第1章 治安情勢の概況

1 主な社会事象の推移

 昭和51年は、激動する70年代を象徴し、国際的にも国内的にも混迷と模索の年であった。
 海外では、建国200年を祝ったアメリカで新たにカーター大統領が就任することになり、また、中国においては周恩来、毛沢東の両首脳が相次いで死去し、新たに華国鋒体制が打ち立てられた。西欧諸国の多くは、与野党の勢力が接近して政情不安を招いた。これらの動きは、今後の国際情勢の行方に大きな波紋を投げ掛けるものといえよう。更に、「板門店事件」にみられるように朝鮮半島では緊張状態が続き、タイの軍事クーデターの発生等東南アジア情勢も揺れ動いた。
 世界経済は、主要先進国を中心として景気回復傾向を基調として推移したものの、ほとんどの先進国で失業率は依然として高く、また、春以降、主要先進国の回復テンポは鈍化し、「強い通貨国」と「弱い通貨国」への分極化現象が、物価上昇率や国際収支の較差等として表面化した。
 この一年間、世界的規模で特徴的であったのは、我が国を含めた各国政府関係者に対する「多国籍企業」の各種の働きかけが、批判の対象となったことである。
 以上のような国際情勢の下で、国内では、「ロッキード事件」等によって政情の混迷が続くなかで、今後の政党再編に備え、「新自由クラブ」、「新しい日本を考える会」の発足もみられた。12月には戦後初の任期満了総選挙が行われ、自民党が安定過半数を失い、共産党は議席が半減し、社会党は伸び悩んだが、一方、公明党、民社党のいわゆる中道勢力や新自由クラブが躍進した。年末には、福田内閣が発足した。
 経済、社会面では、安定成長を目指して景気回復と物価安定のための努力が払われ、上半期には景気は回復の兆しをみせたが、個人消費の伸び悩み、民間設備投資の低迷等で、景気は足踏み状態を続けた。また、企業倒産が増加し、消費者物価は前年に比べ9.3%上昇した。こうした経済情勢下に、春闘では4波の全国統一ストライキが行われ、交通ゼネスト的状況を現出した。
 天皇陛下御在位50年記念式典、5つ子の誕生等の明るい話題もあったが、北海道庁爆破事件」、「神戸まつり事件」、年末の宝くじ騒ぎ等不安定な社会を象徴するような事案が多発し、また、全国の地方自治体等では汚職事件が目立ち国民の批判を招いた。

