第6章 生活の安全の確保と環境の浄化

1 覚せい剤、麻薬事犯の取締り

(1) 依然として増加している覚せい剤事犯
 昭和55年の覚せい剤事犯の検挙件数は3万3,354件、検挙人員は1万9,921人で、前年に比べそれぞれ5.4%、8.9%増加した。過去10年間の覚せい剤事犯の検挙状況は、図6-1のとおりである。
ア 相次ぐ大量押収
 昭和55年の覚せい剤粉末の押収量は約152kgで、前年に比べ27.7%の大幅な増加となった。これは、約1万4,000人が毎日1回1年間にわたり使用できる量である。我が国で乱用されている覚せい剤は、そのほとんどが韓国、台湾、香港等で密造され、国内に密輸入されたものである。水際等で押収さ

図6-1 覚せい剤事犯検挙状況(昭和46~55年)

れた覚せい剤を供給地別にみると、図6-2のとおり依然として韓国製が主流であるが、台湾製も急増している。

図6-2 覚せい剤の供給地別押収状況(昭和54、55年)

 また、10kg、20kgという大量の覚せい剤を押収した事案が相次いだ。一度に1kg以上押収した事案は、55年には27件に上っており、海外における密造所の大規模化をうかがわせる。
イ 密輸、密売を支配する暴力団
 昭和55年の暴力団員による覚せい剤事犯の検挙件数は1万7,333件、検挙人員は1万7人で、過去10年間の検挙状況は、図6-3のとおりである。また、54、55年の暴力団系列別検挙状況

図6-3 暴力団員による覚せい剤事犯検挙状況(昭和46~55年)

は、表6-1のとおりである。
 暴力団は、海外から1g当たり3,000~8,000円で密輸入した覚せい剤を、自己の支配する密売組織を通じて、末端乱用者に1g当たり5~30万円で売ることによって巨額の利益を得ている。覚せい剤の密売は暴力団の最大の資金源となっており、覚せい剤を入手するためには、自己の所属と異なる系列の暴力団とでも取引をするなど、覚せい剤に対する指向をますます強めている。

〔事例〕 住吉連合系暴力団組長(40)は、組幹部らに韓国、香港からの覚せい剤の仕入れを割り振り、両国から覚せい剤数十kgを密輸入し、全国に密売していた。この事件で、被疑者160人を検挙し、覚せい剤約3.3kgを押収して、その組を解散させた(警視庁)。

表6-1 暴力団系列別覚せい剤事犯検挙状況(昭和54、55年)

ウ 市民生活をむしばむ覚せい剤
 昭和45年、55年の人口10万人当たりの都道府県別検挙状況は、図6-4のとおりで、最近では、覚せい剤の乱用は全国に広がっている。
 55年6月に内閣総理大臣官房広報室が実施した「犯罪と処罰に関する世論調査」によると、回答者中1.9%の者が「人から覚せい剤を勧められた。」などの経験を持ち、3.8%の者が「疲労が回復するなら使ってみたいような気がする。」など覚せい剤に対して関心を示しており、覚せい剤が国民各層に浸透する危険性があることをうかがわせる。

 覚せい剤の乱用は、暴力団関係者のみではなく、一般市民層にまで及んでおり、検挙者を職業別にみると、土工等土木・建設労働者、ホステス等風俗営業従業員、職業運転者等交通関係者が多い。最近では、少年や主婦、ある

図6-4 人口10万人当たりの都道府県別検挙状況(昭和45、55年)

いは町議会議員、僧侶、医師等従来覚せい剤乱用とは無縁と思われていた者までが多数検挙されている。
 特に、少年による覚せい剤事犯の増加は著しく、図6-5のとおり成人の増加率をはるかにしのいでおり、55年には2,031人が検挙され、全検 挙者の10%を超えた。なかでも、女子中・高校生が、家出その他の機会に暴力団員らによって覚せい剤中毒にされ、その後、覚せい剤代金を得るために売春をするなど、性非行と結び付いた事案が目立っている。

図6-5 成人、少年別検挙人員の推移(昭和51~55年)

エ 覚せい剤に係る事件、事故
 覚せい剤は、乱用するとその薬理作用から幻覚、幻聴やもう想等の精神障害を招き、その結果、殺人や放火等の凶悪な犯罪や交通事故を引き起こすことにもなる。また、いったん乱用を始めるとやめられなくなり、覚せい剤を手に入れるためには犯罪さえも犯すようになる。昭和55年の覚せい剤に係る事件、事故の発生状況は、表6-2のとおりである。
〔事例1〕 暴力団員(37)は、覚せい剤を常用し、その薬理作用によるしっともう想から、愛人の妹に改造猟銃を突き付けて車に監禁し、発砲を繰り返した。そのため、説得に当たった警察署の刑事課長が、その犯人に射たれて殉職した(静岡)。
〔事例2〕 無職者(37)は、覚せい剤購入代金が欲しいため、自宅でけん銃を密造し、暴力団員からけん銃一丁につき覚せい剤0.6gを譲り受けていた(高知)。
(2) 覚せい剤乱用対策の推進
 薬物乱用対策としては、「国民に対する啓もう啓発活動」、「強力な取締りと厳重な処罰」、「中毒者対策」の3点が重要であることは、世界各国共通の

表6-2 覚せい剤に係る事件、事故の発生状況(昭和55年)

認識となっている。
 主要国における薬物押収状況をみると、表6-3のとおりで、全般的に悪化の傾向を示しており、各国ともその対策に苦慮している。我が国でも、強力な取締りと併せて覚せい剤の乱用を拒絶する社会環境作りに努め、早い機会に乱用の根を断つことが必要である。
ア 強力な組織捜査
 最近の覚せい剤の密輸、密売の手口は、ますます悪質、巧妙化してきている。密輸入に当たって船舶や航空機を利用して直接持ち込むもののほか、家具等の別送品に大量の覚せい剤を隠匿して、事情を知らない者を荷受人とし

表6-3 主要国の薬物押収状況(1978、1979年)

