第3章 犯罪情勢と捜査活動

1 犯罪の発生と検挙状況

(1) 全刑法犯の発生状況
ア 犯罪発生は3年連続増加
 昭和51年の全刑法犯(注1)の認知件数は、124万7,631件と、前年に比べて1万3,324件(1.1%)の増加を示し、3年連続の増加となった。
 過去10年間(注2)の全刑法犯認知件数と犯罪率(注3)の推移をみると、図3-1のとおりで、48年に119万549件と過去10年間の最低を記録した全刑法犯認知件数は、49年に再び120万件台に達し、以後増加傾向をみせている。
 50年の増加は、49年と同様に窃盗犯の増加によるものであったが、51年の増加は、窃盗犯が引き続き増加したほか知能犯が大幅に増加したことによる

図3-1 刑法犯認知件数と犯罪率の推移(昭和42~51年)

ものである。また、犯罪率も、49年来の刑法犯認知件数の増加により、わずかではあるが3年連続して増加した。
 51年の刑法犯認知件数の包括罪種(注4)別構成比は、図3-2のとおりで、窃盗犯が84.1%を占めて圧倒的に多く、次いで知能犯、粗暴犯、風俗犯、凶悪犯の順となっている。過去10年間における包括罪種別構成比の推移をみると、窃盗犯以外の認知件数が全体として減少傾向にあるのに対し、窃盗犯の認知件数はおおむね横ばい状態にあるため、相対的にその構成比は増加している。
 なお、凶悪犯及び風俗犯の構成比は、毎年1.0%前後とほぼ一定しており、粗暴犯については、過去10年間減少を続けている。

図3-2 刑法犯包括罪種別認知件数の構成比(昭和51年)

(注1) 犯罪には、「刑法」に規定する刑法犯のほか、刑法以外の各種法令に違反する特別法犯があるが、本章においては、主として刑法犯を対象とし、特に断りのない限り、交通事故に係る業務上(重)過失致死傷は、刑法犯から除外し、「盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律」、「暴力行為等処罰ニ関スル法律」、「決闘罪ニ関スル件」、「爆発物取締罰則」、「航空機の強取等の処罰に関する法律」及び「火炎びんの使用等の処罰に関する法律」の規定に該当する行為は刑法犯として扱う。
(注2) 本章においては、特に断りのない限り、昭和47年5月15日以降の沖縄県の数を含む。
(注3) 本章における犯罪率は、人口10万人当たりの刑法犯認知件数である。
(注4) 「包括罪種」とは、刑法犯を凶悪犯、粗暴犯、窃盗犯、知能犯、風俗犯、その他の刑法犯の6種に分類したものをいう。
凶悪犯…殺人、強盗、放火、強姦
粗暴犯…暴行、傷害、脅迫、恐喝、凶器準備集合
窃盗犯…窃盗
知能犯…詐欺、横領、偽造、涜(とく)職、背任
風俗犯…賭博、猥褻(わいせつ)
その他の刑法犯…公務執行妨害、住居侵入、逮捕監禁、業務上(重)過失致死傷等
イ 主な罪種の発生状況
(ア) 凶悪犯
 昭和51年の凶悪犯認知件数は、前年に比べ366件(3.8%)減の9,336件であった。罪種別にみると、前年に比べ、強姦が12.6%、強盗が8.9%減少する一方、殺人が0.6%の微増を示し、放火が18.2%と大幅に増加しており、罪種によりかなりの差異がみられる。
 なお、強盗は、全体として8.9%の減少であったが、そのうち強盗殺人が74件発生し、前年に比べ32件と大幅に増加したことが注目される。また、過去10年間の罪種別凶悪犯認知件数の推移をみると、図3-3のとおり殺人は横ばい、強盗、強姦はおおむね減少傾向を示している。放火については、45年に急増して以来、若干の増減はあるものの多発状態を続け、51年は更に大幅に増加し、過去20年間の最高となった。

図3-3 凶悪犯認知件数の推移(昭和42~51年)

(イ) 粗暴犯
 昭和51年の粗暴犯認知件数は、前年に比べ6,183件(8.4%)減の6万7,015件となり、40年以来継続して減少している。罪種別にみても、前年に比べて恐喝の19.3%減を最高にいずれも4%以上の減少であった。
 過去10年間における粗暴犯の認知件数の推移は、図3-4のとおりで、凶器準備集合を除き、各罪種とも減少傾向を示し、この10年間でほぼ半減している。

図3-4 粗暴犯認知件数の推移(昭和42~51年)

(ウ) 窃盗犯
 昭和51年の窃盗犯認知件数は104万9,748件で、前年に比べ1万1,806件(1.1%)増と、3年連続して増加した。手口別にみると、市民生活に大きな不安を与える侵入盗は、「空き巣ねらい」、「事務所荒らし」等が減少し、5,328件(1.6%)の減少となった。
 乗物盗は、前年に比べ1万786件(4.0%)増加した。これは、自動車盗が1,133件(3.5%)減少したにもかかわらず、自転車盗とオートバイ盗がそれぞれ1万1,108件(5.8%)、811件(1.8%)増加したことによるものである。また、非侵入盗は、「車上ねらい」と「万引き」がそれぞれ9,466件(11.2%)、6,365件(6.1%)増加したため、全体として6,348件(1.4%)の増加となった。
 過去10年間の窃盗犯認知件数の推移は、図3-5のとおりおおむね横ばい状態で、そのなかにあって乗物盗は、44年以降逐年増加し、特に48年以降大幅に増えており、51年は42年の1.5倍になった。

図3-5 窃盗犯認知件数の推移(昭和42~51年)

(エ) 知能犯
 昭和51年の知能犯認知件数は、前年に比べて7,915件(10.9%)増の8万724件と大幅な増加を示した。
 過去10年間の知能犯認知件数の推移をみると、図3-6のとおりで、49年まで減少傾向にあったが、50年、51年は、詐欺、横領と偽造の増加により2年連続して増加した。また、詐欺の被害額は、前年に比べて16.2%増加して約548億円と過去最高を記録し、1件平均の被害額は約92万円となった。

図3-6 知能犯認知件数の推移(昭和42~51年)

(オ) 風俗犯
 昭和51年の風俗犯の認知件数は、前年に比べ7.8%減の9,508件であった。罪種別にみても、賭博、猥褻(わいせつ)とも同様の減少をみせている。
 過去10年間の風俗犯認知件数の推移をみると、図3-7のとおりで、45年にやや増加したものの、全体的には減少傾向にある。これを罪種別にみると、賭博は、49年まで増加傾向にあったが2年連続して減少し、猥褻(わいせつ)も45年

図3-7 風俗犯認知件数の推移(昭和42~51年)

以降減少を続けている。
(2)全刑法犯の検挙状況
ア 検挙件数、検挙率は10年間の最高
 昭和51年の全刑法犯の検挙件数は74万3,048件、検挙人員は35万9,360人、検挙率は59.6%で、前年に比べ、検挙件数が3万17件(4.2%)増加し、検挙率が1.8%上昇したが、検挙人員は4,757人(1.3%)減少した。
 過去10年間の全刑法犯の検挙状況の推移は、図3-8のとおりで、検挙件数は3年連続の増加で、51年は過去10年間の最高を記録し、検挙率は、最近4年間の57%台から60%弱に上昇してこれまた最高となったが、検挙人員は、ここ数年おおむね横ばいの状態となっている。

図3-8 刑法犯検挙件数、検挙人員及び検挙率の推移(昭和42~51年)

イ 主な罪種の検挙状況
(ア) 凶悪犯
 昭和51年の凶悪犯の検挙件数は8,363件、検挙人員は8,428人で、認知件数の減少に伴い、前年に比べそれぞれ3.1%、8.5%減少したが、検挙率は0.6%上昇して89.6%となった。
 過去10年間の凶悪犯検挙状況の推移は、図3-9のとおりで、検挙率は、90%前後の高率を維持している。
 なお、罪種別検挙率は、殺人96.4%、強姦91.7%、放火88.2%、強盗80.6%である。

図3-9 凶悪犯検挙状況の推移(昭和42~51年)

(イ) 粗暴犯
 昭和51年の粗暴犯の検挙件数は6万1,841件で、認知件数の減少に伴い、前年に比べ7.7%減少しているが、検挙率は0.8%上昇し、92.3%となった。

図3-10 粗暴犯検挙状況の推移(昭和42~51年)

