第2章 犯罪情勢と捜査活動

1 犯罪の認知と検挙の状況

(1) 刑法犯の認知と検挙の状況
ア 若干減少した刑法犯認知件数
 昭和62年の刑法犯認知件数(注)は、157万7,954件で、前年に比べ3,457件(0.2%)減少した。刑法犯認知件数と犯罪率の推移は、図2-1のとおりである。

図2-1 刑法犯認知件数と犯罪率の推移(昭和23~25、53~62年)

 刑法犯認知件数は、近年、増加の傾向を示していたが、61、62年は続けて減少した。
 62年の包括罪種別刑法犯認知件数を、60年に次ぐ戦後第2の認知件数を記録した23年と対比してみると、表2-1のとおりで、凶悪犯、知能犯、風俗犯が大幅に減少した一方、窃盗犯が増加している。
(注) 罪種別認知件数は、資料編統計2-3参照

表2-1 刑法犯包括罪種別認知件数の比較(昭和23、62年)

イ 上昇した検挙率
 62年の刑法犯検挙件数(注1)は101万2,076件、検挙人員(注2)は40万4,762人、検挙率は64.1%で、前年に比べ、検挙件数は2万1,426件(2.2%)、検挙人員は4,876人(1.2%)それぞれ増加し、検挙率は1.5ポイント上昇した。過去10年間の刑法犯の検挙状況は、図2-2のとおりである。
(注1) 罪種別検挙件数は、資料編統計2-4参照
(注2) 罪種別検挙人員は、資料編統計2-5参照
なお、検挙人員には、触法少年を含まない。

図2-2 刑法犯検挙状況(昭和53~62年)

ウ 年齢層別犯罪者率
 過去10年間の年齢層別犯罪者率の推移は、図2-3のとおりで、14歳から19歳までの層の犯罪者率が著しく高い。
(2) 主な罪種の認知と検挙の状況
ア 凶悪犯
 昭和62年の凶悪犯認知件数は、7,095件で、前年に比べ56件(0.8%)減少した。これを罪種別にみると、放火が38件(2.1%)、強姦(かん)が73件(4.2%)それぞれ増加したが、殺人が92件(5.5%)、強盗が75件(3.8%)それぞれ減少した。過去10年間の凶悪犯認知状況を指数でみると、図2-4のとおりである。
 62年の凶悪犯検挙件数は6,199件、検挙人員は5,802人、検挙率は87.4%で、前年に比べ、検挙件数は48件(0.8%)、検挙人員は205人(3.4%)それぞれ減少したが、検挙率には変化がなかった。過去10年間の凶悪犯検挙状況を検挙率でみると、図2-5のとおりである。

 図2-3 年齢層別犯罪者率の推移(昭和53~62年)

 図2-4 凶悪犯認知状況(昭和53~62年)

図2-5 凶悪犯検挙状況(昭和53~62年)

イ 粗暴犯
 62年の粗暴犯認知件数は、4万4,079件で、前年に比べ1,953件(4.2%)減少した。これを罪種別にみると、凶器準備集合が10件(10.9%)、脅迫が49件(4.6%)それぞれ増加したが、暴行が838件(7.8%)、傷害が125件(0.6%)、恐喝が1,049件(8.1%)それぞれ減少した。過去10年間の粗暴犯認知状況を指数でみると、図2-6のとおりである。
 62年の粗暴犯検挙件数は3万9,996件、検挙人員は5万2,755人、検挙率は90.7%で、前年に比べ、検挙件数は2,189件(5.2%)、検挙人員は3,455人(6.1%)それぞれ減少し、検挙率は0.9ポイント低下した。過去10年間の粗暴犯検挙状況を検挙率でみると、図2-7のとおりである。

図2-6 粗暴犯認知状況(昭和53~62年)

図2-7 粗暴犯検挙状況(昭和53~62年)

ウ 窃盗犯
 62年の窃盗犯認知件数は、136万4,796件で、前年に比べ1万300件(0.7%)減少した。これを手口別にみると、自動車、オートバイ等を盗む乗物盗が1万3,393件(2.8%)増加したが、住宅や会社事務所等の建物内に侵入して現金や品物を盗む侵入盗が1万8,041件(6.1%)、ひったくり等の非侵入盗が5,652件(1.0%)それぞれ減少した。過去10年間の窃盗犯認知状況を指数でみると、図2-8のとおりである。
 62年の窃盗犯検挙件数は82万1,831件、検挙人員は26万1,934人、検挙率は60.2%で、前年に比べ、検挙件数は1万5,197件(1.9%)、検挙人員は1,401人(0.5%)それぞれ増加し、検挙率は1.5ポイント上昇

図2-8 窃盗犯認知状況(昭和53~62年)

した。過去10年間の窃盗犯検挙状況を検挙率でみると、図2-9のとおりである。

図2-9 窃盗犯検挙状況(昭和53~62年)

エ 知能犯
 62年の知能犯認知件数は、8万4,437件で、前年に比べ3,353件(4.1%)増加した。これを罪種別にみると、詐欺が5,056件(7.8%)増加したが、他の罪種はすべて減少した。過去10年間の知能犯認知状況を指数でみると、図2-10のとおりである。
オ 風俗犯
 62年の風俗犯認知件数は、6,711件で、前年に比べ245件(3.8%)増加した。これを罪種別にみると、賭博(とばく)が383件(22.0%)大幅に増加したが、猥褻(わいせつ)が138件(2.9%)減少した。過去10年間の風俗犯認知件数を指数でみると、図2-11のとおりである。

図2-10 知能犯認知状況(昭和53~62年)

図2-11 風俗犯認知状況(昭和53~62年)

(3) 国際比較
 昭和61年の凶悪犯罪のうち、殺人、強盗の犯罪率を欧米主要4箇国と比べると、図2-12のとおりである。殺人は、日本が1.4件で最も低く、米国の約6分の1となっている。強盗は、日本が1.6件で、米国の約141分の1、フランスの約57分の1となっている。
 また、検挙率を比べると、殺人は、日本が96.7%で最も高く、次いで西独(93.9%)、フランス(89.4%)、英国(76.7%)、米国(70.2%)の順となっており、強盗は、日本が78.5%で最も高く、次いで西独

図2-12 殺人、強盗の犯罪率の国際比較(昭和61年)

