第3節 薬物犯罪組織

 薬物の不正取引の各段階に深く介入して暴利を得ているのが、コロンビアのコカイン・カルテル、日本の暴力団等の薬物犯罪組織である。これらの薬物犯罪組織は、薬物の密売によって乱用者を増やし、薬物問題を深刻化させるとともに、不正取引によって莫大(ばくだい)な利益を上げている。

1 世界の薬物犯罪組織

 1990年の国連資料に引用された米国の経済紙の推計によると、「世界の薬物不正取引は年間約5,000億ドルを売り上げる大産業である」とされているが、薬物犯罪組織は、こうした不正取引のあらゆる段階に深く関与して莫大(ばくだい)な利益を上げている。国際的に活動している薬物犯罪組織には次のようなものがある。
(1) カリ・カルテル、メデジン・カルテル
ア 活動の実態
 コロンビアの薬物犯罪組織であるカリ・カルテルとメデジン・カルテルが、世界のコカインの不正取引を支配していると言われており、その活動は、中南米、北米から欧州にまで及んでいる。
 1987年から1988年にかけて、コロンビアから米国への大規模なコカイン密輸ルートに関与していた者多数が摘発されたが、米国内で密輸に関与していた薬物犯罪組織は、コロンビアのメデジン・カルテルに属するものであった。我が国においても、平成元年から2年にかけて、警察がコカインの大量密輸入事件を連続して摘発したが、これらの事件の背後ではコロンビアの薬物犯罪組織が暗躍しており、我が国が欧米に次ぐ新 たな市場としてねらわれている状況がうかがわれる。
 この2つのカルテルによって、コカ葉の栽培、塩酸コカインの製造、密造所の警戒、コカインの輸送、マネーローンダリング(第3節2参照)等が有機的に結び付けられ、合法的なビジネスと同じように、投資家、銀行家、弁護士、輸出入業者、技術者、卸売業者等が役割を分担しているほか、武装した私兵が組織されている。
 コロンビアでは、こうしたカルテルによって、警察官のほか、大統領候補、検事総長、司法大臣、裁判官、ジャーナリスト等がこれまでに数千人も暗殺されている。
イ 密売ルートの開拓
 カリ・カルテルやメデジン・カルテルの密売ルートの開拓は、密売先の国に多くのコロンビア人を送り込み、密売の拠点となる「居住地域」を作ることから始まる。この「居住地域」の形成に当たっては、売春グループが利用されることがまれではなく、このグループは、密売が本格的に開始された後には、新たな顧客の開拓に利用されることが多い。
 「居住地域」ができると、本国のカルテルの構成員が送り込まれ、現地の同国人を集めて密売組織を編成する。その後、本国のカルテルが、貨物船等によってコカインの密輸を図る。
 現地の組織は、通常1人の最高責任者によって強力に統制されており、本国から密輸されたコカインの保管及び下部組織の取引の統制を行っている。コカインは、本部において集中管理され、組織員は、最高責任者の指示がなければ一切密売を行うことはできない。
 下部組織は、各地域の売春グループを利用し、市場調査を行いつつ、コカインの密売を行っている。顧客を見付けた場合には、取引の量及び顧客の信用性等について現地組織の本部に報告し、取引の許可が下りると、本部で保管しているコカインが下部組織へ運搬され顧客に売り渡 される。
 本部と下部組織の間の連絡は、厳しい確認を経てなされる。下部組織の責任者は、指定された連絡仲介人を通じなければ、本部に連絡をすることができないため、下部組織の組織員が摘発されても、本部まで取締りが及ぶことは少なく、組織や密売ルートが温存されることが多い(図1-18)。

