特集 国際テロ対策

3 諸外国の国際テロ・サイバー攻撃対策

(1)諸外国における国際テロ対策

世界各国において、主として平成13年の米国における同時多発テロ事件の発生以降、テロ対策を担う組織の創設・改編やテロ対策に関する法制の整備・改正により、テロ対策が一層強化されている。本項では、米国、英国、フランス及びドイツにおけるテロ対策に関連する組織や法制等の一部を紹介する。

① 米国

米国においては、14年、テロ対策を強化することなどを目的として、米国本土の安全保障に関する省庁を統合し、国土安全保障省(DHS)が新設された。DHSは、米国内におけるテロの未然防止等を責務としており、国境管理、運輸保安等、国土の安全を守るための政策に取り組んでいる。また、15年には、FBI(注1)に「テロリスト・スクリーニング・センター」(TSC)が設置された。TSCは、関係機関の保有するテロリストやテロリストの疑いのある者の情報を統合したデータベースである「テロリスト・スクリーニング・データベース(TSDB)」を運用し、必要に応じて当該情報を国内外の関係機関と共有している。さらに、16年には、米国の情報コミュニティ全体を統括する国家情報長官(DNI)が新設されるとともに、同長官の下に、テロ関連情報を集約して対テロ戦略を調整する「国家テロ対策センター」(NCTC)が新設された。NCTCは、米国におけるテロ対策の筆頭機関として、国際テロ関連情報を集約・分析し、関係機関と共有するとともに、テロ対策戦略の企画及び立案等を行っている。

テロ対策に関する法制についてみると、テロの準備や実行に利用されることを知りながらテロリスト等に対して重要な支援をすること、具体的には、金銭、宿泊場所、訓練、専門的助言、隠れ家、偽造身分証明書、通信機器、武器、人員、輸送手段等を提供することなどが犯罪とされている(合衆国法典第18編第113B章第2339A・B条)。また、連邦職員は、「外国諜報監視裁判所」という特別な裁判所の命令を得て、外国勢力(注2)による国際テロや諜報活動に関する情報の取得を目的とした通信傍受を行うことができるほか(同法第50編第36章第1804条・1805条)、専ら外国勢力間で用いられている通信手段による通信を対象とし、かつ、米国民が当事者である通信の内容を取得する実質的な可能性がないなどの一定の要件を満たした場合には、外国諜報監視裁判所の命令なく、大統領の許可により通信傍受を行うことができる(同章第1802条)。さらに、司法長官は、テロ等の米国の安全保障を脅かす活動に従事していると信じるに足りる合理的な理由のある外国人を最長で6か月間拘束することができる(注3)(同法第8編第12章第1226a条)。

注1:Federal Bureau of Investigation(米国司法省連邦捜査局)の略
注2:外国政府やその一部のほか、国際テロ組織等を含む(合衆国法典第50編第36章第1801条)。
注3:司法長官は、拘束してから7日間以内に退去強制又は刑事訴追の手続を開始しなければならないが、当該外国人の釈放が米国の安全保障を脅かすと予想される場合には、6か月を限度として拘束期間を延長することができる。
 
NCTCにおいて演説する米国大統領(AP/アフロ)
NCTCにおいて演説する米国大統領(AP/アフロ)
 
図表特-14 TSCの概要
図表特-14 TSCの概要

事例

27年4月、オハイオ州在住の男が、テロの準備や実行に利用されることを知りながらテロリスト等に対する重要な支援を行おうとしたなどとして訴追された。起訴状において、同人は、26年4月に米国からシリアに渡航して武器の取扱い等に関する訓練を受けた後、同年6月に米国に戻り、「アメリカ人を殺したい。特に軍人や警察官を標的としたい。」などと語っていたとされている。

 
テロリスト支援行為の罪で訴追された男(中央)(AP/アフロ)
テロリスト支援行為の罪で訴追された男(中央)(AP/アフロ)

事例

27年6月、マサチューセッツ州において、通信傍受によりテロを行う危険性の高い者として捜査当局が把握していた男に対し、警察官が尋問しようとしたところ、同人が刃物を振り回すなどしたことから、同人は警察官によって射殺された。捜査当局は、通信傍受によって同人とテロ計画について話し合っていたことを把握していた別の男についても逮捕した。

 
現場において男が所持していた刃物(EPA=時事)
現場において男が所持していた刃物(EPA=時事)
② 英国

英国においては、15年6月、国際テロの脅威に対処するため、政府の情報関係機関のテロ情報を集約する「合同テロリズム分析センター」(JTAC)が新設された。JTACはテロ関連情報の収集や分析等を行っている保安庁(Security Service)の庁舎内に所在しており、国際テロに関する情報を分析・評価し、英国におけるテロの脅威レベルを設定するとともに、テロリストのネットワークや能力等のテロ脅威に関する情報を関係機関に提供している。

