第9章 警察活動のささえ

1 警察職員
 我が国の警察組織は、都道府県を単位とし、都道府県公安委員会の管理の下に警察職務を直接執行する都道府県警察が置かれている。また、これら都道府県警察を国家的、全国的な立場から指導監督し又は調整する国の警察機関として、国家公安委員会の管理の下に警察庁が置かれている。
 警察庁及び都道府県警察に勤務する警察職員は、警察官、皇宮護衛官、事務職員、技術職員等で構成され、これらの職員が一体となって警察職務の遂行に当たっている。
 治安維持の責務を担う警察官による不適切な職務執行や国民の信頼を裏切るような不祥事は、絶対にあってはならないことであるが、昭和63年においては、警察官が拾得現金を横領した上届出人に嫌疑を掛けた事案(大阪)、警察官による信用金庫強盗事件(福岡)等が発生した。このため、警察では、監察機能の強化、勤務管理、業務管理の徹底等により、不祥事の防止を図るとともに、適正な職務執行の徹底に努めている。
(1) 定員
 警察職員の定員は、昭和63年12月末現在、総数25万7,296人で、その内訳は、表9-1のとおりである。

表9-1 警察職員の定員(昭和63年)

 63年度には、地方警察職員たる警察官927人の増員が行われたが、警察官1人当たりの負担人口は、前年度と変わらず、全国平均で555人であった。これを欧米諸国と比較すると、図9-1のとおりで、我が国の警察官の負担は著しく重いものとなっており、今後とも警察力の整備に努める必要がある。

図9-1 警察官1人当りの負担人口の国際比較(昭和63年)

(2) 婦人警察職員
 昭和63年4月1日現在、都道府県警察には、婦人警察官約4,100人、婦人交通巡視員約2,100人、婦人補導員約850人が勤務しており、交通指導取締り、犯罪捜査、鑑識活動、少年補導、警衛、警護、女子の留置・保護、警察広報等の多くの分野において活躍している。また、これらのほか、一般職員として約9,900人の女性が勤務している。
 いわゆる男女雇用機会均等法、改正労働基準法が施行されて以来、多くの都道府県警察において、女性の特性を十分に生かした婦人警察職員の配置により、警察業務の運営に相当の効果を上げているが、63年度は、婦人警察職員の職域拡大や採用の再開を実施した県が更に増加した。