(48.4%)、米国(24.7%)、フランス(24.0%)、英国(20.4%)の順となっている。

2 昭和62年の犯罪の特徴

(1) 警察庁指定第116号事件
 昭和62年5月3日、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局において、記者2人が散弾銃で殺傷されるという事件が発生した。また、9月24日、愛知県名古屋市の朝日新聞名古屋本社寮において、散弾銃が発砲されるという事件が発生した。両事件は、ともに、朝日新聞社の関係者又は関係施設を対象としたものであること、犯行に使用された銃が散弾銃と認められたことなどから、9月25日、両事件を警察庁指定第116号事件に指定した。その後、10月1日、朝日新聞東京本社に対する1月発生の散弾銃発砲事件が発覚したため、同月3日、同事件を警察庁指定第116号事件に追加指定した。一連の犯行については、「赤報隊」を名乗る者から「犯行声明」が出されている。この事件は、報道機関を対象とした極めて反社会性の強い悪質な事件であり、関係都県を中心として全国規模での捜査を推進している。
(注) 63年3月12日、朝日新聞静岡支局における爆破未遂事件が発覚し、同月14日、同事件を警察庁指定第116号事件に追加指定した。
(2) 悪質、巧妙化した凶悪事件
ア 保険金目的の殺人、放火事件
 過去10年間における保険金詐取を目的とした殺人事件(未遂を含む。)と放火事件の検挙状況は、表2-2のとおりである。昭和62年の検挙件数については、殺人事件は7件で前年と同数であり、また、放火事件は17件で前年に比べ13件減少した。これらの内容をみると、多数の犯人が 口裏を合わせたり、時限式発火装置を使用してアリバイ工作を施すなど、悪質で巧妙な事件が目立った。

表2-2 保険金目的の殺人、放火事件の検挙状況(昭和53~62年)

〔事例〕 金銭に窮した無職の男(57)は、実の娘(20)を殺害して生命保険金をだまし取ることを企て、61年6月24日、名古屋市において無職の男2人(53、48)にバットで殴り殺させた。62年1月13日逮捕(愛知)
イ 金融機関対象強盗事件
 過去10年間における金融機関対象強盗事件の認知、検挙状況は、表2-3のとおりであり、認知件数、検挙件数は、近年減少傾向を示していたが、62年は、前年に比べ、25件(43.1%)、13件(28.9%)それぞれ増加した。また、対象別認知、検挙状況は、表2-4のとおりであり、前年に比べ、銀行、相互銀行及び農協、漁協はほぼ横ばいであるが、郵便局及び信用金庫、信用組合が大幅に増加した。

表2-3 金融機関対象強盗事件の認知、検挙状況(昭和53~62年)

〔事例〕 金銭に窮した無職の男(34)は、7月29日、三重郡菰野(こもの)町の郵便局に押し入って現金14万円を強奪し、さらに、10月13日、桑名

表2-4 金融機関対象強盗事件の対象別認知、検挙状況(昭和61、62年)

 郡多度町の郵便局に押し入って現金52万5,000円を強奪した。10月26日逮捕(三重)
ウ 現金輸送車襲撃事件
 過去10年間における現金輸送車襲撃事件の認知、検挙状況は、表2-5のとおりである。 62年の認知件数は4件で、前年に比べ2件増加し、過去最高の発生となった。これら現金輸送車襲撃事件は、犯人が下見を繰り返した上、短時間で犯行を終え、車両等により速やかに逃走するという計画的な犯罪であり、多くの場合に盗難車が使用されているほか、けん銃を使用したものもみられる。

表2-5 現金輸送車襲撃事件の認知、検挙状況(昭和53~62年)

〔事例〕 金銭に窮した兄弟(53、41)は、5月26日、福岡県飯塚市内の銀行前で現金輸送車乗務員が託配袋を同銀行に搬入しようとした ところを襲い、けん銃を発射して託配袋を強奪した。6月7日逮捕(福岡)
(3) 社会情勢の変化と犯罪
ア 「地上げ」に絡む犯罪
 昭和62年には、東京、大阪等の大都市圏を中心に、地価高騰を背景として「地上げ」に絡む犯罪が多発した。
 62年における「地上げ」に絡む犯罪の検挙件数は35件、検挙人員は100人で、前年の8件、18人に比べそれぞれ大幅に増加したばかりでなく、建造物を損壊したり、放火するなどの悪質なものが目立った。また、62年の「地上げ」に関する相談の受理件数は、399件で、前年の106件に比べ大幅に増加した。
 「地上げ」に絡む犯罪の検挙状況及び「地上げ」に関する相談の受理件数は、表2-6のとおりである。

表2-6 「地上げ」に絡む犯罪の検挙状況及び「地上げ」に関する相談の受理件数(昭和61、62年)

〔事例〕 源清田連合会系暴力団組長(43)らは、宅地を購入し、さら地として転売契約をしたものの、同宅地上の借地人が立ち退きを拒んだため、深夜、同宅地上の家屋に放火した。6月10日、同組長ら10人を逮捕(警視庁)
イ 資産形成取引の活発化等を背景とした大型詐欺事件の検挙
 近年は、一般投資家による資産形成取引が活発化、多様化しているが、 このような状況に付け込み、証券取引や商品取引等への投資に名を借りて多数人から現金等を騙(へん)取する大型詐欺事件が目立った。
 そこで、警察においては、これらの犯罪に対する取締りを強化し、被害額等において戦後最大規模の詐欺事件である「豊田商事事件」を検挙したのをはじめ、全国各地で同種の大型詐欺事件を検挙した。
〔事例〕 豊田商事は、客に対して「純金はインフレにも影響されず、値上がりが確実です。しかも、買っていただいた純金を豊田商事に預けてくれれば、それを関連会社に投資するなどして高収益を上げ、預託期間1年もので年10%、5年もので年15% ずつ(5年間合計75%)の賃借料を支払い、しかも、満期日には、同種、同銘柄、同数量の純金を返します」と申し向け、純金等の売買名下に客から現金等の交付を受けるという手口により、同社が設立された56年以降、約3万人から総額約2,025億円を受け入れた。しかし、豊田商事の最高幹部らは、受け入れた金員の大部分を従業員に対する法外な報酬や収益を上げる見込みが全くない関連会社への貸付け等に費消し、もはや大部分の契約の満期償還が不可能となった段階においても、極力その償還を先送りしながら新たな契約を締結して金員を受け入れるという自転車操業を続け、その結果、60年7月、同社は総額約1,155億円の破産債権を残して倒産した。62年3月21日、詐欺で5人を逮捕(大阪)
ウ コンピュータ犯罪
 警察庁では、コンピュータ犯罪の実態の分析と対策を進めているが、62年6月の刑法の一部改正を契機に、その対象の範囲を見直し、カードに係るデータの改ざん、消去行為を加え、「コンピュータシステムの機能を阻害し、又はこれを不正に使用する犯罪(過失、事故等を含む。)」(以下「コンピュータ犯罪」という。)を、実態の分析と対策の対象とするこ ととした。
 コンピュータ犯罪には、「コンピュータシステムの機能を阻害する犯罪」として「コンピュータの本体又は付帯設備の損壊等」、「磁気テープ、フロッピーディスク、磁気ディスク又は光ディスクの損壊等」及び「データ又はプログラムの改ざん、消去」の3類型と、「コンピュータシステムを不正に使用する犯罪」として「ハードウエアの不正使用」、「データ又はプログラムの不正入手」及び「データ又はプログラムの改ざん、消去」の3類型があり、全体としては6類型がある。
 コンピュータ犯罪の認知状況は、表2-7のとおりで、62年に警察庁が把握したものは、15件であった。

