第6章 公安の維持と災害対策

第6章 公安の維持と災害対策

第1節 外事情勢と諸対策

1 対日有害活動の動向と対策

北朝鮮、中国及びロシアは、様々な形で対日有害活動を行っており、警察では、平素からその動向を注視し、情報収集・分析等を行っている。

(1)北朝鮮の動向

①  硬軟両様の外交政策から強硬路線へ

北朝鮮は、平成26年に引き続き、27年3月に弾道ミサイルを発射し、さらに同年5月には潜水艦から弾道ミサイルを射出する実験に成功したことを発表するなど、米国及び韓国に向けて軍事力を誇示する動向がみられた。また、同年8月の南北軍事境界線付近で地雷が爆発した事案を契機として南北間の軍事的緊張が高まり、最終的に双方が砲撃し合うという事態にまで発展した。その後、南北間で緊張緩和に向けた合意に至り、同年10月には、北朝鮮は、当該合意内容の一つである離散家族再会事業を実施した。しかし、同年12月に南北間で行われた次官級会合では成果を得られず、北朝鮮は国営メディアを通じて、同会合が「何ら結実なく終わった」と非難した。28年には、北朝鮮は1月に核実験、2月に「人工衛星」と称する長距離弾道ミサイルの発射をそれぞれ強行した。また、これに対する国際連合安全保障理事会決議(以下「国連安保理決議」という。)による制裁措置等や同年3月に開始された米韓合同軍事演習に反発して、各種声明を発出し、繰り返し弾道ミサイルを発射するなど、国際社会への対決姿勢を強めた。

 
長距離弾道ミサイル発射の状況(28年2月)(AFP=時事)
長距離弾道ミサイル発射の状況(28年2月)(AFP=時事)

中朝関係については、27年10月の「朝鮮労働党創建70周年」記念行事に際して、金正恩(キムジヨンウン)朝鮮労働党第一書記(当時)が、中国共産党幹部である劉雲山(りゆううんざん)中央政治局常務委員と会談したほか、軍事パレードにおいて外国賓客として唯一同委員を観覧席の金正恩朝鮮労働党第一書記(当時)の隣に招くなど、両者の友好関係を印象付ける動向もうかがわれた。しかし、同年12月には、両者の友好関係を示す動向として注目されていた北朝鮮の牡丹峰(モランボン)楽団による訪中公演が直前で中止され、さらに、28年3月には中国が北朝鮮に対する制裁措置を内容とする国連安保理決議に賛成したことに伴い、中朝関係の先行きは不透明感が増している。

② 権力基盤の盤石化を継続

北朝鮮は、28年5月、36年ぶりとなる朝鮮労働党第7回大会を開催し、今後も核開発と経済建設を同時に行う「並進路線」の堅持等の方針を主張したほか、金正恩氏が朝鮮労働党の最高位となる朝鮮労働党委員長に就任し、最高指導者としての権威向上を企図した。

北朝鮮において、玄永哲(ヒヨンヨンチヨル)人民武力部長(当時)を始めとする複数の幹部が粛清されたとする報道にみられるように、金正恩氏が不満分子を排除することにより政権の権力基盤強化を行っている可能性がある。その一方で、「朝鮮労働党創建70周年」記念行事や朝鮮労働党第7回大会等様々な場面において、金正恩氏が「人民愛」を強調する動向もあった。

③ 朝鮮総聯(れん)による諸工作

朝鮮総聯は、27年4月、許宗萬(ホジヨンマン)朝鮮総聯議長宅等に対する強制捜査に関連し、都内において、「在日本朝鮮人中央緊急集会」を開催するなど、抗議・けん制活動を行った。また、朝鮮学校が高校授業料無償化制度の適用から除外されたことや、朝鮮学校への補助金支給を打ち切る自治体が増加していることを不当であるなどと主張し、各種宣伝活動や自治体等に対する要請行動を行った。

