第2章 犯罪情勢と捜査活動

1 犯罪の認知と検挙の状況

(1)戦後3番目を記録した刑法犯の認知件数
ア 刑法犯の認知状況
 昭和59年の刑法犯の認知件数(注)は158万8,693件で、前年に比べ4万7,976件(3.1%)増加した。刑法犯認知件数と犯罪率の推移は、図2-1のとおりである。

図2-1 刑法犯認知件数と犯罪率の推移(昭和23~25、50~59年)

 戦後の犯罪認知件数は、23年から25年までが最高のピークであったが、近年、増加の傾向を示し、59年は、前年を更に上回り、23、24年に次ぐ戦後3番目を記録した。しかし、犯罪率をみると、59年は、23年の数値の約3分の2である。
 59年の刑法犯認知件数を包括罪種別に23年と対比してみると、表2-1のとおりで、凶悪犯、知能犯、風俗犯が大幅に減少した一方、窃盗犯が増加している。
(注) 罪種別認知件数は、資料編統計2-2参照

表2-1 刑法犯包括罪種別認知件数の比較(昭和23、59年)

イ 主な罪種の認知状況
(ア) 凶悪犯
 59年の凶悪犯認知件数は7,856件で、前年に比べ278件(3.4%)減少した。これを罪種別にみると、殺人が17件(1.0%)増加したのに対し、強盗が129件(5.6%)、放火が122件(5.8%)、強姦(かん)が44件(2.2%)それぞれ減少した。過去10年間の凶悪犯認知状況を指数でみると、図2-2のとおりである。

図2-2 凶悪犯認知状況(昭和50~59年)

(イ)粗暴犯
 59年の粗暴犯認知件数は5万793件で、前年に比べ440件(0.9%)減少した。これを罪種別にみると、恐喝が416件(3.5%)増加したが、他の罪種はすべて減少した。過去10年間の粗暴犯認知状況を指数でみると、図2-3のとおりである。

図2-3 粗暴犯認知状況(昭和50~59年)

(ウ) 窃盗犯
 59年の窃盗犯認知件数は136万5,705件で、前年に比べ3万447件(2.3%)増加し、戦後最高を記録した。
 住宅や会社事務所等の建物内に侵入して現金や品物をねらう侵入盗は4,414件(1.5%)、自動車、オートバイ等を盗む乗物盜は1万3,853件(2.9%)、自動販売機荒らし、ひったくり等の非侵入盗は1万2,180件(2.2%)それぞれ増加した。過去10年間の窃盗犯認知状況を指数でみると、図2-4のとおりである。

図2-4 窃盗犯認知状況(昭和50~59年)

(エ) 知能犯
 59年の知能犯認知件数(注)は9万1,824件で、前年に比べ1万4,864件(19.3%)増加した。これを罪種別にみると、涜(とく)職が47件(9.0%)減少したのに対し、他の罪種はすべて増加しており、特に、詐欺が1万2,992件(21.8%)、横領が741件(27.6%)とそれぞれ大幅に増加した。過去10年間の知能犯認知状況を指数でみると、図2-5のとおりである。
(注) 知能犯の認知件数については、占有離脱物横領の認知件数を除く。
   なお、占有離脱物横領の認知件数については、資料編統計2-2参照
(オ) 風俗犯
 59年の風俗犯認知件数は7,790件で、前年に比べ995件(11.3%)減少した。これを罪種別にみると、賭博(とばく)が640件(21.6%)、猥褻(わいせつ)が355件(6.1%)それぞれ減少した。過去10年間の風俗犯認知状況を指数でみると、図2-6のとおりである。

図2-5 知能犯認知状況(昭和50~59年)

図2-6 風俗犯認知状況(昭和50~59年)

(2)すべての罪種で検挙率が上昇
ア 刑法犯の検挙状況
 昭和59年の刑法犯の検挙件数(注1)は過去最高の25年(99万1,107件)を上回る100万2,923件、検挙人員(注2)は44万6,617人、検挙率は39年(63.9%)以来20年ぶりに63%台の63.1%で、前年に比べ、検挙件数は7万3,602件(7.9%)、検挙人員は7,912人(1.8%)それぞれ増加し、検挙率は2.8ポイント上昇した。この検挙率の上昇は、主として窃盗犯検挙率の上昇によるものである。過去10年間の刑法犯の検挙状況は、図2-7のとおりで、検挙件数、検挙人員、検挙率とも増加、上昇の傾向を示している。
(注1) 罪種別検挙件数は、資料編統計2-4参照
(注2) 罪種別検挙人員は、資料編統計2-5参照
     なお、検挙人員には、触法少年を含まない。

図2-7 刑法犯検挙状況(昭和50~59年)