(3) 採用
 警察官の採用については、それにふさわしい能力と適性を有する優秀な人材の確保に努めている。昭和63年度に都道府県警察の警察官採用試験に応募した者は約6万6,700人で、合格した者は約7,600人(うち、大学卒業者は約3,100人)であり、競争率は、8.8倍であった。
(4) 教育訓練
 警察官には、逮捕、武器使用等の実力行使の権限が与えられており、また、自らの判断と責任で緊急に事案を処理しなければならない場合も多いので、職務執行を適正に行うためには、一人一人の警察官に対する十分な教育訓練が必要である。このため、警察では、警察学校において、新しく採用した警察官に対する採用時教養、幹部昇任者に対する幹部教養、専門分野に応じた各種の専科教養等の集合教養を実施しているほか、職場における個別指導等を行うなど、あらゆる機会を通じてきめ細かな教育訓練を行い、各階級、各職種に求められる実務能力のかん養に努めるとともに、柔道、剣道、逮捕術、けん銃、体育等の術科訓練を通じて、体力、気力の充実、職務執行に必要な技能の習得に努めている。
 このうち、特に力を入れているのは、都道府県警察学校で行う採用時教養で、新たに採用した警察官に対して、警察官として必要な法律知識や技能を身に付けさせるとともに、豊かな人間性をはぐくむための教育訓練を行っている。また、近年の犯罪の国際化に的確に対応するため、語学能力と実務能力を兼ね備えた国際捜査官の養成に努めている(なお、国際捜査力の強化については、第2章3(2)参照)。
 これら教養の推進に当たっては、警察官に求められている職業倫理の確立と使命感の醸成を図るため、「警察職員の信条」の実践を中心とした職業倫理教養や相手の立場に立った親切かつ誠実な市民応接を行うための教養にも力を入れている。
(5) 勤務
ア 警察職員の勤務
 警察の果たすべき治安維持の責務は、昼夜を分かたぬものであるので、24時間警戒体制を確保する必要がある。そこで、外勤警察官をはじめ、全警察官の4割以上は、通常、3交替制で3日に1度の夜間勤務を行っている。交替制勤務者以外でも、警察署に勤務する警察官の多くは、6日に1度程度の割合で夜間勤務に従事している。また、突発事件、事故の捜査等のため、勤務時間外に呼び出されることも少なくない。
 このため、警察官をはじめとする警察職員の勤務条件、給与、諸手当等の待遇については、常に改善を検討しており、これまで、駐在所勤務員の複数化、派出所等の勤務環境の改善、階級別定数の是正等が図られてきた。
 なお、警察庁においては、昭和64年1月1日から、行政機関の休日に関する法律等の施行に伴い、毎月の第二土曜日及び第四土曜日を休日とする4週6休制が実施されている。また、都道府県警察においては、今後漸次、各地方公共団体において制定される条例により、同様の制度が実施されることとなる。実施に際しては、突発事案に対する迅速、的確な対応、市民サービス等に支障を生じることのないよう、警察業務の特殊性を十分に考慮した方法によることとしている。
イ 警察官の殉職、受傷
 警察官は、身の危険を顧みず職務遂行に当たっているので、職に殉じたり、公務により受傷したりすることが少なくない。63年に、職に殉じて公務死亡の認定を受けた者は18人(前年比8人増)、公務により受傷した者は5,965人(前年比73人増)である。これらの被災職員又はその家族に対しては、公務災害補償制度による補償のほか、各種の援護措置が採られている。
〔事例〕 9月29日午後11時58分ころ、埼玉県警察本部警ら部自動車警ら隊勤務の植野浩二警部補(28)は、同僚とともにパトカーで川越市内を警ら中、けん銃発砲事件発生との無線を傍受したので、現場へ急行し捜査活動を行っていたところ、けん銃で撃たれ、殉職した。

2 予算

 警察予算は、国の予算に計上される警察庁予算と各都道府県の予算に計上される都道府県警察予算とで構成される。警察庁予算には、警察庁、管区警察局等国の機関に必要な経費だけでなく、都道府県警察が使用する警察用車両やヘリコプターの購入費、警察学校等の増改築費、特定の重要犯罪の捜査費等都道府県警察に要する経費が含まれている。
 昭和63年度の国の予算編成においては、財政改革の推進と内需拡大の推進という二つの要請にこたえるべく、「昭和62年度当初予算における経常部門経費の予算額から10パーセントを削減した金額と投資部門経費の予算額相当額との合計額」という概算要求基準が設定された。警察庁としては、このような厳しい財政状況の下においても、現在の治安水準を維持するため、極左暴力集団による「テロ、ゲリラ」等違法事案の未然防止と徹底検挙(自動車ナンバー自動読取システム、パトカー照会指令システムの整備等)、薬物禍拡大抑止のための覚せい剤事犯の徹底取締り(水際対策情報ネットワークシステムの整備等)、犯罪の国際化への的確な対応と捜査協力の推進(ICPO分担金の増額等)等の施策について、重点的に予算措置している。
 63年度の警察庁当初予算は、総額1,794億1,100万円で、前年度に比べ、46億9,500万円(2.7%)増加し、国の一般会計予算総額の0.32%を占めている。また、補正後予算の内容は、図9-2のとおりである。なお、63年7月には、ソウルオリンピック開催に関連して日本国内における警備活動等に必要な経費として47億4,000万円の予備費使用が認められた。
 63年度の都道府県警察予算は、各都道府県において、それぞれの財政事情、犯罪情勢等を勘案しながら作成されているが、その総額は、2兆3,076億9,800万円で、前年度に比べ725億1,500万円(3.2%)増加し、都道府県予算総額の6.3%を占めている。その内容は、図9-3のとおりである。
 警察庁予算と都道府県警察予算の合計額(重複する補助金額を控除した額)を国の人口で割ると、国民1人当たり1万9,900円となる。

