我が国における犯罪被害者等施策の経緯等 -年次報告書の第1回の作成に当たって-

第2章 犯罪被害者等の置かれている状況とニーズ



 COLUMN

犯罪被害者等の声と基本法の制定

●犯罪被害者等基本法の誕生(全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事 岡村 勲)

 犯罪被害者には、何の権利もない。どこからも保護を受けない、あたかも国籍を失ってしまった者のような存在である。

 加害者は、逮捕後、弁護士費用も食費も医療費も国が賄うが、被害者は、被害により生じた医療、介護、生活費はすべて自己負担だ。裁判には一切関与させてもらえず、訴状も判決も被害者には知らされることがない。刑事裁判は、公の秩序維持のためのもので、被害者等の無念を晴らしてくれるものではなく、民事裁判も、加害者が無資力者では、費用と時間がかかるばかりで役に立たない。生活苦と社会の偏見に耐えかねて自殺したり、一家離散した被害者家族もいる。

 全国犯罪被害者の会(あすの会)は、被害者等の権利と補償制度の確立を求め運動を始めた。全国各地を歩き被害者の実情を訴えた。政府、政党、裁判所、弁護士会、マスコミ、経済界、教育界、あらゆる所を訪ねた。2002年2月から、小泉総理に要望する署名活動を全国的に行い、総数55万7,215人に達した。

 39万63人集まった段階で、杉浦現内閣官房副長官の紹介で総理にお会いする機会をいただいた。2年前の7月8日の昼下がり、私たち犯罪被害者の会(あすの会)の幹事3人は、首相官邸応接室で、小泉総理にお目にかかった。

 総理は、私たちの訴えに耳を傾けてくださった。

 「そんなにひどいのか。今まで放置してきたことが問題だ。政府と党で協力して取り組もう。」と、力強くおっしゃられた。

 この場での総理の発言を機に法律制定への動きは一気に加速した。そして、2004年11月に自民、公明、民主3党の合意による議員立法として法案が提出された。ここにこぎつけるまでに法案作成に当たった議員の方々には、月2、3回のペースで、朝8時から精力的な検討に取り組んでいただいた。

 こうして、12月1日、全与野党の賛成で、犯罪被害者等基本法が誕生したのである。

 この法律は、被害者等の尊厳と権利を認め、その権利保護を図ることを目的とし、被害者等の視点に立って施策を行わなければならないとしている。被害者等の権利が初めて認められた画期的な法律である。

 この法律は、関係された国会議員の方々の努力の賜物であるが、小泉総理の決断と指示がなければ生まれなかったであろう。また総理は、施政方針演説、党首討論その他において被害者等の人権、保護の必要性を訴え続けられた。これが、どれだけ全国の被害者等に生きる希望と勇気を与えたか、計り知れない。

 法律はできたが、基本計画の策定を始め、具体的な施策はこれからである。小泉総理に心から感謝するとともに、今まで同様のご尽力をお願い申し上げる次第である。

●犯罪被害からの回復のために(犯罪被害者等施策推進会議委員 小西聖子)

 私は、犯罪の被害者、遺族の心理的ケアや治療を専門にしている。もう10年以上、家族を殺された人や強姦や誘拐などの被害に遭った人、また、虐待されて育った人の話を聞いてきた。

 「聞いてきた」という穏やかな言葉はその場の雰囲気をよく伝えているとはいえない。多くの犯罪被害者にとっては話をすること自体が大変なことなのだ。話そうとすると恐怖で体が震えてしまったり、怒りのあまり事件の場面を切れ切れにしか話せなかったり、ショックのあまり事件のことを覚えていないという不思議な状態が起こることも稀ではない。

 何年か経って世間は事件のことなど忘れてしまっているときでも、まだ当事者は被害の只中にいる。「被害者の時間は止まっている」というのは比喩ではなくて、文字どおり、そうなのである。

 12年前に犯罪被害者の話を聞き始めたとき、こんなに理不尽なことが世の中にあるのかという思いを強く持った。何も自分に責任がなくても、ある日突然人生も家庭も壊れてしまう。仕事をやめるしかなかったり、転居を余儀なくされたり、長年の治療が必要だったり。どれも大変な経済的な負担を被害者に強いる。

 性暴力や虐待の被害者、DV(ドメスティック・バイオレンス)の被害者などの中には、警察に訴えない人も多いから、症状が重くても生活が破壊されていても、被害者としての支援は何も受けていない人も少なくない。

 ここ数年にわたる法改正や、警察庁などの施策によって、また当事者の努力によって、これらの問題のいくつかは改善されてきた。また犯罪被害者という権利を奪われた人がいることを、社会は少なくとも認知するようになった。

 しかし、まだまだ足りない。今でも犯罪被害者になることは苦痛を背負い、一人でそれに耐えることであることには変わりがない。また単なる「保護」や「配慮」では限界がある。

 昨年12月に「犯罪被害者等基本法」が成立し、被害者個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利として明記され、その回復を図ることが、国、地方公共団体、国民の責務であると規定された。

 この法律がどのように実現されるか、犯罪被害者や支援者の期待は大きく、多くの人が注目している。基本法の理念に沿って実効のある基本計画が策定されるよう会議のメンバーとしても積極的に被害者の声を伝えていきたい。

平成17年5月26日 小泉内閣メールマガジン第189号 特別寄稿より引用

http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2005/0526.html

注:政府関係者の肩書は当時のもの。



目次 << 前の項目に戻る 次の項目に進む >>