第9章 警察活動のささえ

1 警察職員

 我が国の警察組織は、都道府県を単位としており、都道府県公安委員会の管理の下に警察職務を直接遂行する都道府県警察が置かれている。また、これら都道府県警察を国家的、全国的な立場から指導監督し、又は調整する国の警察機関として、国家公安委員会の管理の下に警察庁が置かれている。
 警察庁及び都道府県警察に勤務する警察職員は、警察官、皇宮護衛官、事務職員、技術職員等で構成され、これらの職員が一体となって警察職務の遂行に当たっている。
 警察が治安維持の責務を全うしていくためには、現在警察で勤務している職員のおう盛な士気を維持するとともに、今後の警察を担っていく優秀な人材を確保していく必要がある。そのため、全国の警察を挙げて、職員の待遇改善、勤務環境の整備等に努めているところであり、現在の職員のみならず、将来警察で勤務する者にとっても、更に魅力のある職場づくりを積極的に推進しているところである。
(1) 定員
 警察職員の定員は、平成2年末現在、総数25万8,345人で、その内訳は、表9-1のとおりである。

表9-1 警察職員の定員(平成2年)

 2年度には、地方警察職員たる警察官900人の増員が行われ、警察官1人当たりの負担人口は、全国平均で556人となった。これを欧米諸国と比較すると、図9-1のとおりで、我が国の警察官の負担は著しく重いものとなっており、今後とも警察力の整備に努める必要がある。

図9-1 警察官1人当たりの負担人口の国際比較(平成2年)

(2) 婦人警察職員
 平成2年4月1日現在、都道府県警察には、婦人警察官約4,300人、婦人交通巡視員約2,200人、婦人補導員約800人、そして一般職員として約9,800人の女性が勤務しており、それぞれの分野で活躍している。
 2年度においては、婦人警察官を採用する都道府県警察の数が、前年度の24から31に増加した。また、婦人警察職員の働く分野も次第に拡大されつつあり、現在では、交通指導取締り、少年補導、女子の留置・保護、警察広報等のみならず、犯罪捜査、鑑識活動、警衛、警護、警備、情報分析等の様々な分野にまで及び、警察業務の運営に相当の効果を上げている。今後は、更に多くの婦人警察職員が幅広い職域で活躍することが期待されている。