図9-2 警察庁予算(昭和63年度補正後)

図9-3 都道府県警察予算(昭和63年度最終補正後)

3 装備

(1) 車両
 警察用車両には、捜査用車、鑑識車等の刑事警察活動用車両、交通パトカー、白バイ、交通事故処理車等の交通警察活動用車両、警らパトカー、移動交番車等の外勤警察活動用車両等があり、現有警察用車両の用途別構成は、図9-4のとおりである。

図9-4 警察用車両の用途別構成(昭和63年度)




 昭和63年度は、覚せい剤等薬物事犯取締りのための薬物取締り車、現場鑑識技術強化のための現場科学検査車、62年度から導入が開始された高速道路用の交通指導取締り車、「テロ、ゲリラ」を根絶するためのゲリラ対策車等の増強整備を図るとともに、既に配備された各種車両について、特に緊急度の高い車両を重点に更新整備を図った。
 今後も、警察事象の量的増大や質的変化に的確に対応して、治安水準の維持、向上を図るためには、警察機動力のかなめである警察用車両の整備充実をより一層推進する必要がある。当面、薬物取締り車、高速道路用の交通指導取締り車、ゲリラ対策車、広域犯罪に敏感に対応するための広域機動捜査車、少年非行対策のための少年補導車、地域に密着した活動を行うための警らパトカー、災害等の際に活動する特殊車両等について、重点的に増強整備を図るとともに、耐用年数の経過した車両について、引き続き計画的に、より機能アップを図りながら更新整備を進めていく必要がある。
(2) 船舶
 警察用船舶は、全長8メートル級から20メートル級の警備艇及び5メートル級の公害取締り専用艇等合計203隻が、港湾、離島、河川、湖沼等に配備され、水上のパトロール、水難救助、覚せい剤等の密輸事犯や密漁事犯あるいは公害事犯の取締り等の水上警察活動に運用されている。
 今後の警察用船舶の整備に当たっては、水上警察事象の多様化に対応するため、より大型化、高速化を図っていく 必要がある。

(3) 航空機
 警察用航空機は、災害発生時の状況把握や被災者の救助、交通情報の収集、犯人の捜索や追跡等の捜査活動、産業廃棄物の投棄等の公害事犯の取締り、交通の指導取締り等警察活動全般にわたる幅広い分野で活動している。
 一例を挙げると、昭和56年5月に長野県警察に配備されたヘリコプターは、7年余の期間に山岳遭難者71人、河川、湖沼等における水難者26人等100人にも上る人命を救助している。
 このような警察用航空機の有効性を背景に、63年度においては、山口、香川の両県警察に、小型ヘリコプター各1機を新規に配備した。この結果、ヘリコプターの配備数は、41都道府県警察に合計56機となった。
 なお、警視庁においては、平成元年に飛行船を配備し運用を開始した。

(4) 警察装備資機材の開発
 警察では、警察活動の基盤となる装備資機材に、先端技術を含むあらゆる科学技術を積極的に導入することにより、警察業務の効率化及び高度化に努めている。昭和63年度においては、第一線警察のニーズに基づく「テロ、ゲリラ」対策用検索機材の開発、個人用装備品等の改善に努めた。
 今後も、警察装備資機材の科学化、近代化を更に図るため、研究、開発を一層推進することとしている。

