特集 緊急事態への備えと対応

2 大規模災害への備え

(1)平成の大規模災害と対処体制の強化

① 阪神・淡路大震災(注1)と広域緊急援助隊の設置

平成7年1月17日午前5時46分、淡路島を震源とするマグニチュード7.3の「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」(以下「阪神・淡路大震災」という。)が発生し、兵庫県神戸市、芦屋市、西宮市等で震度7を、同県洲本市等で震度6をそれぞれ観測した。この地震による被害は、兵庫県及び大阪府を中心に14府県に及び、死者数は6,434人に上った。

阪神・淡路大震災は、交通規制、被害情報の収集・伝達体制、広域的な部隊派遣等について多くの教訓を残し、それらを踏まえて実施された諸対策は、その後の大規模災害における対処体制の基礎となった。

例えば、阪神・淡路大震災において災害応急対策に従事する車両の通行が著しく停滞した状況等を踏まえ、同年の災害対策基本法の一部改正により、緊急交通路確保のための都道府県公安委員会の交通規制に関する措置の拡充、交通規制が行われた場合の警察官による車両の移動等の措置の整備等がなされた。また、最大時30万を超える加入電話に障害が発生するなど、通信事業者の回線に大きな被害が生じたことを踏まえ、警察では、大規模災害発生時においても情報通信を確実に維持し、被災地の状況を迅速かつ的確に把握するため、衛星通信車やヘリコプターテレビシステムの拡充等を行った。

さらに、阪神・淡路大震災は、都市機能と人口が密集した大都市において発生した都市直下型地震であり、被災府県警察だけでは災害対処に限界があったことから、災害初期段階において、被害情報等の収集、救出救助、緊急交通路の確保等に当たらせるため、自活能力を有する部隊を被災地へ迅速かつ大量に投入する必要性が明らかとなった。こうした状況を踏まえ、同年6月、大規模災害発生時に都道府県の枠を越えて広域的に即応でき、かつ、高度の救出救助能力、自活能力等を有する災害対策専門部隊として、救出救助等を行う警備部隊及び緊急交通路の確保等を行う交通部隊から成る広域緊急援助隊(注2)が設置された。

広域緊急援助隊は、災害発生時に即応できるよう、都道府県警察単位で訓練を行うとともに、各管区警察局単位で大規模な合同訓練を実施しているほか、自治体等の主催する防災訓練にも積極的に参加するなどして対処能力の向上に努めている。

注1:数値は消防庁調べであり、いずれも平成18年5月19日現在のもの

注2:平成17年4月に発生したJR西日本福知山線列車事故を受け、遺体の検視や遺族対応に当たる部隊の必要性が明らかとなったことから、平成18年3月、各都道府県警察の広域緊急援助隊に刑事部隊を新たに設置し、迅速かつ的確に検視、遺族への遺体の引き渡し、安否情報の提供等を実施できるよう体制を整備した。平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の経験を踏まえた警察災害派遣隊の設置については、14、15頁参照

 
全国から応援に駆け付けたパトカー
全国から応援に駆け付けたパトカー
 
交通対策に従事する警察官
交通対策に従事する警察官
 
図表特1-4 広域緊急援助隊のシンボルマーク
図表特1-4 広域緊急援助隊のシンボルマーク
・マーク全体は鳥をイメージし、部隊の迅速な出動を表現している。
・鳥の胴体は日本列島から成り、部隊の全国的一体性を表している。また、翼はセーフティー(国民の安全)、スピーディー(迅速な部隊展開)、スペシャリスト(災害対策の専門部隊)の頭文字である「S」を象徴している。
・真ん中の輪は、警察と地域の連帯を象徴している。
② 新潟県中越地震(注1)と広域緊急援助隊の強化

平成16年10月23日午後5時56分、新潟県中越地方を震源とするマグニチュード6.8の「平成16年(2004年)新潟県中越地震」(以下単に「新潟県中越地震」という。)が発生し、同県北魚沼郡川口町(現長岡市)で震度7を、同県小千谷(おぢや)市、古志郡山古志村(現長岡市)及び刈羽郡小国町(現長岡市)で震度6強をそれぞれ観測した。この地震により、新潟県を中心に死者68人等の被害が発生した。新潟県中越地震は、阪神・淡路大震災と同様に内陸型地震であったものの、阪神・淡路大震災とは対照的に、山間部において甚大な被害が発生し、道路の損壊や土砂崩れは6,500か所を超えた。

