未決拘禁者の処遇等に関する提言
~治安と人権,その調和と均衡を目指して~
目 次
第1 本提言の基本的理念と方向性
第2 未決拘禁者の地位
第3 外部交通の在り方
 総論
 夜間・休日接見
 電話・ファックスによる外部交通
 弁護人等との間で発受する信書の検閲
 弁護人等との接見時における書類等の授受,録音機等の使用
第4  その他の処遇の在り方
 論点
 作業・教育の機会の保障
 居室外での処遇等
 懲罰
 生活条件
 法廷における服装
第5 代用刑事施設(代用監獄)制度の存廃
第6 警察の留置場における処遇の在り方等
 防声具の使用
 医療
 視察委員会
 不服申立審査機関
 重大事件,否認事件等に係る勾留場所
第1 本提言の基本的理念と方向性
今日,治安に対する国民の不安が増している。統計上は犯罪の発生はやや改善したものの,子どもを対象にした卑劣な犯罪や性犯罪など,国民を震撼させる事件が次々に起きている。安心して暮らせる安全な社会を取り戻すことは,国民が求める切実かつ緊急の課題である。そのためにも,犯罪に対しては,効果的な捜査と迅速な公判によって,事案を早期に解決することが望まれている。
同時に,被疑者・被告人の人権に対する配慮もますます重要になってきている。21世紀は「環境と人権の世紀」とも言われ,人権に対する国際的な関心が高まっている。それに加え,たとえ万に一つでも冤罪が発生すれば,疑われた当事者や家族の人生が狂わされるだけでなく,真犯人を処罰する機会を失うことで,被害者の苦しみは増し,治安回復を求める国民の期待にも応えられないおそれがある。
このように考えると,治安の回復と人権の擁護は,本来,車の両輪と言うべきである。しかし,現実には,治安と人権のどちらを優先するか,という課題にしばしば直面する。
未決拘禁者の処遇に関しては,いわゆる代用刑事施設制度や外部交通の在り方などについて,迅速な捜査や犯罪の防止を重視する立場と,被疑者・被告人の人権侵害を防ぐという立場から,長年にわたって議論が戦わされてきた。明治41年に制定された監獄法*1は,改正の必要性が指摘され,何度か具体的な動きもありながら,治安と人権を巡る意見の対立から,実現に至らなかった。
この監獄法のうち,受刑者の処遇に関しては,法務大臣の委嘱を受けた「行刑改革会議」が,国民の視点から調査や議論を重ね,提言「国民に理解され,支えられる刑務所へ」をまとめた。この提言を受けて,法改正の作業が行われ,昨年5月に「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」が成立した。まもなく施行される同法の適切な運用によって,受刑者の改善更生や円滑な社会復帰が促進され,再犯防止にも資することが期待されている。
また,平成18年11月までには公的被疑者弁護制度が,平成21年5月までには裁判員制度が始まることが決まっているなど,刑事司法全体が大きな変革の時期に入っている。
それにもかかわらず,未決拘禁者に関しては,従来からの監獄法に基づいて処遇を行わざるを得ない事態が続いている。その結果,受刑者については権利・義務が明確化し,不服申立ての制度も整備されたのに,未決拘禁者については,請願の一種である情願しか定められていないなどの格差が生じることとなった。未だに明治時代に取り残されている未決拘禁者処遇に関する法制度を,平成の時代にふさわしいものとするための法改正は,これ以上引き延ばすことはできない。まさに急務の課題である。
そのような状況の中,未決拘禁者についても,国民の視点からの議論がなされるべきだという日本弁護士連合会の提案もあり,法務省と警察庁の要請で,有識者会議が招集された。
我々9人に与えられた時間は短かったが,改善すべき重要なポイントや,これまで法務省,警察庁,日本弁護士連合会の間で意見が対立してきた点に絞って,集中的な議論を行った。
治安と人権をめぐっては,我々の議論もしばしば熱を帯びた。しかし,旧態依然とした監獄法をこのままにしておくことはできない,問題をこれ以上先送りすることは許されないという点で,我々の認識は一致していた。
大切なのは,治安と人権の調和であり,バランスである。
刑事司法手続は,その当事者である未決拘禁者の人権を保障しつつ,事案の真相解明に向けて最大限の努力をするよう求めている。この理念を踏まえ,未決拘禁者の処遇の改革は,その人権がより守られる方向で行われなければならない。また国際的にも,未決拘禁者の人権保障は普遍の理念である。国際社会の中での我が国の占める地位にふさわしい改革とすべきことは言うまでもない。それとともに,刑事司法手続はそれぞれの国の歴史と国民性を反映して築かれているものであり,我が国の制度が良好な治安の維持に大きな役割を果たし,国民の信頼を得てきたことも忘れてはならない。
