第2章 生活安全の確保と犯罪捜査活動

第2節 警察捜査のための基盤整備

1 捜査力の強化

(1)捜査手法、取調べの高度化への取組

警察庁では、平成24年3月に策定した「捜査手法、取調べの高度化プログラム」に基づき、次の施策を推進している。

① 取調べの録音・録画の試行の拡充

21年4月以降、全ての都道府県警察において、裁判員裁判対象事件について、録音・録画の試行を開始し、現在では、知的障害等を有する被疑者に係る事件についても、同試行を実施している。裁判員裁判対象事件に係る取調べの録音・録画実施事件1件当たりの平均実施時間については、図表2-48のとおり、試行の開始以降増加傾向にある(28年4月4日時点の集計値)。なお、録音・録画装置の小型化や運用の効率化を進めている。

 
図表2-48 裁判員裁判対象事件に係る取調べの録音・録画実施事件1件当たりの平均実施時間(平成21~27年度)
図表2-48 裁判員裁判対象事件に係る取調べの録音・録画実施事件1件当たりの平均実施時間(平成21~27年度)
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② 取調べの高度化・適正化等の推進

警察庁では、取調べにおいて真実の供述を適正かつ効果的に得るための技術の在り方やその伝承方法について、時代に対応した改善を図るため、24年12月に心理学的知見を取り入れた教本「取調べ(基礎編)」を作成したほか、25年5月には「取調べ技術総合研究・研修センター」を設置するなどして、取調べの高度化・適正化等を推進している。

③ 捜査手法の高度化の推進

警察庁では、科学技術の発達等に伴う犯罪の高度化・複雑化等に的確に対応し、客観証拠による的確な立証を図ることを可能とするため、DNA型鑑定及びDNA型データベースを効果的に活用するための取組や、仮装身分捜査の導入を始めとする捜査手法の高度化に向けた検討を推進している。

(2)初動捜査における客観証拠の収集

事件発生時には、迅速・的確な初動捜査を行い、犯人を現場やその周辺で逮捕し、又は現場の証拠物や目撃者の証言等を確保することが、犯人の特定や犯罪の立証、更には連続発生の防止のために極めて重要である。

都道府県警察では、機動的な初動捜査を行うため、機動捜査隊、機動鑑識隊(班)、現場科学検査班等を設置し、事件発生後、直ちに現場に臨場して迅速な客観証拠等の収集を徹底している。

また、犯人の検挙における防犯カメラ画像の有用性の高さが認識されているところ、防犯カメラ画像の中には、原記録が消去される可能性が高いものや、抽出等に技術的な困難を伴うものもあることから、防犯カメラ画像の抽出及び解析を支援する体制を整備するなどにより、防犯カメラ画像の適切かつ確実な収集に努めている。

 
図表2-49 初動捜査態勢の整備と鑑識活動の徹底
図表2-49 初動捜査態勢の整備と鑑識活動の徹底

コラム 連続発生のおそれのある重要凶悪事件への対応の強化等について

平成27年9月、埼玉県熊谷市において、外国人により、6人が連続して殺害される事件が発生した。

警察では、重要凶悪事件の発生時には、連続発生の可能性を迅速かつ的確に判断するなどした上で、犯人の迅速な検挙のための捜査活動を行うとともに、連続発生を防止するための効果的な情報提供を行うこととしている。

また、外国人が関与する事案に適切に対応するため、通訳体制の強化や通訳人の適切な運用を図るとともに、警察職員の外国語によるコミュニケーションの能力の向上に努めている(注)

注:42、43頁参照

(3)国民からの情報提供の促進

警察では、犯罪捜査に不可欠な国民の理解と協力を得るため、国民に対し、都道府県警察のウェブサイトを活用して情報提供を呼び掛けるほか、様々な媒体を活用して、聞き込み捜査に対する協力、事件に関する情報の提供等を広く呼び掛けている。また、必要に応じ、被疑者の発見・検挙や犯罪の再発防止のため、被疑者の氏名等を広く一般に公表して捜査を行う公開捜査を行っている。

さらに、警察庁では、平成19年度から、国民からの情報提供を促進し、重要犯罪等の検挙を図ることを目的として、公的懸賞金制度である捜査特別報奨金制度を導入し、警察庁ウェブサイト(注)等で対象となる事件等について広報している。

