平成20年度「犯罪被害者週間」国民のつどい実施結果 北海道大会 in 旭川:基調講演

北海道大会 in 旭川:基調講演

 
テーマ:「犯罪被害者の現状と必要な支援」
講師:松村恒夫(弁護士・全国犯罪被害者の会(あすの会)副代表幹事)

 ただ今ご紹介いただきました、全国犯罪被害者の会の松村でございます。今日は、たくさんお集まりくださいました上、私にこのような話をさせていただく機会を与えてくださいまして、誠にありがとうございます。これから約1時間にわたりまして、現在の犯罪被害者がどういう立場なのか、また、それに対してどういう支援を望んでいるのかということについて、お話しさせていただきたいと思います。

 その前に、確か私どもの会で2003年に、この旭川にお邪魔しまして、署名活動させていただきました。その時、恐らくここにいらっしゃる方の中にも、多くの方にご協力いただいたと思います。高い所からでございますが、改めて御礼申し上げます。

 私は、どういう被害に遭ったかといいますと、皆さん、お手元にレジュメを用意してございますので、それを見ていただければよろしいかと思います。1999年の11月22日に、私どもの孫娘春奈が近所の主婦に殺められたという事件でございました。ちょうど、一昨々日、が祥月命日でございました。

 春奈といいますと、2歳8ヶ月でこの世を去ったのですけども、一緒に私と散歩しておりますと、「じいじ」、道端に咲いている花を見て、「これがすみれだよ」と教えてくれたり、あるいは建築中のビルの屋上で、動いているクレーンを見ますと、「キリンさんが今日も頑張って働いてるね」という、非常に可愛い発想をした、賢い女の子でございました。私どもはその孫娘から元気をもらってまいりました。

 それが突然、2歳8ヶ月でこの世からいなくなりました。その空しい気持ちというものは今でも変わりません。今、生きていれば小学校6年生になってると思いますが、そういう6年生の姿よりも、2歳から3歳の女の子を見ると、ああ、春奈はああだったのになあ、と、そういう女の子とすれ違うたびに思い出させられます。

 加害者の山田みつ子は、私も車で、孫が代々木公園で野外活動をした時に、帰りに送ったこともございまして、2回ぐらい車に乗せたことありますが、乗る時に「お願いします」、降りる時に「ありがとうございました」というぐらいで、他に一切口を聞かない、無口な女でした。その女が、裁判になるとよく喋るわ、喋るわ。2時間でも3時間でも喋りました。

 しかし、その裁判の中でも、自分が家族と会えなくなる寂しさというものは述べていましたけれども、自分が殺した相手の被害者の家族がどんな目に遭うのか、どんなに悲惨な状態になるのかについては、一言も触れませんでした。そういう女でした。そういう女に殺された春奈が可哀そうです。

 そして結局、高裁まで行きましたけれども、その犯人は懲役15年、現在服役中でございます。懲役15年ということは、刑期の大体3分の2が終わると仮釈放の、権利じゃないですけども、申請することができます。その為でしょうか、つい1週間前に犯人から、「謝罪文を出したい」ということが、弁護士を通じて私どもの弁護士のほうに申し入れがありました。もちろん見え見えですから断りましたけれども、自分のことしか考えない。そういう女性に殺されたことが悔しくてなりません。

 さらに、本人は刑務所に入っていますから、お金を払うのは無理だろうと思いましたけれども、私どもは損害賠償裁判を起こしました。というのは、刑事裁判では、「心の闇」だとか、「心のぶつかり合い」があったということで、なぜ殺したのか、本当のことは言いませんでした。ですから、損害賠償命令、民事裁判を起こせば法廷に出てくるのではないかと思いまして、損害賠償命令を起こしたのですが、1回も出てこないで、1回で結審しました。その損害賠償命令では、毎月22日の命日に賠償金を払いなさい、割賦払いしなさいという日本で初めての判決が出ました。金額というのは約6万円でした。、もちろん払えるわけありません。とにかく加害者に22日を忘れさせないためにやりました。それはよかったと私は思っております。

 新聞報道では、損害賠償命令で確か6,100万円という判決が下りたということが報道されました。しかし、私どもはほとんどお金は手にしておりません。金額だけが一人歩きしました。まるで、孫を殺されて6,000万円儲けたかのような報道がなされたことについては、悔しくてなりません。

