第2節 経済社会の変化と犯罪

1 保険金目的の犯罪

 我が国は、世界でも有数の保険国であり、昭和55年12月末現在、生命保険の契約高はアメリカに次いで世界第2位、人口1人当たりの保険金額では第1位となっている。また、損害保険については、55年12月末現在、元受保険料総額で第3位となっている。
 このような保険の普及に伴い、図1-7のとおり、近年、保険金目的の殺人事件や放火事件、さらに、保険金目的の交通事故事件等が多発傾向にあり、制度の盲点を突いて一獲千金をねらう悪質、巧妙な犯罪として、世間の注目を集めている。

図1-7 検挙された保険金目的の殺人事件、放火事件、交通事故事件等の推移(昭和48~57年)

(1) 保険金目的の殺人事件
ア 交通事故や第三者による殺人事件を偽装するものが多い
 最近5年間に検挙した保険金目的の殺人事件44件について犯行の手段、方法をみると、図1-8のとおり、交通事故を偽装したものが最も多く、次いで、第三者による殺人事件を偽装したものも多い。
 犯行の手口も、被害者を海外に連れ出して殺害したり、保険金を得る目的で結婚し、計画どおりに配偶者を殺害するなど、計画的で残虐なものが目立った。

図1-8 犯行の手段、方法(昭和53~57年)

イ 事業資金欲しさの犯行が多い
 犯行の動機をみると図1-9のとおりで、事業の運転資金欲しさからの犯行が38.6%と最も多く、負債返済のためと遊興費欲しさのための犯行がそれぞれ20.5%で、これに次いでいる。

図1-9 犯行の動機(昭和53~57年)

ウ 被害者は親族が多い
 被害者の主犯との関係をみると図1-10のとおりである。親族関係にあるものが43.2%と最も多く、事業主による従業員の殺害が25.0%でこれに次いでおり、犯行の冷酷非情さを物語っている。

図1-10 被害者の主犯との関係(昭和53~57年)

エ 保険金額は1,000万円以上5,000万円未満のものが多い
 殺人を犯してまで手に入れようとした保険金の額は図1-11のとおりであり、最高は4億1,500万円、最低は100万円である。1,000万円以上5,000万円未満のものが45.4%と多いが、1億円以上の多額に上るものが22.8%を占めている。
 なお、保険金を実際に手にしたものは13件(29.5%)である。

図1-11 保険金の額(昭和53~57年)

オ 契約後半年以内に犯行に及んだものが6割
 昭和57年に検挙した10件について、保険契約から犯行までの期間をみると、契約後半年以内に犯行に及んだものが6件(60.0%)である。期間の最も短いものは、契約の2日後に殺害したもので、最も長いものは、5年5箇月後のものである。
〔事例1〕 水産業者(43)は、フィリピンで水産事業を始めたが失敗し、多額の借金を抱えたため、交際のあった3人の男と保険金目的の殺人を計画し、被害者(28)に、フィリピンで働かせると偽り、総額9,000万円の傷害保険を掛けてフィリピンに渡航させ、53年6月4日、海水浴に誘い出し、海中ででき死させて保険金2,500万円をだまし取った。この事件では、契約者と死亡保険金受取人が被保険者の親族以外の第三者で、しかも契約限度額以上に申し込み、さらに3つの重複契約をしているなどの点で、保険契約は不自然なものであったが、契約時の審査や重複契約のチェックが徹底されていなかった。1月8日逮捕(沖縄)
〔事例2〕 食品店の女子店員(25)は、愛人(32)と共謀し、見合いの相手の会社員(28)に生命保険を掛け、結婚後に殺害して保険金を得ようと考え、婚約後に、この会社員を被保険者とし、自己を受取人とする生命保険契約を結んだ。2人は55年4月結婚したが、その5日後、夫を乗用車内に誘い込み、愛人と2人で首を締め、仮死状態にした上、交通事故を装って車を道路の崖下に転落、炎上させて殺害し、保険金1,000万円をだまし取った。この事件では、犯人が婚約成立後直ちに契約を申し込んでいる点で、保険契約は不自然なものであり、また、被保険者に無断で保険契約を結んだにもかかわらず、勧誘員にはこれを偽っていた。しかし、契約時の審査では、これらのチェックが徹底されていなかった。7月11日逮捕(島根)
(2) 保険金目的の放火事件
ア 自営業の経営者による犯行が多い
 昭和57年に検挙した保険金目的の放火事件の主たる被疑者20人を職業別にみると、図1-12のとおりで、工場、飲食店、小売店等の自営業の経営者が