本会議のメンバーは,それぞれが理念を異にしつつも,厳しい財政状況,過剰収容となっている拘置所や留置場の現状など,現実を踏まえた議論を展開した。そして,治安・人権の調和と均衡を目指して,一定の大きな方向性を示すための努力を重ねた。本提言は,その結果である。
法務省及び警察庁が,本提言の趣旨を踏まえ,日本弁護士連合会とも更に協議を行いつつ,速やかな法整備を実現するよう,我々は強く期待する。
議論を通じても意見の一致を見なかった論点については,率直にその旨を記しておいた。また,社会情勢の変化によって,今後新たな課題も出てくるだろう。そうした問題については,国民の声に耳を傾けつつ,治安と人権の双方に目を配りながら,関係各機関が引き続き専門的見地からの検討や議論を重ねていくことを,併せて期待したい。
*1 その題名は,「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」により,「刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律」と改められることとされている。
第2 未決拘禁者の地位
未決拘禁者の処遇の在り方を考えるに当たっては,未決拘禁者には無罪の推定が働くことから,可能な限り,一般市民と同様に取り扱う必要があることを前提とすべきであり,無罪推定を受ける者にふさわしい処遇は国際的な原則にもうたわれているとする意見があった。
これに対しては,「無罪の推定」とは,一般に,証拠法上の問題として,検察官が犯罪事実の存在を合理的な疑いを容れない程度にまで証明しない限り有罪とされないことを意味するものであり,この概念をそのまま未決拘禁者の処遇原則として取り入れることは適当ではないとする意見が示された。さらに,未決拘禁者は,有罪の確定判決を受けた者ではないが,一定の手続により犯罪の嫌疑があることを理由として拘禁されている者であり,国民は,その犯罪について真相の解明がなされることを強く望んでいることを忘れてはならないとする意見が示された。
もとより,未決拘禁者は,有罪の確定判決を受けた者ではないので,その権利及び自由の制限は,未決拘禁者としての身柄拘束のために必要かつ合理的な範囲のものでなければならないことは,当然のことである。
冒頭に述べたとおり,未決拘禁者の処遇は,約100年前に制定された監獄法に基づいて行わざるを得ない状況にあるが,同法については,未決拘禁者の権利義務が明確でないなど極めて不十分なものであることがつとに指摘されてきたところである。その上,「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」が近く施行されると,受刑者については整備された不服申立ての手段が存するのに対し,未決拘禁者については請願の一種とされる情願しか定められていないなど,受刑者と未決拘禁者の処遇には法律上の格差が生ずることとなる。このような状態は異常であり,未決拘禁者に関する監獄法の改正は急務の課題である。
本会議は,法務省及び警察庁において,本会議の提言を踏まえ,専門的見地から更に具体的な検討を行い,速やかに法整備を実現することを期待する。
第3 外部交通の在り方
1 総論
未決拘禁者の処遇に関する重要な論点の一つとして,その外部交通の在り方が挙げられる。
未決拘禁者の防御権をより実質的に保障する上で,その外部交通を充実させることは重要であり,法務省及び警察庁は,ここ数年における,裁判員制度や被疑者に対する公的弁護制度の導入などの刑事司法手続の大きな変革を踏まえつつ,その在り方を真剣に検討すべきである。
他方で,捜査段階の未決拘禁者の外部交通は捜査の必要との調整を図る必要性があり,また,公判段階の未決拘禁者も含めて,不適切な外部交通によって罪証隠滅が行われるなど勾留目的を阻害するような事態は避けなければならないことは言うまでもない。さらに,現実問題として,刑事施設及び留置場の人的・物的体制には一定の制約があることは認めざるを得ないことから,拡充の必要性の程度も具体的に勘案しながら,可能な範囲で外部交通の拡充を図るという現実的な対応を考えることが必要である。
2 夜間・休日接見
現在の実務においては,未決拘禁者の接見は,施設の執務時間内において行うことを原則としている*2