警察では、道路が寸断されて孤立した山古志村に、警察用航空機(ヘリコプター)で広域緊急援助隊を輸送し、被災者の救出救助を行ったが、新潟県中越地震は夕方に発生したことから、被害状況の全体像が十分に確認できない夜間に救出救助活動を行わなければならないなど、その活動には困難を伴った。

新潟県中越地震の教訓を踏まえ、警察では、極めて高度な救出救助能力を必要とする災害現場において、より迅速かつ的確に被災者の救出救助を行うことができるよう、平成17年4月、12都道府県警察(注2)の広域緊急援助隊に特別救助班(P-REX(注3))を設置した。特別救助班は、平素から、高性能な救出救助用資機材、警察用航空機(ヘリコプター)等を活用した実戦的訓練、災害・医療等の専門機関による教育等により、各種災害事例等を踏まえた効果的な救出救助方法の習得と練度の向上に努めているほか、部隊指揮要領の実戦的訓練等を実施して、指揮官の指揮能力の向上を図っている。

注1:数値は、いずれも平成20年9月末現在のもの

注2:北海道警察、宮城県警察、警視庁、埼玉県警察、神奈川県警察、静岡県警察、愛知県警察、大阪府警察、兵庫県警察、広島県警察、香川県警察及び福岡県警察。平成29年3月には、今後発生が懸念される南海トラフ地震、首都直下地震並びに日本海側及び沖縄県における大規模災害への迅速な対応を可能とするため、千葉県警察、京都府警察、新潟県警察及び沖縄県警察にも設置された。

注3:Police Team of Rescue Expertsの略

 
警察用航空機(ヘリコプター)による救出救助
警察用航空機(ヘリコプター)による救出救助

MEMO 救出救助に使用する装備資機材・車両の変遷

阪神・淡路大震災において、被災地を管轄する警察署の署員は、発災直後、地域住民から次々と救助を求められたが、装備資機材が不足していたことから、現場周辺の木材をてこ代わりに使用したり、警察車両等の車載ジャッキを活用したり、あるいは救出現場周辺の地域住民からのこぎり、なた等を借用したりして救出救助を行わざるを得なかった。こうした状況を踏まえ、阪神・淡路大震災後に設置された広域緊急援助隊には、その任務を遂行するため、

○ 高度な機動力を確保するためのオフロードバイク

○ 高度な救出救助能力を備えるためのファイバースコープ、エアージャッキ等の救出救助用資機材及びそれらを運搬するためのレスキュー車

○ 部隊が被災地で自活するためのエアーテントやキッチンカー

等の装備資機材・車両が順次配備された。

その後、新潟県中越地震の教訓を踏まえて設置された特別救助班には、被災者を捜索するための生存者捜索システム(注1)や、被災者の救出救助を行うための高性能なチェーンソー、悪路を走行できる高性能救助車等の高度な装備資機材・車両が配備された。また、新潟県中越地震は夕方に発生したため、夜間に被災状況を確認せざるを得なかったことを踏まえ、夜間でも被災状況を撮影できるヘリコプターテレビシステムの導入も進められた。

このように、警察では、装備資機材を不断に見直し(注2)、災害対応で有効性が認められた装備資機材の整備及びこれらの資機材を活用した訓練を継続的に実施することとしており、最近では、小型無人機による被災状況の把握をはじめとした新たな技術の活用も積極的に行っている。

注1:土砂や倒壊した家屋等に閉じ込められた要救助者の呼吸等を音と波形画像に変換して知らせる機械

注2:平成30年中に発生した自然災害における教訓を踏まえた装備資機材の整備については、11頁参照

 
新潟県中越地震後に整備された高性能救助車
新潟県中越地震後に整備された高性能救助車
③ 東日本大震災(注)と警察災害派遣隊の設置
ア 東日本大震災の概要

平成23年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とするモーメントマグニチュード9.0の「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」(以下「東日本大震災」という。)が発生し、宮城県栗原市では震度7を、宮城県、福島県、茨城県及び栃木県の4県では震度6強をそれぞれ観測するなど、国内観測史上最大規模の地震となった。この地震に伴って発生した高い津波は、東北地方の太平洋沿岸部をはじめとする各地を襲うとともに、福島第一原子力発電所における事故等を引き起こした。

