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犯罪被害者等施策
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犯罪被害者等施策講演会(第1回)

日時:平成19年7月9日(月)15:00~16:00
場所:中央合同庁舎4号館共用220会議室

講師:中島 聡美 氏
(国立精神・神経センター精神保健研究所成人精神保健部犯罪被害者等支援研究室長)

○講演要旨
(P2~P34は、講演資料のページ番号。P2~P29[PDF:331KB] P30~P34[PDF:359KB]

 国立精神・神経センターの中島と申します。今日は、このように皆様の前でお話しする機会を与えてくださったことに感謝いたします。
 私は、精神保健研究所に昨年の10月から犯罪被害者等支援研究室というポストができまして、そこで犯罪被害者のメンタルケアを中心とした研究に従事しております。
 そこで、本日は、皆様に犯罪被害者の精神的なケアということを中心に、広く医療や福祉について、どのように犯罪被害者の問題を考えていったらいいのかということをお話しさせていただきたいと存じます。
 まず、この記事は皆様、よく御存じだと思います。附属池田小殺傷事件についての2006年の卒業式のときの記事です。もう5年も経っていて、そんなことがあったなと、この記事を見て思われたのではないかと思います。
 ここで注目していただきたいのは、最後の3行なのですが、この時点で、約10人の児童が、なおPTSDを訴えているというふうに書いてあります。
 私が、まずここでお示ししたいのは、犯罪被害者の問題を考えたり、犯罪被害者の気持ちを理解しようとする場合に、実はとてもネックになってくることが、被害者と周囲の温度差だということです。5年間、ずっとこの児童を含め、家族、その他の子どもたちも、精神的な苦痛に苦しんでいるわけですが、周囲は、もう5年経ってしまったということで、ほとんどこれは済んでしまったもののように考えてしまいがちです。
 これが、往々にして被害者の方が周囲に理解されていないと感じる温度差の1つであります。

(P2)
 ここには御遺族の声を挙げてあります。これは、都民センターで出している遺族の手記ですが、ゆっくり読んでいただきたいと思います。支援をする人御自身が被害体験をしているということは、そうあることではありません。したがって、支援者は、被害者と接するときだけ、被害者の問題を考えるということになります。
 ところが、この文章には、朝が来るつらさと書いてあります。自分の家族を見て被害を思い出す、外に買い物に行っただけで、そのことを意識してしまって、もう外に出られなくなってくる。つまり、被害者の苦痛というのは、そのことを考えたときだけに起こるのではなく、日常の生活すべてにわたって、その苦痛が広がっている、ということがこの手記には非常によくあらわれていると思います。
 ですから、例えばこれからお話しするのは、主に心のケアの問題ですが、心のケアといっても、カウンセリングということだけではなくて、この生活すべてにわたっている苦痛をどのように軽減していくかということが非常に重要であるということです。
 被害者の方、お一人お一人の話をよく聴くと、そのことはよくわかるのですが、私たちは、なかなかそういう機会がありません。こういった手記などをごらんになることで理解することが必要だと思います。

(P3)
 犯罪被害者の問題は、特に私たちのような心のケアをする人間にとっては、PTSDに代表されるような精神的反応に集約されがちですが、実は非常に広い影響としてあらわれます。勿論、被害の恐怖から来る問題もありますが、その他にも、被害に遭うと物の見方が変わってしまうということがあります。それは、被害の後に接する人たちの対応の影響もありますが、被害に遭ったということ自体で世の中が非常に危険だ、人を信じることができないというような認知の変化というのが起こってきます。
 それとともに、行動上の変化もおこります。外に出られないとか、職場に行けなくなるということです。そして、この辺りは特に福祉が関係してくることですが、深刻な経済上の困難ということが生じます。例えばけがをして医療の問題が生じたという場合ですが、自動車事故等で、相手が保険に入っていた場合、ある程度保証されはしますけれども、例えば殺人事件の加害者がお金を持っているということはめったにないわけで、そういった場合には賠償されないということがおこります。このような経済的損失や、配偶者を失った場合に働き手を失ってしまうことなどで経済的にも困難が生じてくるということがあります。
 心の問題というのは、この中の一つにすぎないわけですが、非常に長期的に残ってくる問題でもあります。