 さらにその上、娘である春奈の母親が報道被害にも遭いました。1999年といいますと、4月には本村さんの事件、山口県の光市の事件がありました。9月には池袋の通り魔事件がありました。10月には桶川の女子大生ストーカー殺人の事件がありました。その次に、11月にうちの事件が発生してしまいました。、非常に報道がヒートアップしていました。私どもの娘は、いわゆる新聞社、メディア側の偏見に基づいて、「無いこと、無いこと」全部報道されました。メディアではうちの娘が、加害者をいじめていただとか、パシリに使っていただとか、意地悪したからだということが伝えられていましたが、裁判の結果、一切娘の非は無かったということが認められました。

 その判決を受けまして虚偽の報道をしたメディアを訴えました。本当はテレビのワイドショーの被害が一番大きかったものですから、テレビのワイドショーを訴えたかったのですが、残念ながらテレビの報道は、そのテープを保存する時効というのは3か月だそうで、訴えることができませんでした。それなので記録が残っている雑誌、あるいは単行本というものを訴えました。4社5誌でしたが、全て勝訴でした。最後には、2005年の4月に、『週刊文春』との訴訟が和解しました。私の手記と、それからなぜ報道被害を与えたのかという、週刊文春による謝罪検証記事、さらには車内吊り広告を、首都圏に3万枚吊り下げるという条件で和解いたしました。決してうちの娘は、週刊誌で報道されたようなリーダー的な女ではなくて、穏やかな普通の女性です。

 このように、犯罪被害者になるとは一体どういうことなのか、どうなってしまうのかということを考えてみますと、最初に出てくるのは、世間の晒し者になってしまうということです。結局、ああいうような事件が起きたのだから、よっぽど悪いことを加害者にしていたのじゃないかという、偏見をつけて、悪く悪く取られるようになってしまいます。この偏見ほど怖いものはありません。恐らく、夜遅く道を歩いていた女性がレイプされたということがありますと、「あんな遅い時間に歩いている女性が悪いのだ」ということを言うのが世間です。しかし、本当に悪いのはレイプしたほうが悪いのに決まっています。それなのに世間の報道では、「あんな夜遅い時間に歩くのが悪いのだ」という言い方になってしまいます。

 さらに、事件が起きますと、うちの娘もそうですが、あの時に私が目を離さなければああはならなかったのにと自責の念に駆られます。ですから、それは死にたい、自殺したいということも娘も何回か思ったと言います。もしも万が一のことがあると、上にお兄ちゃんがいますから、お兄ちゃんに、母親もいなくなるし、娘の主人もいますから、またさらに家族を泣かせることになるということで思いとどまったそうです。そういうことで、「あの時に私が何とかしていれば」と思う、ものすごい自責の念に駆られます。

 さらには、その段階で終わっていればいいのですが、「おまえがあの時にそういうことしたから、こうなっちゃったのだよ」ということで責められ始めると、家族の崩壊が始まります。私どもの会にも、そういうことで家族が崩壊してしまったという例が結構あります。さらにもっと悪いことには、殺人事件で、被害者が一家の大黒柱だった場合には、途端に経済的に困ってしまいます。その支援として、当座の資金は地方公共団体が支給してくれるようになった地域も最近はあるみたいですが、一家の大黒柱が倒れると完全に困窮状態に陥ってしまいます。

 さらに一番残念なことは、人間の不信に陥るというか、誰も信じられなくなってしまいます。家族と友人ぐらいは信じるでしょう。それに警察の人だけは信じられますが。

 そして、そのようなことで殺されたりいたしますと、相手の加害者のほうは懲役何年ということで、死刑でない限り生きています。うちの場合だと懲役15年経てば一応法律的な罰は受けたことになりまして、そのあとは忘れようと思えば忘れられます。しかし、被害者のほうは忘れることはできません。一生その傷を背負って生きていかなくてはならないというのが現状なわけです。ですから、懲役何年ということで逃げられるならば、そんなバカなことありません。ほんとに被害者の苦しみというものは、相手が懲役なら懲役で、出てきた時から始まります。仕返しされるのじゃないか、あるいはうちの場合でも、加害者が娘、息子たちにどういう話をしているのか、それによって逆恨みされてるのじゃないかということで、心の休まる時はありません。

