運転免許証の更新制度についての提言

                                                  平成12年5

運転免許制度に関する懇談会

 

はじめに

 運転免許証の更新制度(以下単に「更新制度」という。)については、有効期間の延長及び手続の簡素化が政府の規制緩和の検討の対象とされ、昨年3月30日及び本年3月31日に閣議決定された「規制緩和推進3か年計画」では、「自動車運転免許証の有効期間の延長及び更新手続の一層の簡素化について、交通安全の確保に配慮しつつ、調査の結果を踏まえ平成12年5月末に方向を明確化し、措置が必要な場合には、できる限り早期に実施する」こととされている。

更新制度は、7300万人を超えるすべての運転免許保有者を対象とするものであるだけに、この制度をどのようにするかは、交通の安全の確保と国民の利便に大きな影響を与えることとなる。当懇談会として、その在り方について検討を行った結果は、以下のとおりである。

なお、検討に当たっては、更新制度の効果等に関する警察庁による調査結果及びこれまで警察庁に寄せられた意見要望等を参考とした。

 

  基本的な考え方

更新制度の在り方については、交通安全の確保が損なわれないようにすることを第一としつつ、国民の負担が実質的に軽減されるようにすることが求められるものと考える。

更新制度は、免許証の写真を新しくすることを通じて名義人と所持者との同一性の確認を容易にする(他人の免許証の不正使用を防止する)とともに、運転適性に欠陥のある運転者の排除・是正、道路交通法令の改正内容などの新たに必要となったものを含む安全運転知識・意識の普及等を通じて、交通安全に大きな役割を果たしてきており、今後ともこうした役割は維持されるべきである。

他方で、すべての運転免許保有者に対し、定期的な運転免許証の更新及び更新時講習の受講を義務付けるものである以上、行政当局は、国民が義務を果たしやすい環境を整備するよう努めなければならない。

このような観点から、更新制度については、その機能の重要性にかんがみ、制度自体は堅持しつつ、手続的な面では、国民の選択の幅を広げるなど、交通の安全を損なわない範囲でできる限り緩和するという方向で検討すべきである。

また、更新時に行われる交通安全教育については、生涯学習という観点から求められるものであって、個々の運転者が主体性を持って自ら学ぶことのできるようなものにすべきである。

 

  運転免許証の有効期間

有効期間については、定期的な教育の機会をどの程度の間隔で行うことが適切か、またどの程度の間隔で適性のチェックを行うことが適切かという観点を基本として、定めることが適切である。

第一に、有効期間については、長期でも5年としている現行の制度を維持すべきである。

交通安全教育については、5年に1度程度、節目節目に再教育をすることは、事故防止のために必要なことである。5年に1度は、運転免許証の更新に出向いて、自分の運転適性をきちんと再確認し、運転者としての自覚を持つという意味でも、このことが重要である。様々な分野で規制の緩和、簡素化が求められているが、運転免許については、単に簡単になればよいというものではなく、また、自己責任だけでこの問題を論じることも適切ではない。

 第二に、運転者の違反・事故の状況等に応じて運転免許証の有効期間に差異を設けるべきである。

平成6年にいわゆるメリット制度が導入され、優良が5年、その他は3年とされたが、その当時、違反を繰り返した者、事故を起こした者については3年よりも短くしてもよいのではないかという意見があった。過去に違反を繰り返した者、事故を起こした者について、有効期間を3年より短くすることの適否は別途論じる必要があるが、少なくとも、優良な運転者より有効期間を短くし、運転者教育の間隔を長くしないようにすべきである。    

他方で、メリット制度は運転者に安全運転を促すために導入されたものであるが、優良運転者に対しては、様々な優遇策を検討すべきである。この点に関連して、公的制度のほか、ゴールド免許保有者に対して自動車保険の保険料やガソリンを値引きするところなどもあり、公的制度以外の面におけるこうした動きが広まることが期待される。

 

  利用可能な更新窓口の拡大

  更新窓口への往復は、更新手続の負担感に大きな影響を与えている。この点に関しては、窓口までの往復の時間の長さだけでなく、窓口が個々の申請者にとって便利な場所と評価されるかどうかも重要な意味を持つものである。このため、単に更新窓口の数を増やし、往復に要する時間の短縮を図るというだけでなく、個々の申請者が利用することのできる更新窓口を増やす、すなわち個々の申請者の選択によって更新窓口を決めることができるようにすれば、負担の実質的な軽減になるものと考えられる。ことに、優良運転者については、前記のように他の免許保有者と比較して様々な優遇策を検討することが求められるところであり、手続上の優遇策の一つとして、そのような負担の実質的な軽減をより進めるべきである。