もとより,夜間・休日における接見を平日の執務時間内と同様に制限なく認めることは,必要ではないし,また,集団生活をしている被収容者の秩序ある生活を確保するために就寝時間が定められている趣旨にかんがみ,適当でもないが,特に,弁護人等(弁護人及び刑事訴訟法39条1項に規定する弁護人となろうとする者をいう。)との接見については,防御権の行使をより実質的に保障するため,夜間・休日における実施が必要となる場面があると考えられる。
特に,平成21年5月までには,短期間での連日的・集中的な公判審理の必要性が格段に高い裁判員裁判が始まり,拘置所における夜間・休日接見(裁判所の構内における接見設備での開廷前後の接見を含む。)を実施する必要が高まることが予想されるため,法務省は,接見を実施する日及び時間帯について見直し,夜間・休日接見を実施する必要性を勘案しつつ,その具体的な範囲・方法について真剣に検討すべきである。
また,弁護人等以外の者との休日の接見についても,できる限り接見の機会を設けるという観点から,接見を実施しない平日の日を設け,その代わりに,休日の接見を認めるなど,施設の負担を増加させない範囲での実施を検討すべきとの意見も示された。
*2 留置場においては,管理体制が整う限りにおいて夜間・休日における未決拘禁者と弁護人等との接見に対応している実情にあり,現に,相当件数の夜間・休日接見が行われている。一方,拘置所においては,留置場と比べて被収容者数が格段に多いことが通常でありながら,その性質上,警察署とは異なり,夜間・休日は,基本的に最低限度の業務を行うための職員配置をしているにとどまることから,夜間・休日における接見に対応することは困難な態勢にあり,そのため,弁護人等との接見についても,原則として執務時間内に限り,翌週に公判期日が指定されている場合など一定の場合にのみ,休日の接見を認める運用をしている。
3 電話・ファックスによる外部交通
(1) 電話による外部交通
刑事訴訟法上の「接見」には電話による外部交通は含まれず,未決拘禁者には,現行法上,電話による外部交通を行う権利はないと解されている*3ことから,現在の実務においては,電話による外部交通は認められていないが,刑事司法手続の変革も考慮すると,通信手段が発達・普及した今日における簡便な外部交通の一形態として,電話による外部交通を認めるように配慮することを検討すべきである。
もっとも,未決拘禁者に電話を使用させる場合には,それにふさわしい場所や電話設備を確保する必要があり,また,その場所まで未決拘禁者を連行し,動静を監視するための職員の配置も必要となるなど,人的・物的体制の整備が必要となる。拘置所及び留置場の限られた人的・物的体制の下でこれに対応せざるを得ないことに照らすと,一般人との電話についてまで実施することは現状では困難であり,防御権の行使の上で重要な弁護人等との電話による外部交通について検討すべきである。
また,弁護人等との電話による外部交通についても,これを認めることにより現場で混乱が生ずることも懸念されることから,権利的あるいは全国一斉に導入することは適当ではないとする意見もあり,原則的な外部交通の手段である接見を補完するものとして,具体的な必要性の程度も勘案しながら,実施可能な範囲や具体的な方法等について十分に検討を行うことが必要である。
弁護人等との間に限って電話による外部交通を認める趣旨にかんがみると,通話の相手方が弁護人であることは確実に確認されることが不可欠であり,弁護人等が検察庁,警察署等の相当な場所に出向いて,弁護人等であることの確認を受けた上で電話をかけるという方法が適当である。
*3 ただし,刑事訴訟法は,電話による外部交通を認めることを禁止しているものではなく,運用上これを認めることは法律上可能であると考えられている。
(2) ファックスによる外部交通
電話のほか,簡便な外部交通の方法としてはファックスが考えられる*4が,これまでの実務においては,その送信に伴う事務負担,誤送信等の過誤のおそれ,通信費用を負担させることに伴う事務処理の煩雑さなどを理由として,これを認めていなかったところである。
これらの問題の具体的な解決策については,法務省及び警察庁における今後の検討に委ねることとしたいが,簡易迅速な連絡手段としてのファックスの有用性は否定し難く,これらの問題を解決した上で,未決拘禁者から弁護人等への連絡方法としてファックスを認める方向で真剣に検討すべきである。
なお,留置場においては,従来から,留置担当官が未決拘禁者から弁護人等への接見や差入れの要望を伝言していることから,ファックスを認める必要性は必ずしも大きくはないものと思われるが,これらの方法を併用することも含め,検討すべきである。
*4 現在の実務上,緊急の連絡方法として,拘置所においては,未決拘禁者に電報の発受を認めており,留置場においては,留置担当官が未決拘禁者から弁護人等への接見や差入れの要望を伝言する運用を行っている。
