第5節 今後の課題

1 今後の展望

 我が国における薬物問題をめぐる状況は日々深刻の度を増しており、薬物乱用の急速な拡大を防ぐためには、今後、早急に適切な対策を講じていく必要がある。
 供給面をみると、暴力団により密売されている大量の覚せい剤、大麻等の薬物に加え、海外の薬物犯罪組織によって新たに大量のコカインが国内に持ち込まれつつある。これらのうち、コカイン、大麻については、ディスコ等若者が多く集まる場所での密売事例が多数報告されており、市民がこれらの薬物を容易に入手できる状況が生じつつある。
 また、需要面では、我が国において大麻、コカインの乱用の危険性についていまだ十分な認識が醸成されているとは言えず、これらの薬物を安易に乱用する風潮が市民の間に広まる可能性も決して低いとはいえない。
 諸外国の例をみれば明らかであるように、一たび供給及び需要の両面において薬物乱用を拡大させる諸条件がそろってしまうと、薬物問題は急速に深刻化する。例えば、フランスの人口10万人当たりの薬物事犯検挙者数は、1979年には平成元年の我が国の数と大差なかったが、その後10年間で約3.1倍にも増加している(表1-47)。
 薬物問題をめぐる現在の状況をこのまま放置すれば、今後、我が国においても欧米並みに薬物乱用が拡大する可能性が高いものと考えられる。

表1-47 人口10万人当たりの薬物事犯の検挙人員の推移

2 今後の課題

 我が国の薬物問題の一層の深刻化を防ぎ、薬物乱用を根絶するために、警察は、これまでの取組を一層推進するとともに、以下の各事項について、特に重点的にその実施を図っていくこととしている。
(1) 薬物犯罪組織に対する監視の強化
 暴力団をはじめとする薬物犯罪組織は、薬物不正取引に大規模に介入しながらも、巧妙な組織防衛を行っており、その摘発は困難を極めている。こうした事態を打開するためには、これらの薬物犯罪組織に対する監視を強め、その組織的な薬物不正取引の全容を解明していくことが必要である。
 また、摘発に当たっては、犯行の組織性を解明することによって、組織の中枢人物を検挙するとともに、不正取引に関与した者の常習性、悪質性を立証してこれらの者を社会から隔離し、薬物の不正取引に携わることができないようにしなければならない。
 さらに、薬物不正取引による収益の立証に努め、そのはく奪を効果的に行うことによって、組織に経済的な打撃を与え、薬物不正取引からの 撤退を促すことも重要である。
(2) 国際的な情報収集体制の強化
 我が国で乱用されている薬物は、そのほとんどが海外から密輸入されたものである。近年は、暴力団が海外の薬物犯罪組織から直接調達した大量の覚せい剤の持ち込みを図っているほか、海外の薬物犯罪組織による大掛かりなコカイン密輸入等の動きがみられるなど、我が国への薬物の流入は、海外における薬物犯罪組織の活動と密接に関連して、ますます増加する傾向にある。
 こうした海外からの薬物供給ルートを壊滅させるためには、国内における情報の収集はもちろんのこと、薬物犯罪組織の実態並びに薬物生産国及び中継国からの我が国への密輸の動向に関する海外の情報の積極的な収集を行い、これらの情報に基づいて国内における取締体制を強化し、薬物密輸事犯の水際検挙等により、薬物の国内への流入を予防するための措置を講じていくことが必要である。
 このため、警察では、世界各国の取締機関との平素からの密接な協力関係を更に発展させるとともに、国際刑事警察機構(ICPO)等の各種国際機関との密接な連携を図っていくこととしている。また、薬物犯罪組織の動向について、世界のあらゆる地域で積極的な情報収集を行うため、必要な体制の整備を検討しているところである(注)。
(注) 平成3年6月、国内外のコカインに関する情報の収集、分析、整理等の事務を一元的に処理するため、「コカイン情報センター」を警察庁に設置した。
(3)  効果的な広報啓発活動の推進
 薬物乱用の拡大を防止するためには、市民の間における薬物乱用に対する対決意識の醸成が極めて重要である。警察は、これまでも、薬物乱用を拒絶する社会環境づくりを積極的に推進してきたところであるが、今後は、その薬物の危険性に対する認識等からみて乱用に陥りやすいと考えられる層に重点を絞って、より効果的な広報啓発活動を推進させていくこととしている。
 特に、我が国の薬物事犯検挙者の年齢層別人口が、20歳代において最も高く(第2節3、図1-14、図1-17参照)、この時期に乱用を開始する例が多いと考えられるため、こうした若年層の市民に対する効果的な広報啓発活動の実施方策を早急に検討する必要がある。
 また、国際交流の活発化に伴い、海外渡航中に薬物乱用を経験し、帰国後も乱用を続ける例が増加していることから、海外で薬物乱用の誘惑を受ける機会が多いと考えられる海外旅行者、海外留学生、海外赴任者及びその子弟などに対して、機会をとらえて、薬物乱用の危険性についての広報を実施していくことが必要である。
(4) 乱用の拡大防止に向けた取締りの徹底等
 ここ数年のコカイン押収量の激増にみられるように、我が国の薬物乱用をめぐる情勢は大きな変化をみせようとしている。これまで述べてきたような供給される薬物の多様化(第2節3(2)イ(ア)参照)、それぞれの薬物の危険性に関する市民の認識の差(第1節1、図1-2参照)等からみると、今後は、今までの覚せい剤中心の乱用から、コカイン、大麻等を含めた多様な乱用へと広がっていくおそれが高い。
 こうした乱用実態の変化に的確に対処していくためには、取締りを通じて薬物乱用の実態把握に努め、効果的な対策の検討を進めていく必要がある。また、我が国において、今後、これらの薬物を安易に乱用する風潮が広がることを防ぐため、密売者はもとより乱用者に対する検挙を徹底し、薬物乱用から立ち直らせるとともに、青少年への薬物の広がりを阻止していくための措置を講じていく必要がある。
(5) 国際的な視野に立った薬物対策の推進
 今や、薬物乱用は、人類の生存を脅かす重大な問題であると認識されつつある。国際的にも、各サミット、国連会議等において議題として取り上げられているほか、特に麻薬新条約の採択後は、この条約における新たな対策の枠組みに従って、各国において薬物不正取引の効果的な取締りのための法整備が積極的に進められるなど、世界が一丸となって薬物問題の解決に取り組もうとしている。
 警察は、こうした世界の情勢を踏まえ、今後とも、国際的な視野に立ち、世界各国の取締機関等との連携の下に、新しい取締り手法の積極的な導入、必要な法令の整備の検討等を行い、我が国の薬物問題の解決に取り組んでいくこととしている。