東日本大震災による被害は、死者1万5,897人、行方不明者2,532人等に上っている。

極めて広範囲かつ甚大な被害をもたらした自然災害と原子力災害との複合災害という、過去に警察が経験したことのない厳しい環境の中で、警察では、発災直後から、被災県警察を中心に全国警察一体となった体制を確保し、被災者の避難誘導及び救出救助、原子力災害への対応等に取り組んだ。また、これまでに、岩手県警察、宮城県警察及び福島県警察に対し、全国から延べ約142万人の警察職員を派遣するとともに、震災から8年が経過した現在も、仮設住宅での防犯活動、行方不明者の捜索活動、避難指示区域等における警戒警ら等を継続して行っている。

注:数値は、いずれも令和元年(2019年)6月10日現在のもの

 
東日本大震災の状況
東日本大震災の状況
イ 警察災害派遣隊の設置

東日本大震災まで、警察では、災害発生直後の救出救助活動等の災害応急対策を想定した部隊編成・運用を行っていた。しかし、東日本大震災では、津波や原子力災害等に対応するため、長期間にわたり大規模な部隊派遣を行うこととなった。この経験を踏まえ、平成24年、大規模災害発生時に全国から直ちに被災地へ派遣する即応部隊を拡充するとともに、災害の種類や規模を問わず、被災地警察の機能を補完・復旧するため、災害対応が長期化する場合に派遣する一般部隊を新たに設置し、両部隊から成る警察災害派遣隊を新設した。

 
図表特1-5 即応部隊の編成
図表特1-5 即応部隊の編成
 
図表特1-6 一般部隊の編成
図表特1-6 一般部隊の編成
ウ 警察災害派遣隊の編成・運用
(ア) 即応部隊

東日本大震災までは、大規模災害発生時には、即応部隊として、被災者の救出救助、緊急交通路の確保、検視、身元確認等を実施する広域緊急援助隊等(最大約6,400人体制)を被災地に派遣して対応してきたが、東日本大震災において、検視、身元確認、遺族への対応等を行うための体制を強化する必要性が明らかとなった。そのため、広域緊急援助隊(刑事部隊)を増員するとともに、個々の状況への柔軟な対応能力を確保するため、被災地警察の要望に応じて被災者の救出救助、行方不明者の捜索、警戒警ら等の幅広い業務に従事する緊急災害警備隊を新たに設け、最大約1万人体制にまで即応部隊を拡充した。

また、即応部隊は、災害発生直後からおおむね2週間の期間中に派遣され、3日から1週間という短い活動周期で災害警備活動を行っており、被災地警察から宿泊所の手配、物資の調達等の支援を受けることなく活動することを原則としている。

(イ) 一般部隊

一般部隊は、大規模災害発生時から一定期間を経た後に派遣され、おおむね1週間以上の活動周期で、行方不明者の捜索、警戒警ら、交通整理・規制、相談対応、初動捜査等を行い、長期にわたり被災地の要望を踏まえた幅広い活動を実施することとしている。

(ウ) 支援対策室と支援対策部隊

一般部隊は自活能力を有していないため、被災地警察では、部隊の受入れに係る膨大な業務を遂行しなければならないが、この受入業務を遂行する体制が被災地警察において不足することが東日本大震災における災害警備活動を通じて明らかとなった。そのため、大規模災害発生直後から、派遣部隊に係る宿泊所の手配、装備資機材、燃料等の調達等に関する調整を行う警察庁支援対策室を設置するとともに、その実動を担う部隊として、警察庁職員、大規模都道府県警察からの派遣職員及び被災県警察職員による支援対策部隊を編成することとした。警察庁支援対策室と支援対策部隊は、相互に連携して被災地における一般部隊の受入業務等に従事し、災害発生時からおおむね2週間をめどに部隊等への支援活動を全面的に開始することとしている。