これを罪種別にみると、暴行93.8%、傷害93.3%、脅迫93.3%、恐喝86.3%である。
 過去10年間の粗暴犯検挙状況の推移をみると、図3-10のとおりで、検挙件数は大幅な減少をみせているが、検挙率は90%台の高率を維持している。
(ウ) 窃盗犯
 過去10年間における窃盗犯検挙件数の推移は、図3-11のとおり増加傾向にあり、昭和51年も、前年に比べ2万8,525件(5.3%)増の56万4,285件となり、過去10年間の最高を記録した。また、これを手口別にみると、侵入盗、乗物盗が増加傾向にあり、特に乗物盗の増加が目立っている。
 窃盗犯の検挙人員の推移は、図3-12のとおりで、44年を最低として増加傾向にあり、51年は、前年に比べ3,509人(1.8%)増加して20万1,932人となり、これも過去10年間の最高を記録した。また、これを手口別にみると、乗物盗の検挙人員は、最も少なかった43年の2倍以上に達している。一方、侵入盗の検挙人員は、47年以降横ばい状態となっており、非侵入窃盗の検挙人員も49年以降横ばいで推移している。

図3-11 窃盗犯検挙件数の推移(昭和42~51年)

 過去10年間の窃盗犯の検挙率は、図3-13のとおり44年を最低として上昇傾向にあり、51年は窃盗犯全体で53.8%となった。その内訳は、侵入盗61.3%、非侵入盗59.9%、乗物盗34.9%と、いずれも過去10年間の最高を記録した。

図3-12 窃盗犯検挙人員の推移(昭和42~51年)

図3-13 窃盗犯検挙率の推移(昭和42~51年)

ウ 検挙人員の年齢層別状況
 昭和51年における全刑法犯検挙人員(注5)の年齢層別構成比は、図3-14のとおりで、14~19歳の者が全体の約3分の1を占めている。また、年齢層別にみた犯罪者率(注6)の推移は、図3-15のとおりで、20代、30代が減少傾向にあるなかで、14~19歳は引き続き高率を維持しており、51年は14~19歳と40歳以上とでは6対1の割合となっている。

図3-14 検挙人員年齢層別構成比(昭和51年)

図3-15 年齢層別犯罪者率(昭和42~51年)

(注5) 14歳未満の者による行為は、刑法の対象にはならず、触法少年として取り扱われる。
(注6) 犯罪者率とは、人口10万人当たりの刑法犯検挙人員である。

2 犯罪の特徴的傾向

(1) 強盗殺人事件の激増
 最近5年間の凶悪犯総数、強盗、強盗殺人の発生件数をみると、図3-16のとおりで、凶悪犯総数、強盗は減少ないし横ばいで推移しているが、強盗殺人は、昭和51年には74件発生し、前年に比べ32件(76.2%)と大幅に増加しているのが注目される。
 51年の強盗殺人事件を態様別にみると、42件が「上がり込み」、「居直り」

図3-16 強盗殺人事件の推移(昭和47~51年)

等の侵入強盗であり、そのうち28件が一般住宅を対象としている。
 被害者の年齢をみると、60歳以上の者が22人と最も多く、次いで40代、50代となっており、高年齢者が多い。
 一方、検挙した被疑者を職業別にみると、無職者が36人と半分近くを占めており、被疑者の動機別では、「遊興費欲しさ」が約6割と最も多く、次いで「生活苦」、「事業資金目当て」となっている。
 更に、犯行に使用した凶器をみると、包丁が10件と最も多く、綱、ひも、手ぬぐい類がこれに次いでおり、けん銃は1件であった。これらのことから無職者が金銭に窮した挙げ句、身近で入手が容易な道具を使用して強盗殺人事件を敢行することが多かったことがうかがわれる。
〔事例1〕 長崎の主婦強盗強姦殺人事件
 養魚場の従業員(20)は、7月6日、金を盗む目的で独り住まいをし ている、友人の母親の家に侵入して室内を物色中、被害者(45)に発見されるや同人の頸部を両手で絞めて失神状態にして強姦した上殺害し、現金、預金通帳、腕時計等を奪った。被疑者は、5日後に逮捕された(長崎)。
〔事例2〕 豊中市商店街の喫茶店マダム強盗殺人事件
 塗装工(19)は、金に困った結果、かつて行ったことのある豊中市の商店街の喫茶店マダム(56)を殺害して金を強奪しようと企て、11月6日、客を装って被害者の経営する喫茶店に入り、他の客が出て行くのを待ち、被害者と2人だけになるや両手で同人の頸部を絞めて失神させた上、肉切り包丁で殺害し、現金を強奪した。被疑者は、2週間後の11月20日に逮捕された(大阪)。
(2) 銃器使用犯罪の増加
 銃器使用犯罪は、表3-1のとおりで、昭和40年代半ばころまでは年間100件台の発生で推移していたが、47年に急増して200件を超え、50年には342件と過去10年間の最高を記録し、51年も341件と依然として多発している。

表3-1 銃器使用事件の推移(昭和42~51年)

 銃器の中では、けん銃の増加が著しく、51年には222件と42年の6.3倍となっている。
 殺人について銃器使用状況をみると、51年には85件と42年に比べ1.8倍に 増加しており、強盗、傷害についてもそれぞれ1.9倍、1.3倍と増加している。殺人についてけん銃使用状況をみると、51年は65件と42年に比べ9.3倍になっている。
〔事例1〕 横浜銀行新宿支店けん銃強盗、警察官殺傷、人質事件
 暴力団員に売却する目的でアメリカでけん銃を入手した男(28)が、売却の相手が見つからず金に窮した結果、2月18日午後3時5分ごろ、閉店直後の新宿区歌舞伎町の横浜銀行新宿支店に侵入し、現金30万円を強奪しようとしたが、非常通報により駆けつけた警察官2人に対して3~4メートルの距離からけん銃を4発発射して殺傷し、その後、単独での逃走は困難と考えて従業員を人質に約2時間30分立てこもったが、現場で逮捕された(警視庁)。
〔事例2〕 福岡県における猟銃殺人事件
 久留米市に住む貸金業者(39)は、10月11日、家屋の移転問題のもつれから、隣りの借家人宅に押し掛け、自宅から持ち出した猟銃を数発発射し、テレビを見ていた借家人夫婦を殺害し、その子供ら2人に重傷を負わせた後、自殺した(福岡)。
(3) 人質事件の多発
 過去10年間の人質事件の推移をみると、表3-2のとおりで、昭和49年以降多発傾向にあり、51年には27件と過去10年間の最高を記録した。

表3-2 人質事件発生状況(昭和42~51年)

 最近5年間のハイジャック、シージャックを除いた人質事件で人質となった被害者の総数は、141人で、うち92人が女性である。51年もこの傾向が続き、人質となった被害者56人中33人が女性であるが、18歳以上の男性が18人と激増したことが目立っている。
〔事例〕 宇部市の暴力常習者による持凶器人質事件
 暴力常習者である無職の男(34)は、4月30日、宇部市の元雇主に因縁をつけ、通報により駆けつけた警察官を見るや元雇主ら2人を乗用車に連れ込んで逃走した。犯人は、パトカーに発見されるや車内に灯油をまき、更に人質2人に包丁を突き付けるなどして車内に立てこもったが、約12時間後に逮捕された(山口)。
 一方、検挙された被疑者をみると、依然として成人の無職者が多数を占めており、51年は、検挙された被疑者29人中19人が成人の無職者である。また、同年には、被疑者のうちに暴力団関係者8人、精神障害者、覚せい剤等中毒者12人が含まれていることが目立っている。
〔事例〕 広島市の妻子等を人質とした逮捕監禁致傷、強盗事件
 覚せい剤常用者(39)が、5月22日、広島市で覚せい剤中毒による幻覚症状に陥り、包丁を突き付けて妻子、従業員を人質とし、従業員に自動車を運転させて逃走し、更に釣船に乗り移り海上に逃走したが、約5時間後に逮捕された(広島)。
 最近5年間における人質事件の犯行原因、動機についてみると、表3-3のとおりで、50年までは「現金を奪うため」、「逮捕を免れるため」や「失恋等による自暴自棄」が主たるものであったが、51年は「覚せい剤中毒等による錯乱」が7件と急増したことが目立っている。

表3-3 犯行原因、動機別にみた人質事件(昭和51年)

 最近5年間の犯行に使用された凶器についてみると、包丁、ナイフ、刀剣類を使用した事件が多く、51年も27件中21件に上っているが、けん銃等の銃器を使用したものが4件と最近5年間で最も多かったのが目立っている。
 人質事件は、人質となった被害者の安全な救出を第一として捜査活動が推進されており、51年の人質事件では人質となった被害者をすべて救出した。しかし、人質事件の発生から人質の救出までの時間についてみると、5時間を超えるものの割合が高くなっており、従来に比べ説得、救出等の捜査活動が一層困難化していることを示している。
(4) 大型化する贈収賄事件
 昭和51年の贈収賄事件の検挙件数、検挙人員は1,034件、935人であったがその特徴をみると、県知事ほか地方公共団体の上級幹部の絡んだ贈収賄事件をはじめ、多額賄賂事件、政治資金に名を借りた贈収賄事件、大企業が絡む贈収賄事件、生活環境整備をめぐる贈収賄事件等の摘発が目立った。