 皆さん恐らく、事件に遭ったことがない方ばかりだと思います。事件に遭ったらどうなるのか、事件が発生しますとそれが通報されて、捜査が開始され、うまくすれば犯人が逮捕される。そして犯人が起訴され、刑事裁判が始まり、今ですと判決が出てから、必要ならば民事裁判に移行するというような流れが普通です。特に事件が発生してから、裁判が開始するまでの時間、これは犯人、あるいは加害者がすぐ見つかればいいのですが、一番被害者にとって不安な時期です。犯人が捕まるだろうか。早く捕まってもらいたい。

 うちの場合でも、犯人が捕まっただけじゃなくて、春奈が早く帰ってきてもらいたいということだったのです。事件が発生してから3日目に、春奈が加害者の実家の庭に埋められたのが発見されるという、悲しい結果になってしまいました。私どもはそういうことを経験しているわけです。春奈の遺体が静岡から搬送されてきました。娘のマンションは大塚警察署の反対側にあります。搬送されてきたり、あるいは加害者が護送されてきますと、そのたびに、フラッシュが一斉に焚かれます。昼間みたいに明るくなります。それを私は10階の部屋から見ていました。呆然と見ていました。ああ、こんなことになっちゃったのかということです。

私が4日目の朝、春奈の遺体を確認してくださいと警察に言われました。警察署は、目の前50メートル、ぐらいなのですが、メディアの人がいっぱいでそれが行けないほどでした。ぐるっと裏のほうに回って、警察署の遺体安置所に行きました。そして、春奈と対面しました。小さな棺でした。そこに、別に土の中に埋められていたからということではないと思いますが、土気色した、幼い子が横たわっていました。涙が出ました。こんな子を殺しやがってと。

 そして春奈をそのまま連れて帰れればいいのですが、帰れなかったのです。司法解剖が待っていました。あんな小さい子の体にメスを入れてもらいたくないのですが、連れ帰ることはできませんでした。それよりも辛かったのは、その小さな棺から離れようとしない娘です。娘はその棺にしがみついて、なかなか離れませんでした。その娘を離れさせる、この辛さというものを私は一生忘れませんし、この辛さというものがあるからこそ、犯人を絶対許すことができないという思いを新たにして、娘のマンションに帰ったことを思い出します。

我々のケースの場合には犯罪被害者となり、殺された悲しさ、悔しさという一次被害だけでなくて、報道被害にも遭ったわけです。ですから、報道被害というのはどういうものかということですが、世間で言われているのはマスメディアによるメディアスクラムということで、集中取材ということがあります。本当に四六時中監視されているようで、買い物に出ることもできませんし、ちょっと動けばすぐついて来ます。ということで、集中取材がありました。

 さらに、一番問題なのは誤った報道をされることです。特に、先ほど申し上げましたが、1999年11月というと、非常にメディアの方でヒートアップしていた時期ですから、少しでも早く、少しでも情報をということで、裏付けも取らないで報道されました。それはほとんど全部誤りでした。そのような世間の偏見に基づいた報道がなされました。しかも、それはマスコミはやりっぱなしです。裁判でも起こさない限り、訂正しません。そして、訂正されたとしても事件発生当時の、あのワイドショーの長い時間と同じ時間、あるいは新聞報道、雑誌報道による活字の大きさも発生当時と同じ活字の大きさっていうものにはなりません、もうほんとにこんな小さい記事で終わっちゃいます。ですから、なかなかその名誉というものは、回復されることは難しいのです。

 さらに、報道してくれないということで、泣いた被害者の方もいらっしゃいます。少しは報道しておいてくれれば、何かに残ったんじゃないかと、生きた証にもなったのじゃないかということを考える被害者の方も、逆にいらっしゃいます。いずれにしても、報道被害というものは、受けたものは一生背負っていかなくてはならない、本当に辛い、目に見えない二次被害です。