て送るものもある。また、密売場所にテレビカメラや二重三重のとびらを設置する場合も多くみられる。
 警察では、これらに対処するため、都道府県警察相互の協力を図るほか、税関等関係取締り機関との連携強化に努め、強力な組織捜査を行っている。国際協力の面では、国際協力事業団との協力による「麻薬犯罪取締りセミナー」の開催、国際連合主催による麻薬取締りのための国際会議への参加、韓国、東南アジア諸国へ捜査官を派遣しての情報交換等、国際協力の緊密化に努めている。
〔事例1〕 密輸容疑船舶として通報していた韓国船が苫小牧港に入港したとの連絡を受け、函館税関職員と共同して同船を調べた結果、同船の通信長(28)が4kgの覚せい剤を密輸入しようとした事案を摘発し、同人を検挙した(北海道)。
〔事例2〕 韓国に逃亡中の暴力団幹部(41)は、配下の組員らを使って韓国から覚せい剤を密輸、密売していた。警察では、ICPOを通じて国際手配を行うとともに、韓国捜査当局と緊密な情報連絡を行った結果、7月、韓国捜査当局によって逮捕された(警視庁)。
イ 乱用を拒絶する社会環境作り
 警察では、新聞、テレビ等による広報をはじめ、風俗営業等覚せい剤乱用の温床となりやすい業種に対し、乱用防止についての指導を強化するなど、啓もう啓発活動を推進している。また、全国の警察本部や警察署では、覚せい剤相談電話や困りごと相談において、多数の覚せい剤に関する悩みごとを受理し、その解決に努めている。さらに、自動車運転免許や銃砲刀剣類所持許可の行政に当たっても、覚せい剤中毒者の排除を図っている。
 しかし、覚せい剤取締法違反の再犯状況は、表6-4のとおりで、中毒者は年々増加しているものとみられる。今後は、これらの中毒者が何らの措置も施されないまま社会に放置されることのないよう、関係機関において中毒者対策が促進されなければならない。

表6-4 覚せい剤取締法違反再犯状況(昭和51~55年)

(3) 青少年層に広がる大麻事犯
ア 麻薬事犯の状況
 過去10年間の麻薬事犯による検挙人員の推移は、図6-6のとおりである。特に大麻事犯はほぼ一貫して増加を続け、昭和55年には史上最高の1,173人を検挙した。また、最近5年間の麻薬の種類別押収状況は、表6-5のとおりで、ヘロインとLSDが前年に比べ大幅に増加している。ヘロインは一部

図6-6 麻薬事犯による検挙人員の推移(昭和46~55年)

表6-5 麻薬の種類別押収状況(昭和51~55年)

の芸能関係者等の間で、LSDは主として不良外人や在日米軍人等の間で乱用されている。
〔事例〕 米軍人(26)は、アメリカからLSDを密輸入し、基地内の同僚に密売していた。警察は、米軍捜査機関と協力の上、同人を検挙し、LSD2,671錠を押収した(沖縄)。
イ 増加する大麻事犯
 大麻は、青少年を中心にグループで吸煙するという形態で乱用される場合が多い。図6-7のとおり昭和55年には検挙者の59.3%が25歳未満の者で占められており、覚せい剤事犯が壮年中心であることと対照的である。我が国で吸煙されている大麻は、主に東南アジア等から密輸入されたものであるが、北海道等の山野で自生している大麻草を採取したり、自宅で栽培している者も現れている。

図6-7 薬物事犯別検挙人員の年齢層別構成比(昭和55年)

 大麻事犯が増加する理由としては、海外旅行中に大麻吸煙を経験して病み付きになったり、米軍人、外国人船員等が我が国に持ち込むことなどが挙げられる。その背後には、社会一般にヘロインや覚せい剤と違って、大麻に対する危険性の認識が薄いため、一部の青少年が遊びや風俗の一種として大麻を乱用する傾向がみられる。
〔事例〕 埼玉の造園業者(25)らは、ハワイ等から密輸入した大麻等をマリファナパーティーの形で乱用し、東京、神奈川、埼玉のサーファー等青少年や芸能人に密売していた。この事件で、被疑者128人を検挙し、大麻4.6kg、LSD314錠等を押収した(神奈川)。
 また、大麻は仕入値が安い割に高く売れることに目を付けた暴力団員が、大麻の密輸、密売を行った事案もみられる。
〔事例〕 暴力団幹部(29)は、大麻が若者の間で高く売れることに目を付け、仲間4人と共にタイに2回渡航し、大麻9.5kgを日本に密輸入し、国内で密売していた。この事件で、被疑者20人を検挙し、大麻5.9kgを押収した(大阪、千葉)。

2 銃砲の管理と取締り

(1) 許可銃砲の現況と管理の強化
ア 猟銃、空気銃の許可状況
 昭和55年末現在の都道府県公安委員会が許可している猟銃、空気銃(以下「猟銃等」という。)は、猟銃が69万6,234丁、空気銃が8万5,052丁で、前年に比べ猟銃は2万9,514丁(4.1%)、空気銃は1万3,041丁(13.3%)それぞれ減少している。最近5年間の状況は、表6-6のとおりで、53年を境にして減少傾向にある。
 これは、許可申請者が減少したことに加えて、銃砲の所持許可申請に対して綿密な審査を行い、欠格事由に該当する者を排除するとともに、所持許可を受けていても使用していないいわゆる眠り銃の譲渡と廃棄の指導を推進したことによるものである。

表6-6 許可を受けた猟銃等の状況(昭和51~55年)

イ 盗難を防ぐための保管管理
 昭和55年の猟銃等の盗難被害は、猟銃が36丁、空気銃が8丁で、前年に比べ猟銃は4丁(10.0%)、空気銃は2丁(20.0%)それぞれ減少している。最近5年間の状況は、表6-7のとおりで、51年以降減少している。
 55年に盗難被害に遭った猟銃等のうち、21丁は保管庫に収納せず放置している間に被害に遭い、他の23丁は保管庫に施錠して保管中に施錠装置を破壊されて被害に遭っている。このため警察では、銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)の一部を改正し、新たに保管庫の設備と保管の方法に関する基準を示し、これに基づいて保管管理を徹底するよう指導している。
 また、所持許可を受けた猟銃等で盗難又は紛失等によってその所在が分か