(P4)
 私は精神科医なので、最初に心の問題についてお話をしたいと思います。犯罪被害による心理的な反応で、代表的なのは、外傷後ストレス障害、いわゆるPTSDです。ポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダーの頭文字を取ってPTSDといいます。ここで、まず、皆さんに見ていただきたいのは、PTSDも、また非常に多様な精神的な問題の1つにすぎないということです。
 犯罪や事故は、非常に強い恐怖と衝撃を与える体験です。このようなことに巻き込まれた本人、また、それを目撃した人、例えば現場の第一発見者が家族であったという場合には、その家族も、そして見てはいないけれども、亡くなってしまった、あるいはけがや監禁の被害に遭った方の御家族、御遺族といった方にも非常に強い心理的反応が生じます。
 急性期は、ほとんどすべての人が心理的反応を生じるといってもよいと思います。急性期の一般的な反応としては、衝撃の余り感情や感覚が麻痺してしまうということがあります。代表的な反応には、感情がわかないとか、現実のものとは思えないというようなことがあります。被害者の中には急性ストレス障害やパニック障害などの精神疾患のレベルの反応を来す方もいます。
 多くの場合、時間の経過とともに、ある程度平穏な状態というものに戻っていくわけですが、非常に衝撃が強い場合や、何らかの理由があった場合等に精神疾患というものが表われてきます。
 長期的には、ここにあげたような、非常に多くの精神疾患が問題になってきます。

(P5)
 特に長期的に問題になるものは、PTSDです。この後でどれぐらい発生するかという話をします。発症率が非常に高いわけではありませんが、PTSDは、日常生活や社会生活に対する影響が非常に強いものです。大体1年ぐらい経過して回復していない場合には、慢性化しやすいという問題があります
 PTSDとはどのような疾患かというと、非常に苦痛な記憶、事件に遭った恐怖の記憶、これが頭の中に残り、何度も何度も繰り返し浮かんでくるという症状に代表されるものです。
 この記憶は通常の記憶ではなくて、事件のときに戻ってしまったような非常に生々しい記憶です。人によっては、そのときの情景、例えば相手の顔が浮かんでくるとか、声が聞こえてくるようなこともおこります。このことは、被害者にとって事件を繰り返し体験してしまうように感じられるわけです。
 きっかけがなくて浮かんでくることもありますが、しばしば事件と関連がある、例えば救急車の音とか、あるいは加害者と似た人、一般的な事件についてのテレビや新聞記事であったり、そういったことが引き金になって思い出されるということがあります。
 もう一つの症状は、そのことを考えないようにしたり、思い起こさせるものを避けているという症状です。このように避けることは社会生活上の困難をきたします。例えば、男性が怖くなってきてしまったら、外へ出ること自体が苦痛になってしまったりします。刃物で刺された人では、ナイフとか包丁が持てなくなってしまうので、家事ができないという深刻な問題になってしまうわけです。
 ほとんどの人が不眠をきたします。また、非常にびくびくしているとか、集中力がないという症状もみられます。このような症状が、最低1か月以上続くことが診断の上での条件となります。PTSDは、苦痛が著しく、日常生活への影響が大きい疾患です。
 その他の精神疾患としては、うつ病やパニック障害、身体化障害、単一の恐怖症などが見られます。このような精神疾患が単独ではなく、合併して、つまり幾つもの疾患が一緒に表われてくるということもよくあります。
 これは、通常の精神疾患より、ある意味深刻であると言えます。例えばうつ病の人が、3つも4つも精神疾患を合併して発症するということは余りないわけですが、PTSDは、そのような場合が非常に多いです。また、PTSDがない場合でも犯罪被害者が複数の精神疾患を抱えることは少なからずあります。

(P6)
 PTSDはどれぐらいの割合で起こるのかということを示しました。これはアメリカの調査です。アメリカは非常にトラウマ体験率が高くて、半分ぐらいの方がトラウマを体験します。一般の方の8%ぐらいがPTSDを経験しているというのがアメリカの状況です。
 それぞれの出来事に対して、どれぐらい発症するかということですが、最もPTSDを多く発症するのは、いろいろな調査で共通してレイプです。レイプの被害者は非常にPTSDを起こしやすいということがわかっています。
 なぜかということは、きちんと解明されていないんですが、1つには非常に屈辱的で、恐怖を伴うこと、また被害の時間が長いということもあるのではないかと思います。
 身体的暴力では、特に女性が発症しやすい傾向があります。事故や自然災害に比べると、人から受ける暴力による体験では、PTSDになる率が高いということがわかります。

(P7)
 これは、様々な研究結果をまとめたものです。この中で、注目していただきたいのは、日本の研究ですが、広幡先生が、病院を受診したレイプの被害者の人に対して、CAPSを使って、どれくらいの人がPTSDになったことがあるかを調べたら、100 %でした。つまり、レイプ被害者で医療機関に来る人は、PTSDを抱えている可能性が高いことがわかります。
 自助グループにいる遺族の場合も、PTSDを経験した率が75%と出ていますからPTSDを抱えやすいということがわかります。