4 弁護人等との間で発受する信書の検閲
現行法の下では,未決拘禁者が弁護人等との間で発受する信書について,施設の規律・秩序を害したり,罪証隠滅の結果を生ずるおそれがある内容の記載の有無を検査する「内容の検査」を行うこととされているが,未決拘禁者と弁護人等との防御権をより十分に保障するために,内容の検査を行うべきではなく,仮に,弁護人等による不当な行為がなされた場合には,弁護士会による懲戒処分により事後的に対処することで足りるとする意見が示された。
未決拘禁者が弁護人等から受ける信書については,真に弁護人等が発したものであることを確認するなどのために内容の検査が必要ではないかとの意見も示されたが,不当な内容の記載があることは少ないとの制度的信頼を置くことができる上,未決拘禁者の元から転々流通して第三者の手に渡る事態も想定し難く,防御権の行使との調和を図るという観点から,弁護人等が発した信書であることを確認するために必要な限度で検査を行うにとどめるとするのが相当である。
一方,未決拘禁者が弁護人等に発する信書については,罪証隠滅のための工作を依頼するなど勾留目的を阻害するような不当な内容のものも現に認められ,また,今後も十分に想定されるところ,受領した弁護人からそれ以外の者に転々流通した場合には,未決拘禁者とこれ以外の者との間で直接信書の発受がなされたのと同じ効果を生ずることになるのであって,これによる罪証隠滅等を防ぐためにも,内容の検査を行い,不適当なものの発信を禁止・制限することが必要であるとする意見が多数を占めた。
5 弁護人等との接見時における書類等の授受,録音機等の使用
弁護人等が未決拘禁者との接見を行うに当たっては,事件の内容を把握するために未決拘禁者に地図等を書かせたり,未決拘禁者に事件記録等を参照させながら打合せを行う必要が生ずる場合があるところ,現在の実務では,このような文書等を授受する必要がある場合には,差入れ等の手続を経ることが必要とされている。
これに関し,接見を充実したものとするため,遮へい板のない接見室での接見を認めることにより,弁護人等と未決拘禁者との間で,直接,文書等の授受を認めるべきであるとの意見が示された。差入れ等の手続をできる限り迅速に行うよう配慮すべきであるが,直接,文書等の授受を認めることとすると,未決拘禁者は,検査を受けることなく,その意思内容を表す文書を弁護人等に発することが可能となることから,上記4の弁護人等に発する信書の検閲の論点と同様に考えるべきである。
また,弁護人等が接見時の状況を録音機等を用いて記録することの可否についても議論がなされ,接見を充実したものとするためにも,メモに代わるものとしての録音機の使用は有効であるとする意見が示された。現行の実務においても,接見の前後にその記録内容を検査することとされているものの,録音機の使用による記録自体は禁じているところではなく,上記の文書等の直接の授受の可否の問題とは,やや性質を異にしている。録音機による記録内容の検査の必要性については,上記4の弁護人等に発する信書の検閲の論点と同様に考えるべきであるとする意見が多数を占めた。なお,弁護人等が接見時の状況を撮影・録画することについては,その内容が弁護人等以外の目に触れることとなる可能性があることを想定すると,より慎重な検討が必要であるとの意見も示された。
第4 その他の処遇の在り方
1 論点
未決拘禁者のその他の処遇の在り方に関しては,日本弁護士連合会から,次のような主張がなされている。
① 拘置所においては,未決拘禁者自身が望む場合には,受刑者と同様の作業を行わせ,薬害教育などの改善指導等を受ける機会を認めるべきである。
② 拘置所においては,夜は単独室収容を原則とし,昼間は共同スペースでの活動を保障すべきである。また,広い共同運動場での運動を行うべきである。
③ 未決拘禁者に対する懲罰は,無罪推定を受ける地位と相容れず,廃止されるべきである。
④ 未決拘禁者の生活条件等に関して
ア 居室から窓外の風景を見ることができるようにするなど,拘置所の居室環境の改善に前向きに取り組むべきである。
イ 居室の室温が適当な水準に保たれるよう,拘置所に冷暖房設備が整備されるべきである。
ウ 拘置所においては,天候が許す限り,毎日少なくとも1時間の戸外運動を認めるべきである。
エ 未決拘禁中の者についても,健康保険及び雇用保険を適用すべきである。
2 作業・教育の機会の保障