図3-17 贈収賄検挙件数及び検挙人員の推移(昭和47~51年)

ア 賄賂額の多額化
 昭和51年に警察庁に報告があった131事件の賄賂総額は、3億2,465万円、収賄者1人平均約100万円であり、前年のそれぞれ2倍強となっている。
 最近5年間の賄賂額1,000万円以上の多額事件は表3-4のとおりである。

表3-4 多額賄賂犯罪の検挙状況(昭和47~51年)

〔事例〕 岐阜県知事ほか県庁上級幹部らの絡んだ汚職事件
 岐阜県知事、県参事ほか県庁上級幹部らは、同県及び関係団体が発注する各種建設工事等についての指名競争入札参加業者の選定等に関し、大手建設業者ら30人から現金等約7,800万円の賄賂を受け取っていた(岐阜)。
イ 目立った政治資金に名を借りた贈収賄事件
 昭和51年は知事等の地方公共団体の首長や県議会議員等による政治資金に名を借りた贈収賄事件の検挙が目立ったが、県知事が検挙されたのは、昭和24年日本シルク社長らの生糸の割当てをめぐる贈収賄事件で埼玉県知事が検挙されて以来、28年ぶりである。
〔事例1〕 福島県知事の大規模開発行為等をめぐる汚職事件
 福島県知事は、開発会社が開発予定していた福島県内における分譲地造成に関する大規模開発についての事前協議の申請及び届出の受理等に関し、開発会社総務部長から、政治資金の名目で現金500万円の賄賂を受け取っていた(福島)。
〔事例2〕 小見川町における公共用地買収委託事業に絡む不正事件並びに千葉県議会議員等の副知事選任や議会審議をめぐる汚職事件
 千葉県前副知事は、小見川第二団地造成事業に伴う公共用地買収委託事務費の算定等に関し、小見川町町長らから現金200万円の賄賂を受け取り、更に、千葉県議会議員2人は副知事選任や公共用地買収委託事務費をめぐる議会審議に絡んで政治資金の名目で前副知事や小見川町町長らから現金200万円の賄賂を受け取っていた(千葉)。
ウ 目立つ大企業が絡む贈収賄事件
 昭和51年は、証券取引所に上場されている会社が絡む贈収賄事件は14事件、22社に上っている。
 また、最近5年間の上場会社が絡む事件の検挙推移は、表3-5のとおりである。

表3-5 上場会社が絡む贈収賄事件の検挙状況(昭和47~51年)

〔事例1〕 横浜市日照相談室長らの建築物の事前審査等をめぐる汚職事件
 大手建設会社6社の社長らは、建設予定の高層マンション建設に伴って生じる日照並びに電波障害を理由に反対する関係住民との紛争や指導等の事前審査に関し、横浜市日照相談室長に対し現金550万円の賄賂を供与した(神奈川)。
〔事例2〕 城陽市助役らの都市開発事業等をめぐる汚職事件
 大手建設会社2社の営業課長らは、同市が発注する市営住宅、学校建設等の公共事業についての請負業者としての指名、入札、工事の施行に関し、城陽市助役に対し現金600万円の賄賂を供与した(京都)。
エ 要求型等悪質化する贈収賄事件
 収賄公務員が贈賄業者へ積極的に賄賂を要求する、いわゆる要求型の事犯が目立った。
 また、昭和51年は、贈賄者から請託を受けて収賄する受託収賄や、不正な行為を行い、あるいは相当な行為を行わなかったことに関し収賄する加重収賄等の悪質事犯も依然として全体の約30パーセントと高率を占め、更に収賄公務員が公文書偽造、横領、詐欺等の刑事事件を併わせて敢行している事犯も目立つなど贈収賄事件は悪質化している。
〔事例〕 大阪府水道部用地対策室主幹らの用地取得をめぐる汚職事件
 大阪府水道部用地対策室主幹らは、浄水場拡張事業に伴う用地買収に際し、用地買収をした地主に代替地を斡旋するに当たり、不動産業者所有の土地を斡旋して多額の利益を得させ、その謝礼として不動産業者らに現金を要求し、現金1,500万円の賄賂を収受し、更に、公印偽造、公文書偽造同行使等を敢行して架空の支障物件等をねつ造し、補償代金名目に大阪府から公金約2,340万円を詐取した(大阪)。
オ 多発した生活環境整備に絡む事犯
 日照権、上下水道、し尿、ごみ処理や産業廃棄物処理等に関する、いわゆる生活環境整備事業は、地方公共団体の重要な行政分野となりつつあり、このため、大都市、地方都市を問わず、これに関連する各種工事の発注をめぐって関係企業が贈賄工作を行うケースが多くなり、その摘発が目立った。
〔事例〕 三芳町衛生課長らの産業廃棄物処理をめぐる汚職事件
 三芳町衛生課長らは、清掃業者が埼玉県内の水田に収集した産業廃棄物を搬入、廃棄処理することの承認及びこれらの業務に対する指導監督、業者選定等に関し、清掃会社社長らから現金等約970万円相当の賄賂を受け取っていた(埼玉)。
(5) 資金繰りをめぐる知能犯罪の増加
 昭和51年は企業の倒産件数、負債総額とも過去最高を記録するなどの厳しい経済情勢が続いた。
 こうしたなかで、知能犯罪は、農協役職員による不正融資等をめぐる背任事件、中小企業経営者らの詐欺事件が目立ち、また知能犯のうちの財産犯(詐欺、横領、背任)について原因別検挙件数をみると、「生活苦」が22.1%、「事業資金のため」が11.8%も増加したのが注目される。
ア 農(漁)業協同組合役職員による背任事件の増加
 昭和51年に警察庁に報告があった農(漁)業協同組合役職員による不正融資や、為替手形の支払引受け等に伴う背任事件の検挙状況は図3-18のとおりで、前年に比べ、事件数3.6倍、検挙人員4.1倍、被害額4.3倍と大幅に増加した。

図3-18 農(漁)協役職員による背任事件検挙状況(昭和50、51年)

〔事例〕 魚津市の農協組合長らの不正融資背任事件
 富山県魚津市の農協組合長、参事らは準組合員である金型業者や包装資材業者に依頼され、確実な担保をとらずに2年8箇月間に合計約23億7,800万円を不正に貸し付け、組合に損害を与えた(富山)。
イ 目立った中小企業経営者らによる手形犯罪
 昭和51年の小切手、約束手形等の有価証券をめぐる知能犯罪の検挙状況は図3-19のとおりで、前年に比べ、検挙事件数1.6倍、検挙人員1.7倍、被害額2.5倍といずれも増加した。次に検挙した被疑者をみると、表3-6のとおり事件数の約半数は中小企業経営者によって行われ、また金融ブローカーの暗躍も目立ち、検挙人員の3分の1を占めている。

図3-19 有価証券をめぐる知能犯罪の検挙状況(昭和50、51年)

〔事例1〕 印刷会社社長らの手形偽造、同行使詐欺事件
 兵庫県の印刷会社社長らは、経営資金に窮し、取引先19社の代表者等の名義を冒用して約束手形98枚を偽造し、金融業者ら25人から割引を口実に計4億500万円をだまし取った(兵庫)。
〔事例2〕 金融ブローカーグループによる手形パクリ事件
 徳島県に住む金融ブローカーを中心とする手形、金融ブローカーグループ13人は、代議士秘書等と詐称して資金繰りに悩む建設業者、造船業者らに近づき政府資金、オイルダラー等の融資あっ旋や割引あっ旋を口実に約束手形をだまし取るなど、東京、兵庫、徳島等12都府県下の45人に対し総額約2億400万円の被害を与えた(徳島)。

表3-6 有価証券をめぐる知能犯罪の被疑者別検挙状況(昭和51年)

3 犯罪による被害の実態

(1) 犯罪による死者は3,031人
 犯罪による死者数の推移は、表3-7のとおりで、昭和43年を最高に減少傾向にあり、51年は3,031人と過去10年間で最低となっている。

表3-7 犯罪による死者数の推移(昭和42~51年)

 罪種別にみると、殺人では、43年以降減少傾向にあったのが47年に増勢に転じ、51年は1,227人となり、強盗殺人では、ここ10年間おおむね減少傾向にあったのが51年は65人と急増している。また、放火による死者数は、増加傾向が著しく、51年は57人と42年の6.3倍となっている。
 犯罪による死者数を故意犯によるものと過失犯によるものとの割合でみると、図3-20のとおりで、49年までは過失犯が過半数を占めていたが、50年にその比率が逆転し、51年は故意犯によるものが53.6%となった。これは、主として殺人、放火の増加、(業務上)過失致死の減少によるものとみられる。

