第8章 災害、事故と警察活動

1 災害警備活動

(1) 災害警備対策の推進
ア 大規模地震対策の推進
 災害から国民を守るため、警察では、各種の災害対策を推進しているが、その中でも、大規模地震対策は、緊急かつ重要な課題である。
 昭和60年も、前年に引き続き、東海地震対策のほか、南関東地域をはじめ過去に大規模な地震が発生した地域を中心に、都道府県その他の関係機関と協力して、防災に関する各種行事を行い、国民の防災意識の高揚に努めた。
 9月1日の「防災の日」に、中央防災会議主催で行われた東海地震、南関東地震を想定した総合防災訓練には、警察庁、関係管区警察局、地震防災対策強化地域とその周辺の10都県警察から、警察官約8万人、ヘリコプター22機、警備艇26隻、地域住民約1,300万人が参加して、東海地震の判定会招集報等の受理、伝達、情報の収集、社会的混乱防止、交通規制、緊急輸送、救出、救護等の各種訓練を行った。特に、東海地震の警戒宣言が発せられた場合に混乱が予想される主要ターミナル駅等(国鉄大宮駅、横浜駅等24箇所)でのパニック防止対策訓練と、地震防災対策強化地域への車両の流入制限、緊急輸送路確保等の交通対策訓練とに力点を置いて行った。
 その他の地域の道府県警察でも、関係機関と協力して、地震とそれに伴う津波等を想定した警備訓練を行い、警察官延べ約3万人、地域住民

延べ約70万人が参加した。
イ 特殊災害対策の推進
 近年、大都市では、地下街の拡大、建物の高層化が進み、また、石油コンビナート、原子力施設等多量の危険物を扱う施設が増加するなど、地震等の災害や、火災、爆発等の事故が発生した場合に、大規模な災害、事故に発展する可能性が増大している。
 このため、関係都道府県警察では、これら施設の実態把握に努めるとともに、災害、事故が発生した場合の初動措置要領等警備計画の見直しを行ったほか、関係機関と協力して、地下街、石油コンビナート等における特殊災害を想定した訓練を行い、警察官延べ約1万5,000人、地域住民延べ約10万人が参加した。
(2) 主な自然災害と警察活動
 昭和60年における主な自然災害は、西日本を中心とした梅雨前線豪雨及び台風第6号による災害(6~7月)、長野市地附山(じづきやま)地滑り災害(7月)、 九州や関東地方を中心とした台風第12号、第13号及び第14号による災害(8~9月)等であった。
 これらによる被害を含め、60年の自然災害による被害状況は、表8-1のとおりである。

表8-1 自然災害による被害状況(昭和60年)

 これらの災害に際して、全国で警察官延べ約6万人が出動し、災害情報の収集、伝達、被災者の救出、救護、避難誘導、交通規制等の災害警備活動を行い、被害の未然防止と拡大防止に努めた。
ア 梅雨前線豪雨及び台風第6号による災害
 6月中旬から7月中旬にかけて、梅雨前線の活発な活動と台風第6号の影響により、西日本等の各地は暴風雨に見舞われ、特に、長崎県対島の厳原では、6月22日から28日までの総雨量が平年雨量の約半年分に当たる1,037ミリを記録した。この暴風雨による被害は、45都道府県に及び、死者40人、負傷者109人、住家全(半)壊221棟、住家浸水2万6,576棟に上った。
 この災害に際し、関係都道府県警察では、災害警備本部の設置等早期に警備体制を確立して、警察官延べ約2万8,000人を動員し、危険地域の警戒、被災者の救出、救護、避難誘導、交通規制等の災害警備活動を 行った。
 特に、石川県穴水町では、7月11日、国鉄能登線で急行列車が転覆し、死者7人、負傷者29人の災害が発生した。石川県警察では、機動隊を現地に派遣するなど警察官延べ約500人を動員し、被災者の救出、救護等を行った。
イ 長野市地附山(じづきやま)地滑り災害
 7月26日、長野市地附山(じづきやま)で大規模な地滑り(幅約450メートル、長さ約350メートル、推定流出土砂500万立方メートル)が発生し、その土砂は、ふもとの湯谷団地及び南側斜面の老人ホーム「松寿荘」に押し寄せた。
 この地滑りによる被害は、死者26人、負傷者14人、住家全(半)壊60棟に上った。
 長野県警察では、災害警備本部の設置等早期に警備体制を確立して、警察官延べ約7,000人、レスキュー車、投光車等の車両延べ約1,100台を動員して、被害状況の把握、被災者の救出、救護、避難誘導、交通規