4 警察活動とコンピュータの活用

(1) 犯罪捜査におけるコンピュータの活用
ア 第一線からの照会
 警察庁では、全国都道府県警察から手配された「人」(指名手配者等)、「車」(盗難車両等)、「物」(各種盗難品等)に関するデータを大型のコンピュータで管理しており、全国の第一線警察官からの照会に対して即時に該当の有無を回答することにより、警察活動を支援している。
 また、自動車を利用した犯罪に対応し、手配車両を早期に発見するため、「自動車ナンバー自動読取システム」や携帯型コンピュータによる「車両検索システム」の整備を行い、盗難車の発見等に大きな成果を挙げている。
イ 指紋の照合
 警察庁では、昭和57年10月から「指紋自動識別システム」を導入して指紋の登録を開始し、58年10月から遺留指紋照会を、59年10月からは被疑者の身元や余罪を確認する業務を開始したが、この「指紋自動識別システム」は、被疑者の割り出しに大きな役割を果たしている。
ウ 捜査活動の支援
(ア) 捜査情報交換システムと多角照合システム
 複数の都道府県において発生した犯罪で、同一犯人の犯行と考えられるものについて、各都道府県警察が収集した捜査情報をデータ通信回線を通じて相互に交換し合うシステムを「捜査情報交換システム」という。こうして集めた情報について、コンピュータを用いて関連性のチェックを行うことにより被疑者の絞り込みを行うシステムが「多角照合システム」であるが、このシステムは、61年から運用が開始されており、広域犯罪等の捜査を支援している。
(イ) 捜査資料の解析
 捜査活動で押収した膨大な書類等を手作業で分析処理するには大変な人手と期間が掛かるため、これをパソコンや大型コンピュータで集計、分析することにより、捜査の合理化を図っている。
 また、最近は、企業の会計事務がコンピュータ処理されていることが多いため、押収した磁気テープ、フロッピー等の解読、分析等にもパソコンや大型コンピュータを用いている。
〔事例〕 豊田商事元相談役らによる海外先物取引を仮装した詐欺事件の捜査において、帳簿、伝票及び顧客名簿等合計3,185点に上る証拠品を押収した。
 被疑事実を立証するためには、これらの押収資料を当時の相場の動きと連動させて分析する必要があり、手作業では多数の捜査員と1年以上の期間が必要と予想されたが、これをパソコンで処理することにより約4箇月で実態を解明し、63年1月に関係者を検挙した(京都)。
(2) 運転免許業務におけるコンピュータの活用
 全国の運転免許保有者数は、昭和63年12月末現在、5,740万人を超えている。これらの運転免許に関するデータは警察庁のコンピュータで全国的な管理を行っており、都道府県警察の運転免許試験場等に設置した端末装置からの照会に対して即時に回答することにより、以下の業務を処理している。
ア 運転免許証の即日交付
 運転免許試験に合格した人や、免許証の更新を申請した人に対して、行政処分歴をチェックし、無違反者に対して申請の当日に免許証を交付している。
イ 免許証の二重取得防止
 都道府県公安委員会ごとに発行される運転免許証を警察庁で全国管理することにより、同種の免許証の二重取得を防止する。
ウ 危険運転者の排除
 交通違反等に係る反則点を管理して、免許証の停止や失効といった行政処分を行うことにより、頻繁に違反を犯し、又は事故を起こす危険運転者の管理を行っている。
(3) 情報処理に関する技術的研究
 警察庁では、最近の犯罪の広域化、スピード化、巧妙化等に的確に対応して、警察活動の近代化、科学化を推進すべく、AI(人工知能)技術、パターン認識技術、画像処理技術等、最先端のコンピュータ技術を応用した各種の情報処理システムの開発を推進している。
 AI技術の応用としては、「個人特徴自動識別システム」を61年度から引き続いて研究しているが、このシステムでは、目撃者の証言から犯人の特徴をコンピュータ処理し、被疑者の絞り込みを行い、さらに、将来は、似顔絵の自動合成まで行うことを目指している。また、ベテラン少年相談員のノウハウ(知識、経験)を蓄積した「少年相談支援システム」をAIシステムとして構築すべく、研究を行っているほか、警察官の学校教育の高度化を目指して、CAI(コンピュータによる教育支援)システムについても、その導入の検討を開始した。
 パターン認識技術の応用としては、第一線の警察官のコンピュータ操作を容易にするための音声入力についての研究を行っており、また、画像処理技術としては、光ディスクシステムの警察業務への応用についての検討を進めている。