イ 主な罪種の検挙状況
(ア) 凶悪犯
 59年の凶悪犯検挙件数は6,936件、検挙人員は6,735人、検挙率は88.3%で、前年に比べ検挙件数は184件(2.6%)、検挙人員は116人(1.7%)それぞれ減少したが、検挙率は0.8ポイント上昇した。過去10年間の凶悪犯検挙状況を検挙率でみると、図2-8のとおりである。

図2-8 凶悪犯検挙状況(昭和50~59年)

(イ) 粗暴犯
 59年の粗暴犯検挙件数は4万7,288件、検挙人員は6万3,778人、検挙率は93.1%で、前年に比べ検挙件数は269件(0.6%)増加し、検挙人員は908人(1.4%)減少したが、検挙率は1.3ポイント上昇した。過去10年間の粗暴犯検挙状況を検挙率でみると、図2-9のとおりである。

図2-9 粗暴犯検挙状況(昭和50~59年)

(ウ) 窃盗犯
 59年の窃盗犯検挙件数は80万1,481件、検挙人員は29万2,835人、検挙率は58.7%で、前年に比べ検挙件数は5万3,500件(7.2%)、検挙人員は7,657人(2.7%)それぞれ増加し、検挙率は2.7ポイント上昇した。過去10年間の窃盗犯検挙状況を検挙率でみると、図2-10のとおりである。

図2-10 窃盗犯検挙状況(昭和50~59年)

ウ 年齢層別犯罪者率
 過去10年間の年齢層別犯罪者率の推移は、図2-11のとおりで、14歳から19歳までが著しい上昇傾向にある。

図2-11 年齢層別犯罪者率の推移(昭和50~59年)

(3)国際比較
 昭和58年の凶悪犯罪のうち、殺人、強盗の犯罪率を欧米主要4箇国と比べると、図2-12のとおりである。殺人は、日本が1.5件で最も低く、アメリカの約6分の1となっている。強盗は、日本が1.9件で、アメリカの約113分の1、フランスの約49分の1となっている。
 また、検挙率を比べると、殺人は、日本が97.3%で最も高く、次いで西ドイツ(94.8%)、フランス(84.5%)、イギリス(79.6%)、アメリカ(75.9%)の順となっており、強盗は、日本が77.6%で最も高く、次いで西ドイツ(49.8%)、アメリカ(26.0%)、イギリス(23.8%)、フランス(22.4%)の順となっている。

図2-12 殺人、強盗の犯罪率の国際比較(昭和58年)