図1-12 被疑者の職業(昭和57年)

10人と半数を占めている。また、犯行の動機も、負債の返済のため、事業資金欲しさのためがほとんどである。
イ 3分の2が2件以上の保険に加入
 57年に検挙した23件について保険の加入状況をみると図1-13のとおりで、65.2%が2件以上の火災保険に加入している。
 また、保険契約から犯行までの期間をみると、1年以内が21件(91.3%)と圧倒的に多い。ちなみに、最も短いものは6日後、最も長いものは1年8箇月後である。
ウ 保険金額は1,000万円以上5,000万円未満のものが多い
 放火により得ようとした保険金の額は図1-14のとおりで、1,000万円以上3,000万円未満のものが8件(34.8%)と最も多く、3,000万円以上5,000万円未満のものが7件(30.5%)でこれに次いでいる。最高は1億500万円、最低は300万円であり、1件当たりの平均金額は約3,400万円である。
 被疑者が実際に保険金を手にしたのは、23件中6件(26.1%)である。

図1-13 保険の加入状況(昭和57年)

図1-14 保険金の額(昭和57年)

エ 1年以内の検挙がほとんど
 放火を行ってから検挙されるまでの期間をみると表1-17のとおりで、7日以内が10件(43.8%)で最も多く、1年未満では22件(95.7%)と検挙事

表1-17 放火を行ってから検挙されるまでの期間(昭和57年)

件のほとんどを占めている。
 犯行の方法としては、失火や第三者による放火を装うため、ティッシュぺーパーとろうそく、蚊取り線香とたばこ等を巧みに組み合わせて時限式で発火させるなど複雑、巧妙なものが目立った。
〔事例〕 郵便局員(53)は、サラ金等に対する借金の返済に窮したため、自宅に掛けてある総額3,200万円の火災保険金をだまし取ろうと考え、4月15日、ティッシュペーパーの取り出し口にろうそくを差し込んでふすまの近くに置き、これに点火して放火した上、保険金527万8,000円をだまし取った。この事件では、犯人は家屋に評価額より高い額を掛けており、しかも3つの重複契約をしているなどの点で保険契約に不自然な点があり、また、犯人は多額の借金を抱え、その返済に窮していたにもかかわらず、契約時の審査ではこれらの点のチェックが徹底されていなかった。8月5日逮捕(栃木)
(3) 保険金目的の交通事故事件等
ア 多い損害保険対象の詐欺
 昭和57年に検挙した保険金目的の交通事故事件等は79事件であり、これらの事件において、保険金がだまし取られた件数は、600件である。これを保険の種別でみると、表1-18のとおり損害保険が413件(68.8%)と最も多く、

表1-18 保険金目的の交通事故事件等の保険種別検挙件数、被害額(昭和57年)

次いで生命保険が112件(18.7%)となっている。生命保険によるものは、入院や傷害の特約の付いたものである。
 被害額についてみると、損害保険によるものが6億5,320万円(73.0%)で最も多く、このうち4億9,580万円が任意保険によるものである。
イ 故意に交通事故を起こすものが多い
 保険金をだまし取るについて、交通事故をどのように利用したかを調査した結果は、表1-19のとおりで、故意に交通事故を起こしたものが465件(77.5%)と最も多い。

表1-19 保険金目的の交通事故事件等の犯行手段、方法別検挙件数、被害額(昭和57年)

