第1章 ボーダーレス時代における犯罪の変容

 現代は、「ボーダーレス」の時代である。
 最近における国際化の進展、交通手段の変化、女性の社会進出等をはじめとした社会経済情勢の変化は、従来当然のものと考えられていた様々な境界を消滅させつつあるが、これは、社会の病理を写す鏡である犯罪の分野においても例外ではない。
 具体的には、
○ 人や物の交流の活発化に伴う警察署や都道府県の境界を越えた犯罪や国際犯罪の増加
○ 個人の生活、企業の経済活動等の多様化に伴う犯罪者の属性や組織犯罪の形態の多様化
等の傾向を「犯罪のボーダーレス化」として挙げることができ、こうした傾向の進展は、捜査活動に対しても様々な影響を与えている。
 この白書では、過去10年ないし20年間に表れた「犯罪のボーダーレス化」の傾向を、まず、北関東の地方都市である足利市でのケーススタディにおいて概観し、次いで一般的な傾向としての「犯罪のボーダーレス化」について考察することとした。
(注) 「ボーダーレス(borderless)」という語は、これまで「国境がない、国境が自由化された」という意味で用いられることが多かったが、最近では、この意味を基本としつつも、これと併せて、より広く「社会的な境界」が消滅したという意味でも用いられるようになってきている。本白書では、「ボーダーレス」の語を、基本的には、「国境、県境等の地理的な境界が意味を失った」という意義で用いながら、併せて、男女間の区別等の「社会的な境界の消滅」の意義をも含むものとして使用している。
 各節の概要は次のとおりである。
第1節 ケーススタディ~ある地方都市にみられた犯罪の変容
 第1節においては、栃木県足利市にみられた過去20年間の社会情勢等の変化が、同市における犯罪の情勢や警察活動にどのような影響をもたらしているかについて分析するとともに、これがどの程度全国のその他の地域に妥当するものかどうかについて考察した。
1 新市街の形成と警察事象の分布等の変化
2 日常的なモビリティーの増大と犯罪のスピード化、広域化
3 生活様式の変容と犯罪捜査活動の困難化
4 外国人の流入と外国人による犯罪の増加
第2節 地域的な垣根を越えた犯罪
 従来の犯罪は、どちらかといえば、一の警察署の管轄区域や一の都道府県の区域内で完結するものが多かった。このため、警察活動も、犯罪者や犯罪の被害者が、おおむね同一の区域内に生活の拠点を有するということを前提として構築されていた。第2節においては、こうした状況がどのように変化しているかを分析することとした。
 現代における日常的なレベルでのモビリティーの増大は、個人の生活の範囲を拡大させるとともに、個人の行動をより迅速化させている。これに伴って、犯罪の態様も変容し、捜査活動の分野においても、警察署や都道府県の垣根を越えた活動を行うことが日常的となっている。
 また、我が国の国際化の進展に伴い、最近は多数の外国人が我が国で生活するようになってきている。これに伴い、これらの来日外国人に関する犯罪も急増傾向にあり、これまでのような捜査活動によっては、対応できない問題が生じている。
第3節 社会的な区別の消滅等に伴う犯罪の変容
 第3節においては、過去10年ないし20年間の長期的な傾向として、犯罪がその質的な面でどのような変容を遂げているかについて、統計的に分析した。
 この間の個人の生活様式の多様化により、従来のような様々な社会的な区別は消滅しつつある。これを反映して、犯罪は、犯罪者や被害者の属性、犯行の動機等の面で、次のように徐々に多様化の度合いを強めており、これに対応した捜査活動を行っていく必要性が高まってきている。
1 男性と女性の間の区別の不分明化
2 年齢層の区別の不分明化
3 「生活のための犯罪」の減少
4 「物」の価値の変化に伴う犯罪の変容
5 「犯人の心当たりのない犯罪」の増加
第4節 ボーダーレス時代における暴力団
 第4節においては、組織犯罪集団としての暴力団の活動が、県境や国境を越えて広域化し、その巨大な組織力を背景として、表(おもて)の経済活動を侵食するなど、国民生活にとって重大な脅威となっている状況について分析した。
 ボーダーレスの時代を反映して、最近の暴力団は、県境を越えた活動を日常化させ、広域暴力団による寡占化が進行するなど、その巨大化の度合いを強めているほか、銃器や薬物を入手することなどを目的として、海外進出等の国際的な活動を活発化させている。
 また、暴力団は、このように巨大化した力を背景として、裏の社会の垣根を越え、表(おもて)の経済社会に公然と進出し、賭博(とばく)等の従来の資金獲得犯罪のみならず、民事介入暴力を日常的に行い、さらには、証券取引等にまで介入するなど、経済マフィア化する傾向を顕著にしている。
 この結果、従来の暴力団取締活動のほか、暴力団対策法の運用や国民的な暴力団排除活動の展開等により、これに対処していく必要に迫られている。
第5節 今後の課題
 第5節においては、第1節から第4節までにおいてみた犯罪の変容に対し、警察として講ずべき施策等について述べた。


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