2 昭和59年の犯罪の特徴

(1)警察庁指定第114号事件
 江崎グリコ社長誘拐に端を発した一連の警察庁指定第114号事件(いわゆるグリコ・森永事件)は、今までに例のない特異な犯罪として社会の注目を浴びたが、事件の特徴として次の点が指摘される。
◎ 大胆、悪質な犯行手口
 3月18日午後9時30分ころ、兵庫県西宮市の大手菓子メーカー江崎グリコの社長(42)宅に、日出し帽で覆面をした男2人が押し入り、2階寝室にいた社長の妻(35)と長女(8)にライフル、短銃ようのものを突き付け後手に縛った後、入浴中であった社長を連れ出し、共犯者の運転する乗用車に監禁し逃走した。翌朝未明、高槻市内の同社役員宅に脅迫文のありかを知らせる電話があり、同市内の公衆電話ボックスから江崎グリコの社員あてに身の代金として10億円と金塊100キログラムを要求するタイプ打ちの脅迫状が発見された。3日後、社長は監禁されていた大阪府茨木市内の水防倉庫から自力で脱出した。このように、複数の犯人が、ライフル、短銃ようのものを所持して、個人の住宅に押し入り、家人を縛り、被害者を強引に連れ出すという犯行手口は、これまでに例がなく、その手口の大胆、悪質さが社会の注目を集めた。
◎ 執ような脅迫
 江崎グリコ社長が脱出した後も、犯人グループは、大阪市内の江崎グリコ本社試作室、関連会社駐車場の車両に放火(4月10日)、脅迫文添付の塩酸入りプラスチック容器を茨木市内に放置(4月16日発見)、「青酸ソーダを入れた」旨のいわゆる挑戦状を報道機関に送付(5月10日)するなど、江崎グリコに対し、執ような脅迫を続け、多額の現金を要求した。
◎ 社会挑戦型犯罪にエスカレート
 6月26日、江崎グリコに対し、「全国のファンのみなさんえ」で始まり、「わしらもうあきてきた…グリコゆるしたる」という休戦状を送付してきたが、その後、脅迫対象を森永製菓等30数社に広げ、特に、10月7日以降、青酸ソーダを入れた森永製品をスーパー・マーケット等16箇所に計18個置き、さらに、毒入り製品を店頭に混在させる旨の予告を報道機関各社に行うなど、無差別な危害予告を行うに及び、いわば国民全体を人質にとって社会に挑戦するような極めて反社会性の強い犯罪へと犯行をエスカレートさせた。
◎ マスメディアを巧みに利用
 犯人グループは、情報化社会の特性を巧みに利用し、4月7日から12月26日までの間、計15回にわたり、報道機関に対して、いわゆる挑戦状を送付し、犯行の暴露を行ったり警察の捜査をやゆし、また、青酸ソーダを同封するなどして、ねらいとする脅迫の効果を高めた。
◎ 犯行の広域化
 当初、犯行地は、江崎グリコ社長が誘拐された兵庫と監禁された大阪であったが、青酸ソーダ混入菓子をスーパーの店頭等に置くなど犯行がエスカレートするにつれて、犯行地も京都、愛知、東京と次第に広域化した。
◎ 凶悪、巧妙な現金取得手段
 6月2日夜、犯人グループは、淀川堤防で車に乗った男女の2人連れを襲撃、女性(18)を人質にして、男性(22)に同人の車で、グリコに対し指示した現金持参場所に赴き、現金搬送車を襲って現金を取ってくるよう強要したが、未遂に終わった。また、現金受渡しの要求に、録音した女性と子供の声を用い、電話で場所を指定するなど巧妙さが目立った。
◎ 便乗犯の多発
 社会を騒然とさせた本事件に便乗して、企業から金を脅し取ろうと企てた悪質な事件が多発し、昭和59年12月末現在で32件検挙した。そのうち4件は、脅迫の効果を高めるために、実際に青酸化合物を送り付けて脅迫するものであった。
(2)社会経済情勢の変化と犯罪
 経済社会の仕組みの複雑化、都市化の一層の進展等にみられる社会経済情勢の急激な変化を背景として、最近の犯罪情勢は質的変化を示し、いわば現代社会を反映した犯罪が多発している。
ア 身の代金目的誘拐事件
 身の代金目的誘拐事件は、昭和59年には10件発生し、前年に比べ4件(66.7%)増加した。このうち2件は誘拐された者が殺害されており、小学生を誘拐後直ちに殺害した上、多額の身の代金を要求するなど悪質な犯行が目立った。
〔事例〕 サラ金返済に窮した文具店経営者(44)は、2月13日、福山市内で下校中の男子小学生(8)を、「バレンタインチョコレートを買ってやる」とだまし、車に乗せて誘拐し、殺害した後、その両親に対して身の代金1,500万円を銀行口座に振り込むよう要求した。2月14日逮捕(広島)
イ 保険金目的の殺人、放火事件
 保険金詐取を目的とした殺人事件や放火事件の検挙状況は、図2-13のとおりで、59年の検挙件数は、放火事件が24件で前年と同じであったが、殺人事件が13件と前年を大きく上回った。その内容も、従業員に多額の保険を掛けた上放火して殺害するなど悪質なものが目立った。
〔事例〕 夕張市に住む鉱山労働者の手配師(41)とその妻(38)は、配下の従業員(24)に指示し自分が所有する寮に放火させ、寮を全焼させるとともに、就寝中の従業員等6人を焼死させ、火災保険金、生命保険金合計約1億3,800万円をだまし取った。8月19日逮捕(北海道)

図2-13 保険金目的の殺人事件、放火事件の検挙状況(昭和50~59年)

ウ 金融機関等対象強盗事件
 まとまった現金を置いている金融機関を襲う強盗事件は、特定郵便局等の小規模な金融機関、サラ金までにも対象が拡大し、さらに、防犯体制の弱い深夜営業のスーパー・マーケットを襲う事例も増加している。これらの金融機関等対象強盗事件の発生、検挙状況は、図2-14のとおりである。
 金融機関対象強盗事件は、56年の172件をピークとしてその後減少したが、再び増加の傾向を示し、59年は148件で、前年に比べ3件(2.1%)増加した。サラ金対象強盗事件は41件で、前年に比べ30件(42.3%)と大幅に減少した。また、スーパー・マーケット対象強盗事件(売上金強奪を目的としたものに限る。)は61件発生し、前年に比べ20件減少した。このうち27件(44.3%)が午前2時から午前6時までに発生している。

図2-14 金融機関等対象強盗事件の発生、検挙状況(昭和50~59年)

