依然として厳しい国際テロ情勢

1イスラム過激派の動向と国際テロの脅威

 平成21年の国際テロ情勢は、依然として厳しい状況で推移しました。13年9月の米国における同時多発テロ事件以降、世界各国でテロ対策が強化されてはいるものの、イスラム過激派によるテロの脅威は依然として高い状況にあります。中でも、アル・カーイダは、米国に対するジハード(聖戦)の象徴的存在として、世界のイスラム過激派を惹き付けています。アル・カーイダを始めとするイスラム過激派は、このジハード思想を介して緩やかなネットワークを形成しているとみられます。
 イスラム過激派組織及びその支持者は、インターネット等のメディアを効果的に活用して、ジハード思想を伝播するとともに、リクルート活動を進めています。現在、このアル・カーイダのジハード思想やオサマ・ビンラディンの声明等の影響を受け、アル・カーイダの中核(指導部)と直接の関係を有しない各地のテロ組織等がテロを企図する傾向がみられます。特に、テロと何のかかわりもなかった個人が、インターネット等を通じて過激化してテロを引き起こす危険性が各国で認識されているところです。
 こうした中、21年中は、12月に、アムステルダムからデトロイトに向かう米国旅客機を標的としたテロ未遂事件が発生し、同機に搭乗していたナイジェリア人1人が逮捕されるなど、世界各地でテロ事件が多発しました。
 南アジアでは、昨年に引き続きテロ情勢が厳しさを増しています。アフガニスタンでは、タリバンの勢力拡大とともにテロの発生件数が増加しており、その規模も拡大する傾向が顕著です。2月には、首都カブールに所在する司法省、教育省等をねらった自爆テロ及び襲撃が発生し、26人が死亡し、70人以上が負傷したほか、8月には、カブールの国際治安支援部隊(ISAF)本部前における自動車爆弾による自爆テロにより、9人が死亡し、約90人が負傷しました。また、10月には、カブール所在のインド大使館を標的とした自爆テロが発生し、少なくとも17人が死亡し(自爆犯1人を含みます。)、60人以上が負傷したほか、カブール所在の国連施設に対する襲撃事件も発生し、少なくとも13人が死亡し、約10人が負傷しました。パキスタンでは、北西辺境州におけるイスラム武装勢力に対する軍による大規模な掃討作戦が再開された4月以降、再びテロ事件が多発しており、5月には、ラホールの三軍統合情報部施設等に対する襲撃及び自爆テロにより約30人が死亡し、250人以上が負傷したほか、10月には、武装勢力によるパキスタン陸軍総司令本部襲撃・立てこもり事件が発生し、少なくとも20人が死亡しました。パキスタン軍は、10月、タリバン・パキスタン運動の本拠地であり、アル・カーイダのメンバーが潜んでいるとされる南ワジリスタン地区に対する軍事作戦を開始しましたが、同月、ペシャワールの市場において爆弾テロ事件が発生し、少なくとも105人が死亡し、200人以上が負傷するなど、その後もテロが連続して発生しています。
 東南アジアでは、7月、インドネシアの首都ジャカルタにおいて、マリオットホテル等を標的とした連続自爆テロが発生し、9人が死亡し(自爆犯2人を含みます。)、約50人が負傷しました。本件を敢行したとされるジェマア・イスラミアの強硬派ヌルディン・トップは、9月に国家警察の急襲により死亡しましたが、他の強硬派幹部が依然として逃走中です。
 中東では、イラクにおいて、6月末の都市部からの米軍の撤退以降、主として都市部においてテロ事件が多発しています。8月には、首都バグダッドに所在する複数の政府庁舎を標的とする自動車爆弾や迫撃砲による連続テロが発生し、合わせて95人が死亡し、500人以上が負傷しました。また、イエメンにおいて、3月、爆弾テロ事件が発生し、韓国人旅行者等5人が死亡しました。
 その他の地域においても、イスラム過激派の思想の影響により過激化した者等によりテロが企図・実行されるなどテロの脅威が拡散しています。5月には、米国・ニューヨ―クに所在するユダヤ教関係施設等を標的としたテロを計画したとして米国人3人を含む4人が逮捕され、8月には、オーストラリアの軍関係施設に対するテロを計画したとしてオーストラリア人5人が逮捕されるなど、各地でテロ計画事件が摘発されています。他方、ロシアでは、11月、首都モスクワ北西に所在するボロゴエにおいて列車に対する爆弾テロ事件が発生し、少なくとも27人が死亡し、約90人が負傷しました。
米国旅客機を標的とした自爆テロ未遂事件のナイジェリア国籍、ウマル・ファルーク・アブドゥルムタッラブ容疑者(時事) 爆弾テロ事件現場となったペシャワールの市場(10月、パキスタン)(時事)
米国旅客機を標的とした自爆テロ未遂事件のナイジェリア国籍、ウマル・ファルーク・アブドゥルムタッラブ容疑者(時事) 爆弾テロ事件現場となったペシャワールの市場
(10月、パキスタン)(時事)
標的となったマリオットホテル(7月、インドネシア)(時事)
標的となったマリオットホテル(7月、インドネシア)(時事)