(P8)
 これも、アメリカの調査ですが、PTSDの人で他の精神疾患がどれぐらい合併するのかを見たものです。PTSDがあると、ほかの精神疾患も非常に合併しやすいということがわかります。 例えばPTSDと大うつ病と合併している場合は、45%です。そのほか不安障害も高率に合併します。
 ただ、レイプの場合は、PTSDがなくても、2割ぐらいの人が様々な精神疾患を有しているとがわかります。
 また、ひどい暴力(aggravated assault)でも一般の人より、はるかに精神疾患を有する率が高いということがわかります。
 したがって犯罪被害者とメンタルケアというのは、切っても切り離せない関係にあるということが、このような研究からわかってきます。

(P9)
 もう一つ、深刻な問題があります。PTSDに合併している場合もありますし、そうではない場合もありますが、アルコール・薬物関連障害を有する人が多いことです。
 このような結果を出すと、もともとそのような問題を持っている人が被害に遭いやすいんではないかという意見もでてきますが、被害に遭ってからこういう問題を抱えやすいという調査研究があります。
 実は、ここが精神医療の介入するべき点の一つであると思います。なぜこういう問題が生じるかというと、PTSDの症状で、つらい記憶が勝手に頭に浮かんでくる、眠れない、落ち着かないという症状の治療に、お酒や薬物を使う場合があるのです。精神科に行って薬をもらうんではなく、自分で手に入るものを使うために、結果として依存症という問題が生じます。これは、ある意味、二次的に発生してくる、非常に不幸な合併症であるとい言えます。ですから、このような問題が生じる前に精神医学的な介入が必要ではないかと思われます。
 自殺も実は犯罪被害者の中では深刻な問題の1つです。自殺が日本でも問題になっておりますけれども、PTSDがあると、自殺のリスクが上がるということがわかっています。
 一般の人に比べて8.2 倍自殺企図が高いという研究結果があります。身体暴力経験者では、そうでない人にくらべ、3.6 倍自殺関連行動が多いという報告もあります。被害に遭った方が自殺をしてしまうという、悲劇を生まないようにしなければならないということが言えると思います。

(P10)
 被害者がどんな状況に置かれるか、経験されていない方には、非常にイメージがしにくいだと思います。それで、私がいろいろな方の被害体験を基につくった事例をお示しします。これは実際の事例に比べ相当わかりやすく、スムーズな対処がなされたケースと思ってください。
 これは、24歳の女性が、夜歩いていたところをレイプされたという事件です。これがスムーズだというのは、恋人の説得があって、警察に被害届も出して、産婦人科に行っていいます。このようなことがなされていない方が実は非常に多いです。性的暴行の被害者の警察への通報率は、10%~15%です。大半の方が通報していません。幸いに加害者も逮捕されています。こういう人方でも様々な問題を抱えるようになります。

(P11)
 被害直後は非常に強い恐怖の状態があり、誰かが付いていないと、非常に不安です。ほとんど寝られない、食事も取れない状態です。この方の場合は、恋人が付いていますけれども、一人暮らしの人だったら、この一晩をどうやって過ごすのかということが問題になるわけです。
 警察に行っても話がなかなかきちんとできないということが起こります。男性の警察官におびえてしまうということもあります。今、警察は女性の警察官が対応できるようにしていますが、それでも事件について話すことが困難であることが多いです。
 産婦人科にも行かなければなりません。警察に届けた場合は、警察の方が付き沿って下さる場合もあります。実は産婦人科の検査は、それ自体がレイプを想起させるために、具合が悪くなったりするということがあって、付き添いが必要だと思います。
 事件後数週間は外にも出ることができない、ちょっとしたことで、フラッシュバックがおきてしまうような状態です。そのため、この事例では、恋人は付きっ切りです。夜も仕事から帰ったら、彼女にずっと付いているため、周りの人の負担も非常に大きくなります。

(P12)
 ここであげたような症状は、ほとんどの被害者が体験するような状態です。
 更に長期的には、PTSDの症状が出てきます。PTSDの症状は具体的にはここにあげたような形であらわれます。普通にしていても突然ばっと頭に浮かんでくるということがあります。顔にけがを負った人は、自分を鏡で見ると、それが引き金になって、そのシーンを思い出して、鏡を見られないということもあります、被害現場を通れないので会社に行きにくい、ニュースを見ることができないなどの症状もあらわれます。
 最初にお話したように、認知の変化が起こります。ともかくどこにいても安心できない、あるいは自分に自信が持てない。その一方で人のことも信用しにくいということがおこります。また、被害者は、その道を毎日通っているのですが、そこの道を通ったのがいけないとなどのように自分を責めたりします。またその結果、気持ちも落ち込んでくるようになります。