未決拘禁者に対して作業を行わせたり,改善指導等を実施することについては,刑が確定していない未決拘禁者の地位に照らして,そのこと自体の当否が問題となる上,現状では,拘置所における適当な作業の確保が困難であること,改善指導等を実施するための人的・物的体制が整っていないという実情にあることからすると,直ちにその実施を求めることは相当ではなく,今後の検討課題とすべきである。
3 居室外での処遇等
(1) 夜間の単独室収容
拘置所においては,未決拘禁者のプライバシーの確保等の観点から,予算の制約の範囲内で,可能な限り,単独室の整備に努めていくべきである。
(2) 共同スペースや共同運動場における処遇
未決拘禁者の場合,その処遇を行う上では,まずもって,罪証隠滅の防止という勾留目的を阻害するような事態を避けることが前提であり,また,共同スペースや共同運動場における処遇を適切に実施するためには,拘置所の人的・物的体制が整うことが前提となることにも照らすと,直ちにその実施を求めることは相当ではなく,今後の検討課題とすべきである。
4 懲罰
未決拘禁者に懲罰を科することは,その地位と相容れないとする意見も示されたが,これに対しては,集団生活をしている未決拘禁者の安全で秩序ある生活と適切な処遇環境を確保するためには,未決拘禁者が規律・秩序を害する行為に及んだ場合には,懲罰を科すことにより,規律・秩序を維持・回復することが必要であり,懲罰制度を一切否定することは相当ではないとする意見が多数を占めた。
さらに,留置場においては,捜査段階にある被疑者に対して懲罰を科すことが自白の強要等につながるおそれがあるとして,懲罰制度を設けることに強く反対する意見が示された。これに対しては,規律・秩序を乱す未決拘禁者への対応が必要である点は,留置場も拘置所と変わるものではなく,懲罰制度を導入すべきであるとの意見が示された。もっとも,これを導入する場合であっても,現行監獄法上,懲罰を科すことが可能であるところ,運用上その実施を控えていることもあり,慎重に運用すべきであるとの意見も示された。
なお,未決拘禁者について,懲罰制度を導入する場合には,「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」において整備されたのと同様,懲罰の種類を合理的なものに限定し,これを科する事由を法律上明確にするとともに,科罰手続,懲罰に対する不服申立ての手続を整備することなどによって,懲罰の適正な執行を確保することが必要である。
5 生活条件
(1) 居室環境の改善
本会議でも視察した東京拘置所においては,居室の窓から外の風景を見渡すことが困難な構造になっている。都市部に設けられた高層の拘置所の場合には,周辺住民等に対するふかん防止等に配慮する必要があることや,施設外からの撮影等の防止等の観点から,視界を制限する必要もあるが,その場合であっても,できる限り,施設の構造や処遇において配慮するとともに,居室内の通風や採光をできる限り確保するよう努めるべきである。
なお,留置場においても,引き続き,居住環境の改善に努めるべきである。
(2) 冷暖房設備の整備
拘置所における冷暖房設備については,予算的な制約の中で,施設の場所,構造,被収容者の健康,国民感情等の諸事情を総合的に考慮して設置の要否を判断すべきである。
暖房設備については,今後とも順次拡充していくべきであるが,冷房設備については,社会生活の変化や国民の意識なども参考にしながら検討していくことが相当である。
(3) 戸外運動の実施
未決拘禁者についても,その健康の保持のためにも適切な運動の実施は必要であり,拘置所においては,受刑者と同様,運動スペースや職員配置などの問題を解決した上で,日曜日等を除き,最低一日一時間の戸外運動を実施するよう努めるべきである。ただし,この場合,受刑者と異なり,罪証隠滅の防止のため,他の未決拘禁者との接触を断たなければならないことに伴う制約もあるであろう。また,出廷等のため,昼間は拘置所にいないことがあり,夜間,戸外で運動させることが困難な場合などについては,この例外とせざるを得ないこともあろう。
(4) 健康保険及び雇用保険の適用
健康保険の適用については*5,行刑改革会議においても,慎重に検討され,妥当ではないとの結論に至っているが,健康保険制度の在り方自体に関わる問題でもあり,本会議において,その適用の要否について結論を出すことは適当ではない。
また,雇用保険についても,刑事施設に収容されている者が労働に就かない状態は,雇用保険法の給付の対象となる「失業」(4条3項)には当たらないと解されている以上*6,本会議において,その適用の要否について結論を出すことは適当ではない。
