コラム:犯罪被害者等基本計画をめぐる犯罪被害者等からの声

犯罪被害者等基本計画の進捗に思う


犯罪被害者は、予期せぬさまざまな困難に直面し、生涯にわたって苦しむ人も少なくない。社会は、人間同士の信頼と約束の上に成り立つものであるから、それを破る犯罪者によって傷つけられた人への支援は、社会的急務とされるべきである。そのような思いから平成4年にボランティアを募って犯罪被害者支援の活動に取り組み始めて、17年になる。この間、支援の実践の場で行政機関に協力をお願いしても「被害者を特別扱いする理由がない」として断られるような時代が長く続いたが、平成16年に制定された犯罪被害者等基本法は、その基本理念として犯罪被害者に固有の権利(個人の尊厳を尊重され、その尊厳にふさわしい処遇を受ける権利と、必要とする支援を受ける権利)を認め、被害者支援を国、地方公共団体、国民の責務と定めることによって、この状況を一変させた。

民間支援団体の立場で最近強く感じるのは、この基本法の理念に沿う方向での行政・司法機関関係者の意識改革が進んできていることである。全国、地域の末端までとはまだまだ言えないが、関係者の協力が得やすくなり、地方公共団体の支援への取組も着実に進み、杉並区のように民間支援団体と連携して手厚い支援を実施する地域も現れた。

犯罪被害者等基本計画に基づいて実現した新たな施策の中に、時代の変革を強く感じさせる二つの施策がある。一つは、犯罪被害給付制度における支給限度額の「自賠責並み」増額であり、もう一つは、刑事訴訟法の改正による「被害者参加制度」と「損害賠償命令制度」の創設である。いずれも、犯罪被害者・遺族と被害者支援関係者が強く願いながら、実現が長く困難視されていた施策であり、前者は自賠責保険補償額にはるかにおよばない殺人被害者遺族への給付額の是正を求める声が、後者は加害者に認められる権利にはるかにおよばない被害者の権利保障を求める声が、ようやく国政の場に届き、実を結んだものである。国民の目線、国民の健全なバランス感覚に応えての施策見直しの努力は、国民のための行政・司法の実現のために肝要と思われる。

充実して行く諸施策の中で、遅れの目立つのが民間団体への財政的支援の問題である。被害者団体と被害者支援団体は、警察や地方公共団体と並んで犯罪被害者にとって最も身近な被害者支援の担い手であるにもかかわらず、民間団体の運営に直接国費を支出することは許されていない。民間からの寄付に頼る諸団体の財政基盤は脆弱で、事務所や人材の確保に大変苦労しているところが多く、このことが支援の質的向上を阻害している現状がある。欧米諸国も被害者支援に民間の力を活用してはいるが、被害者支援団体を公的機関に準じて扱い、十分な財政的援助をして有能なスタッフの確保、育成を促している。アジアにおいて比較的最近被害者支援活動を開始した台湾や韓国でも、中心となるスタッフは国費によって雇用されている。他方、犯罪の加害者について見れば、わが国においてもその更生保護事業のために毎年多額の国費が支出され、支援スタッフには公務員並みの給与が保障されている。犯罪の加害者のための施策と被害者のための施策の間にあるこの大きな格差を放置することは、犯罪被害者等基本法の基本理念に反することのように思われる。

犯罪被害者等基本計画が実施に移されて4年目を迎える今、この間の関係省庁の皆様のご尽力に深く感謝申し上げるとともに、犯罪被害者と支援者の視点に立って、施策の絶えざる点検、見直しを進めていただきたいと、心より願っている。

特定非営利活動法人全国被害者支援ネットワーク

理事長 山上 皓

村田吉隆元大臣のこと


犯罪被害者等基本計画検討会(以下「検討会」という。)は、平成17年4月28日から始まった。

内閣府が犯罪被害者団体から聴取した1,066の意見や要望を258項目に整理して、4つの基本方針、5つの重点課題に分けて議論し、8月には骨子について国民から意見を聞き、11月には案を策定して12月には閣議決定に持ち込むという、強行軍のスケジュールだった。

現行の諸制度を、犯罪被害者等のために根本的に改革推進しようというのだから、役所側も、構成員も、様々な意見があってしばしば紛糾した。

このような中で、村田吉隆元犯罪被害者等施策担当大臣の存在は大きかった。村田元大臣は、自由民主党の犯罪被害者等基本法の制定作業には関係されていなかったが、基本法の精神や内容について十二分に熟知しておられた。

第1回検討会で村田元大臣は、「犯罪被害者の苦しみを考えると、1日も早く基本計画を策定しなければならない。私も全力で取り組むから協力をお願いしたい。」とあいさつされたが、その言葉に偽りはなかった。第2回の検討会で「報道機関は前回の検討会の様子をほとんど報道しなかった。国民各界の被害者問題の意識は少ない。懸命に頑張らなければならない。」と訴えられるとともに「基本法を読んでみると、相当に厳しいことを書いてある。今までのシステムの縄延びしてという考えではなく、原点にたって考えなければならない。役所の議論を聞いていると今までの延長線で考えているような発言が多かったが、これではいけない。役所は覚悟を決めて当たって欲しい。」と厳しい注文を付けられた。

村田元大臣は、国家公安委員長や防災、有事法制も兼務しておられたから、身体が幾つあっても足りないほどのご多忙にもかかわらず、国会の本会議に出席されるとき以外は、すべての検討会に出席された。そして議論が紛糾するときは、自ら発言して大所高所からの整理に当たられたのである。