表2-7 コンピュータ犯罪の認知状況(昭和46~62年)

〔事例〕 銀行の女子行員(28)は、預金者の不活動口座に目を付け、更新を装って新しい通帳を作成し、預金端末機を不正に操作して「振替払い」の虚偽情報をインプットし、160万円を自分の口座に振り込んだ。10月4日逮捕(大阪)
エ カード犯罪
 警察庁では、コンピュータ犯罪の定義見直しに伴い、カード犯罪を「キャッシュカード、クレジットカード及びサラ金カードのシステムを利用した犯罪で、コンピュータ犯罪以外のもの」と定義した。
 図2-13のとおり、キャッシュカード、クレジットカードの発行枚数及び現金自動支払機(ATMを含む。)の設置台数の伸びは著しいが、62年のカード犯罪の認知件数は9,896件、検挙件数は9,735件、検挙人員

図2-13 キャッシュカード、クレジットカードの発行枚数及び現金自動支払機(ATMを含む。)の設置台数の推移(昭和58~62年)

は864人であり、前年に比べ、認知件数は1,142件(10.3%)、検挙件数は1,979件(16.9%)、検挙人員は213人(19.8%)それぞれ減少している。最近5年間のカード犯罪の認知、検挙状況は、図2-14のとおりであり、60年をピークに減少しているが、これは、主としてクレジットカード犯罪の減少によるものである。

図2-14 カード犯罪の認知、検挙状況(昭和58~62年)

 62年に検挙したカード犯罪の罪種別検挙件数は、表2-8のとおりであり、詐欺で検挙したものが8,523件(87.6%)と最も多く、次いで窃盗が1,199件(12.3%)となっている。

表2-8 カード犯罪の罪種別検挙件数(昭和62年)

(ア) キャッシュカード犯罪
 62年のキャッシュカード犯罪の認知件数は841件、検挙件数は711件、検挙人員は351人で、前年に比べ、認知件数は45件(5.1%)、検挙件数は5件(0.7%)、検挙人員は12人(3.3%)それぞれ減少した。事件内容をみると、窃取したカードを使用して現金を引き出したものが大部分で、被害者の暗証番号の選択、管理に問題があったものが多い。
 62年に窃盗で検挙したキャッシュカード犯罪における暗証番号を知った方法別検挙状況は、表2-9のとおりである。

表2-9 窃盗で検挙したキャッシュカード犯罪における暗証番号を知った方法別検挙状況(昭和62年)

〔事例〕 無職の男(22)は、知人がキャッシュカードで銀行の現金自動支払機から現金を引き出した際に、その暗証番号を確認した上で、 知人からキャッシュカードを窃取し、現金41万円を引き出した。8月25日逮捕(警視庁)
(イ) クレジットカード犯罪
 62年のクレジットカード犯罪の認知件数は9,011件、検挙件数は8,979件、検挙人員は494人で、前年に比べ、認知件数は1,097件(10.9%)、検挙件数は1,997件(18.2%)、検挙人員は208人(29.6%)それぞれ大幅に減少した。この原因としては、警察庁とカード業界の緊密な連携による安全対策の積極的推進と、カード業界等の努力によるCAT(信用照会端末機)の普及が挙げられる。
 事件内容をみると、来日外国人が海外で偽造したクレジットカードを使って組織的に詐欺を繰り返すものや、団地、雑居ビル等の集合郵便受けからクレジットカードを窃取し、キャッシングサービスを悪用して現金自動支払機から現金を窃取する事例等、悪質かつ巧妙なものが目立った。
〔事例〕 無職の男(41)は、団地等の集合郵便受けからクレジットカード在中の郵便物を窃取し、又は同所から窃取した不在配達通知書を郵便局に持参してクレジットカード在中の簡易書留を騙(へん)取するなどの方法により数十枚のクレジットカードを入手し、現金自動支払機から約160回にわたり現金約3,000万円を窃取した。8月6日逮捕(福岡)
(ウ) サラ金カード犯罪
 62年のサラ金カード犯罪の認知件数は44件、検挙件数は45件、検挙人員は19人で、前年に比べ、認知件数は変わらないが、検挙件数は20件(80.0%)、検挙人員は7人(58.3%)それぞれ増加した。事件内容をみると、キャッシングシステムを悪用し、現金自動支払機から現金を引き出したものが過半数を占めている。
(4) 国際犯罪
ア 来日外国人による犯罪の増加
 過去10年間の来日外国人(注)の刑法犯検挙状況は、図2-15のとおりであり、昭和62年の検挙件数は2,567件、検挙人員は1,871人で、前年に比べ、件数は30件(1.2%)、人員は245人(15.1%)それぞれ増加した。これを罪種別にみると、依然として窃盗が大半を占めている。
(注) 来日外国人とは、我が国にいる外国人のうち、いわゆる定着居住者(永住権を有する者等)、在日米軍関係者、特定在留資格第2号該当者(出入国管理及び難民認定法施行規則第2条第2号に該当する者)及び在留資格不明の者以外の者をいう。

