第1章 薬物問題の現状と課題

 薬物の乱用に、年齢、性別、職業等の境界はない。
 1990年、国連は、1991年からの10年間を「国連麻薬乱用撲滅の10年」とうたった政治宣言を採択し、薬物問題の解決が今や世界的規模の課題となっているという認識を確認した。
 国民の3割以上が薬物の乱用(注1)の経験を持つと言われる米国をはじめとして、現在、多くの国々が薬物乱用のもたらす害悪に苦しんでいる。各国は、薬物問題の解決に向けて、薬物の供給源の遮断と需要の抑制の両面から真剣に対策に取り組んでいるが、薬物は薬物犯罪組織等の手により国際的な規模で流通しており、各国個別の対策は既に限界に達しつつある。そのため、近年では、薬物不正取引(注2)の取締りのための国際的な連携の必要性が強く認識されるようになっている。
 我が国においても、覚せい剤を中心とした薬物の乱用の広がりは、既に憂慮すべき状況に至っている。特に、暴力団が組織ぐるみで薬物の不正取引に関与し、大量の薬物を国内に供給していることが、我が国における薬物問題の解決を困難にしている。また、コロンビアの薬物犯罪組織が我が国への本格的な進出を図っていることから、ここ2、3年、外国人が我が国へ大量のコカインを持ち込もうとする事件が頻発している。
 警察は、こうした薬物問題の解決のため、これまでも密売者、乱用者の積極的な取締り、乱用防止に向けた広報啓発活動等に努めてきた。しかしながら、薬物犯罪組織による不正取引は年々巧妙さを増し、その摘発はますます困難となっている。また、我が国の一般市民の薬物問題に対する認識もまだまだ十分なものとは言えない。こうした状況をこのまま放置すれば、今後、我が国においても欧米並みに薬物乱用が拡大するおそれが高い。
 本章では、我が国の薬物問題の現状等を諸外国と比較しながら概説し、薬物問題に取り組む警察の活動を紹介するとともに、我が国の薬物問題の深刻化に歯止めを掛け、薬物乱用を根絶するために今後講ずるべき対策等について述べることとする。
(注1) 本章の「薬物の乱用」とは、医療の用に供せられる薬物を当該医療目的から逸脱して使用すること、あるいは医療目的のない薬物を快感を得るなどの目的で不正に使用することをいう。例えば、精神病の治療等の医療目的で用いられる覚せい剤を疲労回復や眠気覚ましの手段として使用したり、鎮痛等の医療目的で用いられるモルヒネを陶然とした快感を得るために使用したりすることは乱用となる。
(注2) 1988年に国連において採択された「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」では、覚せい剤、コカイン等の薬物の不正な製造、販売、輸出入、所持、購入等の行為のほか、けし等の栽培、薬物の不正な製造に流用する目的での原料物質の製造、マネーローンダリング(第3節2参照)等の行為を「不正取引」と定義している。


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