朝鮮総聯中央本部の土地・建物をめぐっては、27年1月、強制競売により所有権を得た香川県の不動産業者から山形県の不動産業者に所有権が移転し、同年6月、同社は、会社分割の方法により新たに設立した会社に、朝鮮総聯中央本部の土地・建物に係るものを含め、関東における不動産賃貸事業に関する権利義務を承継させた。

(2)中国の動向

① 中国国内の情勢等

平成27年3月に北京で開催された第12期全国人民代表大会第3回会議において、李克強(りこくきよう)首相は、政府活動報告を行い、同年の活動について、抗日戦争勝利70周年記念に関する活動、「一帯一路」(注)の建設、「海洋強国」の建設等の推進を強調するとともに、国防政策については、「強固な国防、強大な軍を確立することは国の主権、安全、発展の利益を擁護する上での根本的な保障である」と述べた。さらに、経済政策については、27年の経済成長率目標を26年の7.5%前後から7%前後とし、3年ぶりに前年の経済成長率目標から引き下げることを明らかにした。

27年10月に開催された中国共産党第18期中央委員会第5回全体会議(五中全会)において採択された、28年からの5年間の国民経済や社会発展の中期目標を定めた「第13次5カ年計画」の草案では、「中高速の経済成長の維持」を目標とすることが明記され、習近平(しゆうきんぺい)総書記は、計画期間中の経済成長率について年平均6.5%以上の成長が必要だと述べた。このほか、「一人っ子政策」を撤廃し、全ての夫婦に第2子の出産を認める方針等が示された。

注:25年9月、習近平総書記がカザフスタンを訪問した際に提唱した、中国と中央アジアを結び欧州に至る「陸上シルクロード」(通称「シルクロード経済ベルト(一帯)」)と、同年10月にインドネシアを訪問した際に提唱した、中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)、南アジア、更に中東・アフリカを経て欧州を結ぶ「海上シルクロード」(通称「21世紀海上シルクロード(一路)」)の2つからなる、中国と周辺国家との経済・貿易関係等を拡大・強化する構想のこと。
 
五中全会で演説する習総書記(新華社=共同)
五中全会で演説する習総書記(新華社=共同)

中国国内では、経済成長の減速や、富裕層と貧困層との格差拡大、党・政府幹部による汚職・腐敗、少数民族問題に加え、環境汚染等の生活に密着する問題に対する国民の不平・不満が高まっているとみられ、特に、上海株式市場の株価急落や経済成長率の低迷等にみられる経済成長の減速は深刻な問題となっている。また、24年の習近平総書記就任以降に進められた反腐敗キャンペーンの摘発は、地方政府幹部のほか、閣僚級幹部にまで及んだ。

外交面では、中国は積極的な外交を展開し、27年9月には習近平総書記が訪米して、オバマ大統領と会談し、会談後の記者会見において「中国は米国と共に「新型大国関係」の構築に努め、衝突せず、互いに尊重し合う関係を目指す」などと述べた。また、中台関係については、同年11月、シンガポールにおいて、習近平総書記が台湾の馬英九(ばえいきゆう)総統と昭和24年の中台分断後初めての中台最高指導者による会談を行った。これは、平成28年1月に台湾総統選挙を控える中、同会談を行うことにより、独立志向が強く、当時、台湾の最大野党であった民進党をけん制したものとみられる。

軍事面では、27年の国防費を8,868億9,800万元(前年比10.1%増加)と公表するなど、5年連続で10%以上の増加を続けており、中国は軍事力の増強を図っている。同年5月に発表した「国防白書」に、中国の国家安全にとっての「外部からの阻害と挑戦」として、「日本の安全保障政策の転換」と「地域外の国の南シナ海への介入」を明記した。同年6月には、同国がスプラトリー諸島(南沙諸島)で進めていた南シナ海の埋立を完了したことを明らかにし、今後は軍事目的を含めた施設を建設することを表明した。さらに、同年9月に「抗日戦争勝利70周年」を記念して行われた軍事パレードにおいて、対艦弾道ミサイル「東風21D」や、中国本土からグアムの米軍基地を狙うことが可能な中距離弾道ミサイル「東風26」が初めて公開され、米国は警戒を強めている。