(P13)
 症状のために、日常生活がうまくできないようになります。被害者は被害を受けたときの家に住むのが嫌で引越しをすることもあります。人に会いたくなくて、友達の関係を切ってしまうということもあります。若い女性では、精神的苦痛から自傷行為を行うこともあります。
 思春期では、反対の行動、つまり性的に逸脱した行動を行うようなこともあります。その他、身体的問題、精神的疾患の合併などが起こります。
 たった1回のレイプの被害で、これだけのことが被害者に起こってくるのです。非常にたくさんのことです。しかし、ここにあげた事例は問題が少ないほうの事例なのです。

(P14)
 このような大変な状況におかれた被害者に対して、医療や福祉は、何ができるのかというのが、これからの話になります。
 まず、一般医療現場において、被害者をどのように支援していけるのでしょうか。
 私は精神科医ですので、最初に精神医学的な話をしました。被害者だけではなく、一般的にも、精神科に行くことへのためらいがあってなかなか受診されません。しかし、被害者、救命救急や産婦人科の外来には訪れることが少なくありません。また頭が痛いとか眠れない、食欲がない場合には内科に行きます。
 実は、被害者支援に広い窓口は、精神科よりは、こういった一般医療の現場ではないかと思います。
 特に負傷した場合や強姦の被害等では、救命救急や産婦人科で、被害者に対して適切な対応が行われるということは極めて重要だと考えられます。
 残念ながら、一般医療現場において、被害者にどう対応するかという問題については、研究が非常に少ないのが現状です。産婦人科では、一部の先生方が、被害者への対応の独自のマニュアル等を作られたりしているところもありますが、決して一般的ではありません。救命救急では、まだ被害者の問題というのは、ほとんど取り上げられていないところです。
 これらの機関においては、まず、被害者の心情に配慮した対応が重要だと思われます。
 例えば、被害に遭って産婦人科にいるときに、周りに多くの人がいるところに、一人で待たされて大きな声で名前を呼ばれる。しかも長時間待たされて名前を呼ばれる。これは非常によくない状況だと思います。
 例えばそういった場合に、名前を呼ばないで呼んでもらえるとか、人目に付かない場所で待たせてもらえるとか、待っているときに、看護婦さんが付き添って話を聞いてくれるとよいと思います。証拠採取や避妊についても、速やかな情報提供がなされるなど、被害者にどうしても必要な情報というのが適切に提供されることなどが重要です。
 また、これらの機関では、被害者を発見しなければならないということがあります。特にこれは児童虐待・配偶者間暴力において重要です。
 被害者の発見とは何かというと、被害者は私が被害者ですと言って病院に行くわけではありません。見知らぬ人から暴行された場合は比較的言ってくれるかもしれませんが、児童虐待を受けている子どもが、自分で被害者ですとは言わないですし、DVの女性が言うこともあまりありません。
 その場合には、医療関係者が疑いをもって発見し、児童虐待では当然通告義務がありますから通告するということになります。配偶者間暴力についてもDV法で通告が義務づけられておりますので、本人に話して、あなたは被害者で、こういう支援機関があるということを、医療機関の側が教え、場合によっては通告しなければいけないと思います。アメリカでは州によっては、これは完全に義務になっています。余り運用されていないという研究報告もありますけれども、医療機関には実はこういう役割もあるのです。
 救命救急や産婦人科の現場は一般には時間がないので、多くのことはできません。しかし、被害者がそこから適切なところへ紹介されるということが必要です。民間の被害者支援団体や警察の被害者対策室へつないでもらう、そういう役割が必要です。
 特に精神科治療の必要な被害者については、スクリーニングを行うということができます。早期から非常に症状の強い人の場合は、PTSDのリスクが高いというとはもうわかっていますので、こういった方をスクリーニングして、早期に精神科医療機関などに紹介することで、予防的対応が可能になると思います。このようなことが一般医療の現場で求められていることではないかと思います。

(P15)
 適切な対応についてですが、これは、私がよく使っているスライドです。基本的な対応というのは、それほど特殊なものではありません。このような基本的な対応の中でも特に、二次被害を与えないことが極めて重要です。