図3-20 犯罪による死者数の故意犯、過失犯別の割合の推移(昭和42~51年)

(2) 財産犯の被害は1,638億円
 財産犯(強盗、窃盗、恐喝、詐欺、横領)の被害額は、逐年増加し、昭和51年は約1,638億円となった。
 過去10年間における財産犯被害額及び消費者物価指数の推移をみると、図

図3-21 財産犯被害額の推移(昭和42~51年)

3-21のとおり財産犯被害額はこの10年間で2.8倍の増加と消費者物価指数(2.7倍)を上回った上昇率を示している。罪種別にみると、51年は窃盗による被害額が約940億円、詐欺による被害額が約550億円と、この10年間でそれぞれ2.6倍、3.4倍となっている。
 51年の財産犯被害額に占める罪種別構成比をみると、図3-22のとおり窃盗が57.1%と最も高く、次いで詐欺、横領等の順となっている。
 被害品目をみると、51年には、自転車が約20万7,000件と最も多く、次いで衣料約10万3,000件、オートバイ約4万6,000件、家庭用電気製品約3万6000件、自動車約3万2,000件となっている。腕時計、貴金属・宝石、カメラ、映写機は、それぞれ1万件台の被害となっている。

図3-22 財産犯被害額の罪種別構成比(昭和51年)

 財産犯の被害者にとっては、被疑者が検挙され処罰されることはもとより、被害の回復も重大な関心事である。
 過去10年間における財産犯の被害回復率の推移をみると、図3-23のとおり全財産犯では20%前後で推移し、51年は18.8%である。罪種別にみると、窃盗は過去10年間おおむね横ばい状態にあるが、最近2年間は上昇傾向にあって、51年は24.6%となり、強盗は48年には61.6%と高率を示したものの以後低下し、51年は24.8%となった。また恐喝は49年の28.8%を最高として以後低下している。

図3-23 財産犯罪種別被害回復率の推移(昭和42~51年)

(3) 被害者等の実態
ア 犯罪の半数が住宅地域で発生
 全刑法犯と殺人、強盗、強姦、傷害、窃盗、詐欺の6罪種について、それぞれの発生地域別構成比をみると、図3-24のとおりで、全刑法犯、各罪種とも住宅地域で多発しており、なかでも凶悪な犯罪である殺人、強盗がそれぞれ56.3%、53.1%と高い比率を占めている。
 一方、経済活動の活発な繁華街においては、詐欺等の知能犯や傷害等の粗暴犯の比率が高く、特に詐欺においては40.3%と住宅地域のそれを上回っている。

図3-24 主な罪種にみた発生地域別構成比(昭和51年)

イ 住宅内での発生が目立つ凶悪犯
 全刑法犯と各包括罪種の発生場所別構成比は、図3-25のとおりである。

図3-25 包括罪種の発生場所別構成比(昭和51年)

 凶悪犯では、住宅内における発生が46.2%と極めて高く、全刑法犯における28.4%をはるかに上回っている。罪種別にみると、殺人は52.8%と特に高く、強盗は住宅内が34.2%と高いが、屋外、路上等における発生が36.1%と最も高くなっている。強姦では、住宅内における発生が路上等における発生よりもはるかに高くなっている。
 粗暴犯では、屋外・路上等における発生が約5割を占めて最も高く、商店等における発生が18.9%とこれに次いでいる。粗暴犯の住宅内における発生は、16.0%で他の罪種に比べて最も低い。
 知能犯では、商店等で29.2%、会社等で24.6%となっている。
ウ 30代に多い殺人被害
 殺人、強姦、暴行・傷害、恐喝、強制猥褻(わいせつ)の年齢層別の被害者率を全年齢を通じた被害者率と対比してみると、 図3-26のとおりで、年齢層により特有の傾向を示している。

図3-26 罪種別にみた年齢層別被害者率(昭和51年)

 強姦、恐喝及び強制猥褻(わいせつ)の被害は、低年齢層、未成年者に多発しており、強制猥褻(わいせつ)は6~13歳に、強姦と恐喝は14~19歳にそれぞれ極端な集中を示している。
 また、殺人、暴行・傷害は、青年層や壮年層に被害が多発しており、殺人の被害は30代が、暴行・傷害の被害は20代がそれぞれ最も多く受けている。
エ 学生・生徒に多い性犯罪の被害
 殺人、強盗、強姦、傷害、窃盗、詐欺、強制猥褻(わいせつ)の7罪種について被害者の職業別構成比をみると、図3-27のとおりで、罪種により差異がみられる。
 殺人では無職者、傷害では工員・労務者、窃盗、詐欺では自営業者の比率がそれぞれ高くなっている。
 また、強姦、強制猥褻(わいせつ)では学生・生徒の比率が高く、なかでも強制猥褻(わいせつ)に占める学生・生徒の割合が53.3%と高率を示している。

図3-27 主要罪種別にみた被害者の職業別構成比(昭和51年)

(4) 被疑者と被害者の関係
ア 面識者による犯行が多い殺人
 罪種別に被疑者と被害者の面識関係の有無についてみると、図3-28のとおりで、殺人では、面識のない者による犯行が全体のわずか16.8%に過ぎないのに対して、強盗では86.2%となっており、両者は際立った差異を示している。これは、殺人が親族殺にみられるように複雑な人間関係から生じる犯行が多いのに対し、強盗は金品さえ奪えば対象は誰でもよいという犯行が多いので、このような差異が生じたものとみられる。
 また、強姦、暴行、傷害は面識のない者による犯行の比率が高く、放火では逆に面識のある者による犯行の比率が高くなっている。
イ 増加した親族殺

図3-28 罪種別認知件数の面識有無別構成比(昭和51年)

 過去5年間における殺人事件の面識関係をみると、図3-29のとおりで、親族による殺人事件は、件数、割合ともに増加傾向にあり、昭和51年は889件(44.5%)となっている。
 これは、社会環境の複雑化、価値観の多様化等が家庭内の人間関係にも反映し、家族間の葛藤が激しくなっていることなどによるものとみられる。

図3-29 殺人事件における面識関係別構成比の推移(昭和47~51年)

4 暴力団の取締り

(1) 暴力団の実態
ア 暴力団の構成員数は11万人
 警察がは握している暴力団の団体数及び構成員数は、昭和51年末現在2,555団体、10万9,955人で前年に比べ、団体数において51団体(2.0%)、構成員数において87人(0.1%)減少している。
 団体数、構成員数がピークであった38年以降の推移をみると、図3-30、図3-31のとおり全暴力団の団体数、構成員数とも減少傾向にあるが、広域 暴力団(注)は、43年以降、約2,000団体でほぼ横ばいの状態が続いている。
(注)広域暴力団とは、2以上の都道府県にわたって組織を有する暴力団をいい、構成員も多く悪質なものが多い。

図3-30 暴力団団体数の推移(昭和38~51年)

図3-31 暴力団構成員数の推移(昭和38~51年)

イ 広域暴力団による組織の系列化の進行
 警察庁指定7団体(注)を中心とする広域暴力団は、警察の強い取締りにもかかわらず、その勢力は依然として根強いものがある。全暴力団中の広域暴力団団体数の比率は年々高まっており、昭和51年には2,555団体中1,995団体(78.1%)となっており、その活動地域は広域にわたり、組織は大規模化している。
 また、51年末では握している警察庁指定7団体の系列下にある暴力団は、約900団体(全暴力団に占める比率38.2%)、約3万4,000人(全暴力団員に占める比率31.2%)となっている。ここ数年来、この比率は漸増の傾向にあり、暴力団の系列化が進んでいることを示している。
(注)警察では46年に広域暴力団の中で特に悪質で勢力の大きい団体、すなわち山口組、大日本平和会、松葉会、稲川会、日本国粋会、住吉連合及び元極東愛桜連合会を警察庁指定7団体とし、その取締りの強化を図っている。
(2)市民生活を脅かす暴力団
ア 戦後最高を記録したけん銃押収数
 昭和51年に暴力団取締りによって押収したけん銃、日本刀、あいくち等の凶器の数は9,547点である。このうち、けん銃は図3-32のとおり1,350丁で、前年に比べ20丁(1.5%)増加し戦後最高を記録した。

図3-32 けん銃押収数の推移(昭和47~51年)

