分離主義組織と反西欧文明を旗印とするイスラム原理主義組織が台頭してきた。平成3年には、国際テロ事件が湾岸危機や中東和平会議に関連して世界各地で多発するとともに、中南米等では、我が国の権益に関連した国際テロ事件の発生も目立った。
ア 国際テロ情勢
 中東では、湾岸危機の際、1月の多国籍軍による武力行使の開始に前後して、主に多国籍軍参加国の権益をねらった爆弾テロ事件等が多発した。しかし、イラクの関与が疑われるテロ事件はごく少数にとどまり、また、パレスチナ人テロ組織によるテロ事件もみられなかった。これは、各国のテロ防止対策が功を奏したことや、湾岸危機の行方を見守っていたテロ組織が多かったことなどによるものとみられる。
 一方、停戦後に米国主導の形で開催された中東和平会議には、パレスチナ解放機構(PLO)部内の一部の組織やイスラム原理主義組織が強く反発し、その一部はレバノンやイスラエル占領地で相次いでテロ事件等を引き起こした。
 欧州では、暫定アイルランド共和国軍(PIRA)によるとみられるイギリス首相官邸への迫撃弾攻撃事件(2月)及びビクトリア駅等連続爆破事件(2月)、ドイツ赤軍(RAF)によるとみられるドイツ信託公社総裁暗殺事件(4月)、バスク祖国と自由(ETA)によるとみられる警察官舎爆破事件(5月)、「悪魔の詩」イタリア語翻訳者襲撃事件(7月)、イラン政府関係者が関与したとみられるバクチュアル元イラン首相暗殺事件(8月)、シーク過激派による在ルーマニア・インド大使襲撃事件(8月)、ハンガリー・ブダぺスト国際空港でのバス爆破事件(12月)等が発生した。トルコでは、クルド過激派集団によるデパートに向けた焼夷弾投てき事件(12月)等が発生した。
 中南米では、ペルーのセンデロ・ルミノソ(SL)によるとみられる日本、米国及びイスラエル大使館等への爆弾テロ事件(4月)、ペルー与党の地区責任者射殺事件(8月)、アヤクチョ県の農民自営組織襲撃事件(11月)、ツパク・アマル革命運動(MRTA)によるとみられる銀行連続爆破テロ事件(6月)、ペルー大統領官邸へのロケット弾発射事件(11月)、コロンビア革命武装集団(FARC)による警察署襲撃事件(8月)等が発生するなど、爆弾テロ事件が相次いだ。
 アジアでは、フィリピンでのイラク人による米国文化センター付近における誤爆事件(1月)、シンガポールでのパキスタン人グループによるシンガポール航空機ハイジャック事件(3月)、インドでのタミール・イーラム解放の虎(LTTE)によるとみられるラジブ・ガンジー元首相暗殺事件(5月)、シーク過激派による在インド・ルーマニア臨時代理大使誘拐事件(10月)等が発生した。このほか、インド及びスリランカでは、民族、宗教等の対立に起因したテロ事件が発生した。
イ 我が国に関係した国際テロ事件
 我が国の権益に関連した国際テロ事件としては、イラクへの多国籍軍の武力行使が行われる中で、在イエメン日本大使公邸への爆発物投てき事件(1月)が発生したほか、中南米地域では、ペルーにおける国際協力事業団(JICA)職員3人の殺害事件(7月)及び日系人襲撃事件(7月)、コロンビアにおける日本企業社員2人の誘拐事件(8月)等邦人や日系人を直接ターゲットとした国際テロ事件の発生が目立った。
 なお、国内においては、「悪魔の詩」邦訳者殺害事件(7月)が発生したが、同書の出版に対しては国外で反発している動向もあるところから、これとの関連性についても捜査中である。
(2) 国際情勢の推移に危機感を強めた日本赤軍
 日本赤軍は、「5.30声明」で、湾岸危機終息後の国際情勢について、従来になく厳しい現状分析を行った上で、その打開策として「自己犠牲の精神に立つ国際主義の復権」を訴えるとともに、国内支援者に対しては、「米軍基地一掃の闘い」を呼び掛けた。また、多国籍軍が武力行使を行い、各国がテロに対する厳しい警戒を行っていた最中に、主要メンバーが中東及び欧州を移動するなど極めて不審な動きをみせており、依然としてテロに向けた水面下での活動を活発に行っているとみられる。
 警察では、平成3年7月、ここ数年中東、欧州等を頻繁に移動し、テロに向けた活動に従事している疑いの強い日本赤軍の主要メンバー足立正生について、関係国の捜査協力を得て逮捕状を取り、ICPOを通じて国際手配した。
(3) 「人道帰国」を目指す「よど号」犯人グループ
 「よど号」犯人グループの大半は北朝鮮にいるが、一部メンバーの所在は依然として不明である。
 同グループは、帰国問題を最優先課題として取り組んでおり、特に、機関紙(誌)での主張や報道機関による取材への対応の中で、今や自分たちは赤軍派ではなく、護憲、平和活動家であるとのイメージを広めることに力を注いだ。
 このような動きから、同グループは、かねてからの主張である「無罪合意帰国」(自分達の行為が「政治亡命であって法的には無罪」であることを日本政府に認めさせた上で帰国するという主張)を断念し、長年帰国できないことに対する世論の同情に基づく「人道帰国」の実現を目指していくものとみられる。