 
図表特1-7 警察災害派遣隊の運用
図表特1-7 警察災害派遣隊の運用

MEMO 災害発生を見据えた情報通信対策の強化

警察では、情報通信の維持・確保に不可欠な無線中継所の耐災害性を強化するため、無線中継所の建て替えを行っているほか、長期間の商用電源の停電に備え、非常用発電機の燃料タンクの大容量化や、燃料の残量をリアルタイムで把握する装置の導入を進めている。また、無線中継所が被災した場合における回線の迂回方策、臨時に必要な通信を確保するための措置等をまとめた災害通信対策要領の継続的な見直しを図るとともに、大規模災害の発生時における情報通信部門の対処能力の向上を図るための実戦的訓練を実施している。

④ 熊本地震(注)と災害警備訓練の充実
ア 熊本地震の概要

平成28年4月14日午後9時26分、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード6.5の地震が発生し、同県上益城(かみましき)郡益城(ましき)町で震度7を観測した。また、その2日後の同月16日午前1時25分、同県熊本地方を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生し、同県上益城郡益城町及び阿蘇郡西原村で震度7を、同県阿蘇郡南阿蘇村、菊池市、宇土(うと)市、菊池郡大津(おおづ)町、上益城郡嘉島町、宇城(うき)市、合志(こうし)市及び熊本市で震度6強を、それぞれ観測した。その後も余震が続き、震度7を観測した2回の地震も含めて震度5強以上の地震が12回発生した。この一連の地震(「平成28年(2016年)熊本地震」。以下単に「熊本地震」という。)により、死者50人等の被害が発生した。

注:数値は、いずれも平成31年3月13日現在のもの

 
土砂崩れ現場における行方不明者の捜索活動
土砂崩れ現場における行方不明者の捜索活動
イ 熊本地震における警察の救出救助活動に関する調査分析

我が国の内陸型地震では、地震に伴う火災や土砂災害が発生した場合を除き、建物の倒壊が人的被害をもたらす主たる要因となることが多く、その場合、救出救助の対象となるのは、主に木造の倒壊建物に閉じ込められた要救助者である。一方、地震による人的被害や救出救助活動に関する調査研究は数多くあるが、これまで内陸型地震における救出救助活動に関する十分なデータが存在していなかったため、倒壊建物からの救出救助活動の基本的なプロセスが明確に整理されていなかったほか、救出救助活動に要する人数、装備資機材、技能等の類型化が難しい状況にあった。

警察庁では、熊本地震が、阪神・淡路大震災以降、最大の被害をもたらした内陸型地震であることに鑑み、今後我が国で発生し得る大規模地震への対策の一環として、木造の倒壊建物からの救出救助活動の体系化に役立てるため、熊本地震における警察の全ての救出救助活動を調査した。その上で、特に建物内部の空間の損失程度が重大であった倒壊建物において警察が主導した救出救助活動を抽出し、熊本地震の発生から約1年間にわたり、それらの活動に関する膨大なデータを収集・整理し、救出救助活動の傾向に関する分析を行った。

ウ 調査分析を通じて明らかとなった課題

本調査分析を通じて、部隊配置や装備資機材に関する課題のほか、活動人数、装備資機材及び救助技能の不足が認められないにもかかわらず、救出救助に長時間を要した事例があることが判明した。そこで、救出救助活動全体を、①事案認知~現場到着、②現場到着~反応確認、③反応確認~倒壊建物進入、④倒壊建物進入~要救助者接触、⑤要救助者接触~搬出開始、⑥搬出開始~搬出完了の6段階に分け、それぞれに要した時間を分析したところ、④及び⑤に要した時間に大きなばらつきがみられることが分かった。

さらに、対象事例における要救助者60人を「生存(挟まれなし)(注1)」、「生存(挟まれあり)(注2)」及び「心肺停止(挟まれあり)(注3)」に分け、図表特1-8のとおり、それぞれの救出救助活動に要した時間を分析したところ、特に④及び⑤は、「生存(挟まれなし)」、「生存(挟まれあり)」、「心肺停止(挟まれあり)」の順に要する時間が長くなる傾向がみられた。事例が限られているため、明確に述べることは困難であるが、要救助者が倒壊建物内で梁(はり)等に挟まれているような現場では、救出救助活動がより困難となることがうかがわれる。