(ア)銃器発砲事件の多発
 昭和51年に暴力団員がけん銃、猟銃等を発砲した事件は118件で依然として多発している。
 使用した銃器はけん銃が90件、その他の銃砲24件、けん銃、猟銃の同時使用が4件となっている。
 これらの銃器の発砲により暴力団とは関係のない一般市民5人が死亡し、9人が負傷するなど市民に大きな不安と恐怖を与えた。また暴力団員は20人が死亡し、55人が負傷した。
〔事例〕 山口組系組員によるスナック客の射殺事件
 山口組系の中村組組員(40)は、9月深夜、大阪市内のスナック店内において、たまたま同席した2人の客と飲酒中、ささいなことから口論となり所持のけん銃で両人を射殺した(大阪)。
(イ) 真正けん銃押収数の増加
 真正けん銃の押収数は年々増加の傾向を示しており、昭和51年に押収した真正けん銃は390丁で、50年の322丁に比較して68丁の増加となっている。
 特に、51年の特徴としてはいわゆるモデルガンを改造したけん銃の押収数が若干減少し、密輸されたと推定される真正けん銃が大幅に増加していることが注目される。
 これは精度、殺傷能力の非常に高い真正けん銃を対立抗争等に備えて準備する傾向が強まったこと、これに伴って大がかりなけん銃密輸事件等の発生したことなどがその背景として考えられる。
〔事例1〕 住吉連合系江島一家幹部らによるけん銃密輸事件
 住吉連合系江島一家幹部(30)らは、50年11月ころから51年3月までの間、知人を介して知り合ったアメリカ人密輸グループがカリフォルニアやハワイで仕入れて密輸したけん銃約160丁を都内のホテル等で買い受け、住吉連合や他の暴力団に密売していた。この事件で被疑者9人を検挙し、けん銃38丁を押収した(警視庁)。
〔事例2〕 稲川会系山田一家組員らのバンコクルートのけん銃密輸事件
 稲川会系山田一家組員(42)らは、タイ国バンコクにおいてけん銃を買い入れ、50年9月ころから51年3月までの間、けん銃をアルミはくに包み、亀の縫いぐるみや二重底のバックに忍ばせて隠匿した上、組員や現地人を旅行者に仕立てけん銃118丁、実包2,360発を密輸入し国内の暴力団に密売した。この事件で被疑者7人を検挙し、けん銃30丁を押収した(警視庁)。
イ 暴力団の対立抗争事件
 対立抗争事件は図3-33のとおり昭和51年は66件発生し前年に比べ23件減少したが、内容的には白昼、商店街で暴力団の組長がけん銃で射殺される事件が発生したり、対立抗争事件に巻き込まれて一般市民に被害者が出るなど市民に大きな恐怖と不安を与えた。

図3-33 暴力団対立抗争事件発生件数の推移(昭和47~51年)

(ア) 対立抗争事件の特徴
 対立抗争事件の特徴としては、銃器使用事件が多発したこと、テロ化 が目立ったこと、市民が巻き添えとなる危険性が強まっていることなどが挙げられる。
 対立抗争事件における銃器の使用は昭和51年は66件中41件(62.1%)で、このうち36件がけん銃を使用しており、対立抗争事件の第2のピークであった45年が129件中18件(14.0%)であったことと比べ大幅に増加している。
 また、51年の対立抗争事件における死者は24人(前年は26人)であり、そのうち市民1人が巻き添えとなって死亡している。
〔事例〕 山口組系佐々木(道)組と松田組系大日本正義団との対立抗争事件
 山口組と松田組は、これまでなわ張りをめぐって対立抗争を繰り返していたが、51年10月の白昼、買物客でにぎわう、大阪市内の商店街で、山口組系佐々木(道)組さん下組員(30)らが、松田組系大日本正義団会長をけん銃で射殺した(大阪)。
(イ) 対立抗争事件の背景
 最近の対立抗争事件の背景として、経済不況の影響による資金源のひっ迫と暴力団の組織統制力の低下が挙げられる。警察の資金源に対する集中取締りや暴力団の上納金の増加等の事情がますます資金源のひっ迫に拍車をかけ、資金源の維持と獲得をめぐって抗争が多発している。
 また、広域暴力団の組織の統制力が低下して、同一系列団体同士が対立抗争事件を引き起こしたり、中小の暴力団がこうした事情を読み取って攻勢に転じている例もみられる。
ウ 多様化する資金源
 暴力団は、組織を維持、拡大するために、多額の資金を必要とするが、その資金獲得活動は、合法的なものと非合法的なものに区別できる。
 警察庁がは握したところによると、昭和51年における暴力団の合法的資金源は、風俗営業、金融業、スナック、飲食店、建設業を中心として、約2万7,000の企業に関係しているが、は握されていないものもかなりあると思われるので、暴力団が何らかの形で取り扱った商品やサービス等が国民生活に相当浸透していると推定される。
 非合法資金源としては、ノミ行為、と博、覚せい剤の密売、不法な債権取立て、企業恐喝等が目立っている。特に最近は、警察の取締りと経済不況等により、金融業、総会屋等への著しい進出にみられるように、新しい資金源を求めて金になるものには何にでも手を出す傾向をますます強めており、特に総会屋へは、暴力団自体が進出するとともに既成の総会屋との結託を強めてこれを支配下に置くなどの動きがみられ、極めて危険な動向として注目される。
〔事例1〕 兵藤会会長らによる相互銀行法違反事件
 兵藤会会長(41)らは、49年6月ころから51年9月ころまでの間、無免許の頼母子講をはじめ、講員23人から総額約1億4,000万円を掛金として受け入れ、約1,500万円の利益を得ていた(愛媛)。
〔事例2〕 暴力団幹部による債権取立てに名を借りた恐喝事件
 山口組系加茂田組幹部(42)は、佐賀市内の金融業者から、債権取立てを依頼され、49年8月上旬ころ、神戸市内の会社事務所に債務者の会社社長を監禁し脅迫を加え、3回にわたって同人から現金400万円、エメラルド指輪6個、山林権利証等総額2,380万円相当を脅し取った(兵庫)。
〔事例3〕 山口組系暴力団組員らによる賛助金に名を借りた恐喝事件
 山口組系暴力団組員(37)は、総会屋と結託して、それぞれ配下20数人を使い49年3月中旬ころから50年8月下旬ころまでの間、北陸地方の上場会社10数社から、株主総会出席謝礼や賛助金名で現金約640万円を脅し取った(大阪)。
(3) 暴力団対策の推進
 暴力団の取締りについては、ここ10数年来、強力な取締りを継続実施し、その勢力を半減させている。昭和51年も広域暴力団の組織壊滅を目標に、国民の協力を得て第三次頂上作戦を強力に展開するなど間断のない取締りを推進した。
ア 検挙状況
 昭和51年の暴力団犯罪の検挙件数は6万8,953件、検挙人員は5万6,423人で、検挙人員は前年に比べ3,365人(6.3%)増加している。また、首領、 幹部級組員8,735人を検挙し、267団体を壊滅又は壊滅状態に追い込んでいる。
 罪種別検挙状況は、表3-8のとおりで、検挙人員の多いものは、傷害、暴行、覚せい剤取締法違反、と博、恐喝の順となっている。特に51年には、銃器発砲事件や対立抗争事件に関連した銃砲刀剣類所持等取締法違反、凶器準備集合等の増加が目立っている。

表3-8 暴力団犯罪の罪種別検挙状況(昭和50、51年)

イ 総会屋等の犯罪に対する取締りの強化
 多様化する暴力団の資金獲得活動を封圧するための一環として、昭和51年5月から総会屋等の犯罪に対する取締りを強化した。
 この結果、51年は恐喝、傷害、詐欺等492件、310人を検挙した。また、51年に設置された企業連絡協議会等は68団体で、これらの団体は、賛助金等の打ち切り、被害届の励行等を決議して、総会屋等の締め出しを行った。
ウ 第三次頂上作戦の展開
 警察では、昭和50年9月から多発する暴力団の対立抗争事件を防圧し、関係暴力団の組織の壊滅を進めるため、第三次頂上作戦を実施している。
 51年もその一環として、3月9日、10月28日の2回にわたり、全国の警察力を動員して、暴力団に対するいっせい集中取締りを実施した。
 この結果、首領126人を含む4,137人の暴力団構成員を検挙し、けん銃67丁を含む多数の武器を押収した。
エ 今後の課題
 暴力団は、資金源のひっ迫と組織統制力の低下等から今後も対立抗争事件を繰り返すことが懸念される。また、表面上は低姿勢を装って合法的資金源に食い込み、組織存続の正当性を主張しながら、その裏で暴力団の威力を示し、各種犯罪を巧妙に繰り返すものとみられる。
 このため、暴力団犯罪の取締りは
○ 首領、幹部級の反復検挙
○ 資金源の解明とその封圧
○ けん銃その他武器の押収
 等を支柱とした第三次頂上作戦を更に強化し、長期かつ計画的に組織の壊滅を図っていく必要がある。
 また、暴力団の存立基盤をなくすために、暴力排除気運の醸成に努めるとともに国民と協力して、地道に、粘り強く暴力団対策を推進する必要がある。