第一に、住所地以外の都道府県公安委員会で更新申請手続ができるような制度を導入すべきである。

近年の生活圏の広がりの中で、地域によっては、住所地の都道府県の更新窓口よりも、他の都道府県の更新窓口の方が便利となる者が増加している。そのような者については、本人が望む場合には、住所地と異なる都道府県の公安委員会で更新申請の手続ができるようにすべきである。運転免許に関する事務が都道府県の自治事務とされている(地方分権が進められている中でこれを国の事務とすることは適当でない)ことからすれば、住所地と異なる都道府県の公安委員会で更新そのものを行い得るようにすることは難しいと思われるが、住所地と異なる都道府県公安委員会の窓口で更新の申請を受け付けて窓口業務を行い、住所地を管轄する都道府県の公安委員会に送付し、そこで更新を行い、新しい運転免許証を本人に郵送するといった方法であれば、行うことができるものと考える。

なお、住所地以外の都道府県公安委員会の窓口で更新申請がなされた場合には、受付や送付などの業務負担を増大させることとなるが、これによって新たに必要となるものについては、受益者であり、かつ、この方式を望んだ更新申請者が負担する(必要経費に相当する手数料を支払う)ようにすることが適切である。

  第二に、例えば優良運転者については本人の住所地の警察署に限るのではなく、同一の都道府県内のすべての更新窓口での手続を認めるなど、本人が利用可能な更新窓口を拡大することが適切である。

現在はコンピュータ等の情報機器が整備されてきており、更新の受付窓口について、同一都道府県内であれば、住所を理由とした制約を設けなければならない理由はないものと思われる。

  

  更新時教育の充実と多様化

更新という機会をとらえて講習を受けることを義務付けていることについては、すべての運転免許保有者に交通安全教育を行うものとして重要な意味がある。負担軽減のためにこれまで優良運転者について講習を簡略化するといったことが行われてきたが、むしろ内容を充実させるとともに、多様な教育の機会を利用できるようにすることにより、運転免許保有者の選択の幅を広げ、より有意義なものとすることが望まれる。

第一に、更新時講習の内容を充実すべきである。

更新時講習の実態をみると、更新者が義務感だけで講習を受けているような状況があるものと思われる。自動車の機能向上に対応した運転方法、チャイルドシートの使用方法などの生きた情報を提供するとともに、講師が一方的に内容を伝達するのではなく、受講者に発言を求めるなどして、参加して良かったと感じることができるよう、その運営方法を工夫すべきである。とりわけ優良運転者等に対する講習については、現在、短時間の講習が行われているが、運転者にとってはかえって有益な情報を得る機会が失われているところから、その充実に努めるべきである。 

第二に、都道府県公安委員会が認定した教育を受けた場合等に、更新時講習を受けたものと認めるような制度を導入すべきである。

現在、都道府県公安委員会が更新時講習に相当する講習を一定の地域の免許保有者を対象として行い、それを受けた後1年以内であれば更新時講習の受講義務を免除するといった制度はあるが、その他の場合には、すべて更新時講習を受けるべきものとされている。

平成10年9月には交通安全教育の指針が定められ、また、平成11年5月には道路交通法の一部改正により、運転免許取得者教育の認定制度が設けられた(平成12年4月から施行)ところであり、これらの施策の方向性を延長するものとして、例えば、職場で行われた講習会であって公安委員会が派遣した者を講師としたものや公安委員会が認定した民間スクールの教育を受け、その受講証明書があれば更新時講習を受けたことにするという制度を導入すべきである。公安委員会が講師を派遣する場合には、過去に更新時講習やその他の交通安全教育で講義を行ってきたOBなどを登録し、依頼することも考えられる。

 第三に、大型免許や二種免許の保有者に対する更新については、その他の免許の保有者に対するものとは別の課題を設けることも検討すべきである。

大型免許や二種免許については、免許取得時により高度な運転技能が求められていることから、更新時においても、例えば、スピードのコントロールと急ブレーキのかけ方を課題として設けるなど、他の免許の更新手続とは別のものとすることが考えられる。この場合においても、通常の更新の機会に行うだけでなく、第二で述べたような公安委員会以外が主体となって実施するものを公安委員会が認定するという方式によることも含めて、検討することが望まれる。

 

  更新手続等

  更新手続及び失効者の取扱いについては、それぞれの制度の意義や機会の公平性の確保に配意しつつ、できるだけ選択の幅を広げていく方向で検討することが重要である。

第一に、更新申請書に添付する写真については、機材の整備により不要となっている窓口から順次省略できるようにすべきである。

直接撮影方式の運転免許証作成機があり、かつ、その顔写真情報が電子的に記録されている窓口では、実質的に更新に当たって写真を必要としなくなっている。写真を必要とする窓口と必要としない窓口を明示した上で、写真がなくて済むところでは省略していくという方が更新者の便宜にかなうものである。