(3) 教育訓練
 警察官には、逮捕、武器使用等の実力行使の権限が与えられており、また、自らの判断と責任で緊急に事案を処理しなければならない場合も多いので、職務執行を適正に行うためには、高度な実務能力と円満な良識とを兼ね備えていなければならない。このため、警察では、警察学校において、新しく採用した警察官に対する採用時教養、幹部昇任者に対する幹部教養、専門分野に応じた各種の専科教養等の集合教養を実施しているほか、職場における個別指導を行うなど、あらゆる機会を通じてきめ細かな教養を行い、各階級、各職種において求められる実務能力のかん養に努めるとともに、柔道、剣道、逮捕術、けん銃操法、体育等の術科訓練を通じて、体力、気力の充実及び職務執行に必要な技能の習得に努めている。
 警察学校における教養の中で特に重要なものは、採用時教養である。そこでは、新に採用した警察官に対して、警察官として必要な法律知 識や技能を身に付けさせるとともに、部外講師を招へいして情操教育を実施するなど豊かな人間性をはぐくむための教育訓練を行っている。
 また、警察学校における教養効果を高めるためには、教室や生徒寮等の施設充実をはじめとする教育環境の整備が不可欠である。そのため、学生が、快適な居住環境の下で生き生きと学校生活を送れるように、学生のプライバシーを十分配慮した生徒寮の改善、ゆとりのあるカリキュラム、十分な自由時間の設定等の工夫を行っている。
 このほか、警察では、優秀な人材を育成するため、海外研修制度、各種資格取得奨励制度等の拡充に努めている。特に、海外研修制度については、犯罪の国際化に的確に対応するため、警察大学校の附置機関である国際捜査研修所において、語学能力と実務能力を兼ね備えた国際捜査官の養成を目的として、平成3年度から、語学研修を主とした海外研修を導入することとしている。さらに、都導府県警察においても、警察官一般を対象とした海外研修制度を積極的に採り入れている。
 なお、警察における職員教育として、警察官に求められる職業倫理の確立と使命感の醸成を図るため、その指針として設けた「警察職員の信条」を中心とした職業倫理の教養や相手の立場に立った親切かつ適切な執行務を行うための市民応接教養にも力を入れている。
(4) 勤務
ア 警察職員の勤務
 警察の果たすべき治安維持の責務は、昼夜を分かたぬものであるので、24時間警戒体制を確保する必要がある。そこで、外勤警察官をはじめ、全警察官の4割以上は、通常、3交替制で3日に1度の夜間勤務を行っている。交替制勤務者以外でも、警察署に勤務する警察官の多くは、6日に1度程度の割合で夜間勤務に従事している。また、突発事件、事故の捜査等のため、勤務時間外に呼び出されることも少なくない。このた め、警察官をはじめとする警察職員の勤務条件、給与、諸手当等の待遇については、常に改善を検討しており、これまで、駐在所勤務員の複数化、派出所等の勤務環境の改善、階級別定数の見直し等が図られてきたが、職員の待遇を改善することは、優秀な人材の確保にも資することから、今後ともその改善に努めることとしている。
 勤務時間については、警察庁及びほとんどの都道府県警察において、土曜閉庁方式による職員の4週6休制が実施されているところである。また、夏季等における休暇の連続取得の普及や年次休暇の計画的取得の促進を図るなど、職員が休暇を取得しやすい環境づくりを積極的に推進しているところである。
〔事例〕 警視庁をはじめとする多くの都道府県警察では、いわゆるリフレッシュ休暇制度を導入し、各種表彰を受賞した者等が一定期間の連続休暇を容易に取得できるようにしており、また互助会等からは、旅行補助等金銭上の援助、助成等が行われている。また、いくつかの都道府県警察では、結婚記念日、誕生日等の各種記念日を迎えた者が休暇を取得しやすくする工夫がなされている。
イ 警察官の殉職、受傷
 警察官は、国民の生命、身体等を保護し、公共の安全と秩序を維持するために自らの身の危険を顧みず職務遂行に当たり、その結果、職に殉じたり受傷したりする場合がある。例えば、平成2年においては、暴力団対立抗争の警戒中に暴力団員から銃撃され2人の警察官が死亡した事案、即位の礼・大嘗祭に伴う警備警戒中に単身寮に仕掛けられた爆弾により警察官が死亡した事案等が発生した。このように、職に殉じたり受傷した警察官又はその家族に対しては、公務災害補償制度による補償のほか、各種の援護措置が採られている。
〔事例〕 2年11月1日午後10時50分ごろ、警視庁A警察署勤務のB警 部補(48)は、即位の礼・大嘗祭に伴う警衛警護警備のために警視庁の単身寮を検索中、ゴミ箱置場付近における不審物件に気付き、これを確認しようとした時に突然爆発が起こり殉職した。
 同人の遺族に対しては、弔慰金、遺族年金ばかりでなく、特殊公務災害として、法律に基づく各種給付金が支給されたほか、同人の身の危険を顧みぬ職務遂行をたたえるために、国や都から賞じゅつ金等が支払われた。
(5) 採用への総合的な取組
 平成2年度に都道府県警察の警察官採用に応募した者は約6万200人で、合格した者は約7,400人(うち、大学卒業者は約2,500人)であり、競争率は約8.1倍であった。
 警察官としてふさわしい能力と適性を有する優秀な人材を確保することは、警察力の基盤強化を図る上で極めて重要な意義を有しており、そのため、警察においては、これまでも優秀な人材の確保に努めてきたところである。しかし、今後、警察官の採用必要数が増加していくことが見込まれる反面、若年人口は減少していくことが予想されることなどから、警察官の採用をめぐる情勢についても、厳しさを増すことが予想されるところである。
 このような情勢に的確に対処し、今後とも優秀な人材の確保を図るため、2年2月、警察庁に「都道府県警察における総合的人材確保方策推進検討委員会」を設置するとともに、全国の警察を挙げて、派出所等の勤務環境の改善、快適な独身寮の整備、拡充等をはじめとする施設の改善に努め、更に魅力のある職場づくりを積極的に推進しているところである。
(6) 国民の期待と信頼にこたえる適正な警察運営
 警察が治安維持の責務を全うしていくためには、警察活動に対する国民の理解と協力が不可欠であり、そのため、すべての警察職員が職責を自覚して職務に精励することが肝要である。しかしながら、派出所における拾得金横領事件(神奈川)、暴力団取締りをめぐる収賄事件(大阪)等が発生したため、平成2年12月、警察庁及び各都道府県警察に「業務適正化委員会」を設置し、警察各部門における業務運営及び服務に関する問題点を抽出して、具体的かつ効果的な改善方策を総合的に検討することとした。また、これと同時に、適正な人事管理や職業倫理教養の徹底、組織の活性化、職員の士気の高揚等を図り、国民の期待と信頼にこたえ得る警察運営に努めている。