 なかには、事故のリハーサルを行ったり、医師の診断書を偽造するなど、悪質なケースもみられた。
〔事例1〕 暴力団員(33)は、親族ら17人と共謀の上、55年3月から56年12月までの間に、4回の交通事故を発生させ、保険会社8社から保険金5,662万円をだまし取っていた。被疑者らは、追突事故のリハーサルをしたり、過失による事故と見せ掛けるため、飲酒の上運転するなど、巧妙な擬装工作をしていた。6月8日逮捕(三重)
〔事例2〕 運送会社に勤務する運転手(27)は、交通事故により負傷したため通院加療中であったが、任意自動車保険を水増し請求するため、保険会社から交付を受けた診断書用紙や診療報酬明細書用紙等に医師の名前を勝手に書き入れたり、押印するなどしてこれらの書類を偽造し、保険金100万円をだまし取っていた。4月21日逮捕(山形)

図1-15 だまし取った保険金の額(昭和57年)

ウ 1事件においてだまし取った保険金額の最高は1億円
 57年に検挙した保険金目的の交通事故事件等について、事件ごとにだまし取った保険金額をみると、図1-15のとおりで、500万円未満の事件が過半数を占めているが、一方では、5,000万円以上の事件も4事件あり、最高は1億116万円に上っている。また、1事件当たりのだまし取った保険金額は、1,131万円である。
〔事例〕 元タイル工(43)は、仲間12人とともに当たり屋グループを作り、外国製自動車13台を使用して、55年9月から57年6月までの間、8府県で、故意に衝突事故や接触事故を起こし、保険会社14社から、97回にわたり、治療代や車両の修理代として保険金1億116万円をだまし取っていた。この事件は、毎回異なる車両を使用し、相手の進路変更の際をとらえて、故意に接触させるなど、巧妙な手口を用いていた。また、交通事故の相手方には賠償金が保険から支払われるため安易に自己の過失を認めていた者もあった。6月19日逮捕(佐賀)
(4) 対策の現状と今後の課題
 保険金目的の犯罪は、偽装工作がなされていることから、犯行の立証が困難であることが多い。そのため、これらの犯罪の疑いのある事案に対しては、今後とも、徹底した捜査を行う必要がある。
 また、これまでに検挙した保険金目的の犯罪を検討すると、収入に比べて高額の保険の契約、重複した契約、いわゆる駆け込みによる契約等社会常識からみて不自然な契約の申込みが行われているにもかかわらず、保険会社の事前のチェックが、必ずしも徹底していない場合が多い。そのため、保険会社は、このような契約の申込みに対する審査を一層充実させるとともに、代理店や外交員に対しても、より充実したチェックを行うよう指導の徹底を図る必要がある。
 さらに、契約後比較的短期間に保険事故が発生するなどの不審な事案に対しては、保険会社は十分に調査を行うとともに、警察へ早期に通報する必要がある。現在、保険会社間では、生命保険協会、損害保険協会等を通じて情報交換を行っており、また、警察庁や都道府県警察は生命保険協会、損害保険協会の本部、支部と連絡会議を開催するなどして、情報交換に努めているところであるが、今後とも、保険会社相互間及び警察と保険会社の間の連携を強めていく必要がある。

2 給付金等をめぐる犯罪

 社会福祉や失業対策等社会保障の施策の充実等により、国民に対して給付される給付金等(注)の種類、給付額も増加しているが、これに伴い、最近、これらの給付金等の制度を悪用した詐欺等の知能犯罪が著しく増加している。
(注) 給付金等とは、雇用保険、労災保険等の給付金、生活保護費、社会保険診療報酬、公的年金、各種の補助金等国、自治体等がその施策を遂行する上で、個人又は法人に交付する金銭をいう。
(1) 検挙状況と犯罪の主な形態
 昭和50年以降、警察庁に報告のあった給付金等をめぐる事件の検挙事件数、被害額の推移は、図1-16のとおりで、過去8年間に検挙した給付金等をめぐる事件の合計数は、279事件である。

図1-16 給付金等をめぐる事件の検挙事件数、被害額の推移(昭和50~57年)

 これを態様別にみると、図1-17のとおり雇用保険、労災保険等に関するものが74事件(26.5%)と最も多く、次いで生活保護に関するものが42事件(15.0%)、社会保険診療報酬に関するものが20事件(7.2%)となっている。これらの事件の主な内容をみると、次のとおりである。

図1-17 給付金等をめぐる事件の態様別検挙事件数(昭和50~57年)

