■千葉大会:パネルディスカッション

テーマ:「地域における犯罪被害者支援のあり方」
コーディネーター:
 大橋 靖史(淑徳大学総合福祉学部実践心理学科教授)
パネリスト:
 河野 義行(松本サリン事件被害者)
 澤田 美代子(全国犯罪被害者の会(あすの会)会員)
 合間 利(弁護士)
 廿日出 良子((社)千葉犯罪被害者支援センター犯罪被害相談員)
 堀田 弘文(千葉県環境生活部生活・交通安全課長)

大橋: 今、ご紹介にいただきました淑徳大学の大橋です。

これから90分間、テーマとしては「地域における犯罪被害者支援のあり方」ということで、先ほど河野さんからもお話がありましたが、犯罪被害者が置かれている状況、それから、私たち一般市民も含めてどういったことができるのか、そのようなことについて、これからパネルディスカッションをしていきたいと思います。

今日は犯罪被害者でもある澤田さんを含め、あと4人の方々がいらっしゃいますので、最初にそれぞれの方から自己紹介をお願いいたしたいと思います。

それでは、澤田美代子さん、よろしくお願いいたします。

澤田: 皆さん、こんにちは。

私は成田市の澤田美代子と申します。

私は平成20年11月10日の夜、私どもの次男、智章が会社からの帰宅途中、19歳の少年に後ろから軽トラックではね飛ばされ、翌早朝亡くなりました。いまだに信じられない、そういうことがたびたびあります。

そういうときは、事件の一報を受けて、病院に駆けつけるときの心境、そして病院に入ったあの瞬間、病院に付き添った10時間余り、そういったことを繰り返し思い出します。

翌日の一睡もしないで病院から出たときに、青空のもとで息子は警察医療の車両に乗せられ、運ばれていきました。その後、私たちは2人で追って警察に向かったのです。今も息子の遺影を見るときに、ちゃんと写真に目を合わせられません。かわいそうで、まだ何も言えません。あの日まで私たちは普通に暮らしていました。本当に平凡な一主婦として結婚後、長男、次男、長女、次女と4人の子供に恵まれて、その子育て、そして自営業の少しの手伝い、そういったことで二十数年間過ごしてまいりました。そして、末っ子が高校に入学し、私には何もないけれど、4人の子供を育てられてここまで無事に成長してくれた。そういうことが自分にとって幸せなことだとつくづく思っていました。それから2年余りで突然息子は事件に巻き込まれ、命を奪われてしまいました。

大事な子供の命が奪われ、たとえようのない苦しみが始まりました。告別式も済み、それからは絶望感、喪失感、そういう気持ちでいっぱいになりました。そういうときに、息子が高校でやっていた少林寺拳法部の顧問の先生から電話をいただいて、とにかく弁護士さんに早く連絡をとったほうがよい。そういったことを2度、3度電話をいただきました。

そうしているときに、自分たちが置かれた立場、いかに大変であるか、ようやくわかり、それから悲しみと同時に、最も今まで自分たちに遠いと思われていた弁護士さん、検察、そして裁判所へのかかわりが始まりました。ただ悲しみだけ、苦しみだけでいるわけではなく、亡き息子のためにやるべきこと、それが今やらなければならない、そういう気持ちになり、前を向き進んでいきました。そこにはいつも弁護士の先生お二方、そして少林寺の仲間、会社の同僚の方、支援室の方、多くの協力、支援をいただきました。犯人が少年であることにも壁を感じました。裁判参加、判決が出て、またさらに苦しみ、憤り、絶望的な気持ちになりました。今こうして国民のつどいに参加させていただくこと、それは私たち家族の無念、何より亡くなった、何も言えずに亡くなった息子の無念、そして息子からのメッセージであると思います。

そういうことをまた後ほど語らせていただきます。本日はよろしくお願いいたします。

大橋: 澤田さん、どうもありがとうございました。

続きまして、合間弁護士、よろしくお願いいたします。

合間: 皆さん、こんにちは。

私は千葉の弁護士会に所属して、千葉で弁護士をしている合間と申します。

千葉の弁護士会には犯罪被害に関する委員会というのがあるのですけれども、そこに所属して、弁護士を始めた当初から犯罪被害者の支援という形で携わっております。

私が弁護士になったのは平成14年ですけれども、そのころからちょうど犯罪の被害に携わる弁護士というのが増え始めたころで、それで私もこういう分野があるんだということでその一歩を踏み出して、そのままずっと弁護士を続けていますが、まだ9年目なんですけれども、ずっと携わっています。今は日本弁護士連合会というところにも犯罪被害者支援委員会というのがあるのですが、そこの委員も務めています。今日はよろしくお願いいたします。

大橋: 引き続きまして、廿日出相談員、お願いいたします。

廿日出: 皆さん、こんにちは。

私は千葉犯罪被害者支援センターで犯罪被害相談員として務めております廿日出と申します。

平成16年の被害者支援センターの設立以来、被害者支援に携わっております。被害者支援センターは、現在全国に48団体ありまして、各都道府県に設置されております。さらにネットワークにより、互いの連携が図られております。

私ども千葉犯罪被害者支援センターでは、電話相談、臨床心理士による面接相談、関係機関への同行支援を行っております。今日はよろしくお願いいたします。

大橋: それでは、堀田課長、お願いいたします。

堀田: 皆さん、こんにちは。

千葉県の生活・交通安全課長の堀田と申します。

本日の「地域における犯罪被害者支援のあり方」というテーマは、県の被害者支援施策の推進を図る上で大変重要な課題であると思っております。今回、河野さん、澤田さんを初め、犯罪被害者支援の一線で活躍しておられます皆様と意見交換できますことは、大変有意義であり、また貴重な機会であると感じております。どうぞよろしくお願いいたします。

大橋: どうもありがとうございました。

私は先ほど紹介がありましたように、淑徳大学に所属しております。犯罪心理学を専門としておりまして、従来犯罪心理学というと犯罪者の心理学だったんですが、最近では先ほど河野さんからお話があったような被疑者、あるいは被告人の心理学、さらには今回のような犯罪被害者に対する心理学というように、対象とする領域がだんだん広がっております。

今回はそういうことで、犯罪被害者の方のニーズや、それに対する支援をどうしたらいいのかということをこのような形でコーディネートさせていただくことになりました。

それでは、これから今日のテーマである「地域における犯罪被害者支援のあり方」について、パネリストの方々とディスカッションをしていきたいと思います。ただし時間に制約がありますので、あらかじめ幾つかのテーマに絞り込んで、今日のディスカッションを進めていきたいと思っております。4つほどのテーマ、トピックを考えております。

1つ目は、先ほど河野さん、それから澤田さんからもお話しがありましたように、被害直後に被害者に対しどのような支援を行っていくか、これは非常に大事なことだと思いますので、まず1つ目のトピックとして、犯罪被害直後の支援ということについて話し合いをしていきたいと思っています。

2つ目のトピックとしては、その後の裁判に関わる支援について話し合いたいと思います。最近ではいろいろ制度が変わりまして、被害者の方も参加するような制度が徐々にできてきました。今日お越しいただいた澤田さんは、そういった犯罪被害者の参加制度ができてから、少年事件に立ち会われた初めてのケースですので、澤田さんを中心に裁判に関わる支援にどのように取り組めばよいかということを、2つ目のトピックとして考えていきたいと思います。

それから、3つ目のトピックとしては、先ほど河野さんからもお話があったように、被害に遭われると本当に生活のさまざまなことについて問題が生じてきます。経済的な面をはじめとして、日ごろの生活のあらゆる面についてどうしていくかが問題になってきます。そういう点で、経済的な支援を含めた生活支援をどのようにしていったらいいかということを3つ目のトピックとして考えていきたいと思っています。