2 予算

 警察予算は、国の予算に計上される警察庁予算と各都道府県の予算に計上される都道府県警察予算とで構成される。警察庁予算には、警察庁、管区警察局等国の機関に必要な経費だけでなく、都道府県警察が使用する警察用車両やヘリコプターの購入費、警察学校等の増改築費、特定の重要犯罪の捜査費等都道府県警察に要する経費が含まれている。
 平成2年度の国の予算編成においては、財政改革の推進と内需を中心とした景気の持続的拡大の維持という二つの要請にこたえるべく、「平成元年度当初予算における経常部門経費の予算額から10パーセントを削減した金額と投資部門経費の予算額相当額との合計額」という概算要求基準が設定された。警察庁としては、このような厳しい財政状況の下においても、現在の治安水準を維持するため、捜査力の充実強化、重大テロ事件対策の強化、覚せい剤事犯対策の強化等について、重点的に予算措 置している。
 2年度の警察庁当初予算は、総額1,958億1,400万円で、前年度に比べ、85億6,400万円(4.6%)増加し、国の一般会計予算総額の0.3%を占めている。また、補正後予算の内容は、図9-2のとおりである。
 2年度の都道府県警察予算は、各都道府県において、それぞれの財政事情、犯罪情勢等を勘案しながら作成されているが、その総額は、2兆6,421億4,800万円で、前年度に比べ、1,836億1,200万円(7.5%)増加し、都道府県予算総額の6.2%を占めている。その内容は、図9-3のとおりである。
 警察庁予算と都道府県警察予算の合計額(重複する補助金額を控除した額)を国の人口で割ると、国民一人当たり約2万3,000円となる。

図9-2 警察庁予算(平成2年度第二次補正後)

図9-3 都道府県警察予算(平成2年度最終補正後)

3 装備

(1) 車両
 警察用車両には、捜査用車、鑑識車等の刑事警察活動用車両、交通パトカー、白バイ、交通事故処理車等の交通警察活動用車両、警らパトカー、移動交番車等の外勤警察活動用車両等があり、現有警察用車両の用途別構成は図9-4のとおりである。

図9-4 警察用車両の用途別構成(平成2年度)

 平成2年度は、広域重要事件捜査等のための刑事警察活動用車両、現

場鑑識技術強化のための現場科学検査用車、高速道路用の交通指導取締り用車、即位の礼・大嘗祭に伴う警衛警護警備に関係する車両等の増強整備を図るとともに、既に配備されている警察用車両についても、耐用年数を経過して特に減耗度の著しい車両を重点に更新整備を図った。
 今後も、警察事象の広域化、悪質化に的確に対応して、国民の負託にこたえていくためには、警察機動力のかなめである警察用車両の整備充実を一層推進していく必要がある。
(2) 船舶
 警察用船舶は、全長5メートル級から20メートル級のものが合計203隻あり、港湾、離島、河川、湖沼等に配備され、多様化する水上レジャーの指導取締り、水難救助、覚せい剤等の密輸事犯、密漁事犯、公害事犯等の取締り等の水上警察活動に活用されている。
 今後の警察用船舶の整備に当たっては、水上警察事象の広域化、高速化に対応するため、より大型化、高速化、高性能化を図っていく必要がある。

(3) 航空機
 警察用航空機は、空からのパトロール、犯人の捜索や追跡等の捜査活動、交通指導取締り、救難救助等警察活動全般にわたる幅広い分野で活動している。
 平成2年度は、福井、高知の両県警察に小型ヘリコプター各1機を新規に配備した。この結果、ヘリコプターの配備数は、45都道府県警察に合計60機となった。
 今後とも、高速性、広視界性に優れた警察用航空機の全県配備を推進していく必要がある。

(4) 警察装備資機材の開発
 警察では、警察活動の基盤となる装備資機材に、最先端科学技術を導入することによって、警察業務の効率化と高度化に努めている。
 平成2年度においては、第一線警察からのニーズが強いテロ、ゲリラ対策用資機材、個人装備品等の開発改善に努めた。
 今後も、警察装備資機材の科学化、近代化を図るため、研究、開発を一層推進することとしている。