5 国際犯罪の捜査

(1) 国際犯罪者の跳梁(りょう)
 過去10年間に日本で検挙された外国人被疑者数の推移をみると、総検挙人員はおおむね減少傾向を示しており、またそのうちの刑法犯による検挙人員も減少してきている。しかし、中国人、韓国・朝鮮人及び在日米軍関係者以外の外国人の刑法犯検挙人員は、長期的には増加傾向を示している。
 犯罪の内容についてみても、最近は国際的な常習犯罪者による窃盗、詐欺等の悪質な犯罪がしばしば発生しており、特に本年は、ICPO-インターポール(国際刑事警察機構)事務総局から国際手配書が発行されていた窃盗と詐欺の常習犯罪者それぞれ1人が、我が国において検挙されたことが特筆される。
 国際手配書は、ICPO事務総局において、加盟各国の要請に基づいて発行されるもので、我が国の要請に基づくものとしては、愛知県における古美術品窃盗被疑者と大阪府における輸入名目の宝石詐欺被疑者について、それぞれ49年9月と51年5月に、また、日本赤軍関係者6人について50年8月に国際手配書が発行された。このうち日本赤軍関係者の奥平純三及び日高敏彦は、51年ヨルダンにおいて身柄を拘束され、日高は同国において自殺し、奥平は我が国に強制送還された。
 ところで、諸外国との国際交流の活発化に伴い、我が国に入国してくる外国人数は年々増加の一途をたどっており、51年の入国外国人数は、前年に比べ10万905人増の88万1,203人に上っている。こうした傾向から、これらの国際犯罪者が一般旅行者に紛れて我が国に入国してくる例が今後も増加していくものとみられ、警察庁においては、国際手配書により手配された国際犯罪者について各都道府県警察に通報し、国内における発見に努めるとともに、ICPO加盟各国との情報交換を行い、これら犯罪者による犯罪の予防と検挙に努めている。
〔事例1〕 ウルグアイ人による両替詐欺事件
 東京都と神奈川、埼玉両県下において、現金両替を名目に合計11件の詐欺を行っていたウルグアイ人(39)を、2月神奈川県警察において逮捕したが、被疑者は、ICPO事務総局から常習的な両替詐欺犯として国際手配書が発行されていた者で、6箇国において合計14回の犯歴があることが判明した。
〔事例2〕 南米系外国人によるスリ事件
 東京都と大阪府下において、合計10件に上るスリを行っていたチリ人ら合計18人を8月下旬から12月下旬にかけて、警視庁と大阪府警察において逮捕したが被疑者らのほとんどの者は数多くの犯歴を有するスリ常習者であり、特に1人のペルー人(34)は、ICPO事務総局から国際手配書が発行されており、ペルー、イタリア、オランダ、ドイツにおいて犯歴があることが判明した。
(2) 海外における日本人の犯罪
 昭和51年に、日本人が外国で犯罪を行って検挙され、ICPOルート又は外交ルートにより通報を受けた数は、165人に上り、犯罪地国は38箇国に及ん

図3-34 日本人の外国における犯罪(昭和42~51年)

でいる。過去10年間の状況は、図3-34のとおりで、日本人の出国者数の増加に伴い増加傾向を示している。
〔事例〕 バリ滞在中の日本人留学生(26)がフランス人女性A(27)に失恋し、無理心中しようと決意し、いったん帰国して7月13日宮崎市において実母を殺害した後再びパリに渡り、同月16日A宅において、Aの母親、父親及びAを次々と殺害し、更にA宅に放火して自らも自殺した事案について、フランス警察との捜査共助により被疑者の身元を確認するとともに、それまで認知されていなかった宮崎市内における被疑者の実母殺害事件を解決した。
(3) 外国警察との捜査共助
 日本人の海外旅行者の増加と外国から我が国への来訪者の増加等諸外国との人的交流の増大に伴い、国際的な広がりをもってきた犯罪に対応するため

図3-35 国際犯罪に関する情報の発、受信状況(昭和47~51年)

には、国内における我が国の捜査だけでは十分でなく、外国警察との捜査共助が極めて重要になってきている。
 こうした国際捜査共助のための代表的な機関がICPOであり、我が国はその活動を通じて加盟各国と犯罪情報の交換その他各種の、捜査協力を活発に行っている。
 最近5年間の我が国のICPO事務総局及び加盟各国との国際犯罪に関する情報の発、受信の状況は図3-35のとおりで、犯罪の国際化の傾向を反映して増加傾向を示している。
 昭和50年10月のICPO第44回総会における我が国の提案に基づき、51年2月に、パリにおいてICPO事務総局主催による「組織的暴力犯罪の未然防止に関するシンポジウム」が開催され、日本赤軍のような組織的暴力犯罪に関する情報交換等この種犯罪の未然防止策について検討がなされた。
 また、逃亡犯罪人の引渡請求や捜査員の海外派遣、その他外交ルートによる国際捜査協力も重要であり、特にICPO未加盟国の警察当局との捜査共助は、外交ルートを通じて行われている。
 51年における国際捜査共助の状況は次のとおりである。
ア 逃亡犯罪人の引渡し
 重要被疑者の国外逃亡事案については、ICPOルートによりその所在調査を外国警察当局に依頼するとともに、所在が判明した場合には、その国の法制度、我が国とその国との間の逃亡犯罪人引渡条約の有無その他諸般の事情を勘案しつつ、逃亡犯罪人として正式に引渡請求を行い、あるいは国外追放等による事実上の引渡しを要請するなど逃げ得を許さないとの基本方針で臨んでいる。
〔事例〕 福岡市内における日本人妻殺害事件
 昭和50年9月、福岡市内のホテルにおいて、日本人女性を殺害してアメリカに逃亡していたアメリカ人被疑者(57)について、51年11月、日米犯罪人引渡条約を適用して引渡請求を行っていたところ、アメリカ関係当局においては、同年12月被疑者の身柄を拘禁し、52年1月我が国に 被疑者の身柄が引き渡された。
イ 外国警察官の来日
 日本人が海外において犯罪を行い、あるいは犯罪の被害者となり、そのほか何らかの形で外国において犯罪に関係を有する事例が多くなってきておりこうした情勢を反映して、外国警察が我が国に対して捜査共助を依頼してくる事例が増加している。その中でも、事案が複雑で調査事項が多岐にわたるような場合には、当該外国の警察官が我が国を訪れて調査活動を行うことを要望してくる場合がある。このような場合には、警察庁において関係当局とも協議の上、一定の条件の下に、来日した外国警察官の調査に協力することとしている。昭和51年においては、ロンドンのヒースロー空港における貴金属等の連続窃盗(荷抜き)事件を捜査中の英国ロンドン警視庁が、その裏付調査のため2人の警察官を我が国に派遣してきた事例をはじめ、数筒国から警察官が来日している。
ウ 我が国警察官の海外派遣
 最近、国際的な広がりを有する犯罪がしばしば発生し、捜査の必要から外国警察に事実関係の調査等を依頼するだけでなく、捜査官を海外に派遣して関係者から直接事情聴取をする事例がみられる。
 昭和51年2月に表面化したアメリカのロッキード・エアクラフト社の航空機売り込みをめぐる各種不法事犯の捜査において、香港の金融関係の会社社長らから事情聴取をするため、3月同地に警察官2人が派遣されたほか、暴力団員らによるアメリカから我が国へのけん銃の大量密輸入事件に関連して、アメリカ当局において検挙したアメリカ人被疑者ら3人から事情を聴取するため、6月警察官2人がハワイに派遣された事例がある。
エ その他の国際捜査共助事例
 その他の国際捜査共助の事例としては次のようなものがある。
〔事例1〕 ソ連船バイカル号における女子大生殺人事件
 ロシア語研修のため、7月27日横浜港からソ連観光船「バイカル号」に乗船してナホトカに向かう途中、同船上から行方不明となっていた東 京外国語大学女子学生(21)が、8月3日、北海道瀬棚郡瀬棚町の沖合1.6キロメートルの海上において死体となって発見された事案について、外交ルートを通じてソ連当局に対し、我が国における捜査状況を通報するとともに、ソ連側における捜査状況の詳細について通報を要請した。
〔事例2〕 ノルウェーで発見された身元不明白骨死体事件
 9月、ノルウェーにおいて、日本人と思われる男性の白骨死体が発見された事案について、ノルウェー警察当局から外交ルート及びICPOルートを通じて資料の提供を受け、関係都道府県警察において乏しい資料をもとに地道な調査を行った結果、送られてきた歯型の写真と同人の生前の歯のレントゲン写真とが一致し、11月その者の身元を確認した。