そして、最後のトピックとしては、心理的なケアということで、生活支援やその他さまざまな支援を行った上で、どのように心理的に被害者の方々を支援していけばいいかという問題があります。

以上4つのことについて話し合う中で、地域にとってこれからどういった支援を行うことができるのかについて考えていきたいと思います。

それでは話の進め方についてですが、支援という問題を考えたとき、やはり被害者の方々のニーズを優先して、あるいは被害者の方々が置かれている状況とか立場というものを前提にして支援を考えないといけません。つまり、支援をする側の一方的な思い込みで支援してはいけないということがあります。そこで、今日のこれら4つのトピックについて、それぞれ最初に河野さん、それから澤田さんにどういった支援が必要だったのか、あるいはどのような状況だったかということを話していただいた後で、現在行われている支援の内容、あるいはその課題について話を進めていきたいと思います。

それでは、先ほどお話しした1つ目のトピックに入っていきたいと思います。被害直後の支援という問題です。

では、最初に河野さんのほうから、被害直後の状況や、どういった支援が必要だったのかということについて、ちょっとお話をいただければと思います。

河野: 松本サリン事件が起こったのは94年6月27日深夜、先ほど言いましたが、まず私が救急通報した時は妻を助けてほしいという、そういう内容の救急通報だったわけです。そして、救急隊員が5分後に来るわけですけれども、このときに私も体がおかしくなっていたし、長女も目が見えないような状態だったわけです。つまり妻を助けてほしいという救急通報の中で被害者がふえている。そういう状況で、救急隊員は気を利かせたのです。これはひょっとしたら何か大変なことが起こっているのか、あるいは伝染病のようなものが起こっているのか、何かわからないけれどもということで、救急隊員がまず警察署、あるいは市役所、水道局、ガス、そういうところへ全部連絡をしたわけです。

そして、それぞれがそれぞれの分野で、例えばガスであればガス漏れとか、あるいは水道であれば水道の中に変なものがまざっていないかとか、そういうことを非常に早い段階で連携したのですね。

事件が起こった翌日の早朝には対策本部ができている、そういう状況だったわけです。消防署とか警察とかガス会社、水道、市役所、そういうところでも対策本部ができている。その連携ぶりというのは、松本としてはなかなかやるなと思うぐらい早かったです。

そして、その後ですけれども、サリンということが警察から発表になるのが7月3日なのです。このときに医師会とか薬剤師会とか、そういう医療関係のチーム、松本医療包括協議会という非常にお互いの結びつきは弱いけれども、その被害者を見ていこうということになるわけです。

費用は市役所が用意したりとかということで、地域の医療チームがずっとサリンの被害者の健診をやっていく。そこまではとてもよかったのです、私も無料健診に行ったわけですけれども、そんな中で何が問題かというと、サリンで被害を受けた人の臨床例がなかったということです。

そうしますと、いろいろな後遺症の問題というのが出てくるわけで、当時私は脳波異常と心電図の異常と微熱がずっと続いている。あるいは目の動体視力が極端に落ちている。そういうことは後遺症としては存在するらしいのだけれども、その対策、具体的にどういう治療をするかというのが出てこない。後遺症がありますねというところで終わっちゃったということですけれども、いずれにしても地域というのはその連携ということをやっていかないとだめだなということです。

今、犯罪被害者の支援ということで、いろいろなところがやっているわけです。弁護士会もやっているし、検察もやっているし、警察にもある。そういう中での連携という部分では、ちょっと弱いのでないか、そういう思いがします。

ですから、これはこれからどういうふうに連携していくか、その辺が大事だと思います。

大橋: 連携の問題はおそらくこれからも何回か出てくる話題だと思います。それでは次に、澤田さん、お願いいたします。

澤田: 本当に突然、ある日突然犯罪被害に遭い、病院に駆けつけるときは当然主人と2人、でも病院に駆けつけると、会社の同僚の方上司の方がいらっしゃって、もちろん警察の方もいらっしゃって、一緒にその場にいてくださった。そして、夜中に至る処置、そのときに勤めていた銀行の支店長さんも詰めていてくださって、そこで犯人がわかったような、それで犯人は銀行に対する何か恨みとか、そういったことがあるんじゃないかと私たちも考えて、支店長さんにその犯人の名前を伝えて、うちの銀行にはこういうお客さんはいないという事もすぐにわかりました。そして6時半近くに死亡が確認されると、また銀行の方が何でも言ってください、できる限りのことはしますからという言葉をいただいたと思います。

司法解剖、そういったことを新聞やテレビで司法解剖と聞いてはいましたが、まさか自分の息子があんなに傷ついた体をまた切り刻まれるのか、そういう思いでしかありませんでした。そして、警察に遺体が運ばれる。その警察に着いたとたん、もう報道の車がいました。私たちは警察の方の配慮で後ろからそっと身を隠すように中に入りましたが、そのときに思いました。なぜ私たちがこんなに後ろで隠れるようにしていなければならないのか、でも事件のことも信じられない。まして遺体となった自分の息子であっても、まだ全然信じられない中で、どんどんいろいろなことが進められていきました。

そういったときに、やはり私たちで動けないことってたくさんあるのだなと今思いました。それでもできることは、とにかく通夜、告別式はやらなければならない。そのことだけは頭にありました。そういうときに、銀行の方や本店の医療室の方も何名かいらっしゃって、告別式も大変でしょうから、私たちができる限りのことを手伝わせていただきますと、連日打ち合わせ等に来ていただきました。その間に警察の方からの事情聴取とか、いろいろなことに本当に対応しなければならなかったこと、死亡届は長男が出しに行きました。そのことも私は今でもかわいそうなことだったと思っています。

自分たちが何もしないのに、一方的に犯罪に巻き込まれて、でも全部どんどんいろいろなことに対応しなければならないということを改めてつらいことだなと思いました。

話が前後しますが、病院から息子が亡くなったということをいろいろなところに電話をしました。えっ、みんなそう思ってびっくりというか、驚きの反応でした。私たちは、自分たちがわからない中でも、そのことを伝えなければ先に進まないということもわかっていましたので、息子がこういうわけで亡くなったということを数多く電話したように思います。

私も学校の関係の役員とかもしていましたので、そのキャンセルとか、そういった電話もしなければならず、本当にあらゆること、書類上だけじゃなくて、いろいろなことに追われて、つらい思いをしました。でも、とにかく告別式だけは出してやらなければならない。そういう思いでした。

大橋: 今お話があったように、被害直後というのは本当に私たちが一生のうちに体験するかどうか、体験しない人も多いと思うのですが、そういった本当に緊急事態であるわけです。その緊急事態の初めには、先ほど河野さんからお話があった消防署であるとか、あるいは警察であるとか、そういったところが関わってきます。この初期状況においてどういった支援ができるかというのが、その後の経過においても非常に大事なものだと思われます。

そこで、警察あるいは犯罪被害者支援センターにおいて、どのような被害直後の支援が行われているかについて、廿日出相談員にお話をお願いいたします。

廿日出: 犯罪による被害ですので、まず事件、事故直後に被害者に接するのは警察になります。

そこで、警察での被害者支援について、まずお話ししたいと思います。

平成11年に千葉県警察本部に犯罪被害者対策室、現在の犯罪被害者支援室が設置され、警察の犯罪被害者に対する支援の充実が図られるようになりました。

例えば、検察庁への付き添いや警察が行う諸手続の際には、捜査員とは別に被害者のサポートをする警察職員がいます。また、各警察署には被害者のための支援係長が置かれ、私たち支援センターとの連携が図られております。