 犯人が起訴されて、裁判が行われるようになると、われわれ被害者は事実を知りたいということで、裁判に参加するようになります。そうすると、その裁判の中で、犯罪被害者はどういうふうに扱われているのか。特に、後で話が出てくるかもしれませんが、12月1日を境に大きく変わります。今日現在はどんな状態なのかといいますと、被害者が裁判に行っても、座る場所は法廷の外の傍聴席です。そこで静かに座って、黙って加害者の勝手な言い分を聞いているしかありません。裁判は、裁判長と検事と加害者と加害者の弁護人で進められて、一切被害者は蚊帳の外です。傍聴席に座っていても、加害者に対して質問することは一切できません。裁判の流れも、別に被害者には弁護士が付いているわけじゃありませんので、法廷の用語も分からなければ、今後どういうふうに裁判が進むのか、分かりません。

 さらに、起訴状だとか、冒頭陳述、論告求刑、判決とかいうものは一切被害者には送られてきません。我々が知るのはマスコミを通して、マスコミからもらって初めて分かるという、変な状態になっています。最大の当事者でありながら、蚊帳の外で扱われるということです。今、申し上げたことは、12月1日からはかなり改善されます。

 さらに、被害者が、あの人が絶対間違いなく犯人で起訴してもらいたいなと思っても、起訴してくれるかどうかは分かりません。起訴することができるのは検察官だけです。さらに、こういう罪で起訴してもらいたい、例えば殺人で起訴してもらいたいなと思っても、傷害致死罪で起訴されたりして、なかなか被害者の思った訴因で、起訴されることも少ないのです。

 さらに取り調べの段階ではいろいろ調書作っていますから、被害者が、事件関係者の調書を証拠として採用してもらいたいと思っても、加害者がこれは証拠として認めないと言った場合には、証拠採用されません。これはうちの場合でもありました。幼稚園のお母様方が調書というものを取られた時に、うちの娘と加害者との間でどういう関係だったのかということを、証拠として話してくれたのですが、加害者の山田みつ子の反対で、証拠採用されませんでした。山田みつ子、加害者は全部その調書を読んでいますから、その中で加害者を非難したもの、あるいは加害者にとって不利なことを言った父兄に対しては、刑務所の中からそのことをなじる手紙を出しました。私はそれを聞いてびっくりしました。そのため、後の刑事裁判の時に、幼稚園のお母様方が証人として出廷することを拒否することになりました。加害者が出てきたら何やられるか分からない、そんな恐怖感を与えたわけです。ですから、加害者が、これは自分にとって不利になるなと思ったものは、一切証拠として採用されていません。

 さらに、私どもの裁判でも、裁判期間は、2年かかりました。今後、裁判員制度が始まったり、あるいは今でもやってますが、公判前整理手続きということで、かなり論点を整理してくれば少し早くなると思いますが、本当に裁判というものは時間がかかります。その間、精神的に耐えるのは大変なことです。

 また、先ほど申し上げましたが、損害賠償金額ですが、判決で出た金額というものは、「絵に描いた餅」で終わることがほとんどです。暴力団にやられた場合には、お金が払われることが多いようですが、そんなのは1割もありません。ほとんど「絵に描いた餅」で終わってしまいます。さらに裁判を通してやりますと、裁判中に加害者は、自分が少しでも有利になるようにということで、「無いこと、無いこと」言いますし、さらには加害者の弁護士も、いかに被害者のほうに落ち度があったかということを、蕩々と述べます。そういうことで、二次被害、あるいは三次被害というものを受けてしまいます。

 さらに、また損害賠償裁判を起こそうと思えば、証拠書類として使われたものをコピーしなくてはならない。何千枚ということでコピーしなければならないのですが、最近は40円ぐらいだと、北海道もそうだと思いますが、昔は70円でした。その辺のコンビニでやれば1枚10円ですけども、40円、あるいは70円取られました。そのようなことが、非常に経済的負担となりました。

 そのようなことがあっても被害者はなぜ司法に参加したいのか、と言いますと、本当に事件の事実はどうだったのか。加害者がどんな人間で、なぜこういう事件が起きたのか、その事実を知りたいからなのです。さらには、先ほどありましたが、加害者が、自分が少しでも有利になるようにということで被害者を、どちらかというと、侮辱したり、名誉を傷つけたりします。そのような名誉を傷つけられたものを、被害者は、あるいは被害者遺族として、被害者の名誉を守りたいから裁判に参加したいのです。そして結果的には、加害者に対して適正な刑罰が下るということを求めています。