注:http://www.npa.go.jp/reward/index.html

(4)犯罪死の見逃し防止への取組

平成27年中に警察が取り扱った死体数は約16万3,000体であった。

警察では、適正な死体取扱業務を推進して犯罪死の見逃しを防止するため、検視官(注)の臨場率を向上させるとともに、死体取扱業務に携わる警察官に対する教育訓練の充実及び資機材の整備を行っている。

また、警察では、警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律に規定された調査、検査等の措置を的確に実施するとともに、必要な解剖の確実な実施に努めている。

注:原則として、刑事部門における10年以上の捜査経験又は捜査幹部として4年以上の強行犯捜査等の経験を有する警視の階級にある警察官で、警察大学校における法医専門研究科を修了した者から任用される死体取扱業務の専門家
 
図表2-50 死体取扱数及び検視官の臨場率の推移(平成18~27年)
図表2-50 死体取扱数及び検視官の臨場率の推移(平成18~27年)
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(5)緻密で適正な捜査の徹底

警察では、平成20年1月から、「警察捜査における取調べ適正化指針」(注)に基づき、取調べの一層の適正化を図るための各種施策を推進している。

また、2年5月に栃木県足利市内において発生したいわゆる足利事件について、22年3月、再審公判において、無期懲役の刑に服していた男性に無罪判決が言い渡されたことなどを踏まえ、警察では、相手方の特性に応じた取調べ方法の指導・教育を行った上で、被疑者の供述と客観証拠・裏付け捜査等との関連の精査によって自白の信用性の十分な検討をするなど緻密で適正な捜査のより一層の徹底を図っている。

注:19年11月、警察捜査における取調べの一層の適正化を推進するため、国家公安委員会によって決定された「警察捜査における取調べの適正化について」に基づき、警察庁において、警察が当面取り組むべき施策を取りまとめたもの
① 的確な捜査指揮・管理の徹底

警察では、取調べに過度に依存することのない適正な捜査を推進するため、事件の全容を把握した上での適切な捜査方針の樹立、事件の性質に応じた組織的捜査の推進、被疑者の特性や証拠資料等に基づく取調べの方法についての必要な指示、指導等を徹底するなど、捜査幹部による的確な捜査指揮に努め、取調べの適正化の一層の推進を図っている。

② 各種教育訓練の実施

警察では、適正捜査に関する教育訓練の充実を図る取組の一環として、警察大学校及び管区警察学校等において「取調べ専科」等を実施し、捜査員の取調べの適正化についての見識の醸成、取調べ等に関する具体的手法の習得等を図っている。

また、捜査幹部による入念な指導教育により、個々の捜査員の「適正な取調べ」に対する意識改革を図るとともに、より実践的な教育訓練や熟練した捜査員等による技能指導を行うなど、若手捜査員等の取調べ技能の向上に努めている。

 
取調べを想定した教育訓練
取調べを想定した教育訓練
③ 被疑者取調べ監督制度の実施

21年4月、取調べの一層の適正化に資するため、被疑者取調べ監督制度を開始し、警察庁及び都道府県警察本部の総務又は警務部門に被疑者取調べの監督業務を担当する所属を設置するなど所要の体制を整備して、取調べの状況の確認、調査等、必要な措置を行っている。

 
取調べ室の外部からの視認状況
取調べ室の外部からの視認状況

(6)捜査技能の組織的な伝承

警察官が大量退職し、平成15年からの10年間で地方警察官(注)の4割以上が入れ替わるなど、急速に世代交代が進んでいる。これは、刑事部門においても例外ではなく、多くの捜査員が退職する一方、若い捜査員が多数任用されている。

このような中、地域の治安に責任を持つ警察署においては、捜査経験が豊富な捜査員が減少しており、犯罪の捜査に必要不可欠な捜査技能の伝承が課題となっている。

従来、捜査技能については、先輩や上司のやり方を見習わせ、実際に何度も経験させてみるなど、捜査経験が豊富な捜査員と共同して捜査に当たるオンザジョブトレーニングの方法により伝承されてきた。しかし、捜査員の世代交代が急速に進んだことから、この方法のみでは捜査技能の伝承が困難となっており、警察では、体系的に捜査技能が伝承されるよう、組織的な取組を進めている。