 
東風21D(Imaginechina/アフロ)
東風21D(Imaginechina/アフロ)
② 我が国との関係をめぐる動向

24年9月、日本政府が尖閣諸島の一部の島について所有権を取得して以降、尖閣諸島周辺海域で中国公船の出現が常態化するとともに、我が国の領海に侵入する事案が度々発生し、緊迫した事態が続いている。警察では、尖閣諸島周辺海域において、関係機関と連携しつつ、情勢に応じて部隊を編成するなどして、不測の事態に備えている。

また、中国外交部は27年8月に発表された「内閣総理大臣談話」に対して、「日本は侵略戦争の性質と戦争責任について明確に説明し、被害国人民に真摯におわびし、軍国主義の歴史と決別すべきだ」などとする声明を発表した。さらに、同年9月には、天安門広場において、中国建国以来初めて、建国の記念ではなく「抗日戦争勝利」に焦点を当てた形で記念式典及び軍事パレードが開催された。今後も「日本の軍国主義を打倒することで、中国が世界の中で大国となった」という「抗日」の歴史観は、中国共産党による統治の正統性の宣伝や軍の引締め等に利用されるものとみられる。

その一方で、同年4月、習近平総書記が、インドネシアのジャカルタで安倍首相と会談を行うなど、日中関係の改善に向けた動向もみられた。

③ 我が国における諸工作等

中国は、我が国において、先端技術保有企業、防衛関連企業、研究機関等に研究者、技術者、留学生等を派遣するなどして、巧妙かつ多様な手段で各種情報収集活動を行っているほか、政財官学等、各界関係者に対して積極的に働き掛けを行うなどの対日諸工作を行っているものとみられる。警察では、我が国の国益が損なわれることがないよう、こうした工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。

(3)ロシアの動向

平成27年中、メドヴェージェフ首相を始めとする閣僚級の要人が相次いで北方領土を訪問したほか、同年9月にモルグロフ外務次官が「我々は日本と北方領土問題についていかなる交渉も行わない」と発言するなど、ロシアは北方領土問題をめぐり強硬な姿勢を示した。一方で、同年6月、ドイツで開催されたG7エルマウ・サミット後に行われた記者会見において、安倍首相は「プーチン大統領との対話をこれからも続けていく」と述べたほか、28年5月にはロシアのソチを訪問してプーチン大統領と会談するなど、日露間の対話は継続している。

また、ウクライナ情勢をめぐって、欧米諸国によるロシアに対する経済制裁及びロシアによる報復としての対抗措置が継続する中、27年9月、ロシアがアサド政権を支援するため内戦下のシリアで空爆を開始したことなどに対し、アサド大統領の退陣を求める米国が強く反発し、双方の対立が一層強まった。

ロシア国内では、欧米諸国による経済制裁や原油価格の下落等により経済状況が悪化したが、プーチン大統領は、同年5月、対ドイツ戦争勝利70周年を記念して行われた式典等で「戦勝国」としてのロシアを強調し、国民の愛国心を高めることなどによって、高い支持率を維持した。

また、同年1月、米国でロシア対外情報庁(SVR)の情報機関員とみられる3人が摘発されるなど、ロシア情報機関は世界各地において依然として活発に活動しており、我が国においても活発に情報収集活動を行っている。警察は、ソ連崩壊以降、これまでに9件の違法行為を摘発しており、今後もロシアの違法な情報収集活動により我が国の国益が損なわれることのないよう、厳正な取締りを行うこととしている。

事例

元陸上自衛隊幹部(64)は、25年5月、ロシアの情報機関員とみられる元在日ロシア連邦大使館付武官(50)から唆され、陸上自衛隊の部内資料を同人に交付した。27年12月、両人らを自衛隊法違反(秘密を守る義務違反教唆等)で検挙した(警視庁)。



前の項目に戻る     次の項目に進む