〔事例1〕 事業に失敗した男(44)は、3月9日、釧路市内の銀行において、ダイナマイトを縛り付けたリモコン車をカウンター上に置いて脅迫し、現金126万円を強奪した。即日逮捕(北海道)
〔事例2〕 借金を抱えた建設作業員(21)は、1月27日、広島市内のサラ金において、包丁で女子店員を殺害、店長に重傷を負わせ、現金37万円を強奪した。即日逮捕(広島)
〔事例3〕 無職の男(25)他1人は、4月25日、宗像市内のスーパー・マーケットに押し入り、1人で店番をしていた女性経営者の首筋に安全カミソリを突き付けて脅迫し、現金1万5,000円を強奪した。4月26日逮捕(福岡)
エ コンピュータ犯罪
 警察庁では、コンピュータ犯罪を「コンピュータ・システムに向けられた犯罪又はこれを悪用した犯罪」と定義して、その発生実態の分析と対策を進めているところであるが、コンピュータ犯罪は、犯行の態様から、CD犯罪(金融機関の現金自動支払システムを悪用した犯罪をいう。)とそれ以外のコンピュータ犯罪の二つに分けることができる。
(ア) コンピュータ犯罪(CD犯罪を除く。)
 コンピュータ犯罪(CD犯罪を除く。以下(ア)において「コンピュータ犯罪」という。)には、「不正データの入力」、「データ、プログラム等の不正入手」、「コンピュータの破壊」、「コンピュータの不正使用」、「プログラムの改ざん・消去」、「磁気テープ等の電磁的記録物の損壊」の六つの類型がある。
 コンピュータ犯罪の認知状況は、表2-2のとおりで、ここ数年多発傾向にある。59年に警察庁が把握したものは12件で、過去最高を記録し、また、内容的にも「プログラムの改ざん・消去」が我が国で初めて発生した。

表2-2 コンピュータ犯罪の認知状況(昭和46~59年)

〔事例1〕 コンピュータ・ソフトウェアの開発販売等をしている会社のインストラクター(25)他2人は、新聞販売店用のプログラムが入力されているフロッピーシートを社外に持ち出し、他社のオフィスコンピュータに入力して、会社に対しプログラム入力代金相当額(約179万円)の財産上の損害を与えた。6月11日背任で逮捕(警視庁)
〔事例2〕 サラ金会社の支店長(45)は、端末機を操作し、同店の顧客名義を利用して、架空貸付、架空返済処理をするなどの方法により、同店の営業資金の中から、34回にわたり、総額約500万円を横領した。9月25日逮捕(大阪)
(イ) CD犯罪
 CD(現金自動支払機)の設置台数、キャッシュカードの発行枚数の伸びは著しいが、反面、キャッシュカードの管理が不十分であることなどから、図2-15のとおりCD犯罪が多発し、59年には723件を認知している。事件内容をみると、窃取したカードを使用して現金を引き出したものが大部分で、被害者の暗証番号の選択、管理に問題があったものが多い。

図2-15 CD犯罪の認知、検挙状況 (昭和55~59年)

〔事例〕 印刷業経営者(37)は、一般住宅に空き巣に入って窃取したキャッシュカードを使用し、現金1,348万円を引き出した。暗証番号を知った方法は、一緒に盗み出した健康保険証に記載された生年月日等から暗証番号を推測したものであった。6月11日逮捕(埼玉)
オ クレジット・カード犯罪
 近年、クレジット・カードを利用した犯罪の増加は著しく、59年の検挙件数は1万2,269件、検挙人員876人で、いずれも前年を大幅に上回っている。店員等にカードを提示するなどの方法で金品をだまし取る詐欺が大部分であるが、クレジット・カードでもCD機から現金を引き出すことのできるシステムが普及したことに伴い、他人名義のカードを使った窃盗事件が239件発生した。50年以降のクレジット・カードを利用した犯罪の検挙件数、被害額等の推移は、図2-16のとおりである。

図2-16 クレジット・カード犯罪の検挙件数、被害額等の推移(昭和50~59年)

 なお、サラ金カードについても、そのシステムが全国的に制度化され、これを悪用した犯罪が発生しており、59年の検挙件数は、詐欺が115件、窃盗が8件であった。
〔事例1〕 衣料品ブローカー(58)らは、架空の住所、氏名を用いて信販会社からだまし取ったクレジット・カードを使用し、同カード加盟店から578回にわたり、現金、商品券等総額約1億1,500万円相当をだまし取った。2月25日逮捕(警視庁)
〔事例2〕 女子工員(31)は、同僚のロッカーから盗んだ保険証等を使って、サラ金会社6社で他人名義のサラ金カードを作成し、同カードを使用して、13回にわたり、現金280万円をだまし取った。9月9日逮捕(島根)
カ サラ金返済苦を原因、動機とする凶悪犯罪
 サラ金の返済をめぐる各種のトラブルが社会問題化してきたことから、取立て方法その他について取締り等が強化された。
 59年のサラ金返済苦を原因、動機とする凶悪犯罪の検挙状況は、表2-3のとおりで、検挙件数は159件と前年に比べ129件(44.8%)減少した。内訳をみると、強盗殺人については全検挙件数の13.2%がサラ金返済苦によるものとなっており、他の罪種に比べ高い比率を示している。

