第7章 公安の維持

1 沖縄国体等警衛警備

(1) 反対動向
 極左暴力集団は、第42回国民体育大会(沖縄国体)夏季大会、秋季大会及び第23回全国身体障害者スポーツ大会への天皇陛下及び各皇族殿下の御臨席等(天皇陛下におかれては、御病気のため、沖縄御訪問を取りやめられた。)をとらえて、「訪沖爆砕」、「上陸阻止」等と呼号し、昭和62年の最大の闘争課題として反対闘争に取り組んだ。
 極左暴力集団は、これら3大会を通じて全国で延べ約1万人を動員して集会、デモを行ったほか、「皇居、北の丸公園に向けた爆発物発射事件」(8月、東京)、「神奈川県茅ヶ崎警察署東海岸独身寮敷地内爆弾事件」(10月)等5件の「ゲリラ」事件を引き起こした。
(2) 警察措置
 本警衛警備については、皇太子同妃両殿下及び浩宮殿下の御身辺の絶対安全と沖縄国体等の平穏な開催の確保等を警備の基本方針として、全国警察が総力を挙げて対処した。警察庁においては、「沖縄国体警衛警備対策委員会」を設置して、事前の準備、調整、関係機関に対する要請等の諸対策を推進した。
 沖縄県警察では、3大会に関し、それぞれ警察官3,400人(うち、応援1,700人)、5,200人(うち、応援3,500人)、4,400人(うち、応援2,700人)を連日動員し、警視庁では、同じく3大会に関し、それぞれ1万3,000人、2万4,000人、1万3,000人を連日動員して、国体開会式会場、お泊所、皇居等の重要防護対象の警戒警備に当たったほか、その他の道府県警察においても、8月28日から11月15日までの間、延べ87万人を動員して、重要防護対象の警戒警備、空港検問等に当たった。また、関係都道府県警察では、沖縄での「ゲリラ」事案を未然に防止するため、沖縄への武器等の搬入阻止を中心とした水際対策に努めた。
 警衛については、秋季大会に天皇陛下の御名代として御臨席になられた皇太子殿下をはじめとする各皇族殿下に対し、側近、お列、行啓先、お泊所等に所要の警衛員を配置して御身辺の絶対安全を確保した。
 警護については、秋季大会に出席した中曽根首相等関係閣僚に対し、所要の警護員を配置して身辺の絶対安全を確保した。
 これらの警備諸対策により、極左暴力集団等31人を公務執行妨害等で検挙するなど、不法事案を防圧し、所期の目的を達成した。