4 警察活動とコンピュータの活用

(1)犯罪捜査におけるコンピュータの活用
ア 捜査情報のコンピュータ処理
(ア) 捜査情報交換システムと多角照合システム
 複数の都道府県において発生した犯罪で、同一犯人の犯行と考えられるものについて、各都道府県警察が収集した捜査情報をデータ通信回線を通じて相互に交換し合うシステムを「捜査情報交換システム」といい、このシステムにより集めた情報について、コンピュータを用いて関連性のチェックを行うことにより被疑者の絞り込みを行うシステムが「多角照合システム」である。これらのシステムは、広域犯罪等の捜査支援等事件に強い警察の確立に貢献している。
(イ) 捜査資料の解析
 捜査活動で押収した膨大な書類、帳簿等を手作業で分析処理するには大変な人手と期間が掛かるため、これをパソコンや大型コンピュータで集計、分析することにより、捜査の迅速化、合理化を図っている。
 また、最近は、企業の会計事務等がコンピュータ処理されていることが多いため、押収した磁気テープ、フロッピー等の解読、分析等にもパソコンや大型コンピュータを用いている。
〔事例〕 平成2年5月、海外先物取引をめぐる広域詐欺事件捜査において、関連会社等からパソコン、フロッピー、帳簿、伝票、顧客名簿等843品目、1万7,683点に上る証拠品を押収した。
 これらの押収資料を基にパソコンにより会社の経理、営業実態を分析し、関係者を取り調べた結果、300人以上の顧客から委託保証金と称して総額約5億円をだまし取っていた事実が判明し、組織的、 計画的な大規模詐欺事件として、10月、会社社長及び元幹部を詐欺等の容疑で逮捕した(京都)。
イ 指紋の照合
 警察庁では、昭和57年10月から「指紋自動識別システム」を導入して指紋の登録を開始し、58年10月から遺留指紋照会を、59年10月からは被疑者の身元や余罪を確認する業務を開始したが、この「指紋自動識別システム」は、被疑者の割り出し、身元確認等に大きな役割を果たしている。
ウ 第一線からの照会
 警察庁では、都道府県警察から手配された「人」(家出人等)、「車」(盗難車両等)、「物」(各種盗難品等)に関するデータを大型コンピュータで管理しており、全国の第一線警察官からの照会に対して即時に該当の有無を回答することにより、警察活動を支援している。
 また、自動車を利用した犯罪に対応し、手配車両を早期に発見するため、「自動車ナンバー自動読取システム」や携帯型コンピュータによる「車両検索システム」の整備を行い、盗難車両等の発見に大きな成果を挙げている。
(2) 運転免許業務におけるコンピュータの活用
 全国の運転免許保有者数は、平成2年末現在6,000万人を超えている。これらの運転免許に関するデータは、警察庁のコンピュータで全国的な管理を行っており、都道府県警察の運転免許試験場等に設置した端末装置からの照会に対して即時に回答することにより、以下の業務を処理している。
ア 免許証の交付事務処理
 運転免許試験に合格した人や、免許証の更新を申請した人に対して、必要なチェックを行い、迅速な免許証の交付に努めている。また、都道 府県公安委員会ごとに発行される免許証を警察庁で一元管理することにより、免許証の二重取得等の不正を防止している。
イ 行政処分と危険運転者の排除
 危険運転者を排除するために行われる免許証の取消し、停止等の行政処分を迅速、的確に行うため、警察庁では、交通違反等に係るデータの集中管理、行政処分の基準該当通報等を行っている。
(3) 警察業務OA化と行政サービス向上
ア 市民応接関連システムの開発
 警察署等における窓口業務は、従来、ほとんど人手により処理していたが、パソコンや大型コンピュータで迅速、的確に処理することにより、行政サービスの向上を図るため、各都道府県警察において、遺失拾得物管理システム等の市民応接情報管理システムの開発が鋭意進められている。
イ ネットワーク化の推進
 各都道府県警察において、市民サービス、事務能率の飛躍的な向上を目指して、警察署にパソコンを設置し、警察本部の大型コンピュータとデータ通信回線で接続することにより、警察署の端末から県下全域にわたる情報を検索することのできる県内情報ネットワークの構築を進めている。
(4) 情報処理に関する技術的研究
 警察庁では、最近の犯罪の広域化、スピード化、巧妙化等に的確に対応して、警察活動の近代化、科学化を推進すべく、AI(人口知能)技術、パターン認識技術、画像処理技術等、最先端のコンピュータ技術を応用した各種の情報処理システムの開発を推進している。
 AI技術、画像処理技術の応用として、「少年相談支援システム」、「個人特徴自動識別システム」等のシステムを構築すべく研究を行っている。
 また、警察官の学校教育の高度化を目指して、平成元年10月からCAI(コンピュータによる教育支援)システムを警察大学校に導入している。

