1　北朝鮮による日本人拉致容疑事案

（1）概要

　 平成14年9月に行われた日朝首脳会談で、金正日国防委員長が日本人拉致問題について、「特殊機関の一部の盲動主義者らが、英雄主義に走ってかかる行為を行ってきたと考えている」との認識を示して、謝罪し、同年10月には北朝鮮から生存と伝えられた5人の拉致被害者が帰国しました。その後、16年5月と7月には、これら拉致被害者家族の帰国・来日が実現しました。
　警察では、現時点、北朝鮮による拉致容疑事案は10件発生し、15人が拉致されたと判断しています。

（2）拉致の目的

　北朝鮮による日本人拉致容疑事案について、その目的は必ずしも明らかではありませんが、諸情報を総合しますと、北朝鮮工作員が日本人のごとく振る舞えるようにするための教育を行わせることや、北朝鮮工作員が日本に潜入して、拉致した者になりすまして活動できるようにすることなどが、その主要な目的とみられています。なお、金正日国防委員長は、日朝首脳会談の席上、日本人拉致の目的について、「一つ目は特殊機関で日本語の学習ができるようにするため、二つ目は他人の身分を利用して南（韓国）に入るためである」と説明しました。
　また、「よど号」犯人の元妻は、金日成主席から「革命のためには、日本で指導的な役割を果たす党を創建せよ。党の創建には、革命の中核となる日本人を発掘、獲得、育成しなければならない」との教示を受けた田宮高麿から日本人獲得を指示された旨証言しており、日本人拉致の背景には、金日成主義に基づく日本革命を行うための人材獲得という目的もあったものとみられています。

（3）小泉首相再訪朝後の日朝の動向

　小泉首相の16年5月22日の再訪朝により、同日、拉致被害者の地村夫妻、蓮池夫妻の家族5人が帰国し、安否不明の拉致被害者については、金正日国防委員長が、「白紙の状態で再調査する」と言明しました。その後、7月には、曽我ひとみさんの家族も帰国・来日しました。しかし、8月11日、12日に北京で行われた日朝実務者協議では、北朝鮮側は、安否不明者の「再調査」の現状について、6月に「調査委員会」を設置し、現在調査を進めている旨の説明を行いましたが、プロセスについての説明にとどまり、個人についての個別具体的な情報の提供はありませんでした。これに対し、日本側より、150項目の質問を投げ掛けていることに言及し、早急に結果を出すことが重要である旨を強調しました。
　9月25日、26日の両日、北京で行われた第2回日朝実務者協議では、北朝鮮側は、前回の8月の会合以降、北朝鮮側が行った「再調査」について、途中経過を説明しました。安否不明の拉致被害者のうち、横田めぐみさん、石岡亨さん、有本恵子さんの3人について、「死亡」という状況に変わりはないものの、死亡時の状況について具体的な説明が行われましたが、目立った進展はみられませんでした。一方、欧州経由での有本恵子さんの拉致に関し逮捕状の発付を得ている「よど号」犯人については拉致への関与を否定しました。
　第3回日朝実務者協議は、局長級に格上げされ、開催場所を平壌に移して11月9日から14日までの間に開催されました。日本政府代表団には警察庁等の職員が新たに参加しました。
　協議においては、北朝鮮側より、従来と同様、8人は死亡し、2人は入境の確認が取れないとする「再調査」結果の伝達が行われました。日本政府代表団においては、「調査委員会」責任者からの詳細な説明の聴取、関係者からの聴取、現地視察等を実施したほか、拉致被害者と関係を有するとされる物品を入手しました。
　しかしながら、同協議においても、北朝鮮側が説明する拉致被害者の「死亡」の経緯自体が不自然であるなど、依然として疑問・不明な点が残る結果となりました。警察では、同協議の結果を受け、11月18日、「日朝実務者協議に係る警察庁連絡調整班」を設置し、警察の総合力を発揮した捜査を更に強力に推進することとしました。
　こうした中、同協議において、北朝鮮側より日本政府代表団に提出された、横田めぐみさんの「遺骨」であるとされたものについては、その中から、ＤＮＡ鑑定の知見を有する専門家が、ＤＮＡを検出できる可能性のある骨片10片を慎重に選定し、関係警察より、国内最高水準の研究機関等（帝京大学及び科警研）にＤＮＡ鑑定を嘱託しました。そのうち、帝京大学に鑑定を嘱託した骨片5個中4個から同一のＤＮＡが、また、他の1個から別のＤＮＡが検出されましたが、いずれのＤＮＡも横田めぐみさんのＤＮＡとは異なっているとの鑑定結果を得ました。また、松木薫さんの「遺骨」である可能性があるとされたものについては、北朝鮮側は前回の日本政府代表団の訪朝時（14年9月末）に日本側に渡した骨と同じ場所に保管されていたものであると説明しつつ日本側に渡してきました。このため、当初より、これが松木薫さんの本人の「遺骨」である可能性は低いと考えられていましたが、念のため、そのうちの一部を選定した上で鑑定を行った結果、関係警察より鑑定嘱託を受けた帝京大学より、松木薫さんのものとは異なるＤＮＡが検出されたとの鑑定結果を得ました。
　政府は、12月24日、これら北朝鮮側から提示された情報・物証の精査結果をとりまとめ、被害者の家族に説明を行うとともに、翌25日、北朝鮮に伝達しました。
　この精査結果に対し、北朝鮮は、12月30日、「受け入れることも、認めることもできないし、それを断固排撃する」などと主張するとともに、「朝日政府接触にこれ以上意義を付与する必要がなくなった」と述べました。