2 スパイ活動等の外事犯罪の取締り

(1) 我が国の国益を守るためのスパイ活動の取締り
 我が国に対するスパイ活動は、我が国の置かれた国際的、地理的環境から、共産圏諸国であるソ連、北朝鮮等によるものが多く、また、我が国を場とした第三国に対するスパイ活動も、ますます巧妙、活発に展開されている。
 スパイ活動のねらいについては、従来は、我が国の政治、経済、外交、防衛に関する情報、米軍軍事情報、韓国の政治、軍事等に関する情報の入手が中心であった。しかし、最近では、これらに加えて、我が国の各界に対する謀略性の強い政治工作活動や我が国の高度科学技術に重点を置いた情報収集活動等、様々な方法や目的により行われている。
 こうしたスパイ活動は、国家機関が介在して組織的かつ計画的に行われるため、潜在性が強く、その実態把握は困難である。また、我が国にはスパイ活動を直接取り締まる一般法規がないことから、スパイ活動を摘発できるのは、その活動が各種の現行刑罰法令に触れた場合に限られている。
 このような条件の下で、昭和62年には、スパイ事件(事案)を3件摘発した。しかし、こうして明るみに出たものは、正に氷山の一角にすぎないと考えられ、今後とも、我が国の国益を守るため、スパイ活動に対し徹底した取締りに努めることとしている。
ア 横田基地中ソスパイ事件
 陸軍士官学校卒業の経歴を有する中国情報ブローカーD(62)は、54年ころからソ連の働き掛けを受け、在日米空軍横田基地技術図書室従業員O(65)及び軍事評論家T(59)とともに米空軍戦闘機、輸送機等のテクニカル・オーダー(技術指示書)を横田基地から窃取し、約8年間にわたり、多額の謝礼を得て、在日ソ連大使館一等書記官Y.A.エフィモフ、これを引き継いだ同I.A.ソコロフ及び在日ソ連通商代表部員V.B.アクショーノフに売却していた。
 一方、対中国貿易商社社長G(60)は、55年ころから、Dからテクニカル・オーダーを購入し、自らの訪中時に、多額の謝礼を得て、中国の公司関係者に売却していた。
 警視庁は、5月19日、窃盗及び贓(ぞう)物故買の容疑で日本人4人を逮捕した(東京地裁判決、D懲役2年6月、罰金100万円、T懲役2年6月、O懲役2年、執行猶予4年、G懲役1年6月、執行猶予3年、罰金20万円)。また、5月20日、アクショーノフに対しては、贓(ぞう)物故買の容疑で逮捕状を得て出頭を要請したが、同人は同日急きょ出国しており、当時一時帰国中のソコロフに対しては、外務省を通じて出頭を要請したが、同人はそのまま我が国には戻らなかった。また、この事件に関与していた在日ソ連大使館三等書記官V.V.アクシューチンに対しては、5月29日、外務省を通じて出頭を要請したが、6月6日、同人は事情聴取に応じないまま帰国した。
 本事件の大きな特色としては、米空軍の軍事資料がソ連及び中国に流出していたこと、日本人エージェントがソ連の外交官及び通商代表部員並びに中国の公司関係者からそれぞれ多額の報酬を得ていたこと、日本人エージェントがソ連外交官等から諜報無線受信用タイムテーブル、秘密連絡地図等のスパイ道具を渡されていたこと、対中国貿易商社社長が中国政経懇談会と呼ばれる団体の幹部であったことなどが挙げられる。