図1-18 コカインの流通の仕組み

(2) ラ・コーザ・ノストラ
 ラ・コーザ・ノストラ(いわゆる米国マフィア)は、擬制的血縁関係によるピラミッド型の組織を持つファミリーと呼ばれるイタリア系米国移民を中心としたグループの集合組織であり、各ファミリーのボスから構成される委員会によって統率されている。
 1984年、ピザパーラーを舞台にヘロインを売りさばいていたいわゆるピザ・コネクション事件によって、ラ・コーザ・ノストラが関与する国際的なヘロインの密輸、マネーローンダリングの実態が明らかになった。ラ・コーザ・ノストラは、イタリアのシチリア・マフィアと共謀し、末端価格で16億ドルに相当するヘロインをシチリア経由で密輸入して、これを米国東部一帯で売りさばいていたのである。
 この事件の公判期間中、被告人の一人がバッグに詰められた死体となって発見されたほか、別の被告人が銃撃によりひん死の重傷を負うなどの事件が発生し、ラ・コーザ・ノストラの残忍さが世界中の注目を浴びることとなった。
(3) マフィア
 イタリアには、シチリア島を中心に活動するマフィア、カンパニア地方でナポリを拠点として勢力を持つカモッラ、イタリア半島南部のカラブリア地方で勢力を持つヌドランゲタ等の犯罪組織が存在している。これらの組織は、政治経済の様々な分野に介入し、社会的にも大きな影響力を持っていると言われている。
 イタリア刑法では、こうしたマフィア型犯罪組織への加入その他の関与行為そのものが犯罪とされているが、1989年1月から9月にかけてこの罪を犯して検挙された者のうち、薬物不正取引により検挙された前歴の有るものが34.0%に上っていることからみて、マフィア型犯罪組織が薬物不正取引に深く関与していることは明らかであるとされている。
 中でも、マフィアは、米国マフィアとの密接な連携を軸に、1970年代から国際的な薬物不正取引を本格化させ、1980年代には世界のヘロイン取引に圧倒的な影響力を持つに至ったと言われている。1980年代前半、取締当局は、多数のマフィア構成員の起訴に成功し、マフィア組織に大きな打撃を与えたが、その後、マフィアは組織の結束を強め、その閉鎖性を高め、組織の再編成を図っている。

