第5節 変化を続ける犯罪と今後の対応

 科学技術の著しい進歩等社会の変化に伴う犯罪の質的変化に的確に対処していくためには、これまで述べてきたような個々の犯罪ごとの諸施策を強力に推進するほか、社会の変化に対応した警察運営の改善、向上を図ることが肝要である。このため、警察では、捜査活動と犯罪の未然防止の両面から、当面次のような諸施策を進めている。

1 迅速、的確な捜査の推進

 発生した犯罪に対しては、何よりもまず、迅速、的確な捜査を推進することが必要である。このため、コンピュータ等最先端の科学技術を導入し、捜査資料の収集、活用の効率化や鑑定業務の充実、強化を図るとともに、都市化に伴う捜査体制の整備に努めている。
(1) 捜査資料の収集、活用の効率化
ア 犯罪情報管理システムの拡充
 従来、都道府県警察単位で管理し、手作業で処理していた犯罪情報を、コンピュータを利用して警察庁で一元的に管理し、処理する犯罪情報管理システムの拡充に努めている。このシステムは、まず、昭和49年に指名手配に関する情報について実用化され、次いで、51年には特異家出人、55年には各種ぞう品に関する情報について実用化され、都道府県警察からの照会に応じている。今後は、犯罪手口等についてもこのシステムを導入し、犯罪情報管理システムを拡充、発展していく必要がある。
イ 指紋自動識別システムの導入
 指紋は、犯人特定の決め手として、犯罪捜査には欠くことができないものである。ところが、従来は、指紋の照合を手作業で行ってきたため、照会を受理してから回答するまでに平均3.5日を要するなど、大量の指紋を迅速に照合することは困難であった。
 そこで、49年度からコンピュータのパターン認識技術を応用し、大量の指紋を迅速、正確に照合することができる指紋自動識別システムの研究、開発を重ねてきたが、57年10月1日から指紋の登録を開始し、58年10月1日からは、犯罪現場から採取した指紋との照合を開始することとしている。

ウ 自動車ナンバー自動読取りシステムの開発
 増加する自動車利用犯罪に対処するため、犯罪発生時に、通過する車両のナンバーを自動的に読み取り、これをコンピュータで即時に照合し、盗難車両、逃走車両、不審車両を発見する自動車ナンバー自動読取りシステムの開発を進めている。
 このシステムが実用化されれば、緊急配備での容疑車両の発見が迅速、正確に行えるようになり、自動車利用犯罪の検挙に大きな効果を発揮するものと期待される。
(2) 鑑定業務の充実、強化
ア 鑑定機器の高度化
 鑑定業務の充実、強化を図るため、走査電子顕微鏡、X線マイクロアナライザー等の極微小の試料を分析できる高性能の分析機器の整備、充実を図ってきたが、現在、コンピュータを利用して、文字の特徴点を数量化し、筆跡鑑定を行う画像計測装置や被疑者の音声と犯人の音声の特徴点を数量化して比較し、鑑定を行う音声個人識別システムの研究、開発を進めている。また、レーザーによる指紋、微物等の検出やレーザー応用技術の開発を行うほか、においの基礎研究から個人識別のための資器材等の開発を図っている。
イ 法科学研修所の設置
 近年の犯罪捜査や犯罪鑑識をめぐる情勢の変化に的確に対処するため、昭和58年度から、科学警察研究所に法科学研修所を設置して、鑑定検査業務に従事する警察職員に対して、その業務を遂行するために必要な専門的事項について研修を行うとともに、必要な研究を行うこととしている。
 研修所における研修は、主として都道府県警察の鑑定検査業務に従事する職員に対して、その経験、能力に応じて、法医、化学、工学、文書等の専門分野ごとの鑑定検査法等についての教養を行うこととしている。
(3) 都市化に伴う捜査体制の整備
ア 初動捜査力の強化
 犯人の行動が広域化、スピード化してきた現在、事件発生の初期の段階において犯人を検挙し、証拠を確保することが重要であり、初動捜査力の強化はますます重要な課題となってきている。初動捜査活動は、機動力を有し24時間活動する機動捜査隊や機動鑑識隊が中心となって行っているが、今後も隊員の増強、装備資器材の充実、分駐所の新設等その充実強化を図る必要がある。
イ 緊急配備の効果的運用
 犯行直後の逃走中の犯人を包囲網に追い込んで捕える緊急配備は、犯人の早期検挙を図るための手段としてますます重要なものとなってきている。特に、凶悪事件、悪質窃盗事件等の重要事件の犯人は、自動車等を利用して他の都道府県に逃走することが多いので、そのような場合には、関係都道府県が協力して広域緊急配備を実施している。緊急配備については、今後も、緊急配備検問車、検問資器材の整備を図るとともに、配備箇所、配備方法について検討を加え、更に効果的な運用に努めることとしている。
ウ 効果的な広域捜査の推進
 犯罪の広域化に対処するため、事件に関連する情報の収集、分析等について、関係都道府県警察の捜査共助が従来以上に必要となってきている。このため、警察庁、各管区警察局、各都道府県警察に広域犯罪を担当する捜査官を配置し、情報の交換を緊密に行うとともに、関係都道府県警察において合同の捜査体制をとるなど、効果的な広域捜査の推進に努めている。
 また、警察庁では、コンピュータを利用して未解決重要事件の広域性、犯行手口を分析する捜査資料検索システムの開発に努めている。