(P16)
 2次被害というのは、ここにあげたように、被害そのものではなく、被害後に起こってくる出来事によって、被害者が更に傷つけられることを指しています。
 私は比較的狭い意味で使っています。例えば被害者に対する不必要な非難であるとか、あなたが悪いからというように被害者に責任を求める、あるいは被害に関係のないプライベートに言及するということとなどがありますが、実は、一番多い被害者に対する2次被害は無理解ということです。これは私自身が遺族にインタビューするなかで聞いたことですが、直接何かされたわけではないけれども、ともかく理解してもらえない、配慮が余りにもないことに、とても傷つくと言われます。
 特に性被害の場合は、2次被害が起こりやすいです。一般的に性被害に関しては、強姦神話と言われるような通念が一般の人の頭の中に広くでき上がっています。このような概念に基づいて、例えばあなたがそんな格好をして夜中に歩いているから被害に遭うというような発現や、何で防げなかったのかとか、何で抵抗しなかったのかというようなことを言ってしまうということがあります。
 2次被害は、精神疾患を悪化させる要因であるという研究報告もありますので、2次被害を与えないということが大切です。特に被害者が最初に接触する医療機関で2次被害を受けると、被害者は、これ以上医療機関の支援を求めようとしなくなるようなこともおこります。更には医療機関以外の、ほかの支援も求めようとしなくなるような悪循環が起こってしまう可能性もあります。
 最初に接触する人から理解してもらえないあるいは傷つけられるというようなことがあると、どこでも理解してもらえないんではないかという不安が生じてしまいます。そういう意味では、最初に対応することの多い医療機関の役割というのは非常に大きいと思います。

(P17)
 では、実際に2次被害を与えないためにはどのようにしたらよいでしょうか。それはそれほど複雑なことではありません。例えばここにあげましたように、罪悪感を助長しない、被害状況をほかの人と比較しない、被害者の抱えている問題を無視しないなどのことです。このようなことが、現場である程度教育されていれば、被害者の方を傷つけるということは少なくなると思います。

(P18)
 その他の救命救急等の医療現場の役割としては、予防的介入です。これは、まだ研究の段階で、確固たる結果がでていません。例えばPTSDの予防としては、まだエビデンスレベルが非常に高いところまではいっておりませんが、急性期に心拍の亢進している人にアドレナリン遮断薬等を投与することで、PTSDの予防になるといった研究もあります。
 こういった研究が進むことで、精神疾患を予防するということも可能になってきます。そうしますと、予防の役割を一次医療の現場が引き受けるということになるのではないかと思います。
 以前は心理学的デブリーフィングが、PTSDの予防に有効ということが言われていましたが、近年の研究では市民の被害に対して必ずしも有効ではないということがいわれておりますので、ここで示しました。

(P19)
 次に精神医療の現場で何が求められているかということをお話します。もちろん求められているものは非常に多いと思いますが、その前に精神医療にそもそも結び付かないという問題があります。例えばレイプの被害者では、約50%の人がPTSDに罹患するという研究結果がありますが、その50%の人がすべて精神科を受診するわけではありません。 そうしますと、例えば救命救急、産婦人科などの精神科以外の医療機関や警察の犯罪被害者支援室など被害者が訪れるところと、精神科医療機関がうまく連携しないと、(治療が)必要な被害者がなかなか治療に結び付いてこないということになります。
 また、せっかく治療に結び付いても、精神科の医療スタッフが被害者の気持ちを理解して、適切に対応できないと、2次被害を与えてしまうという問題が起こります。
 そのほかにも、精神医療と刑事司法の問題があります。例えば、身体的な負傷はそれほどなかった被害者でも、精神的なダメージに対して傷害罪が適応される場合があります。その場合は、検察から、意見書や診断書、場合によっては鑑定書が求められるような場合もあります。
 被害者の方から要望が多いのは、PTSDの専門治療がきちんと受けられるようにしてほしいということです。なかなか受けられないという現状があります。私自身は、地域単位でPTSDの専門治療が受けられる拠点病院が必要なのではないかと思っています。現状では、そのような治療が受けられる場所が極めて少なく、また、それが精神科医同士でもよく伝わっていないので、どこへ紹介していいかわからないことが問題です。
 そして、その専門医療と結び付いて医療保険の問題もあります。