*5 国民健康保険法は,被保険者が,刑事施設,労役場その他これらに準ずる施設に拘禁されたときには,療養給付等の保険給付を行わないこととしている(59条)。同様の趣旨は,健康保険法118条にも規定されている。
*6 雇用保険法4条3項は,「失業」について,「被保険者が離職し,労働の意思及び能力を有するにもかかわらず,職業に就くことができない状態」としているところ,この「労働の能力」には,精神的,肉体的要素のみならず,環境的な要素も含めて解釈すべきもので,矯正施設に収容されている者は,「労働の能力」を有さず,被収容者が労働に就かない状態は,同法の給付の対象となる失業には当たらないと解されている。
6 法廷における服装
拘禁されている被告人が法廷に出廷する場合には,逃走や自殺等の事故を防止する観点から,ネクタイ,ベルト,靴等の使用が禁じられているところ,裁判員裁判の実施を控え,裁判員が服装により被告人に対して偏見を抱くことを避けるためにも,法廷における服装を自由とすべきであり,また,入廷前に手錠・捕縄を取り外すべきであるとする意見が示された。この点については,裁判所の法廷警察権との関係もあり,最高裁判所,法務省・最高検察庁及び日本弁護士連合会の間で行われている協議会において検討されているが,事故防止の要請を全うしつつ,可能な限り服装にも配慮することを検討すべきである。
第5 代用刑事施設(代用監獄)制度の存廃
(1) 代用刑事施設とは,「警察官署ニ附属スル留置場ハ之ヲ刑事施設ニ代用スルコトヲ得」とする「刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律」の2条*7に基づき,被勾留者や受刑者を収容する警察の留置場のことをいう。
この代用刑事施設制度をめぐっては,捜査機関である警察において被疑者の身柄を拘束・収容することにより,自白強要等の違法な捜査が行われやすく,冤罪の温床になるとの批判が加えられ,その廃止が強く主張される一方で,代用刑事施設制度が我が国の刑事司法の運用上果たしている重要な機能に照らすと,これを廃止することは相当ではなく,また,現実的でもないとしてその存続が主張されるなど,その存廃に関し,誠に長きにわたって激しい議論がなされてきたところである。
この問題は,本会議において検討を求められた諸問題のうちでも,最も根元的なものであり,各委員の知識及び経験に即した慎重な検討が求められたものである。本会議は,議論を行うに先立ち,法務省,警察庁及び日本弁護士連合会から,それぞれの立場に基づく詳細な意見を聴取し,さらに,警視庁綾瀬警察署留置場及び東京拘置所を視察するなど,必要な調査を行った上で,その存廃に関する議論を行った。
*7 刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律により改正された監獄法1条3項に相当する規定である。従来は「代用監獄」と称されていたが,ここでは,「代用刑事施設」という用語を用いることとする。
(2) 本会議においては,代用刑事施設制度の国際準則との関係についても議論がなされ,代用刑事施設制度は,国際的にもほとんど類を見ない制度であり,国際人権(自由権)規約委員会においても取り上げられ,捜査と拘禁の分離に関する国際人権(自由権)規約9条3項等の要請を充たしていないとして廃止の勧告を受けていると指摘し,国際社会における日本の地位にふさわしい制度に改める必要があるとする意見が示された。
これに対しては,国際人権(自由権)規約委員会も代用刑事施設制度の廃止まで求めているものではないとする意見が示されたほか,そもそも,刑事司法手続は各国独自の歴史と国民性を背景として発展してきているものであり,これを度外視した「国際的基準」なるものを尺度として,個別の制度の存廃を議論すべきではないとする意見などが主張され,これが多数を占めた。
(3) また,代用刑事施設制度は,捜査機関である警察署に被疑者の身柄を拘束・収容する仕組みであることから,無理な取調べが行われやすく,また,被疑者の留置場における様々な処遇が捜査に利用され,その人権が侵害されるおそれがあるとして,直ちに廃止することは現実的ではないとしても,将来的には廃止すべきとの意見が示された。
これに対しては,代用刑事施設制度を将来的に廃止すべきものと考えることは,次のような視点に立つと適当ではなく,また,現在の司法の運用において,大半の被疑者が代用刑事施設に勾留されている*8事実*9を踏まえると現実的でないとする意見が多数を占めた。