6 選挙違反の取締り

(1) 第34回衆議院議員総選挙の違反取締り
 第34回衆議院議員総選挙は、「ロッキード事件」や地方自治体の汚職事件等を契機として、国民の政治や行政の腐敗に対する監視の目が、従来にも増して厳しくなり、公正で清潔な選挙の実現を求める世論の高まりを背景に、公職選挙法施行後初の任期満了選挙として、11月15日に公示され、12月5日に施行された。
 警察は、昭和50年7月の公職選挙法改正後初の総選挙を迎え、「明るく正しい選挙」の実現に寄与すべく、不偏不党、厳正公平な取締りを実施した。
 その結果は次のとおりである。
ア 検挙状況
 検挙状況(投票日後90日現在)は表3-9のとおり6,747件、1万1,212人であって、前回(昭和47年)に比べ、件数で2,338件(25.7%)、人員で4,694人(29.5%)の減少となっている。
 罪種別にみると、買収が件数で全体の88.2%、人員で全体の87.6%を占めている。

表3-9 衆議院議員総選挙における違反検挙状況(第33回:昭和48年3月10日現在 第34回:昭和52年3月5日現在)

イ 警告状況
 警告の実施状況は、表3-10のとおり前回に比べて5,753件(29.1%)増加した。

表3-10 衆議院議員総選挙における違反警告件数(第33回:昭和48年1月10日現在 第34回:昭和52年1月5日現在)

(2) 参議院議員補欠選挙の違反取締り
 参議院議員補欠選挙は、秋田地方区(5月23日施行)、新潟地方区(12月12日施行)、奈良地方区(9月26日施行)、大分地方区(9月26日施行)、宮崎地方区(12月12日施行)で行われ、文書違反、戸別訪問、自由妨害等で27件、35人を検挙した。
(3) 地方選挙の違反取締り
 昭和51年に施行された地方公共団体の長及び議会の議員の選挙は、8知事選、1指定市長選、1県議選、596市町村長選及び382市町村議選(うち補欠選挙120件)の計988件であり、これらの選挙における違反検挙状況は、表3-11のとおりである。

表3-11 昭和51年の各種地方選挙における違反検挙状況(昭和52年4月1日調べ)

7 科学捜査の推進

(1) 現場鑑識体制の強化
ア 困難化する採証活動
 捜査活動が長期化、困難化する情勢の下で、犯罪の早期解決を図るためには、現場資料の早期確保等科学捜査の中核である犯罪鑑識の機能が十分発揮 されることが必要である。
 犯罪現場は、事件を解決するための証拠や捜査情報の宝庫であるが、近年、この現場からの資料の採取が難しくなりつつある。すなわち、最近、いわゆる新建材その他の合成樹脂製品が建築物、家具等に広範囲に普及し、これらに残された指紋の分泌物は短時間のうちに吸収あるいは拡散されるため、現場指紋の採取が困難になっている。また、道路舗装が進み、あるいは屋内でのじゅうたん等の使用度が増加したことにより、顕在足こん跡が残りにくくなってきている。一方、住宅構造や生活様式の変化に伴って、被害者側から早期の臨場、採取、現状回復が要求されることもあって完全な現場保存が困難になってきているなど現場鑑識活動を取り巻く環境は年々厳しくなってきている。
 このような現状の下で現場鑑識の徹底を図るためには、現場臨場体制の強化に努めるとともに、指紋、足こん跡その他現場資料の採取技術の向上や新しい資器材の研究開発等の諸施策を強力に推進することが必要である。
イ 鑑識の機動化
 このような情勢に対処するため、高度な技術を身に付けた鑑識係員が常時待機し、資器材を完全装備した鑑識車両を駆使して、犯罪現場に早期に臨場して、迅速、的確に資料を採取し活用する機動性を持った現場鑑識体制を確立することが急務である。
 最近、一部の都道府県警察において、いわゆる機動鑑識班の名の下に試行がなされており、殺人、強盗、ひき逃げその他の重要事件や侵入窃盗事件の発生に際し、いち早く現場へ臨場して捜査活動と一体となって鑑識活動を行い、採取した資料を直ちに捜査へ活用するなど相当の効果を挙げている。
 今後、こうした機動鑑識班を犯罪多発地域を中心に整備し、現場鑑識体制の充実強化を図ることが必要である。
〔事例〕 埼玉県で6月発生した窃盗事件現場に機動鑑識班が臨場し、散乱していたガラス片から指紋を採取した。直ちに、この指紋を保管資料と対照して被疑者を確認し、出動中の捜査員に手配して逃走中の犯人をス ピード検挙した(埼玉)。
(2) 多様化する資料の鑑定、検査
 犯罪の科学的証明に最も重要な鑑定、検査は年々増加している。昭和51年に都道府県警察で行った鑑定、検査件数は、33万4,987件に達し、昭和47年の1.4倍に増加している。
 その内訳をみると、法医資料10万5,840件(1.1倍)、化学資料15万573件(1.8倍)、物理資料3万2,121件(1.6倍)、その他資料4万6,453件(1.3倍)となっており、中でも、最近の犯罪情勢を反映して、物理資料の銃器、弾丸類及び化学資料の麻薬、覚せい剤、シンナー等の鑑定、検査が著しく増加している。
 これらの鑑定、検査を効率的に行うため、都道府県警察の技術担当職員に対し、研修による技能の高度化を図る一方、原子吸光光度計その他新鋭器材の導入を進めているほか、特に高度な鑑定、検査に対処するため、東京、大

阪、福岡及び北海道に鑑識センターを設置している。
ア 銃器、弾丸類
 暴力団の対立抗争事件等により押収された銃器、弾丸類の鑑定、検査件数は図3-36のとおり昭和50年以降急激な増加を示している。銃器の中では、がん具けん銃を改造した改造けん銃の鑑定、検査が特に増加している。
 銃器、弾丸類の鑑定、検査は、銃器についてはその構造、発射機能、殺傷能力等について、弾丸類については発射した銃器を確認するほか犯罪経歴を調べるための弾丸、薬きょうの比較検査等が行われている。

図3-36 銃器、弾丸類の鑑定、検査状況(昭和47~51年)

イ 麻薬、覚せい剤、シンナー等
 麻薬、覚せい剤やシンナーその他の有機溶剤の鑑定、検査状況は、図3-37のとおりで、昭和50年10月、「シンナー規制法」(毒物及び劇物取締法)の一部改正によって、トルエン、塗料が規制の対象となり、取締りが強化されたことに伴い、シンナーその他の有機溶剤の鑑定、検査が著しく増加した。

図3-37 麻薬、覚せい剤及びシンナー等有機溶剤の鑑定、検査状況(昭和47~51年)

(3) 見直される足こん跡
 過去10年間の現場足こん跡の採取、利用状況は、図3-38のとおりで、昭和51年の採取件数は9万6,550件、確認件数は1万4,468件で10年前に比べ著しく増加している。
 犯罪現場で犯人が行動したあとには、必ず足跡、車両のタイヤこんをはじ め、金庫や窓をこじ開けた際の工具こん等各種のこん跡が残される。この残された足こん跡を詳細に検査すれば、足紋(素足こん)からは指紋と同様、直接犯人を割り出すことができ、履物こんからはその大きさ、形状、摩滅、

図3-38 現場足こん跡採取、利用状況(昭和42~51年)

欠損その他の特徴によりそれぞれ異同識別ができる。また、足跡やタイヤこんからは履物、タイヤ、自動車の種別、名称、メーカー等を割り出すことが可能であり、事件手配に活用しているほか、これにより同一犯人による犯行を確認することができるので、よう撃捜査にも利用している。更に、犯人検挙後は、犯行の裏付け、余罪の確認等の証拠資料として活用できる。
 現在、足こん跡鑑識業務は各都道府県警察単位で運用されているため、広域的な犯罪には十分機能し得ない体制にある。そこで今後は広域的な同一犯行の確認や手配及び被疑者の特定等を行うための足こん跡鑑識資料の効果的運用方策を検討するなど、足こん跡鑑識業務の充実強化を図っていくことが必要である。
〔事例〕 徳島県で3月、連続窃盗事件が発生したが、現場から採取した足跡により、犯人の履物がサンダルであることが判明したので手配し、4月、犯行容疑が濃厚な運転手の足跡を入手して現場足跡と比較対照した結果、特徴点が合致したので逮捕し、9府県に及ぶ約1,100件の窃盗事件を解決した(徳島)。