表2-3 サラ金返済苦を原因、動機とする凶悪犯罪の検挙状況(昭和59年)

〔事例〕 遊興資金のためサラ金会社10社から約410万円の借金を重ねていた自衛隊員(23)は、その返済に窮し、行きつけのスナックの経営者をナイフで突き刺して殺害し、現金20万円等を強奪した。1月9日逮捕(大阪)
(3)国際犯罪
ア 来日外国人による犯罪の増加
 日本国内における来日外国人の刑法犯検挙状況の推移は、図2-17のとおりで、昭和59年の検挙件数は2,340件、検挙人員は1,301人と、前年に比べ1,071件(84.4%)、148人(12.8%)それぞれ増加した。特に、グループによる計画的な広域窃盗事件が目立った。

図2-17 来日外国人の刑法犯検挙状況の推移(昭和50~59年)

〔事例〕 フィリピン人6人組は、他人名義の旅券を用いて繰り返し来日し、1都2府8県において、住宅に忍び込むなどして金品を窃取し、合計525件、総額約8,300万円相当に上る犯行を重ねていた。
 58年12月17日、59年2月21日、同6月2日逮捕(千葉、大分)
イ 日本人の国外における犯罪
 我が国の警察がICPO等を通じて認知した日本人の国外犯罪者数の推移は、表2-4のとおりである。内容的には、関税、為替関係事犯及び麻薬関係事犯が目立ち、また、犯罪地国としては、韓国が47人と全体の37.6%を占めている。
〔事例〕 暴力団員(21)他2人は、2月7日、韓国において、駐車中の自動車から現金9,600円を窃取した。同13日、この現金を日本国内に持ち込んだところを逮捕した(山口)。
ウ 依然として増加する被疑者の国外逃亡
 我が国で犯罪を犯し、国外に逃亡したとみられる者の数は、表2-4のとおりで、59年は187人に上り、逐年増加の傾向にある。
〔事例〕 知人からLSDを譲り受けた女性テレビレポーター(28)他1人は、5月15日、警察の捜査が自分たちに及ぶことを恐れてハワイに逃亡した。国内捜査の結果、ハワイの潜伏先が判明、帰国の説得を現地の領事に依頼し、6月23日、これに応じて帰国した2人を逮捕した(神奈川)。

表2-4 日本人の国外犯罪者数及び国外逃亡被疑者数の推移(昭和50~59年)

(4)贈収賄事件
 昭和59年の贈収賄事件の検挙状況は、検挙事件数が110事件、検挙人員が549人で、前年に比べ事件数は9事件(8.9%)増加したが、人員は38人(6.5%)減少した。最近5年間の贈収賄検挙事件数、検挙人員の推移は、図2-18のとおりである。

図2-18 贈収賄検挙事件数、検挙人員の推移(昭和55~59年)

ア 市町村の首長の増加
 59年に検挙した収賄被疑者のうち、市町村の首長は17人で、前年に比べ4人(30.8%)増加した。最近5年間の市町村の首長の検挙人員の推移は、表2-5のとおりで、増加傾向にある。

表2-5 市町村の首長の検挙人員の推移(昭和55~59年)

イ 各種許可、認可等をめぐるものの大幅増加
 59年に検挙した贈収賄事件を態様別にみると、表2-6のとおりで、各種許可、認可等をめぐるものが19事件で、前年に比べ12事件(171.4%)と大幅に増加し、また、各種の土木・建築工事の施工をめぐるもの及び議長、役員等の選任をめぐるものが増加した。

表2一6 贈収賄事件の態様別検挙状況(昭和58、59年)

ウ 賄賂(ろ)額が大幅に高額化
 59年に検挙した贈収賄事件の賄賂(ろ)額は総額4億137万円、収賄者1人当たり222万円で、前年に比べ総額で1億9,767万円(97.0%)、収賄者1人当たりで130万円(141.3%)それぞれ増加した。賄賂(ろ)額の状況は、表2-7のとおりである。

表2-7 賄賂(ろ)額の状況(昭和58、59年)

〔事例1〕 道志村長(67)らは、助役就任希望者から、議会において同人の助役選任に同意を得てほしい旨の請託を受け、その報酬として現金860万円(うち30万円は申込み)を収賄した。1月23日逮捕(山梨)
〔事例2〕 池田町長(60)らは、公共工事の発注に関する指名選定等に便宜を図ったことの謝礼として、建設業者から現金等7,446万円相当を収賄した。3月9日逮捕(福井)

