中央イベント:パネルディスカッション

「声なき声。その支援を考える」

コーディネーター:
上野 和久(公益社団法人紀の国被害者支援センター訓練委員長・臨床心理士)

パネリスト:
石井 花梨(社会福祉法人カリヨン子どもセンター事務局長)
石渡 和実(社会福祉法人東京都社会福祉協議会理事・東洋英和女学院大学大学院教授)
藤木 美奈子(特定非営利活動法人WANA関西代表理事)
松村 裕美(認定特定非営利活動法人おうみ犯罪被害者支援センター理事)

上野: 御紹介いただきました臨床心理士の上野といいます。どうぞよろしくお願いいたします。会場の皆様、今日は御参加いただきありがとうございます。また、パネリストの皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、犯罪被害者等基本法が成立して10年たちました。我が国の犯罪被害者等施策は一定の前進を図られたと言われております。しかし、先ほど山上先生のお話もございましたように、犯罪被害者になっても声を上げられない方、たくさんおられるように思います。特に今日はパネリストの先生方に来ていただいているのですけれども、虐待、DV被害者、それから子供やお年寄り、障害者の方などは声を上げにくい状況にあるとも考えられます。そう考えますと、まだまだ十分な支援が行き届いていない人たちがいるということです。

壇上のパネリストの4人の先生方は、それぞれのフィールドで、犯罪被害に遭っていても声を上げられない方々に対して、直接的・間接的に支援された経験をお持ちの方々です。今日のパネルディスカッションは、パネリストの方々のお話から、「伝えることができない犯罪被害者の声なき声」に気づき、そして寄り添い、私たちができる支援を考える機会にしたいと考えております。どうぞよろしくお願い致します。

さて、「声なき声。その支援を考える」というテーマを深めるために、今日のパネルディスカッションは次の3つの視点で進めていきたいと考えております。第1セッションは「被害者の実態を知る」、第2セッションが「被害発生の要因と発見されにくい要因を考える」、最後の第3セッションは「被害者の声を聞く。声を届けるために私たちができることを考える」といった3点でございます。本当にこの3点をそれぞれパネリストの先生方、5分程度なので、どれだけ十分お話ししていただけるか、ちょっと心配なのですけれども、できるだけ皆さんと御協力しながらやっていきたいと思っています。

それでは、すぐに入らせていただきます。第1の柱、「被害者の実態を知る」というテーマで4人のパネリストの先生方のお話を伺っていきたいと思います。まず、最初のテーマの切り口として石渡和実先生から、東京都社会福祉協議会での暴力・虐待を経験した子供たちと女性たちの調査報告から見えてくる被害者の実態をお話ししていただきます。どうぞ、自己紹介を交えながら、トップバッターですので、少し気楽に話していただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

石渡: 御紹介いただきました東京都社会福祉協議会の理事という立場で参加している石渡です。東洋英和女学院大学で障害者福祉論などを担当しております。30年ほど障害者福祉にかかわっていた中で、障害がある方が虐待を受けたり、いろいろな人権侵害を受けるということで、施設のオンブズマン活動を15年くらい前に始めました。そういう中で、高齢者、児童、夫から暴力を受けた女性、そういう方たちの支援をどう展開したらいいかといったことを今検討しております。

字ばかりの、ちょっと見にくいスライドですが、これが今御紹介をいただいた東社協が昨年からやっている調査研究の結果です。この検討は地域社会の力で厳しい状況になる人たちを何とかなくしていこう、減らしていこうということを目指しています。

社会福祉協議会というのはいろいろな下部組織があるのですけれども、この児童・女性福祉連絡会とは、事情があって自分の家に住めない子供たち、あるいは女性たちを支える施設の横の連携による連絡会です。全部で140施設あるのですけれども、そこに最近、暴力や虐待を受けて入ってきている方たちが非常に多いということです。そして、この方たちが今日のテーマでもある、声を上げられない状況でずっと胸に秘めていた体験、それをこの施設の職員の方たちが聞き取ってくださったのです。本当に長い時間をかけて丁寧にその方たちの支援をし、確実な信頼関係を築いていく中で、その厳しさがどうだったのか、今どういう気持ちなのかということを話してくださったのですね。短い時間であるにもかかわらずたくさんの施設が協力をして、その深刻な生きづらさということをまとめ上げてくださいました。

その具体的な中身については、皆さんのお手元に配られているこのピンクの冊子に書かれています。今日はこのスライドをもとに、限られた時間ですのでお話をさせていただきます。

今日は、104余りの施設に暮らしている方々について、ポイントだけご説明させていただきます。大人の女性が暮らす施設から、中には2歳未満の子の乳児の施設などもあるのですけれども、全体としたら、その53.4%、そこで暮らしている方の半数以上が暴力や虐待を受けたということが明らかになっています。

すぐおわかりいただけるかと思うのですけれども、今児童養護施設は主に親からの虐待を受けて、親から離れて暮らすという子供たちが多いことで6割以上となっています。そして特に婦人保護施設には、夫やパートナーから暴力を受けたという方たちが75%、4人に3人が暴力を受けているということが、調査の結果明らかになりました。

その暴力の中身というのは、一般的な虐待の分類に従いますと、児童養護施設では、身体的な虐待、それからきちんと世話を受けていないネグレクトが半分くらいです。DV、夫、パートナーからの暴力というところでは、身体的な被害を受けている方が9割、心の傷を負っているという方がやはり9割くらいです。そして、性的な虐待というのがいろいろな意味で厳しい状況をつくってしまうわけですが、この性的な虐待が半分以上です。でも、この性的虐待というのはなかなか表に出てきませんから、この数字以上の方が非常に厳しい状況にあると思われます。

そして、そういう方たちが暴力を受けて、今どんな思いでいらっしゃるのでしょうか。やはり「生きづらさ」ということですね。そして、自分は生きている意味がないとか汚れ切っているとか、空気を吸うことさえためらわれるなどとおっしゃるわけです。特に性的虐待は「魂の殺人」などと言われますが、生きるということに希望を持てない、そういう自己肯定感の低さというところにつながってしまうわけです。この具体的なところは、この後3人のパネリストの方からお話をいただけると思いますので、この辺でバトンタッチをさせていただきます。

上野: ありがとうございました。104余りの施設をデータとして集められたということは大変なご努力だったと思いますし、貴重なデータだと思います。こういった支援活動の総体的に把握した現場のデータを今石渡先生からお話しいただきました。

それでは、今度は一つひとつの現場で、直面している施設で活動されている次のパネリストの、カリヨンこどもセンターの事務局長である石井花梨先生より、シェルターで保護された子供たちの状況や背景をお話ししていただきたいと思います。先生の御紹介や子どもセンターのお話などを交えてお話ししていただければありがたいです。お願いいたします。

石井: 石井です。よろしくお願いいたします。

カリヨン子どもセンターは、親子間での関係がこじれ、あるいはそこに虐待が起こり、家庭にも安全な居場所がないという状況になった子どもたちを緊急に保護する子どもシェルター、それからその後の自立を支援する自立援助ホーム、主にこの2つの形態のホームを運営している法人でございます。また、その子どもたちの教育的な支援や、それから心理的な面での支援、そういったことにも力をかけているという団体です。

年齢層としては、主にハイティーンの子どもたちを対象としている施設です。虐待問題が起きたときに第一次的に介入をするのは、児童相談所が全国的にその役割を果たすわけですが、中には児童相談所の一時保護所がいっぱいであったり、それから子どもさん自身の状況が一時保護所などの集団生活になじまなかったり、あるいは18歳、19歳という、まだ未成年で、子どもと言われる対象ながら児童福祉法の対象ではなくなってしまって、児童相談所の支援が受けられない。かといって大人向けの女性シェルターなどに入居するという状況でも受け止めてもらえないというようなハイティーンの子どもたちを支援している団体です。

子どもシェルターというものは私どもの法人が日本で10年前に初めて立ち上げたものでございますが、今は全国に13法人に広がっておりまして、そういった意味でもいろいろな形で関心を持っていただける取り組みになっています。

今からお話しするのは東京のカリヨン子どもセンターのことでございますので、地方におけると少し実態が違う場合があるのですが、カリヨン子どもセンターのシェルターを利用されるのは17歳、18歳の子どもさんが圧倒的に多いです。それより年齢の低い子ども、中学生に上がる前までの方は、どちらかというと保護の状況が必要になったときには児童相談所も、どんなに一時保護所がいっぱいでも積極的に保護に向かったりですとか児童養護施設などに空いている部屋がないかということで一時保護委託をかけるのですが、先ほどお話ししたような事情で児童相談所にすぐに保護をしてもらえないハイティーンの子どもたちが子どもシェルターを利用しています。