2 警察事象の特徴的傾向

(1) 3年連続して増加した刑法犯
 昭和51年の刑法犯認知件数は、前年に比べ1.1%増の124万7,631件で、3年連続して増加した。
 その内訳をみると、前年に比べ凶悪犯、粗暴犯、風俗犯は減少したが、窃盗犯が増加し、知能犯が大幅に増加した。窃盗犯では、自転車盗、オートバイ盗その他の乗物盗が約1万8,000件(4.0%)増加し、知能犯では、詐欺が約5,800件(10.8%)、横領が約1,100件(10.4%)、偽造が約950件(13.0%)とそれぞれ増加したのが目立った。凶悪犯では、総数は減少したものの、殺人が2,111件で前年に引き続き増加し、また、強盗殺人が前年の42件から74件へと急増した。
 51年の刑法犯の特徴的傾向としては、銃器使用犯罪の増加、人質事件の多発、地方公共団体の上級幹部の絡んだ大型贈収賄事件の多発等が挙げられる。また、資金繰りをめぐる知能犯の増加も目立った。
 以上のような犯罪の傾向に対して、51年の検挙活動をみると、前年に比べ、検挙件数は4.2%増の74万3,048件、検挙人員は1.3%減の35万9,630人、検挙率は1.8%増の59.6%となっている。
(2) 多発した暴力団の銃器使用事犯
 昭和51年に、暴力団がけん銃、猟銃等を発砲した事件は、118件発生し、巻き添えになった一般市民5人の生命が奪われ、9人が負傷し、暴力団組員20人が死亡している。
 資金源のひっ迫と組織統制力の低下を背景に、暴力団の対立抗争事件は依然として多発し、51年は66件発生した。内容をみると、銃器使用事犯が41件と多く、また、白昼人通りの多い繁華街でけん銃を発砲して市民に大きな不安と恐怖を与えたり、首領、幹部をテロ的に殺害するなど極めて凶悪化する傾向がみられる。
 51年に、第3次頂上作戦をはじめとする暴力団取締りによって押収したけん銃数は、1,350丁と戦後最高を記録した。
 なお、押収したけん銃総数も、1,564丁と戦後最高であった。
(3) 激増した覚せい剤事犯
 昭和51年の覚せい剤事犯の検挙件数は前年に比べて、32.2%増の1万7,732件、検挙人員は29.9%増の1万678人となり、20年代後半の「ヒロポン」時代に続く戦後第2の覚せい剤乱用時代となりつつある。
 「ヒロポン」時代のピークであった29年には検挙人員は約5万6,000人にも上ったが、30年代には激減した。しかし45年ごろから、暴力団関係者を中心に検挙人員は再び増加傾向を示してきた。
 覚せい剤事犯の特徴は、検挙人員中の約60%を暴力団関係者が占め、暴力団の有力な資金源となっていること、海外からの密輸入事犯や国内での密造事犯が増加していることなどが挙げられる。最近は、少年、主婦にまで広く覚せい剤を乱用している者がみられ、また、乱用によって幻覚症状に陥り、その結果犯罪を犯す者が増加していることが注目される。
(4) 増加した女子少年の非行
 少年非行は、戦後第3のピーク期を迎えているが、その中にあって、女子少年の非行が増加し続けているのが注目される。
 男女別に、刑法犯少年の補導人員の推移をみると、男子少年は第3のピーク期が始まった昭和48年以降ほぼ横ばいであるが、女子少年は48年の1万3,774人から51年の2万2,374人と大幅に増加している。
 最近のいわゆる性解放の風潮や風俗環境の悪化を背景に、性非行の増加は著しく、51年に性非行で補導された女子中、高校生は4,587人にも上っており、うち売春で補導された者は191人で前年に比べ38.4%の大幅な増加である。
 また、非行に走りやすい少年の家出についても、男子少年が2万7,420人と前年に比べ若干減少しているのに対して、女子少年は2万7,171人と前年に比べ12.0%の増加をみている。
(5) 1万人を割った交通事故死者
 昭和51年末の自動車保有台数及び運転免許保有者数は、それぞれ、3,000万台、3,500万人を超えるなどモータリゼーションは依然として進展したが、ピーク時の45年には1万6,765人に達した交通事故死者数は、その後6年連続して減少し、51年には9,734人と、33年以来18年ぶりに1万人を割った。また、交通事故による負傷者数も、ピーク時の45年の98万1,096人から61万3,957人に減少した。
 51年の死亡事故についてみると、夜間の死亡事故の割合が51.5%と初めて昼間のそれを超えたこと、人口10万人当たりでみた都道府県別の死者数の割合が最高15.7人、最低3.1人とその較差が依然として大きいこと、歩行者、自転車利用者の死亡事故のうち、老人と子供の事故の割合が62.6%と極めて高いこと、全死亡事故のうち、酒酔い運転、最高速度違反による死亡事故が29.2%を占め、かつ、増加傾向にあることなど事故防止上多くの問題が残されている。
(6) 極左暴力集団の「テロ」、「ゲリラ」本格化への指向
 極左暴力集団の犯行によるとみられる爆弾事件は、昭和51年は3件の発生にとどまり、前年の22件を下回ったものの、3月に発生した北海道庁爆破事件」は、死傷者97人に及び、49年8月の「丸の内ビル街爆破事件」に次ぐ規模の悪質、陰惨な事件であった。この事件については、強力な捜査により、8月、犯人の1人を逮捕したが、これらの爆弾事件の捜査を通じて爆弾闘争指向グループのすそ野の広がりがみられた。
 「日本赤軍」は、関係者2人がヨルダン、カナダでそれぞれ身柄拘束され、我が国へ送還されるという事態を引き起こし注目された。
 内ゲバ事件は、51年は発生91件、死者3人、負傷者192人となった。関係セクトは、内ゲバを革命闘争の一環として位置づけ、相手セクトの完全せん滅に固執しており、使用凶器のエスカレート、事前調査の巧妙化その他犯行の悪質化が顕著になっている。