5 困難な情勢に直面した日本共産党

(1) ソ連共産党の解体を「歓迎」し、従来の路線を堅持
 日本共産党は、平成元年以来、社会主義国において様々な矛盾が表面化したことにより、厳しい立場に立たされてきたが、3年は、8月のソ連共産党解体の動きで、更に困難な情勢に直面することとなった。
 日本共産党は、ソ連共産党の解体の動きに対して、9月1日に発表した常任幹部会声明等で、「覇権主義の党の終焉(えん)」であり「もろ手をあげて歓迎」する、日本共産党にとっては「妨害物」がなくなるという点で「巨大なプラス」になる、との態度を明らかにした。また、宮本議長は、報道機関のインタビューに答えて、党綱領を見直す考えのないことを表明し、不破委員長も党の路線に影響はないことを言明して、ソ連共産党の解体にもかかわらず日本共産党は従来の路線を堅持することを明らかにした。
 日本共産党は、その後、10月9日から11日までの3日間、静岡県熱海市の伊豆学習会館において、7年半ぶりに全国協議会を開催した。会議開催のねらいは、ソ連共産党解体という急、激な情勢の変化を踏まえ、党内の意思統一と士気高揚を図ることにあった。
 会議では、日本国内の情勢について、「自民党と国民との矛盾が激化」し、「社会発展の客観的条件は成熟している」(宮本議長)との認識を明らかにした。そして、客観的条件が成熟しているにもかかわらず、主体的条件が形成されていないとして、せめて野党第二党に進出することを目標に参議院選挙に全力を尽くす方針を強調した。
 一方、民主青年同盟は、11月22日から25日までの4日間、伊豆学習会館で第21回全国大会を開催し、共産党全国協議会の決定に沿った大会決議を採択するとともに、学習活動を強調した「質」重視の方針を決定した。
(2) 党員、「赤旗」発行部数は減少したが、統一地方選挙等で議席を維持
 日本共産党は、党員数について、平成2年7月の第19回党大会で「50万近い」(宮本議長)とのみ発表し、その後は明らかにしていない。しかし、日本共産党は、同大会後、党費を納めず、活動にも参加しない、いわゆる12条該当党員の除籍、離党措置を講じ、3年に入ってからも強力に推進したため、実際の党員数は大幅な減少となった。
 機関紙「赤旗」は、第19回党大会時の推定約288万部から、3年6月には、推定約260万部へと減少したが、その後は、減少傾向に歯止めがかかり、横ばいないし微増で推移した。
 3年末の党員数は推定で約40万人、「赤旗」の発行部数は日曜版を含め推定約262万部となった。
 3年4月に行われた統一地方選挙は、日本共産党にとって逆風下の選挙であり、しかも議員定数が削減される(前回選挙時と比べ670議席減)という状況下で行われたにもかかわらず、他の野党が議席を減らす中、前回獲得した議席をほぼ維持した(表6-2)。

表6-2 統一地方選における主な政党の当選者数

 統一地方選挙後においても、3年末までに行われた中間地方選挙で、前回選挙時と比べて10議席増となった。しかし、死亡、辞職、離党等での減少があったため、3年末の日本共産党地方議員数は、2年末(3,936人)とほぼ同数の3,941人となった。
(3) 低迷状態から抜け出せない全労連
 全労連(全国労働組合総連合、綱領上は政党からの独立をうたっている)は、日本共産党の指導、援助により平成元年11月に結成され、「連合(日本労働組合総連合会)を含むあらゆる労働者・労働組合との共同闘争の追求」方針を打ち出し、それまでの「反連合」一辺倒の路線からの転換を図るとともに、春闘、メーデー、国鉄闘争等の課題を通じて全労協(全国労働組合連絡協議会)傘下の社会党左派系労組に共闘を呼び掛けるなど、本格的なナショナルセンター(労働中央団体)を目指した活動に取り組んだ。
 しかし、連合との共闘はもちろん、社会党左派系労組との共闘についても新たな進展はみられず、連合主導の春闘にも影響を与えることはできなかった。また、組織勢力も結成時と同じ公称140万人にとどまった。