また、私どものところでも男の子のシェルターと女の子シェルターと、別々に持ってはいるのですが、女の子の利用が圧倒的に多いです。当初シェルターが1カ所で男女一緒に受けていた時期が6年ほどありましたので、その時間も含めてなのですが、75%が女の子という状況です。

シェルターを利用しているのは、家庭で性的虐待を受けて、「これから家には帰りたくないんだ」と学校の先生に訴え出た女の子であるとか、あるいは児童養護施設を中学卒業と同時に巣立って、会社の寮に住み込みという形で社会的自立を果たしたけれども、会社で上司の人とうまくいかなくなってしまって、仕事をやめればお金も住む場所も一度に失い、かといってもといた児童養護施設には戻れない、家庭も虐待があった家庭なので頼れない、ホームレスになってネットカフェや水商売のところを転々とするうちに、自分が他人を傷つけるか、あるいは自分自身を傷つけるかというぎりぎりすれすれのところになって駆け込んでくる、こういった子どもたちです。

男の子のSOSが少ないのは、男の子が虐待を受けて、そのことが何らかの形で社会的に発見されることが、もしかしたらもう少し低い年齢のうちから非行やいろいろな体の身体症状として表に出て見つかるということが1つあるのではということと、やはり男性の自殺者が多いということも挙げられますように、そういった声が発信されにくいのではないかというふうに私どもは考えています。

先ほどの石渡先生のお話で、身体的な虐待、それから心理的な虐待などご説明がありました。カリヨン子どもセンターは少し年齢が高くなっていることもありまして、身体的な虐待が主訴として、子どもたちが訴えることが一番多いのは変わりはないのですが、心理的な虐待を訴えて逃げ込んでくる子どもさんたちも多くおられます。

虐待家庭というと貧困があったり、あるいはひとり親家庭であったり、お母さん、お父さんの精神的な不調があったりというようなことは、ご想像いただけるのかもしれないですが、中にはとても裕福なお宅、外から見るとお父さんは会社の一流企業の役員で、お母さんはPTAでいろんな役職を兼ねていらっしゃって、とても外から見ると問題など起きていないように見えるお家から、過管理、過干渉という状態を、心理的な虐待ということで、息苦しさを感じ飛び出してくる子どもがいる。そういう意味で、私どものシェルターには本当にさまざまな社会的な背景をおった子どもたちが生きづらさを感じて駆け込んできておられるという状況でございます。

上野: ありがとうございます。今、石渡先生と石井先生からお話がございました。

実は、今日は犯罪被害者支援のお話なのです。今、虐待それから暴力、DVのお話になりました。実は、「声なき声。どう支援するか」というテーマで今日お話しさせていただいています。どうして声が出せないのか、声が届かないのかというところの根幹のお話を、今お2人の先生にしていただきました。こういったことが犯罪被害者支援とどう関係を持っているか。実際にこれが犯罪という直接の意味でもございますし、犯罪に近い領域のものでもございます。この考え方を前提にしてこれから深めていきたいと思います。

そこで、続いてお話になるおうみ犯罪被害者支援センターの松村裕美先生は、「犯罪に遭っていることを理解することが難しい人もいるのだ」ということで、いろんな実践をされています。子供、知的障害者、認知症、高齢者等の、判断能力が十分でない方を支援した実践がございます。その経験から、声に出せない人たちの実情をお話ししていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

松村: 皆さんこんにちは。おうみ犯罪被害者支援センターの松村裕美でございます。よろしくお願いいたします。

おうみ犯罪被害者支援センターと聞かれて、「おうみ」って何県ってすぐにわかる方は、もしかしてあまりいらっしゃらないのかなと思うのですけども、「おうみ」というのは滋賀県のことです。「ああ、滋賀県ね」ってすぐわかる方、またこれも少ないのじゃないかなと思うのですけど、滋賀県というのは日本地図のほぼ真ん中あたりに大きな琵琶湖のある、その県が滋賀県でございます。こんな説明をしなければいけない、ちょっとマイナーな県からやってまいりました。

私は滋賀県で、昭和の時代から相談の現場で、何十年も相談を受けてきたのですけども、今日のプログラムの講師紹介のところにありますように、県の教育委員会だとか児童相談所、または権利養護センターといいまして、先ほど石渡先生が発表されましたように、県の社会福祉協議会で権利擁護についての相談もしてまいりました。そして、そういう相談員をしながら、おうみ犯罪被害者支援センターで、ボランティアで犯罪被害者の支援をやっていたのですけれども、平成21年からはおうみ犯罪被害者支援センターで、常勤で相談と支援を担当しております。今日は、その被害者支援センターで経験したことを皆さんにお話ししようと思ってやってまいりました。

県の社会福祉協議会でいろいろな権利擁護の相談をしていましたときには、判断能力が十分ではない方の権利侵害というものに対しての支援をしていたのですけども、本当に権利侵害を超えた犯罪というような、そういう状況がたくさんありました。にもかかわらず、この被害者支援センターに知的障害者とか精神障害者の皆さんからの相談が少ないという実態がありまして、これはどういうことかというのをちょっと考えたときに、私は「広報啓発がうまくできていないんじゃないかな」と思いました。

それで、今日皆さんに配布された鞄の中に、このように透明の袋に入っている資料は、私が持ってきた資料なのですけど、おうみの資料を見ていただいて、この中に、今ここにも写っていますが、「もうひとりじゃない」というリーフレットがあります。これは「もうひとりじゃない。あなたのそばには私たちがいますよ」ということを一生懸命訴えるためにこの四つ折りの、ちょっとデザインもおしゃれにして、色や形や字や中身のことをすごく考えて考えて、ちょっと自慢の作品だったのですね。これをあっちこっちに配ったら、きっと被害者の方は相談してくれるんじゃないかと、この裏の水色のページには「被害に遭ったらこんな気持ちになるのですよ。こんなことになるのは当たり前ですから、どうぞ相談してください」ということを一生懸命書いたのです。

ところが、よくよく考えてみましたら、この中には「電話してください」「電話してください」と書いてあるのですけども、電話ができない人もいる。いわゆる物理的に声が出せない、聴覚障害とか言語障害のある方は電話ができないということに気が付いたわけです。「あっ、それでは駄目だわ。電話ができない人はファックスしてくださいというリーフレットをつくらなければいけないんだわ」と思って、次につくったのがブルーの四角い、聴覚障害者用「被害に遭ったら相談してください」というのをつくりました。この中には「ファックスしてください」ということを書きました。聴覚障害の方は中途障害の方と、もともと先天的な方とで、文字の獲得や言葉の獲得が随分違うということがありまして、そのこともいろいろ勉強しながらつくりました。

そして、もう一つのクリーム色のほうは、これは子供や高齢者、また知的障害のある方などのために、文字ではなく絵で易しく書きました。例えばですけど、「面接相談があります」というようなことを書いても、面接相談の意味がわからないとか、「相談は無料です」とか「センターは守秘義務を守ります」とかいう、そういう言葉が理解できないということで、それを絵と文で表現したのですね。これをつくっていたときに「そうなのだ。私たちは字を読んだらわかるとか文章を読んで理解できるというのを当たり前のように考えて広報していたけれど、やはりちょっと違うな。もっと誰にでもわかるものをつくらなければいけないな」ということで、これをつくったのです。

また、聴覚障害のある方は、例えばひったくりに遭ったとか、何か今突発的な被害に遭っても110番することができないということも言われたのですね。私たちは今みんな携帯なんか持っていますので、すぐ110番できますけど、それができないので、通訳を、今もここで手話通訳をしてくださっていますけど、そういう方にメールを送って、「今、私はこんな目に遭いました。助けてください」というメールを送って、そこからやっと、また警察につないでもらってという、そういうことをされているということもそのとき知りました。

それで、「助けてカード」というのをつくったのです。今日はちょっと数が足らなくて、皆さんにはお配りできなかったのですけど、そこには「私は声を出すことができません。耳が聞こえません」。このカードの「私はこうです」「ここに連絡してください」「こんな目に遭いました」というのを絵で表現した「助けてカード」というのをつくったり、本当にいろいろな啓発をしたら、やはり聴覚障害の方からの相談、それから知的障害のある方からの相談などが、センターにはたくさん入ってくるようになりました。

このクリーム色の相談のリーフレットなんかも随分と役に立っているということを聞いたのですけども、ところが、私がこれを持って知的障害のある方の通所施設に研修に行ったときに、また愕然とするような出来事があったのです。ちょっと時間がいっぱいいっぱいになってきましたので、またそれは第2セッションの中でお話しさせていただきます。ということで次に続きます。

上野: ありがとうございます。この続きは覚えておいてください。ありがとうございました。

実は今、石渡先生、石井先生がやはり暴力、DV、虐待等々のことで、環境という大きなファクターのもとでうまく相手にSOSを出せないということが1つ、それから今は障害ということで相手にSOSを出せないという、こういった状況があることをお話ししていただきました。