図2-15 来日外国人の刑法犯検挙状況の推移(昭和53~62年)

 62年は、国際的職業犯罪者グループによる犯行が多発した。犯行の特徴としては、
○ 窃盗、詐欺等を連続的に大胆な手段で敢行すること
○ 東京、大阪等の大都市だけでなく、地方の小都市及び郡部にまで犯行の足を伸ばしていること
○ 「ヒット・エンド・ラン」型と言われているように、犯行後、素早く海外へ逃亡すること
○ 背後に国際的犯罪組織があり、計画的に犯罪者グループを日本に送り込んでいることがうかがえること
などが挙げられる。
〔事例1〕 来日したパキスタン人が、2、3人のグループで小冊子や絵画の販売を目的として各戸を訪問し、すきをみて空き巣ねらい、玄関荒し等の犯罪を敢行する事件が全国で多発した(神奈川、静岡、愛知、愛媛、福岡等)。
〔事例2〕 61年11月25日、東京都千代田区の三菱銀行有楽町支店前において、現金輸送車から銀行への現金受渡し作業中、数人組の男に襲われ、現金3億3,300万円在中のジュラルミンケース2個等が強奪された。遺留品に残されていた指紋を照合した結果、当時来日中であったフランス人3人及びアルジェリア人1人の計4人が犯行に加わっていたことが62年10月に判明し、既に死亡したフランス人1人を除く3人について強盗傷害容疑で逮捕状を得た上、ICPOを通じ国際手配した。このうち、フランス国内に潜伏している可能性が高いと思われるフランス人2人については、同国当局に対して外交ルートを通じて警察庁刑事局長名による告発手続きを行った結果、両人ともフランス当局に逮捕された(警視庁)。
 また、最近、我が国に出稼ぎに来る外国人労働者が増加する傾向にあ るが、このような状況の中で、外国人労働者に係る犯罪が社会の耳目を集めつつあるほか、外国人労働者の不法就労に暴力団が介入する事案もみられる。
〔事例〕 フィリピン人(23)は、偽名の旅券により観光ビザで来日し、不法残留しながらフランス料理店の皿洗いとして働いていたが、生活に困窮したため、居住していたアパートの経営者をコンクリートブロック片で殴打して失神させた上、金品を奪い、同アパートに放火して殺害した。1月29日逮捕(千葉)
イ 日本人の国外における犯罪の悪質、巧妙化
 我が国の警察がICPO(国際刑事警察機構)(注)、外務省等を通じて通報を受けた日本人の国外犯罪者数の推移は、表2-10のとおりである。内容的には、出入国管理関係事犯、関税、為替関係事犯、薬物関係事犯が多いが、近年は、事前に周到な計画を立てた上で、被害者を国外に連れ出して保険金目的の殺人を敢行するなど悪質な事件の発生が目立つ。また、犯罪地国は、米国、韓国、フィリピン等が多い。
(注) ICPOについては、4(4)ウ参照

表2-10 日本人の国外犯罪者数の推移(昭和53~62年)

〔事例〕 暴力団員(43)ら3人は、韓国に滞在していた夫(42)を殺害して保険金をだまし取ることを企てた女性(39)の依頼を受け、韓国釜山市郊外において、自動車の中で顔面等を殴打し、同夫を殺害した。62年2月10日までに4人を逮捕(大阪)
ウ 国外逃亡被疑者の増加
 我が国で犯罪を犯し、国外に逃亡したと推定される者の数は、表2-11 のとおりで、逐年増加の傾向にある。62年12月末現在の国外逃亡被疑者数は、241人で、このうち日本人は87人である。最近では、日本人被疑者が逃亡先国で商売をするなどして、現地に同化している事例が目立つ。

表2-11 国外逃亡中の被疑者数の推移(昭和53~62年)

〔事例〕 宝飾店を経営していた夫婦(夫44歳、妻53歳)は、その資金繰りに窮したことから、宝飾品の月賦購入を仮装した架空のクレジット契約書を作成、行使し、60年8月から61年10月にかけて、信販会社4社から合計約1億円を騙(へん)取した。その後の追跡調査により、同夫婦がスペインに逃亡して土産物店を経営していることが判明したため、現地当局に対し強く働き掛けた結果、退去強制となったところを62年8月19日逮捕した(宮崎)。
(5) 贈収賄事件
 昭和62年の贈収賄事件の検挙状況は、検挙事件数が109事件、検挙人員が487人で、前年に比べ、事件数は3事件(2.7%)減少したが、人員は51人(11.7%)増加した。最近5年間の贈収賄検挙事件数、検挙人員の推移は、図2-16のとおりである。

図2-16 贈収賄検挙事件数、検挙人員の推移(昭和58~62年)

ア 収賄被疑者の状況
 62年に検挙した収賄被疑者210人の身分別状況は、地方公務員が144人(68.6%)と最も多く、次いで特別法による収賄被疑者が30人(14.3%)、みなす公務員が22人(10.5%)となっている。最近5年間の収賄被疑者の身分別検挙人員の推移は、表2-12のとおりである。

表2-12 収賄被疑者身分別検挙人員の推移(昭和58~62年)

 また、最近5年間の市町村の首長の検挙人員の推移は、表2-13のとおりであり、62年は、13人を検挙した。

表2-13 市町村の首長の検挙人員の推移(昭和58~62年)

〔事例〕 今市市長選挙に立候補する決意を有していた県議会議員(59)は、建設業者から、当選した場合には同市発注の公共工事に関し他社より有利な取り計らいをしてほしい旨の請託を受け、その報酬と して、現金2,835万円を受け取った。当選後の2月25日、事前収賄で逮捕(栃木)
イ 態様別状況
 62年に検挙した贈収賄事件を態様別にみると、表2-14のとおりであり、各種土木、建築工事の施工をめぐるものが依然として多い。
 また、輸入牛肉入札割当枠の調整をめぐって行われた贈収賄事件をはじめ、現下の社会情勢を反映した構造不正ともいうべき事件の検挙も目立っている。

表2-14 贈収賄事件の態様別検挙状況(昭和61、62年)