2 マネーローンダリング

(1) マネーローンダリングとは何か
 一般に、「マネーローンダリング」とは、「薬物不正取引等の犯罪行為により入手した資金の不正な出所を、金融機関を通すなどして隠ぺいし、合法的な収入を仮装する過程」をいうとされる。
 薬物犯罪組織は、薬物の不正取引等によって莫大(ばくだい)な収益を上げているが、捜査当局の追及をかわし、収益の没収を免れるためには、犯罪行為によって獲得した収入の痕(こん)跡を隠ぺいし、いわばクリーンな資金に変える必要がある。そのため、薬物犯罪組織は、金融機関の仮名口座への入金、金融商品の購入、口座間の資金の移動等によって、収益の不正な出所や真の所有者を隠ぺいしているのである。
(2) マネーローンダリング規制の背景
 欧米諸国では、薬物犯罪組織をはじめとする犯罪組織の壊滅のために、組織に資金面から打撃を与える手法を工夫してきた。
 米国においては、1970年に連邦法典第18編第1963条(RICO法(注)違反財産の没収)、第21編第853条(薬物犯罪収益の没収)の制定により、犯罪組織が非合法行為によって獲得した収益を効果的に没収することができるようになり、さらに、連邦法典第31編5313条(取引の報告)の制定により、一定の取引については権限ある当局への報告が金融機関に義務付けられることになった。
(注) RICO法(Racketeer Influenced and Corrupt Organizations Statute)は、一定の犯罪行為によって得た利益を用いて犯罪組織(Enterprises)を維持すること、また、それによって得た利益を用いて企業を支配することなどを禁じており、違反者は20年以下の懲役又は2万5,000ドル以下の罰金若しくはその併科に処せられる。また、一定の犯罪行為によって獲得した利益及び犯罪組織による企業支配の基盤となる財産や財産上の権利等も広く没収の対象となる。
 こうした不正収益の没収を免れるため、薬物犯罪組織をはじめとする犯罪組織は、マネーローンダリングを大規模かつ巧妙に行うようになった。このような犯罪組織の動きに対し、米国では、1986年に連邦法典第18編第1956、1957条(マネーローンダリング行為の禁止)が制定され、マネーローンダリング行為が犯罪として処罰されることとなった。このマネーローンダリングの防止、摘発のためには、既に述べた一定の取引の権限ある当局への報告のほか、金融機関等による顧客の本人確認、取引記録の保存の果たす役割が重要である。
 また、薬物犯罪組織の活動の国際化に対応して、薬物不正取引の取締りや不正収益のはく奪をめぐるこのような取組を国際的な連携の下に実施するべきであるとの認識に基づき、現在、国際的な規制の枠組みづくりが進められている。1988年に国連で採択された「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」においては、薬物の不正取引による収益の没収のための制度の整備、マネーローンダリングの犯罪化等が締結国に義務付けられている。さらに、サミット参加国等をメンバーとする「金融活動作業グループ」は、1990年に報告書を公表し、取引の際の本人確認や一定の取引についての権限ある当局への報告等の金融機関への義務付けを各国に勧告した。
(3) 国際的なマネーローンダリングの実態
 1989年、米国でコロンビアのメデジン・カルテルのために2年間にわたってコカイン取引による不正収益12億ドルのマネーローンダリングを行っていた米国人のグループが摘発された。
 このグループの構成員は、宝石店主や金取引業者を装い、各地の小売店舗において宝石代金等の支払を受けるという名目で薬物犯罪組織から不正収益を受領していた。受領された不正収益は、現金輸送会社によってロサンゼルスに集められ、複数の銀行の口座に入金された後、更に別の口座を経由して、諸外国の銀行へ送金され、最終的にはコロンビアのメデジン・カルテルの手に渡っていた。
 この事件では、127人が起訴され1億1,900万ドルの現金、宝石、不動産のほか、2つの企業などが没収されたほか、10トン以上のコカイン、1万9,000ポンドのマリファナが押収された。なお、この事件への関与を認めたパナマの銀行は、500万ドルの追徴を受けている。

3 我が国の薬物犯罪組織

 我が国においては、暴力団が薬物不正取引に深く介入し、密輸、密売のほとんどを独占している。特に、覚せい剤の不正取引は、暴力団に莫(ばく)大な収入をもたらしており、その最大の資金源となっているものとみられる。
(1) 暴力団員による薬物事犯
 平成2年に覚せい剤事犯で検挙された暴力団員は6,581人であり、覚せい剤事犯の総検挙人員の43.8%を占めている。また、その検挙地域の広がりからみて、覚せい剤不正取引に関わる暴力団員の活動が全国に及んでいる状況がうかがわれる(図1-19)。

図1-19 都道府県別の人口10万人当たりの暴力団員による覚せい剤事犯検挙人員(平成2年)