他方で、撮影されて免許証に用いられる写真について、不満を感じる者があるところから、本人の選択の機会が何らかの形で確保されるようにすることが望まれる。

第二に、更新申請期間を延長するなど、申請者の便宜を図るとともに、やむを得ない理由により運転免許証を失効させる者に対する適切な措置を検討すべきである。

申請者の便宜の面からは、更新申請を行うことのできる期間がある程度長いことが望ましく、現行の期間(1月)を若干延長することは認めて差し支えない。最近では、かなり多数の人が頻繁に海外に出掛けるようになっており、申請期間前に更新を行う特例更新の手続はあるものの、事情の変化によって更新期間内に帰国できなくなったり、あるいはその手続をとるいとまがなかったことなどにより、運転免許証を失効させてしまう者もあるものと思われることから、あらかじめ余裕を持って更新しておくことができるようにすることが望ましい。

また、現状では運転免許証が失効した後に再取得した場合には、新規扱いとなるため優良免許が取得できないこととされている。メリット制度は安全運転を促す上で重要であるので、やむを得ない理由によって、運転免許証が失効し、再取得する場合にも、一定の条件の下で、失効前の運転経歴を評価の対象とし優良免許を交付することも検討すべきである。

  第三に、失効後6月を超えた者が受験する場合の扱いについて、何らかの緩和措置を検討すべきである。

運転免許証の失効後、6月以内は試験(技能・学科)が免除されているが、この期間自体をむやみに延長することは適当でない。しかし他方で、失効後6月までは試験が免除されるのに対し、それを過ぎれば、まったくの新規取得者と同じ取扱いとするのは酷だということも理解できる。外国免許保有者に対しては、試験に代えて、運転に支障がないことの確認(知識・経歴の質問、実技)を行うという制度があるが、こうした制度も参考としつつ、失効後6月を超えた者に対して何らかの緩和措置が行えないか検討すべきである。

 

  その他

 運転免許証は、極めて多数の国民が保有するものであるところから、その更新手続をどのように行うかは、国民に大きな影響を与えることとなる。このため、以下の点にも十分配意すべきである。

第一に、更新手続が簡素化されることにより、更新窓口での本人確認がおろそかになって、他人名義の免許証が簡単に不正取得されるようなことがないよう配意すべきである。

更新手続が簡素化されることは、国民の負担の軽減という意味からは望ましいが、それが免許証の不正取得といったことにつながることがあってはならない。国民皆免許の時代になり、運転免許証は単に運転のためというだけでなく、身分証明書として持ちたいという人が多数存在している。運転免許証は、住所と写真があり、しかも有効期間が最長で5年であることなどから、身分証明書としてより重みがあるものと評価されている。更新制度については、運転免許証の有するそうした側面にも配意すべきである。

なお、運転免許証の身分証明書的な機能からすれば、運転免許証を持っていた人が更新しなかった場合について、何らかの形で身分証明書的に用いるものを持つことができるようにすることも併せて検討していくことが望まれる。

 第二に、近年、インターネットや携帯電話等が普及し、若い世代を中心として利用されてきていることから、更新手続の簡素化方策として、将来的には、これらを利用したサービスを行うことも検討課題とすべきである。

これにより行政当局にとっても、人手やコストの節減を図ることができるものと思われる。ただし、本人確認の問題が生じないことが、その前提となる。

 第三に、更新手続等について、国民に対する広報を徹底すべきである。

警察において、運転者の負担軽減のため、運転免許窓口の拡大を含めた様々な施策が行われてきているが、十分な広報がなされておらず、利用者に知られていない。国民の負担を実際に軽減し、国民に負担感を抱かれないようにする上では、更新手続を合理化してきている状況、国民の利用可能な手段等について、国民に周知徹底を図るべきである。

  第四に、更新手続の機会は、運転者が意見を伝えることのできる場として活用されるよう配意すべきである。

行政に対する不満や提言を持っている運転者が相当いることから、こうした意見を伝えることのできる場を設け、行政当局においてそういう情報を受け入れながら制度の在り方を検討し、運用の改善を図っていくことが望ましい。更新手続は、多数の運転者が来庁することから、行政側からの情報の伝達の場としてだけでなく、運転者側からの情報伝達の場として活用されることが求められる。

 

運転免許制度に関する懇談会 名簿

 

 

                                                (五十音順、敬称略)

 

 

    長 石井(いしい) 威望(たけもち) 慶應義塾大学大学院政策・メデイア研究科教授

 

      宇賀(うが) 克也(かつや) 東京大学大学院法学政治学研究科教授

 

      木村(きむら) 治美(はるみ) エッセイスト 共立女子大学国際文化学部教授 

 

      桑原(くわはら) 雅夫(まさお) 東京大学生産技術研究所第5部助教授

 

      菰田(こもだ)   (きよし) 自動車評論家

 

      鈴木(すずき) 春男(はるお) 千葉大学文学部教授

 

座長代理 長江(ながえ) 啓泰(ひろやす) 日本大学理工学部教授

 

      吉村(よしむら) 秀實(ひでみ) NHK放送総局解説委員室解説委員