テロ対策に関する法制についてみると、テロの実行又は援助の意図をもってその準備をすること、テロの実行若しくは準備又はその援助のために利用されることを知りながら有害物質の製造、取扱い若しくは使用等の技能に関する訓練等を提供し又は当該訓練等を受けること、テロの実行、準備又は扇動に関連する目的と合理的に疑われる状況で正当な理由なく物品を所持すること、正当な理由なくテロの実行や準備に有用な情報を収集することなどが犯罪とされている(2006年テロリズム法第5条及び第6条並びに2000年テロリズム法第57条及び第58条)。また、警察官等は、所管の国務大臣(警察官の場合は内務大臣)の許可に基づき、国家の安全保障や重大な犯罪の防止又は探知等を目的とした通信傍受を行うことができる(2000年調査権限規制法第5条)。さらに、警察官は、テロリストであると合理的に疑われる者を裁判所の令状なく最長で48時間拘束することができる(2000年テロリズム法第41条)。

 
JTACが所在する保安庁庁舎(ロイター/アフロ)
JTACが所在する保安庁庁舎(ロイター/アフロ)
③ フランス

フランスにおいては、平成20年7月、内務省国家警察総局(DGPN)において国際テロに関する事件捜査と情報収集を担当していた国土監視局(DST)と国内テロに関する情報収集を担当していた総合情報局(RG)の統合により、対内情報中央局(DCRI)が新設された。DCRIは、26年5月、テロの抑止や防諜等を任務とする対内安全総局(DGSI)という内務大臣直轄の組織に格上げされ、テロ組織に係る情報収集や個人の過激化に係る情報分析等を行っている。

 
図表特-15 英国におけるテロ対策のための情報共有の枠組み
図表特-15 英国におけるテロ対策のための情報共有の枠組み

テロ対策に関する法制についてみると、テロを行う準備をする目的で結成された集団に参加すること、テロを行うために利用されることを知りながらテロ組織に対して資金等の提供、収集若しくは運用又はそのための助言の付与により財政的な支援をすること、テロを行う意図をもって攻撃対象についての情報収集や武器の取扱い等についての訓練をすることなどが犯罪とされている(刑法典第421-2-1条から第421-2-6条まで)。また、DGSI等は、緊急の場合を除き、国家技術情報活動管理委員会(CNCTR)の意見を事前に聴取した上でなされる首相の許可により、テロの防止等を目的とした通信傍受を行うことができる(国内治安法典第811-3条等)。さらに、警察官は、テロ等の組織的な犯罪を犯そうとしたと疑うに足りる理由がある者を最長で96時間拘束することができる(注)(刑事訴訟法典第62-2条、第63条及び第706-88条)。

注:拘束期間は通常は最長で24時間であるが、1年以上の拘禁刑に処せられ得る犯罪に該当する場合には更に24時間延長可能であり、さらに、テロを含む「組織的な犯罪」に該当する場合には更に2回にわたり24時間ずつ延長可能である。

事例

28年3月、フランス国内においてテロを計画していたフランス国籍の男が、武器の入手、爆発物の製造等のテロの準備行為を行った集団に参加した疑いで逮捕された。逮捕後に行われた捜索では、同人のアジトから、爆発物及びその原料となる化学物質やけん銃のほか、複数の盗難旅券や未使用の携帯電話等が押収された。フランス内務大臣は、この事件について、逮捕は数週間にわたる物理的・技術的な情報収集をした結果、実現したと発表している。

 
男の逮捕後、パリ近郊において行われた捜索の状況(AP/アフロ)
男の逮捕後、パリ近郊において行われた捜索の状況(AP/アフロ)
④ ドイツ

ドイツにおいては、16年12月、テロ対策に関する迅速な情報交換や情報の適切な分析及び評価を行うため、政府や州の警察、情報機関等により構成される「共同テロ対策センター」(GTAZ)が新設された。GTAZは、独立した機関ではなく、関係機関が参加する枠組みであり、連邦刑事庁(BKA)が事務局を務めている。GTAZには、脅威評価、オペレーションに関する情報交換等を目的とする様々なワーキング・グループが設置されており、関係機関の職員が緊密に連携して情報交換や分析を行っている。