5 通信

 警察活動を円滑に遂行するためには、警察活動のあらゆる分野で情報通信の活用を図ることが重要である。このため、警察では、警察活動の基盤となる情報通信施設の整備を進めるとともに、警察活動を支援する各種の情報通信システムの開発、導入を図っている。
(1) 初動警察活動等の迅速化、効率化に役立つ通信
 犯罪、災害、事故等の発生に際して、犯人の早期検挙、被害者の保護、被害の拡大防止等を図るためには、初動警察活動等を速やかに、かつ、確実に行う必要がある。このため、警察では、110番の受理及び警察官への指令の中枢となる通信指令システム、現場等で活動する警察官の有力な通信手段である警察移動無線を充実、強化するとともに、新しい情報通信システムの開発を積極的に行うことなどにより、初動警察活動等の迅速化、効率化を図っている。
ア 高機能化する通信指令システム
 警察では、初動警察活動等の迅速化、効率化を図るため、110番の受理に始まる犯罪等に係る情報の伝達、処理をコンピュータにより行う新しい通信指令システムの整備を推進している。また、AI技術を利用して、現場の状況の判断、予測を行い、緊急配備中の警察官に有効な情報を提供するなど、より高い機能を持つ通信指令システムの開発研究等を進めている。
イ デジタル化の進む警察移動無線
 警察移動無線は、現場への急行、緊急配備といった機動的かつ組織的な警察活動を展開する上で必要不可欠である。警察移動無線には、パトカー、白バイ、船舶、ヘリコプター、警察署等の警察官が相互に通話できる車載無線、パトロール中の警察官が警察署や他の警察官と通話できるように警察署ごとに構成されている署活系の無線、警備実施、捜査活動等の臨時的、局地的な警察活動において機動隊員等が使用する携帯無線等がある。
 警察では、これら警察移動無線を、通話だけでなく、データ通信等の多様な情報通信にも効率的に使用できるようにするとともに、警察移動無線の傍受、妨害を防止するため、高度な通信方式であるデジタル通信方式を開発、導入し、車載無線、署活系無線、携帯無線において活用している。車載無線のデジタル化は平成2年度初めまでに完了しており、今後は、署活系の無線、携帯無線のデジタル化を引き続き推進していくこととしている。
ウ 整備の進むパトカー照会指令システム
 警察では、パトカーへの指令を迅速、確実に行うとともに、その情報処理能力を高めるシステムとして、「パトカー照会指令システム」を開発、導入している。このシステムは、パトカーにコンピュータの端末装置を搭載し、デジタル移動無線通信回線を利用してデータ通信を行うものである。この端末装置により、警察庁のコンピュータへ各種照会を直接行うことができ、また、通信指令室からの指令内容をディスプレイに表示することができるため、照会、緊急配備等の指令を的確に行うことができる。
(2) 広域捜査活動をささえる通信
 近年の科学技術の発達に伴って犯罪はますます広域化、スピード化の 傾向を強めてきている。このため、警察では、県境を越えた対応が要求される広域事件における捜査活動の効率を高めるために、情報通信網を利用した新しいタイプの捜査支援システムの導入を推進している。昭和63年度から整備を始めた「捜査情報総合伝達システム」は、捜査活動に必要な文字、地図、画像等の情報を効率的に伝達するための各種の通信機器を刑事対策室に集中的に設置することにより、捜査情報の収集、伝達を円滑に行うとともに、捜査指揮体制の強化を図ろうとするものである。
 また、警察では、各都道府県警察の通信指令室相互の連絡体制強化のための通信施設の整備、隣接都道府県警察の使用する無線の周波数の整備等を行い、多方面から広域捜査活動支援体制の充実に努めている。
 さらに、警察庁に設置された広域事件通信運用指導官は、広域重要事件発生時において通信運用の現地指導、調整等を行うことにより、捜査活動の効率化に努めている。
(3) 災害時等に活躍する通信
ア 機動通信隊の活動
 災害等の重大事案発生時には、通常使用している情報通信手段が使用できなくなることが多く、また、使用できる場合でも通信量の増加等には対応できないため、応急的な情報通信手段を確保し、情報の疎通を図ることが必要となる。このため、警察では、応急用通信資機材を常備するとともに、機動通信隊を編成して事案の現場等へ迅速に出動し、応急的な通信手段の確保を行っている。
〔事例〕 雲仙岳噴火に伴う警備活動への支援
 平成2年11月17日、住民の110番通報により雲仙岳の噴火活動を認知した長崎県警察では、大規模な噴火の発生に備え本部に対策室を設置するなどの警戒体制を執った。長崎県通信部においても、雲仙 派出所に臨時専用回線を確保するとともに、機動通信隊を出動させ、移動多重無線により対策室との間に回線を設定するなど、住民の避難誘導等の救助活動に備え、通信手段の確保に当たった。