6 流動化する国際情勢下における外事関係事案

 米ソ両国を中心とする冷戦構造は、平成3年末におけるソ連の解体によって崩壊したが、これに替わる新しい秩序はまだ確立されておらず、旧ソ連国内の混乱、冷戦構造下で抑えられていた民族間の対立の顕在化等、新たな紛争の発生が国際社会の不安定要因となっている。また、国際社会におけるイデオロギー対立が一層希薄化する中で、社会主義を標ぼうする中国、北朝鮮等が孤立からの脱却を目指した活動を展開しており、我が国を取り巻く国際情勢は不確実なまま流動している。
 このような情勢を反映して、スパイ活動を中心とした我が国に対する有害活動、我が国を場とした第三国に対するスパイ活動等の外事関係事案は、やむことなく引き続き行われている。
 近年のスパイ活動は、我が国の各界各層に対する謀略性の強い工作、高度科学技術情報の収集等を中心として行われているが、こうしたスパイ活動は.国家機関が介在して組織的かつ計画的に行われるため、潜在性が強く、その実態の把握は困難である。また、我が国には、スパイ活動を直接取り締まる一般法規がないため、スパイ活動を摘発できるのは、その活動が各種の現行刑罰法令に触れた場合に限られているが、警察としては、我が国の国益と国民の平穏な生活を守るため、スパイ活動等に対し、現行法令を最大限に活用した取締りに努めることとしている。
 また、我が国と周辺諸国との著しい経済格差等を反映して就労目的の外国人の大量流入が続く中で、集団的、計画的な不法入国が目立ち、また、不法残留者が大量に存在している。このような出入国、在留に関する犯罪の深刻化が、来日外国人による犯罪の急増とあいまって治安上も問題となってきており、適切な取締りをはじめ、総合的な対策を講ずることが必要となってきている(なお、来日外国人問題については第1章第2節2及び第4章8参照)。
(1) 依然として継続される旧ソ連のスパイ活動
 ソ連は、ゴルバチョフ政権誕生以来、ペレストロイカ政策を推進し、柔軟な外交政策を採る一方で、国内経済の悪化を背景に、科学技術の振興による経済再建を目指し、我が国をはじめ西側諸国に対する高度科学技術等をねらったスパイ活動を活発に展開してきた。
 平成3年8月の保守派によるクーデター失敗後、ソ連共産党が解体され、また、3年末のソ連解体後、ロシア連邦をはじめ11の共和国で構成される独立国家共同体(CIS)が創設された。こうした中で、エリツィン・ロシア連邦大統領は、旧KGBを基礎にした「ロシア対外情報局」の創設を決定しており、今後、これら情報機関等による高度科学技術等の情報収集活動が継続して行われるものとみられる。
〔事例〕 在東京ソ連通商代表部員は、中国人医学留学生を通じて高度科学技術等を入手しようとしていた。4月検挙(警視庁)
(2) 孤立からの脱却に向けて対日諸工作を展開する北朝鮮
ア 北朝鮮の対日諸工作
 北朝鮮は、社会主義の固守を繰り返し強調するなど、国内の思想引き締めを強化しつつ、国際的孤立からの脱却と経済再建を目指した対外活動に力を入れており、特に、我が国との国交正常化に向け、我が国各界各層に対する働き掛けを活発に展開している。一方、工作員の潜入、脱出のため、北朝鮮の特殊工作船が最近においても日本近海に接近していることが確認されており、北朝鮮による我が国に対するスパイ活動は依然として活発である。警察では、関係機関との連携を強化するとともに、民間の協力を得て、我が国の沿岸域の安全確保を図りながら、北朝鮮によるスパイ活動の防止に努めることとしている。
イ 北朝鮮へら致された疑いが極めて強い「李恩恵」の身元特定
 大韓航空機爆破事件の犯人である金賢姫の日本人化教育を担当した「李恩恵」と呼ばれる女性の身元については、昭和63年2月から、家出人調査や、ポスター、チラシの配布等によって調査を行ってきた。平成3年3月、「李恩恵」に酷似する女性が浮上したため、係官が韓国に赴き、金賢姫にこの女性の写真を示したところ、これが「李恩恵」であるとの供述を得、これらを総合してこの女性が「李恩恵」である可能性が極めて高いと判断するに至った。金賢姫の供述によれば、「李恩恵」は日本から「船で引っぱられてきた」と語ったとのことであり、この女性がら致された疑いが極めて強いと判断されたことから、関係都道府県警察に捜査班を設置して捜査を続けている。