テロ対策に関する法制についてみると、銃器、爆薬、有害物質等の製造、入手、保管若しくは提供又はその製造や取扱い等に関する技能の教示により国家の安全に重大な危険をもたらす暴力的犯罪の準備を行うこと、テロ組織を支援することなどが犯罪とされている(刑法第89条a及び第129条a)。また、連邦情報庁(BND)や連邦憲法擁護庁(BfV)等は、連邦内務省等の許可により、国際テロ等による危険の防止を目的とした通信傍受を行うことができる(基本法第10条に関する法律第3条及び第5条)。さらに、BKAは、差し迫ったテロの実行又はテロの継続を阻止するために必要な場合には、関係者を拘束することができる(連邦刑事庁法第20条p)。

 
図表特-16 GTAZの概要
図表特-16 GTAZの概要

コラム 東南アジア諸国におけるテロリストと疑われる者の予防的拘束措置

東南アジアには、テロリストと疑われる者について、欧米諸国と比較して長い期間拘束する権限が当局に与えられている国がある。例えば、シンガポールでは、警察官は、同国の安全保障や公共の秩序維持上有害な態様で行動するおそれがあると信じる理由がある者を裁判所の令状なく拘束することができるほか(国内治安法第74条)、その者が同国の安全保障や公共の秩序維持上有害な態様で行動することを未然に防止するために必要であると大統領が認める場合には、内務大臣がその者について最長で2年間の拘束又は居住制限等を命ずるものとされている(注1)(同法第8条)。また、マレーシアでは、警察官は、テロへの関連性の調査の実施を正当化する根拠があると信じる理由がある場合には、いかなる者も裁判所の令状なく拘束することができるほか(テロリズム防止法第3条)、法曹資格及び法律分野における一定の経験を有する者を議長として構成されるテロリズム防止委員会が、警察官から提出された捜査報告書や警察官とは別に任命された調査官(Inquiry officer)(注2)から提出された報告書を踏まえてその者がテロの実行又は支援に関与したことがある又は関与していると認める場合で、必要と認めるときは、その者について最長で2年間の拘束又は最長で5年間の居住制限等を命ずることができる(注3)(同法第13条)。

注1:命令の有効期間については、1回につき2年を超えない範囲内で延長可能であり、延長の回数に制限はない。
注2:調査官は、テロリズム防止法に基づき無令状で拘束された者について、その者がテロの実行又は支援に関与していると信じる合理的な理由があるか否かを調査し、テロリズム防止委員会に書面で報告することを任務としており、内務大臣によって任命される。
注3:命令の有効期間については、拘束命令は1回につき2年を超えない範囲内で、制限命令は1回につき5年を超えない範囲内で、それぞれ延長可能であり、延長の回数に制限はない。

事例

27年6月、シンガポール当局は、シリアでISILへの参加を企図していたシンガポール人の男1人を国内治安法に基づき拘束した。同人は、シンガポールに所在する欧米諸国の施設に対するテロを行う準備をしていたと供述しており、同年7月、同人について同法に基づく2年間の拘束命令が発せられた。

(2)諸外国におけるサイバー攻撃対策

近年では、ISILの賛同者とみられる者がサイバーテロを行うなどテロリストがインターネットを攻撃手段として利用している状況があり、また、物理的なテロの実行を容易にする目的でサイバー攻撃が行われるおそれもある。

こうしたサイバー攻撃の脅威に対処するためには、電気通信事業者等の民間事業者の協力が不可欠であり、世界各国においても、民間事業者の協力を得てサイバー攻撃対策を推進している。本項では、このような観点から、米国、英国、フランス及びドイツにおけるサイバー攻撃対策に関連する制度等の一部を紹介する。

① 捜査機関等と重要インフラ事業者等との連携状況

海外の捜査機関等においても、日本と同様に、重要インフラ事業者等の民間事業者や研究機関との間で情報共有のための枠組みを構築するなどして、官民の連携を推進している。

ア 米国

FBIにおいては、平成26年、本部サイバー部門に重要パートナー連絡ユニット(Key Partnership Engagement Unit)を立ち上げ、重要民間事業者の幹部社員との情報共有のための枠組みを構築したほか、民間事業者や研究機関ともネットワークを構築し、サイバー攻撃の脅威に関する情報の共有を行っている。

27年12月には、民間事業者が連邦政府や他の民間事業者等に対して情報提供を行うことを認める規定やその際の免責規定、連邦政府から民間事業者への情報共有に関する具体的な指針等を定めたサイバーセキュリティ情報共有法(CISA)が成立し、現在、国土安全保障省(DHS)を中心に、その実施に向けた準備が進められているところである。

コラム インフラガード

インフラガードとは、平成8年に設立されたFBIと民間事業者との情報共有のための枠組みの1つである。企業、学術機関、法執行機関等の代表者等によって組織されており、サイバー攻撃や物理的な脅威から国の重要インフラを守るために情報共有を行っている。