○ 代用刑事施設制度は,都道府県警察が,治安の維持に責任を負い,第一次捜査権を有し,検察官に身柄を送致した後も被疑者の取調べを行う責務を有し,かつ,短期間に制限されている身柄拘束期間内にち密な捜査を遂げ,検察官において,それに裏付けられた起訴,不起訴の厳格な選別を行うという我が国独自の刑事司法制度を前提とし,その捜査を迅速・適正に遂行する上で重要な機能を果たしているものである。
○ 犯罪の増加・凶悪化等によって,我が国の治安が著しく悪化し,国民が良好な治安の回復を強く願っている今日,都道府県警察制度が地域社会に密着し,治安の維持に大きな役割を果たしてきていること,特に,そのために,各都道府県が財政上の重い負担を負いつつも留置場の整備や要員の配置をしてきたことの意義についても,しっかりと認識することが必要である。
なお,代用刑事施設制度を将来的には廃止すべきとの立場から,捜査に支障を生じさせずに代用刑事施設を減らしていく方策として,留置場を法務省に移管することができないか,とりわけ,現在進められている大規模独立留置場は,独立した拘禁施設そのものであり,本来法務省が管理すべき未決拘禁施設にふさわしいので,これらの大規模独立留置場からまず法務省所管に移して代用刑事施設の漸減を実現していくべきであり,自治体の施設を国の施設に替え,もしくは借用するなど,その移行形態の工夫は十分可能であるとの意見が示された。これに対しては,留置場は,逮捕後の留置とこれに引き続く勾留を通じて用いられており,かつ,要員の点でも逮捕から勾留まで一貫してその施設の看守勤務員が対応していることから,これらの一部を国に移管するのは現実的ではなく,また,そもそも,都道府県が自らの負担により留置場の施設整備や要員配置を行っているのは,その治安責任を全うするためであり,これらの一部を国の所管に替えることは,単なる所管替えという問題ではなく,治安に関する地方公共団体と国の役割分担や責任の所在に関わる重大な問題であることに留意することが必要であるとする意見が多数を占めた。
*8 被疑者の勾留場所は,裁判官が勾留の裁判において決定している。
*9 被疑者の拘置所への直入人員(被疑者として刑事施設以外から刑事施設に新たに収容された人員)は,昭和33年には7万人を超えていたが,その後,ほぼ一貫して減少し続け,近時では,3,000人程度となっている。また,勾留されている全被疑者のうち拘置所に勾留されている被疑者の割合は,昭和46年には18.5%であったものが,同様に,ほぼ一貫して減少し続け,平成16年には,1.7%となっている。
(4) 本会議では,上記のとおり,代用刑事施設制度に関する認識・評価の対立を背景として,その将来的な存廃について意見の対立が見られたが,このような理念的な意見の対立の故に,未決拘禁者の処遇に関する法整備が進まず,「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」の施行により生ずる受刑者と未決拘禁者の処遇上の格差を放置することが相当でないことは冒頭にも述べたとおりである。
そこで,本会議としては,今回の未決拘禁者の処遇等に関する法整備に当たっては,代用刑事施設制度を存続させることを前提としつつ,そこにおいて起こり得る様々な問題を回避し,国際的に要求される水準を実質的に充たした被疑者の処遇がより確実に行われるような具体的な仕組みを考えるべきであり,これによって,捜査の適正な遂行と被疑者の人権の保障との調和を図ることが,国民の負託に最もよく応えるものであると考えるものである。
(5) そのような観点に立って,留置場の施設,運営等を見たとき,昭和55年以降,警察の捜査部門と留置部門を組織上及び運用上明確に分離することにより,被疑者の処遇の適正を図る制度的な保障がなされるに至ったこと,留置場においてもプライバシーの保護に配慮した居室構造が採られるようになり,衛生環境にも十分な配慮がされてきたこと,被疑者の処遇の適正を図り,防御権の保障を全うさせる上でも重要な権利である弁護人等との接見交通権について,接見の時間帯やその制約の在り方等について非常に大きな改善がなされてきたことは,積極的に評価すべきである。また,その改善を求めてきた日本弁護士連合会等の熱心な努力・貢献についても,非常に大きな意義があったとする意見が示された。
その上で,本会議としては,代用刑事施設制度の更なる改善を図る観点から,後に述べるように,留置場の運営を透明化することに資する視察委員会や不服申立て制度の整備を是非とも積極的に進めるよう求めるものであり,留置場における医療態勢に関して問題が指摘されている点についても真剣な検討を行うべきである。また,捜査部門と留置部門との分離の趣旨をより明確にするために,未決拘禁者の捜査に当たる警察官は,その者に係る留置業務に従事してはならない旨を法律上明確に規定することも必要であろう。