表6-7 猟銃等の盗難被害状況(昭和51~55年)

らなくなっているいわゆる所在不明銃の昭和55年末における累計は1,663丁で、前年に比べ横ばい状態にある。最近5年間の状況は、表6-8のとおりで、51年以降毎年わずかずつ減少している。

表6-8 所在不明銃の状況(昭和51~55年)

ウ 増加に転じた猟銃事故
 昭和55年の猟銃事故の発生件数は224件、死傷者242人で、前年に比べ発生件数は43件(23.8%)、死傷者は61人(33.7%)増加している。最近5年間の事故の状況は、表6-9のとおりで、51年以降減少傾向にあったが、55年は増加に転じた。
 これは、ハンターが互いの位置を確認しないまま不用意に発砲して事故を起こしたり、慣れから猟銃を粗雑に取り扱い暴発させるなど、猟銃等の取扱いに関する基本的な事項を遵守しないため起こった事故が増加したことによ

表6-9 猟銃による事故の状況(昭和51~55年)

るものである。
 このため警察では、56年から猟銃等の所持許可の更新を受けようとする者に対しても新たに猟銃等講習会を受講させることとし、猟銃等取扱いの技術マナーの向上を図り、事故防止を徹底することとしている。
エ 銃刀法の一部改正
 昭和54年1月、大阪で発生した許可所持者による猟銃使用の強盗殺人事件の発生をきっかけに、銃刀法の改正作業が進められてきたところであるが、55年5月21日、「銃砲刀剣類所持等取締法の一部を改正する法律」が公布された。
 その主な内容は、所持許可の際の許可基準が整備されたこと、眠り銃に対する所持許可を取り消すことができるようになったこと、銃砲の保管に関する規制が強化されたこと、教習射撃場に教習用猟銃の備付け制度が設けられたことなどである。このうち、所持許可の基準に関する部分は6月21日から、その他の部分は11月21日から施行された。
(2) 銃器使用犯罪等の状況
ア 銃器を使用した犯罪の状況
 昭和55年の銃器使用犯罪の発生件数は199件で、前年に比べ28件(16.4%)増加した。これは、けん銃、猟銃等を使用した暴力団の対立抗争や現金強奪等の事件が増加したことによるものである。最近5年間の状況は、表6-10のとおりである。
 なお、所持許可を受けた者が許可された猟銃等を使用した犯罪は、55年に35件発生しているが、その動機、原因をみると、異性関係のもつれによるものが最も多く、次いでけんか、金銭関係のもつれとなっている。
イ 猟銃用火薬類の違反検挙状況
 猟銃用火薬類には、実包、銃用雷管、原材料としての無煙火薬等がある。昭和55年のこれら猟銃用火薬類に関する不法所持等の検挙件数は1,839件で、火薬類取締法違反検挙総数の70.8%を占めており、前年に比べ167件(8.3%)減少した。最近5年間の状況は、表6-11のとおり減少傾向にある。
 これは、不正販売を防止するため、業界を通じて銃砲火薬店等猟銃用火薬類の取扱者に対する指導が強化されたこと、その他取締りの強化等によるものとみられる。

表6-10 銃器使用犯罪の状況(昭和51~55年)

表6-11 猟銃用火薬類の違反検挙状況(昭和51~55年)

(3) けん銃取締りの強化
ア 真正けん銃の押収数の増加
 昭和55年のけん銃の押収等の総数は1,070丁で、前年に比べ62丁(5.5%)減少した。最近5年間の状況は、表6-12のとおり51年以降減少傾向にある。
 押収したけん銃を種類別にみると、改造けん銃が減少を続けているのに対し、真正けん銃は54年から再び増加している。これは、52年の銃刀法の一部改正による模擬銃器の販売規制のため、改造しやすいモデルガンの入手が困難となり、暴力団が真正けん銃を手に入れようとしたためであるとみられる。
 なお、暴力団から押収したけん銃の全体に占める割合は、55年は約90%に上り、前年に比べわずかに増加している。

表6-12 けん銃の押収等の状況(昭和51~55年)

イ 巧妙化するけん銃の密輸入
 昭和55年のけん銃の密輸入事犯の検挙件数は29件、検挙人員は33人で、押収けん銃は83丁であった。これは、前年に比べ件数、人員はほぼ横ばいであるが、押収けん銃の数は37丁増加している。
 最近は、暴力団が組織の武装化と関連組織への密売のために組織的に密輸入しており、隠匿方法もますます巧妙化しつつある。また、暴力団以外では、海外旅行中にけん銃の実射訓練を受けるなどしてけん銃に興味を持ったり、長期の海外生活の間に護身用に所持していたけん銃に愛着を感じるなどして、帰国の際、かばんの底や家財道具の中に隠して密輸入するものがある。
 このため警察では、情報源の開拓、税関等との連携強化、関係国の警察との捜査協力により、水際検挙に努めている。

3 悪化を続ける風俗環境への対応

(1)風俗営業等の取締リ
ア 料飲関係営業
 昭和55年の料飲関係営業の営業所数は11万1,031軒で、前年に比べ3,175軒(2.8%)減少している。最近5年間の営業所数の推移は、表6-13のとおり漸減の傾向にある。

表6-13 風俗営業(料飲関係営業)の営業所の状況(昭和51~55年)

 55年の料飲関係営業の検挙状況を違反態様別にみると、図6-8のとおりで、前年に比べ228件(3.8%)増加している。特に、卑わいな接待を売りものとするピンク商法や悪質な客引き行為が目立っている。また、業種別の違反率をみると、キャバレーが15.2%と最も多く、以下バー11.3%、ナイトクラブ10.2%、料 理店1.1%の順となっている。

図6-8 風俗営業(料飲関係営業)の違反態様別検挙状況(昭和55年)