したがって、倒壊建物への進入から、崩落した梁等に挟まれている要救助者の搬出を開始するまでに必要とされる救出救助能力を向上させることにより、救出救助活動に要する時間を効率的かつ効果的に短縮することが可能になるものと考えられる。

警察においては、本調査分析の結果等を踏まえ、倒壊建物内に閉じ込められた要救助者の救出救助活動に係る訓練内容の充実強化を一層図ることが求められている。

注1:救助部隊が接触した時点で生存していた要救助者のうち、崩落した梁等に挟まれていなかった要救助者

注2:救助部隊が接触した時点で生存していた要救助者のうち、崩落した梁等に挟まれていた要救助者

注3:救助部隊が接触した時点で既に心肺停止であった要救助者

 
図表特1-8 救出救助活動の各段階の所要時間(箱ひげ図)
図表特1-8 救出救助活動の各段階の所要時間(箱ひげ図)
エ 災害警備訓練の充実

警察庁では、大規模な地震や大雨等による土砂災害等、我が国における災害の特性を踏まえ、より災害現場に即した環境で体系的・段階的な救出救助訓練を実施するための災害警備訓練施設を整備しており、平成28年には近畿管区警察局災害警備訓練施設、平成30年には警視庁・東日本災害警備訓練施設の運用がそれぞれ開始された(注)

近畿管区警察局災害警備訓練施設を整備するに当たっては、要救助者が閉じ込められた空間における救出救助の訓練を行うため、形を組み替えて建物の様々な倒壊状況を安全かつ効率的に再現できるよう、建物倒壊のメカニズム等を考慮して可変式訓練ユニットを開発した。従前は、指導者等の経験則を基に、被災者が閉じ込められた空間や崩落した梁等に挟まれた状況等を再現していたが、可変式訓練ユニットを活用することで、各種調査分析により順次判明した事項をその都度反映した訓練の実施が可能となっている。また、警視庁・東日本災害警備訓練施設を整備するに当たっては、津波、豪雨等による実際の災害現場に近い環境を再現し、積み土のう訓練やボート、ロープ等を使用した救出救助訓練が可能な浸水域対応訓練ゾーンを設置した。

注:災害警備訓練施設を活用した実戦的な災害警備訓練については、21頁参照

 
可変式訓練ユニットを活用した訓練
可変式訓練ユニットを活用した訓練

MEMO プローブ情報(注1)の活用

警察では、東日本大震災の際、人命救助、緊急物資輸送等に必要な車両の通行を確保するための緊急交通路の指定、災害応急対策に関係する車両の交通誘導、通行止め箇所における迂回路への誘導、交通量が増加している箇所における信号表示の調整等の交通対策を実施した。道路の損壊、落橋、崖崩れ等が発生する中で、これらの対策を的確に実施するため、警察官による情報収集をはじめ、関係機関からの情報提供や交通監視カメラ、車両感知器、光ビーコン(注2)等を通じた情報収集等により、道路の通行の可否、交通量等の交通情報を収集した。しかし、警察官は被災者の避難誘導等の任務も有するため、交通情報の収集に十分な人員を確保することができなかったほか、交通監視カメラ、車両感知器等が都市部に偏在していたため、限られた情報で交通対策を実施せざるを得なかった。

これらの課題を解決するため、警察庁では、平成27年からプローブ情報を活用したプローブ情報処理システムの運用を開始した。同システムでは、大規模災害発生時には、警察が常時収集しているプローブ情報に加え、民間事業者からもプローブ情報の提供を受けて通行実績情報を生成することができ、これによって交通量が少ない郊外部、山間部等でも道路の通行の可否等を把握できる可能性が大きく高まった。