 しかし、こういうことができないということで、被害者は裏切られてきました。あくまでも被害者というものは証拠品にしか過ぎないのだと。裁判が始まれば、お前ら、関係ないのだよと、あとは検事に任せなさいということで、自分たちの思いが届きませんでした。しかし、これが12月の1日から被害者が裁判に参加できるということになり、かなり変わってきます。

 その時にもう一つ参考資料として、被害者と加害者の間で、国のお金がどう使われているのかということを見ていただきたいと思います。犯罪被害者に対しては犯罪被害者等給付金というのが支給されていますが、それが年間で11億円です。今年の7月1日から改善されましたので、倍ぐらいになったとは思います。22、3億円ぐらいの金額になったのじゃないかと思います。

 しかし、加害者のほうに対しては、355億1,000万円ということで、ほとんどが、加害者が刑務所の中で生きていくための衣食住のお金です。特に食費が240億円。刑務所の中の受刑者が食べるために、これだけの、240億円のお金を使いますし、さらに、加害者に対する国選弁護人のためにも、75億円というお金を現在使っております。さらには、彼ら受刑者が着る洋服代で12億円使う。さらに、病気になった時に治すお金、医療費9億6,000万円使うと。すごい金額が使われています。こういうものを大体ならしますと、受刑者一人当たり年間で250万円かかります。ということは、生活保護のお金とどうですかね。それくらいお金がかかっているわけです。しかもそれが、私たち犯罪被害者の税金からも払われているのですね。こんなことが許されていいと思いません。

 犯罪被害者に対しては、年間11億円の犯罪被害者給付金しか払われておりませんが、その金額が世界でどうなのか、欧米諸国と比べてどうなのかということを見てみますと、日本は11億円のお金を1億3,000万の人口で割りますと、一人当たり7円80銭の負担をしていただいていることになります。しかし、ヨーロッパのフランスの国で見ますと、一人当たり600円です。ということは、フランスの国っていうのは、大体人口が6,000万人ぐらいしかいないのですけども、被害者に対して給付金だけじゃなくて、いろいろ治療費やなんかもあると思いますが、年間360億のお金が使われております。アメリカの場合でも一人頭にすると179円だとか、桁違いに日本は犯罪被害者に対して国のお金が使われていません。わずか11億円とか、20億円とか、30億円とか、そんな話です。ですから、定額給付金だとかに比べて、微々たるものしか使われていないのです。

 というような環境ですから、これを何とかしなきゃいけない。また被害者参加、ということについて、あまりにも司法の下で惨めな立場だったので、これじゃいけないということで、全国犯罪被害者の会「あすの会」が立ち上がりました。2000年の1月23日のことでした。これは1997年に暴漢に奥様を殺された岡村勲代表幹事、弁護士さんですけれども、その方が97年、98年、99年と、2、3年、ほんとに奥様に申し訳ないという気持ちでいっぱいで、こういうようなこともする気もなかったし、さらには今まで自分がどちらかというと人権派の弁護士ということで、加害者を助けることに一生懸命だったと。しかし、その加害者の陰で、こんなにも泣いている被害者がいるのか、被害者はこんなにも惨めな立場なのかということを知りまして、「あすの会」を立ち上げることになりました。

 そして、平成2年に、最高裁判所の判決で、「裁判というものは社会秩序の維持を守るためのもので、決して犯罪被害者のためではない」のだということは、はっきりと出てるのですね。そうではありません。裁判っていうものはやっぱり犯罪被害者のためにもあるのだと。悔しいから、未だできない仇討ちでも、その仇討ちを国にしてもらいたいからあるのだということも含めて、司法制度そのものが、犯罪被害者のためにもあるのだということを分かってもらいたいということです。

 さらには、先ほど述べましたけども、裁判にも参加できないというのはやっぱりおかしいのじゃないか、裁判にも参加させて欲しいし、さらには、今まで刑事裁判が終わってから損害賠償請求だとか民事裁判を起こしていますが、刑事裁判と民事裁判が一緒にできる制度、附帯私訴といいますけれども、そういう制度をぜひ作ってもらいたいということが一つの目的であります。さらには犯罪被害者となった場合には、余りにも国からの支援が少ないので給付金だけじゃなく、いろんなサポートも少ないから、被害者家族の被害回復のための制度も作ってもらいたいということを目的に立ち上げました。