イ 映像通信の活用
 火山噴火による災害、航空機墜落事故等の大規模警備事案の発生時等に際し、対策本部等において的確な判断を行うためには、時々刻々変化する現場の状況を正確に把握することが必要である。このため、警察では、大規模警備事案等において積極的に映像通信を利用している。警察活動用の映像通信機器には、ヘリコプター・テレビ、携帯テレビ、有線テレビ等のほか、撮影した映像を警察庁等へ伝送するための映像伝送装置がある。2年には、成田闘争に伴う警戒警備活動や即位の礼・大嘗祭等の一連の警衛警護警備活動等に際して、その状況を生中継して対策本部等で活用するなど、映像通信を各種の警察活動に活用した。
ウ 活動用統合通信システムの活用
 活動用統合通信システムは、警察庁のコンピュータと管区警察局及び都道府県警察本部の高機能端末を通信回線で結び、相互に通話をしながら、数字等のデータの送受信、データのコンピュータによる処理、処理されたデータの送受信を効率よく行うことができるシステムである。このシステムは、災害の発生時等において、全国的な被災状況、現場地図、警察官の出動状況等を即時に集計、作図、表示することができるので、警察庁等に開設される対策本部等において、状況の把握、総合的な状況分析、指揮等に活用されている。
(4) 警察活動をささえる通信基盤
ア 全国を結ぶ警察通信網
 我が国の警察機関は、警察自営の無線多重回線と第一種電気通信事業者との契約により使用している専用回線から成る警察専用の通信回線で 結ばれており、独自の警察電話による通信、ファクシミリ等の画像通信、データ通信等を行っている。このうち、警察自営の無線多重回線は、警察庁、各管区警察局及び北海道警察本部間を結ぶ管区間系無線多重回線と、各管区警察局及び北海道警察本部と都道府県警察本部間を結ぶ管区内系無線多重回線から構成されている。特に管区間系無線多重回線については、そのルートを地理的に分散することにより、災害等による通信途絶の防止を図っている。
 なお、無線多重回線については、各種情報通信システムの構築に柔軟に対応できるよう、昭和57年度からデジタル化を進めており、既に札幌から福岡に至る管区間系無線多重回線の第1ルートは、デジタル化(PCM方式)を完了している。現在、管区内系無線多重回線のデジタル化を進めており、今後、残る回線についてもデジタル化を推進することとしている。
イ 衛星通信による情報通信
 衛星通信は、地形的な制約を受けずに、遠距離、広範囲の通信を確保することができ、また、地上の無線多重回線による通信に比べ、テレビ映像等高速、大量の情報伝送に適していることから、警察では、58年から衛星通信を利用している。平成2年度末現在、衛星通信用地球局の固定型設備が警察庁及び沖縄県警察本部に各1台、可搬型設備が近畿管区警察局及び静岡県警察本部に各2台(うち各1台は事案発生時用の衛星通信車)整備されており、重要事案等発生時はもちろん、日常においても警察電話をはじめ、映像通信、データ通信等各種情報通信に活用している。
ウ 警察電話等の機能強化
 警察電話は、警察機関に設置している警察独自の電話であり、日常の警察業務をささえる基本的な通信手段として活用されている。警察では、 データ通信、ファクシミリ通信、静止画像通信といった多様な通信への対応が可能なデジタル電子交換機の整備を進めて、警察電話等の機能強化を図るとともに、デジタル無線多重回線等の整備と併せ、高度情報通信システムの構築を目指していくこととしている。
(5) 国際通信
ア ICPO通信網
 国際刑事警察機構(ICPO)は、国際捜査協力と国際手配を迅速に実施するために、全世界の加盟国との情報交換を行う手段として、ICPO専用の通信網を構築している。このICPO通信網は、フランスの事務総局にある国際中央局、世界を8つのゾーンに分けた地域の中央局及び各国にある国家局で構成されており、無線テレタイプ、テレテックス、写真電送等の通信手段により、大量の国際警察電報を取り扱っている。警察庁では、通信局の国際通信室にICPO東京局を設置し、ICPO通信網の東南アジア地域中央局として、年間数万通に上る国際警察電報の送受信(中継を含む。)業務を行っている。
イ 国際協力
 国際通信室では、外国警察からのICPO通信網近代化等の要請に積極的に対応している。平成2年には、ODA予算によりタイの市民緊急通報センターに援助を行うとともに、ネパール、バングラデシュ、ヨルダンヘテレテックス装置の供与を行い、ICPO通信網の近代化を図った。また、援助に際しては、専門家による技術、運用指導が必要不可欠であることから、警察職員が現地で指導を行い、適切な援助実施に努めている。