事件によっては、被害者がマスコミに追われるようなこともあります。そういうときには、警察車両でセンターとともに被害者の送迎をしてもらうこともあります。被害者にとっては、大変心強いサポートになっております。心理面でのサポートには警察にも心理カウンセラーがおりまして、被害直後の被害者の精神面の支援も行っております。

被害直後は、ただいま澤田さんからのお話にもありましたように、自分の身に何が起きたのか、全くわからない、大変混乱した状況にあります。事故、あるいは事件で身内を亡くされたご遺族の方、また大変なけがを負わされた方、そして最近とてもふえている性犯罪による被害者の方など、それぞれ被害直後の苦しみ、大変さは察するに余りあります。どこから手をつけたらいいのか、それすら考えられない状況だと思います。

そのような中で、やらねばならないことが次々に生じてくるわけです。現実の生活面での問題、警察の事情聴取や実況見分もあります。犯人が逮捕され、検察庁に送致されると、検察庁での事情聴取が再びあります。そして、その後の裁判へ向けての準備など、問題は山積するわけです。

被害者支援センターでは、こうした被害者の負担を少しでも軽減できるよう、精神面での支援のほかに、関係機関への同行支援など、具体的、直接的な支援を行っております。被害者支援センターは、平成20年に公安委員会より早期援助団体の指定を受けましたので、警察は被害者の承諾を得た上で支援センターに支援の要請を出します。公安委員会指定の早期援助団体というのは、このように被害直後の早い段階で支援に入ることができる団体であるということです。

ただ、被害者の方は警察から相談機関のリストをもらっても、直後の混乱した状況の中では記憶にとどめたり、みずから相談の電話をかけたりすることは難しいです。被害直後には警察と一緒に被害者宅へ訪問するなどして、被害者が安心してセンターに支援を頼めるようにする必要があると思っています。被害者自らアクションを起こすことは、被害直後には難しいことです。だれも信じられない、何をしたらいいのか、全くわからない状況にあることは、私たちも十分理解できると思います。

直後の支援、あるいは支援の過程においては、関係機関との連携は欠かせません。

例えば、直後の警察との連携、続いて検察庁との連携があります。同時に弁護士との連携も必要になることがあります。特に被害者参加制度を使う場合、刑事裁判への参加を適切、かつ効果的に行うために、弁護士の存在は大きいです。現在では、被害者参加人のための「国選弁護制度」という制度がありまして、被害者の資力が乏しい場合、国が弁護士費用を負担してくれる制度です。

支援センターでは、千葉県弁護士会の犯罪被害に関する委員会と連携しておりまして、刑事事件に精通し、かつ被害者への理解のある弁護士の紹介等も行っております。早い段階で弁護士を依頼しておきますと、マスコミ対策を初め、裁判へ向けて被害者と打ち合わせを重ねながら、裁判に向かうことができます。支援センターは、その都度付き添い支援を行っております。

このように、私ども支援センターは、必要な機関への橋渡しをするコーディネーター的役割も担っております。事件、あるいは事故後、少しでも早く被害者支援センターにつながることで、必要な関係機関と連携をとり、被害者がそのような機関に出向かねばならないときには、被害者に付き添い、被害者の精神的負担を軽減できるよう、直接的、具体的な支援と途切れることのない長期にわたる支援を行っております。

大橋: 先ほどお話に出たように、緊急事態の際に、被害者ご本人がいろいろな必要機関を自分で調べて連絡するというのはなかなか難しいと思います。今、廿日出相談員からお話がありましたように、被害者支援センターは、そういったときに、そこに連絡をすれば、そこからいろいろな機関の橋渡しをしていく役割を果たしています。ここでは、被害直後の非常に混乱した状態の中で、どれだけ支援ができるのかが大きな課題になると思います。

そうした意味では、県もこうした被害直後の支援を制度として整備されておられるということですので、堀田課長のほうからその点お話をお願いいたします。堀田氏 県の被害直後の支援の取り組みとして、支援に関する機関が多岐にわたる場合、あるいは多数の被害者に対して関係機関が連携して支援を開始する必要がある場合、そういった場合を想定しまして、千葉県安全で安心なまちづくり推進協議会の中に設けられております「犯罪による被害者等に対する支援部会」のメンバーによる緊急会議を招集して支援策を検討する、そういった仕組みを今年の7月の部会で決定いたしました。

この緊急会議は、弁護士会、医師会、臨床心理士会、千葉県社会福祉協議会、商工会議所連合会、日本司法支援センター千葉地方事務所、千葉地方検察庁など27の機関で構成されております。今後、県レベルの団体の傘下に所属している市町村レベルの団体ですとか、あるいは民生委員、そういった方々もこの会議に参加していただきまして、発生直後から相互の機関が連携を図りながら、迅速に支援を開始する仕組みを検討したいと考えております。

大橋: どうもありがとうございました。

先ほどからお話に出ているように、さまざまな機関が被害直後から関係していかなければいけない、連携していかなければいけないということで、その仕組みを作っていこうということで、県のほうでもそれに関わる緊急部会を作っていくことがこれから行われていくようです。また、先ほど話されたように警察あるいは犯罪被害者支援センターのように、被害直後からそこに関わっていく組織が既にあるということです。

それでは、次に被害直後からもう少し時間が経つと、多くの事件の場合、犯人が逮捕される。そうすると、刑事裁判が始まります。あるいは損害ということを考えれば、その後民事訴訟になることもあるわけです。そういった裁判の場面での支援ということで、先ほどお話ししたように、被害者参加制度が始まってから千葉県内で少年事件の立ち会いがなされた初めての事件として、澤田さんの事件がありましたので、澤田さんの方から、裁判の支援についてお話しいただければと思います。

澤田: 私の家に初めて弁護士さんがおいでくださったのは、12月1日、そしてそのときにとにかく供述調書を取るために委任状が必要というようなことで、先生は最初から被害者参加を踏まえて、そういう準備にかかってくださったと思います。私たちは、そのときに少年審判傍聴とか、そういったことをまだ全然知識としてなかったわけですが、先生方のほうが進めてくださったように思います。

12月10日、事件から1カ月後、私と主人は家庭裁判所に出向きました。調査官に会って、私たちの気持ち、それを伝える場だと思い、その場に行きました。ですが、話をしているうちに、少年のために私たちが呼ばれたのではないか、そういうことを強く感じるときでもありました。

少年の更生、少年のこれからを決めるためにもしかしたら私たちは材料というか、証拠のような、そういうことを聞き出すために呼ばれたような気持ちでそのとき帰宅したことを覚えています。

そのときに、調査官から、少年審判傍聴ができますが、どうしますかということの説明を受けました。私はすぐに私は言いたいと伝えました。そして、その次の週、弁護士さんお二方と打ち合わせをして、供述調書を手にして帰宅しました。そのときに、弁護士さんは、これを読むとさらに傷つくと思いますが、少年審判で意見陳述をするためには、とにかくよく読んでくださいと言われました。実際、12月17日から約10日後、2008年12月26日、少年審判傍聴参加いたし、弁護士さんが私たちについてくださって、審判廷に入りました。そのときとても心強かったです。

千葉家裁では初めての少年審判傍聴ということで、そして特殊な事件というか、少年が父親に対する恨み、怒り、そういったもので起こした事件ということで、大変な配慮をした少年審判になりました。

そのときに、鉛筆とメモを渡されて、そしてでも鉛筆の音など余りさせないようにという注意を受けたことを今でもよく覚えています。私たちが被害者なのに少年を気遣った配慮が多く感じられたように思います。