 そして、ただ会を作っただけじゃできません。経済的な援助がなければできない、基盤がないとできないのですが、そのために犯罪被害者の会を支援するフォーラムというものを立ち上げてくれました。その発起人としては石原慎太郎さん、今の東京都知事だとか、瀬戸内寂聴さん、元トヨタ会長の奥田碩さん、元アサヒビール社長の樋口廣太郎さんというように、殆どが一橋大学の卒業生です。この人たちが犯罪被害者を支援するフォーラムというのを立ち上げて、お金を集めてくださいました。そのお金、浄財が全ての運営の元になっています。また「あすの会」は、一切会費は取っておりません、善意のお金、寄附金で運営されているのが現状でございます。

 さらに「あすの会」が一般の支援する団体と違うのは、我々のところで直接支援しているわけじゃありません。顧問弁護士による法律相談は行っておりますが。支援というものが進むためには、支援するための仕組み、インフラ、法律だとか、制度だとか、そういうものがないとできないのですが、そちらを目的にやっていこうじゃないかということが、犯罪被害者の会「あすの会」の目的、行動パターンになっております。

 どういう活動をしてきたかといいますと、発足して2年後にはヨーロッパへ、被害者がどういうふうに司法参加しているのかということを見るために、調査団を派遣しました。ヨーロッパでは、被害者が裁判に参加しているのだと、日本でもやろうじゃないかということで、まず司法制度そのものも、被害者のためにもあるのだと、司法参加させてください、そしてまた、民事裁判と刑事裁判、一緒にできる附帯私訴制度も作ってくださいということで、2003年に署名活動を始めました。ほとんど県庁所在地でしたが、全国50カ所で行いました。その時に、こちら、旭川でも署名活動させていただきました。

 そして、署名が39万ぐらいだったと思います、その時に、時の小泉総理大臣にお会いしました。そしたら、総理大臣も「犯罪被害者というのはそんなに大変なのか」ということを、初めて犯罪被害者の悲惨さをその時知りました。そして政府のほうは小泉がやるから、党のほうは保岡さんだったかな、に頼みますということで、党と政府が一緒になって動き出しました。動き出した時に、我々の会では第二次ヨーロッパ調査団として、補償制度、被害回復制度はどうなっているのかということも調べました。

 そういうことがあって、2004年の12月1日には、「犯罪被害者等基本法」というものがやっとできました。これは犯罪被害者にとっての憲法みたいなものです。初めて犯罪被害者の権利、存在というものが認められました。憲法では加害者については、8条だか何条だか、立派にその存在を認められていますが、被害者のことについてはどこにも書いてありません。ですから、「犯罪被害者等基本法」が犯罪被害者にとっての憲法であります。

 そしてこの「犯罪被害者等基本法」という法律を作っただけでは意味がないのです。実際にそれをどう施行していくかということが必要だったのです。そのため「犯罪被害者等基本計画」というものを、そこの瀬戸さんもいらっしゃる「犯罪被害者等施策推進室」が中心になって作成してくださいました。2005年の12月には、犯罪被害者をどういうふうに支援していくか、その尊厳を回復するにはどういうふうにしたらいいのかという施策が誕生したわけです。

 そしてさらに、基本計画に書いてありました、改正刑事訴訟法という、被害者にも司法参加させるような方向を示したものが、昨年の6月に認められたわけです。今年の12月1日から施行されるということです。さらに犯罪被害者等給付金支給法というのも改正されまして、やっと自賠責並みの金額になってきました。

 これは皆さん、ご存じだと思いますが、数年前に下関の事件がありました。下関で、車で轢き殺された人、さらにその犯人が車を出てからナイフを振り回して殺した人と、二つの殺人事件があったのですが、その補償金額は全然違いました。ナイフで殺された人は500万円で、車で轢かれた人はは3,000万円でした。それがやっと今年の7月1日から同じような金額に並んできました。

 さらに、被害者にも国選弁護人が付くような仕組みにもなりました。12月1日からは被害者が裁判にも参加して、検察、検事の横に座って、フリーじゃないですが、自分の言いたいことは、裁判長が許可すれば言えるというように変わってきました。