〔事例〕 畜産振興事業団食肉部長(52)は、輸入牛肉の販売業者(48)からその業者が所属する業者団体への輸入牛肉入札割当ての上乗せ等を依頼され、有利な取り計らいをした謝礼として、現金600万円を受け取った。10月12日逮捕(警視庁)
(6) 第11回統一地方選挙の違反取締り
 昭和62年には、第11回統一地方選挙が施行されたが、警察では、選挙の公正を確保するため、「事前運動取締本部」及び「選挙違反取締本部」を設置するなど取締体制を確立し、不偏不党、厳正公平な取締りを実施した。
 選挙は、4月12日と26日の2回に分けて、13都道府県知事選挙、44道府県議会議員選挙等合計2,576の選挙が施行されたが、その検挙状況、警告状況(いずれも投票日後90日現在)は、それぞれ表2-15及び表2-16のとおりである。検挙件数は1万853件、検挙人員は1万6,811人で、前回(58年)に比べ、件数は2,943件(21.3%)、人員は2,630人(13.5%)それぞれ減少した。罪種別にみると、買収が、件数で全体の95.0%、人員で全体の94.6%を占めている。また、警告件数は3万1,945件で、前回に比べ2,137件(7.2%)増加した。

表2-15 統一地方選挙における違反検挙状況(第10回、第11回)

表2-16 統一地方選挙における違反警告状況(第10回、第11回)

3 暴力団対策

(1) 暴力団の現況と動向
ア 指定暴力団による寡占化傾向
 昭和62年12月末現在の暴力団の勢力は、3,201団体、8万6,287人であるが、中でも、特に強大な勢力を有し、62年に指定暴力団(注)に指定された山口組、稲川会、住吉連合会の3団体(以下「指定3団体」という。)及びその傘下団体の勢力は、1,294団体(全団体数の40.4%)、3万1,107人(全暴力団員数の36.1%)となっており、指定3団体による寡占化の傾向が続いている。
(注) 指定暴力団とは、集中取締りの対象として警察庁が指定した悪質かつ大規模な暴力団をいう。
イ 不安定な暴力団情勢
 山口組は、60年1月に四代目組長が殺害されて以降、集団指導体制を取っており、62年中にも、五代目組長の決定に至らなかった。このため、その襲名をめぐって内部対立が生ずるおそれがあるほか、その傘下団体が全国的に他の暴力団との対立抗争を繰り返すなど、組織統制の弱体化がみられる。このように、全国の暴力団情勢は、山口組を中心に不安定なものとなっており、対立抗争事件、銃器発砲事件等が依然として多発している。
(2) 暴力団犯罪の現況
ア 対立抗争事件の多発
 警察の強力な集中取締りと市民による暴力団排除活動の積極的推進等により、昭和60年1月以降2府19県において317回にわたり発生した山口組対一和会の対立抗争事件を62年2月終結に追い込み、次いで3月 には、九州における山口組対道仁会の78回にわたる対立抗争事件を終結に追い込むなど、山口組を当事者とする大規模対立抗争事件は、いずれも終結したが、その後も、依然として指定3団体を中心に対立抗争事件が多発した。
 62年における対立抗争事件の発生状況は、27事件、187回で、前年に比べ、事件数は4事件増加したが、回数は31回減少した。これら対立抗争事件に伴う死傷者数は、死者が18人、負傷者が35人で、前年に比べ、死者は同数であるが、負傷者は32人減少した。
 また、27事件すべてに銃器が使用されたほか、187回のうち164回(87.7%)までが銃器使用を伴うものであり、対立抗争事件の発生回数における銃器使用の割合は、過去最高となっている。対立抗争事件の発生状況の推移は、図2-17のとおりである。
イ 銃器発砲事件の多発
 62年における暴力団による銃器発砲事件の発生回数は、286回で、前年に比べ31回減少したが、依然として多発している。
 また、銃器発砲に伴う死傷者数は、死者が39人、負傷者が73人で、前年に比べ、死者は20人、負傷者は33人減少した。
 しかしながら、銃器発砲事件の内容をみると、白昼、繁華街やホテル、レストラン等、一般市民が巻き添えになるおそれの大きい場所で発砲したり、パチンコ店内で一般市民を他の組員と間違えて射殺するなどの悪質な事例がみられる。銃器発砲事件の発生状況の推移は、図2-17のとおりである。
〔事例〕 住吉連合会系暴力団幹部(40)は、不動産会社社長宅にけん銃を持って押し入り、留守番中の家政婦を人質に立てこもり、逮捕しようとした捜査員と家政婦にけん銃を発砲して、家政婦を殺害し、捜査員にも重傷を負わせた。9月28日逮捕(警視庁)

図2-17 対立抗争事件、銃器発砲事件の発生状況の推移(昭和53~62年)

ウ 犯罪性の高い指定3団体
 62年の暴力団員による犯罪の検挙状況は、表2-17のとおりであり、検挙件数は6万8,379件、検挙人員は4万257人で、前年に比べ、件数は8,909件(11.5%)、人員は4,808人(10.7%)減少した。
 このうち、指定3団体の暴力団員による犯罪の検挙件数は3万4,936件、検挙人員は2万1,011人で、全暴力団員による犯罪の検挙に占める割合は、件数、人員とも5割を超えており、指定3団体の犯罪性が高いことを示している。

表2-17 暴力団による犯罪の検挙状況(昭和61、62年)