6 留置業務の管理運営

 平成2年末現在、全国の留置場数は、1,260場で、年間延べ約200万人(1日平均約5,000人)の被逮捕者、被勾留者等が留置されている。警察では、捜査を担当しない総(警)務部門において留置業務を処理しており、また、被留置者の人権を尊重した処遇を行うとともに、留置場の適正な管理運営を図るため、次のような措置を講じている。
[1] 留置場施設の改善、整備
 留置場施設については、被留置者のプライバシー保護等の観点から、昭和54年11月に改正された留置場設計基準に基づいて新改築及び改修を行い、その改善、整備に努めている。
[2] 業務担当者に対する教育訓練の充実
 被留置者の人権を尊重した適切な処遇の徹底を図るため、留置業務を担当する警察官等に対して、警察大学校、都道府県警察学校等において専門的な教育訓練を行っている。
[3] 留置場巡回視察の実施
 留置場の適正な管理運営を確保しつつ、被留置者の処遇の全国的斉一を図るため、全国の留置場について、警察庁及び管区警察局の担当官により、計画的に巡回視察を実施している。
 ところで、警察の留置場については、被留置者の処遇の内容、設置の根拠等が法律上必ずしも明確ではないことから、留置場に関する現行の法体系を整備するよう各方面から指摘されてきたところである。
 そこで、監獄法の改正が行われるのを機会に、法制審議会の答申の趣旨に沿って、被留置者の処遇の内容を定め、警察の留置場に留置される被勾留者等と拘置所に収容される者との処遇の平等を保障するととも に、捜査と留置の分離を法律上の制度として明確にするため、刑事施設法案と一体のものとして留置施設法案を策定した(注)。
(注) この法律案は、平成3年4月、第120回通常国会に上程され、継続審査となっている。