ア 雇用保険、労災保険等の給付金、生活保護費等の不正受給事件
 雇用保険、労災保険等の給付金、生活保護費等の不正受給事件は、それぞれの給付事務が膨大であり、給付決定に際し、受給者について十分な調査が行われない場合も生じることなどに目を付けたものである。特に、生活保護費の不正受給事件については、暴力団員による犯行が多く、57年に検挙された15事件についてみると、過半数の8事件を占めている。
〔事例1〕 政治経済雑誌の出版会社代表取締役(48)は、中高年齢者を雇用すれば、国から中高年齢者雇用開発給付金が支給されることを知り、社員ら7人と共謀の上、管轄の公共職業安定所に対し、架空の賃金台帳等を作成提出するなどして、中高年齢者を雇用したように装い、54年12月から56年6月までの間、8回にわたって、総額807万円を不正受給していた。56年11月11日逮捕(島根)
〔事例2〕 暴力団員(41)は、生活保護の受給中、高額の収入がありながら、これを申告せず、また、実態調査でも、これを把握できなかったため、56年5月から57年10月までの間、18回にわたり、総額203万円を不正受給していた。11月17日逮捕(三重)
イ 社会保険診療報酬不正受給事件
 我が国の社会保険制度は、36年4月、国民皆保険体制が敷かれ、その後も給付内容の拡充が図られるなど、充実をみているが、これに伴い診療報酬の支払機関に対する保険請求件数も増加し、その審査事務も膨大な量に達している。このため、これに乗じて、架空や水増しの請求を行い、診療報酬を不正受給する事犯も目立っている。
〔事例〕 病院長(54)らは、テレメーター(心拍監視装置)の診療報酬点数が高いのに目を付け、56年4月から9月までの間、テレメーターを使用して治療行為をした旨の虚偽の記載をした診療報酬明細書を作成して、診療報酬の支払機関に対し架空の請求を行い、総額2,682万円を不正受給した。11月17日逮捕(埼玉)
ウ 社会福祉法人の運営をめぐる事件
 社会福祉施設の整備、施設入所者の処遇改善等諸施策の充実に伴い、法人や施設も年々増加しているが、なかには社会福祉法人の理事長らが補助金等をだまし取ったり、施設等の運営資金を自己の目的のために使用する事犯も見られた。
〔事例〕 社会福祉法人理事長(54)は、社会福祉施設等設備費補助金の申請に際し、虚偽の工事費を計上し、同補助金1,671万円余を不正受給する一方、自己の病院の医療器具購入の支払に充てるため、54年7月から55年6月にかけて法人名義の手形を濫発し、法人に対し合計2億7,715万円の損害を与えていた。56年2月24日検挙(福岡)
(2) 対策の現状と今後の課題
 社会保障の施策が充実されるにつれ、これらの制度を悪用する給付金等をめぐる犯罪も更に増加すると思われるが、警察においては関係機関との連絡を密にし、事件の検挙を通じて不正受給の実態を明らかにすることによってこの種の事犯の防止に努めている。行政機関においても、受給資格の審査に際しては、十分実態調査を行うとともに、これら給付金等の給付後においても、必要に応じて、給付実態の調査を行うなど、この種の不正受給事件の防止に更に努めていく必要がある。

3 クレジット・カード犯罪

 現在、銀行系、信販系、デパート系等の会社が発行するクレジット・カードの発行総枚数は、2,500万枚とも2,800万枚ともいわれている。このうち、銀行系クレジット・カードについてみると、昭和55年における発行枚数は、約1,080万枚、売上金額は、約1兆700億円にも上っており、50年と比べると、それぞれ1.6倍、2.6倍と大幅に増加している。
(1) クレジット・カードを利用した詐欺事件の実態
 クレジット・カードの普及に伴い、カード利用者が支払能力がないのにカードを利用し、又は、拾った他人のカードを利用して加盟店から商品等をだまし取る詐欺事件が増加している。このシステムは、クレジットを利用した時から現金が引き落とされる時まで、ケースによっては2箇月近い猶予があるため、犯罪者はこの間に犯行を重ねることができるという盲点がある。
 昭和50年以降のクレジット・カードを利用した詐欺事件の検挙件数、被害額等の推移は、図1-18のとおりで、検挙件数、検挙人員とも大幅に増加している。57年の被害額は3億4,618万円に上り、50年の16.5倍となっている。
 また、最近では、犯行の手口も、クレジット・カードの番号を作り変えた