エ 多様化、悪質化の進む資金源活動
 暴力団の資金源活動は、覚せい剤の密売、賭博(とばく)、ノミ行為等伝統的なものにとどまらず、更に新たな資金源を求めて多様化、悪質化している。62年においては、社会運動や政治活動を仮装、標ぼうして不法な利益の獲得を図る企業対象暴力事案や、不動産取引、債権取立て、交通事故の示談等の経済取引、市民の日常生活に介入、関与して不法な利益の獲得を図る民事介入暴力事案が増加したが、特に、「地上げ」等不動産取引に介入、関与する悪質な事案が目立った。
〔事例〕 住吉連合会系暴力団幹部(39)ら4人は、知人の不動産業者から依頼を受けた家屋立ち退き交渉が失敗に終わったため、街宣車で連日軍歌を流したり、「火を付けてやる」などと脅迫し、立ち退きを迫ったが、聞き入れられないとみるや、パワーショベルを使用して 家屋を破壊した。4月8日逮捕(警視庁)
(3) 暴力団取締りの推進
ア 指定暴力団に対する集中取締り
 山口組、稲川会、住吉連合会の指定3団体に対する集中取締りを全国的に推進し、昭和62年には、2万1,011人を検挙し、傘下113団体、1,863人を解散、壊滅に追い込んだ。
イ 銃器取締りの推進
 62年における暴力団関係者からのけん銃押収数は、1,540丁で、前年に比べ11丁(0.7%)減少したが、年間押収数は、59年以降毎年1,500丁を超えており、依然として多い。また、末端の組員からのけん銃押収数が増加の傾向にあり、けん銃が組織の末端にまで広く行き渡っている状況がうかがえる。
 過去10年間の暴力団関係者からのけん銃押収数の推移は、図2-18のとおりである。 62年に水際検挙により押収したけん銃の数は、290丁と依然として多く、漁船や軍用船を利用して大量に密輸したり、外国人の運び屋や組織の周辺にある者等暴力団とつながりのある者が、旅行客を装い、バッグを二重底としてその中に隠匿して持ち込むなど、悪質、巧妙なものが目立っている。また、62年の押収けん銃数に占める真正けん銃の割合は、前年に引き続き80%を超えているが、真正けん銃は、専ら海外から密輸されたものであり、警察では、今後とも、水際における押収に努めることとしている。
ウ 資金源犯罪取締りの推進
 暴力団の主要な資金源となっている恐喝、覚せい剤の密売、賭博(とばく)、ノミ行為等(公営競技4法違反)について取締りを徹底し、62年には、これらの犯罪により1万9,762件、1万8,744人を検挙した。
 また、年々増加する民事介入暴力事案に対しても、市民保護と資金源

図2-18 暴力団関係者からのけん銃押収数の推移(昭和53~62年)

封圧のためその取締りを徹底し、62年には、2,934件を検挙したほか、弁護士会等関係団体との連携の下に、全国警察による一斉相談日の実施等、相談受理体制の充実強化を図った。
 62年に警察に寄せられた民事介入暴力事案の相談受理件数は、2万180件で、前年に比べ1,473件(7.9%)増加した。類型別にみた相談の受理件数の推移は、図2-19のとおりで、「金銭消費貸借に絡むもの」、

図2-19 民事介入暴力事案の類型別相談受理件数の推移(昭和58~62年)

「家屋賃貸借等不動産に絡むもの」及び「交通事故の示談等に絡むもの」が上位を占めている。
エ 社会運動等標ぼうゴロに対する取締り
 62年における社会運動等標ぼうゴロ(社会運動標ぼうゴロ及び政治活動標ぼうゴロ)の検挙件数は877件、検挙人員は1,100人で、前年に比べ、件数は379件(76.1%)、人員は425人(63.0%)それぞれ増加した。
〔事例〕 元暴力団構成員(47)ら17人は、同和運動にしゃ口して、大手企業に工事の下請けを要求し、それを断られるや、「差別だ」などと因縁をつけて脅し、賛助金名下に大手企業49社から総額約1億7,000万円を喝取した。1月21日同人ら4人を逮捕(富山)
オ 総会屋に対する取締り
 62年12月末現在、単位株を取得している総会屋は約1,300人である。62年は、株主総会における粗暴行為等は減少したものの、依然として執拗な質問状の送付や出版物の購読要求等の嫌がらせが活発に行われたほか、多数の架空名義での株付け(株主総会に出席するため単位株を取得する行為)やグループ間の連携等による企業に対する勢力の誇示がみられた。
 これに対し、総会屋に対する取締りを強力に実施し、大物総会屋に係る商法違反事件を相次いで検挙したほか、賛助金要求名下の悪質な恐喝事件等を検挙した。
〔事例〕 写真機メーカーの総務部長(61)らは、同社の定時株主総会に際し、総会屋グループの首領(40)ら2人に対して、「他の総会屋を抑え、株主総会が短時間に終わるように協力してほしい」と依頼し、その謝礼として現金150万円を供与したほか、他の総会屋7人に対しても、同様の趣旨で現金170万円を供与した。1月19日、総務部長ら3人を逮捕(福岡)
(4) 暴力団排除活動の推進
 昭和62年には、市民の暴力団排除意識の高揚に伴い、暴力団事務所撤去活動等地域における暴力団排除活動が盛り上がりをみせ、6月には、広島で県民各層を一体化した全国初の暴力団排除のための法人組織である(財)暴力追放広島県民会議が結成された。
 また、関係機関においても、所管の事業から暴力団を排除するための施策が積極的に採られるなど、職域における排除活動も活発に行われた。
 警察では、これらの活動を積極的に支援するとともに、一体となった暴力団排除活動を展開した。
ア 暴力団事務所撤去活動
 警察では、暴力団を地域社会から締め出すため、地域住民と連携した暴力団事務所撤去活動を推進しているが、62年には、住民運動が盛り上がりをみせ、暴力団事務所の立ち退きを求める民事訴訟等が活発に行われたことなどから、指定3団体傘下の暴力団事務所88箇所をはじめ、全