注:都道府県警察の警視正以上の階級の警察官である地方警務官を除く、都道府県警察の警察官
① 新時代に対応した刑事捜査員の育成

新たな捜査手法や最先端の科学技術を活用した捜査は、全ての捜査員が実際の事件で経験できるわけではない。他方で、こうした捜査手法等が必要となる事件は、時間や場所を問わず発生し得るものである。警察では、各捜査員の捜査技能の更なる向上を図るため、様々な教育訓練の場において、仮想の事件の模擬的な捜査を通じて、防犯カメラ画像、DNA型鑑定資料等の客観証拠の収集方法を含む様々な捜査手法全般を体験させるなどしている。

捜査幹部に対しては、警察大学校、管区警察局、管区警察学校等において教育訓練を行い、事件の全容を把握した上での適切な捜査方針の策定、事件の性質に応じた組織的捜査の推進、被疑者の特性に応じた適正な取調べの方法、裏付け捜査の徹底等の捜査運営等、捜査幹部としての職務に必要な知識及び技能の向上を図っている。

 
先輩捜査員による指導状況(DNA型鑑定に用いる資料の採取)
先輩捜査員による指導状況(DNA型鑑定に用いる資料の採取)
 
先輩捜査員による指導状況(指紋の採取)
先輩捜査員による指導状況(指紋の採取)
② 警察庁指定広域技能指導官制度

警察庁では、6年から警察庁指定広域技能指導官制度の運用を開始し、卓越した専門技能又は知識を有する警察職員を警察庁長官が指定し、その職員を警察全体の財産として、都道府県警察の枠を超えて広域的に指導官として活用している。

平成28年4月25日現在、全国警察において、166人の警察職員が情報分析、強行犯捜査、窃盗犯捜査、薬物事犯捜査、鑑識等の各分野で広域技能指導官として指定され、各都道府県警察職員に対して警察活動上必要な助言や実践的指導を行うとともに、警察大学校、管区警察学校等において講義を実施している。

(7)犯罪インフラ対策の推進

犯罪インフラとは、犯罪を助長し、又は容易にする基盤のことをいい、不法滞在者等に在留資格を不正取得させる手段となる偽装結婚や偽装認知等のようにその行為自体が犯罪となるもののほか、それ自体は合法であっても、詐欺等の犯罪に悪用されている各種制度やサービス等がある。犯罪インフラは、あらゆる犯罪の分野で着々と構築され、犯罪組織等がこれを利用して各種犯罪を効率的に敢行するなど、治安に対する重大な脅威となっている。

警察では、犯罪インフラに関連する情報を広範に収集・分析し、関係事業者等との連携を強化することによって、犯罪インフラの解体等を図るとともに、当該サービス等に係る捜査に必要な情報の適時・円滑な確保を可能にすることにより、迅速かつ的確な捜査に資する捜査インフラを構築するための取組を推進している。

警察庁においては、こうした取組を更に強化するため、平成26年4月、刑事局に捜査支援分析管理官を設置した。捜査支援分析管理官においては、関係事業者・省庁と連携して、犯罪の捜査に必要な情報の適時・円滑な確保を可能にする取組を行っていくとともに、技術の発展等に伴う新たな制度やサービス等が犯罪に悪用されることを防止・解消するための取組を推進している。

コラム レンタル携帯電話の悪用への対策

特殊詐欺等を実行する犯行グループは、自己への捜査を免れるためにレンタル携帯電話を悪用する実態が認められる。また、レンタル携帯電話事業者の中には、携帯電話不正利用防止法で定められた貸与時の本人確認を適切に行わないものや本人確認を全く行わないものが存在する状況があるとともに、犯行グループの手に渡るまでに複数の事業者が介在している場合もあるなど、レンタル携帯電話の実際の利用者を特定することが困難となっている。

このような状況に鑑み、警察では、貸与の際本人確認が行われなかったレンタル携帯電話について、同法に基づく利用停止措置が執られるよう携帯電話事業者に情報提供を行うとともに、悪質なレンタル携帯電話事業者を検挙するなど、犯罪に悪用されるレンタル携帯電話対策を推進している。

 
図表2-51 携帯電話不正利用防止法に基づく役務提供拒否の仕組み
図表2-51 携帯電話不正利用防止法に基づく役務提供拒否の仕組み


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