7 警察活動の科学化のための研究

(1) 科学警察研究所における活動
 科学警察研究所では、犯罪事件の科学捜査、少年非行の防止、犯罪の予防、交通事故の防止等に関する研究、実験とその研究成果を応用した鑑定、検査を行っているほか、鑑定技術についての研修を実施している。
ア 平成2年度における主な研究
 平成2年度の研究は、前年度からの継続研究39件、新規研究31件の合計70件であるが、その主なものを挙げれば、次のとおりである。
〔研究例1〕 DNA型による微量血痕及び精液斑の個人識別法に関する研究
 科学警察研究所では、犯罪捜査のための新しい科学的鑑定方法として、血痕(こん)や精液斑(はん)からDNA型を検出し、個人識別に利用するための研究開発を進めてきたが、新たに、DNA合成酵素連鎖反応(PCR)法によって極微量の血痕や古い精液斑からDNA型バンドパターンを検出する方法を開発した。これは、PCR法によって、各個人を特徴付けるDNAの部分を多量に増幅した上で、これを電気泳動により分離、染色し、DNA型バンドパターンを検出するものである。この方法は、極めて精度が高く、また、短時間に簡単にDNA型バンドパターンが検出できることから、既に多くの重大事件において、犯人等の特定、個人の識別等に大きな成果を挙げている。
 また、DNA型バンドパターンの異同識別と出現頻度等の評価を行うために、自動読取り計測、コンピュータ解析処理等についても研究開発を行っており、DNA型鑑定結果の信頼性を高めるように努めている(第2章3(2)エ参照)。
〔研究例2〕 目撃情報に基づく顔画像検索システムに関する研究
 犯人を割り出すために目撃者に多数の被疑者写真を閲覧させることは、目撃者に負担を与えるだけでなく、記憶した犯人像を薄れさせる原因ともなっている。科学警察研究所では、被疑者写真とその顔の特徴を光ディスクに登録するとともに、その顔の特徴をデータベース化してコンピュータで処理し、目撃者が述べた犯人の顔の特徴に基づき、被疑者写真の画像を検索するシステムの開発研究を行った。このシステムの開発により、目撃者の負担の軽減、捜査効率の向上が期待される。
〔研究例3〕 音声自動識別システムの実用化に関する研究
 誘拐事件をはじめ企業恐喝事件等の電話を利用した犯罪が年々増加するにつれて、犯人の音声と容疑者の音声との比較対象による容疑の濃い者の絞り込みが捜査上極めて重要となっている。科学警察研究所では、過去に起こった事件での犯人の音声等を収録し、これらの資料を基に、コンピュータを用いて犯人の音声と照合、検索するシステムの開発研究を行っている。現在、このシステムの実用化に向けて研究を続けており、既に一部は捜査のために活用されている。
〔研究例4〕 覚せい剤事犯検挙者の累犯に関する研究
 覚せい剤事犯で検挙された者の再犯状況を明らかにするために、科学警察研究所では、昭和50年に初めて覚せい剤事犯で検挙された成人のその後4年間の再犯歴を分析した。その結果、
[1] この間に覚せい剤事犯によって再度検挙された者の占める割合は、男子が51.0%、女子が30.1%であり、男子に比べ女子の再犯の可能性が比較的低いこと
[2] 再度検挙された者のうち3回以上検挙されたものの占める割合は、男子が61.7%、女子が55.7%であり、3回目以降の再犯については、女子も男子並みの高率であること
[3] 50年以前に覚せい剤事犯以外の検挙歴のあった者は、覚せい剤事犯の再犯により検挙される傾向が強いこと
などが明らかとなり、覚せい剤事犯は反復される傾向が強く、特に、犯罪傾向の進んだ者は、覚せい剤の乱用からの立ち直りがかなり難しいことがわかった。以上のことから、覚せい剤事犯の対策としては、乱用が反復されるようになる前に取締りを行うとともに、乱用者の立ち直りの援助を行うことが重要であると考えられる。
〔研究例5〕 自動車運転者の交通安全意識、態度に関する研究
 近年における交通事故の増加の要因として、自動車運転者の交通安全意識の低下が考えられる。科学警察研究所では、東京、三重、山口、長崎、茨城の1都4県で503人を対象に運転適性検査(科学警察研究所編73-2)を実施し、56年に同一都県で484人を対象に行った検査の結果と比較するとともに、両年の死亡事故原因を対照する研究を行った。その結果、多くの態度項目について安全態度として好ましくない方向に変化している傾向がみられた。特に、「攻撃性」、「非協調性」、「自己顕示性」及び「自己抑止性」は顕著に悪化しており、また、これらの態度項目によって誘発される交通違反を第一原因とする死亡事故が死亡事故全体に占める割合も、前回の調査時より大きく増加していることが明らかとなった。
 平成2年に開催された国際会議では、都市内幹線道路の速度規制とそ の基準(3月、第6回アジア・オーストラリア交通工学協会、マレーシア)、密造けん銃の発射弾丸の異同識別法(6月、銃器工具痕(こん)鑑識者学会第21回年次総会、米国)、紫外線写真による潜在指紋の検出に関する物理化学的研究(7月、第75回国際鑑識協会年次総会、米国)、ELISA法を導入した血液型自動検査装置の開発と犯罪鑑識への利用、白骨死体の死後経過年数の推定に関する顕微鏡学的研究(10月、第12回国際法科学会議、オーストラリア)等についての発表を行った。
 また、国内の学会では、PCRによるVNTR部位(MCT118)の増幅と個人識別への応用、動物毛の微細構造の形態差に関する顕微鏡学的研究(3月、第74次日本法医学会総会)、活性アルミナ吸着法を用いた自動車ガソリン同士の識別方法の検討(5月、石油学会第33回年会)、神経回路網(ニューラルネットワーク)を利用した運転者モデルの研究(5月、自動車技術会春季大会)、手書き漢字に出現する誤用について(10月、日本教育心理学会第32回総会)等についての発表を行った。
イ 鑑定、検査
 科学警察研究所では、都道府県警察をはじめ検察庁、裁判所等から嘱託を受けて、高度の技術を要する鑑定、検査を行っており、2年における処理件数は、法医学関係が84件、化学関係が50件、文書、偽造通貨が280件、銃器関係が745件、工学関係が85件の計1,244件であった。
ウ 研修、研究発表会
 科学警察研究所では、附属の法科学研修所において、都道府県警察の鑑識、鑑定技術職員等を対象とした研修を実施している。法科学研修所の研修課程は、養成科、現任科、専攻科及び研究科に分かれ、2年度には、研修生234人に対して、法医学、化学、工学、文書、ポリグラフ、指紋、写真、足痕(こん)跡に関する教育訓練を行った。そのほか、科学警察研究所では、鑑定技術職員延べ約450人の参加の下に、法医学、化学、火災、 爆発、文書の各部門について鑑識科学研究発表会を開催し、研究成果の発表及び質疑応答を通じて、指導、助言を行い、鑑識、鑑定技術等の向上に努めた。
(2) 警察通信研究センターにおける研究
 警察通信研究センターは、警察通信に関する唯一の研究機関として、平成2年6月に警察通信学校研究部を発展的に解消して設置された。警察通信研究センターでは、画像処理技術や音声処理技術等を応用した警察独自の情報通信技術及び機器の研究、開発を行うことにより、警察における情報通信基盤の強化を図るとともに、警察活動の科学化を推進している。
〔研究例〕 有線テレビ移動体監視システムの研究
 警戒、防護等の業務を行うに当たっては、侵入者を素早く検知するとともに、小人数で広範な地域の監視を行うことが望まれる。警察通信研究センターでは、監視カメラから取り込んだ画像により侵入者を素早く検知し、監視員の支援を行うシステムの研究を進めている。2年度から研究を開始し、現在、不審者のみを判別検知する画像処理技術の開発を完了している。今後は、画像処理技術の高速化等を行い、実用化を進めることとしている。


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