 2年に大麻事犯で検挙された暴力団員は369人、コカイン事犯で検挙された暴力団員は28人であり、前年に比べ、大麻事犯は5人、コカイン事犯は6人増加している。総検挙人員に暴力団員が占める割合は、大麻事犯は24.4%、コカイン事犯は30.1%である。この割合は、ここ数年いずれも増加傾向にあることなどからすると、暴力団がこれらの薬物の不正取引へ介入を強めている状況が推測される。特に、ここ数年押収量が激増しているコカインについては、暴力団がその密売に本格的な介入を図っていることが明らかになっている。
〔事例〕 2年6月、暴力団幹部による覚せい剤密売事件の捜査の過程で、コカイン458グラムを押収した。押収したコカインの一部はビニール袋に小分けされ、いつでも密売できる状態になっていた(兵庫)。
(2) 暴力団の薬物不正取引への関与
 我が国の暴力団は、組織の系列の別や系列内における上下に関係なく、元売、中間卸、小売等の薬物不正取引の各段階に個別に関与しており、流通過程のすべてを統括している組織は存在しないものと考えられている。
ア 元売組織
 元売を行っている暴力団には、比較的規模の小さいものが多い。こうした元売組織の構成員は、海外の密造組織から年間数十キログラムから数百キログラムの薬物を直接入手して、国内の中間卸組織に売りさばいている。
〔事例〕 福岡県の道仁会系暴力団M組は、組員20人あまりの小さな組織であるが、台湾の密売組織から洋上取引で年間数百キログラムの覚せい剤を仕入れ、これを宅配便等を利用して全国の暴力団に卸し、その売上げは年間6億円以上に上っていた。
 福岡県警察は、覚せい剤取締法違反の疑いで、組長を含むM組組員8人を逮捕したが、8人の間には、総括責任者、密輸責任者、密売責任者、密輸担当者、密売担当者、運搬担当者、保管担当者という役割分担ができていた。
 昭和62年から平成2年にかけて警察が解明した元売組織による薬物の年間仕入量は、台湾又は韓国を仕出地とする
覚せい剤が1,408キログラム、タイを仕出地とする大麻が50キログラムであった(図1-20)。

図1-20 暴力団による海外の薬物犯罪組織からの仕入れの解明状況(昭和62~平成2年)

イ 中間卸組織
 中間卸を行っている暴力団は、元売組織から仕入れた薬物を継続的に小売暴力団組織へ密売している。

図1-21 暴力団間の薬物の流通状況(昭和62~平成2年の摘発事例)

〔事例〕 北海道に所在する道仁会系暴力団O組は、組員10人あまりの小さな組織であるが、同じ道仁会系の暴力団組織から覚せい剤を宅配便を利用して仕入れ、電話で道内の暴力団から注文を受け、組事務所等で直接卸売していた。
 北海道警察は、覚せい剤取締法違反の疑いで、組長を含むO組組員3人を逮捕したが、3人の間には、総括・仕入責任者、密売責任者、密売担当者という役割分担ができていた。
 我が国での薬物の卸売は同じ系列内の暴力団の間で行われる例も多いが、系列には関係なく卸売をしている組織もある(図1-21)。
ウ 小売組織
 小売を行っている暴力団は、中間卸組織や元売組織から仕入れた薬物を末端の乱用者に小売している。小売組織は、薬物を直接に末端密売者や個々の乱用者に売りさばくものであるため、比較的構成員の多い暴力団がこれに当たることが多い。また、小売組織は、警察の摘発を防ぐため、顧客から情報が漏れないよう密売の交渉に転送電話を用いるなど販売方法に工夫を凝らしている。
〔事例〕 青森県の稲川会系暴力団U一家は、組員約300人の大規模な組織であるが、同じ稲川会系の暴力団から覚せい剤を仕入れ、青森県内全域の乱用者に小売を行っていた。
 青森県警察は、覚せい剤取締法違反の疑いで、U一家組員49人を逮捕したが、49人の間には、会計責任者1人、仕入・密売責任者1人、密売担当者14人、運搬担当者26人、電話受け担当者7人といった役割分担ができていた。
 捜査の結果、同組織は、仕入代金の支払に銀行振込を利用したり、小売に当たっては密売場所を短期間で移動したり、電話ボックスを薬物の受渡しの場所として利用したりするなど摘発を避けるための様々な工夫を行っていたことが明らかになった。
エ 暴力団員の系列別検挙状況
 暴力団員による覚せい剤事犯の検挙状況を暴力団の系列別にみると、指定3団体(注)に属する暴力団員の検挙者が3,987人で、全体の60.6%を占めている(表1-34)。
(注) 指定3団体とは、悪質かつ大規模な暴力団であるとして、警察庁が集中取締りの対象として指定した山口組、稲川会及び住吉会の3団体をいう。

表1-34 覚せい剤事犯による暴力団員系列別検挙状況(平成元年)