3 暴力団対策の推進

(1)暴力団の現況と動向
ア 寡占化傾向
 暴力団の勢力は、昭和38年をピークとして年々減少しており、59年12月末現在で2,278団体、9万3,910人で、前年に比べ52団体(2.2%)、4,861人(4.9%)減少し、団体数、人員とも38年の約半数となっている。しかし、暴力団全体の勢力が減少する中で、特に強大な勢力を有する山口組、住吉連合会、稲川会の3組織の傘下にある団体を合わせた勢力は、685団体(全団体数の30.1%)、2万1,129人(全暴力団員数の22.5%)となっており、この3組織による寡占化の傾向がみられる。
イ 山口組の分裂
 我が国最大の暴力団である山口組、三代目組長死亡後、組長代行、若頭を中心とする幹部会による集団指導体制により、組織の維持、運営を図ってきたが、警察の強力な集中取締りにより、有力団体が相次いで解散するなど、組織の弱体化を招いた。このため、6月、山口組は、若頭を四代目組長に決定し、組織強化を図ろうとしたが、これを不満とする組長代行らが離脱したため、ついに分裂した。組長代行らは離脱後、新たな組織「一和会」を結成し、山口組との対立動向を深めている。
ウ 復活、再生を企図する総会屋
 改正商法施行により、企業からの資金獲得が困難となった総会屋の中で、復活、再生を企図する一部のグループは、単位株を取得して株主総会に出席し、質問権を濫用して長時間総会を現出させた。特に、1月から3月にかけて、これら総会屋グループによる長時間総会が相次ぎ、総会の集中する6月を前に、一部に混乱が懸念された。このため、総会屋を排除するために各都道府県単位で結成された「企業防衛対策協議会」等を通じて、各企業に対し入念な準備とき然たる議事運営を要請するとともに、総会屋に対する取締りを徹底し、商法違反(利益供与禁止)等で総会屋を多数検挙して事前にその活動を封圧した。この結果、6月の総会シーズンは大きなトラブルもなく平穏に終了した。
〔事例〕 都内大手百貨店の秘書室長(55)らは、1月ころ、主要総会屋グループのメンバー10人に対し、同店の株主総会における平穏かつ円滑な議事進行に協力してくれるよう依頼し、その報酬として、赤坂の料亭において、酒食のもてなしをしたほか、商品券を供与した。5月31日逮捕(警視庁)
(2)暴力団犯罪の現況
ア 分裂後も多い山口組系暴力団員の犯罪
 昭和59年の暴力団員による犯罪の検挙状況は、表2-8のとおりで、検挙件数は7万3,615件、検挙人員は4万9,519人で、前年に比べ件数は5,831件(8.6%)、人員は1,476人(3.1%)それぞれ増加した。その中にあって、山口組系暴力団員による犯罪は、組が分裂し組員が減少したにもかかわらず、依然として増加しており、検挙件数は1万6,629件、検挙人員は1万5人で、前年に比べ件数は1,465件(9.7%)、人員は314人(3.2%)増加した。

表2-8 暴力団員による犯罪の検挙状況(昭和58、59年)

イ 知能化、悪質化する民事介入暴力事案
 暴力団の資金獲得活動の多様化に伴い、伝統的資金源といわれる賭博(とばく)、覚せい剤の密売等に加え、最近では、市民の日常生活や経済取引に民事上の権利者や関係者の形をとって介入、関与し、不法な利益の獲得を図る「民事介入暴力事案」が目立っている。59年に民事介入暴力相談窓口に寄せられた相談件数は1万2,809件で、前年に比べ718件(5.9%)増加した。類型別にみた相談の受理件数の推移は、図2-19のとおりで、「交通事故の示談に絡むもの」、「金銭消費貸借に絡むもの」の増加が特に著しい。

図2-19 民事介入暴力相談の類型別受理件数の推移(昭和55~59年)

〔事例1〕 暴力団組長(42)らは、倒産会社に対する債権取立ての委任を受けるや、同社に押し掛け、社長に対し、甘言あるいは威圧をもって倒産会社の資産の売却等を行う委任を取り付け、会社整理に伴って生じた差引剰余金約1,600万円を着服横領した。5月25日逮捕(福岡)
〔事例2〕 暴力団組長(34)らは、銀行に対する預金をめぐる紛争の当事者の代理人である弁護士を車に監禁し、福岡市内から佐賀県の山中に連行した上、動物用のおりに閉じ込め、銀行から手を引くよう強要した。9月2日逮捕(佐賀)
ウ 予断を許さない対立抗争、銃器発砲事件
 59年に発生した対立抗争事件は、表2-9のとおりで、29件、109回で、前年に比べ5件、89回減少した。これによる死者は6人、負傷者は45人で、前年に比べ死者は6人、負傷者は28人それぞれ減少した。また、暴力団員による銃器発砲事件は139件で、前年に比べ91件減少した。しかし、山口組の分裂等懸念される要因が存在し、予断を許さない状況にある。