4人目の最後のパネリストの、WANA関西代表理事の藤木先生においては、このことも踏まえて実は虐待DVなどを、特に研究等々の対象でされておられる先生なのですけれども、「声を出せない」、「声が届けられない」、こういう被害者を別のアプローチから見ると生活困窮な状況、環境要因ですね、それから被害経験者の親子の関係など、そういった実情などをお話ししていただいて、まず第1セッションの実情について理解したいと思います。よろしくお願いします。

藤木: 皆さんこんにちは、藤木です。

私は1995年に初めて本を出しましたが、その本のタイトルが「傷つけ合う家族」といいます。もともとは「女子刑務所」という本だったのですが、今はこのタイトルで講談社文庫から出ています。この本は私がもともと児童虐待――性暴力を含んでいますが――そしてその後はドメスティック・バイオレンスの被害者になったという自分の半生についてつづっています。

当時、1995年というとDVという言葉もようやく出てき始めたくらいのときで、まだまだ市民権はありませんでした。でも、そうした本を出したことでたくさん講演依頼が来て、今、私は55歳になりましたが、これまで北海道から沖縄までいろんなところで、家族からの暴力についてお話を続けてきました。

ところが、DVや虐待についての認知件数については少しも減っていないという現実がありまして、10年ぐらい前に自分の立ち直り経験についてきちんと研究をする必要性にかられまして、43歳、一念発起で大学院に行きました。そこで、自分自身がどのような状況にあり、どうやってそこから立ち直ったのかということを分析し、そこで得た知見をプログラムに落とし込むという作業をやり、そののちに更生施設や母子生活支援施設等でプログラムの実践をして、ここへ参加された方がどれぐらい元気になったかを検討するということをずっとやりつづけている人間です。

そのプログラムのアセスメントの結果を見ていただきたいのですが、先ほど石渡先生は大きな調査の発表をしていただきましたけれど、これは小さなものですが、私が実施するプログラムに参加された方のプロフィールです。

平均年齢は31.3歳、子供さんは1人という方が圧倒的に多いですね。それから、母子生活支援施設というのは子供さんが18歳になるまでは一緒に暮らせる施設ですが、子供さんの年齢は、2歳から6歳のお子さんがいる方が一番多い。

今日お伝えしたいのは、この部分、そのお母さん方が、お子さんを怒鳴る、手を上げる、蹴るなどをしてしまうかどうかという質問に対して、「たまにある」と「よくある」を足すと7割近い数値が出ております。それから、家族からの暴力被害体験という質問項目で、「お母さんご自身が家族や身内から何らかの暴力、身体または精神を受けた経験がありますか」という質問に対しては、「ある」と答えた方が8割近い。これは先ほどの石渡先生の発表とかぶるものがありますが、やはり自分自身がこうやって家族からの暴力を受けた経験があると、お子さんに対してでも虐待行為をしてしまうという確率、可能性というのは高くなるという関係にあります。

しかも、そうした傾向のあるお母さん方はこのように、精神科や心療内科等に通院した経験を5割以上お持ちだということにおいて、何が言えるかといえば、大変しんどい状況だということに尽きるのですね。こうしたしんどい状況の中で、ひとりで子育てをしていかないといけないうえに、経済的な自立も考えていかないといけない。八方ふさがりだと。そういう状況にあるお母さんに育てられる子供はどうなのかというと、これも大変な思いを抱えていくということになります。

私がプログラムをやっているNPOは今、大阪市の北区というところにあるのですけれども、参加者の中にははるばる富山県から大阪市内まで、2週間に1回、通ってこられてそのプログラムに参加される方がいらっしゃいます。なんと片道6時間かかるわけですね。この方は両親のDVを見て育った方ですけれど、それだけの代償を払ってでも、育ちの傷から逃れたい、少しでも楽になりたいと思われる方がいらっしゃる、これが家族暴力による後遺症の現実だと思います。

上野: ありがとうございます。今、声に出せない状況というのが、やはり私たちの身近な場面であるということを、今4人のパネリストの先生方がお話ししていただいたと思います。

それで、この第1セッションの被害者の実態を知るということを踏まえて、第2のセッションに進みます。「被害発生の要因と発見されにくい要因は何か」、そういったことを考えてみたいと思うのです。そろそろこういったところから、虐待、DVなどのトラウマについて、山上先生が最初に少し基本的なところを、基調講演でお話ししていただいたと思うのですけれども、それらは関係が深いところにあります。それらをテーマとして、少しパネリストの皆様に、前進して入り込んでお話ししていただければなと思います。

それでは、石渡先生のやはり調査報告というのがベースにあろうかと私自身は思いますので、暴力、虐待の発生要因と発見されない要因、これは多分8ページ、9ページの資料の中にあると思うのですけれども、まず第2セッションのテーマの切り口としたいのです。石渡先生、お願いできますか。

石渡: 私が調査をやったわけではなくて、先ほどの施設の皆さんの日々の実践があるからこそこういうことが整理されたのだと思います。そういう実践の成果についてのまとめを東社協がやってくださったわけです。

まず強調しておきたいのが「生きづらさ」ということです。私が生きていることは意味がないとか、自己肯定感の低さということから、人と関係を持つということにとても不安を感じてしまうわけです。何かあったらわあっとパニックを起こしてしまうとか、全く人にかかわれないのです。そうした特徴が特に子供の場合は顕著で、人との関係性を結ぶときに暴力に頼ってしまう、暴力がコミュニケーション手段となってしまうというのが、今回の調査結果の1つの際立った特徴です。私たちが一般に人との関係性を持つというのとは違うパターンになってしまうのです。そして人との関係性というのが両極端に分かれるということも、特に子供の場合は顕著です。人を全く信頼できなくて、関わりを持てないというタイプと、今日会ったばっかりの実習生で、あまり頼りにならなさそうなお姉さんなのに、どうしてこんなにべたべたとくっつくんだろうというタイプとがあります。そういう人を避ける、くっつきすぎるという極端な行動になってしまう子供たちがいます。また、暴力を受けた女性の場合も、年齢にふさわしくない行動ということも含めて、この人間関係の持ち方というのが厳しい状況にあります。

このあと石井先生や藤木先生からもお話があるかと思うのですけれども、虐待の連鎖です。虐待をしてしまう親というのが、鬼のような親ということでは決してなくて、親自身が厳しい環境を生きてきたのです。そういう厳しい状況なのに、なぜ支援に結びつけようとしないのか、そこが問題です。先ほどの「コミュニケーションの手段がない」ということについても、おうみの実践からいろいろとお話をいただいて「なるほど」と思ったところです。多くの子ども・女性は、自分が暴力、虐待を受けているということは許されないことだという認識は全くありません。「私が至らないから」「私がこんなことをしちゃっているから夫が、あるいはお母さんが僕を殴るんだ」と、自分を責めるという方向にいってしまうというのがほとんどです。
なぜこういう厳しい家の中の状況が表に出てこないのでしょうか。確かに、「表に出したくない」という声も若干ありました。でも多くはそういうことを相談できるということを知らなくて、相談先がわからなかったというのです。そして相談をすることで夫との関係が壊れてしまう、住む場がなくなってしまう、そういうことに不安を持っているのです。こうしたことが、問題が表面化しないことについて本人の抱えている要因の1つと分析されました。

そして、東京都社会福祉協議会は、先ほどの滋賀県のお話でも出ましたが、やはり地域をどう支え合える社会にしていくかということを目指しています。そういう団体ですから、家庭内の暴力・虐待を地域社会の課題と捉えたところに意味があり、これからの活動につながっていくのではないかと思っています。そして今、いろいろなことで誰もが厳しい状況になっているから、暴力、虐待は仕方ないというような、容認するという面があるのではないでしょうか。そして人の家のことに口を出しちゃいけないとか、自分がかかわったら面倒なことになるというような、地域社会が厳しいものから目を背けてしまっているという、地域社会の要因というのも私たちは忘れてはならないと思います。そして、これだけ貴重な成果を出した調査に協力してくれた施設ですが、その施設でさえ、そういう厳しさがあることへのニーズの掘り起こしができていなかったという反省も出されています。

そこで私たちはどのようにして厳しい状況にある人たちにかかわったらいいのかが議論されました。まずは自己肯定感を高めること、安心・安全な日々の暮らし、その人らしく生きられるような生活環境をつくること、そして何より、「あなたが悪いわけではないのですよ。あなたがこんな厳しい状況になってしまっているのは、これまでのいろんなことが複合的に重なってこうなってしまっただけなのですよ」ということをわかっていただくことだ、となりました。このことが自己肯定感にもつながります。そして、何よりもその人のすばらしさというのを、専門的な力がある職員だからこそ見つけて、前を向いて歩いていけるようなきっかけをつくることです。褒めたり、自信が持てるようなかかわりが重要だということになりました。