3 治安情勢の展望と当面の課題

(1) 治安情勢の展望
 当面の国際情勢は、米中ソの3極関係の新たな展開が注目されるが、朝鮮半島、東南アジア、中東の各情勢も、今後波乱含みで推移することが予想される。また、世界経済については、インフレ再燃を防止しながら、持続的成長を達成するための努力が続けられ、緩やかな景気回復の方向をたどるものとみられるが、OPECによる原油値上げ問題とあいまって、資源、エネルギー問題、更には、200カイリ漁業水域問題もあり、予断は許されない。
 国内政治については、昭和51年末の総選挙の結果、与野党伯仲時代を迎え、国会の審議、参議院選挙等をめぐり、政治的対立は強まるであろう。経済は、景気回復の基調にあるものの、貿易環境の悪化、政局の混迷、地方財政の窮迫等もあり、先行き楽観できないものがある。
 このような政治、経済情勢の下で、政治的不信の高まり、法秩序無視の風潮の広がり、社会的不満のうっ積等治安を取り巻く環境はますます厳しいものとなるであろう。
 警備情勢については、まず、極左暴力集団の動向が注目される。極左暴力集団は、組織の非公然化と軍事化を進めるなかで、「テロ」、「ゲリラ」本格化への動きをみせるものとみられ、新東京国際空港開港問題等をめぐり、不法事案の発生も危ぐされる。極左暴力集団の間には、爆弾闘争への傾斜が強まっている。また、内ゲバは、対立セクトの最高幹部を目標にますます陰惨化するとみられる。「日本赤軍」は、同志奪還を企図して国内外で「人質作戦」等の凶悪事件を敢行するおそれがある。次に、日本共産党は、党勢の停滞打開を図り、「民主連合政府」構想を軌道に乗せ直すための諸活動に全力を挙げるものとみられる。また、労働運動は、労働戦線再編の動きもあり、政局の推移と絡んで、今後の動向が注目される。一方、右翼は、ますます危機感、焦燥感を高め、各種行動を活発化することが予想され、テロ等の直接行動に走るおそれがある。
 犯罪情勢については、刑法犯の認知件数が、3年連続して漸増しており、今後の推移が注目される。特に、連続放火事件、人質事件等自己の不満を短絡的に発散させ、国民に強い不安感を与える事件が多発するおそれがある。また、不安定な経済情勢を反映して、経済事犯、知能犯も多発するとみられる。更に、広域、大規模化の傾向にある暴力団は、資金源の拡大、多様化を進める一方、武装化を強めるおそれがある。このほか、国際交流の活発化に伴い、各種の国際犯罪が多発することが予想される。
 少年非行については、少年を取り巻く社会環境の悪化等を背景として、引き続き多発し、戦後第3のピーク期が続くものと懸念される。
 モータリゼーションは、その伸びが今後は多少鈍化するものと思われるが、運転免許保有者数、自動車保有台数及び自動車輸送需要の増加や高速道路の延長に伴い、引き続き進展するものとみられる。交通事故については、ここ数年減少傾向にあるとはいえ、今なお年間47万件以上発生しており、夜間における死亡事故の発生率が高いこと、都道府県間及び都市間の事故率の較差が大きいこと、歩行者、自転車利用者等のいわゆる交通弱者の事故比率が依然として高いことなど多くの問題が残されている。また、都市を中心として交通渋滞の激化、騒音、振動等による生活環境の悪化も問題となっており、交通事故、交通公害等のない安全で住みよい生活環境の確保についての国民の要望も一層高まっていくものと思われる。
(2) 当面の謀題
ア 地域に密着した警察活動の推進
 社会情勢の変化に伴い国民の期待にこたえながら警察活動を効果的に推進するためには、地域住民の不安や要望を的確に吸い上げてこれを各種施策に適時、適切に反映させるとともに、地域住民の理解と協力を得ることが必要である。
 そのためには、警察組織の最先端にあって警察の窓口としての役割を果たしている派出所、駐在所勤務員を中心に、各種街頭活動を効果的に推進し地域住民に安心感を与えるとともに、住民とのふれあいを深めるなどして地域の実情を的確には握しなければならない。
 また、新興住宅地域等の人口急増地域では、派出所、駐在所等の警察施設の設置やパトロールの強化を求める声が特に強く、こうした要望にこたえるため、これら地域の警察力の強化を図っていく必要がある。
イ 総合的防犯対策の推進
 平穏な国民生活を確保するためには、事件、事故の未然防止に万全を期さなくてはならない。このため、特に、都市化に伴う犯罪の実態は握と分析、防犯対策の研究、各都道府県警察の防犯情報の緊密な交換等により、効果的な防犯活動を迅速に行うほか、国民の防犯意識を一層高めるため、全国的な犯罪防止キャンペーンを展開する必要がある。