 都道府県公安委員会は、このような違反に対して、許可の取消し又は6箇月以内の営業停止処分等を行っているが、55年における処分件数は、取消し13件を含む3,243件となっている。
イ 深夜飲食店
 昭和55年の深夜飲食店の営業所数は30万9,574軒で、前年に比べ3万4,400軒(12.5%)増加した。最近5年間の営業所数の推移は、表6-14のとおりで、年々増加を続けている。これを業態別にみると、スナック、サパークラブ等洋風の設備を設けて風俗営業に類似した営業を営むものの増加が著しい。これは、風俗営業の許可をとらずに飲食店の許可だけで手軽に営業できるためであるとみられる。

表6-14 深夜飲食店営業の状況(昭和51~55年)

 55年の深夜飲食店営業の違反態様別検挙状況は、図6-9のとおりで、前年に比べ1,376件(17.4%)増加した。特に、ホステスを置いて客の接待をさせたり、ダンスをさせるなど、無許可の風俗営業が目立っている。
〔事例〕 終夜レストランを隠れみのに大型キャバレーを営もうと企てた営業者(36)は、同伴客を装ったホステスに接待やダンスを行わせ、取締りに備えて警報ブザーを設置し、店頭に見張りを置き、連日、午前5時 ごろまで無許可のキャバレー営業を営み、約1年間に9,000万円以上の利益を得ていた(神奈川)。
 都道府県公安委員会は、このような違反に対し、6箇月以内の営業停止処分等を行っているが、55年における処分件数は5,989件で、前年に比べ3,744件(166.8%)増加した。

図6-9 深夜飲食店営業の違反態様別検挙状況(昭和55年)

ウ 遊技場営業
 昭和55年の遊技場営業の営業所数は4万8,460軒で、前年に比べ102軒(0.2%)減少した。最近5年間の営業所数の推移は、表6-15のとおりである。パチンコ屋は、年々減少を続けているが、最近、パチンコに代って、雀球、アレンジボール等の数字や図柄の組合せによって入賞を争う遊技機が人気を呼び、パチンコと併設したり、これらの遊技機を専門に置く店が増加の傾向にある。
 55年の遊技場営業の検挙は1,282件で、前年に比べ17件(1.3%)減少した。違反態様別では時間外営業が861件(67.2%)と大半を占めている。このような違反に対する営業停止処分等は、取消し2件を含む708件であった。

表6-15 風俗営業(遊技場営業)の営業所の状況(昭和51~55年)

(2) わいせつ、売春事犯の取締り
ア 急激に増えたビニール本
 最近、ヌード写真誌等の公刊出版物のなかで、性を露骨に表現するものが増加しており、なかでも、いわゆるビニール本にその傾向が著しい。
 ビニール本とは、販売店が読者の立ち見を防ぎ、かつ、その購買心をそそるために、ヌード写真誌をあらかじめビニール袋に入れて店頭に陳列したものである。昭和52年ごろから大人のおもちゃ店等限られた場所で売られていたが、55年始めごろからビニール本販売の専業店が出現し、これが全国各地に広まった。55年11月末現在、全国に専業店226店を含めビニール本取扱店の総数は2,781店となっており、引き続き増加の傾向にある。ビニール本は、わずかな資本で作れるため、零細業者が相次いでこの業界に加わり、過当競争からその内容も悪質化し、わいせつと認められるものが増加した。
 このため警察では、これに対する取締りを強化し、55年には前年の約4倍に当たる86誌(41社)をわいせつ文書として摘発し、全国の書店から約8万2,000冊を押収した。更に出版元のみならず、末端の販売店まで刑事責任を追及している。その結果、12月には、主な出版業者36社が集まり、自主規制要領を作成した。
〔事例〕 新聞、雑誌等の記者歴のある男(50)は、準備資金を借り、大手ビニール本販売店主からアドバイスを受けた上、ヌード写真家から仕入れたわいせつな写真をもとに、2万9,000冊に及ぶビニール本を発行し、全国の書店を通じて販売していた(警視庁)。
 その他のわいせつ事犯では、暴力団による組織的なブルーフィルムの密造、密売事犯が依然として多くみられたほか、ストリップ劇場における公然わいせつ事犯も、いわゆる本番ショー等の悪質なものが執ように繰り返されており、55年には140営業所を公然わいせつ罪で摘発した。最近5年間のわいせつ事犯の検挙状況は、表6-16のとおりである。

表6-16 わいせつ事犯検挙状況(昭和51~55年)

イ 売春事犯
 昭和55年の売春防止法違反の検挙件数は4,419件、検挙人員は2,205件、うち暴力団関係者は256人となっている。最近5年間の検挙状況は、表6-17のとおりで、警察が取り扱った売春婦を年齢層別にみると、表6-18のとおりである。
 売春の形態は多様であるが、ソープランド売春が最も多く、そのほか、秘密売春クラブ等による派出売春、マッサージ業を仮装する売春、芸妓売春等があり、特に最近においては、ピンクキャバレー等において卑わいな接待の一

表6-17 売春防止法違反検挙状況(昭和51~55年)

表6-18 売春婦の年齢層別状況(昭和51~55年)

つとして売春を行うものが目立っている。
 最近5年間のソープランドの営業所数、ソープランド従業員の数の推移は、表6-19のとおりで、売春の温床として世間の批判を受けながらも年々増加を続けている。最近のソープランド売春は、営業者がソープランド従業員に厳重な口止めを行ったり、見張り員を配置したりして取締りに備えている。警察は、悪質な管理売春やこれに対する資金等の提供について積極的な捜査を推進し、55年には、売春関係事犯でソープランド営業所115軒を摘発した。
〔事例〕 西日本一帯でレジャー産業を手広く経営する会社の役員から、ソープランドの経営を依頼された男(51)は、警察の取締りに備えて、同社に責任が及ばないよう独立会社を設立し、ソープランド3軒を賃借した上、ソープランド従業員等の従業員に対して取調べに対する否認要領等の従業員指導を徹底し、多数の入浴客を相手に売春させていた(広島)。

表6-19 ソープランド営業所、ソープランド従業員の推移(昭和51~55年)