(3) 薬物不正取引による収益等
ア 薬物不正取引による収益
 我が国の元売組織が覚せい剤を海外から仕入れる価格は1グラム当たり1,000円前後である。また、卸売価格は1グラム当たり4,500円前後、小売価格は1グラム当たり5万円から15万円であることが検挙事例から明らかになっている。これを米国等における流通価格と比べると、卸売価格と小売価格の差が大きいことが特徴的であり、暴力団にとって、覚せい剤が非常に収益性の高い物品となっていることがわかる(表1-35)。
 暴力団は薬物の不正取引により、莫大(ばくだい)な利益を上げている。平成元年の警察庁の調査によると、暴力団は、その年間収入の34.8%に当たる約4,535億円を覚せい剤の不正取引により得ている(図1-22)。

表1-35 薬物の密売価格(1990年)

図1-22 暴力団の年間収入の内訳(平成元年)

イ 収益の上納
 薬物不正取引を行っている暴力団は、その収益の一部を同じ系列の上位の暴力団に上納している(図1-23)。昭和63年から平成元年までの間、

図1-23 暴力団が覚せい剤の不正取引によって得た収益の流れ(例)

警察が、薬物不正取引の摘発に際して解明した暴力団の上納金の額は、上納を行う暴力団1組織当たり年間105万円から5,900万円であった。
(4) 取締りの困難性
ア 組織壊滅の困難性
 昭和62年から平成2年にかけて全国の警察が摘発した暴力団の組織ぐるみの薬物不正取引34事例において、摘発に要した捜査期間は1事案当たり平均371日、延べ捜査員数は1組織当たり平均8,042人にも上っている。
 これらの事例において摘発された組織のその後の状況をみると、組織が壊滅したのは全体の14.7%である(表1-36)。また、いったんは活動停止、活動縮小に追い込まれた組織も、時がたてば薬物不正取引を再開する場合が多い。これには、覚せい剤が非常に収益性の高い物品であり、暴力団が資金源として薬物不正取引を行うことが多いことが影響しているものと考えられる。

表1-36 組織的薬物不正取引摘発後の当該暴力団の存続状況

イ 不正収益はく奪の困難性
 に掲げた事例について、薬物不正取引による収益を推定すると、1組織当たりの年間売上げは300万円から11億9,370万円、年間収益は260万円から6億7,200万円となる。一方、裁判において宣告された罰金、没収及び追徴の額は、2年末現在で1組織当たり平均179.3万円である。このように、薬物不正取引を行っている暴力団の不正収益をはく奪し、組織に経済的な打撃を与えるには程遠い状況にある。
ウ 取締りを逃れる工夫
 薬物不正取引を行っている暴力団は、取締りを逃れるため、様々な工夫を凝らしている。
 特に、小売組織は、密売拠点を察知されたり、密売者の顔を覚えられることを防ぐため、注文受けに転送電話を用いたり、販売に宅配便を用いるなどの策を講じている。
〔事例〕 山梨県所在の稲川会系暴力団は、密売所の所在地が容易にわからないようにするため、数箇所転送させた電話を客からの注文受けに用いるとともに、この電話により注文を受けると、はじめに客に代金を置く場所を指定し、代金が置かれたことを確認した後、指示に従った客が再び電話をかけてきたら、そこで初めて覚せい剤をあらかじめ隠しておいた場所(自動販売機の裏側等)を教えるという方法により、客が直接密売者の顔を見ることができないようにして密売を行っていた。
(5) 覚せい剤密売者の実態
 警察庁は、平成3年1月から3月までの間の覚せい剤事犯検挙者で、密売の事実が確認されたもののうち、220人について意識調査を実施し、覚せい剤密売者の実態を明らかにした(注)。
(注) 本調査は、各都道府県警察において実施し、数値の統計上の処理については、(財)社会安全研究財団の協力を得た。
ア 暴力団との関係
 暴力団との関係について「自らが暴力団員である」と回答した者は全体の46.8%、「親しい知人に暴力団員がいる」など自らは暴力団員ではないが暴力団員と密接な関係を持っている旨回答した者は22.7%であり、合わせて69.5%の者が暴力団と関係を持っていると答えている。
 さらに、1人に対し1回に密売する量が5グラム以上である卸売段階の密売者に限ってみると、92.8%が暴力団と関係を持っていると答えており、我が国における覚せい剤の流通のほとんどすべてが暴力団の関与の下に行われていることが推測される(表1-37)。