図1-18 クレジット・カードを利用した詐欺事件の検挙件数、被害額等の推移(昭和50~57年)

り、偽造した身分証明書を用いてクレジット・カードを入手するなど悪質になってきており、さらに、窃取するなどして入手したクレジット・カードを売買するグループが現れるなど、組織的な犯行も見受けられるようになった。
〔事例1〕 無職者(37)は、大学の身分証明書を印刷し、これに架空の氏名を記載する方法で身分証明書を偽造した上、これを利用してクレジット会社の会員となり、交付されたカードを使用し26回にわたり、223万円相当の商品をだまし取った。6月30日逮捕(神奈川)
〔事例2〕 無職者(33)ら5人は、他の窃盗グループから他人名義のクレジット・カードを1枚6万円で12枚入手し、これを利用して57年7月から9月までの約2箇月間に、9都府県下のクレジット・カード加盟店から925回にわたり、4,060万円相当の商品をだまし取った。9月19日逮捕(兵庫)
(2) 対策の現状と今後の課題
 クレジット・カードを利用した犯罪を防止するため、警察では関係会社、団体と連携を密にし、犯罪実態を知らせるなどして犯罪の未然防止を図るとともに、事案の早期検挙に努めている。さらに、カード会社においても、カード利用者との契約に際し、支払能力等の調査の徹底に加えて、紛失や盗難に遭ったいわゆる事故カードの不正利用を防止するために、一部の会社で使われているオンラインによる事故カード検索システム等を取り入れる必要がある。

4 商品取引をめぐる犯罪

 小豆、砂糖等については、昭和25年に制定された商品取引所法に基づいて先物取引が行われてきたが、30年代後半以降、「貯蓄、証券に次ぐ第三の利殖」のうたい文句に乗って、商品取引への一般国民の参加が増大した。これに伴い、一部の商品取引員等による不当な勧誘、無断売買等によって、大衆投資家が深刻な被害を受ける事件が多発した。そこで、警察において取締りを更に強化したが、商品取引所法も数次にわたって顧客の保護を目的とした改正が行われた。
(1) 金ブームに乗る悪質業者と警察の対応
 法規制の強化により商品取引をめぐる犯罪は鎮静化の兆しをみせたが、昭和48年の金の輸入自由化、53年の金の輸出自由化を契機として金の需要が急激に増大し、利殖に対する国民の関心の高まりと相まって、国内に金の私設市場が現われ、金の先物取引への投機の勧誘が全国的に活発になった。しかし、金は商品取引所法に基づく政令指定商品ではなく、法規制が及ばなかったことから、悪質業者は、詐欺まがいの行為で顧客を勧誘して多額の被害を与えていた。
 そこで、警察では、取引の実態に応じ、詐欺罪等刑法を適用して悪質業者を検挙する方針を取り、54年11月、愛媛県警察が、金の先物取引を装い多数の顧客から証拠金等の名目で現金等をだまし取っていた業者を詐欺で摘発したのを皮切りに、16都府県警察で24業者を詐欺等で摘発し、関係被疑者81人を逮捕した。これらの事件に関連した被害者は約800人、被害総額は約22億円に上った。
 56年9月、商品取引所法施行令の一部改正が行われ、金を政令指定商品に組み入れるとともに、57年3月、東京金取引所が開設され、国内におけるこれ以外の私設市場における金の先物取引は禁止されることになった。
(2) 海外商品市場に場を移す悪質業者と警察の対応
 国内の私設市場における金の先物取引から締め出された悪質業者は、香港等の海外商品市場における先物取引、政令指定商品以外のプラチナ、銀等の先物取引等、商品取引所法の規制が及ばない領域へ暗躍の場を移し、これらの取引をめぐる顧客とのトラブルが急激に増加した。昭和56年7月から57年6月までの1年間に国民から警察に寄せられた苦情相談等の受理状況は、表1-20のとおりである。
 なかでも、海外商品市場における先物取引については、市場における相場の変動を的確に知ることが困難である上、その取引に関する知識の乏しい顧