国で187箇所が撤去された。これは、前年に比べ、74箇所(65.5%)の大幅な増加となっている。
 また、静岡県浜松市では、暴力団事務所撤去のために粘り強い住民運動が展開されていたが、付近住民は、住民の人格権侵害を理由に組長所有の建物を組事務所として使用することを禁止する仮処分決定を得た後、同様の内容を柱とする裁判上の和解を行い、組事務所を追放するという成果を挙げた。
イ 公営競技場からの暴力団排除
 資金源の封圧と市民保護の観点から、60年11月1日以降全国的に公営競技場からの暴力団及びノミ屋等の排除を実施しているが、62年には、暴力団員4,717人、ノミ屋等2,277人を排除した。また、場内ノミ行為や建造物侵入等により30件、65人を検挙した。
ウ 建設業からの暴力団排除
 建設業については、1回の工事請負に係る取引額が大きく、多くの工事現場を抱えており、暴力団の介入、関与が多くみられたことから、建設省や都道府県関係部局は、警察との密接な連携の下に、61年12月以降、暴力団員に建設業許可を与えないこと、暴力団が実質的に経営を支配している業者を公共工事から排除することなどを柱とする施策を強力に推進しており、62年12月末までに、全国24都府県で公共工事からの排除規定等を整備した。なお、62年の建設業に絡む暴力団犯罪の検挙件数は、257件で、前年に比べ40件(18.4%)増加した。
エ 不動産業からの暴力団排除
 暴力団が多額の資金を獲得するため、「地上げ」等不動産取引に介入、関与する動向が顕著になるとともに、不動産取引に暴力団を利用する業者も数多くみられるようになった。これに対し、警察庁の要請により、62年12月、暴力団員には宅地建物取引業の免許を与えないこと、不動産 取引に暴力団を利用するような悪質な業者には厳正な指導を行うことを骨子とする通達が建設省から都道府県知事に出され、不動産業からの暴力団排除が全国的に推進されることとなった。
(5) 暴力団の海外活動への対応
 最近、暴力団は、諸外国において、銃器、覚せい剤等の調達や各種の資金源活動を行っているが、このような暴力団の海外における活動に対処するためには、外国捜査機関との緊密な連携等が不可欠である。
 このため、警察では、昭和62年5月、警察庁に暴力団海外情報センターを設置し、海外における暴力団の活動に関する情報収集体制の強化を図った。
 また、12月には、ハワイにおいて第5回日米暴力団対策会議を開催し、連邦捜査局(FBI)等の米国捜査機関との間で、暴力団情勢や捜査協力等につき、実務レベルでの意見交換を行った。

4 犯罪情勢の変化と捜査環境の悪化に対応する捜査活動の推進

(1) 捜査活動の困難化
 近年の情報化の進展や交通手段、科学技術の発達等の社会情勢の変化に伴い、新しい形態の犯罪が多発したり、犯行の広域化、スピード化が進むなど、犯罪は質的な変化をみせている。また、基本的捜査活動である聞き込み捜査が困難になってきており、被害品、遺留品等から被疑者に到達していく物からの捜査も難しくなるなど、捜査活動は困難化している。図2-20は、民間協力を主たる端緒とした刑法犯検挙件数の検挙総数に占める構成比の推移を最近5年間にわたってみたものであるが、 被害者や第三者の協力により検挙に至る割合が減少傾向にあることが分かる。

図2-20 民間協力の面からみた検挙の主たる端緒の構成比の推移(昭和58~62年)

 また、図2-21は、刑法犯の発生から検挙までの期間別検挙状況について昭和53年と62年を比較したものであるが、1日未満で検挙したものが20.9%から16.6%に減少したのに対し、1年以上を要したものが15.6%から28.4%に増加しており、検挙に要する期間の長期化を示している。

図2-21 刑法犯発生から検挙までの期間別検挙状況(昭和53、62年)

(2) 捜査活動の科学化の推進
ア コンピュータの活用
 警察庁では、捜査情報を集中的に管理し、処理するコンピュータシステムの充実を図っているが、その一環として、次のようなシステムの運用を行っている。
(ア) 自動車ナンバー自動読取りシステム
 自動車利用犯罪については、緊急配備による検問を実施する場合でも、実際に検問が開始されるまでに時間を要すること、徹底した検問を行うには交通渋滞を覚悟しなければならないことなどの問題がある。
 警察庁では、これらの問題を解決するため、道路上のカメラと路側のコンピュータによって、走行中の自動車のナンバーを自動的に読み取り、手配車両のナンバーと照合する自動車ナンバー自動読取りシステムを開発し、配備したが、今後とも、このシステムの整備充実に努めることとしている。
(イ) 指紋自動識別システム
 指紋には、「万人不同」、「終生不変」という特性があり、個人識別の絶対的な決め手となることから、犯罪捜査上極めて大きな役割を果たしている。
 警察庁では、コンピュータによる精度の高いパターン認識の技術を応用した指紋自動識別システムの開発に成功し、現在、犯罪現場に遺留された指紋から犯人の特定を行う遺留指紋照合業務等に活用している。
 このシステムは、大量の指紋資料をコンピュータによって迅速に自動処理し、これまで照合できなかった不鮮明又は部分的な指紋からも、該当者を短時間のうちに割り出す機能を備えたもので、これを運用することにより被疑者等の確認件数が飛躍的に増大するなど、犯罪捜査に大きく貢献している。
イ 現場鑑識活動の強化
 近年、聞き込み捜査による犯人の検挙が困難になっていることなどから、犯罪現場等において、各種鑑識資機材を有効に活用して綿密かつ徹底した鑑識活動を行い、犯人が遺留した物的資料やこん跡等から科学的、合理的な捜査を推進していくことが重要になってきている。このため、警察では、現場鑑識活動の中核として機能している機動鑑識隊(班)を充実強化するとともに、特に、犯人が無意識のうちに遺留する微量、微細な資料をも残さず発見、採取して、捜査に効果的に活用する「ミクロの鑑識活動」を積極的に推進している。
ウ 鑑識資料センターの運用
 犯行手口の悪質、巧妙化に伴い、指紋や遺留品等の物的資料が犯罪現場等に明白な形で残されることが少なくなってきているため、犯人による証拠隠滅が困難な微量、微細な資料を活用して、科学的、合理的な捜査を行う必要性が高まっている。このため、警察庁においては、
[1] あらかじめ犯罪捜査の対象となる繊維、土砂、ガラス等の各種鑑識資料を収集する
[2] これらの資料を最新の技術と高性能分析機材を用いて分析し、製造メーカー等の付加情報を加えてデータベース化を図る
[3] このデータと各都道府県警察が犯罪現場等から採取した微量、微細な資料の分析データを相互に比較照合することによって、その物性、製造メーカー等を解明する
[4] その結果を捜査情報として関係都道府県警察にフィードバックする
ことを主な業務とする鑑識資料センターを設置し、61年10月から運用している。
エ 鑑定の高度化
 現場鑑識活動によって採取した資料の分析、鑑定結果は、捜査の手掛かりや証拠として活用されることが多いが、血液、毛髪、覚せい剤等の法医、理化学関係の鑑定件数は、年々増加するとともに、その内容も複雑多岐にわたっており、高度な専門的知識、技術を必要とするものが多くなっている。
 このような情勢に対処し、各種鑑定を一段と信頼性の高いものにするためには、鑑定資機材及び鑑定検査技術の高度化を図る必要がある。このため、警察庁の科学警察研究所や都道府県警察の科学捜査研究所(室)に新鋭の鑑定資機材を計画的に整備するとともに、全国の鑑定技術職員に対し、科学警察研究所に附置された法科学研修所において、法医、化学、工学、指紋、足こん跡、写真等の各専門分野別に、組織的、体系的な技術研修を実施している。
(3) 広域捜査力の強化
 広域にわたる犯罪に対処するため、また、裏付け捜査等の必要からも、 都道府県警察間の捜査協力や警察庁、管区警察局の指導、調整等による広域捜査体制の強化が必要になってきている。このため、警察庁、管区警察局、都道府県警察に広域捜査を担当する捜査官を配置し、情報の交換を緊密に行うとともに、関係都道府県警察において合同の捜査体制を取るなど、効果的な広域捜査の推進に努めている。
 また、犯行のスピード化、広域化に対応した初動捜査体制、広域緊急配備体制を充実させるため、科学技術の導入を進めるとともに、事件の発生直後における警察庁、管区警察局、都道府県警察相互間の連絡の一層の円滑化を図っている。
(4) 国際犯罪捜査力の強化
ア 優れた捜査官の育成と捜査体制の充実強化
 犯罪の国際化に的確に対応し、治安維持の責務を果たしていくためには、語学力を有することはもとより、国際犯罪捜査に特有な捜査手法や法令に精通した優れた捜査官を養成することが極めて重要である。そこで、警察では、警察大学校の附置機関である国際捜査研修所において、国際捜査実務能力と語学力の双方を兼ね備えた各級捜査官の養成を図っているほか、各都道府県警察においても、捜査官の育成や捜査体制の強化のための措置を積極的に推進している。
イ 国際捜査協力の推進
 国際犯罪の増加に伴い、個々の事件の捜査に関し、証拠資料の送付、外国捜査官の受入れ等の国際協力を行うことが一層重要となっている。
 捜査に必要な情報、資料の交換を外国捜査機関と行うには、ICPOルート、外交ルート等がある。過去10年間に警察庁が行った国際犯罪に関する情報の発信、受信の状況は、表2-18のとおりであり、その総数は、10年間で約1.4倍となっている。
 国際捜査共助法に基づく外国からの協力要請に対し、警察が調査を実 施した件数は、表2-19 のとおりである。