8 犯罪情勢の変化に対応する捜査活動の推進

(1) 長期化、困難化する捜査活動
ア 捜査の長期化
 犯罪の早期検挙は、地域住民の不安を解消し、第2、第3の犯罪の発生を防止する意味からも、また、捜査の効率性からも極めて重要である。しかし、犯罪の質的変化、捜査を取り巻く環境の変化に伴い、事件の発生から検挙までの捜査期間は次第に長期化している。
 全刑法犯及び主要罪種の即日検挙率(注)の推移をみると、全刑法犯では、42年の14.0%が51年には11.4%と落ち込んできており、また凶悪犯、粗暴犯については、最近数年間はおおむね横ばい傾向にあるものの40年代初期の水準に比べれば著しく低下しており、特に殺人は42年の69.4%から51年の43.3%へと低下傾向が著しい。
 次に、全刑法犯及び凶悪犯について、事件の発生から検挙までの期間をいくつかの期間に区分し、それぞれの期間中に検挙された事件件数の全検挙件数中に占める比率の推移をみると、図3-39のとおりで、全刑法犯では、即日検挙比率が43年の24.1%から51年の19.6%へと低下し、1箇月末満の累積検挙比率をみても43年の51.2%から51年の43.9%へと低下している。また、凶悪犯では、即日検挙比率が43年の43.9%から51年の32.4%へと大幅に低下し、1箇月末満の累積検挙比率も43年の77.8%から51年の69.7%へと低下している。

図3-39 全刑法犯及び凶悪犯の累積検挙比率(昭和43、51年)

(注) 即日検挙率とは、犯罪の認知件数に対する即日検挙件数の比率をいう。
イ 難しくなった捜査活動
(ア) 難しくなった聞込み捜査
 都市化の進展により、犯罪捜査を取り巻く環境は次第に変化しつつあり、基本的捜査活動である「聞込み捜査」はますます困難となっている。
 全刑法犯の総検挙件数に占める聞込みを端緒とした検挙件数の割合は、昭和47年の10.8%から51年の6.8%へと大幅に低下している。例えば、都会の雑踏の中で犯罪が発生すると、人々はこれに大きな関心を持って犯罪現場へい集するが、捜査活動が開始されると協力を渋る傾向がみられる。一方、住民に積極的に協力しようという意思があっても、隣人の名前はもちろん顔さえ知らないケースがあり、このためマンションやアパートへ捜査員が聞込み捜査に行っても必ずしも十分な情報を得られないのが実情である。
 このような傾向は、都市部のみならず、徐々に郡部にも波及しつつある。
(イ) ぞう品捜査の困難化
 ぞう品捜査(注)は、財産犯、特に窃盗犯捜査の有力な捜査方法とされてきたが流通機構の変化や大量生産、大量消費時代に入り、被害品の特定の困難化、ぞう品の処分方法の巧妙化等により、ぞう品捜査は次第に困難化している。
 ぞう品捜査を主たる端緒とする検挙の構成比の推移をみると、表3-12のとおりで、全刑法犯、凶悪犯、知能犯のいずれの場合にもその構成比は低下

表3-12 ぞう品捜査を主たる端緒とする検挙の構成比の推移(昭和47~51年)

している。
(注) ぞう品捜査とは、強盗、窃盗、詐欺、横領等の財産犯について、その被害品を確定し、種類特徴を明らかにするとともにその移動経路に従って手配、立入調査、職務質問等を行い、犯人を発見する捜査である。
(ウ) 広域化、スピード化する犯罪
 犯罪の広域化、スピード化は、捜査活動に大きな影響を与えている。例えば、犯人が住居地を離れて犯罪を敢行したり、数府県にまたがって犯罪を行うなど捜査の対象範囲が増大し、逃走手段のスピード化によって現場での犯人捕捉が困難になってきている。
 検挙件数に占める自動車利用事件の構成比は、表3-13のとおりで、殺人はここ数年増加傾向にあり、侵入窃盗も、昭和42、43年当時と比べて高い比率を示している。

表3-13 検挙件数に占める自動車利用事件の構成比の推移(昭和42~51年)

(2) 捜査活動の近代化を目指して
 最近の犯罪の複雑、巧妙化に対処し、真に国民の負託にこたえる捜査活動を推進するためには、新しい捜査手法の開拓と捜査体制の整備が重要な課題である。
ア 早期検挙活動の推進
 捜査の長期化、困難化に対処するためには、犯罪の証拠や情報の収集分析によって組み立てられていた従来の伝統的な捜査手法に加えて、犯人を現場 において早期に捕捉する捜査手法を定着させていかなければならない。このためには、機動捜査隊の拡充強化、常設検問所等を中心とした緊急配備体制の整備、あるいは携帯無線機その他の通信機材の整備等事件発生の初期段階での捜査体制の確立が必要である。
 機動捜査隊は、犯人の早期検挙と夜間の捜査体制の補強を主たる目的として設置され、犯罪の多発する都市部やその周辺部を中心に車でパトロールし、事件発生時の初動捜査や犯行予測に基づくよう撃捜査に当たっている。隊員は、24時間の常時捜査態勢をとるため交替制勤務を行っており、捜査用資器材を備えた捜査用自動車に乗車し、その組織力、機動力を駆使して科学的効率的な捜査活動を実施している。
イ よう撃捜査の推進
 捜査の長期化、困難化に対処するためには、犯罪を認知してから捜査活動を開始する従来の捜査方法だけでは不十分であり、あらかじめ、犯罪発生が予想される場所に警察官が張り込み、犯人を捕捉する先制的な捜査方法の確立が必要である。よう撃捜査はこのような考え方に立って、一定の地域、一定の時間帯に犯罪が多発する場合、あるいは同一犯人によるものと思われる犯行が連続的に発生する場合に、これらの犯罪に関するデータを分析し犯行を予測して、犯行現場で犯人を捕捉しようとするものである。
 現在、常習窃盗犯や国民に大きな不安を与える連続放火事件等に対してよう撃捜査を展開しているが、今後、犯罪手口資料を活用した犯行予測を行うなどよう撃捜査を一層効率的なものにする必要がある。
ウ 専門的捜査体制の整備
 爆破事件、爆破予告事件、航空機や船舶の不法奪取事件、工場爆発や列車事故等の多数の死傷者を伴う大規模な業務上過失事件、人質事件、誘かい事件等(以下「特殊事件」という。)は、不特定多数の市民を巻き添えにするなど社会に大きな不安を与える事件であり、しかも最近多発の傾向にある。
 特殊事件は、爆破事件や大規模な業務上過失事件にみられるように、証拠の多くが散逸したなかで、高度な科学的知識を駆使して犯行手段や事故原因 の究明に当たらなくてはならない。このため平素から捜査員に対する訓練を徹底して突発事態にも的確に対処できるように努めているが、今後更に高度な専門的、科学的知識技術を有する捜査員を確保し、捜査体制を充実する必要がある。
エ 国民協力の確保
 限りある警察力で犯罪の検挙を図り、国民の期待にこたえるためには、警察力を総合的かつ効率的に運用することはもとよりであるが、捜査に対する国民の深い理解と協力の確保を図らなければならない。
 国民協力の確保方策の一つに、公開捜査がある。
 犯罪捜査においては、被疑者、参考人等事件関係者の人権の保護や捜査上の必要に基づき、その内容を一般に公表しないのが原則である。しかし、被疑者を早期に逮捕するために指名手配被疑者のうち、特に犯罪が悪質で再び凶悪な犯行を繰り返すおそれのあるものについて公表し、あるいは必要な情報を得るために捜査資料の一部を公開するなど積極的に国民の協力を求める捜査方法を採ることがある。現在、公開捜査では、新聞、テレビ等の報道関係機関に協力を依頼するほか、ポスターやちらしを警察施設や人の出入りの多い飲食店、公衆浴場等に掲示、配布したりしている。
 警察では毎年全国いっせいに「指名手配被疑者捜査強化月間」を設け、指名手配被疑者に対し強力な捜査活動を実施しているが、昭和51年には警察庁指定被疑者8人、都道府県警察指定被疑者13人を公開捜査に付し、警察庁指定被疑者2人、都道府県警察指定被疑者2人をはじめとして、この月間中に指名手配被疑者2,856人を検挙した。
 このほか、捜査の進展状況や犯人検挙その他について被害者に連絡する被害者連絡制度や警察に出頭した参考人に対して旅費等を支払う制度を活用し、あるいは、質屋、古物商、旅館、モーテル等に犯人や盗品のちらしを配ったり、不審者を見かけたら通報するよう依頼するなど国民協力の確保のための各種施策を実施している。
 警察の高い検挙能力は犯罪の抑止力として働くが、犯人検挙のためには捜 査に対する国民の理解と協力を得ることが不可欠であり、今後一層そのための努力を積み重ねていかなければならない。


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