イ 東京航空計器スパイ事件
 アエロフロート・ソ連国営航空東京支社に勤務していたY.N.デミドフは、我が国の航空機関係の高度科学技術の不正入手を企て、59年末、東京航空計器株式会社第一事業部輸出部長S(55)に接近し、現金等を与えて、同社所有のフライト・マネージメント(飛行管理)システムに関する研究成果報告書等の産業秘密情報を提供させるというスパイ活動を行っていた。また、外交特権を有する在日ソ連通商代表部代表代理Y.G.ポクロフスキーは、61年6月に離任帰国したデミドフから引継ぎを受け、Sから航空機技術に関する情報資料等多数の提供を受け、その見返りとして現金等を交付するなどのスパイ活動を行っていたほか、ココム(対共産圏戦略物資輸出統制委員会)規制対象品であるNC工作機械用のコンピュータソフト等の産業秘密情報の提供を要求していた。
 警視庁は、7月20日、Sを窃盗及び業務上横領で検挙するとともに、外務省を通じポクロフスキーの出頭を要請したが、同人は事情聴取を拒否し続けたため、8月20日、外務省は出国を要請、同人は23日帰国した。
 また、警察庁は、7月22日、既に帰国していた在日ソ連通商代表部員I.N.カシヤーノフがこの事件に関与していたことを外務省に通報した。
ウ 在日チェコスロバキア大使館員による諜報事案(シメック事案)
 在日チェコスロバキア大使館二等書記官V.シメックは、61年4月から11月までの約8箇月間にわたり、日本の高度科学技術関連企業のテクニカル・アドバイザーとして勤務する在日エジプト人のコンピュータ技師K(32)に接近し、高度科学技術情報の収集とココム規制対象品であるコンピュータ機器のチェコスロバキア向け輸出を目的とする会社設立を働き掛けていた。また、この働き掛けの過程で、シメックは、Kに対し勤務先のコンピュータ論理回路図の提供を執拗に要求したが、Kは、これを受け、勤務先より不正に入手してシメックに提供した。なお、シメックは、Kに「M-21」のコードネームを与えていた。
 神奈川県警察は、8月13日、Kを偽造外国人登録証を行使した容疑で逮捕し、9月3日、窃盗の容疑で再逮捕した(横浜地裁判決、懲役1年6月、執行猶予3年。10月20日強制退去処分)。なお、シメックは、既に離任帰国していた。
(2) ココム違反事件の取締り
 共産圏諸国による高度科学技術情報の収集は、それぞれの国の情報機関員による直接的スパイ活動により行われるもののほか、背後で国家あるいは情報機関員が介在し、貿易、経済活動にしゃ口して、高度科学技術機器、プラント等を組織的、計画的かつ巧妙に入手するといった形態を取るものも多い。
 特に、東芝機械ココム違反事件は、不正輸出された貨物が高性能スクリューを製造することが可能な大型工作機械であり、これを導入したソ連の技術は飛躍的に向上したと言われ、国際問題にまで発展した。
 ココム違反事件等は、共産圏諸国からの巧妙な働き掛けがなされること、企業ぐるみで組織的、計画的に敢行されること、その摘発のためには関係機関の連携が強く求められることから、捜査は必ずしも容易ではないが、警察としては、このような事件を積極的に検挙し、国民の前にその実態を明らかにするよう努めている。
ア 東芝機械ココム違反事件
 大手工作機械メーカー東芝機械は、ソ連の情報機関員とみられる全ソ技術機械輸入公団幹部から働き掛けを受けた対ソ連貿易商社和光交易の仲介で、昭和57年12月から58年6月までの間に、ココム規制対象品である9軸同時制御の大型金属工作機械4台を輸出するに際し、ココム規制を受けない2軸同時制御の工作機械であると偽って通商産業大臣の「非該当証明」を受け、ソ連に不正輸出していた。さらに、同社は、59年6月及び7月、通商産業大臣の承認及び許可を受けずに、上記工作機械の部品及び修正プログラムをソ連に不正輸出していた。
 警視庁は、5月27日、外為法違反で、東芝機械従業員2人を逮捕し、28日までに同社及び和光交易並びにこれら2社の従業員合計9人を検挙した(東京地裁判決、東芝機械に対し罰金200万円、同社従業員2人に対しそれぞれ懲役1年、執行猶予3年及び懲役10月、執行猶予3年)。
イ 東明貿易ココム違反事件
 在日中国人経営の対中国貿易商社東明貿易は、「祖国の四つの現代化」に貢献するためとして、59年7月から61年1月までの間に、通商産業大臣の承認及び税関長の許可を受けずに、ココム規制対象品であるシグナル・ジェネレーター(信号発生機)等を従業員に携帯させて持ち出し、中国に不正輸出していた。
 兵庫県警察は、3月27日、外為法及び関税法違反で、同社及び同社従業員ら4人を検挙した(神戸地裁判決、東明貿易に対し罰金100万円、同社従業員1人に対し懲役1年、執行猶予3年)。
ウ 東明商事ココム違反事件
 在日朝鮮人経営の対北朝鮮貿易商社東明商事は、60年11月から61年8月までの間に、通商産業大臣の承認を受けず、また、虚偽の通関手続をし、あるいは税関長の許可を受けずに、ココム規制対象品であるシンクロ・スコープ等を北朝鮮に不正輸出していた。
 静岡県警察は、5月25日、外為法及び関税法違反で、同社及び同社従業員ら8人を検挙した(静岡簡裁判決、関連会社従業員1人に対し罰金15万円。東明商事及び同社従業員3人については静岡地裁で公判中)。