5 通信

(1) 初動警察活動等の迅速化、効率化に役立つ通信
 犯罪、災害、事故等の発生に際して、犯人の早期検挙、被害者の保護、被害の拡大防止等を図るためには、初動警察活動等を迅速、確実に行う必要がある。このため、警察では、110番の受理や警察官の出動指令の中枢となる通信指令システム、活動中の警察官の有力な通信手段である移動無線通信系等を充実、強化するとともに、新しい情報通信システムの開発を積極的に行うなど、初動警察活動等の迅速化、効率化を図っている。
ア 高機能化する通信指令システム
 初動警察活動の迅速性、効率性を確保するためには、通信指令システムの高機能化を図る必要がある。このため、警察では、110番の受理に始まる情報の伝達、処理をコンピュータにより支援する新しい通信指令システムの整備を進めている。昭和63年度末現在、新しい通信指令システムは、15都道県で稼動しており、リスポンス・タイムの短縮等に効果を発揮している。
 また、AI技術を利用して、状況の判断、予測を行い、緊急配備の実施に関する最も効果的な情報を提供するなどの、更に高い機能を持つ通信指令システムの開発研究や、コンピュータ・マッピング技術等を利用した高度警察通報用電話システムの実用化試験等を進めている。
イ デジタル化の進む移動無線通信系
 移動無線通信系は、機動的かつ組織的な警察活動を展開するための重要な役割を担っている。移動無線通信系には、パトカー、白バイ、船舶、ヘリコプター、警察署等が相互に通話する車載無線通信系、パトロール中の警察官が警察署や他の警察官と連絡できるように警察署ごとに構成している署活系、警備実施等の臨時的、局地的な警察活動において機動隊員等が使用する携帯無線通信系等がある。
 警察では、これら移動無線通信系を、通話だけでなく、データ通信等の多様な情報通信にも能率的に使用できるようにするとともに、移動無線通信系における傍受、妨害を防止するため、高度な通信方式であるデジタル通信方式を開発、導入した。63年12月末現在、車載無線通信系、携帯無線通信系において効果的に活用しており、残る移動無線通信系についても、デジタル化を目標に、整備を進めることとしている。
ウ 整備の進むパトカー照会指令システム
 警察庁では、指令の迅速性、確実性を向上させるとともに、パトカーの情報処理能力を一層高めるシステムとして、「パトカー照会指令システム」を開発した。このシステムは、デジタル移動無線通信回線を経由して、パトカーに搭載したデータ端末装置から警察庁のコンピュータへ各種照会を直接行ったり、通信指令室からの指令内容をパトカー内のディスプレイに表示したりする機能を持っている。63年度には、10道県警察で新たに運用を開始した。これにより、20都道府県警察について整備を完了したが、引き続き全国整備を図る予定である。
(2) 災害時等に活躍する通信
ア 機動通信隊の活動
 災害等の重大事案発生時には、情報量の増加等に対応するため、常用の情報通信システムに加えて、応急的な情報通信手段を確保することが必要となる。このため、警察では、応急用通信資機材を常備するとともに、事案の現場等へ迅速に出動して、応急的な通信手段の確保を行う機動通信隊を編成している。昭和63年度に機動通信隊が出動した回数は、2,590回に上った。
イ 駆使される映像通信
 警備事案等に際して、時々刻々変化する現場の複雑な状況を対策本部等で正確に把握し、的確な判断を行う手段として、映像通信は極めて有効である。
 建設工事が進められている新東京国際空港の成田闘争に伴う警戒警備活動等においても、ヘリコプター・テレビ、携帯テレビ等多数のテレビ装置を用いた映像通信システムを臨時に構築し、警備実施の状況を生中継して対策本部等で効果的に活用するなど、新しい情報通信手段である映像通信を各種の警察活動に駆使している。
ウ 活動用統合通信システムの活用
 活動用統合通信システムは、警察庁のコンピュータと、管区警察局及び都道府県警察本部の高機能端末を通信回線で結び、相互に通話をしながら、文字、地図、数字等の送受信を行い、これにより集められた資料をコンピュータで処理し、整理するとともに、その結果を対策本部等に効率よく提供するシステムである。