表2-9 対立抗争、銃器発砲事件の発生状況(昭和55~59年)

〔事例〕 山口組系二代目石井組と一和会系宮脇組は縄張り争いから、9月3日、宮脇組幹部(32)が、別府市内で石井組幹部(39)にけん銃を発砲し、負傷させたのを契機として、10月20日までの間に3回にわたり抗争を繰り返し、負傷者2人を出した。この抗争で、124人を逮捕し、けん銃4丁を押収した(大分)。
(3)暴力団対策の推進
ア 山口組に対する集中取締りの推進
 我が国最大の暴力団山口組を分断、解体するため、全国警察による集中取締りを推進し、傘下の39団体、429人を解散、壊滅に追い込んだ。
イ 銃器取締りの推進
 対立抗争、銃器発砲事件を根絶するため、銃器取締りを全国の警察で推進した。この結果、59年に暴力団から押収したけん銃は1,729丁で、過去最高を記録した。
ウ 民事介入暴力対策
 民事介入暴力事案の増加傾向に対処し、市民保護の徹底及び暴力団の資金源の根絶を図るため、全国警察における相談窓口を充実強化するとともに、取締りを徹底し、59年に恐喝、傷害等2,200件を検挙した。
エ 総会屋対策
 総会屋の活動を封圧するため、徹底した取締りを実施し、59年に、商法違反(利益供与禁止)、恐喝、傷害等で総会屋244人を検挙した。今後とも、活動資金に窮した一部総会屋が、企業に対し執ように賛助金の復活を要求することが予想されるので、引き続き警戒する必要がある。
オ 暴力排除対策
 暴力団を根絶するためには、警察の取締り活動とともに、暴力団の存在を是認するような社会的基盤をなくし、暴力団を社会から孤立化させいくことが必要である。このため警察では、関係行政機関や民間団体との緊密な連携の下に、暴力排除に関する諸施策を推進し、国民各層の暴力排除意識の高揚と暴力団取締りに対する理解と協力を得るように努めている。

4 犯罪情勢の変化と捜査環境の悪化に対応する捜査活動の推進

(1)捜査活動の困難化
 近年の犯罪情勢の変化、捜査環境の悪化により、捜査活動は困難化している。図2-20は、刑法犯の発生から検挙までの期間別検挙状況について昭和54年と59年を比較したものであるが、1日未満で検挙したものが21.6%から19.1%に減少したのに対し、1年以上を要したものが16.9%から21.4%に増加しており、検挙に要する期間の長期化を示している。

図2-20 刑法犯発生から検挙までの期間別検挙状況(昭和54、59年)

ア 犯罪の広域化、スピード化
 自動車利用犯罪が増加傾向を示すとともに、警察庁指定第114号事件、同第115号事件(いわゆる広田事件-京都府における警察官殺害、けん銃強奪及び大阪府における 強盗殺人事件)等広域にわたる凶悪事件が発生するなど、犯罪の広域化、スピード化が目立っている。
イ 捜査資料収集の困難化
 都市化の進展等により、基本的な捜査活動である聞き込み捜査が困難になり、一方、流通機構の変化や大量生産による物品特定の困難化等により、被害品、遺留品等から被疑者に到達していく「物」からの捜査も難しくなってきている。
 また、図2-21は、民間協力を主たる端緒とした検挙件数の検挙総数に占める構成比の推移を最近5年間にわたってみたものであるが、被害者や第三者の協力により検挙に至る割合が減少していることを示している。

図2-21 民間協力を主たる端緒とした検挙件数の検挙総数に占める構成比の推移 (昭和55~59年)