(3) ギャンブル
ア 公営競技をめぐる犯罪
 昭和55年の公営競技(競馬、競輪、競艇、オートレース)の売上高は、約5兆3,000億円と史上最高を記録した。これに伴い、公営競技に係るノミ行為がまん延し、しかも、これを資金源とする暴力団の介入が目立っている。このため警察では、強力な取締りを行う一方、競技施行者等関係機関に対し場内ノミ行為防止体制の整備等を要請するなど、積極的な働き掛けを行っている。
 55年のノミ行為の検挙状況は、図6-10のとおりで、全検挙人員に占める暴力団員の比率は56.7%、胴元だけについてみると80,1%に上っている。受付場所は、表6-20のとおりで、アパート、一般住宅等の競技場外が圧倒的に多い。また、八百長競馬等競技の公正を害する不正行為も依然として後を絶たず、55年には32件、51人を検挙している。

図6-10 ノミ行為の検挙状況(昭和51~55年)

〔事例〕 暴力団組長(42)は、受付場所24箇所に及ぶ大掛かりなノミ行為を行い、3年間で約20億円を受け付け、不法利益約6億円を上げる一

表6-20 ノミ行為の受付場所の状況(昭和55年)

方、馬主地位を利用して調教師らと八百長競馬を仕組んでいた。これら一連の事件で、暴力団員28人、競馬関係者35人を含む255人を検挙し、違反対象金額は約30億円に上った(愛知)。
イ ギャンブルマシン使用による賭博事犯
 スロットマシン、ルーレット等のギャンブルマシンを設置したいわゆるメダルゲーム場は、年々増加する傾向にあり、昭和55年10月末現在、2,180軒に上っている。このほか、スナック、喫茶店等にギャンブルマシンが設置されている場合も多い。これらのギャンブルマシンは景品を出すことができず、風俗営業等取締法の遊技場営業の対象となっていない。
 しかし、これらの業者のなかには、リース業者等と結託して、メダルの代わりに百円硬貨を使用できるように遊技機を改造したり、遊技の結果に対して現金を提供したりするものが多くみられる。
 警察では、55年に賭博事犯で453営業所を摘発し、2,068人を検挙するとともに、ギャンブルマシン838台、賭金約7,700万円を押収した。

4 質屋、古物営業の現状

 質屋営業法、古物営業法によって、都道府県公安委員会から営業の許可を受けている質屋、古物商の推移は、表6-21のとおりである。

表6-21 質屋、古物商の推移(昭和25~55年)

 質屋は、戦後増加の一途をたどっていたが、昭和33年の2万1,539業者をピークに減少し、55年には9,629業者でピーク時の半分以下となった。これは、経済の成長による国民所得の向上、サラリーマン金融の進出等のため、質屋利用者が減少したことによるものとみられる。
 一方、古物商は、戦後の物資不足時代に急激に増加したものの、その後、経済の安定と国民生活の向上に伴っておおむね漸減の傾向にあった。しかし、37年の16万3,915業者を境に増勢に転じ、毎年1万前後のぺースで増加し続け、55年は、33万179業者に上った。これは、自動車や電気製品等の耐久消費材の下取り販売が普及したことによるものとみられる。
 55年に業者が盗品を発見したことにより、被害者に返還できた件数は、質屋については11,953件、古物商については1,862件で、営業者等の協力により犯人を逮捕した例もみられる。
〔事例〕 窃盗常習犯(39)は、盗んだ健康保険証を使って盗品の指輪2個を入質したが、営業者の通報によって検挙された。これに伴って、空き巣ねらい等約300件を解決し、盗品の指輪、時計等120個を被害者に返還した(大阪)。
 また、55年は、台帳記載義務違反等の質屋営業法違反で5件、4人、台帳記載義務や許可証返納義務違反等の古物営業法違反で326件、260人を検挙した。都道府県公安委員会では、このような違反を犯した営業者に対しては、許可の取消し又は営業停止処分を行っているが、55年の処分件数は、質屋2件、古物商50件(うち取消し24件)となっている。

5 経済事犯の取締り

(1) 増加を続ける不動産事犯
ア 取締り状況
 昭和55年の不動産事犯の検挙件数は2,681件、検挙人員は2,699人で、前年に比べ201件(8.1%)、299人(12.5%)増加している。最近5年間の法令別検挙状況は、表6-22のとおりである。55年は、宅建業法(宅地建物取引業法)違反が全体の約40%を占めており、その態様別検挙状況は、図6-11のとおりである。
イ 悪質な不動産商法の横行
 昭和55年の不動産業界は、宅地価格、建築費の高騰等により住宅需要が低迷したため、厳しい状況のなかで推移した。

表6-22 不動産事犯の法令別検挙状況(昭和51~55年)

図6-11 宅建業法違反態様別検挙状況(昭和55年)

 このような情勢を背景に、宅建業法違反のうち詐欺的要素の強い重要事項不告知等の事犯が多発するとともに、建築基準法、農地法、都市計画法等の土地の利用を規制している法令に関する違反が前年に比べ著しく増加している。これは、地価高騰のなかで比較的地価の安い市街化調整区域の土地を取得して、無許可で開発して販売する不動産業者が多いためである。
 なかには、開発目的を偽って許可を受けたり、開発許可書や建築物建築確認通知書を偽造するなどして開発、建築した土地、建物を売り付けるといった事犯のほか、低所得者に土地や建物を売り付けるため、市町村長発行の所得証明書を偽造し、住宅ローンをあっせんするといった事犯も現れている。
〔事例〕 他社に勤務する取引主任者の名義を借りて宅地建物取引業免許を不正に取得したA(33)らは、収入が少ないため住宅ローン融資を受けられない客に「給料が安くても土地が買える。」と言葉巧みに持ち掛け、客名義の所得証明書と農地転用許可証を偽造し、農業協同組合から住宅地購入の名目で1人当たり約900万円の融資を受けさせ、無許可開発した農地等を売り付けていた。この事件で、有印公文書偽造、同行使、詐欺、宅建業法違反等により2法人、8人を検挙した(福岡)。
(2) 巧妙化する金融事犯
ア 取締り状況
 昭和55年の金融事犯の検挙件数は837件、検挙人員は776人で、前年に比べ272件(24.5%)、268人(25.7%)の大幅な減少となった。最近5年間の検挙状況は、図6-12のとおりで、件数、人員とも4年連続して減少している。
 これは、高金利に対する社会的批判の高まり、貸金業界への外国資本の進出、都市銀行による小口貸付けの拡大等の情勢の変化や、警察の取締りの強化等により、貸金業界にも大手業者を中心に金利引き下げの動きが目立って