そして、暴力がコミュニケーション手段になってしまっている、それは誤ったことですよということをわかってもらうことも重要です。正しいコミュニケーションの方法や、人と人との本当の関係性というのはどういうものなのかということを、職員の方たちが気づいてもらう努力をいろいろされています。被害に遭った方たちへの日々の接し方、日常の生活の中で、正しいコミュニケーションをとっていくことが大きな意味を持ちます。

すみません、とりあえずここまで。

上野: ありがとうございます。今お話ししていただいた大きな流れが多分、第3セッションに続き、「私たちが今かかわれること」というテーマにつながると思いますので、また第3セッションでお話をお願いしたいと思います。

実は今の「自己肯定感」という言葉がございます。これは自分自身を褒めてあげられる、それから自分自身を認められるという、そういう感覚が大切だということをおっしゃられているのですけれども、実はこれから石井先生にお話ししていただくのですけれども、やはりシェルターに来る子供たちというのは、ここが一つ大きな問題になってくるだろうと思うのですね。

これは犯罪被害者の方のことを考えると、本当にこの恐怖感とか不安感というのを「慢性反復性トラウマ」というのですけれども、何回も何回も受けているのが虐待、それからDV、パートナーバイオレンスも含めてそうだと思うのですね。こういったところは後に大きく、子供たちが大人になっていく中で犯罪に巻き込まれ、そのときに声を出せないというようなことも、これは生まれてくると考えられ、私たちは犯罪被害に対して対応していくことが必要になってくるだろうと思われます。そういった意味では基本的というか、本当に石井先生のベース、このフィールドでどういったことが今あるのかということをお聞かせ願って、その発見されにくい要因など話ししていただければありがたいです。お願いします。

石井: カリヨン子どもセンターのシェルターを訪れる子どもたちの傾向ですが、もう既に児童相談所が関与をしていたり施設の措置経験があったり、家庭に支援が必要な状況があるということで福祉事務所などが関与していたり、そういうふうに社会的に発見をされている場合と、16歳、17歳、18歳になるまで、その家庭に虐待が起きている、あるいは不適切な状況が起きているということを全く誰にも気づかれずに、子どもがずっと我慢をして耐えてきたという場合の2つに大きく分けると二分されると思うのですね。

片や、発見されていなかったという子どもたちは、学校でいじめに遭って不登校になって、そのまま通学できていなかったり、相談する場所という意味で社会資源との接点がなかったというような場合もあるのですが、やはり今石渡先生のお話の中で自己肯定感というお話がありました。暴力を毎日受け続けて「自分が悪い子だからこんなふうになっているんだ」ということで、諦めて諦めて、どうやって今日を安全に過ごすかということを考える、自分の体を差し出すか、あるいはお友達に対しても卑屈に、自分の物や時間やお金を差し出すということでしかコミュニケーションがとれなくなってくる。そしてまた大人に相談をしても何も変わらない。児童相談所に相談をしたけど、「じゃ、ちょっと定期的に様子を見るから相談においで」ということで、すぐに助けてくれなかった、何も変わらなかったということで、相談を本当はできるはずの公的機関への諦めを深めていく。それが、そのままもし大人になって、今度はその方たちが社会を担っていって犯罪被害に巻き込まれたときにも、相談をして誰かの助けを得るということが生育的に体得されていないのですね。そしてまた犯罪の被害に遭いやすい、その被害が発見されないということが悪循環の中で巡り巡っていっているという状況があると思います。

また、既に児童相談所に相談をして、一度は助け出されたにもかかわらず、「もうお父さんが働き始めたから、お家に戻りましょう」というような形で施設から戻されて、またそこで虐待が起きていたりする。子どもは親から「またおまえ、児童相談所にちくったら怖いところに連れて行かれるぞ。もう二度とお家にも帰ってこれないし学校にも行けないし、一生施設に閉じ込められて暮らすんだぞ」というような、怖い怖いということで脅されている。

それから、もし自分の家庭に起きている暴力、アルバイトのお金を全部搾取されること、自分の下着も買えないような状態になっているというようなことを友達にばれたらいじめられるんじゃないか。それから、そういったことで職場を解雇されるんじゃないかと、そういう不安から相談ができないというような子どもたちもいるのが実態です。

最近では、私どものシェルターは女の子の利用が多いというようなお話をしたのですが、やはり10代後半の女の子たちが逃げてくるときに、SNSのいろいろな形での広がりもあるのですが、男性の家にかくまってもらう、そこで性的な暴力を受ける、そういったことがすごく多くなっています。ただ、その子たちにとってみると、その性的な暴力を加えている加害男性は自分を助けてくれた神様なのですね。その神様である男性に対して被害意識というのが持てない。「あなたが受けているのはレイプなんだよ。犯罪なんだよ」ということが意識下に入らない。そういった部分で、なかなかその支援が届きにくい、発見されにくいということがあるのではないかというふうに考えています。

上野: ありがとうございます。本当に犯罪被害との接点みたいなものが、その以前の生育の環境の中で、もしくは障害という大きなコミットできない1つの大きな壁の中で生じているというようなことが、少し先生の話から伺わせていただきました。ありがとうございます。

今、1つお話を聞かせていただきました。実際に大きな1つの壁というのは、障害というところでございます。先ほど松村先生からお話もありましたけれども、被害に遭いながら、それを伝えられない子供、その背景の中に、犯罪に遭っていることの理解の難しさを、それを支援活動の中から体験されたのが松村先生でございます。先ほどの話の続きをお願いいたします。

松村: 滋賀県というのは「福祉の先進県」と言われまして、関西では「人権の大阪、福祉の滋賀」と言われていた時代があります。というのは、福祉を勉強された方は必ずテキストに糸賀一雄先生というのが出てくるぐらい、知的障害者福祉に関して滋賀県はすごい取り組みをしてまいりました。そういうことでいろいろな施設もたくさんあります。

私が講師に招かれたところは聴覚障害者がほとんどで、その中に知的障害も重複している方が利用される施設です。そこで「被害に遭ったらということの研修をしてほしい」ということで行きました。私は、「このリーフレットさえあればいける」と思いまして、これをパワーポイントに一つ一つ落としまして、私は手話ができないものですから、このパワーポイントと、自分の身振り手振りで、「皆さん、コンビニへ自転車に乗って行きました。買い物が終わって帰ろうと思ったら、「あっ、自転車がないとか」、何か「すごく大事にしているものを取られた」とか、そんな経験がありますか」と聞くと、「ある」って言わはるのですね。最初に「犯罪の被害に遭ったことがありますか」と言ったときには、みんな「ううん、ないない、ないない」みたいな、そういう反応だったのに、一つ一つ聞いていくと「ある」って言われるのですね。それで、「お金を持ってこい」と言われて困ったとか、たたかれて痛かったとか、一つ一つ聞いていくと「ある」と言われるのです。でも、それは犯罪の被害という認識がないので、それを言葉にして誰かに訴えることができなかったということが分かってきたのです。

また、犯罪の被害に遭っている、これって何かひどいことをされていると思うけども、それを誰に言えばいいのかわからないという話もされました。ずっと小さいときから「人に迷惑をかけてはいけない」とか、「少々のことは我慢しなさい」というふうに育ってきたから、そういうことを「こんなんされた、あんなんされたということをあっちこっちに言ってはいけないと思っています」ということも言われました。

それで、被害に遭うと心身にいろいろな影響が出てきてつらい気持ちになるということが、先ほどの先生のお話からもあるわけですね。でも、それがなぜそんな気持ちになるのかわからないまま、ずうっと苦しい思いをしていましたというようなことをそのとき聞いたのです。

それで私は、「あっ、こんなんではだめだわ。こんなA4三つ折りぐらいでは話にならないわ。これをもっともっと、しっかりとページ数を増やしてみんなにわかるものをつくりたい」と、ずっと思っていたのですけど、悲しいかなNPOにはお金がありません。それで、ありとあらゆる助成金を探したところ、ダイトロン福祉財団さんというところから30万円ももらえることになりまして、ここで頑張ろうと思って本をつくることにしたのです。

その本といいましても、最初はこんな絵本の形にする予定ではなかったのですけど、単なる冊子をつくろうと思って頑張ったのですね。とにかく犯罪種別をまず分かってもらうために、「こういう犯罪があります」とか、「犯罪に遭うとこんな気持ちになります」とか、「犯罪に遭ったらどうしたらいいのか」という三部に分けました。これが絵本「たすけて」、でき上がりがこれなのですけども、こういうのをつくったのです。