(2)広域捜査の推進
 広域にわたる犯罪に対処するとともに、裏付け捜査等の必要からも、都道府県警察間の捜査協力や、警察庁、管区警察局の指導、調整等の広域捜査体制の強化が求められている。このため、警察庁、管区警察局、都道府県警察に広域犯罪を担当する捜査官を配置し、情報の交換を緊密に行うとともに、関係都道府県警察において合同の捜査体制をとるなど、効果的な広域捜査の推進に努めている。
 また、犯人の行動のスピード化、広域化に対応した初動捜査体制、広域緊急配備体制を充実させるため、警察庁、管区警察局、都道府県警察相互間の連絡の一層の円滑化を図っている。さらに、具体的事件を想定した広域緊急配備訓練を行い、配備箇所、方法について検討を加え、広域緊急配備の一層効果的な運用に努めることとしている。
(3)国際犯罪捜査の推進
ア 捜査体制の確立
 犯罪の国際化に適切に対応するため、国外逃亡被疑者、日本人国外犯被疑者及び国際的常習犯罪者の実態把握の徹底等を図るとともに、外務省、出入国管理局等の関係行政機関との連携を強化し、また、事件を担当する警察と港、空港所在地を管轄する警察との協力体制を充実させるなど、国際犯罪捜査体制の確立に努めている。
イ 外国捜査機関との協力関係の強化
 我が国は、外国捜査機関との良好な協力関係を維持、発展させていくために、国際捜査セミナー(昭和50年から隔年に開催)を主催し、日米暴力団対策会議(55、56、58年)を行っているほか、57年から鑑識技術の専門家2人をフィリピンに派遣するなど国際的な技術協力を積極的に実施している。
 また、個々の事件に関し、外国捜査機関に対して捜査協力を行い、証拠資料を送付したり、外国捜査官の受入れを実施しているところである。国際捜査共助法に基づく外国からの協力要請に対し、59年中に警察が調査を実施した件数は、外交ルートによるものが6件で前年と同じであったが、ICPO(国際刑事警察機構)(注)ルートによるものが339件で、前年に比べ60件増加した。
(注) ICPOは、国際犯罪捜査に関する情報交換、犯人の逮捕と引渡しに関する円滑な協力の確保等国際的な捜査協力を迅速、的確に行うための国際機関であり、国際連合により政府間機関とみなされている。59年12月末現在、同機溝の加盟国は136箇国となっている。我が国は、27年に加盟して以来、警察庁を国家中央事務局として国際的な捜査協力を積極的に実施している。
〔事例〕 アメリカ国内において女性を誘拐したマレーシア人が我が国に逃亡してきたため、2月、アメリカ政府から日本政府に対し、日米犯罪人引渡条約に基づく被疑者の仮拘禁請求があった。警察では、身柄の拘束に協力するとともに、要請に基づき被疑者の取調べを行った。また、被疑者の出国に際して、東京拘置所から新東京国際空港までの護送に協力した(警視庁、千葉)。
ウ ICPOの活用
 我が国は、最も迅速な情報交換ルートであるICPOを積極的に活用し、国際犯罪の徹底検挙を期しているところであるが、過去10年間に警察庁が行った国際犯罪に関する情報の発信、受信の状況は、表2-10のとおりであり、その総数は10年間で1.7倍となっている。

表2-10 国際犯罪に関する情報の発信、受信状況(昭和50~59年)

 なお、我が国は、ICPOの各種活動に積極的に参加しており、59年には警察庁から総会(9月)に代表を派遣し、各国代表と活発な意見交換を行った。また、事務総局(パリ)に警察庁の係官を常駐させている。
(4)優秀な捜査官の育成
 犯罪の質的変化、捜査環境の悪化に適切に対応し、また、国民の信頼にこたえる適正な捜査を進めるために、各種の専門的知識を持った優秀な捜査官を育成しなければならない。このため、各都道府県警察において、新任、若手の捜査官に対して実践的な教養を行うとともに、警察大学校等において、国際犯罪捜査、コンピュータ犯罪捜査、大規模事故事件等の業務上過失致死事件捜査に関する教養を実施するなど、社会の変化、犯罪の変化に対応し得る捜査官の育成、捜査幹部の指揮能力の向上に努めている。
 なお、国際犯罪捜査に関する研修を充実させるため、昭和60年度には、警察大学校に国際捜査研修所を設置する予定である。
(5)国民協力確保方策の推進
 犯罪の質的、量的変化に、限られた警察力で対処するためには、捜査活動に対する国民の深い理解と協力が必要不可欠である。
 国民に協力を呼び掛ける方法の一つとして公開捜査を行っており、新聞、テレビ、ラジオ等報道機関に協力を要請するとともに、ポスター、ちらし等を人の出入りの多い場所に掲示、配布するなどの方策を実施している。  昭和59年11月に実施した「指名手配被疑者捜査強化月間」においては、警察庁指定被疑者10人、都道府県警察指定被疑者26人について公開捜査を行い、警察庁指定被疑者1人、都道府県警察指定被疑者6人をはじめ、4,385人を検挙した。
 なお、警察庁指定第114号事件においては、10月11日、企業に送られてきた脅迫テープの公開、テレホン・サービスを実施し、また、10月15日、青酸混入菓子が発見されたスーパー・マーケットの防犯カメラに写し出された不審者の映像を公開するなどして、広く国民の協力を呼び掛けた。
 また、5月には、「捜査活動に対する国民の理解と協力の確保月間」を実施し、広報活動を通じて、事件発生の際の早期通報、聞き込み捜査に対する協力等を呼び掛けた。このほか、被害者に対し、捜査の途中経過、終結等を連絡し、被害者の不安感の解消を図る被害者連絡制度を積極的に推進するとともに、告訴、告発事件の受理、民事介入暴力事案等についての相談を通じ、国民の要望にこたえる捜査活動に努めている。


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