犯罪被害者等が、加害者を相手に損害賠償請求訴訟を提起して勝訴判決を得ても、「加害者に資力がなかったり、賠償を拒否されたりして損害回復目的を果たせないのが通例である」と記載した事務局の現状認識案に対して、加害者の一部支払や保険金支払の場合もあるとして、「通例である」との記載に反対論が出て混乱したことがあった。

村田元大臣は、「現在の損害賠償制度が犯罪被害者等のために充分機能していないことが重要なのである。法的論理的な記述を追求しても意味がない。基本法は議員立法であるから、(賠償制度を充実するという)国会議員の意思を尊重して基本計画案を策定しなければならない。閣議決定までに骨抜きになっては政府の信用に関わる。できるだけ踏み込んだ記述をするよう、構成員にお願いしたい。」といわれ、枝葉の議論よりも犯罪被害者が満足な賠償を受けていない現実を中心に議論すべきだと強い口調で述べられたのも、忘れ難い思い出である。

村田元大臣は、同年10月31日退任されたが、報道機関推薦の構成員の名を挙げながら、被害者の人権の保護について、報道機関も今一歩大幅な踏み出しをしていただきたい、と最後に述べて去って行かれた。

それから3年、昨年の12月から、検討会で大きな問題となった犯罪被害者の刑事裁判への参加が始まった。2月13日、東京地裁で開かれた参加事件の傍聴席に、基本法制定以来犯罪被害者のために力を尽くされてきた保岡興治元法務大臣、上川陽子元少子化担当大臣とともに、村田元大臣のお姿があった。基本法の行方をいつまでも心に掛けておられるのである。

全国犯罪被害者の会(あすの会)

代表幹事 岡村 勲

犯罪被害者等基本計画への思い ~被害者支援の現場から~


平成2年10月、当時18才だった長男の亨は歩道に乗り上げてきた飲酒運転の車に轢き逃げされ命を奪われました。当時は被害者の権利は何も無く、理不尽に放置され二次的被害を受け続ける現状に愕然としました。刑事裁判の情報を得ることも発言もできず、被告側の嘘を黙って聞いているしかない刑事裁判は、被告の利益のためにあるとしか思えませんでした。そのため、息子の死を無駄にせず社会を変えたいと考え、平成3年10月「犯罪被害給付金制度発足10周年記念シンポジウム」で被害者の現状を訴えました。それが契機となり、山上皓氏(当時東京医科歯科大学教授)が「犯罪被害者相談室」を設置し、警察庁は「被害者対策要綱」を定めるなど、さらなる被害者支援が始まりました。

私は公務員として働きながら被害者の現状を訴えてきましたが、「犯罪被害者相談室」が発展的に改組され平成12年4月に「社団法人被害者支援都民センター」になったとき、退職し被害者支援に専念しました。法律も何も無い頃から「悲惨な状況に置かれる被害者を放置できない」と考え、力を尽くしてくださった多くの関係者の方々の努力があってこそ成立した犯罪被害者等基本法だと感謝に堪えません。

基本法の成立後「犯罪被害者等施策推進会議」と「基本計画推進専門委員等会議」の委員として犯罪被害者等基本計画策定に関わらせていただきました。「犯罪被害者等基本計画検討会」では毎回膨大な資料を前日までに読み、当日意見を述べるということの繰り返しで、ストレスと緊張の日々でした。検討会の開始当初は、消極的な省庁の答弁に憤りを感じることも多かったのですが、警察庁や法務省の積極的な姿勢と、意見を丁寧にまとめる内閣府犯罪被害者等施策推進室の姿勢に、省庁も前向きに変化していきました。基本計画策定後の関係機関の対応は速く、被害者の刑事手続への参加制度や更生保護法なども施行されました。しかし、被害者や遺族は事件の衝撃で人への信頼感や社会への安全感を奪われ、人間としての尊厳も無くしています。そのため、被害者の全てが制度を使える状況にはないので、誰もが利用できる支援体制と環境の整備が急務です。

民間の被害者支援センターでは被害直後から付添い支援や精神的ケアを行っていますがまだ広く周知されていないため、被害者は相談することを躊躇しがちです。また、良い支援を提供するには優れた技能と人格を併せ持った人材が必要ですが、その能力に見合った待遇ができないため人材確保も困難です。欧米では民間の被害者支援センターには税金が投入され、支援の中心人物は有給職員です。なぜか日本では被害者支援はボランティアでよいという考え方で進められていますが、被害者は支援の専門家を望んでいます。被害者が安心して支援を受けられるように民間の被害者支援センターへの財政援助と人材育成も緊急の課題です。

さらに、経済的支援が必要な被害者には基金を活用して対応することが決まりましたが、基金については未だ明確に示されていません。詐欺事件の被害者に返還後の残額を財源として基金を作り、被害者への給付や民間団体への財政援助に活用できるようにしていただきたいと思います。公的住宅への優先入居も、実態としてはDV被害者以外は困難な状況ですので、被害者に役立つ運用をお願いします。

「犯罪被害者等基本法」の前文に“国民の誰もが犯罪被害者等となる可能性が高まっている今こそ、犯罪被害者等の視点に立った施策を講じ、その権利と利益の保護が図られる社会の実現に向けた新たな一歩を踏み出さなければならない”と書かれているように、日本のどこに住んでいても被害直後から適切な対応や支援を受けることができる社会になってほしいと願っています。先日、検討会当時のことを他の委員と話していて「あの時のトラウマからまだ回復できていない」とお互いの意見が一致し苦笑しました。このように渾身の思いを込めて作り上げた基本計画です。そこに魂が吹き込まれ、誰もが日本に生まれてよかったと思えるようなものとして確実に運用していただきたいと心から願っています。

社団法人被害者支援都民センター

理事 大久保 恵美子


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