これを、残念ながらこれもお配りすることができないので、少しお見せしますね。これは「おかあさんといっしょに、自転車で、おかいものにいきました。かえろうとすると、私の自転車がなくなっていました」、「おかあさんの自転車はキズがついていて、カギがこわされていました」。「私は電車にのっていました。男の人が体をおしつけてきて、私のむねやおしりをさわりました。」「私は、こわくて、ドキドキして、『やめて!』といえませんでした。」、「私は、とつぜん、男の人に、だきつかれて、エッチなことをされました」「私は、きもち悪くて、体がかたまってしまって、すごくイヤだったけど、こわくて、声がでませんでした」というように、一つ一つ恐喝だとか窃盗、暴行障害、交通事故、いろいろな種類を一つ一つ書いてあります。

そして、そんな被害に遭った後どうなるかというのも、「かなしくなる」とか「ふあんになる」とかという気持ちなのですけど、「かなしくなる」というだけではわからないので、「とつぜん、なみだがでて、とまらなくなる」「なきだしてしまう」。「ふあんになる」というのは「なんだかわからないけど、心配なきもちがつづく」「おこりたくなる」「はらがたってきゅうに、大声をだしてしまう」「どなってしまう」「こわくなる」「まえにおこったイヤなことが、またおこるのではないかと、体がふるえてくる」「ねむれない」「ねむろうとしても、いつまでもねむれない」「ねむっても、すぐに目がさめてしまう」「食べられない」「むねがつまったようで食べるきがしない」「食べたくても、食べられない」「わすれたい」「イヤなことを、頭からけして、ぜんぶわすれたい」「イヤなことは、なにもなかったとおもいたい」「わからない」「どうなっているのか、これからどうなるのか、どうしたらいいのか、かんがえられない」というように、一つ一つ挙げていきました。

そして、そんなときは「たすけて」といいましょう。あなたはたったひとこと「たすけて」といって。「たすけて」というのは、勇気のいることです。はずかしいし、くやしいし、つらいし、かなしいし、そのきもちを勇気にかえてください。勇気をだして「たすけて」といいましょう。あなたのまわりには、あなたをたすける人がいます。はんにんをつかまえる人、ケガや病気をなおす人。法律(よいことと悪いことのきまり)であなたをおうえんする人、こころのなやみをきく人、いっしょにしんぱいする人、そのほかにもいろいろな人がいます、というように、被害種別、それから心身の状況、SOSの発信というふうに、3つに分けてつくっていきました。

ところが「言葉を易しくする」というのはとっても難しいことでした。漢字にふりがなを振るだけではわからないのです。漢字を平仮名に書き直すだけでもわからないのです。まず、犯罪という言葉、被害に遭うという言葉、そこから私たちは行き詰まってしまいました。法律とか性被害ということも本当に難しかったです。それを何回も何回も話し合って、障害者の支援にかかわっている方にもお話を聞きながら、何十回もつくり直して、ようやく形が見えてきて、最初は本当にA4、2つ折りのA5の冊子みたいなものをつくってみたのですけど、これでは本当に単なる説明書であって、読みたいと思わない。やっぱりこの絵本の形にすることで手に取って読みたいと思うということが分かりました。

この絵を書いてくれたのは、うちのボランティア相談員の長谷部昌子です。長谷部昌子は自分の子供、小学生の1年生の子供に一々絵を見せて「これは何をしている絵かわかる?」って言いながら、こうして一つ一つ書いてくれました。

そして、最後まで困ったのが法律という言葉でした。ここには「よいことと悪いことの決まり」とかいうふうに書いたのですね。それから性犯罪被害に遭うということもものすごく困りまして、「エッチなことをされました」と書いて、「これでわかるかな」といろんな人に聞きましたが、結局、焦点を絞らないと誰にも伝わらないのではということになりました。

そこで、一番被害に遭いやすいのは、いろんなところに出かけていって、いろんな人に出会って騙されてしまう人で、小学校でいえば4年生、5年生、10歳ぐらいの児童なんです。軽度の知的障害をお持ちの方に御理解いただけるよう、これを書いてみたのですね。

こういうふうに、絵と文章とを一体にして絵本にして読んでもらったら、本当にさまざまな反応がまた伝わってきました。また、それは後半に続くということで、すみません、よろしくお願いします。

上野: ありがとうございました。少し知的な部分で障害を持ちながら、ほかの発達障害、高機能広汎性の発達障害という方は、今の絵で、視覚イメージで情報が入るのですね。だから、それをお使いになられて、要するに孤立した状態を「他者とつながる状態」に持っていかれたのです。ここら辺が1つ何かこれからのポイントになるかと思います。

その孤立、あるいはもう少し言えば支配関係などもすごく大きな影響が、子供たちに生じています。もしくは被害者の方に生じています。先ほどの石井先生、石渡先生も同じようなところを指摘されていると思うのです。そういった意味では更生施設とか母子生活支援施設などで、社会復帰プログラムで実践研究をされている藤木先生のところでは、養育や環境とか、妻、母という、そういう役割の固定観念が、物事の見方、考え方、認知などにすごく影響しているんだと、お話しされています。そういうお話を少ししていただいて先へ進めたいと思います。お願いします。

藤木: 今、松村先生から障害を持つ、知的という発言がありましたが、「児童虐待は第四の発達障害だ」という言葉がありまして、いわゆる一般的に言う障害というものが見受けられないのに、普段の生活に非常にいろいろな不都合や不便そして不利益を被ってしまうという人たちという面で、私は児童虐待にさらされた人たちのしんどさと、実際にどんなふうに困っているのかということについて説明をしたいと思います。

今年の8月22日、NHKで「DVにさらされる子どもたち~見過ごされてきた“面前DV”の被害~」という番組が放送されました。私も出演させていただきましたが、面前DVというのは、子供が両親間のDVを目撃してきた、そういう状態を面前DVといいますが、この面前DVの被害者のしんどさが、近ごろやっと声が上がってきて、こう名付けられるようになったのです。暴力の火中にある親も大変かもしれませんが、それを見てきた子供のしんどさがいかに深刻であるかがやっと認識され始めており、私の周りにも面前DVの被害者が集まり始めているわけです。

少しですがここで見ていただきたいのは、大阪市のA子さんという方へのインタビューです。ご覧ください。

(映像)

申し訳ありません、時間がたくさんあれば最後まで見ていただけるのですが。こうしたふうに、普通の人から見れば「嫌なことは嫌」と言っていいとか、「嫌われてもいい」という考え方を受け入れることがなかなかできずに人にNOが言えず、人に振り回されてしまう、というお母さんのKさんと子どもがとりあげられています。Kさん自身のご両親間にも激しいDVがあったわけです。すると、このKさん、そして娘さんも同じように人にNOが言えない人になっていくという、これがいわゆる負の連鎖というものです。
今聞いていただいておわかりだったように、非常に強い思い込みを持っており、こうした決めつけがあるがゆえに、ご本人は「こうでないといけない」というふうに思い込んで苦しんでいくということを生活の中で繰り返すわけですね。

この思い込みが、先ほども少し出てきましたが、「自尊感情」を非常に低めてしまう。自尊感情というのは自分を大切にできる気持ちであり、自分が生まれてきてよかったという肯定感であり、何より一番大事な「安全・安心」につながる感覚です。これが非常に低い状態で生きていくとどうなるか。自分自身も被害者になりやすいという面もありますし、自尊感情が低いために考え方が歪み、気分がなかなか安定しない、常に不安感にさらされたり、あるいは人を傷つけたいという負の欲求に常に支配されたり。その人の中には、他人も自分自身も含んでおり、リストカットや様々な依存症もそうですが、何かを傷つけずにはいられないという破壊的な欲求がさまざまな犯罪の当事者につながってしまう側面は否めません。

よって、このように自尊感情の低い人は被害者になりやすかったり、加害者になりやすかったり、いったんそういう立場になると、そこからなかなか抜け出せないという面もあります。その意味で、加害者というのはもとなんらかの被害体験を持っていると言えますし、被害者を放置すればいずれは加害者になってしまうという「加害と被害のサイクル」が、家族の暴力からさまざまな社会問題や非行・犯罪が生み出されていく根本であると私は考えています。

つまり、本質的には、誰が被害者なのか、誰が加害者なのかというふうに区別することはできないのです。加害行為をしている人はもと被害者、被害者は加害者になる可能性がある、それぞれが何らかの影響をしあい、相互関係、相互作用の中で社会の中で一緒に生きていかないといけない。ですから、家族の暴力が犯罪に遭いやすい人や犯罪に手を染める人を生み出してしまう構造をしっかりと社会が理解をして、負の連鎖の循環をどこかで阻止する、そうして声を上げられない人に対して適切なサポートをしていくことで将来的な犯罪を食い止めるというアクションが必要だと思います。

