犯罪被害者支援ハンドブック(仮称)作成にあたって

「はじめに」

長井 進 常磐大学大学院被害者学研究科教授 顔写真

常磐大学大学院被害者学研究科教授
長井 進


 犯罪被害者等基本法に基づいて犯罪被害者等基本計画が策定されました。同基本計画の規定に基づいて立ち上げられた3つの「検討会」のうち「支援のための連携に関する検討会」では、取り組むべき2つの大きな課題として、途切れない支援を行うための基盤整備、および支援活動に携わる人材の育成がその最終取りまとめに盛り込まれました。この度作成された「犯罪被害者支援ハンドブック・モデル(仮称)」は、途切れない支援を行うための基盤を整備するという点においてきわめて重要なものです。

 犯罪被害者等(以後、被害者等)は暴力によって無力感と孤立感に苛まれ、絶望の淵に突き落とされます。それにもかかわらず、被害者等はそこから自分の力ではい上がらなくてはなりません。その主体的な取り組みなくして、被害者等の精神的被害からの回復は期待できません。しかも、被害者等には被害直後から次々と過酷な現実が迫ってきます。さらに、家族や友人との信頼の絆がもろくなります。加害者への不信感は社会全体へと広がります。時間が過ぎれば心の傷が消えるわけではありません。被害者等は過酷な現実に圧倒されないように何とか対処し、心の傷を抱えながら生活し続けます。
 被害者等は多様な支援を求めて、いろいろな窓口を訪れます。対応する方には、本ハンドブック・モデルを基に各地で作成されるハンドブックを活用し、被害者等が途切れない支援を受けられるようぜひともご配慮いただきたいと思います。
 被害者等に対応する際には、他の方に接する場合と同様、普通にしかし丁寧に接していただければよいと思います。適切な対応は、被害回復の主体である被害者等の自発性と主体性を十分尊重しようとする心構えと態度にあると思います。被害者等の記憶に最後まで残るのは、だれが何を意図して行ったのか、ではなく、むしろ何が行われ、それを被害者等がどのように認識し、感じたのか、ということです。被害者等は、苦痛と悲しみの極みにあったときのことを幾度となく想起します。それは一生繰り返されます。その記憶の中に対応した人の思いやりや誠実さを見出せれば、被害者等の心は想起するたびになごみます。
ちなみに、被害者等は、よく知らない人から同情や哀れみの眼差しを向けられるだけで強い違和感を覚えます。また、被害者等は他者からの「押し付け」には敏感です。いかに善意に基づいた判断、助言、提案等であったとしても、それらが被害者等を理解する前に行われたもので、また被害者等の観点とは異なったものであれば、被害者等の心に届かないばかりでなく、被害者等は回復に向けて取り組む気力を失くしてしまうかもしれません。

 全国の関係機関、団体等に所属し、被害者等に接する方々の日常業務に伴うご苦労はお察ししますが、被害者等を含めた社会全体の状況を常に見失うことなく、自らの立場や責任を心得て、更に他者等としっかり連携、協力しながら、行うべきことを主体的に行っていただくことを心から願っています。被害者等に職務上かかわる方々の認識が変容し、気持ちも切り替わり、支援のための連携が重要であるということを再認識していただけるように社会全体で見守り続けることが、犯罪被害者等の方々の利益につながると考えています。関係者の方々にはぜひともご理解とご協力をお願いいたします。