私たちは、最初少林寺拳法部の顧問の先生から、弁護士さんの心配をしていただいて、そしてとても被害者参加制度に理解のある弁護士さんにお願いできたこと、これは今でも本当にありがたく、今ここにこうしているということも、そういったことがあったからだと思っています。

ですから、刑事裁判、そういったことでも、まず本当によく自分たちの気持ちを聞いてくださって、どうすればいいかということを考えてくださる弁護士さんに出会うこと、これが大切だと今でもつくづく思っています。

ですから、もし被害者になってしまって、被害者参加をする場合に、そういったことに理解のある弁護士さんを探していただくこと、これが一番大事なことかなと私は改めてお願いしたいということを考えています。

大橋: 先ほどのご講演の中で、河野さんが知り合いの方を通して弁護士を依頼され、その弁護士とのやりとりの話とか、今も澤田さんから、よい弁護士に出会って、裁判に関わっていったという話がありましたが、合間弁護士、裁判における支援ということについて、弁護士の立場でどういうことが行われているのか、あるいはどのような連携があるのかについてちょっとお話ししていただけないでしょうか。

合間: まず、弁護士を頼んでよかったと言っていただいて、ありがとうございます。簡単に知識の整理だけまずさせていただきますと、最近被害者参加制度というものが刑事裁判の制度でできました。また、澤田さんのほうが少年審判の傍聴ということをおっしゃっていましたが、もともと少年審判は非公開だったのですが、それが近時被害者の方は傍聴できるようになったということです。

途中、供述調書をコピーするというような話がありましたが、そういった記録の写しを見せてもらう、少年審判を傍聴したり、それから調査官の前で、もしくは裁判官の前で意見を言うというのが最近できるようになってきたということですね。それが子供の審判ですけれども、また大人、もしくは普通の刑事裁判になっても、今までは基本的には証拠として扱われるようなというように、澤田さんはおっしゃいましたけれども、そういった形で、被害を述べる証人としてという形で法廷の中に入ることが多かった被害者の方たちが当事者ではないんですが、参加人として直接意見を言えるようになったというのが被害者参加制度ということになります。

詳しい内容をここで説明するのは趣旨に反しますし、長くもなりますので、そういう制度ができたのだよということは、知っておいていただければと思います。

そのような刑事裁判なり、少年審判で被害者の方がかかわると、そのお手伝いを弁護士のほうでできるということになります。弁護士は、当然そういった刑事裁判とか少年審判については専門家ですからそれは被告人もしくは少年の立場からだけではなくて、被害者側の立場から参加して、それについてのお手伝いをしています。それこそ一つ一つの用語が普通の方にとってみれば訳のわからない言葉だったりすることがあり、この人たちは日本語をしゃべっているんだか、何をしゃべっているんだかわからないと、格好つけるような法曹の言葉があるんですね。そのような言葉を適宜翻訳して説明をすると、どんな制度があってこういう効力があって、もしくはこういうデメリットがあって、そういったことをできるだけ丁寧に説明をして、支援をしてあげるということが一つ弁護士の役割になっていくのかなというように思います。

ただ、その弁護士に行き着くまでが非常に現状ではなかなか難しいというようによく言われます。澤田さんは、少林寺の顧問の先生のご紹介ということで、河野さんも知り合いを通じてということですけれども、なかなか知り合いを通じてというのは、現実に皆さんも思い浮かべていただいて、知り合いの知り合いの知り合いにいるかなという形になるかもしれません。また、敷居が高い、それから混乱している中で知り合いを見つけることさえ難しい。そういったことがあると思います。

実は弁護士の中でも、そういった被害者が弁護士を必要としているのに、もしくは求めているのに、なかなか弁護士まで行き着いてもらえないという弁護士へのアクセスの問題というのは、非常に難しい問題で、どうにかしなければいけないという、常に問題意識を持って取り組んでいるんですが、なかなかうまくいっていないというのが正直言って現状です。

ただ、現在はそういった知り合いというわけではなくて、日本司法支援センターという法テラスと言われているところがありますけれども、そういったところへ電話をすると、被害者問題に明るい弁護士を紹介する、そういった業務を行っていますし、本日のお配りした資料の中にいろいろな窓口のパンフレットもあったと思いますので、そういったところを足がかりにして、もし弁護士が必要なら弁護士までたどり着いていただければと思います。

ちなみに、宣伝ですけれども、弁護士会の電話相談も入っていますので、それは無料です。あともう1点弁護士を頼むということになりますと、費用の点も不安になられる方が多いと思いますが、先ほど廿日出さんのほうからご紹介もあったとおり、被害者参加制度の弁護士を使うという意味で言えば、国選という制度があって、一定の資力要件を満たす方、収入が一定よりも少ないという方については、国のほうから援助が出ますし、そういった参加制度を使わない場合であっても、日本弁護士連合会の援助制度や先ほどの法テラスの援助制度などもありますので、そういった援助制度を使うということ自体、専門家の知識が必要な部分だと思いますのでそれを確かめるためにも弁護士に来てもらえればと思います。

様々な窓口が連携をしていって、それこそ警察であったりとか、検察であったりとか、被害者支援センターであるとか、そういったところにまず最初の被害者の方がお話をする場所と弁護士会がどうやって連携しているのかということができるのかどうかということになるかと思います。

では、実際にそういう窓口に行き着いていただくということ自体、連携が必要だということになりますけれども、実際の裁判の場面でも連携が必要になるんだと思います。

私が担当した事件で、親族が殺されたという事件の被害者の方の援助をやったことがありますが、センセーショナルな事件で各地でも報道をされました。その関係で、マスコミ対策とか必要だったものですから、実際に裁判が始まるとき、警察の方に車両を出していただいて、それで送り迎えをすると、そこに弁護士が同乗して、裁判所に周りから見えないように入るといった調整をするというのを弁護士が間に入ってやったりとか、それから実際に裁判の席では、被害者の方が法廷に入りますので、その法廷に入ると裁判をやるということは事件を追体験するということになってしまいますね。実際、その裁判で何が行われたかというのをやるわけですから、それは非常に被害者の方、ご遺族にとっては負担になりますから、その負担を緩和してあげるというのは、実は弁護士はなかなか難しい。心理的なケアの専門家ではありませんので、そういうときに被害者支援センターの方が付き添っていただいて、本当に手を握ってあげたりとか、背中をさすってあげたりとか、非常に個々細かなケアをしていただいた。

おかげで、弁護士としても実際の裁判で被害者の方がやるべき行為に集中ができると、それによって相乗効果が生まれるということになると思います。

このように、裁判における支援というのは、弁護士にまず行き着いていただくということ、それから中でいろいろな活動をする。いずれにしても、いろいろな方のご協力が必要ですし、そういうことが充実していけば、より一層よい制度になるのではないかなというふうに思っています。

大橋: ありがとうございます。

今、合間弁護士のほうから、弁護士としていろいろ裁判の支援を行っているというお話、それからまた支援センターがそうした弁護士の活動と連携する形で、心理的なケアを含め行っているという話があったのですが、廿日出相談員のほうから、センターで行っていることについて、ちょっとお話しください。

廿日出: 刑事裁判ですが、今、合間先生もおっしゃっていましたように、裁判用語など、ふだんの生活になじみのない言葉が出てきますし、内容も一度聞いたのではなかなか理解しにくいものです。まして被害に遭われた後の混乱した状況においては、こうしたことをすぐに理解するのは難しいと思われます。