 このシステムは、特に災害の発生時において、全国的な被災状況、現場地図、警察官の出動状況等を即時に集計、作図、表示し、警察庁等に開設される対策本部での状況の把握、総合的な状況分析、指揮等に活用されている。
 また、このシステムは、60年度から導入が進められており、これまでに警察庁のほか44都道府県に整備されたが、引き続き速やかに全国整備を図る必要がある。
(3) 警察活動を支える通信基盤
ア 全国を結ぶ警察通信網
 我が国の警察機関は、警察自営の無線多重回線と日本電信電話株式会社との契約により使用している専用回線とから成る警察専用の通信回線によって結ばれており、独自の警察電話による通信、ファクシミリ等の画像通信、データ通信等を行っている。このうち、警察庁、各管区警察局及び北海道警察本部の相互間を結ぶ管区間系無線多重回線については、ルートを地理的に分散し、災害等による通信途絶防止を図っている。
 また、警察通信の基盤を成す重要な通信施設である自営の無線多重回線について、各種情報通信システムの構築に柔軟に対応できるように、昭和57年から、PCM方式(注)を用いたデジタル化を進めている。既に札幌から福岡に至る管区間系第1ルートのデジタル化を完了しており、今後も、すべての回線のデジタル化を目指すこととしている。
(注) PCM(Pulse Code Modulation)方式とは、電話やファクシミリ等の信号をデジタル信号に変えて、大量、多様の情報を効率的に伝送する方式である。
イ 衛星通信による情報通信
 衛星通信は、地形的な制約を受けずに遠距離、広範囲の通信を確保することができ、災害発生時等において効果的に活用することができる。さらに、地上の無線多重回線による通信に比べ、テレビ映像等高速、大量の情報伝送に適している。これらのことから、警察では、58年から衛星通信を新たな情報伝達手段として導入している。
 63年度末現在、衛星通信用地球局の固定型設備を警察庁及び沖縄県警察本部に各1台、可搬型設備を近畿管区警察局及び静岡県警察本部に各2台整備し、重要事案等発生時はもちろん、日常においても映像通信、データ通信等各種情報通信に活用している。
ウ 警察電話等の機能強化
 警察電話は、警察機関に設置されている警察独自の電話であり、日常の警察業務を支える基本的な通信手段として活用されている。
 警察では、警察電話への会議電話をはじめとする新しい機能の追加、データ通信、ファクシミリ通信といった多様な通信への対応が可能なデジタル電子交換機の整備を進めており、63年度には、岐阜、愛媛、大分の各県警察本部に導入した。今後、デジタル電子交換機やデジタル無線多重回線等の整備により、高度情報通信システムの構築を目指している。
(4) 近代化の進む国際通信
 警察における国際間の通信網として、ICPO無線通信ネットワークがある。警察庁は、東京無線局を設置し、アジア地域の中央局として、地域内各国の電報を取りまとめるとともに、パリ本部を経由して世界各国との間で電報の送受信を行っている。警察庁では、このほか、ICPO加盟各国との間で、国際電話回線等を利用してテレックス通信、ファクシミリ通信及び手配写真等の写真電送も行っている。また、昭和63年4月に発足した国際通信室では、国際犯罪の増加に伴い、世界的に増加する一方の国際通信に対処するため、ICPO通信網の近代化や諸外国の警察への通信技術協力等積極的な活動を行っている。
 ICPO事務総局では、加盟各国の事情により通信手段が異なっている場合でも相互に通信を行うことができるAMSS(自動メッセージ・スイッチング・システム)を62年7月から運用している。我が国は、技術先進国として、このシステムの導入に際し企画の段階から参加してきたが、アジア地域内における国際通信の量も年々増加しているため、警察庁に地域中央局用AMSSを設置すべく、システム実用化の検討を進めている。