注1:カーナビゲーションに蓄積された走行履歴情報

注2:通過車両を感知して交通量等を測定するとともに、車載装置と交通管制センターの間のやり取りを媒介する路上設置型の赤外線通信装置

 
図表特1-9 プローブ情報処理システムの概要
図表特1-9 プローブ情報処理システムの概要

同システムを活用して把握した通行実績情報を用いて、熊本地震の際には、物資を輸送する車両等を通行が可能な道路へ誘導したほか、平成29年7月九州北部豪雨及び平成30年7月豪雨の際には、信号表示の調整を実施することで、交通渋滞の解消を図った。

平成29年1月からは、対象となる災害の範囲を拡大し、一定規模の地震、豪雨、豪雪、津波、火山噴火等の災害の際にも、通行実績情報等を広く提供している。

(2)危機管理体制の点検及び構築のための諸対策

① 国土強靱化基本計画に基づく取組
ア 国土強靱化基本計画

平成25年、国土強靱化に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため、強くしなやかな国民生活の実現を図るための防災・減災等に資する国土強靱化基本法(以下「基本法」という。)が公布・施行された。平成26年6月には、基本法に基づき「国土強靱化基本計画」(以下「基本計画」という。)が閣議決定され、基本計画に沿って、大規模自然災害等に強い国土及び地域を作るとともに、自らの生命及び生活を守ることができるよう地域住民の力を向上させるための取組を、政府一丸となって推進してきた。

また、平成30年12月には、大規模地震の発生確率の増加、異常気象の頻発・激甚化等を受け、我が国において国土強靱化の取組は引き続き喫緊の課題であるとして、基本計画の見直しが行われた。

警察では、警察施設の耐災害性の強化、警察用航空機(ヘリコプター)等の更新整備、災害用装備資機材の整備、警察情報通信基盤の堅牢(ろう)化・高度化、交通安全施設等の整備等の取組を推進している。

イ 防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策

平成30年中に発生した、平成30年7月豪雨、台風第21号、平成30年北海道胆振東部地震等の様々な災害による国民生活への影響に鑑み、電力インフラ及び交通インフラをはじめとする重要インフラの災害時の機能確保について、関係機関の緊密な連携の下、緊急点検及び対策を実施するため、平成30年9月、重要インフラの緊急点検に関する関係閣僚会議が開催された。

同会議を受け、直近の自然災害に照らして、国民経済・国民生活又は人命を守るために点検の緊急性が認められる重要インフラとして、

① ブラックアウト(注)のリスク・被害を極小化する必要がある電力供給に係る重要インフラ

② 電力喪失等を原因とする致命的な機能障害を回避する必要がある重要インフラ

③ 自然災害時に人命を守るために機能を確保する必要がある重要インフラ

を対象に、警察庁を含む12府省庁において、132項目の緊急点検が実施され、同年11月に開催された同会議において、点検結果と対応方策が取りまとめられた。当該点検の結果等を踏まえ、基本計画に基づく取組のうち、防災・減災、国土強靱化を推進する観点から、特に緊急に実施すべき対策については、3か年で集中的に実施することとされ、同年12月、その達成目標、実施内容、事業規模等を明らかにした「防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策」が同会議において取りまとめられ、同日、閣議決定された。

警察庁においても、同対策に盛り込まれた、

○ 警察における災害対策に必要な資機材に関する緊急対策

○ 警察用航空機等に関する緊急対策

○ 警察用航空機の資機材に関する緊急対策

○ 警察情報通信基盤の耐災害性等に関する緊急対策

○ 警察情報通信設備・機器の整備等に関する緊急対策

○ 警察施設の耐災害性等に関する緊急対策

○ 信号機電源付加装置の更新・整備に関する緊急対策

の7つの対策について、令和2年度までに完了若しくは概成又は大幅に進捗させるため、必要な取組を推進している。

注:大手電力会社の管轄する地域の全てで停電が起こる現象(全域停電)

② 初動態勢の確立

発災直後は、被害状況を可能な限り早期に把握するとともに、正確な情報収集に努め、収集した情報に基づき、生命及び身体の安全を守ることを最優先に、災害応急対策に必要な人員や装備資機材を適切に配分することが重要である。

警察では、大規模災害が発生した場合においても災害警備本部が十分に機能するよう、直近の大規模災害における被災地警察の体制とその対応状況等を検証し、その検証結果を踏まえ、災害警備本部で必要となる業務の内容等に応じた要員を確保するとともに、実効性のある任務別体制を編成している。