 更に、刑法犯の大部分を占め、国民の日常生活を脅かしている窃盗犯、とりわけ侵入盗犯の発生を抑止するため、盗犯多発地区を重点にパトロール活動、防犯診断等の警察活動を集中的、継続的に展開すると同時に、関係機関、民間防犯団体及び地区住民の参加を得た広報活動、防犯設備の整備、普及、施錠の励行の呼び掛けなど総合的な防犯対策を推進する必要がある。
ウ 暴力団取締りの強化
 警察は、暴力団の壊滅を目指して、ここ10数年来重点施策の一つとしてその取締りを粘り強く続けてきたが、山口組その他の広域暴力団は、依然として根強い勢力を有している。
 警察では、昭和50年9月から首領、幹部級の反復検挙、資金源の封圧、けん銃等銃器の摘発に焦点を合わせた第3次頂上作戦を展開し、これまで数次にわたるいっせい集中取締りを実施しているが、今後更に、この頂上作戦を強力に推進していくこととしている。
 こうした警察の徹底した取締りと併せて、税務署等関係機関、団体との連携を強め、暴力団の不正所得に対する課税措置等を図っていくほか、地域住民とともに暴力排除の気運の醸成に努め、暴力団の存立基盤を排除していくことが必要である。
エ 覚せい剤事犯対策の推進
 覚せい剤は暴力団の有力な資金源となっており、更に最近、一般市民にこれが常用されて大きな被害が生じており、憂慮される状況にある。
 このため、警察としては、プロジェクトチームを編成するなど取締体制を強化し、暴力団による組織的な密売事犯等の取締りを強力に推進するとともに、海外にある覚せい剤の密造基地や密輸組織の壊滅を図るため、関係国との捜査協力を強化していくこととしている。また、国民に覚せい剤の危険性を訴えて覚せい剤に対する警戒心を高めるよう、広報活動の徹底を図ることとしている。
オ 少年のための健全で明るい環境づくり
 最近の少年を取り巻く社会環境の悪化は、少年非行の誘因となり、少年の健全育成上大きな問題となっている。新聞投書、各種の世論調査等をみると、多数の国民が、最近の社会環境に対して何らかの対策が講じられることを望んでいることを示している。
 警察においては、少年非行を防止し、少年の健全な育成を図るため、少年に有害な影響を与えるおそれのある環境の浄化を、関係機関、団体等と連携して推進することにしている。当面、少年に対し性的な感情を著しく刺激し又は残虐性を助長するおそれのある出版物や広告物、これらの出版物を販売する自動販売機、少年の転落や非行化の温床となりやすい享楽的な諸営業、少年福祉を害している暴力団等を重点に、有害環境の実態は握、法令に基づく指導取締り、環境浄化に対する国民の理解と協力を得るための広報活動を進めていく必要がある。
カ 交通事故防止対策の推進
 交通事故の減少傾向を定着させ、安全で住みよい生活環境を確保するため、当面、次の諸施策を強力に推進する必要がある。
 まず、昭和51年度を初年度とする「第二次交通安全施設等整備事業五箇年計画」に基づき、交通安全施設の増強に努めるとともに、都市総合交通規制等の交通規制を更に推進する必要がある。次に、事故発生の危険性の高い酒酔い運転、最高速度違反等を中心に、効果的な取締りを行うとともに、特に、夜間事故を防止するための取締体制の充実、夜間事故防止に関する知識の普及等に努めるほか、交通事故の被害を軽減させるために有効な乗車用ヘルメット、シートベルトの着用についても、積極的な指導等を行わなければならない。
 また、危険な運転者に対する行政処分の早期執行に努めるとともに、交通安全運動、各種講習その他を通じて交通安全思想の普及や運転者その他に対する交通安全教育の推進を引き続き図っていく必要がある。更に、高速道路における交通事故が年々増加していることから、高速道路交通警察体制を整備し、高速道路における警察活動の強化に努めなければならない。
キ 大規模災害対策の確立
 最近、「東海大地震説」をはじめ災害に関する世論が非常に高まっているが、地震国といわれ、台風銀座に位置する我が国は、自然災害が起こりやすい環境にあり、加えて、最近の都市構造の複雑化、コンビナート等危険物施設の増大、無秩序な土地開発等は、災害発生の危険性を増大させるとともに、その対策をますます困難なものにしている。
 警察では、消防その他の防災関係機関との緊密な連絡の下に、危険箇所の実態は握、災害警備計画の策定、災害警備訓練の実施等大規模災害対策の強化を図るとともに、これに必要な災害装備資器材の整備充実に努める必要がある。
 また、前年に引き続き、昭和52年も大震災の発生を想定し、全国各地区で防災関係機関や地域住民の参加を求めて、広域的な災害警備訓練を実施することにしている。


目次