(P20)
 PTSDの専門医療は、薬物療法が有効であるということがわかっています。現在、最も研究でエビデンスが高いとされているのは、SSRI(セロトニン選択的取り込み阻害薬)と呼ばれている抗うつ薬です。残念ながら、実は日本ではPTSDの診断名での保険適用が、現在されておりません。今は、PTSDの診断だけではこのお薬は保険が使えないという問題が生じております。しかし。多くの被害者は、うつ病を合併してうるので、うつ病の治療として保険で投薬されていることが多いと多います。しかし、PTSDだけの患者さんの場合、有効な薬が、保険で使えないという問題があり、これは医者側が何とかしなければならない問題であると思います。

(P21)
 もう一つ、PTSDに有効とされている治療法で、認知行動療法があります。認知行動療法というのは、ここに挙げたようにトラウマ体験の記憶を処理して、随伴した否定的な考えといったものの再構築を行う治療法です。PTSDについての代表的な認知行動療法を下に幾つか挙げてあります、その中で、今、私どもの研究所やPTCU(外傷後ストレス障害治療ユニット)などで治療の研究が行われている、長時間曝露療法について説明します。

(P22)
 この長時間曝露療法(Prolonged Exposure Therapy)はペンシルバニア大学のフォア教授が開発したもので、prolonged、すなわち長時間の暴露を行うことが特徴的です。 何を行うかというと、トラウマ体験を思い出してもらって語ってもらうということを45分から1時間行います。1回1時間半から2時間のセッションで10回行います。これは非常に有効だと報告されていますし、私どもの研究でも効果を上げております。
 しかし、問題は、1回1時間半から2時間かかるような治療を普通の精神科医療の現場で行うことが可能かということです。
 例えば、今、通院精神療法では330~360点です、1回3,300 円から3600円です。2時間近くかかる治療を保険で行ってくれる医療機関がどれくらいあるんだろうかということになります。多くの場合、自費診療になるのではないかと思います。自費診療では1時間1万円近いところが多いので、2時間かかったら2万円かかることになります。自費では、被害者の方が10回のセッションで何十万というお金を払わなければいけないという問題があります。しかし、医療機関としては、医療保険でこのような治療がたくさん行われると負担が大きいという問題がありますので、このような治療が、医療機関の側でも行えるような医療保険適用の対象にならないかということが、今、検討されているところです。有効な治療が被害者にそれほど負担がない形で使えないかということが、今、求められていることの一つであると思います。勿論、これだけではなくて、ほかにも治療法がありますが、今日本で行われている治療の代表的なものの1つとしてあげました。

(P23)
 犯罪被害者が実際に精神科医療機関どのくらい利用しているのかについては、実は正確な調査というのはまだありません。犯罪被害者実態調査では、事件から2年~4年経過した被害者にカウンセリングが必要かという質問で、60%の人が必要だと回答していましたが、実際に受けた人は、7.8 %でした。先日、内閣府から公表された調査報告でもカウンセリングを始め、精神科的なケアを受けている人は10%程度でした。犯罪被害者のPTSDの有病率が数十%というのに比べると、やはりこれは低いと言わざるを得ないものです。
 したがって、精神医療が必要と思われる方が、実際には受診していないのではないかと思われます。

(P24)
 被害者の精神科医療機関への受診について、アメリカの研究などでは、受診する理由として症状が苦痛で耐えられないというほか、ソーシャル・サポートの高い人が受診する傾向があるという報告があります。したがって、だれか周りの人が医療機関に結び付けてくれると行きやすいのではないかと考えられます。
 逆に(精神科医療機関の)利用を妨げる要因としては、ほかの人がどう思うかが心配、お金の余裕がない、どこへ行ったらいいかわからないというようなことが挙げられています。治療は必要だとわかっているが、どうしたらいいかわからなくて行けない被害者の存在が疑われます。一般の住民の方が精神科の治療が必要と思われるのに、受診しなかった理由が厚生労働省の研究班から報告されています。一般の人と被害者の人もそれほど変わらないと思いますが、ほかの人がどう思うか心配ということは、より被害者の場合は強いと思われますので、安心してかかれる医療機関というのが明示されるとかかりやすいのではないかと思います。
 治療を提供する精神科医療機関の問題はどうなのかということですが、私が分担研究者をしている厚生労働科学研究費による研究班(「犯罪被害者の精神的現状と、その回復に関する研究」(主任 小西聖子))で、地域のメンタルヘルスの中核機関である精神保健福祉センターがどれくらい被害者を扱っているのかを調べました。
 1年間の全面接に対する被害者の割合は、1.1 %で、決して多くはないということがわかりました。そうしますと、現在相談のうちの1%にすぎない被害者の問題に関心を持ってもらうということは、なかなか難しい状況にあると思われます。したがって精神保健福祉センターには、あえて関心を持ってもらうようにしていかなければならないということになります。
 では、一般の精神科の医師はどれぐらい犯罪被害者を診療しているのかということを昨年調べました。全国の精神科の医局長あてのアンケートの結果です。回収率が30%と低いので、被害者を診療している医師の回答が多いと思われますが、1年間に50%ぐらいの精神科医が、少なくとも被害者の診療をしたことがあり、1年間に限らず今まで診た経験のある医師は約7割でした。ただ、診療している数は少なく、1年間で平均で2.4 人でした。
 どのような犯罪の被害者を診療しているかという点では、DV(配偶者間暴力)と性的な暴力の被害者を多く診療しています。そのほかでは、暴行・傷害、児童虐待などの被害者が多いことがわかります。逆に言うと、精神科医師は、このような犯罪の被害者についての知識を持っていることが必要だといえます。
 犯罪被害者の人を診療した経験のある精神科医師でなんらかの法的な関与をしたことがある割合は、55%です。被害者の診療にあたっては、診断書だけでなく、場合によっては、証人として出廷するようなこともあります。そうしますと、被害者の治療を行ううえで、このような刑事司法についての知識をある程度持って、正確な診断書が書けるとか、説明ができるということが重要ですから、このような点についての教育が必要だと思われます。