6 留置業務の管理運営

 昭和63年12月末現在、全国の留置場数は、1,256場で、年間延べ約230万人の被逮捕者、被勾留者等が留置されている。警察では、捜査を担当しない総(警)務部門において留置業務を処理しており、また、被留置者の人権を尊重した処遇を行うとともに、留置場の適正な管理運営を図るため、次のような措置を講じている。
[1] 留置場施設の整備
 留置場施設については、被留置者のプライバシー保護等の観点から、54年11月に改正された留置場設計基準に基づいて新改築及び改修を行い、その改善整備を逐次進めている。
[2] 業務担当者に対する教育訓練の充実
 被留置者の人権を尊重した適切な処遇の徹底を図るため、留置業務を担当する警察官等に対して、警察大学校、都道府県警察学校等において専門的な教育訓練を行っている。
[3] 留置場巡回視察の実施
 留置場の適正な管理運営を確保しつつ、被留置者の処遇の全国的斉一を図るため、全国の留置場について、警察庁及び管区警察局の担当官により、計画的に巡回視察を実施している。
 ところで、警察の留置場については、被留置者の処遇の内容、設置の根拠等が法律上必ずしも明確ではないことから、留置場に関する現行の法体系を整備するよう各方面から指摘されてきたところである。
 そこで、監獄法の改正が行われるのを機会に、法制審議会の答申の趣旨に沿って、被留置者の処遇の内容を定め、警察の留置場に留置される被勾留者等と拘置所に収容される者との処遇の平等を保障するとともに、留置場の設置の根拠等を明確にするため、刑事施設法案と一体のものとして留置施設法案を策定した。この法律案は、57年4月、第96回通常国会に上程され、58年11月、衆議院の解散に伴い審議未了となったが、62年4月、第108回通常国会に所要の修正を加えて上程され、第112回通常国会衆議院本会議における趣旨説明等が行われた後、継続審査となっている。