なお,およそ法律上の制度については,その時々の状況に応じて,必要な検討が加えられるべきものであるが,先に述べたように,代用刑事施設制度は将来的には廃止すべきとする強い意見もあることや,刑事司法制度全体が大きな変革の時代を迎えていることなどを考えると,今後,刑事司法制度の在り方を検討する際には,取調べを含む捜査の在り方に加え,代用刑事施設制度の在り方についても,刑事手続全体との関連の中で,検討を怠ってはならないと考える。
第6 警察の留置場における処遇の在り方等
1 防声具の使用
留置場内で未決拘禁者が看守勤務員の制止に従わず大声を発し続ける場合には,これに対応しなければならない看守勤務員には大変な苦労があるものと思われるが,他の未決拘禁者にとっても,夜間の睡眠を妨げられるなど,極めて迷惑なものと考えられる。
こうした場合に留置場内の規律及び秩序を確保する方策としては,保護室への収容が安全性の点から望ましいが,保護室が整備されている留置場は現状ではごく一部であり,その整備を早期に進めることが必要である。
これらの点を踏まえて,留置場における防声具の使用の可否について議論を行った。防声具については,安全性の観点,懲罰と同様に自白強要の手段として利用される可能性があること,未決拘禁者は訴訟当事者であり慎重な配慮が必要であることを理由として使用すべきではないとの意見も示された。一方,保護室の設置されていない留置場が大半であり,また,都道府県の財政状況が極めて厳しいことからすれば,事故を発生させないよう,防声具について安全面での改良を加えるとともに,看守勤務員に対し使用方法等についての指導を徹底し,防声具を使用した状況についてビデオ録画するよう努めるなど,適正な使用に万全を期した上で,保護室が整備されていない留置場に限り,必要とされる場合にこれを使用することはやむを得ないとの意見が多数を占めた。
2 医療
留置場には,刑事施設と異なり,施設の職員である常駐の医師による医療態勢はないものの,月に2回,警察署長等が委嘱する嘱託医による健康診断が行われ,また,未決拘禁者が病気やそのおそれがある場合は,公費によって,所要の薬が提供されたり,速やかに嘱託医等の診察を受けられるように対応がなされるなど,未決拘禁者の健康管理に十分な配慮がなされている。
しかしながら,留置場における医療に関する責任が都道府県警察にあることを法律上明確化すべきとの指摘もあることから,この点について検討すべきである。
また,未決拘禁者にとって,被疑者として受ける心理的負担は非常に大きいものと考えられることから,その精神的な面についても十分に配慮する旨の要望が出された。
3 視察委員会
留置場についても,都道府県警察ごとに,刑事施設に置かれる刑事施設視察委員会と同様の留置施設視察委員会を設け,施設運営の透明化を図ることは,適正な施設運営を確保する点から有意義であり,その設置を検討すべきである。
4 不服申立審査機関
留置場についても,未決拘禁者の人権救済のための制度として,都道府県警察を管理する第三者機関である都道府県公安委員会に対する再審査の申請等を含め,「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」により刑事施設に導入される不服申立て制度と均衡のとれた制度を設けることを検討すべきである。
なお,この場合には,都道府県公安委員会による迅速・適正な対応が図られるべきとの意見が示された。
5 重大事件,否認事件等に係る勾留場所
死刑・無期の法定刑の定められた一定の重大犯罪に係る事件や否認事件等については,自白強要のおそれがあることから,拘置所への収容を,また,少年は少年鑑別所への収容を,女性は拘置所への収容を原則とすべきであり,また,これらの事件については,未決拘禁者とその弁護人に拘置所への移監請求権を認めるべきとの意見が示された。
これに対しては,被疑者の勾留場所は,個々の事案ごとに,捜査目的の迅速,適正な達成,本人やその家族,弁護人等の利益,施設の所在地や収容能力など諸般の事情を総合的に考慮して,裁判官の裁量によって決定されるべきものであり,一律に形式的基準を定めることは適当ではないとの意見が多数を占めた。
なお,移監請求権の問題については,それが,裁判所に対して移監の適否について判断を求める手続上の権利を認めるという趣旨であれば,現行法下でも,裁判官の勾留場所に関する決定に不服がある場合には,これに対して準抗告を申し立てることができるのであり,これとは別に移監請求権を法制度上認める意義は認められないとの意見が示された。