(3) 戦略物資の不正輸出等の取締り
 平成3年には、ココム規制の大幅な合理化が図られたが、一方では、旧ソ連や中国、北朝鮮等を中心に、我が国の高度科学技術に関する情報収集活動が依然として活発に行われた。他方、湾岸危機、北朝鮮の核開発疑惑等を契機として、大量破壊兵器(核、生物及び化学兵器)及びミサイルの拡散防止を目的とした輸出規制の強化が.国際的に議論されている。
 警察では、我が国の高度科学技術に関する情報収集活動に伴う違法行為、さらに、地域紛争当事国等に向けた大量破壊兵器等に関連する戦略物資の不正輸出事案に対し、取締りの徹底を期することとしている。
〔事例〕 大手航空電子機器会社によるミサイル部分品不正輸出事件
 大手航空電子機器会社は、F-4ファントム戦闘機に装備するミサイルの部分品(ローレロン)について外国企業から修理の依頼を受け、同部分品を修理の上、シンガポール経由でイラン向けに不正輸出していた。警視庁では、8月28日、同社の前社長、現専務取締役等4人を関税法、外為法違反で逮捕し、30日、従業員4人を検挙した。
 本件は、地域紛争当事国向けのミサイル関連物資不正輸出事件としては初めての検挙事例である。

(4) 出入国、在留にかかわる犯罪の深刻化とその適切な取締り
 平成3年に入り、密入国、不法残留等の出入国、在留にかかわる犯罪の情勢は、近年になく深刻化した。法務省入国管理局によると、3年11月現在で、我が国に不法に残留する外国人は約21万6,000人といわれ、密入国者も含め、相当多数の外国人が不法に滞在しているものとみられる。これらの外国人は、そのほとんどが就労目的で入国しているが、就労を続けるため、正規の在留者を装い旅券や外国人登録証明書等の偽造を行う者もおり、出入国、在留にかかわる犯罪の手口は、ますます巧妙かつ悪質なものとなっている。
〔事例〕 中国人集団密航事件
 3年中、中国人集団密航事件を長崎(2月)、沖縄(10月)でそれぞれ検挙したが、いずれも密航ブローカー等による組織的、計画的なものであった。特に、沖縄の事件では、密航者と同時に検挙した出迎えの中国人が、密航者を正規の在留者のごとく装わせるため、外国人登録証明書を偽造して、密航者に手渡していた。
 これら不法に滞在する外国人の存在は、既に外国人犯罪の急増とあいまって、治安上看過できない問題となっている。警察では、引き続き、関係機関と連携を取りつつ、密航ブローカーや文書偽造事犯等悪質性の強い事案を中心として、適切な取締り等に努めることとしている。

7 国際情勢を反映した警衛、警護

(1) 天皇及び皇族の御身辺の安全を確保した警衛
 天皇皇后両陛下は、即位後初めて外国(9~10月、タイ、マレーシア、インドネシア)を御訪問され、また、全国植樹祭(5月、京都)、全国豊かな海づくり大会(10月、愛知)、国民体育大会秋季大会(10月、石川)、地方事情御視察(10月、福井、岐阜)等へ行幸啓された。皇太子殿下は、国民体育大会冬季大会(1月、長野)、立太子の礼及びそれに伴う御参拝(2月、東京、三重、奈良)、ユニバーシアード冬季大会(3月、北海道)、全国高等学校総合体育大会(7~8月、静岡)、全国育樹祭(10月、島根)等へ行啓された。
 警察は、極左暴力集団等による「皇室闘争」が激しく行われる中、皇室と国民との親和に配意した警衛を実施して、御身辺の安全の確保と歓送迎者の雑踏事故の防止を図った。
(2) 国際情勢を反映した多様な警護
 我が国の国際的な地位の向上等を反映して、近年外国要人の来日が増加しているが、平成3年中も、国賓ゴルバチョフ・ソ連大統領(4月)、国賓ベアトリックス・オランダ王国女王(10月)をはじめ、多数の要人が来日した。特に、3年は、従来の国際秩序の急激な変動の影響もあり、ソ連大統領のほか、カンボジア(プノンペン政権)、ポーランド、ハンガリー、リトアニア及び北朝鮮の各首相やチェコスロバキアのドブチェク連邦議会議長等、以前の東側ブロックからの要人の来日が目立った。
 一方、海部首相は、第17回主要国首脳会議(ロンドン・サミット)出席に際し米国、英国、オランダ及びベルギーを訪問(7月)したほか、韓国(1月)、米国(4月)、マレーシア、ブルネイ、タイ、シンガポール及びフィリピン(4~5月)並びに中国及びモンゴル(8月)を訪問し、活発な首脳外交を展開した。
 また、国内では、統一地方選挙、自民党総裁選挙等をめぐり要人の地方日程が活発化した。
 警察は、これら内外要人の警護に当たり、厳しいテロ情勢の中でその身辺の安全の確保に努めた。


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