また、大規模災害発生時には、被災地警察において、必要に応じて警察署とは別の現地指揮所を設置するとともに、同指揮所ごとに指揮支援班を派遣し、被害状況に関する情報収集・分析等を行うこととされており、当該情報等に基づき現地へ派遣する部隊やその活動内容を決定することで、効果的な部隊派遣・運用の実現を図っている。

さらに、今後発生が懸念される南海トラフ地震、首都直下地震等の大規模災害における措置についても、政府における各種計画の策定・見直し等を踏まえ、引き続き、部隊派遣計画等の具体的な検討を進めている。

 
現地指揮所設置・運営訓練
現地指揮所設置・運営訓練
③ 救出救助能力の向上

警察庁では、今後発生し得る大規模災害に備えるため、部隊に応じた救出救助訓練基準及び災害警備活動マニュアルを整備するとともに、災害警備訓練施設を整備し、体系的な災害警備訓練を推進している。

各管区警察局においては、管区内広域緊急援助隊合同訓練を実施し、自衛隊、消防等の関係機関と合同で、警察庁指定広域技能指導官、特別救助班等の指導の下、家屋の倒壊や土砂災害等を再現した現場からの救出救助のほか、夜間における救出救助、広域警察航空隊と連携したホイスト救助、指揮支援班による各部隊の活動の調整等について、過去の災害における教訓を踏まえた訓練を実施している。

各都道府県警察においては、南海トラフ地震、首都直下地震等の被害想定や局地的な豪雨による土砂災害等最近における災害の特徴を踏まえつつ、各都道府県の地理的特性に応じて、災害警備訓練や救出救助に使用する装備資機材の整備を推進するなど、救出救助能力の向上を図っている。

 
図表特1-10 救助部隊の構成
図表特1-10 救助部隊の構成

警察庁指定広域技能指導官の声②

-心までも救う救助隊-

警察庁警備局警備運用部警備第二課災害対策室
警部 山元 剛

現在、警察庁では、救出救助能力の向上を図るための施策の一環として、各種訓練における警察庁指定広域技能指導官の積極的な活用を推進しています。その中で、私が特に力を入れて指導していることが、「心までも救う救助隊」の育成です。

私自身、これまで数々の災害現場に出動し、救出救助に当たってきましたが、倒壊した家屋の下で、私たちが呼び掛ける声にたとえ返答が無くても要救助者を励まし続けたり、倒壊した家屋の前で立ち尽くす被災者の方がいれば声を掛け、手を差し伸べたりするなど、警察官としての当然の行動が災害現場においては特に必要であると考えており、この考えは、私の礎になっています。

警察の最大の特徴は、救出救助の現場だけではなく、発災当初から被災地の復興に至るまで、行方不明者の捜索や相談対応等を通じて地域住民に寄り添い続けることにあります。

我々広域技能指導官の責務は、救助技能の指導はもとより、「警察の救助隊としての使命」を果たすことができるような強い部隊を育成することにあります。その重みをかみ締め、全国の救助部隊員の指導者として、日々精進していきたいと考えています。

 
広域緊急援助隊合同訓練を指導する広域技能指導官
広域緊急援助隊合同訓練を指導する広域技能指導官

MEMO 実戦的訓練に基づく救出救助活動

警察庁では、今後発生し得る大規模災害に備えるため、部隊に応じた救出救助訓練基準及び災害警備活動マニュアルを整備し、訓練施設を活用するなどして実戦的な災害警備訓練を推進しており、平成30年北海道胆振東部地震でも多様な現場において、過去の災害における教訓を踏まえた平素の訓練をいかし、災害特性を踏まえた救出救助活動を行った。

 
実戦的な災害警備訓練

注1:何らかの要因により閉鎖され、救出救助活動が必要となった空間

注2:地震等の災害により、ダメージを受けている建物が二次的に崩壊するのを抑制するために建物の構造を補強すること

注3:倒壊建物等において、内部への侵入が不可能な建物の壁等を破壊し、開口部を設定すること



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