図6-12 金融事犯検挙状況(昭和51~55年)

いるためとみられる。
 金融事犯の法令別検挙状況は、出資法(出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律)違反が検挙件数で810件(96.8%)、検挙人員で732人(94.3%)と金融事犯全体の9割以上を占めている。
 違反の態様別では、高金利事犯が454件で金融事犯全体の54.2%を占めており、次いで無届貸金業事犯261件(31.2%)となっている。
イ 利用者の弱みに付け込む高金利事犯
 一部の悪質業者は、客離れによる減収を高金利で補おうとする傾向を強めている。その内容をみると、銀行や大手業者等からは融資を得られない弱みのある利用者や金利に疎い利用者から、利息を二重に取ったり、利息の代わりに粗悪品等を市価の数倍で買い取らせるなどの事犯が多い。また、新しい手ロとして、クレジット方式による商品販売を仮装して高利を取ったり、あるいは100日割賦返済等一見利息が安いように錯覚させて高利を取るなどの事犯がみられた。
〔事例〕 電気製品の販売も営む貸金業者(39)は、クレジット割賦販売システムを悪用し、保証人や担保もない借受人の弱みに付け込んで、10万円の貸付けに対し、倍額相当の電気製品を販売したことにして偽りの割賦販売契約書を作成し、クレジット会社から20万円を受け取り、借受人には20万円をクレジット会社に返還させるなどの方法により高金利で営業していた(神奈川)。
ウ 取立てに伴う違反行為の実態
 貸金業者の手段を選ばない過酷な取立て行為は依然として後を絶たない。昭和55年10月の「金融事犯取締り強化月間」中に検挙した高金利事犯の被害者4,826人に対する調査によると、全体の21.2%に当たる1,021人が何らかの形で不当な取立てを受けたとしており、その内訳は、図6-13のとおりである。
〔事例〕 暴力団幹部(32)らは、無届で貸金業を営み、100日割賦返済の方法により100万円を貸付けて、毎日1万円の元本と5万円の利息の合 計6万円を取り立て、返済が遅れると借受人を暴力団事務所に連れ込んで、不法監禁や暴行を加えるなど、過酷な取立てを行っていた(沖縄)。

図6-13 取立てに伴う不法行為等の実態(昭和55年)

エ その他の金融事犯
 昭和55年は、銀行等よりも有利な利息をうたい文句に多数の者から金銭を受け入れ、これを焦げ付かせるなどの預り金事犯で29件、45人、相互銀行法に違反した頬母子講で22件、36人、金融機関役職員による浮貸し等の不正金融事犯で11件、13人等を検挙した。
(3) 多様化する国際経済事犯
ア 取締り状況
 従来、我が国の対外取引には厳しい制限が課されていたが、国内経済の発展や国際的な取引自由化の動きに伴い、その自由化が進められ、特に対外取引の基本法ともいえる外為法(外国為替及び外国貿易管理法)が全面改正(昭和54年12月公布、55年12月施行)され、対外取引は原則自由の時代を迎えることとなった。国際経済事犯(関税法、外為法違反)の検挙は、このような

表6-23 関税法、外為法違反の検挙状況(昭和51~55年)

動きに伴って漸減傾向を示していたが、55年は、前年に比べ件数でわずかに増加した。最近5年間の検挙状況は、表6-23のとおりである。
 55年に検挙された事件の不正決済総額は、約127億円に上り、前年に引き続き大型化の傾向がみられた。不正支払、受領の原因別状況は、図6-14のとおりである。その内容についてみると、相手国業者と結託しての関税は脱や密輸出入事犯をはじめ、外国法人に対する不正融資事犯、会社犯罪を内在する特異事犯等ますます悪質化、多様化の様相を深めている。これらは主として韓国、台湾、香港等の近隣諸国との間で発生しており、不正決済手段としては、近年国際金融市場で急激に強くなってきた円貨や円表示自己宛小切手が多用されている。

図6-14 不正支払、受領の原因別状況(昭和55年)

イ 円表示自己宛小切手による不正決済
 円表示自己宛小切手(預金小切手、保証小切手ともいう。)は、振出人、支払人とも銀行であって現金と同一の信用性があり、隠匿、携帯にも便利であるため、依然として覚せい剤の密輸入、外国企業へのヤミ融資、不正貿易のヤミ決済等の手段として大量に持ち出されている。また、外国のヤミ両替商のなかには、自己宛小切手をプレミヤム付きで買い取る者もいるため、ヤミ両替商に直接売却する目的のみで持ち出す事犯も発生している。これらの海外に持ち出された自己宛小切手は、各種の不正決済手段として再び我が国に還流している。昭和55年に検挙された自己宛小切手による不正決済額は72億7,368万円に上り、全不正決済額の約57%を占めている。
〔事例〕 衣料品を韓国内で行商しているかつぎ屋(女、58)は、韓国のヤミ両替商が円表示自己宛小切手をプレミヤム付きで買い取ることに目を付け、行商のため渡韓する際、自己宛小切手5枚額面合計500万円を腹巻に隠して不正輸出し、ヤミ両替商にプレミヤム付きで売却して、プレミヤム分を現地での滞在費や土産代に充てていた(福岡)。
ウ 会社犯罪を伴う特異事犯
 我が国企業の国際活動は一段と活発化しており、大手企業等による不正決済等の国際経済事犯が多発している。その手段は、ヤミ資金の海外プール、外国金融機関のルートを悪用したヤミ送金等複雑、巧妙なものが多い。また、それに伴って、横領、背任、贈収賄等の会社犯罪を引き起こした社会的反響の大きい特異事犯が発生している。
〔事例〕 国際電信電話株式会社(KDD)は、社用贈答品を海外で調達するため、昭和50年ころから計72回にわたる役員等の海外出張に際して、渉外費、海外支店経費等を名目とした資金約2億3,000万円で、指輪、腕時計、高級ライター等約1万点を買い集め、同行した社員等の個人携帯品として所持させるなどの方法により不正輸入していた。さらに、これに関連して同社の最高幹部らは、社用交際費、会社備品等を横領したり、監督官庁の幹部を海外旅行に招待するなどしていた。この事件で、外為法、関税法違反、業務上横領、贈収賄により1法人、7人を検挙した(警視庁)。
(4) その他の経済事犯
 昭和55年には、いオフゆる金の先物取引をめぐる事犯、有名ブランド商品や高級品を装ったいわゆる偽物商品に関する事犯等が社会的に注目された。
 54年後半から55年初めの世界的な金価格の急騰を背景に、巧みな勧誘によって私設市場における金の先物取引に庶民を巻き込み、多大な損失を与えた事犯が多発した。金の先物取引自体は犯罪となるものではないが、警察は、金の先物取引を装う詐欺等の犯罪の取締りを行っている。55年には、14都府県で21業者(152人)を詐欺等で検挙したが、被害者は約600人、被害金額は約20億円に上った。これらの手口の大部分は、外国の公認の市場や国内の市場で公正な取引を行っているように装い、書面上での建値操作や無断売買によって被害者には正当な取引で損をしたように見せ掛け、証拠金等の名目で現金や有価証券等をだまし取っていたものであった。
 また、偽物商品に関して、55年には商標法違反で154件、57人を、不正競争防止法違反で19件、14人を検挙した。主なものとしては、「カルチェ」マークの皮製品の模造品約7万個を製造、販売したり(警視庁)、本場大島紬の商標を付けた韓国産大島紬約1万9,000点を販売した(京都、千葉)などの事犯が挙げられる。