3 危険な傾向を強めた右翼

(1) 沖縄国体をめぐる各種活動の展開
 右翼は、極左暴力集団が沖縄国体等の開催に伴う天皇陛下の同県行幸等をとらえて「皇室闘争」を活発に展開したことに危機感を強め、特に、中核派による「皇居、北の丸公園に向けた爆発物発射事件」(8月、東京)の発生以降は、「前進社に対する放火予備事件」(9月、東京)を引き起こすなど、極左暴力集団との対決姿勢を強めた。さらに、「読谷村(よみたんそん)ソフトボール会場国旗焼燬(き)事件」(10月、沖縄)を契機として、沖縄国体等の開催期間を通じて、「スーパーはんざ(同事件被疑者経営)に対する放火未遂事件」(10月、沖縄)、「同器物損壊事件」(11月、沖縄)、「チビチリガマ平和の像器物損壊事件」(11月、沖縄)、「読谷村(よみたんそん)ソフトボール会場における焼身自殺未遂事案」(11月、沖縄)を引き起こした。
(2) 政府、与党批判及び企業糾弾活動の展開
 右翼は、靖国神社公式参拝や光華寮裁判等の問題をめぐって、中曽根首相(当時)をはじめ政府、与党に対する批判、抗議活動を強めた。さらに、自由民主党総裁選に強い関心を示して、竹下同党幹事長(当時)に対する執拗な批判活動を行い、「議員会館内竹下事務所に対するけん銃送達事件」(9月、東京)を引き起こした。
 一方、企業に対しては、「地上げ」やココム違反事件等の問題をとらえて糾弾活動を行い、「大手不動産会社会長宅人質立てこもり事件」(1月、東京)、「大手都市銀行東京営業部内けん銃発砲事件」(1月、東京)、「大手機械製作会社本社に対する威力業務妨害、器物損壊事件」(6月、東京)等の事件を引き起こした。
(3) 各種左翼対決活動の活発化
 右翼は、日本共産党に対しては、第18回日本共産党中央人民大学夏期講座(8月、山梨)に延べ39団体、480人(車両120台)、中央主催の「第28回赤旗まつり」(10月、東京)に延べ66団体、680人(同170台)、第18回党大会(11月、静岡)に延べ40団体、250人(同70台)を動員するなど、日本共産党の主要行事に集中動員して、活発な反対活動を行った。
 日教組に対しては、同教組の内紛を「日教組解体の好機」ととらえ、第63回臨時大会(3月、兵庫)に140団体、950人(車両250台)、第36次教育研究全国集会(5月、東京)に延べ203団体、1,670人(同400台)を動員して、活発な反対活動を行った。
 共産圏諸国との関係では、ソ連に対する抗議活動を活発に行い、特に、「反ソデー」(8月9日)には、34都道府県下で、「反ソデー」における動員数としてはこれまで最高の396団体、3,370人(車両820台)を動員した。また、ソ連漁船の小名浜港寄港をめぐっては、寄港が報道された昭和61年12月24日以降62年12月3日までの間に、延べ432団体、2,450人(同700台)を動員して、現地で反対活動を行った。
 中国に対しては、靖国神社公式参拝問題や光華寮裁判をめぐる対日批判に反発して抗議活動を強め、この過程で、「蘆溝橋事件記念講演会に対する威力業務妨害事件」(7月、茨城)、「名古屋南京友好都市提携記念石碑器物損壊事件」(7月、愛知)を引き起こした。
(4) 右翼事件の悪質、巧妙化
 昭和62年には、火炎びん等を凶器に使用し、人質を取って立てこもった事件(大手不動産会社会長宅人質立てこもり事件)や、店内に侵入してけん銃を乱射した事件(大手都市銀行東京営業部内けん銃発砲事件)等の重大事件が発生し、また、逮捕を免れるために証拠を隠滅し、あるいは犯行後逃走する傾向が強まるなど、右翼事件は、一段と悪質、巧妙化の傾向を強めた。
 警察は、これら右翼の活動に対して、不法事案の未然防止と事件の早期検挙に努め、62年には、公務執行妨害、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反、軽犯罪法違反等で248件、383人を検挙した。最近5年間の右翼事件の検挙状況は、表7-1のとおりである。

表7-1 右翼事件の検挙状況(昭和58~62年)