そのきっかけづくりは重要で、そのひとつがこの、SEPと言いますが、自尊感情プログラムなんです。生きることそのものにずっと苦しみを感じている、それがなぜなのか人は自力ではなかなか気づくことができません。その結果、すべては自分が悪いんだ、自分が頑張っていないからだ、要は自分がダメなんだというふうに思い込み、自暴自棄になってしまう。ここに介入して、自分の苦しみは家族の苦しみ、あなたが悪いのではないのだという理解をもたらすこと、これが最も大切な作業です。ただ声を出せと言ってもそれは無理なのです。なんらかのソーシャルサポートによって、人は気づき、声を上げることができるようになる、その仕組みを提供するのが現代社会の役割だと考えています。

上野: ありがとうございます。徐々に今回のテーマの核心部分に入っていくわけなのです。「声なき声」、それはどうして声が上げられないのか、出ないのか。その手前が今の例えば家族の、悪循環といえば悪循環ですね、そこにくさびを打って、その循環を止めようとする、そういったあたりが、後にお話ししてもらいます藤木先生のプログラムの1つでもあります。

それで、実はこの第1、第2セッションでそれぞれ実態、それからなぜ声が届かないのか、そういう要因をお話ししていただきました。この3番目は本当に新しいエリアになると思うのです。今、声の上げづらさを理解していただいたと思うのですが、その声を聞くために、もしくは声を届けるために、「私たちができること」というテーマなのです。これは本当に専門性ということも1つあるのですけれども、それを超えて何かということをお話ししていただこうと思います。

それでは、いつもトップバッターですみません。石渡先生、心苦しいのですけれども、でもやっぱりこのデータを基本に私は使いたいので、お願いします。

石渡: そう言っていただけるとありがたい限りです。そして、暴力を、虐待を防ぐためにということで、今藤木先生や松村先生は専門職としてのお立場から、出会った方々に本当に丁寧なかかわりをしていらっしゃいます。そして石井先生の場合も、本当に厳しい状況にある子供たちの未来をつくるために頑張っていらっしゃいます。そういう専門職の役割とは別に、地域でできることがあるのではないか、ということで検討しています。それはやはり社会福祉協議会という、常に地域の顔の見える関係というのを大事にして、新しい社会のあり方を求めるという視点を持っているからこそこういう発想が出てきたと、私自身多くのことを学ばせていただきました。

先ほどの調査の中で、「もし地域でちょっとした気づき、声かけがあれば、この人たちは厳しい状況にならずに済んだのではないか」と考えました。「8割以上はこんなにならなくて済んだ」とか、「2割は防げた」などをトータルにすると、少なくとも3割は厳しい状況にならずにすんだという調査結果が出てきました。これは、そういう人たちを日ごろ見ている専門職の客観的評価と言えると思います。

そして、そういう方たちが今日の3人の先生方のように、自分たちが専門職としてやれることもあるけれど、地域だからこそできることがあると主張しています。104の回答をしてくれた施設のうち9割までが「いや、絶対に地域住民にできることがある」「たくさんある」「あると思う」とニュアンスは違いますが、地域住民の、厳しい状況に陥る前の支援というのが可能ではないかと指摘しています。

できることというのを整理すると、声かけして孤独を感じさせないとか、自宅が厳しいのであればちょっとそういう苦しい空気から抜け出せるような居場所があるとか、を提案しています。大事なことは、そういうことがあったときに知らん顔をするのではなくて、気づいたらすぐに動くとか発信するということ、これが厳しい状況を防ぐことになるのではないか、と指摘しています。

それで、キーワードが「空振りをおそれるな」という言葉です。それで、皆さんのお手元に「こんなことに気づいてあげて」という、まだ白黒で、これからバージョンアップしていく予定の資料をお配りしています。ここで地域住民にできることをいろいろと検討しています。

厳しい状況になるいろいろなパターンがあるのですが、6ページあたり、児童虐待が話題になっていますからわかりやすいでしょうか。虐待をした親としては「この子のためにこういう厳しいしつけが必要なんだ」という考えが虐待になってしまうことが現実たくさんあります。この6ページで大事なのは、住民が一言気づいて声を上げて、勇気を出して一歩を踏み出したらというパターンと、「うーん、ほかの家のことだし、面倒なことになるのは嫌だから」ということで何もしなかったらと、この2パターンを示しているというのが新しいと思います。

何もしなかったら、それこそ新聞報道されるような厳しい状況になってしまうけれども、先ほど松村先生もおっしゃった「勇気を出して第一歩」ということが大切です。このことは虐待されている子供とか、厳しい状況に至ってしまっている女性だけの問題ではありません。市民も地域住民も勇気を出して一歩、それがあれば、施設に入らざるを得ないような厳しい状況になる前に、地域でその方の新しい暮らしというのをつくり出せるのです。また専門機関は専門機関として、地域にいろんなアプローチを今までの蓄積からすることができますよということを、これからこの資料を使って地域に発信していこうとしているわけです。

そして、12ページ、13ページあたりを開いていただくと、そういう暴力、虐待を受けてしまう子供の場合だったら、女性の場合だったらと分けて、私たち一般市民としてやれることが提案されています。「こんなことに気づけたら予防になる、厳しい状況に至る前に地域でその人の生活を支えていくことができるよ」という新しい方向性を示してくれています。これからあちこちで実践してみたりしてどれだけ効果があるか、どういうところを変えていかなくてはならないかということを検討していく段階です。地域の力、地域のあり方を問うということも本当に大事なことだなと、今考えているところです。

上野: ありがとうございます。地域資源というか、私たち一人一人の資源を本当に「かかわり」というネットワークというか、そういったものを再度見直すという意味でも大切なことだと思います。ありがとうございます。

この社会資源の中で、今回カリヨンのシェルター等々のお話を石井先生からお聞きしました。どうですかね、石井先生、このパネリストの中で「さあ私、どうしましょうか」って、今日私たちの控室に入ってこられたのですけれども、私からすればやはり子供シェルターの活動の重要性みたいなものをしっかりと伝えていただければなと思うのですね。それがやはり私たちが具体的に、今石渡先生がおっしゃったところまで結びつくと思います。

それでは、すみません、5分という短い時間ですけど、お願いいたします。

石井: ありがとうございます。今日行く場所がない、という子どもを抱えたまま一人のおとながいろいろな機関を駆けずり回り、子どものご飯やケアの心配もして…と言う状況では、子どももおとなも疲れ切ってしまい、有効な解決方法を見出すことができなくなります。子どもの安心と安全をシェルターが守っていれば、ケースワークについて、児童相談所、弁護士、福祉事務所、医療機関、警察、学校、それから地域の方々が、それぞれの役割を確認し、調査をしてお話を聞いて相談することができます。シェルターは、福祉における救急・救命の治療に当たるような部分を担うことが求められていると実感しています。

子どもたちはシェルターにいることで、そのシェルターのスタッフとの暮らしの中で心身の傷の癒す、信頼関係の構築を図っていきます。先ほど山上先生のお話の中でも犯罪の被害、助け出された後の生活をどうしていくのか、相談をするときに伴走してくれる人がいないのか、そういうことはすごく課題になっていらっしゃるとお聞きして、子どもにとっても全く同じ状況なのだなと思いました。虐待の渦中から助け出されても、そこで「1人じゃないんだよ」と伝え、一緒に暮らしてくれる大人、一緒に考えようと相談に乗ってくれる大人、そういった人たちの存在がなければ、そこから、自分の人生をもう一度組み立てていこうと進んでいくことはできないのでしょう。その伴走が子どもシェルターの1つの役割だろうなというふうに思っています。

それから、子どもシェルターの全国的な特色として、弁護士が活動の中心を担っているということが、従来の福祉の事業とは少し毛色が違う部分です。活動の発端として、弁護士らが電話相談などを受けて、初めはいじめの相談などが多いのかなということで、学校問題が多いのかな、体罰が多いのかなということで受けていると、中にちらほら「きょうは家に帰りたくないんだ。児童相談所に相談に行ったけど、あなた、18歳だからもう無理だよ」と言われて帰されたという声が聞こえるようになったのです。あるいは少年事件で付添人弁護人となり、子どもの話を聞いていくと、家庭内にものすごい虐待があって、親が覚醒剤を使っている。そこから逃げ出すために毎晩毎晩、街に出ていった。そして自分が犯罪に巻き込まれてしまったということが明らかになってくる。そういう状況に接して、この子どもたちを今日何とか保護するためのハイティーン向けのシェルターが必要なのじゃないかということが、活動の根幹にあります。