表1-20 商品取引をめぐる苦情相談等の受理状況(昭和56年7月~57年6月)

客も少なくなく、これに乗じた悪質業者による詐欺まがいの取引が横行してきた。このため、警察では、その実態把握と取締りを強力に推進し、57年8月以降、広島、鹿児島等5道県警察で5業者を詐欺等で摘発し、関係被疑者23人を逮捕した。
〔事例〕 広島市内に本社を置く海外商品取引業者は、55年5月から57年8月までの間、商品取引に関する知識の乏しい者に対して言葉巧みに香港の金等の先物取引に勧誘して架空の取引を繰り返し、委託証拠金等に名を借りて約120人から総額約5億円をだまし取っていた。この事件で2法人、21人を詐欺等で検挙した(広島)。
 57年7月、「海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律」が制定され、58年1月から施行となり、海外商品市場における先物取引の受託等に対しても法規制が及ぶことになった。しかし、同法の規制対象になるのは、政令で指定された香港商品取引所の大豆、砂糖、金と金銀業貿易場(香港)の金の先物取引に限定されていることから、早くも、規制対象外であるアメリカ、イギリス等の海外商品市場における先物取引へ活動の場を移す業者の動きが出てきている。
(3) 今後の課題
 資産運用に関する国民の関心が高まるなかで、これにつけ込む悪質業者の活動は、更に活発化し、その手段、方法も、警察の取締りや法規制の強化に対応して、ますます巧妙化していくものと予想される。
 警察としては、悪質業者の動きを絶えず把握し、違法事案については、あらゆる法令を駆使して早期検挙を図るとともに、取締りの及ばない領域については、関係省庁と協力して、取締りに必要な法令の整備を検討していくこととしている。

5 有名ブランド商品をめぐる犯罪

 生活の質的向上を求める国民の意識の高まり、情報化時代の進展に伴うブランド・イメージの浸透、テニス、ジョギング等を中心とするスポーツ・ブームの広がり等が相まって、有名ブランド商品に対する国民の需要が高まってきている。
 このような情勢を背景に、有名ブランド商品の模造品を製造、販売する商

図1-19 商標法及び不正競争防止法違反の検挙件数の推移(昭和48~57年)


標法及び不正競争防止法違反が急激に増加している。
 過去10年間の商標法及び不正競争防止法違反の検挙件数の推移は、図1-19のとおりである。特に、昭和57年の商標法違反の検挙件数は285件で、前年の4.8倍に上っている。また、最近3年間の商標法違反の検挙件数に占める有名ブランド商品の模造品の製造、販売事犯の検挙件数をみると、55年は154件中16件、56年は60件中49件、57年は285件中249件と、急激に増加している。
 有名ブランド商品の模造事犯の特徴をみると、40年代後半には、その対象は主として国産の衣類、日用雑貨品等で、しかも、小規模な事犯が多かったが、最近では、模造の対象は海外の有名ブランド商品、特に衣料品、スポーツ用品等が多くなるとともに、大量に製造し全国で販売するなど、事犯の規模も大きくなっている。
〔事例〕 造園業者(38)は、主にフィリピンから有名ブランドのスポーツ・ウェアの模造品を大量に輸入し、56年11月から57年8月までの間、19都府県の著名なホテル等で「世界一流ブランド直輸入品大バーゲン」と銘打って、真正品の約3分の1の価格で約4万着を販売していた。この事件で7法人、37人を商標法及び不正競争防止法違反で検挙した(群馬)。
 この種の事犯は、消費者の商品選択を誤らせ、粗悪品を購入する結果を招くとともに、公正な競争秩序を破壊するものであることから、警察では、強力な取締りを推進している。
 しかし、国民のブランド志向は更に強まり、また、競争が激化するものとみられることから、有名ブランド商品の模造事犯は、今後、国内での製造、販売はもとより、輸出入を含めた国際化の様相を強めることが予想される。
 このため、警察としては、国内外における模造品の製造、流通経路の実態把握に努め、事犯の早期検挙を図るなど、的確な取締りを推進していくこととしている。


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