小泉首相が再訪朝して行われた日朝首脳会談（5月）（代表）

2　北朝鮮工作船の活動

　 平成11年に発生した「能登半島沖不審船事案」以来、北朝鮮工作船は、北朝鮮による工作活動の脅威を目に見える形で我が国に強く印象付けました。
　特に、13年12月の「九州南西海域工作船事件」では、北朝鮮工作船の重武装化の実態が明らかになるとともに、我が国周辺海域における工作船活動が、我が国の安全に甚大な脅威を与える状態にあることを改めて認識させました。
　これまで検挙した事例やその他の情報を総合的に判断して、北朝鮮工作船は、工作員等の潜入・脱出を行ったり、拉致等を行うことを目的として活動しているものとみられています。北朝鮮工作船については、朝鮮半島情勢の緊迫化を反映して、今後も、我が国周辺海域において違法活動を敢行することが十分予想されます。
　不審船対策に関しては、現在、政府において、過去の不審船事案を踏まえ、海上保安庁と自衛隊の共同対処、運用態勢・装備の充実、必要な法的措置等各般の対策を進めているところであり、警察としても、北朝鮮工作員による不法入出国事案等の防止及び発見検挙のため、引き続き、海上保安庁等関係機関との連携を強化し、沿岸警備の徹底等各種対策を講じていくこととしています。

3　北朝鮮による過去の主なテロ事件

（1）北朝鮮による我が国に対するテロの危険性

　 北朝鮮は、朝鮮戦争以降、南北軍事境界線を挟んで韓国と軍事的対峙関係にあり、韓国に対する工作活動の一環として、これまでに、北朝鮮工作員等によるテロ事件を世界各地で引き起こしています。
　「大韓航空機爆破事件」以後、北朝鮮の関与が明らかなテロ事件の発生はみられないものの、北朝鮮は、依然として「よど号」グループを保護しており、米国国務省も継続して北朝鮮を「テロ支援国家」と認定しています。

（2）北朝鮮による主なテロ事件

　ア　韓国大統領官邸（青瓦台）襲撃未遂事件

　昭和43年1月21日、韓国軍人に偽装して同国に潜入した北朝鮮の武装ゲリラ31人（朝鮮人民軍偵察局に所属していたとみられ ています。）が、朴正煕韓国大統領ら韓国要人の暗殺を企図して、韓国大統領官邸（青瓦台）から数百メートルの路上で、民間人5人と警察官1人を射殺しました。
　韓国当局により、武装ゲリラ31人のうち30人が射殺され、１人が逮捕されました。

　イ　朴韓国大統領狙撃事件

　昭和49年8月15日、ソウル市内にある国立劇場で開催された光復節式典会場において、在日韓国人の文世光が、演説中の朴正煕大統領にけん銃を発射し、陪席していた陸英修同大統領夫人を射殺しました。
　文世光は大阪府出身で、大阪府警察の派出所からけん銃を窃取し、日本人名義の旅券を不正に入手して渡韓し犯行に及んだものであり、韓国当局は、事件には、北朝鮮及び朝鮮総聯の関与があったと発表したほか、文世光自身も韓国における裁判でこれを認めています。

　ウ　ビルマ・ラングーン事件

　昭和58年10月9日、北朝鮮貨物船の船員に偽装してビルマ（現ミャンマー）に潜入した北朝鮮の武装ゲリラ3人（朝鮮人民軍偵察局に所属していたとみられています。）が、同国を親善訪問中であった全斗煥韓国大統領を始めとする韓国政府要人の暗殺を企図して、同大統領一行の訪問地である「アウンサン廟」において爆弾テロを引き起こし、韓国外務部長官等21人を死亡させ、47人を負傷させました。
　ビルマ当局により、武装ゲリラ3人のうち1人が射殺され、2人が逮捕されました。

　エ　大韓航空機爆破事件

　昭和62年11月29日、日本人名義の偽造旅券を所持した北朝鮮工作員の金勝一と金賢姫が、バグダッド発アブダビ、バンコク経由ソウル行きの大韓航空機858便に時限爆弾を仕掛け、アブダビからバンコクへ向かう途中のビルマ南方アンダマン海域上空で爆破させ、乗員乗客115人全員を死亡させました。
　バーレーン当局により、2人は身柄を拘束されましたが、両名は服毒自殺を図り、金勝一は死亡しました。
　金賢姫の供述等から、同人らは、朝鮮労働党対外情報調査部に所属し、北朝鮮において、「ソウル・オリンピック（63年9月）を妨害するため大韓航空機を爆破せよ」との指令を受けたことが判明しました。

韓国に連行された金賢姫 （「大韓航空機爆破事件」）（共同）