○ 引用・参考文献一覧
DRUGS and DRUG ABUSE:Alcoholism and Drug Addiction Research Foundation(カナダ)
実録アヘン戦争:中央公論社
ヘロイン(下):サイマル出版会
The NNIC Report 1989:National Narcotics Intelligence Consumers Committee(米国)
Report to the Nation on Crime and Justice:U.S.Department of Justice、Bureau of Justice Statistics(米国)
Drug of Abuse 1989:U.S.Department of Justice、Drug Enforcement Administration(米国)
National Drug Control Strategy 1991:The White House(米国)
The FBI Drug Program:U.S.Department of Justice、Federal Bureau of Investigation (米国)
International Narcotics Control Strategy Report 1991:U.S.Department of State、Bureau of International Narcotics Matters(米国)
Tackling Drug Misuse:Home Office(英国)
UK ACTION ON DRUG MISUSE:Home Office(英国)
STATISTICS OF THE MISUSE OF DRUGS 1989:Home Office(英国)
Narcotics Bureau Bulletin 1989:Royal Hong Kong Police(香港)
Central Registry of Drug Abuse 25th Report 1989:Hong Kong Government(香港)
USAGE DE FROGUES EN FRANCE 1989:DIRECTION GENERALE DE LA POLICE NATIONALE(フランス)
Rauschgift Jahresbericht 1989:Bundeskriminalmt(ドイツ(旧西ドイツ))
THE FIGHT AGAINST THE DRUG TRAFFIC IN COLOMBIA:Office of the President of the Republic(コロンビア)
ANDAMENTO DELLA CRIMINALITA '1990:DIPARTIMENTO DELLA PBBLICA SICUREZZA(イタリア)
その他
○ その他引用・参考資料
 国連資料
The National Institute on Drug Abuse(米国)資料
 東京都薬用植物園提供写真
 その他


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