 そのような基になっているのが「犯罪被害者等基本法」ですが、それはどういうようなものかということを、ちょっとここで述べてみたいと思います。というのは、今、私が内閣府で、犯罪被害者に対する国民の意識を調査する会議に企画分析構成員として参加させていただいていますが、この10月にインターネットを使って調査しました。そうしましたら、「犯罪被害者等基本法」を知っているという方が国民の半分もいませんでした。初めて聞いたという方ばかりです。これは、ほかにも「被害者参加制度」もそうですし、「自助グループ」なんてもっと低いですし、「法テラス」ももっと低い。唯一よく知っているのが、「裁判員制度」ということでした。確かにあれだけお金を使っていろいろ広報すれば、皆さん知ってくださると思います。それに比べれば、まだ「犯罪被害者等基本法なんてあるのか」、「こんな法律あるのか」という状況ですから、少しお話しさせていただきたいと思います。

 犯罪被害者のための利益、犯罪被害者の利益を守る法律が初めてできたということです。特にその基本理念として、犯罪被害者等の尊厳が尊重され、その尊厳は守られるべき、保障されることが謳われています。犯罪等による被害について、もちろん第一義的責任を負うのは加害者であるのですが、犯罪等を抑止して、安全で安心して暮らせる社会の実現を図る責務を有するのは国民です。そして国民は、犯罪被害者たちの声に耳を傾ける必要があるのだということです。国民の誰もが犯罪被害者等となる可能性が高まっている今こそ、犯罪被害者等の視点に立った施策を講じ、その権利・利益の保護を図れる社会の実現に向けて、新たな一歩を踏み出さなければならないとはっきり書いてあります。

 特に、国や地方公共団体の責務というものを決めているわけです。特に国は、それらの総合的な施策を作って実施するのですけども、地方公共団体はその中において国との役割の分担をして、状況に応じた施策を実施しなくてはならないということが定められていますし、国民は犯罪被害者等の名誉、または生活の平穏を害することが無いように、配慮、施策に協力していくということが期待されているということです。

 犯罪被害者等施策推進会議という組織が、この基本法の施策を策定するために内閣府の下で官房長官を長としてあります。

犯罪被害者等基本法でカバ-し、基本計画で策定している凡その内容は次の通りです。今現在直面している問題はどういう問題なのか、さらにまた必要な情報はどういうことなのか、さらに犯罪被害者が困っていれば、困っている問題に対して、誰がそれに精通しているのかということを紹介しなければなりません。例えば殺人事件で現場がその家だとしたならば、事件現場を保存するために、その家でないシェルターというか、公営住宅を斡旋しなくてはならないとか。また、殺人事件が起きてしまった場合に、いろいろ取り調べもあるし、警察にも協力しなくてはならない、そうした場合に会社を休まなくてはならないといった場合には、ぜひ雇用主の方も理解して、それを応援してあげてくださいというようなことです。それから基本計画の中では、司法参加というか、裁判に参加していけるように適切な施策・手続きをつくりなさいというようなこと。さらには、被害者の状況、あるいは名誉とか、生活が平穏にできるように、各地方公共団体でも、教育や広報活動をしなければならないというようなことも定められているわけです。

 以上が、大ざっぱな犯罪被害者等基本法、基本計画ですけれども、昨年に犯罪被害者に対して国民がどう思っているのかという調査をしました。そうしましたら、犯罪被害者というとすぐ殺人の被害者とか思うのですが、実際には7割が交通事故の被害者です。交通事故の方も犯罪被害者なのですね。殺人の方が大体2割ぐらい。あと1割、5%ほどが大体性被害の方とか、そういう方がいらっしゃるということです。

 そしてさらに、一口に犯罪被害者といいましても、交通事故の方とそれ以外の方とはちょっと違うのです。交通事故の被害者の方は、今までですと、自賠責法とか何かありまして、割りに経済的に補償されていましたので、他の犯罪被害者とはちょっと違うし、また一緒になかなか活動することは、難しい状態だったのですが、これからは一緒にできるかもしれません。

 さらに国民の方は、犯罪被害者というのは被害にあって困っているのだから、国が全部面倒見てくれているのじゃないかなと思っているわけです。しかし、犯罪被害者では4割が、何にも支援受けてないし、ほったらかされているというふうに感じております。