表2-18 国際犯罪に関する情報の発信、受信状況(昭和53~62年)

表2-19 外国からの依頼に基づき捜査共助を実施した件数(昭和57~62年)

ウ 国際機関への参加
 警察では、各国の犯罪情勢等について情報を交換し、国際的な対応を必要とする警察事象について対策等を討議し、また、人的交流を通じて外国警察機関との協力関係を強化するため、次のような国際機関に参加している。
(ア) ICPO
 ICPOは、国際犯罪捜査に関する情報交換、犯人の逮捕と引渡しに関する円滑な協力の確保等国際的な捜査協力を迅速、的確に行うための国際機関であり、構成員は各国の警察機関である。昭和62年12月末現在、同機構の加盟国(領域を含む。)は、146となっている。我が国は、27年に加盟して以来、警察庁を国家中央事務局として、国際的な捜査協力を積極的に実施している。
 62年7月には、東京で、第9回ICPOアジア地域会議が開催され、アジア地域から28箇国・地域の警察機関の代表78人のほか、米国、カナダ等のオブザーバーも加わり、合計31箇国・地域114人が参加した。この会議では、薬物取引、組織犯罪、国際テロ問題等を中心に討議がなされ、治安に関するアジア地域の緊密な協力関係の一層の推進をうたう勧告が採択された。
 また、11月には、フランスのニースで開催された第56回総会において、警察庁刑事局国際刑事課長が執行委員に選出された。
(イ) IACP(国際警察長協会)
 IACPは、明治26年に米国の各警察組織の代表者により設立された団体であるが、その後、各国警察の教養、装備等に関する援助、セミナー等の実施による意見交換、管理者研修の実施、各種刊行物の発行等の活動を行う国際的な機関に発展し、昭和49年には、国際連合の公式の諮問機関として認められるに至っている。62年12月末現在、加盟者数は、69箇国・地域約1万4,500人に上っており、我が国からも、警察庁長官等が加入している。
(5) 優れた捜査官の育成
 犯罪の質的変化、捜査環境の悪化等に適切に対応し、国民の信頼にこたえるち密な捜査を推進するためには、各種の専門的知識を備えた優れた捜査官を育成しなければならない。このため、各都道府県警察において、新任、若手の捜査官に対して実践的な教養を行うとともに、警察大学校等において、国際犯罪捜査、広域特殊事件捜査等に関する教養を実施するなど、社会の変化、犯罪の変化に対応し得る捜査官の育成と捜査幹部の指揮能力の向上に努めている。
 また、将来の刑事警察を担う優れた捜査官を育成するという観点から、各都道府県警察において、若手の捜査官に対し、長期的視野に立った実 務研修を実施している。
(6) 国民協力確保方策の推進
 犯罪情勢の変化に対処するためには、警察が最大限の努力をすることはもとより、捜査活動に対する国民の深い理解と積極的な協力を得ることが必要不可欠である。
 このため、警察では、国民に協力を呼び掛ける方法の一つとして公開捜査を行っており、新聞、テレビ、ラジオ等の報道機関に協力を要請するとともに、ポスター、チラシ等を人の出入りの多い場所に掲示、配布するなどの方策を講じている。昭和62年11月に実施した「指名手配被疑者捜査強化月間」においては、警察庁指定被疑者10人、都道府県警察指定被疑者28人について公開捜査を行い、都道府県警察指定被疑者3人をはじめ、4,399人を検挙した。
 また、5月には、「捜査活動に対する国民の理解と協力の確保月間」を実施し、ポスター、チラシ等を掲示、配布したほか、都道府県警察の捜査担当課長等がテレビ出演するなどして、事件発生の際の早期通報、聞き込み捜査に対する協力、事件に関する情報の提供等を呼び掛けた。このほか、被害者に対し、捜査の途中経過、終結等を連絡し、被害者の不安感の解消を図る被害者連絡制度を積極的に推進するとともに、告訴、告発事件の受理や民事介入暴力事案等についての相談を通じ、国民の要望にこたえる捜査活動の推進に努めている。


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