制、危険地域の警戒、広報等の災害警備活動を実施した。特に、老人ホーム「松寿荘」での救出活動は、地滑りが続き建物が無気味な音を立ててきしむ中で困難を極めたが、関係機関と協力して、翌27日までに19人の生存者を無事救出した。
ウ 台風第12号、第13号及び第14号による災害
 8月30日から9月1日にかけて、台風第12号、第13号及び第14号が相次いで日本に接近し、九州から中国地方西部は、暴風雨に見舞われた。特に、台風第13号は、8月31日、鹿児島県枕崎市に上陸した後、九州西部を縦断し、福岡市で最大瞬間風速41.6メートルを記録した。
 これらの台風による被害は、16都道県に及び、死者31人、負傷者234人、住家全(半)壊242棟、住家浸水2,315棟、住家一部損壊6,991棟に上った。特に、熊本、長崎、佐賀及び福岡各県の有明海、八代海域等では、えび漁等の沿岸漁業に従事する小型漁船や海上作業中の小型船舶が暴風雨の影響で転覆、遭難し、死者20人の被害が出た。
 これらの災害に際し、関係都道県警察では、台風接近に伴い逐次警備体制を確立して、警察官延べ約7,000人を動員し、被害実態の把握、被災者の救出、救護、住民等の避難誘導、交通規制、広報活動等の災害警備活動を行った。

2 雑踏警備活動

(1) 一般雑踏警備活動
 昭和60年に警察官が出動して雑踏整理に当たった行楽地や催物への人出は、延べ約7億5,962万人に上り、警察では、延べ約102万人の警察官を出動させて、雑踏事故の防止に努めた。正月三が日の初詣の人出は、約8,175万人で、前年を約155万人(1.9%)上回り、ゴールデンウ ィークの人出も、全国的に好天に恵まれたため、約6,230万人と史上最高を記録し、前年より約870万人(16.2%)増加した。最近5年間の雑踏警備実施状況は、表8-2のとおりである。

表8-2 雑踏警備実施状況(昭和56~60年)

 60年の雑踏事故は、祭礼やコンサート等の行事の際に2件発生し、負傷者13人を数えた。警察では、興行場、ホール等の管理者や行事の主催者等と緊密な連絡を取り、自主警備体制の強化、危険予防措置、施設の改善等を具体的に要請するとともに、混雑する場所等に警察官を配置して、雑踏事故の未然防止に努めたほか、すりや小暴力事犯の取締り、迷い子や急病人の保護等に当たった。
(2) 公営競技をめぐる紛争事案と警備活動
 競輪、競馬等の公営競技場は、全国に117箇所あり、昭和60年の総入場者は、約1億221万人であった。警察では、公営競技をめぐる紛争事案や雑踏事故防止のため、延べ約20万1,000人の警察官を出動させて警備に当たった。最近5年間の公営競技場の警備実施状況は、表8-3のとおりである。

表8-3 公営競技場警備実施状況(昭和56~60年)

 60年の公営競技をめぐる紛争事案は、前年より1件少ない6件であった。原因の多くは、レースの判定に対する不満や暴力団の入場阻止にかかわるいざこざ等であるため、警察では、競技の適正な運営を関係機関、団体に働き掛けるとともに、自主警備体制の確立、施設、設備の改善等を促進させたほか、競技開催の都度、警察官を派遣して紛争事案の未然防止に努めた。

3 各種事故と警察活動

(1) 水難事故
ア 水難事故の発生状況
 昭和60年の水難事故の発生件数は3,182件、死者・行方不明者数は2,004人、警察官等に救助された者の数は1,607人で、前年に比べ、発生件数は114件(3.7%)、死者・行方不明者数は67人(3.5%)それぞれ増加した。最近5年間の水難事故発生状況は、表8-4のとおりである。

表8-4 水難事故発生状況(昭和56~60年)

 水死者を年齢層別にみると、表8-5のとおりで、中学生が6人減少したほかは、いずれも増加している。
 水死者を発生場所別にみると、図8-1のとおりで、依然として海や河川で全体の約7割を占めている。また、行為別にみると、図8-2の とおりで、水泳中や魚釣り中が多い。特に、無謀ないそ釣りによって高波にさらわれたり、釣船が転覆する事案等が目立った。