例えば、被害者の方は検察庁で被害者参加制度について一通りの説明を受けるのですが、ほとんど記憶に残っていない方が多いです。センターで改めて丁寧に説明することで、初めは裁判に対して非常に消極的であったのが当事者として裁判に参加して、きちんと対処していこうという積極的な姿勢に変わります。つらく大変なことだけれども、自分なりに頑張れたということが後の被害回復にもつながることだと思います。

裁判に至るまでには、弁護士や検事との打ち合わせも行われるわけでして、特に被害者参加制度を使う場合は何度も打ち合わせが必要になります。支援センターでは、その都度付き添い支援をして、被害者の要望を伝え、理解できなかったことはないかなど、被害者の不安の軽減に努めております。裁判になりますと、傍聴席での被害者の付き添いはもとより、被害者の心身の状況によっては、裁判所の許可のもとに支援センターの相談員も法廷の中に入り、被害者に付き添うことができます。また、被害者の方が証人尋問で証言しなければならないときに、付き添いが必要であると裁判所が認めた場合は、支援センターが付き添うことができます。

被害者の方にとって、裁判は精神的に大変大きな負担になります。支援センターが被害者のそばに付き添うことで、とても心強かったという言葉を被害者からいただいております。

大橋: どうもありがとうございました。

今、廿日出相談員からもお話がありましたように、裁判自体に弁護士が関わっていくことと同時に、それに対する心理的な支援も行われているということでした。

それでは、次に生活支援の話に移っていきたいと思います。生活支援は、犯罪被害では、本当に生活の全般にわたると言えると思います。それぞれのケースで必要とされる支援は違うところがあるわけですが、河野さんの場合には、どういった生活支援が必要な状況だったのでしょうか。

河野: まず、入院から1週間たったときに病院から請求書が来て、治療総額300万だったのです。それで、保険がありますから2割負担ということですけれども、1週間で60万の自己負担金が来たわけです。それからずっと1カ月15万ぐらいの自己負担が続いて、最初は手術があったから医療費は膨らんだということです。だから、そういうまず医療費の問題がかかってきて、それから今度は自分が働けないことによる収入減ですよね。そういう経済的な問題がその2点あって、それから母親が意識不明という状況でずっと14年間続きましたし、当時ちょうど一番下の女の子が進学というような問題があるわけです。

私はそれどころじゃなくて、いわゆるマスコミとか警察といろいろやりとりという状況ですから、子供の面倒が全く見ることが出来なかったわけです。

そんな中で、見られないといってほっとくわけにもいかないから、2歳上の長女がお母さんがわりになって、家庭懇談会とか、それから学校行っての懇談会というのは、長女が母親がわりをやって切り抜けてくるというようなこともありました。

それから、落ち着いた中で、サリンの後遺症というものがすぐ抜けるかと思ったらなかなか抜けていかないということと、それから治療方針が決まらない。だから、いつ治るのか、治らないのかとかいう、そういう身体的な問題もかぶさってきました。

大橋: 本当に今言われた経済的な問題から、進学の問題、あるいはサリン自体がよくわかってないものでしたので、病気についての情報の提供とか、さまざまな問題が生じることになります。どのケースにおいてもいろいろな問題が起こると思うんですが、澤田さんの場合はどうでしたでしょうか。

澤田: とにかく勤めていた銀行の方が事件直後からいろいろな面で応援してくださって、多分あのときに病院で緊急手術等を受けたことの金額も、後に知ったのですが、何百万という金額が出ていたのですがすべて労災のほうで手続をしてくださったので、そういった経済的なことでは余り心配がなかったのですが、本当に心のほうが特につらかったです。

ですから、そういう会社関係の方には本当に感謝してもし切れないほどですけれども、実際告別式も済んで、だんだん普通の家族だけの生活とか、そういったときに、本当の悲しみとか苦しみが始まっていったような気がします。

買い物に出れば、師走になって暮れが近づいて、世の中は活気づいていて、その中に私がぽつんと買い物に行ったときに、自分だけが何かそこにぽつんと本当に随分違和感のある、そんな感じでスーパーとか歩いていました。そして、買い物をすれば、何でもこれは息子の好きだったもの、このようなものを好んでいたなと、すべて息子につながってしまう。そこに行くことでさえ、車に乗れば、こういう車で息子はとか、すべて息子に結びついてしまう。ですから、本当に買い物というよりも、魂が抜けた、そんな感じでしばらくの間生活していたように思います。

そして、末っ子が大学受験のとき、長女が就職活動中、娘たちは余り言いませんでしたけれども、本当に心細いというか、苦しい、そういった状況の中で事件の後過ごしていたのだなと今改めて思います。

それで、いろいろな警察の方からも県警の方からも、心理的な面でカウンセラーのほうもちゃんと待機していてくださって、いつでも相談に乗ってくれる体制であったと思いますが、私のところに少林寺の仲間とか、そしておつき合いしていた方、ずっと定期的に来ていただいて、お互いに衝撃を受けて、苦しみ、悲しみをそれぞれに話して、そういったことで救われていました。

もしかしたら、私はそういうふうに助けられましたけれども、被害者によってはだれにも会いたくない、話もしたくない、そういう方も多いのではないかと思います。ですから、やはり普通の生活・以前の生活には戻れないけれども、立ち直っていくには人とのつながり、そういったこと、息子が残していった友達、それから会社の方、いろいろな方の目に見えない支援もたくさんいただきました。

写真とか、私たちが知らない息子の生前の写真とか、たくさん届けてくださった方もあります。こんな表情をしていたのか、こんなふうに楽しく過ごしていたのかと、事件後多くのことがわかりました。

私のところは、末っ子が高校3年、もしもっと本当に乳児とか幼い子供さんがいる被害者だったら、もっと経済的なこともあるし、まだ幼かったら、自分の家族に何が起こったかもわからない。そういう子供を抱えて、被害直後から生活ということは本当に困ることではないかなと感じます。

そういったときに、先ほど支援センターの方からいろいろな支援があるということを後々にわかっていきましたけれども、そのような体制が整っていれば、どんなに助かるかなと、買い物に行くことすらできない人もいると思います。

私の場合は、近くのスーパーに行って顔見知りの人に会う。そうすると、お悔やみを言われる。そういったことがかえってつらい。元気出してね、頑張ってね。あなたが頑張らないとみんな家族がだめになっちゃうから、ほかにも子供さんがいるからねって。でも、息子は息子で1人なのです。4人いても、ほかの子供がいるからまだいい。そういう問題ではないって、会うときにいろいろな声をかけられて、ただ会釈して、大丈夫とか、そういったことをわかる伝わる人には本当にほっとしました。

ですから、余りそういう事件直後に励ましをたくさんいただいても、こちらも動揺が続いていて、それに全部その言葉を受けとめられないという、そういったことも感じました。

大橋: 今の河野さん、それから澤田さんのお話から実に生活全般の支援が必要になってくるということがわかると思います。

お二人のケース以外では、例えば生計の中心となる方が被害に遭った場合には、本当にその日から生計が途絶えてしまうので、経済的にすぐ逼迫してしまうといった問題も生じてきます。そうなると、社会がどういった制度や仕組みによって、そうした人たちをどのようにサポートしていくかというところがポイントになると思います。

その意味では、犯罪被害者のためにつくられた制度だけでなく、これまで福祉や医療制度の中で作られてきた仕組みも最大限利用していくことが必要かと思います。その点を含め、堀田課長の方から現在どういった制度があるのか、あるいはその問題点についてちょっとお話ししていただければと思います。