(P25)
 次に福祉についてですが、実は精神科の医療以上に、福祉の場面で、被害者支援は非常に求められているのではないかと思われます。福祉の場面で求められることの1つは、被害者の生活のサポートであり、そのほかさまざまな保障を受けるための手助けなどの経済的な支援、その他の団体との連携などが重要だと思われます。

(P26)
 なぜ生活上の支援が必要かといいますと、被害によって、精神的なものや身体的なものなどの、さまざまな障害を被りますが、それに加えて、しなければならないことがたくさん生じます。
 実際に被害者の方のお話でも、もうぼろぼろになりそうな精神状態で家族の介護や、子どもの世話、子どもの心理的な問題のケア、被害補償等に伴う大量の書類、こういったことを全部自分がしなければならなくて、本当に悲しむことさえできなかったということがありました。その方は、もし、そういうことをだれかが手伝ってくれたら、どんなにいいだろうとおっしゃっていました。このように、被害によって生じてくる負担については福祉の支援が可能な場所であるということが言えます。

(P27)
 実際、犯罪被害後に様々なことが起こってくるということをこの図で示しました。仕事を辞めざるをえない、マスメディアに囲まれる、身体的な不調など、さまざまなことが起こってきて、通常の生活をすることが非常に難しくなっていることが、ここでわかります。

(P29)
 この図で、被害者の需要に応じた支援を示しました。例えば犯罪被害者等給付金の手続は民間被害者支援団体でも手伝ってもらえますが、生活保護を受けなければならないとか、あるいは障害年金を受ける、精神科の通院医療費の公費負担を受けるような状況があるときに、裁判に行きながらそういう手続きを行うのは、非常に大変ですので、福祉の方がより積極的に手伝ってもらえたらいいのではないかと思います。また、被害者自身がダメージを受けて、子どもの面倒がみれない、例えば家中笑顔がなくなってしまっているようなこともあります。被害者の方で、自分が、もうほほ笑むこともできないし、子どもを遊ばせることもできないときに、亡くなった息子さんのお友達が来て、子どもを遊ばせてくれたことが本当に助かったという話をされた方がいました。
 育児の支援も含めた日常生活の支援は福祉の支援があったらよいのではないか思います。

(P30)
 最後に、犯罪被害者基本法で、保険医療サービスをどう定義しているかについてご紹介したいと思います。基本法の第14条で、犯罪被害者に対する保健医療サービス及び福祉サービスの提供は、国及び地方公共団体の義務であると書いてあると、私は理解しています。

(P31)
 この基本法14条に基づいて、基本計画の重点課題としても精神的、身体的被害の回復・防止への取組があげられています。ここにお示ししました多くの施策があり、先ほど言ったPTSDについては、専門家の養成、研修会の継続的実施などが盛り込まれています。

(P32)
 ここでは、1~3年以内に、行うべき施策を示しました。この中には、先ほどお話しました救急医療に連動した精神ケアということもとりあげられています。

(P33)
 平成18年度に、CAPSと呼ばれる、PTSDの臨床診断面接尺度が保険適用なりました。例えば刑事司法に必要な場合の診断の際に、この尺度を使って正確な診断を行うことがしやすくなりました。また、犯罪被害者等給付制度でも 今まで重傷病給付では、入院した場合しか支給されませんでしたが、精神疾患については、1ヶ月以上の治療、3日以上の労務不能の状態が診断されれば、受けることができるようになりました。入院はあまりないレイプの被害者等についても医療給付がなされるようになってきているということです。