(4) 犯罪の質的変化に対応し得る捜査官の育成
 犯罪の質的変化、捜査活動の困難化に適切に対応するため、各種の専門知識を持った捜査官を育成する必要がある。そのため、警察大学校で、昭和57年度に国際犯罪捜査に関する教養を実施したほか、58年度には、コンピュータ犯罪捜査に関する教養を実施することとしているなど、犯罪の変化に対応し得る捜査官の育成、捜査幹部の指揮能力の向上に努めている。

2 犯罪を行いにくい環境作り

 新しい形態の犯罪に対する国民の不安を除去し、これらの犯罪を一般に防止するためには、迅速、的確な捜査により犯人の早期検挙に努めるほか、さらに、犯罪を行いにくい環境作りに努めることが、ますます必要となってくる。
(1) 優良防犯機器の普及と防犯管理体制の確立
 社会における防犯機能を強化するためには、優良防犯機器を広く普及し、また、犯罪の被害に遭いやすい営業所、事業所等の防犯体制を強化することが必要である。警察庁では、昭和55年から優良防犯機器型式認定制度を実施しているが、今後は、先端技術の発達に対応しながら、認定の対象となる機器の拡大、充実を図り、その普及を促進する必要がある。さらに、一定の営業所、事業所等については、備えるべき防犯施設、機器等について防犯上の基準を策定するとともに、防犯責任者の設置を含めた総合的な防犯管理体制の確立を図る必要がある。
(2) 安全な都市作りの推進
 警察は、死角空間の増大する都市環境について、都市工学等の科学的手法を用いて防犯的視点から再検討し、死角空間を少なくして、住民相互に「わがまち」意識が育ちやすいように工夫された安全性の高い都市作りのための研究を進めている。
 昭和56年10月には、愛知県警察で、安全な街作りの一環として、「防犯モデル道路」(1地区)を設定した。この地域においては防犯連絡所、公衆電話、防犯灯の増設を図ったほか、防犯モデル道路表示板や防犯ベルの新設等の施設環境の整備促進が行われている。この地区の設定後1年間の犯罪発生状況を設定前と比べてみると、刑法犯が60.6%減少するなど、その効果が現れている。また、地元住民(682人)からのアンケート調査結果によると、「安心感が増した」が74.1%、「防犯に対する関心度が高まった」が66.6%となっている。57年には、この1地区に加えて、新たに10地区が指定されるなど、次第にすそ野を広げつつある。
 今後は、これらの研究とモデル地区における実施の結果を踏まえて、都市が備えるべき安全機能に関する総合的な基準を策定し、安全性の高い都市作りを進める必要がある。

(3) 清浄な都市作りの推進
 青少年の健全育成を図り、都市環境を浄化するために、今後、善良な風俗の維持という観点から風俗犯罪を誘発しやすい営業に関する規制の在り方について検討を進めるとともに、これらの営業により、都市における清浄な生活環境が乱されることのないように、所要の措置を講じる必要がある。


 欧米主要国と比較して治安情勢が良いといわれている我が国であるが、現代社会の変化は極めて速く、また、激しいものがある。この変化は、国民生活に大きな影響を与えるとともに、とりわけ、新しい形態の犯罪を生み出し、国民に大きな不安をもたらすおそれがある。
 このように変化の激しい社会において、国民の安全と平穏な生活を確保していくためには、絶えず社会の変化に目を配り、変化する犯罪の形態に的確に対応し得る施策を講じていくことが、是非とも必要である。


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