 そしてまたさらに、犯罪被害者は事件のことに触れないで、事件の前と同じように接してくれるのが、一番精神的に、安定にも繋がるのだというふうに思っています。反って、逆に気を遣って、「あの人はああいう犯罪被害に遭ったのだから、少し見守ろうじゃないか」ということで距離を置くと、それは精神的安定にも繋がらないし、被害回復にも繋がらないということなのです。被害者にとって身近に相談相手の人がいるのが、一番いいと言うことです。何も言わないでも、そばにいてくれればいい。フランク永井の歌じゃありませんけども、そばにいてくれるだけでもいい。それでも支援になるということです。

 周囲の人からの言葉や言動に影響を受けますが、「運が悪かったね」というのは、交通事故の人には、これは結構です。しかし、殺人とか性被害の人に対してこういう言葉を使ったら、かえって傷つく場合もあります。いずれにしても、「早く忘れなさいよ」と言っても、みんな忘れたいのですね。しかし、なかなか忘れられないというのが現状です。さらに「頑張ってね」ということもよく聞きますが、犯罪被害者は精神的な苦痛、悲しみの中で、その日その日の生活を頑張っているわけです。そのうえさらに「がんばってね」と言われると、どうしていいのか分からなくなってしまいます。特に殺人事件の被害者だとか性被害の人、家族に対しては「頑張ってね」っていう言葉は被害回復に繋がらない場合もあります。

 然らば、どういうような支援がいいのかといえば、行政主導による経済的支援とか精神的な支援が必要とされております。「こういう所へ行ってカウンセリング受けなさいよ」という指示を受けるとか、あるいは事故のこと、又事件のことで警察へ呼び出されて行くことがありますが、その時に「応対の手助けをしてくれる人がいたらいいな」と言う人が多いです。特に事件直後には、4割ぐらいの人が、警察へ一緒に行って話ししてくれる人がいたらいいというふうに思っています。なかなか警察は、滅多に行くところではありませんから、そういう時に警察へ、一緒に行って、話ししてくれる人がいるだけで随分助かるということを言っています。いずれにしても、自分が関係した事件について、相談相手にのってくれる人がいるのが一番いいというようなことであります。

 そういう温かい支援もそうですけども、基本的には加害者が適正に刑罰に処せられることが、被害回復に一番効きます。そうすると、あ、これで少しうちの被害者も浮かばれるなと思ったり、あるいは遺族たちも少しは気が安らぐというようなことでもあります。さらには、同じ犯罪被害者同士で集まって、傷跡をなめ合うということではありませんが、その場だと、泣こうと思えば泣けるし、話すとこは話せるし、胸を開いて話すことができるということで、被害回復に非常に役立っているのだということです。

 さらに、これは犯罪被害者でも、犯罪被害の類型というか、どういう犯罪にあったかによって、必要な施策とかも違ってきます。殺人とか傷害等の被害者の場合には、やっと改善されましたが、給付金制度の充実が一番大きいし、裁判に参加して加害者に聞き質したいということもあります。さらに、性被害者の場合には、精神的に落ち込むし、深い傷を与えられていますから、PTSDになっていることが多いわけです、そういうことを救ってくれるカウンセリングの上手い人、さらに二次被害、三次被害受けないで済むような人に是非会いたいし、またそういう人を是非養成してもらいたいのだと思っております。

 最後に、我々が住んでいるこの社会と犯罪被害者が、どう関わっていったらいいのかなということについて触れてみます。確かに、先ほどのご挨拶の中にもありましたけども、私は絶対に犯罪被害者にならないと言える人はいないと思います。犯罪被害者、それは、明日は我が身かもしれないと思って、地域の人々は、その犯罪被害者を温かく見守りつつ、一緒に生きていく。特に犯罪被害者の権利というか、尊厳を認めて、犯罪被害者は個々に全部違いますから、一人ひとりの違いを良く認識した上で、適切な方策を取ることがやっぱり必要なのだろうと思います。

 特に今まで生きてきた地域で、その地域の人々に支えられ、そして生活し続けることができることによって、初めて事件前の平穏な生活に戻れるのではないかと、私は信じます。

 ご清聴ありがとうございました。

 

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