(P34)
 今後の課題についてです。今までお話したことをまとめますと、まず、犯罪被害者が利用すると思われる医療機関や福祉機関で、被害者に対して2次被害を与えないような基本的な対応ができるということが重要ですが、これは教育研修以外に方法はありません。 もう一つは、さまざまな機関と連携する必要があることです。自分たちの機関だけで被害者の問題を見ることは、ほぼ不可能です。この連携については、特にソーシャル・ワーカーの役割が重要になるのではないかと思います。また、それぞれの機関で、被害者の利用しやすい情報を提供するということも必要です。精神疾患については、すべての病院がPTSDの高度な専門治療を提供することは、難しいので、地方自治体に最低1つでもいいから、提供できる場所があればよいとおもいます。是非、地方自治体の方々に、そういった中核病院という考えを持っていただけたらと思います。
 また被害者に非常に負担になっている医療や介護費用などの費用の問題については、なんらかの保障や保険の適用という形で解決できるようになるとよいと思っています。
 以上で、私の話を終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました。


○講演に引き続いて、以下のとおり質疑応答が行われた。

質疑応答時画像1

Q.20ページの「犯罪被害者が必要としている医療と福祉 2」というところで質問したいんですけれども、先生の方から先ほど精神科医療のスタッフに対する教育と研修、刑事司法について密接に関係しているというお話があったんですけれども、強姦のところで、刑事の情報として傷害も考えていったらという話があったんですけれども、なかなか普通警察の方で強姦を立件するというときに、例えば傷害まではやっていないんではないかというか、もし、実際に傷害があれば、例えば強姦致傷という罪名まで変わったりとか、より犯人を重く処罰したりとかができるかもしれないんですけれども、先生方が携わった今までの方とか事件の中で、実際に傷害まで考えて単に強姦ではなくて、強姦致傷まで警察の方でやってくれたということはありましたか。

A.御質問ありがとうございました。最近は、警察というより、検察で加害者の求刑に当たり傷害罪として認められるのではないかということで、精神科の方に、例えばPTSDかどうか見てくださいという依頼は、検察からが多い。実際に、そこは少し微妙なところなんですけれども、(傷害罪では)PTSDしかなかなか認められないところがあります。このように傷害罪が適用になる事例というのはございます。
 これは、私どもというよりは、検察等でそういったことを検討していただいているということがあるかと思います。

Q.2点ほどお伺いしたいのは、1つは19ページにデブリーフィングという言葉が出ておりまして、これの意味を教えていただきたいというのが第1点です。
 もう一つは、暴露療法について教えていただいたんですが、同じことを何度か話すことによって、改善するという部分の簡単なメカニズムみたいなものを教えていただければと思います。よろしくお願いします。

質疑応答時画像2

A.デブリーフィングですが、PTSDに対してのデブリーフィングは、どこで発展したかというと、主に大規模のテロなどの惨事ストレスの場合の消防士や、軍人が戦闘の後に非常に短い時間で、お互いの受けた体験というものを話すということ形で、PTSDを予防しようと行われてきた手法がデブリーフィングと呼ばれるものです。
 ここに挙げたCISDというのは、ミッチェルという研究者が、主に軍隊の研究から開発したもので、たしか48時間以内ぐらいに、トラウマを体験した人が自分の体験を話すという手法で、かなり多く実施されたと思います。
 ただ、一般市民のトラウマにはどうも向かないのではないかということが、最近の研究で言われております。絶対にだめということではないと思いますが、現在では余り有効性が確認できないという報告があります。
 また、暴露療法のメカニズムですが、非常に細かいところは、まだわかっておりません。PTSDでは、外傷的な記憶、トラウマの記憶というのが、非常に特殊な形で頭に保存されていて、通常の私たちが普通に考える記憶になっていないということがわかっております。また、安全なものさえも安全だと認識できないという状況が生じます。
 (この治療で)繰り返し語ることによって、まず、記憶というものを処理するメカニズムが働くであろうと考えられています。つまり、統合されていない記憶が、通常の形の記憶に変わってくることです。また、話す中で、話したとしても実際には安全だということを確認してもらうことにもなります。そのことによって、危険なものと安全なものというものの区別が付いてくるようになります。そして、馴化といいますが、恐怖刺激に慣れてくるというメカニズムも働くと言われております。


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