はじめに

 昭和62年は、流動的な国際情勢の中で、我が国も変化に対する新たな対応を迫られた年であった。
 国際情勢は、ワシントンにおける米ソ首脳会談でのINF全廃条約合意にみられるように、緊張緩和に向けた動きがみられたが、朝鮮半島情勢では、大韓航空機事件が発生するなど、ソウルオリンピックを前に厳しい緊張、対立状態が続いた。また、中国では、胡耀邦総書記が解任され、その後新指導体制が成立した。中東では、関係国の首脳会談が活発に行われるなど、中東和平への動きが模索された一方、ペルシャ湾岸情勢は、イランの機雷敷設と米国のイラン艇攻撃を機に一層緊張の度を深めた。
 世界経済は、欧米諸国の景気が緩やかながらも拡大傾向を続けた一方、貿易収支の不均衡、EC諸国の高い失業率等多くの問題が解決されないままに推移した。また、開発途上国の累積債務問題も未解決の課題として残った。
 国内では、売上税法案が1月に再開された通常国会の冒頭から与野党の激しい対立を招き、廃案となった。この間、4月に統一地方選挙が行われ、自民が後退、社会、公明、民社、共産の各党が議席を伸ばした。また、11月には竹下新内閣が誕生した。
 国内経済は、急速な円高の進行等により製造業を中心に景気が後退し、失業率も5月には3,2%の高率を記録したが、政府の内需緊急拡大措置等により、景気が回復局面に入るとともに、雇用情勢も好転した。
 国内の犯罪情勢は、刑法犯認知件数が、157万7,954件と前年に比べやや減少したが、依然として高い水準で推移した。内容的には、世間の耳目を集めた朝日新聞社襲撃事件が発生したほか、国際的職業犯罪者による犯罪、コンピュータ犯罪等社会情勢の変化を反映した犯罪が多発した。また、暴力団については、依然として対立抗争事件や銃器発砲事件が多発したほか、不動産取引等各種の民事問題に介入、関与する不法事犯が増加した。
 少年非行については、刑法犯少年が18万7,192人と前年を上回り、依然として高い水準で推移した。内容的には、初発型非行が増加したほか、無職少年による凶悪、粗暴な事件の多発が目立った。
 覚せい剤事犯は、検挙人員が2万643人と7年連続して2万人を超えるとともに、押収量が史上最高の約620キログラムを記録するなど、深刻な状況にある。また、覚せい剤乱用者による犯罪も依然として増加しており、国民に不安を与えた。
 生活経済事犯については、国民の資産形成に対する関心の高まりに乗じるなどして、海外先物取引や無店舗販売に係る悪質な事件が多発し、大きな社会問題となった。
 交通事故については、発生件数、死者数、負傷者数とも前年を上回り、特に、死者は6年連続して9,000人を超えた。死亡事故の中では、若年層を中心とした自動二輪車運転中の死者及び高齢者を中心とした歩行中の死者が増加した。
 警備情勢では、極左暴力集団が、射程距離の長い発射弾や破壊力の強い爆弾を使用したり、時限式発火装置を用いて個人宅に放火するなど、凶悪な「テロ、ゲリラ」事件を引き起こした。一方、右翼は、政府、与党批判や左翼対決活動を活発に行い、その過程で多くの悪質な事件を引き起こした。我が国に対するスパイ活動等の外事犯罪は、依然として巧妙、活発に行われ、横田基地中ソスパイ事件等の検挙があったほか、東芝機械ココム違反事件等のココム違反事件の検挙もみられた。国際テロについては、その予防、検挙に関する国際協力の気運が高まる一方で、 複雑な国際情勢を反映して世界各地で発生したが、我が国に関連するものとしては、大韓航空機事件等が発生した。日本共産党は、第18回党大会を開催し、現綱領路線を堅持するとともに、中ソ両国共産党をはじめとする外国諸党に対し厳しい批判的姿勢を示した。
 このような治安情勢を踏まえ、警察としては、当面、次のような施策を重点的に推進することとしている。