表8-5 年齢層別水死者の状況(昭和59、60年)

図8-1 水死者の発生場所別構成比(昭和60年)

図8-2 水死者の行為別構成比(昭和60年)

イ 水難事故の防止活動
 警察では、水難事故を防止するため、都道府県、市町村、教育委員会等と連携して、事故の発生しやすい危険な場所の実態を調査し、その所 有者、管理者や関係機関、団体に対し、危険区域の設定、標識の設置、安全施設の補修、整理等を促進するよう働き掛けている。特に、人出や水難事故の多い海水浴場には臨時警察官派出所を設置して、海浜パトロールのほか、警備艇やヘリコプターによる監視を強化し、海水浴客に対する広報、遭難者の早期発見、救出、救護に努めている。また、関係機関、団体と協力して、母親や児童を対象とした人工呼吸法の講習会、各種の救助訓練を実施している。
(2) 山岳遭難事故
ア 遭難事故の発生状況
 昭和60年の山岳遭難事故の発生件数は500件、遭難者数は655人で、前年に比べ、発生件数は12件(2.3%)、遭難者数は39人(5.6%)それぞれ減少した。最近5年間の山岳遭難事故の発生状況は、表8-6のとおりである。

表8-6 山岳遭難事故の発生状況(昭和56~60年)

 近年は、登山の大衆化により、本格的な登山から軽装のハイキングに至るまで、いろいろな形の登山が行われ、その目的も、山登りを通じての健康保持や趣味としての山草観賞、山菜採り等多様化してきた。また、登山人口が増えるにつれて、登山の知識や経験に乏しい登山者も増 加してきている。
 60年は、50歳以上の中・高年齢者の遭難事故が多発したほか、技術の未熟による転落、滑落事故や事前の準備不足による道迷い等、登山に対する基本的な心構えを欠いたことによる遭難が目立った。
 また、60年に遭難した500パーティーについて、山岳会への加入状況及び登山計画書の提出状況をみると、山岳会に加入していないパーティーの数は367(73.4%)、登山計画書を提出していないパーティーの数は392(78.4%)に上っている。
イ 遭難者の捜索、救助活動
 警察では、山岳警備隊等を編成し、実践的な救助訓練や研修会を実施して救助技術等の向上を図るとともに、救助用装備資器材の点検整備を行うなど、救助体制の強化に努めている。
 60年に遭難者の救助活動に出動した警察官は、延べ約5,400人で、民間救助隊員等との協力による活動を含め、遭難者453人を救助したほか、132遺体を収容した。
ウ 遭難事故の防止活動
 警察では、山岳遭難事故を防止するため、随時、遭難対策検討会を開催して具体的な検討を行っているほか、時機に応じた山岳情報、登山上の留意事項を記載したちらしの配布等によって登山者の注意を喚起するとともに、新聞、テレビ、ラジオ、山岳雑誌等を通じて広く国民に安全な登山を呼び掛けるなど、幅広い諸対策を推進している。
 特に、主要山岳(系)を管轄する警察においては、登山シーズン前に関係機関、団体と協力して登山ルートの実地踏査を行い、危険箇所における警告板や指導道標等の設置を行っている。また、登山者が集中する時期には、登山口や最寄りのターミナル駅等に臨時警備派出所や指導センターを開設して、登山計画書の提出を奨励するほか、安全な登山のため に山岳情報の提供や装備等のチェックを行い、さらに、山岳パトロール等の現場活動を通じて安全指導を積極的に行うなど、遭難事故の防止対策を強力に推進している。
(3) レジャー・スポーツに伴う事故
 昭和60年のレジャー・スポーツに伴う事故の発生件数は401件、被災者数は608人で、前年に比べ、発生件数は159件(65.7%)、被災者数は208人(52.0%)それぞれ増加した。その発生状況は、表8-7のとおりである。

表8-7 レジャー・スポーツに伴う事故の発生状況(昭和60年)