インフラガードは全米の80を超える支部(InfraGard Members Alliance)から構成されており、それぞれの支部は、FBIの地方支分部局と連携している。

イ 英国

国家サイバーセキュリティ戦略(注1)に基づき、26年3月に「CERT-UK(注2)」が設立された。CERT-UKは、政府機関におけるサイバー事案対処、重要インフラ事業者によるサイバー事案対処への支援、産・学・市民におけるサイバーセキュリティに係る情勢認識の促進、各国のCERT間の連絡窓口等を担っているほか、サイバー攻撃の脅威に関する情報を共有するための枠組みであるCiSP(注3)(サイバーセキュリティ情報共有パートナーシップ)の運営主体としても機能している。CiSPは政府予算により運営されており、加盟者はサイバー攻撃に関連する情報を試験・分析・共有する産学合同チームである「Fusion Cell」から、サイバー攻撃の脅威に関する情報やサイバーセキュリティのぜい弱性に関する情報の提供を無料で受けることが可能となっている。CiSPへの加盟者数は、28年2月時点で、1,700組織以上、個人では4,400名以上となっている。

注1:サイバー空間における脅威のリスクを低減することなどを目的に、講ずべき措置について規定するものであり、23年に策定された。
注2:Computer Emergency Response Team - United Kingdomの略。CERTとは、ネットワークに関する不正アクセス、不正プログラム等に関し、情報収集や分析等の対応を行う組織であり、諸外国において設置されている。
注3:Cyber-security Information Sharing Partnershipの略
ウ ドイツ

連邦刑事庁(BKA)を始めとする警察では、連邦及び州それぞれにおいて、重要インフラ事業者と連携してサイバー攻撃に係る情報交換を行っている。BKAは、国内主要銀行とG4C(The German Competence Centre against Cyber Crime e.V.)という組織を立ち上げ、オンラインバンキング関連犯罪等の事案に関する情報交換を行っている。

② 通信事業者における通信履歴等(ログ)の保存

日本では、プロバイダ等の事業者に対し、平素からログの保存を義務付ける制度が存在しない(注1)ため、サイバー攻撃に関する捜査を行う上で犯人の追跡が困難となることもあるなど、大きな課題となっている。国境を超えて行われるサイバー攻撃の捜査を行う上で、サイバー攻撃の実態解明や物理的なテロの未然防止につなげるためには、保存されているログを精査し、犯人を追跡することが必要である。

海外では、法令の規定等によりプロバイダ等の事業者に対してログの保存を義務付けている国もある。フランスでは、郵便・電子通信法典において、一定の条件(注2)の下で、通信履歴の保存を電気通信事業者に義務付ける規定が設けられている。ドイツでは、27年10月に、電気通信法等を改正する法律が成立し、遅くとも29年7月までに通信事業者に対してログの保存が義務付けられることとなる。

注1:総務省による「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」第23条の解説においては、通信履歴のうちインターネット接続サービスにおける接続認証ログ(利用者を認証し、インターネット接続に必要となるIPアドレスを割り当てた記録)の保存について、事業者の業務の遂行上必要な場合、一般に6か月程度の保存は認められ、より長期の保存をする業務上の必要性がある場合には、1年程度保存することも許容されるとされている。また、刑事訴訟法第197条第3項に基づき、通信事業者に対し、最大60日間、通信履歴の電磁的記録の保全要請を行うことは可能である。
注2:刑事上の違反等に係る捜査等において必要であり、かつ、必要とする司法当局等のみに利用させることを目的とすることが条件とされている。
 
図表特-17 ログの保存とサイバー攻撃に関する捜査
図表特-17 ログの保存とサイバー攻撃に関する捜査
③ 電気通信事業者の技術的協力義務

海外では、捜査機関が電気通信事業者の協力を得てテロリスト等によるサイバー攻撃に係る捜査を推進するために、電気通信事業者に対し、サイバー攻撃に関する捜査を行う上で必要な技術的な協力を法律により義務付けている場合がある。

米国においては、電気通信事業者に対し、事業者が提供・保有する暗号の解除を含めた法執行機関による傍受活動への支援を義務付ける法執行機関通信技術協力法(CALEA)が制定されている。

英国では、2000年調査権限規制法(RIPA)において、通信傍受及び通信履歴等の開示に係る電気通信事業者の協力義務が定められている。電気通信事業者には傍受令状を執行するための全ての措置を講ずる義務並びに通信履歴等の取得及び開示要求に対する遵守義務が課せられている。

フランスでは、刑事訴訟法典において、犯罪捜査の過程で入手したデータが暗号化されている場合には、予審判事や検察官は、あらゆる個人・法人に対して、暗号解除のための技術的な操作を命じることができるとされている。



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