4 停滞からの脱却に取り組む日本共産党

(1) 第18回党大会の開催
 日本共産党は、昭和62年11月、第18回党大会を開催した。
 大会では、新設の副議長に不破委員長、新委員長に村上委員長代行を選出するなど、「ポスト宮本」を展望した新指導部体制を確立した。また、「敵の出方」論に立った暴力革命の方針を採る現綱領路線を堅持することとした。
 統一戦線工作については、日本社会党について、「右転落路線は、国政や地方政治で、また大衆運動の各分野で、年を追って深まり、ひろがってい(る)」と批判を強めながら、革新統一懇、統一労組懇等共産党独自の勢力の結集に努めることとした。
 党建設面では、党大会に向けて「党員50万人」、「機関紙350万部」を目標に党勢拡大運動に取り組んだが、党員が約49万人にとどまったほか、機関紙も目標未達成に終わったことを明らかにした。
(2) 党の体質強化を目指した活動
 日本共産党は、売上税問題を中心に争われた4月の第11回統一地方選挙において、前回比153議席増という成果を挙げ、その結果、史上最高の地方議員(3,824人)を有するに至ったが、同党は、この結果について「初歩的な前進」と控え目に評価するにとどめ、逆に、現職議員の落選や機関紙読者の後退という事実を重視し、成果の挙がらなかった県党の幹部を党本部に招致するなど、厳しい党運営を行った。
 また、同党は、党活動に対する党員の確信を深めさせるため、「科学的社会主義の基本と綱領の基本」に関する学習、教育活動に力を入れ、第18回党大会では、マルクス主義の国家論の見直しを求める「ネオ・マルクス主義」理論が知識人、学生に否定的影響を及ぼしているとして、これに対する理論闘争を強化することとするなど、理論、イデオロギー面からも、党員を鍛え直す活動に取り組んだ。
(3) 国際連帯活動
 日本共産党は、「反核国際統一戦線」の結成の主張を軸に国際活動を推進し、4月には、ルーマニア共産党のチャウシェスク書記長と宮本議長との間で反核問題に関する共同宣言を発表したほか、6月には、東京で国際シンポジウムを開催した。
 その一方で、日本共産党は、同党の立場と相入れない方針を採る各国共産党等に対する批判を活発に行った。
 まず、1月の中曽根首相の東独等の東欧諸国訪問以降、中央委員会総会等で、名指しは避けながらも、「一部の社会主義国」が「非核三原則」問題等で中曽根内閣を「美化」しているとし、そうした行動は日本の社会発展を妨害するものであるとの批判を繰り返し、9月には、代表団を東独に派遣して、この問題について東独党と会談を行った。
 ソ連共産党との関係では、同党が日本社会党との交流関係を維持していることをとらえ、それは日本共産党が日本社会党を「右転落した」と批判していることを無視するものであって、同党を「美化」するものであると厳しく批判した。他方、「ペレストロイカ」に対する評価は、「アフガニスタン問題」等の対外路線上の問題が今後どのように解決されていくかということに懸かっているとしながらも、それに対する「好意と期待」を表明した。
 中国共産党との関係では、日本共産党の理論雑誌「前衛」7月号に発表した長大な論文「『文革』以降の中国共産党対外路線の本質」において、中国共産党が「三つの世界論」に基づき、科学的社会主義とは無縁な「無原則、実利主義的」な対外路線を採っていると厳しく批判するなど、両党関係は、正常化するに至らずに推移した。
 このほか、朝鮮労働党に対しても、同党が日本共産党の活動に「干渉」しているとの批判を強めた。