○ 極左暴力集団による「テロ、ゲリラ」の根絶
 極左暴力集団は、最近、再び活発な動きを示して悪質な「テロ、ゲリラ」を多発させるようになった。このような情勢に対処するため、捜査体制、情報収集体制の強化を図り、集団警備力の整備充実を推進していくほか、国民の理解と協力の下に、「テロ、ゲリラ」を許さない社会環境を醸成するための諸施策を推進する。
○ 国際テロの未然防止対策
 国際テロについて、内外関係機関との緊密な連携により、テロリストの出入国や武器等の搬出、搬入を阻止するため必要な措置を講ずるなど、その未然防止に万全を期する。
○ 犯罪の質的変化と捜査環境の悪化に対応する捜査活動
 社会経済情勢の変化に伴う犯罪の質的変化と捜査環境の悪化に対応するため、科学捜査力、広域捜査力及び国際捜査力の強化に努めるとともに、捜査に対する国民の理解と協力の確保のための諸施策を推進する。
○ 暴力団総合対策の推進
 暴力団犯罪を根絶し、暴力団の壊滅を図るため、特に犯罪性の高い山口組等の指定暴力団に対し徹底した取締りを行うとともに、関係機関、団体と連携して、国民と一体となった各種の暴力団排除活動を積極的に推進する。
○ 少年の健全育成の推進と少年を取り巻く環境の浄化
 少年の非行を防止し、その健全な育成を図るため、家庭、学校、地域社会と連携、協力して、非行少年の補導、少年相談、少年の規範意識の啓発活動等の施策を一層強力に進めるとともに、少年を取り巻く社会環境の浄化に努める。
○ 覚せい剤等薬物乱用防止対策の推進
 薬物乱用を根絶する社会環境づくり、覚せい剤等の流入を阻止するための海空港対策をはじめ、広域的捜査体制の確立、国際協力の実施等により、薬物乱用の根絶を図る。
○ 消費者被害防止対策の推進
 悪質商法による詐欺事件等市民生活に重大な影響を与える事犯に対し、消費者保護の立場から、取締りを強化するとともに、消費者被害相談、広報啓発活動、関係機関との連携を積極的に推進し、被害の未然防止及び拡大防止に努める。
○ 安全で円滑なくるま社会の実現
 交通事故の増加傾向に歯止めを掛け、安全で円滑なくるま社会を実現するため、交通の実態と国民のニーズを踏まえ、体系的な交通安全教育ときめ細かな運転者行政、交通安全施設の計画的な整備、交通情報の提供、適正な交通規制による良好な走行環境の確保、危険性や迷惑性の高い悪質な違反の重点的な取締り等の諸施策を総合的に推進する。
○ スパイ活動の把握と検挙活動等の推進
 スパイ活動の実態把握とその検挙に努めるとともに、関係機関と緊密な連携を保ち、必要かつ有効な行政措置が採られるよう努める。
○ 警察事象の変化に対応した警察装備等の整備充実の推進
 警察事象の量的、質的変化に的確に対応するため、車両、船舶、航空機等の警察装備の整備充実を図るとともに、先端科学技術の導入による 通信施設、装備資機材の研究開発に努める。
○ 市民応接向上運動の推進
 適切な市民応接は、警察の職務執行の基本であり、あらゆる警察活動を通じてこれを実践することが必要である。国民のための警察の確立を目指し、全国の警察を挙げて市民応接の向上に取り組む。

 極左暴力集団は、今後更に「テロ、ゲリラ」を実行していくことを公然と主張しており、また、我が国を取り巻く国際テロ情勢にも厳しいものがある。現在及び将来にわたって治安を維持し、社会の安全を守るためには、今ここで「テロ、ゲリラ」の根絶を図ることが強く求められている。この白書では、第1章において「極左暴力集団等の動向と警察の対応」と題する特集を組み、極左暴力集団等の実態とこれに対する警察の取組について取りまとめることとした。


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