6 公害事犯の取締り

(1) 公害事犯の実態と取締り状況
ア 公害事犯の検挙状況
 昭和55年の公害事犯の法令別検挙状況は、廃棄物処理法(廃棄物の処理及び清掃に関する法律)違反が4,542件、水質汚濁防止法違反が400件等総数5,456件となっている。我が国の公害行政が緒に就いてから10年が経過したが、過去10年間の検挙状況は、図6-15のとおりで、最近の検挙件数は46年の10倍以上に上っている。
イ 水質汚濁事犯の計画的取締り
 生活環境項目に関する水質汚濁(注)の環境基準を達成していない湖沼、河川、海域は、全公共用水域の33%に上る(環境庁の昭和54年度調査による)。このため警察は、瀬戸内海等の閉鎖性水域、都市内を流れる中小河川、公共下水道等を汚染する悪質な事犯に重点を置いて、計画的な取締りを行い、排水基準違反で289件を検挙した。警察の取締りや行政当局の監視を免れるため、隠し排水ロを設けて排出するもの、夜間や早朝に排出するもの、排水口付近に監視人を置くもの、排出水の量を故意に少なく届け出るもの等

図6-15 公害事犯の法令別検挙状況(昭和46~55年)

の悪質な事犯が数多くみられた。
 排水基準違反を犯した工場等を業種別にみると、金属製品製造業(31.8%)、食料品製造業(20.8%)、セメント製品等製造業(12.8%)の3業種で65.4%を占めている。
 排水基準違反の項目別内訳は、表6-24のとおりで、生活環境項目に関するものでは浮遊物質量や水素イオン濃度が、また、健康項目(有害物質)に関するものでは六価クロムやシアンが多い。
〔事例〕 大手の食肉加工会社は、ハム、べーコン等の生産量を増加させたにもかかわらず、経費節減のため汚水処理施設の増設を怠り、生物化学的酸素要求量に関する排水基準の10倍に上る未処理汚水を、隠し排水管

表6-24 排水基準違反の項目別内訳(昭和55年)

を通じて1年6箇月の長期間にわたって排出し、石狩川水系の河川を汚染していた(北海道)。
(注) 水質汚濁とは、産業排水や生活排水により、相当の範囲にわたって河川、海域等が汚濁され、人の健康又は生活環境に関する被害が生じることをいう。水質汚濁防止法は、六価クロム等人の健康の保護に関する9の項目(健康項目)、浮遊物質量等生活環境の保全に関する14の項目(生活環境項目)について、工場等からの水の排出を規制している。
ウ 産業廃棄物の不法投棄
 昭和55年の廃棄物処理法違反の態様別内訳は、表6-25のとおりで、廃棄物(一般廃棄物と産業廃棄物の両者を含む。)の不法投棄が大部分を占めている。

表6-25 廃棄物処理法違反の態様別内訳(昭和55年)

 不法投棄等(不法投棄のほか無許可の埋立て等を含む。)された産業廃棄物の総量は約35万1,200トンで、その種別、場所別内訳は、図6-16のとおりである。
 警察は、産業廃棄物が不法投棄等された場所の原状回復の指導に努めている。1箇所に10トン以上の産業廃棄物が不法投棄等された場所のうち246箇所について、検挙後の原状回復の状況をみると、全体の80%以上について回復措置が執られている。
 産業廃棄物不法投棄事犯の投棄者別、原因、動機別内訳は表6-26のとおりである。不法投棄の80%以上は排出源事業者によって行われ、その原因、動機は処理費節減のためが45.6%を占めている。また、産業廃棄物処理業者による不法投棄は19.6%であるが、無許可業者によるものが大部分を占めている。
〔事例〕 公害防止事業団から施設を譲り受けて設立された建設汚でいの中間処理組合は、廃酸の処理許可を受けていないのにもかかわらず、事業者多数から委託を受け、推計1,100立方メートルに及ぶ強酸性の工業廃液を、2年以上にわたり農業用水路や公共下水道へ不法に投棄していた(大阪)。

図6-16 不法投棄等された産業廃棄物の種別、場所別内訳(昭和55年)

表6-26 産業廃棄物不法投棄の投棄者別、原因、動機別内訳(昭和55年)