5 多様な形で取り組まれた大衆行動

 左翼諸勢力等による昭和62年の大衆行動は、「沖縄国体」、「成田」、売上税、日米共同訓練、原発等の問題を中心に多様な形で取り組まれ、全国で延べ約510万6,000人(うち、極左系約26万3,000人)が動員された。
 これらの大衆行動に伴って各種の違法事案が発生し、警察では、建造物侵入、公務執行妨害、凶器準備集合等で335人を検挙した。
(1) 成田闘争
 極左暴力集団等は、「成田」を「沖縄国体」と並ぶ昭和62年の主要闘争課題に掲げ、成田現地に延べ約11万2,000人を動員して、集会、デモを繰り広げた。
 特に、65年度空港概成に向けた諸工事の進展に伴い、極左暴力集団は、「二期工事阻止」に向けて闘争を強化し、62年には、成田闘争に関連して「成田関連企業に対する同時多発爆弾事件」(3月、東京、茨城、埼玉、千葉)や「新東京国際空港公団工事局施設工事部長宅放火事件」(11月、千葉)等爆弾事件7件を含む27件の「ゲリラ」事件を引き起こした。
 このような中で、三里塚芝山連合空港反対同盟北原グループから、同グループを支援する中核派に対しかねてより批判的立場を取っていた小川グループが脱退した(9月4日)。これにより、反対同盟は、北原グループ、熱田グループ、小川グループの3グループに分かれた。
(2) 売上税反対闘争
 左翼諸勢力等は、政府が2月4日国会に提出した売上税法案といわゆるマル優廃止法案をめぐって、全国各地で反対闘争に活発に取り組んだ。
 特に、日本共産党は、「大型間接税・マル優廃止反対各界連絡会」を結成(1月24日)して反対行動に取り組み、3月8日の「売上税(大型間接税)・マル優廃止反対3.8国民大集会」(東京・代々木公園)には、全国から約5万9,000人を動員した。
 また、労働四団体と全民労協は、「売上税阻止等闘争本部」を設置(2月18日)して全国各地で反対行動に取り組み、このうち、2月1日の「税制改悪・売上税粉砕2.1中央集会」(東京・日比谷公園大音楽堂)には、約5,500人を動員した。
(3) 「反核・平和」、基地闘争
 左翼諸勢力等は、日米共同訓練反対闘争(北海道・千歳、青森・弘前、宮城・仙台、静岡・御殿場、大分・玖珠(くす))、陸上自衛隊北方機動演習反対闘争(北海道・別海)、自衛隊観閲式反対闘争(埼玉・朝霞)、原水爆禁止全国行動(全国)、「10.24『平和の波』運動」(全国)、「’87国連軍縮週間全国統一行動」(全国)等の「反核・平和」、基地闘争に取り組んだ。
 これらの闘争では、「カデナ基地を人間の輪で包囲する6.21大行動」(沖縄、約1万8,000人)、「10.25米軍基地包囲行動」(山口、約3,000人)、「11.8日米共同訓練反対基地包囲行動」(大分、約3,700人)、「11.11『折鶴人間の輪』行動」(東京、約1,700人)等、基地を包囲する形で参加者が手をつなぎ、「反基地」をアピールする「人間の鎖」行動に各地で取り組んだ。
(4) 原発闘争
 左翼諸勢力等は、原発公開ヒアリング(新潟・柏崎刈羽原発)や核燃料施設の建設問題(北海道・幌延、青森・六ヵ所村)、核燃料の輸送問題(島根原発、柏崎刈羽原発)等をめぐって反対闘争に取り組んだ。