表1-37 覚せい剤密売者と暴力団の関係

イ 覚せい剤取引はもうかるか
 覚せい剤取引について「大変もうかる取引である」と回答した者は16.8%、「かなりもうかる取引である」と回答した者は33.6%であり、合わせて50%を超える者が覚せい剤を収益性の高い物品であると考えている(表1-38)。

表1-38 覚せい剤取引はもうかるか

ウ 警察に捕まる危険
 「密売者が10人いるとした場合、1年後には何人くらい警察に捕まっていると思うか」という問いに対して、「5人以上捕まる」と回答した者は、合わせて56.7%に上り、警察の取締りが密売者にとっても脅威となっていることがうかがわれる(表1-39)。

表1-39 密売者が10人いるとした場合、1年後には何人くらい警察に捕まっていると思うか

 また、「不正に取引されている覚せい剤の全体量のうち、どの程度の割合が警察に押収されていると思うか」という問いに対しては、合わせて64.5%の者が「10分の1以下」と回答しており、押収量をはるかに超える大量の覚せい剤が流通していることが推測される(表1-40)。

表1-40 警察に押収されている覚せい剤の取引されている全体の量に占める割合

エ 覚せい剤の流通状況
 最近1年間の覚せい剤の流通状況に関する問いへの回答をみると、流通量等には大きな変動がないことがうかがわれ、我が国の覚せい剤乱用がいまだ沈静化に向かっていない状況が推測される(表1-41、表1-42、表1-43、表1-44)。

表1-41 最近1年間の流通量

表1-42 最近1年間の値段

表1-43 最近1年間の品質

表1-44 最近1年間の客の数

オ 今後の取引の見通し
 今後の覚せい剤取引の見通しについては、65.5%の者が「客は増えると思う」と回答している(表1-45)。
 覚せい剤以外で今後商売になりそうな薬物としては、大麻(47.3%)、コカイン(42.3%)を挙げる者が多かった。海外のコカイン密売組織の 日本進出の動きが警戒される中、我が国の密売者もコカインについて強い興味を示していることが明らかになった(表1-46)。

表1-45 探せばまだまだ覚せい剤の客は増えると思うか

表1-46 覚せい剤以外で今後商売になりそうな薬物は何か

(6) 今後の動向
 暴力団は、覚せい剤を中心とした薬物の元売から小売までをほぼ独占し、莫大(ばくだい)な不正収益を上げている。覚せい剤の需給関係が比較的安定している中、薬物不正取引は今後とも暴力団の重要な資金源の一つであり続けるものと考えられる。
 しかし、こうした暴力団を中心とした我が国の薬物不正取引の構造を、今後大きく変化させる可能性のある状況が生じている。それは、海外、とりわけコロンビアの薬物犯罪組織の本格的な日本上陸の動きである。
 平成元年以降、外国人による我が国への大量のコカイン密輸入事件が頻発しており、海外の薬物犯罪組織が我が国におけるコカインの元売、中間卸組織としての地位を確立しようとしている状況がうかがわれる。今回の調査で明らかになった、他の薬物に比べコカインの危険性に対し警戒心の薄い一般市民の意識(第1節1、図1-2参照)からみても、我が国におけるコカイン乱用者の拡大の可能性は決して低いものとは言えず、海外からコカインが大量に持ち込まれるようになった場合には、我が国の薬物問題に大きな影響を与えることが予測される。
 また、暴力団と海外の薬物犯罪組織が、我が国における薬物不正取引において今後どのように関係していくかについても監視を怠ることができない。


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