7 警察活動の科学化のための研究

(1) 科学警察研究所における活動
 科学警察研究所では、科学捜査、少年非行の防止、犯罪の予防、交通事故の防止等に関する研究、実験と、その研究成果を応用した鑑定、検査を行っているほか、鑑定技術についての研修を実施している。
ア 昭和63年度における主な研究
 昭和63年度の研究は、前年度からの継続研究49件、新規研究37件の合計86件であるが、その主なものを挙げれば、次のとおりである。
〔研究例1〕 ヒトDNAによる個人識別法の研究
 最近、各個人の遺伝子の本体であるDNAの配列が各個人不同であることが解明された。その結果、犯罪現場に遺留された凶器、着衣等に付着している血痕(こん)、精液斑(はん)等から個人を識別する方法として、これらに含まれるDNAを特殊な酵素で切断し、分析する方法が研究、開発されてきた。このDNAによる個人識別法を実際の犯罪捜査に利用するため、現在、微量の資料からDNAを精製する方法及びDNAから個人を識別するための試薬の開発について研究を行っている。また、この方法の信頼性を高めるためDNA型の鑑定法の基準の作成及びDNA型における日本人の特性等について分析したデータの蓄積等に努めている。
〔研究例2〕 機器による不明文字の検出と画像処理の研究
 抹消されたり偽造又は変造された文書類から、抹消以前の文字を検出し、偽造又は変造の事実を速やかに検査するため、文書鑑定用マルチ画像処理装置を開発した。この装置は、コンピュータシステムを導入したもので、瞬時に結果が得られ、検出した画像が不鮮明な場合には、これを鮮明化することができ、部分的に検出された文字は、修正によって正規の文字に直すこともできる。また、この装置では、筆跡の計測や印字、印影の照合検査も可能である。
〔研究例3〕 防犯カメラ、ビデオに写った犯人の凶器、着衣等の識別に関する研究
 金融機関、24時間スーパー等で多発している強盗事件等の際に、防犯カメラや防犯ビデオに写された犯行現場写真中の犯人の凶器、着衣等と、被疑者等から押収した凶器、着衣等を比較対照するために、テレビカメラとコンピュータ制御によるカラー画像処理装置を使った画像比較対照法を研究、開発した。この方法によって、犯行現場写真中の犯人の凶器、着衣等の画像と対照する物の画像をテレビの同一画面上に写し出して重ね合わせ、画像が一致している部分、違っている部分をそれぞれ異なった色で鮮明に表示することができるようになり、これらの異同識別の鑑定が迅速かつ正確に行えるようになった。
〔研究例4〕 地方都市における交通事故特性に関する研究
 最近、交通事故死者数の増加が顕著であるが、これを効果的に減少させるために、人口当たりの交通事故死者数が多い地方都市における対策が重要課題となっている。本研究では、モデル都市を3箇所選定し、それぞれと同規模の他の都市との比較分析から顕著な事故の類型を抽出した。また、その結果に基づき、事故防止対策についての研究を行った。
 63年に開催された国際会議では、雑音環境下の話者照合のための周波数変換スペクトル距離尺度(4月、音響、音声、信号処理国際会議、米国)、放射光による双生児毛髪のX線分析(5月、第10回オーストラリア国際法科学シンポジウム、オーストラリア)、血液型全自動検査装置の開発(6月、ICPO個人識別法に関するシンポジウム、フランス)、日本の組織犯罪とその起源(11月、第40回米国犯罪学会大会、米国)等についての発表を行った。
 また、国内の学会では、写真-ビデオ複合スーパーインポーズ重合装置の開発(5月、第72次日本法医学会総会)、焼死体血液中の一酸化炭素、シアン及びメトヘモグロビン濃度と火災状況(6月、日本法中毒学会第7年会)、中学生の暴力の発生要因(9月、日本犯罪心理学会第26回大会)、ヒト唾(だ)液に存在するABO式血液型活性糖タンパク質の精製とその性質(10月、第61回日本生化学会大会)、交差点事故の図式的分類(10月、日本心理学会第52回大会)等についての発表を行った。
イ 鑑定、検査
 科学警察研究所では、都道府県警察をはじめ検察庁や裁判所等から嘱託を受けて、高度の技術を要する鑑定、検査を行っており、63年における処理件数は、法医学関係が88件、化学関係が42件、文書、偽造通貨関係が164件、銃器関係が943件、工学関係が65件の計1,302件であった。
ウ 研修
 科学警察研究所では、附属の法科学研修所において、都道府県警察の鑑識、鑑定技術職員等を対象とした研修を実施している。法科学研修所の研修課程は、養成科、現任科、専攻科及び研究科に分かれ、63年度には、研修生約250人に対して、法医学、化学、工学、文書、ポリグラフ、指紋、写真、足痕(こん)跡に関する教育訓練を行った。そのほか、科学警察研究所では、鑑定技術職員延べ約450人の参加の下に、法医学、化学、文書、火災、爆発の各部門について鑑識科学研究発表会を開催し、研究成果の発表及び質疑応答を通じて、指導、助言を行い、鑑識、鑑定技術等の向上に努めた。
(2) 警察通信学校研究部における研究
 警察通信学校研究部は、警察通信に関する唯一の研究機関として、現場の要望に即した警察独自の情報通信技術及び機器を研究、開発しており、警察活動の科学化に貢献している。
 昭和63年度には、AIの警察業務への利用に関する研究や、犯罪に係る情報通信の使用に関する研究をはじめとして、新しい情報通信技術及びその応用についての研究を精力的に行ったが、警察通信に関する研究開発への需要は高まる一方である。また、犯罪の広域化、スピード化が著しいほか、技術革新の成果が社会に浸透するにつれ、それに応じた新しいタイプの犯罪が増加する傾向にある。このような情勢に適切に対応するため、新しい技術の導入及びその活用に向けて、警察通信学校研究部における研究開発活動の一層の充実強化を図ることとしている。


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