6 厳しい経済情勢下の労働運動

(1) 労働運動の状況
 昭和62年の春闘は、急激な円高の進行等による厳しい経済情勢、深刻な雇用情勢下で、賃上げ要求と売上税問題を中心課題として取り組まれた。
 賃金闘争では、労働四団体と全民労協が、「87賃金闘争連絡会」を組織し、例年のような賃上げ要求の「基準」の設定は行わず、これに替えて要求の目安としての「目標」(「6%若しくはそれ以上」)を設定して、闘争に取り組んだ。賃金闘争のヤマ場は、「87賃金闘争第三次産業等労組連絡会」(私鉄総連、全電通等28単産、オブザーバー参加1単産、約215万人)の足並みが乱れたため、4月第2週と第3週に分散した。また、中小私鉄、航空、港湾関係労組の一部が、4月中旬から下旬にかけてストを実施した。なお、春闘の結果をみると、民間主要企業286社の賃上げ平均(加重平均)が3.56%、8,275円(6月19日、労働省発表)にとどまるなど、春闘史上最低の賃上げ率となった。
 売上税問題では、労働四団体と全民労協が、「売上税等阻止闘争本部」を設置し、2月1日の「税制改悪・売上税粉砕2.1中央集会」を皮切りに、全国各地で反対行動に取り組んだ。こうした中で、総評は、60年3月の「年金スト」以来の政治課題によるストを構えたが、4月23日に日本共産党を除く各党が衆議院議長のあっせん案を受諾したことにより、中止した。
 秋闘は、総評、公務員共闘が中心となり、人事院勧告、「反核・平和」等を主要課題として取り組まれた。こうした中で、国労が11月から12月にかけて労働協約の改訂を要求して、国鉄分割・民営化後初のストを実施したほか、地方段階では、一部の県、市町村職組が賃金確定闘争で時限ストを実施した。
 なお、62年には、4月の国鉄分割・民営化により、JR(国鉄)内労組が大きく変化したほか、全民労協が11月に「連合」に移行し、これに伴い同盟、中立労連が解散するなど、労働組合の大規模な再編が行われた。
(2) 労働事件の検挙状況
 昭和62年には、労働争議、労働組合間の対立等をめぐって発生した傷害事件等に対し、傷害、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反等で62件、143人を検挙した。 最近5年間の労働事件の検挙状況は、表7-2のとおりである。

表7-2 労働事件の検挙状況(昭和58~62年)

 これらの労働事件の主な内容をみると、官公労組関係では、北海道教組の教務主任研修会反対闘争に伴う不退去事件や、国鉄分割・民営化に伴う労使対立による傷害事件等に対し、11件、30人を検挙した。民間労組関係では、総評・全日建運輸傘下労組員らによる不退去事件等や自交総連等の単産を中心とした事件に対し、51件、113人を検挙した。また、反戦系労働者が介入した事件に対し、3件、4人を検挙した。

7 警衛・警護

(1) 警衛
 天皇陛下は、全国植樹祭(5月、佐賀)、伊豆大島御視察(6月、東京)等に行幸になり、また、天皇皇后両陛下は、栃木、静岡両県の御用邸に行幸啓された。なお、天皇陛下は、沖縄国体秋季大会(10月、沖縄)に行幸される御予定であったが、行幸直前になって手術をお受けになったことから、御名代として皇太子殿下を差し遣わされた。
 皇太子同妃両殿下は、同大会及び身体障害者スポーツ大会(11月、沖縄)のほか、献血運動推進全国大会(7月、埼玉)、全国豊かな海づくり大会(7月、鹿児島)等各地に行啓された。また、国際親善のため、10月、米国を御訪問された。
 高松宮殿下は、2月3日御病気のため御年82歳をもって御逝去された。
 警察は、これらに伴う警衛を実施して、御身辺の安全の確保と歓送迎者の雑踏事故等の防止を図った。
(2) 警護
 中曽根首相は、伊勢神宮参拝(1月、三重)、平和祈念式典出席(8月、広島)、沖縄国体秋季大会開会式出席(10月、沖縄)等のため各地を訪問したほか、東欧等4箇国公式訪問(1月)、米国公式訪問(4~5月)、第13回主要国首脳会議出席(イタリア)及びスペイン公式訪問(6月)、第42回国連総会出席(9月、米国)、日・タイ修好通商宣言調印100周年記念式典出席(9月、タイ)のため関係各国を訪問した。
 竹下新首相は、参議院議員大阪補欠選挙の応援及び視察のため大阪を訪問(12月)したほか、日本・アセアン首脳会議出席のためフィリピンを訪問(12月)した。
 また、国賓としてヤルゼルスキ・ポーランド国家評議会議長夫妻(6月)、公賓としてモハメッド・モロッコ皇太子(9月)、ジュネジョ・パキスタン首相(7月)、ワチラロンコーン・タイ皇太子(9月)等多くの外国要人が来日した。
 警察は、これら内外要人に対して警護措置を講じ、身辺の安全を確保した。


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