堀田: 一口に生活支援と申しましても、ただいま大橋教授からお話があったように、生活全般にわたるということで、大変幅が広くて、先ほどの河野さん、澤田さんのお話のように、経済的な支援ですとかあるいは就労の支援もあります。それから、養育が困難になった方への育児支援、それから家事支援、それから精神面での支援と、さまざまな支援があるわけですが、犯罪被害者の方が被害に遭う前と同じような生活が営めるようにあらゆる支援をしていくことが必要だと思います。

被害者支援を考えるときに、まず欠かせないのが地域の方々の被害者に対する温かい支援の手であり、それが被害から回復していく上で大きく影響してくると思います。県としましては、地域の人々がそういった支援の手を差し伸べていただくことが大切であり、いわゆる2次被害を与えないことも同時に大切であるので、そういった被害者のことをもっと理解してもらうための普及啓発に力を注がなければいけないと思っています。

今日の「つどい」事業のような講演会ですとか、あるいはシンポジウム形式の事業ですとか、本年度から犯罪被害者支援を行うボランティアの育成や、地域の中に犯罪被害者の理解者を増やしていくことを目的とする犯罪被害者支援員養成講座を実施しております。

このような広報、普及啓発活動を通して、犯罪被害に遭われた方の実情ですとか、あるいは犯罪被害者の方の置かれている状況について、県民の皆さんにもっと知ってもらうことが大切だと思います。また、犯罪被害者への支援が必要なのだということを考えていただけるような、そのような啓発をしていかなければならないと思っています。

それと、被害者支援に欠かせないのが既存のさまざまな福祉制度の活用です。こうした制度を活用してもらえるような、そういう仕組みが整っていなければいけないわけなのですが、実際はその制度そのものを知らない、制度にたどり着けない、そういったことが多々あると言われております。

県では、平成20年度にこれは私どもの課にあるのですが、犯罪被害者のための総合案内窓口を設置しております。この窓口を起点として各機関、各制度に結びつけるようにしています。

それから、県内の13カ所に福祉全般にわたる相談等を24時間、365日体制で対応する中核地域生活支援センターという機関を設けております。このセンターでは、既存の福祉制度が受けられないような被害者に対して、被害の回復に必要な家事支援等を行うほかに、各種福祉制度の活用についてコーディネートする、そういった機能も持っておりまして、適用されないと思っていた制度や給付金が適用となるケースもありますので、活用をしていただきたいと思います。

それから、県内の保健所、健康福祉センター、児童相談所、女性センター、それから県立病院を初めとする51の機関を犯罪被害者支援に関係の深い機関として指定をしております。こういった機関に被害者が相談に来られたときに、個々の事情を考慮して対応をしております。あわせて必要な情報を提供して、ほかの機関への橋渡しもしているという状況です。

また、私どものほうでは、その51機関を集めた犯罪被害者等支援連絡員会議を定期的に開催しておりますが、それ以外に相談対応のスキル向上、スキルアップを目的とする職員の研修も行っております。

それと、これは私どもの課で所掌をしている業務ですが、交通事故被害者等の救済対策といたしまして、交通事故相談所を設けております。これは県内3カ所に開設しておりまして、経験豊富な相談員、それから顧問弁護士が対応しております。休日以外は毎日相談を受け付けています。臨床心理士を配置しまして、交通事故によって心のケアが必要な、そういう事案についても対応をしています。交通事故は年々減少をしているわけですが、相談件数は毎年増加しておりまして、昨年度の相談件数は、電話と面接合わせまして約5,400件の相談を受けております。このことから、適切なアドバイスが受けられるということで、公的な機関の存在価値が高まってきていると、そういうふうに感じております。

そして、このような行政が設置している公的な相談窓口は、県民の皆さんが安心して利用していただけるものと考えますし、職員がそれぞれの分野で高い専門知識を持っておりますので、もっと活用をされなければいけないと思っております。

引き続き、県の各種相談窓口が被害者支援のための有効な窓口となるよう努めてまいりたいと思っていますし、残念なことに、県内の全ての市町村に犯罪被害者のための相談窓口が設置されるまでに至っておりませんので、未設置の市町村については、引き続き強く働きかけていきたいと思っています。

大橋: どうもありがとうございました。

今、堀田課長からありましたように、いろいろな機関と連携して福祉医療制度などが活用されているというお話です。皆さんが被害に遭った場合に、恐らく最初に相談に行くところは市町村の窓口ということになると思うんですが、まだすべての市町村にはそういった総合窓口が作られてはいないということで、これから作っていくことになります。そういう総合窓口ができれば、一種のワンストップサービスのような形で、そこからさまざまな、例えば生活保護とか、あるいは住宅を借りるとか、そういうことが総合的にできるようになるわけです。そうすれば、先ほど言ったように、生活支援で必要とされるものは実に多岐にわたりますので、1カ所の窓口に行けば、そこから派生的にいろいろなサービスが受けられるような制度ができていけばなと思います。

さて、先ほどから、河野さん、澤田さんの場合でも、経済的な問題が出てきたわけですが、民事裁判による経済的な問題の解決というのもあるような気がするんですが、合間弁護士、いかがでしょうか。

合間: 県の堀田課長から一人一人の啓発ということで、ちょっと私が今日河野さんと澤田さんのお話を聞いて思ったのは、「頑張ってねと言われても」というような発言がありましたが、そういうことを言うことがどういうことなのかということを一人一人が知ることから始まるのかなと、それが一歩目なのかなというのを非常に強く思いました。

私自身、自分が被害者の方の相談を受けるときに、安易に励ましの言葉をかけるということがどういうことなのかということを、自戒を込めて感じた事もありました。

金銭面については、現状非常に不十分だと思っています。例えば、何か被害を受けたときに、相手に対して損害の賠償を請求すればいいじゃないかと思ったところで、通常はまず示談金という言葉をお聞きになったことがあると思いますけれども、示談金を払われるのかどうか、相手にお金がなければ当然払われませんし、その金額も満足なものでないことが多いです。

また、刑事事件が終わってしまって判決が出てしまえば、加害者の人は刑務所に入ってしまい、示談金の話がなくなってしまうこともあります。

では民事裁判起こしましょうといったところで、やはり同じように相手にお金がなければ、実際裁判を起こすだけこちらが費用かかって、その分悔しい思いをするし、刑事裁判ではあんなに私は反省しますと言っていたのに、民事裁判ではおれにもこんな理由があるのだと言って、責任を否定するかのようなことがあり得なくはありません。また、民事裁判を続けるということは、加害者とかかわっていくことですから、かかわりが嫌だというそういうお気持ちがあるのも当然だと思います。ですので、そういった民事的な手続をしていくというのは非常に限界があるのかなというふうに思っています。

ほかに先ほどご説明した被害者参加手続というのと同時に、損害賠償命令という新しい制度ができたのです、それですと先ほど申し上げた民事訴訟の費用とか、それから時間という意味ではかなり省略、短縮する形で刑事裁判が終わった後に相手に対して賠償を請求できるという制度もできました。ただ、これも相手のほうが民事裁判にしてくれと言ったら、民事裁判になってしまうような制度ですし、なかなか実際にお金が取れるかどうかというのは、民事訴訟と同じなのかなというように思います。

私が担当した事件で、自分が被害者なのですけれども、相手が乗り込んできたので、自分の住んでいる家が被害現場になってしまったという事案がありました。その場合には、それこそ自分の血で畳が汚れてしまって、その畳を片づける費用も、それから引っ越しする費用も結局自分で持たなきゃいけないというようになってしまう。

それこそ、日々の生活にもご苦労されている方だったので、引っ越すことなんかできないという事から被害者の方のご負担は始まっていると思いますし、今県のお話を聞いて、ではそういうところで何か一時的にでも引っ越し費用なり、住む場所なりを確保できる方法はないのかなということは、素直に思いました。