エ 企業責任の追及
 警察は、公害事犯の検挙に当たって両罰規定を積極的に適用し、実行行為者のみならず、企業自身の刑事責任を厳しく追及している。水質汚濁防止法等の排水基準違反で、昭和55年には266法人を検挙した。そのうち48.1%は資本金1,000万円未満の企業であるが、他方、資本金1億円以上の企業も8.0%に上っている。また、廃棄物処理法に違反した処理業者に産業廃棄物の処理を委託した排出源事業者についても、その刑事責任を追及し、786件を検挙した。
(2) 公害苦情の処理
ア 増加を続ける公害苦情
 昭和55年に警察が受理した公害苦情は4万1,860件で、前年に比べ3,769件(9.9%)増加した。その受理、処理の状況は、図6-17のとおりである。受理件数の約92%が騒音に対する苦情で、これらに対して警察では、事案の内容に応じて、話し合いのあっせん、警告、検挙の措置を講じ、公害苦情の87.0%を解決した。

図6-17 公害苦情の受理、処理状況(昭和55年)

イ 騒音苦情の実態
 昭和55年2月と8月に受理した騒音苦情6,306件について、態様別、発生場所別内訳をみると、表6-27のとおりで、音響機器音等(楽器音、カラオケ音等)が一番問題となっている。これに対して警察は、他の態様の苦情と同様、その82.0%を警告によって解決した。

表6-27 騒音苦情の態様別、発生場所別内訳(昭和55年)

7 保健衛生事犯の取締り

(1) 悪質な医事関係事犯
 昭和55年の医事関係事犯の検挙件数は138件で、法令別にみると、「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」違反、医師法違反、歯科医師法違反、歯科技工法違反の順となっている。
 主なものとしては、ニセ医師の前歴者が安全カミソリで切開手術をしていた事犯、医師と無資格者が共謀して無資格者に縫合手術をさせたことから幼児の手の指が曲がらなくなった事犯、数年間にわたり歯科技工士が無免許歯科医業をしていた事犯等が挙げられる。特に、富士見産婦人科病院事件では、医師の倫理、医療のあり方について、大きな論議を呼び起こすに至った。
〔事例〕 富士見産婦人科病院の理事長(55)は、医師と共謀して超音波断層診断装置を無資格で操作し、約200人の患者に対し、子宮筋腫、卵巣のうしゅ等の疾病があり入院手術が必要であると判定、告知するなどの無免許医業等を行っていた(埼玉)。
(2) 薬事、食品衛生関係事犯
 昭和55年の薬事、食品衛生関係事犯の検挙件数は、532件で、法令別にみると、食品衛生法違反、薬事法違反、へい獣処理場等に関する法律違反の順となっている。
 主なものとしては、主婦や老人を対象に、いわゆる健康食品をチラシ、訪問販売等により巧みに宣伝、勧誘し、医薬品として無許可製造、販売していた事犯、無許可飲食店営業者等が不衛生な調理によって食中毒を起こした事犯、食用にすることを禁止されている病死牛肉を、広域にわたって食用として市販していた事犯等が挙げられる。被害に遭った市民のなかには、腹痛、下痢等を訴える者が数多くみられた。
〔事例〕 いわゆる健康食品の販売会社は、自社で開発したいわゆる健康食品を、二日酔い、疲労回復等に効く医薬品として宣伝し、28道府県下の有名温泉地、観光地等の高級ホテル等約200箇所で、自動販売機を利用して販売していた(愛媛)。

8 危険物対策の推進

(1) 火薬類対策の推進
 昭和55年の火薬類盗難事件の発生件数は35件で、前年に比べ8件増加した。最近5年間の発生状況は、表6-28のとおりである。火薬類を取り扱う工事現場等の火工所や火薬類取扱所をねらった盗難事件は7件発生したが、いずれも未遂であった。警察では、火薬類の取扱者に対して、適正な保管管理を行い、火薬類が不正に流出して犯罪に使用されないよう指導に努めている。55年には約18万件の立ち入り検査を行い、保管管理の不適切な552件を火薬類取締法違反で検挙するとともに、見張り人を付けることなく消費現場に火薬類を置くなどの悪質事犯113件については、都道府県知事に対して、火薬類の消費許可の取消処分等の措置を要請した。
 人の生命、身体、財産に害を加える目的で火薬類を使用した犯罪は、55年には5件発生し、前年に比べ9件減少した。特に、前年まで発生していた極左暴力集団による爆弾事件の発生はなかった。

表6-28 火薬類盗難事件の発生状況(昭和51年~昭和55年)

(2) 核燃料物質等の安全輸送対策
 核燃料物質等の使用、運搬量は増大しており、昭和55年には、「核原料物質、核燃料物質および原子炉の規制に関する法律」に基づき、核燃料物質等の運搬について都道府県公安委員会に対し271件の届出がなされ、警察では事故の未然防止に努めた。
 また、核燃料物質等と同様に強い放射能の危険性があり、その安全輸送対策の強化が要請されている放射性同位元素等の運搬についても、4月、「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律の一部を改正する法律」が成立し、事業者等が放射性同位元素等を運搬する場合には、都道府県公安委員会へ届け出ることが義務付けられた。届出を受けた都道府県公安委員会は、放射線障害を防止して公共の安全を図る見地から、日時、経路等必要な事項について指示ができることとなった。
(3) 高圧ガス、消防危険物等による事故の防止
 昭和55年の高圧ガス、消防危険物等による事故の発生件数は1,627件、死者は650人で、前年に比べそれぞれ9件、17人増加した。また、高圧ガス取締法、液化石油ガス法、消防法等の危険物関係法令違反の検挙件数は、1,474件であった。特に、11月には、関係行政機関等との連携の下に、タンクローリー等の危険物運搬車両の全国いっせいの指導取締りを行い、約1万6,000台の車両を検査し、338件の違反を検挙した。
(4) 毒物、劇物対策の強化
 昭和55年には、塩素酸塩類等を爆発物に使用した事件の発生はなかったが、青酸ソーダ等の盗難や運搬中の紛失事故が9件発生した。このため警察では、毒物、劇物使用犯罪を未然に防止するため、9月には、全国の取扱所等約4万7,000箇所に対していっせいに指導取締りを行い、118件の違反を検挙した。
 なお、55年に検挙した毒物及び劇物取締法違反は2万6,083件であるが、このうち99.4%はシンナー等の乱用事犯である。


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