 警察では、このような事故の発生を防止するため、関係機関、団体に対する事故防止の呼び掛けを行うとともに、現場における指導取締りの強化を図っている。60年における事故現場への警察官の出動人員は、約2,300人であった。
(4) 航空機事故
 昭和60年に警察が取り扱った航空機事故の発生件数は24件、死傷者数は552人で、前年に比べ、発生件数は8件(50.0%)、死傷者数は521人(1680.6%)それぞれ増加した。最近5年間の航空機事故の発生状況は、表8-8のとおりである。

表8-8 航空機事故の発生状況(昭和56~60年)

 この中では、単独機事故としては世界最大の死傷者を出した旅客機の墜落事故のほか、訓練中の小型飛行機の墜落事故、農薬散布中及び取材活動中のヘリコプターの墜落事故等が目立った。
(5) 船舶事故
 昭和60年に警察が取り扱った船舶事故の発生件数は140件、死傷者数は185人で、前年に比べ、発生件数は28件(25.0%)、死傷者数は40人(27.6%)それぞれ増加した。最近5年間の船舶事故の発生状況は、表8-9のとおりである。

表8-9 船舶事故の発生状況(昭和56~60年)

 この中では、漁船や釣船等が強い横波を受けて転覆した事故のほか、河川でのボート同士の衝突や転覆事故が目立った。
 警察では、これらの事故の未然防止を図るため、関係業者等に対する指導警告を行うとともに、警察船舶によるパトロールを積極的に実施し、事故の発生に際しては、迅速、的確な救助活動を行っている。
(6) 火災
 昭和60年に警察官が出動した火災の発生件数は2万4,778件、死傷者数は3,135人で、前年に比べ、発生件数は1,069件(4.1%)、死傷者数は372人(10.6%)それぞれ減少した。最近5年間の火災の発生状況は、表8-10のとおりである。

表8-10 火災の発生状況(昭和56~60年)

 

 火災の発生に際し、家人の救出、救護や地域住民の避難誘導等に出動した警察官は、延べ約25万5,500人となっている。
(7) 爆発事故
 昭和60年に警察官が出動した爆発事故の発生件数は281件、死傷者数は547人で、前年に比べ、発生件数は40件(12.5%)減少したが、死傷者数は21人(4.0%)増加した。最近5年間の爆発事故の発生状況は、表8-11のとおりである。
 この中では、多数の作業員が死傷した炭鉱のガス爆発や飲食店等におけるプロパンガスの爆発が目立った。

表8-11 爆発事故の発生状況(昭和56~60年)

〔事例〕 5月17日、北海道三菱石炭鉱業(株)南大夕張炭鉱坑内においてガス爆発が発生し、62人が死亡、24人が負傷した。北海道警察では、道警本部に「事故対策本部」を設置するなど、早期に指揮体制を確立し、被災者の救護、避難誘導、交通規制等の諸活動を行った(北海道)。
(8) 日航機墜落事故
 8月12日、群馬県多野郡上野村山中に、東京発大阪行きの日本航空ボーイング747SR-100型旅客機が墜落、炎上し、死者520人に上る大規模な航空機事故が発生した。
 警察庁では、事故発生後直ちに警察庁次長を長とする「8.12日航機墜落事故対策本部」を設置して、群馬、長野、山梨及び埼玉の各県警察に対し、墜落現場の確認、捜索及び情報収集活動等を指示するとともに、警視庁、神奈川及び静岡県警察等に対し、部隊及びヘリコプターの支援を指示した。
 航路周辺の各県警察においては、早期に指揮体制を確立し、夜を徹して墜落現場の確認、捜索活動等を展開した結果、8月13日午前5時37分、長野県警察のヘリコプターが飛行機の機体の一部を発見し、墜落現場を確認した。
 墜落現場を管轄する群馬県警察では、生存者の発見、救助を第一義とし、他都県警察の機動隊、航空隊等の応援を得て、多数の部隊をしゅん 険な山岳に動員し捜索救難活動を行った。その結果、墜落現場付近に降下した長野県警察のレスキュー隊員が生存者を発見し、同所に急行した機動隊員が自衛隊員、消防団員等と協力して懸命な救出活動を行い、4人の生存者を救出した。
 この事故に際し、群馬県警察では、酷暑の中、しゅん険な山岳という厳しい条件を克服して、救出、救護、遺体や遺品の捜索、収容、身元確認、交通規制等の諸活動を行った。これらの活動が一段落するまでの約2箇月間に、18都道府県警察からの応援を含め、警察官等延べ約6万7,000人、ヘリコプター延べ196機が動員された。


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