2我が国への国際テロの脅威

 我が国は、アル・カーイダを始めとするイスラム過激派から米国の同盟国とみなされており、オサマ・ビンラディンのものとされる声明等において、これまでに度々テロの標的として名指しされています。また、我が国にはイスラム過激派がテロの対象としてきた米軍関係施設が多数存在し、これらを標的としたテロが発生することも懸念されます。
 我が国においては、国際手配されていたアル・カーイダ関係者が不法に入出国を繰り返していた事実が15年12月のドイツにおける同人逮捕を端緒として判明したほか、米国で拘束中のアル・カーイダ幹部のハリド・シェイク・モハメドが、我が国に在る米国大使館を破壊する計画等に関与したと供述していたことが19年3月に確認されました。
 また、我が国には、イスラム諸国からの入国者が多数滞在して各地でコミュニティを形成していることから、今後、イスラム過激派が、こうしたコミュニティを悪用し、資金や資機材の調達を図るとともに、様々な機会を通じて若者等の過激化に関与することが懸念されます。
 さらに、海外においては、現実に邦人や我が国の権益がテロの標的となる事案や、直接の標的でない場合であっても、海外にいる邦人がテロに巻き込まれる事案が発生しています。20年11月に、インド・ムンバイにおいて発生した連続テロ事件では、銃撃により邦人1名が死亡しています。
 このように、我が国は、国内におけるテロや、海外における邦人や我が国の権益に対するテロの脅威に直面しています。
アル・カーイダ幹部らが作成したとされる映像ソフトで、米国人等殺害を呼び掛けるオサマ・ビンラディン(時事)
アル・カーイダ幹部らが作成したとされる映像ソフトで、
米国人等殺害を呼び掛けるオサマ・ビンラディン(時事)

3日本赤軍・「よど号」グループの動向

1 日本赤軍

 最高幹部の重信房子は、ハーグ事件等により懲役20年とした第二審判決を不服とし、20年1月に上告しました。西川純は、ダッカ事件等により無期懲役とした第二審判決を不服として上告しています。また、和光晴生は、ハーグ事件等により無期懲役とした第二審判決を不服として上告しましたが、21年10月に上告棄却が決定し、その後、無期懲役が確定しました。
 現在、日本赤軍は、組織の再編を推進するとともに、新たな活動拠点の構築を模索しているとみられます。12年に重信が逮捕された後も、日本赤軍は、昭和47年のテルアビブ・ロッド空港事件を「自己犠牲精神」に基づく「パレスチナ解放闘争」として引き続き高く評価するなど、その武装闘争路線を放棄していません。また、日本赤軍は、逃亡メンバーに対する支援活動を継続しているとみられるほか、パレスチナとの連携等を名目に組織の拡大を図っているものとみられ、そのテロ組織としての危険性に変化はなく(注)、海外のテロリストと連携して、獄中メンバーの奪還等を目的としたテロ事件を引き起こす可能性は否定できません。
 警察は、今後とも、国内外における日本赤軍支援者の動向にも特段の注意を払いつつ、逃亡メンバーの早期発見・逮捕に向け、関係機関と連携し情報収集を強化していくこととしています。
(注)日本赤軍では、13年4月、重信による獄中からの日本赤軍「解散」宣言を受け、5月には、組織としても解散の「決定」を表明するなど、テロ組織としての本質を隠蔽する戦略を採っています。なお、同年12月以降は、「連帯」(その後、「ムーブメント連帯」に変更)の名称を使用しています。
国際手配中の日本赤軍メンバー 国際手配中の日本赤軍メンバー
国際手配中の日本赤軍メンバー 国際手配中の日本赤軍メンバー

2 「よど号」グループ

 「よど号」犯人9人のうち、田中義三(平成19年1月病死)ら2人が既に逮捕されたほか、リーダーの田宮高麿ら2人が北朝鮮で死亡したことが確認されており、現在、北朝鮮に残留しているのは、小西隆裕ら5人とみられています(うち岡本武は死亡説もありますが、真偽は確認できていません。)。警察は、これまでに帰国した「よど号」グループの妻ら5人全員を旅券法違反等で逮捕したほか、19年6月には、帰国した同グループ合流者1人を旅券法違反で逮捕しました。これらの者については、全員が有罪判決を受けています。子女については、13年5月から現在までに20人全員が帰国しています。20年6月及び8月に開催された日朝実務者協議においては、「よど号」関係者の引渡しについて取り上げられましたが、現時点では、引渡しに向けた具体的な動きは見られません。
 また、これまでに、「よど号」グループが日本人拉致に深く関与していたことが明らかとなっています。警察は、「よど号」犯人である魚本(旧姓・安部)公博については、有本恵子さんに対する結婚目的誘拐容疑で、また、「よど号」犯人の妻・森順子及び若林(旧姓・黒田)佐喜子については、石岡亨さん及び松木薫さん両名に対する結婚目的誘拐容疑で、それぞれ逮捕状を取得し、国際手配を行っています。
 「よど号」グループは、マスコミ報道や声明文等を通じて拉致容疑事案への関与を否定し続けており、容疑が晴れた時点で帰国したいとしています。また、日本政府に対しては、「拉致犯としての引渡」要求を撤回するとともに、協議に応じるよう要求しています。
国際手配中の「よど号」グループ 国際手配中の「よど号」グループ
国際手配中の「よど号」グループ 国際手配中の「よど号」グループ