そのため一人一人の被害を受けた子どもたちに弁護士が代弁者、パートナーとしてついています。今は加害者になっている親に対して子どもの思いを伝えていく、あるいは親たちの思いを聞いて子どもに伝えていく、そういう橋渡しをする。また、児童相談所や福祉事務所の持っている資源にアクセスしたいとなっても、子どもだけで相談に行って、有効に教えてもらったり使わせてもらったりということは難しいです。そうしたときに、弁護士が一緒に窓口に行くことで動きだすこともあるのではないかと考えています。

これからのことについて、子どもが「誰かにお金を出してもらってアパートでひとり暮らしをする」と希望したとしてもそれは現実的ではありません。「あなたが家庭に戻りたくないのはわかった。でも一人暮らしといったって家事はどうするの。学校はどうするの。1人で寂しくなったとき誰に相談するの」と、子どもの思いを受け止めた上で、現実性とすり合わせながらこれからの道行きについて考えていきます。シェルターで安全を守りながら、いろいろな大人たちが重なるように支援を模索しています。

石渡先生のお話の中で、まだ掘り起こされていないニーズについて向き合うという事を教えていただきましたが、それは私どものような法人に課せられている大きな課題だなと思います。シェルターを運営していると、従来の福祉からこぼれ落ちた子どもたち、司法制度からこぼれ落ちた子どもたち、そういうふうにあらゆるセーフティーネットと呼ばれているところからこぼれ落ちている方たちを受け止めることになり、今足りていないものというのが見えてくる。見えてしまったならば、どう支援するのか、どう制度をつくるのかとアクションを起こすことがシェルターの二次的な使命であると感じています。

上野: ありがとうございました。本当に底辺で支えておられる先生方、今日はお集まりいただきました。心が痛む部分と、それから先生方が活動されている部分の意義、意味というのはすごく感じられます。ありがとうございます。

石渡先生、石井先生にお話ししていただきました。先ほどの続きの話になります。やはり一人ぼっちじゃないよと、孤独感というのは本当に大変なことであり、子供たちだけでなく犯罪被害者にとっても大変な状況なのです。そういったところを例えば今の視覚イメージで、先ほどの絵本なんかでコンタクトの道具として、孤独感を少しでも緩和させていこうという部分では意味ある活動をされている松村先生に、こういったことの実践での反響なども含めてお話を聞かしていただきまして、私たちができることの参考になればなと思います。お願いできますでしょうか。

松村: 先ほど言いましたように、助成金30万円を手に入れた私たちは、これを共同作業所さんにお願いして、この絵本を1,000部つくりました。1,000部印刷しまして滋賀県内の手をつなぐ育成会さんとか、特別支援学校とか図書館とかに配ったのですね。そしたら新聞社がこれを記事にしてくれまして、ワーッと全国に広まりまして、その後、NHKが県内のローカルニュースで放送しまして、それが関西のローカルニュースに広がりまして、何と「おはよう日本」というあの全国放送で流れたらもう、本当にもう北は北海道から沖縄まで、あらゆるところから電話がかかってきまして、メールやファックスが届きまして本当に「本を下さい」「本を下さい」っていっぱい言ってこられまして、びっくりするぐらいの反響がありました。そして一生懸命、私たちは送り続けまして、いろんなところから感想も聞かせてもらいました。

今日の資料の中に入れていますこの「OVSCのーと21号」のほうです。21号は三日月大造滋賀県知事の巻頭の言葉が書いてあるほうの4ページ、5ページにご家族からの感想とか通所施設や被害者からの感想というのを一部載せているのですけれども、そのほかにもいろいろなところから来まして、読み聞かせのボランティアをされている方から、「小中学校で読み聞かせをしているのですけども、普段あまり反応がないのに、この本を使ったときは多くの感想が発表されて、学校の先生からは「ほかのクラスでもぜひ読んでください」「図書室にも置きたいので購入先を教えてほしい」と言われました」とか、特別支援学校の担任の先生からは「高等部3年生の授業で使いました。困ったときに『たすけて』と言えるようになろうということを目指して、みんなでロールプレイもしました。『たすけて』という言葉を生徒たちに印象づけることができてよかったです」というような感想が届きました。

そして、ここのご家族からの感想で載せている方からの、また続きのお手紙が届いたのですね。1回目のときは、自分の妹さんにちょっと障害があって、日中、活動先で困っていることがあるけど、家族はなかなかわからなかった。この本を見ながら、指差して「こんな気持ちになったことがある」とか言って、いろいろな話が聞けることができましたという感想だったのですけど、それからしばらくしてその続きが届きました。「信頼している職員さんに妹は「たすけて」ということが言えるようになりました。活動の場を変更して前向きに過ごせるようになって、何をされたときに「たすけて」と言わなければならないのか、誰に「たすけて」と言わなければならないのかということを、絵本を見ながら繰り返し話をしています」というようなお手紙が届きました。本当にうれしく思っています。

一旦、絵本の発送もちょっと落ち着いたかなと思っていましたら、先週の水曜日、26日なのですけれども、突然センターの電話が鳴りやまなくなったのですね。何が起こったのかと思っていましたら、ヤフーニュースで、福岡県で知的障害のある少女だけを探して性犯罪を繰り返していた男が逮捕、起訴されたというニュースがヤフーで出ていまして、そのヤフーニュースの下のほうの「全文を読む」のまだもうちょっと下にいきますと、産経新聞の最初に出た記事のところにリンクするようになっていまして、また全国から「たすけて」の本を下さいというふうに電話が鳴りやまないのですね。「そんなにたくさんあるわけじゃなくて、うちのホームページにも出ているので、1回それを見てください」とお返事をしますと、「こんな本を待っていました」とか「うちの子供が知的障害で」とか、あと「障害の特性で何を言われても相手に合わせようとしてしまうので、はいはいと言ってしまう子なので、ぜひ下さい」というようなメールやファックスが、今も届いています。本当に私たちはこの本をつくったことで、全国の方と結びつきができて、非常にうれしく思っています。

また、今年4月から被害者支援センターでは性暴力犯罪被害者のワンストップセンターを立ち上げました。そしたら、子供や障害のある方が性暴力被害に遭っているという実態がすごく見えてきました。しかも、知的障害者の方が被害に遭った場合は、強姦被害であってもそれが準強姦というような罪名になってしまうということがあって、わからないと思われているということが非常に腹立たしいのですね。嫌とか気持ち悪いとかいう気持ちは同じなのに、なぜか準強姦になってしまう。今まで声を上げられなかったから被害そのものがなかったというようなことになってしまっているとか、現場は本当に悔しい思いをずっとしてきました。でも、今回のこの中央大会で「声なき声。その支援を考える」ということがテーマに選ばれたということは、本当にこれからの被害者支援が大きく変わっていくのではないかということをとても私たちは期待しています。

そして、民間の小さな被害者支援センターですけども、この民間のセンターがなければ被害者支援は成り立たないと、偉そうですけど、思っています。これまで被害者支援はほとんど心理的な支援が多くて、カウンセリングが中心に考えられていたのですけども、やはり福祉的な支援がこれからはどんどん必要だと思っております。いろいろなところと連携しながらの支援が被害者にとっても大事だと思っています。

今日この会場で本当に多くの皆様とこうしてお知り合いになれたことは本当にうれしく思いますので、もし共感していただけた方がいらっしゃいましたら、是非、「おうみ」にメールをいただきたいと思います。本当にこの会場で皆様と出会えたことは私たちの大きな一歩だと思っています。ありがとうございます。これでもう続きはありません。私の話は終わりです。どうもすみません、いっぱいしゃべりました。

上野: 個人的には、できれば、もう少し詳しく続きを関西で聴かせていただきたいです。ありがとうございます。

実は、ここまで私も聞かせていただきまして、私はどちらかというと心理職ですので心理的支援、それだけでは足らないように思うのです。実は私は毒物カレー事件のときの体験がございます。そういったところの中で私自身は、「声なき声」というところがすごくこれから大切な、新しいステージだと考えています。

その中で、4人のパネリストの先生方からお話を聞かしていただいていると、少しずつ「声なき声」が「らしき声」に変化してきました。この「らしき声」をもう少し「声」にしたいと思います。これを藤木先生にお願いすると「ストレスや」と言わるかもしれませんが、許してくださいね。もう少し「声」にしてほしいのです。そういったところから先生がおっしゃる「自尊感情」は、自己肯定感という言葉とほぼ等しいと思います。この言葉も含めて被害者支援に対しての、こういった当事者の支援に対してのプログラム実践から、皆さんにお伝えできることがあればお願いしたいと思います。

藤木: ありがとうございます。今、お話がありましたように、やっぱり何を置いても大事なのは自尊感情です。何度も繰り返しましたけれど、自分を大切にできる気持ち、自分が好き、生きててよかった、生まれてきてよかったという気持ち、安心・安全を優先できる気持ちですね、こういったものがなければ人はやっぱり生きていくことができないと思っています。