実際にそういった福祉の制度もあるし、建て直すためには下世話な話ですがお金は要ります。それこそ病院へ行くにも、野菜を買うにも、お米を食べるにも、自分が被害に遭えば働けないわけですし、なかなかお金が入らないという中で、何とか権利的に援助を受けてお金がもらえるような、そんな制度があればいいのではないかと思ったりもします。

大橋: 今、経済的な問題がいろいろ出てきたんですが、犯罪被害者に対する経済的な支援ということでは、犯罪被害者に対する給付金の制度がありますが。

廿日出: 犯罪被害者の方に対して国が行っている経済的支援に「犯罪被害給付制度」があります。これには3種類の給付金がありまして、まず犯罪に遭われて亡くなられたご遺族に支給される遺族給付金、それから犯罪行為により重傷病を負われた被害者には重傷病給付金が、またそれにより障害が残った方には障害給付金が支給されます。

平成20年には、給付金の額の引き上げがされて、より充実した支援がなされるようになりました。しかし、これはあくまでも見舞金の性格を持つ一時金です。経済的支援については、イギリスやフランス、ドイツなどでは年金制度が取り入れられて、被害者の生活の安定が図られていると聞いております。一家の収入を担っていた人が被害を受けた場合には、すぐにも生活が困窮するわけです。日本でも早くこうした年金制度が取り入れられて、経済面では被害者が被害に遭う前と変わらぬ生活が送れるような経済的支援がなされることを願っています。

なお、オウム真理教による被害者の方には特別な給付金があると聞いております。

センターで支援をしましたある事例なのですが、事件は殺人未遂です。被害者は心肺停止4回を経て、どうやら命を取りとめました。しかし、ICUでの治療費は1カ月1,000万円近くかかりました。病院からの請求に被害者はこのような死ぬほどのけがを負わされている上に、なぜ自分たちが治療費を払わなければならないのか、加害者に払ってもらえばいい、全くそのとおりです。しかし、加害者に資力がなければ治療を受けている被害者が払わざるを得ないのです。

昨今はこのように住所不定で無職という加害者がふえてきました。損害賠償も取れません。無い袖は振れないということです。この被害者の方は高額治療費の適用を受け、被害者の負担は軽くなりましたが、それでも支払った額は被害者にとっては大きな出費になります。

先ほど申し上げました犯罪被害給付金の重傷病給付金が適用されて、治療費の負担額の1年分は戻ってきます。しかし、この給付金がもらえるのは約1年後になります。とりあえずの治療費はどうしても払わざるを得ないのが現状です。

以上です。

大橋: これについても、給付金の制度はできたのですが、実際に運用していく上でタイムラグが生じるといった問題はまだ続いているということで、これからの検討課題だと感じます。

それでは、もう一度ここでトピックを絞り込んで、心理的なケアに関することについてちょっとお話ししていただきたいと思います。

河野さん、お願いいたします。

河野: 私は心理的にダメージってなかったのですね。よくPTSDなんて言われるのですけれども、PTSDにならないために肩身が狭いぐらいの話で、余りダメージはなかったんです。

東京でリカバリー・サポート・センターというNPOが犯罪被害者の支援の運動をやっていますが、この中で精神的なものが大きいなというふうに感じたときがありました。地下鉄サリン事件が起こって10年たったときに、ウォーキングということをやったんですね。地下鉄でいろいろな場所で被害を受けた人が駅に降りられないのです。自分が倒れた場所とか、1人では入れない。そういう状況の中で、みんなサポートセンターの者もそうですし、医師も入れて、それから被害者みんなで歩いたのです。

そうしたときに、今まで地下鉄の駅に降りられなかった被害者がみんなで降りたことによって行けちゃうわけですね。それで、1回それを越すと、あと自分で平気で入れるようになったということで、被害者同士が話し合う、話し合いながら現場に降りるというようなこと、そのことでも心理的な部分というのは随分緩和されるということがわかったのです。

それ以後、例えば新宿御苑でみんな集めてお話しするとか、そういうことも結構有効であるということです。だから、被害者というのはともかくこもりがちという部分があるわけですけれども、何人か自助グループでも何でもいいのですが、表に出て、やはり自分の苦しさというのを人にしゃべる、しゃべることによって楽になるんだな、そんな体験しました。

大橋: 大変貴重な体験のお話を伺いました。

澤田さん、お願いいたします。

澤田: 先ほど裁判の件が少年審判だけに終わってしまって、ちょっと足りなかったのですが、年が明けて1月4日起訴されて、いよいよ刑事裁判に移り、そこで被害者参加制度を利用してとにかく法廷の中に入る、そのことが息子に対して最もできること、そうして家族5人で被害者参加をしました。そのためには、法律のことなど何もわからない、2人の先生方は初歩的な知識しかない私たちに本当によく指導してくださって、裁判傍聴も一緒にしてくださいました。

そして、やれることは全部やるということで、被告人質問、そういったことも弁護士さんがやれば本当に早いのでしょうけれども、私たちにやらせてくださって、練習もしました。弁護士さんは、今までは加害者のためのこれからを決めるのが裁判、そのような感じで、私たちも実際新聞を読むと、本当にそんな感じでした。でも、24歳の男性銀行員が殺されたという、それだけの裁判ではなくて、澤田智章という人間がどんなふうに育ってどんなふうに友達をつくっていった。どんなふうに社会に向かっていったか、そういったことをわかってもらえる法廷にしましょうと言ってくださったので、本当に私たちは悲しいだけじゃなくて、裁判に向けて半年余り準備等、そういうのがあったので、だんだん立ち直っていくというか、悲しみは薄れませんけれども、そういったことがあったから、前を向いていけたんだなとつくづく思います。

判決結果は、自分たちは何が何でもとにかくあんな危ない少年をそう早く世の中に出してはいけないと思って、無期懲役、それにするためにとにかく頑張らなければと思いましたが、判決は5年から10年の不定期懲役刑、あそこまでやって、判決の日、終わった後、がっくりというか、また新たな苦しみというか、憤りも感じました。でも、本当にやってよかったなということは今でも思っています。あそこで気持ちを言えたこと、そういったことがあったから、今につながっているのだなと思います。

そして、私があすの会に入ったのは、事件から3カ月半たったころです。あすの会の方々もほとんど子どもを殺された、親族を殺されてしまった方々、どんなにいろいろな方と話しても、この苦しみをわかってもらえるのは、同じ体験をした人たちでなければわかってもらえないのかなという思いがあって、必死にその集会の場所に行きました。

そこで本当にあすの会の方々は強いと思いました。そして、笑っている方もいて、私にもここでは笑っていいんだよ、泣いてもいい。そう言ってくれたことが本当に今でも心の支えになっています。

ですから、河野さんもおっしゃったように、話すこと、聞いてもらえること、そういったことがだんだんと前を向いていける基礎というか、そういった始まりになったんじゃないかなと思います。

私は田舎に住んでいて地域の交流、お嫁さんたちの会があって、そこで年に何回か食事に行くのですけれども、最初はちょっと参加するのがつらかったです。普通に話せるだろうかという思いがあって、周りの人たちにも気を遣わせるのではないかなと本当に思いました。でも、そういった機会があったから、だんだんと孤立せずに外に行けたのだと思います。

先月も食事会に参加したときに、本当にたわいもないことですごく笑った自分がいたのです。心の奥で、私はこんなに笑っている。ちょっとこんなに笑っていいのだろうかと思うほど笑ったんです。こういう日が来るなんて本当は思いもしませんでした。事件直後は生きることがつらいと思いました。そのことをずっと考えて、死んでしまいたいというよりも、息子のところに行きたいという思いがずっとありました。でも、先ほど言ったようにあすの会に参加したこと、いろいろな方に会って話を聞いていただいたり、そういったことが自分の心の立ち直りに結びついていったのではないかと思います。

あと裁判のときには、警察の支援室の方、その方々に裁判所まで送迎していただきました。裁判なんて本当に自分たちの身にかかわるということは思っていなかったので、裁判所に行く道のりも心身ともにきつかったので、そういうときに送迎していただいたことも本当に助かりました。

大橋: 心理的なケアについては、専門家によるトラウマのケアと言われているようなものもあるのですが、今、河野さん、澤田さんからお話があったように、同じような体験をした人たち、自助グループとか仲間の人たちとの間で話を共有するとか体験を共有するとか、あるいはそういう中に入って、社会の中で孤立していかないということも、ある意味では非常に大事な心理的なケアになると思います。

心理的なケアということを考えるときに、例えばPTSDという名前があると、だれでもPTSDになるとパターン化して見てしまうのではなく、一人一人それぞれが違うニーズを持っているし、違う問題を抱えているというところから、出発していくのが心理的ケアでは必要じゃないかなという感じが非常にいたします。

廿日出: 被害直後は先ほども申しましたように、目の前に山積している問題を処理することで精いっぱいです。

被害者の方は悲しみや苦しみは一段落したころに襲ってくるとおっしゃいます。心理面のケアは継続的に長期に行われることが大切です。センターには5名の臨床心理士がいます。何回でも無料でカウンセリングを受けることができますので、長期の心理的サポートをすることができます。

被害後、精神的な大きなダメージを受け、外出が困難になることはよくあることですが、そのような方には3回までですが、出張カウンセリングも行っております。心理面のサポートは常に支援の基礎となっておりますので、被害者が2次被害を受けることのないよう、十分な配慮をしながら支援を行っています。

事件、あるいは事故後、被害者の方が精神的に傷つけられ、つらい思いをすることに2次被害があります。被害者は犯罪により大変なショックを受け、心身ともに大きなダメージを負っているところに、周囲の人々の無責任な言葉やマスコミの取材、報道などで深く傷つきます。

ある被害者の方はこうおっしゃっていました。「家から外に出るたびに周囲の好奇な目にさらされ、マスコミにつきまとわれ、こそこそと出入りせざるを得ませんでした」と。「被害者なのになぜこのような思いをしなければならないのですか」と、怒りと悲しみを込めておっしゃっていました。

私たちは、被害者が事件、事故後どのような心理状態になるのかをよく理解して接することが大切だと思います。被害者を責めたり、無理に励ましたりすることのないようにして、社会や私たち一人一人が被害者に対する理解と共感、支持の心で接することが被害者の心の回復につながると思っています。

大橋: これで4つのトピックについてお話をしてきましたが、最後に今日のテーマである地域における犯罪被害者支援のあり方や地域の連携に絡めて、パネリストのお一人お一人から、ちょっとあと3分ぐらいしか時間がありませんので、本当に一言になってしまうのですが、お話しいただければと思います。

では、河野さん、お願いいたします。

河野: 私は犯罪被害というのは、人ごとじゃない、それは統計の数字でも出ているわけですよね。そういう中で、市民がどうやって参加するかといったときには、例えばここであれば支援センターがあるわけです。そういう支援センターの例えば会員になる。賛助会員になる。そして、時間がある。そういうときはボランティア活動に参加する。それは市民が参加するそのことによって意識が変わっていくと思いますので、ぜひそんなことをお願いしたいと思います。

大橋: ありがとうございます。

澤田さん、お願いします。

澤田: 事件直後から必要不可欠なことが済んだら本当に人に会うのがつらかったです。何もこんな被害がない、苦しみがなかったときもあった、楽しく過ごせた。そのときの自分に決して戻れないという、そういう思いがそういう気持ちにさせたのだと思います。でも、告別式でも、それから裁判の準備でも、どのときでも人とのかかわり、優しい人がたくさんいる。こういう立場になったからかもしれませんが、本当にそういったことを少しのことで感じます。すばらしい尊敬できる方にもたくさん出会える、そういうことも気づかされました。

犯罪被害を受けて、いろいろ経済的な支援も本当に重要でありますが、心が元気になる、与えてもらえるような人とのつながりを大切にして、そして言葉の持つ力、言葉で傷つきもします。ですから、短い言葉でも人を励ますこともあるし、傷つけることもある。そういったことを自分もこれから気をつけていきたい。そして、息子のためにも1日でも長く元気で、いろいろな方に会って、そのことを今度というか、息子のところに行くときに話せるような、そういったことをして生きていきたいと思っています。今日はありがとうございました。

合間: 弁護士というと、被告人側の弁護人というイメージが強いかもしれませんけれども、最近は私のように被害者側の弁護というか、支援をするというのがふえてきています。私も弁護士になりたてのころから、新しい分野なので、手探りで試行錯誤しながら、仲間と一緒にどういうことができるかと議論してやってきました。やればやるほど、弁護士ができることって本当に一部なのです。今日のお話にあったように、本当に地域というか、包括的にいろいろな人が支えないと成り立たないというのが被害者支援だということを日々実感しています。ですので、今日私も非常に勉強させていただきましたし、ご来場の皆様もそういうことで一歩一歩やっていくと、国民の皆さんが必要だと思えば予算がついて制度もできていくということにもなるでしょうから、そういう意味で今日の機会が一つの一歩になればいいなと思います。

今日はありがとうございました。

廿日出: 被害後、とにかく早めに支援センターにつながり、早い支援を受けることで被害者の負担は軽くなり、被害からの回復が図られると思います。各相談機関、そして地域の皆さんが被害者の方の心情をよく理解し、互いに連携をとりながらの支援ができることが何よりも大切だと思っております。被害者の方が地域の中で再び平穏な生活が取り戻せるように、県民の皆さんが犯罪被害者への理解を深め、同時に千葉犯罪被害者支援センターの存在についても知っていただけたらと願っております。

ありがとうございます。

堀田: 本日はほかのパネリストの皆様から貴重なご意見、お話をお聞きできて本当によかったと思っております。県の今後の被害者支援施策の推進に活かしてまいりたいと、そのように思っています。

被害者支援制度については、今後も充実を図っていかなければならない点が数多くあると思っておりますし、被害者支援の必要性、重要性について、まだまだ県民の皆さんに十分浸透していないとも感じております。

県といたしましては、多くの人が犯罪被害者の支援に適切にかかわりながら、社会全体で犯罪被害者を支えていく社会の実現に向けて取り組んでまいりたいと考えておりますので、引き続き皆様方のご支援、ご協力、よろしくお願いいたします。今日はありがとうございました。

大橋: 皆さん、どうもありがとうございました。

最後に私のほうから一言だけ言って終わりにいたします。

今日、パネルディスカッションでお話ししたように、被害者を支援する公的機関を含めたネットワークは、徐々に作られつつあると思います。ただ、それは公的機関だけではなく、今日ご参加の一人一人の市民の方がある意味ではネットワークの一部になっていく、そしてそうした社会全体が被害者を支えていく、支援していくことが大切だと思うのです。一人一人の人を含めた社会そのものが関わっていくことが非常に大切だと思います。

ですから、今日のこうした場が、皆さんがこれから被害者の支援活動に何らかの形で関わっていただく一つの機会になればよいと考えております。

今日は本当にご清聴ありがとうございました。

▲ このページの上へ

警察庁ロゴ警察庁トップページ犯罪被害者等施策ホームページ


Copyright (C) National Police Agency. All Rights Reserved.