ここにあります「SEP」とはセルフ・エスティーム・プログラムの略、このセルフ・エスティームという言葉がまさに自尊感情のことなのです。これを回復させる枠組みという意味でプログラムと呼んでいます。このSEPはまさに私自身が、性暴力を含む児童虐待とドメスティック・バイオレンスによって負った深い心の傷を回復し、そして今は人を支援する立場になり、大学や大学院で学生たちを導く立場になっている、その要素を凝縮したものなんです。

この過程の中にどんな要素があるのかについて少し説明をさせていただきたいと思います。大事なことは「心理学習」と「認知を修正するトレーニング」だと考えています。心理学習というと堅苦しいイメージがあるかもしれませんが、要するに「心についての知識を持つこと」です。つまり、自分が今しんどいのはあなたが悪いのではないという理由をきちんと学ぶ。加害・被害の関係から、たとえば被害を受けた側は、自分が悪かったから被害を受けたという考え方ではなくて、加害をする側の心理的な課題をきちんと学ぶことによって、「あっ、自分が悪かったんじゃないんだ」と理解できる、この作業なしに自分が楽になれるということはまず難しいと思っています。それは繰り返しになりますが、家族暴力の被害者というのは自分が悪かったんだというふうに思い込みがちだからです。ですから「そうではないよ」ということを理論的に説明され、理解することでわかっていただきます。これがまず1点ですね。

次に、偏りのある認知を修正するトレーニング。これは先ほど紹介した大阪市のKさんには、つねに自分を責めてしまう強い思い込みがたくさんありました。そうした否定的な考え方は、例えば子供のときから家で「おまえはバカだ」とか「おまえはダメだ」、「生きている価値がない」など、ひどいことを言われて育つと、どこかでそのように自分自身も思い込んでしまうことがあります。その決めつけが自暴自棄な行動や犯罪・非行に結びついてしまう、これもパターンなんですね。この否定的な考え方をするクセを修正することで感情を調整して行動を良くしていくという一連のトレーニングが大切です。

この2つを落とし込んでパッケージ化したのがこのプログラムです。この研究は3年間かけて、母子生活支援施設の34名の方に実施しました。1グループ5名で、1回90分のワークを5回やります。これがその写真ですね。何も特別な機械や設備が要るわけではありません。ホワイトボードと人数分の椅子があればできます。非常にリーズナブルなプログラムであることも実施しやすい要素だと思います。

プログラムの前後と4か月後の3回、自尊感情とストレスを測る心理テストをそれぞれやります。その結果がこれ、皆さんの平均点を表した線です。自尊感情は高いほうが良いわけですが、このようにプログラムの前と後を比較するとこれだけ自尊感情が向上している。そして4カ月後にもほとんど下がっていないという結果が出ています。

ストレスのほうはどうかというと、ストレスは低いほうがよろしいわけですから、まずプレ、プログラム前は非常に高かったストレスが、5回のプログラムの後に測るとここまで落ちていまして、そしてフォロー、4カ月後には1ポイント程度上がっている、こういう結果が出ています。

この結果から何が言えるかというと、もちろん地域の支援も大事であるし、子供の支援も障害者の支援も大事なんだけれども、やはり生育過程で心に傷を負ったことで、なかなか自分の力でそこから抜け出すことができない人が受けられるプログラムを全国に、都道府県に各1カ所ぐらいはそれが受けられるようにできないか、と強く思っています。そのためにはその担い手の養成、このプログラムを実施してくださる人を育成しないといけないという課題もありますが、大阪の事務所にまで北九州から、富山県から行かないといけないということがなくなっていくと思っております。ここは私も頑張っていかないといけないと思っております。

それから、ひとり親家庭の教育保障の問題ですね。やはりお金がないということで二重にも三重にもハンデを背負ってしまうということは、なんとしてでも避けていかねばならない現実だと思っています。

あと、3番目は「児童相談所の改革」です。たくさんの課題を抱えていると言われている児相ですが、幸いなことに先ほどご紹介しましたSEP、このプログラムが来年の3月には児童相談所の職員向けに研修をと正式にご依頼がありました。これは大変うれしいことです。それはなぜかというともちろん児童相談所だけではありませんが、社会全般でこうした虐待をしてしまう、うまく子どもを育てられないお母さんに対して、「鬼母」とか「虐待母」と非難する向きがあります。しかし、今日お話しましたように、お母さん自身が子供のときに非常にしんどい子育てをされているという現実に向き合い、こういう人々に対する理解が、社会やそして関係機関の方々にあれば、敵か味方か、子供をはぎ取るような二項対立的な保護も随分減ってくるのではないかなと思っております。その視点で、この当事者目線のプログラムの普及を今後も頑張っていきたいと思います。

そして、最後にもう一つは、加害者側ですね、非行であったり犯罪であったり、虐待やDVをしてしまうなど、要するに暴力という形でしか自分の苦しみを表現できないしんどさを抱えた方に対して、「とんでもないやつだ」とか「あいつはどうしようもない」、「孤立させてしまえ」という罰や排除だけが先行する考え方ではなく、生きづらさをかかえた人にはすべからくいろんな事情や背景があるのだという理解を社会全体で共有できれば、この国の姿、形もずいぶん変わっていくだろうと考えております。ありがとうございました。

上野: ありがとうございます。本当に皆さん、長時間ご清聴ありがとうございます。そろそろ時間が迫ってまいりました。私が4人のパネリストの先生方のお話をまとめるということは到底不可能でございます。ただ、幾つかのことを、私自身が感じたことをお伝えさせていただいて閉じたいと思っています。

といいますのは、やはり犯罪被害者支援というテーマの中に、どうしてこういった子供たち、もしくは大人の、その「声なき声」を聴く必要が出てきたのです。それはなぜかというと、今の社会の中で例えば声を上げられなくなっているマイノリティの方々がやはり居るという事実なのです。それをどのようにして今回掘り下げるかということになりますと、本当にこの4人のパネリストの先生方が必要になったのです。
 例えば、石渡先生は地域とのつながり、そこで気づいてほしいという「気づき」というキーワードがございます。それから石井先生は、「安全」や「安心」というシェルターの中での子供たちの状態で、専門的に支えていっていただいています。そして、松村先生は、本当に「つながり」という点で、視覚的なイメージから言語の部分まで本当に細やかな対応です。最後に藤木先生は、先生の体験も含めてですが、非常に大切な自尊感情、この言葉がすごく大切なのですが、この言葉が「声なき声」をより私たちに近づけてくれる大きなポイントだと思っています。

実は、私自身が今回コーディネーターを承ったときに、「どうしようかな」と非常に不安でした。東京へ来る前日まで何度も何度も原稿を読み返して、準備してきました。今日は11時半に会場控え室に入ったのです。待ち時間の間に、先生方4人といろんな話をしていただきました。その内容から、この先生方はすごい専門性の高い方々だと思いました。

ところが、私自身は、先生方は専門性の高さ以上にすばらしいものを持っているなと感じました。それは何かというと、先生方が居る場(場所)を安心させてくれる雰囲気を持たれていることです。その安心感というのが非常に人と人をつなげる会話をスムーズに、つながることを教えてくれました。そういう奮起が控え室からこの壇上でも感じられると「あっ、今私は東京フォーラムのこの場所で立っているんだ。身体が、自分はちゃんとこの東京に来ているんだ」と感じました。

実は明日、私は平成23年に発生した紀伊半島大水害の長期支援で、和歌山県南部のほうへ今日帰ったらすぐに車で行かなければならないのです。日々追われている自分というのは身体が感じられないものです。それはまるで、虐待を受けた人と一緒とは言いません。でも、自分の身体の感覚がない、「何をしているのか」すら、わからない。今聞かれてもどう頭の中で処理していいかわからない。私のそんな状態を先生方4人はうまくサポートしてくれました。

この先生方の専門性というのは、実は認知の変化とか、それとかシェルターの中での安全性とか、それからいろんな大きなデータを細かく伝えること、視覚イメージを大切にした絵本など、本当に皆さんに役立つ道具を作っていていただいているという、そういう専門性以上のベースとなっているのが安心感、それから「つながる」ことへの大きな力がある方々だなと思いました。

それに、今日はここの場所でも、そのパネリストの皆さんがフロアの皆さんをつないでいる、この場の時間が本当に安心できた時間だなと思います。今私はこの椅子で、お尻がちゃんと着いているなという感覚があります。本当にこのすばらしい時間を設けていただいた皆様に心から感謝いたします。本当にパネリストの4人の先生方、ありがとうございました。これでパネルディスカッションを終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

(編注:文中の「子供」の表記について、施設名、発言者の意向等により「子ども」となっているところについては、そのまま表記してあります。)

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